世界の命運を一人の主人公に委ねるような話に使われるようになったが、それ以前には「自分の世界にこもる」あるいは「自分たちの世界にこもる」みたいな使い方がをされていた。
今回の話はスポーツ大会という運動部が主役となる舞台において、運動音痴のオタクである倫也と英梨々は完全に脇役である。
しかし、主観においては英梨々は常に倫也のヒロインでありたいだろう。英梨々のオチの感想を聞いた時に、「世界系」という言葉が思い浮かんだ。
9月。学校ではスポーツ大会が行われていて盛り上がっている。俺は屋上からドローンを飛ばして撮影する裏方を担っていた。
「どう?練習した成果は出ているのかしら?」
振り返ると英梨々が立っていた。体操服は学年カラーの赤で袖口が染められている。下は残念ながらブルマみたいな時代錯誤の物は履いていないで、スパッツだ。英梨々はさらに赤いジャージのズボンを履いてガードが固い。熱いのに女の子も大変だ。
「ぼちぼちだな。充電器が熱を持っているのと、撮影量が多くて編集作業がうんざりしそうだ」
「自分で言い出したことなんだからしょうがないわよね」
英梨々が紙パックのグレープフルーツジュースを差し入れてくれた。それからしゃがんでノートPCの画面を見ている。あたりはタコ足配線され、3台のバッテリーが充電中だ。ドローンもモーターが熱くなりすぎたので休止中。
運動音痴の俺はスポーツ大会が参加するのが嫌で、裏方に立候補していた。しかし、写真班は写真部が、備品や審判などは各文化部が担っていて、我々PC部(幽霊2名の実質俺1人)は危機的状況だった。
素直に卓球で一回戦敗退をすべきか、潔く欠席するか迷ったが、PC部の話のわかる顧問にドローン撮影を直訴した結果、許可が下りた。一応、俺は免許も持っている。
「英梨々はもう終わったのか?」
「終わったわよ。この後はサッカー部の応援ね」
「そりゃ大変だな」
「学園のマドンナとしてはさぼれない仕事なのよ」
「それ、自分でいうセリフか?」
「ちゃんとあたしをしっかり撮影しなさいよ。どうせみんな映像からあたしを探すんだから」
「へいへいっと」
この自意識過剰はいったいどこから来るのか・・・と言いたいところだが、あながち間違っていない。写真部に至っては英梨々専属カメラマンがいるとかいないとか。
どうやって人の目を盗んでここまで上がってきたかわからないが、ここで俺が作業していることを知っているのはごく限られた人だけだ。
「あとどれくらい撮影する予定なの?」
「充電次第だが・・・サッカーの試合を少々と、応援している女子と、それからリレーはできればフルに撮影したいんだよなぁ・・・」
「まっ、がんばりなさいよ。じゃね」
英梨々が立ち上がって、ひらひらと手を振った。英梨々は美術部だが卓球で参加していた。たぶん一回戦負けだろう。
先ほどは、ドローンを体育館の入口から潜入し、卓球も一応撮影した。タイミング的に英梨々は試合をしていなかったが、体育座りで友人と雑談しているところを一応映像には少し収めている。
隣ではバレーの試合が行われていて、こちらはガチな雰囲気だった。一年の出海ちゃんが躍動していたので、少しの間撮影しておいた。彼女も人気が高いらしく、女子からの声援も大きかった。
一通り撮影が出来たので2階の窓からドローンを帰還させた。
※ ※ ※
下の運動場から声援が聴こえる。どうやらサッカーの試合が始まったらしい。英梨々にもらったジュースを飲みながら、とりあえずどんな感じで撮影しようか考える。
詳しくはわからないが、3年生に1人、飛び切り上手いサッカー部の先輩がいるらしく、なんでもJのユースらしい。将来のプロ候補ということなのか俺にはよくわからないが話題の人だ。顔もなかなかいいらしい。
予定表を確認する。次の試合に出場するようなので、その先輩だけはしっかりと撮影しておきたい。こういう人気の人を映像に収めてないと評判がよろしくなくなる。
空は快晴でそこそこ暑い。
ドローンにバッテリーをセットして飛ばす準備をする。とりあえず観客でも撮影しておこうと上から英梨々を探す。金髪ツインテールは探すのがすごく楽ですぐに見つかる。
うちのクラスが試合をしているわけでもないので、鉄棒付近の木陰で友達と話しているようだ。
そこに向かってドローンを急降下させる。驚いた表情の英梨々の撮影に成功。その後、空中で静止させホバリングする。
気が付いた英梨々は友達とぎこちないポーズをとった。ニカッと笑っているので八重歯がはっきりと見える。この笑顔は学校では秘密のはずなんだけどな。
俺はドローンをその場で一回転宙返りさせてから飛び去った。それから、周りの応援している人達の顔を撮影しつつ校庭を一周して、屋上へと戻す。
※ ※ ※
注目の試合が始まった。周りの声援を聞きながら、上手い先輩が誰か見当をつけた。確かに1人だけ速いしボールをよく触っている。声も出ていてキャプテンという感じだ。黄色い声援が屋上までよく響く。
ドローンを慎重に操作しながら、その先輩を画面に捉える。あまり近づきすぎると危険なので、上からの撮影になってしまうが、いまいち迫力がでない。
ゴールネット裏に周りこんで、ズームで捉えると、なかなかいい感じだ。ゴールは頻繁に決めているようなので、この安全な場所からチャンスを待つ。あとはバッテリーの残量と運の問題だろう。
期待通りに細かいドリブルからゴールを決めてくれたので、ゴールパフォーマンスを撮影して、その先輩の前にドローンを空中静止させると、ポーズをとってくれた。
これで学校の女子も満足することだろう。
その後はリレーを撮影する。全学年はバッテリー的には無理なので、一年の出海ちゃんを追うことにした。本人はアンカーのようだ。
どの子もカメラに慣れてきたようで、空中静止するとポーズを取ってくれる。出海ちゃんも笑顔で手を振っている。
リレーの撮影は全体、並走、追走、逆走とさまざまな画面で撮影していく。順位を追うのは最後だけでいい。
出海ちゃんのクラスは3番手だが、距離はそんなに離れていない。バトンの受け渡しをズームで撮影することに成功する。高めの位置から順位をはっきりと認識させ、それから出海ちゃんのやや後ろから追走すると、ポニーテールに結ばれた赤い髪がよくなびいていた。
第四コーナーを曲がったところで、ドーロンをゴールまで飛ばしてから画面を反転させる。
迫ってくるランナーは僅差だ。最後は上からゴールラインを割るところを撮影して無事に終了。
喜んでいるクラスメイトや、悔しがっている人を撮影してつつドローンを戻す。
順位がどうなったまでわからなかったが、どうやら出海ちゃんが逆転に成功したらしい。
※ ※ ※
俺の部屋。撮影した映像をテレビに出力させて確認する。
「ちょっと倫也・・・ぜんぜんあたし映ってないじゃないの」
「そりゃ活躍していないからな・・・」
やれやれ、わがままなやつだ。
英梨々は家でシャワーを浴びた後、うちにきて一緒に見ている。髪はも結んでいないのでストレートに広がっている。黒縁メガネをかけて、すっかり気の抜けた英梨々に戻っていた。
「だいたいなんで波島出海ばかり映しているのよ」
「人気らしいからな」
「倫也が好きなだけじゃないのかしら?」
英梨々が不審気に俺をじぃーと見ている。俺は別に肯定も否定もしない。相手にしないのが一番無難だ。
「サムネは英梨々のポーズを使おうと思うんだが・・・いいか?」
「さっきの映像?」
「そう。カメラモードで撮影したのが、なかなかいい感じなんだけど」
「写真部のデジタルのは確認した?」
「いや、あっちはあっちの流儀があるからさ、動画も撮影していたみたいだし、合同だと映像の確認だけでも時間かかるだろ?こっちはこっちで小さな作品になればいいとおもっているんだが」
「そうね。別に使っていいわよ」
「サンキュー」
編集した映像は、3分程度にまとめたものを各クラスで一度は流してくれるらしい。もう少し長いものは来月の学園祭で使う予定だ。我らがパソコン部の作品として、自作ミニゲームと、この映像をひっそりと公開する。
何しろ場所は地下一階の端っこ。緊急時の備品倉庫の隣の空き部屋で、廊下を挟んだ向かいはカルタ部だ。
この場所を知っている人が少ないくらい学校の辺境で、学園祭の時に人がくるかも怪しい。
「このサッカー部の先輩ってなんてヤツなの?」
「知らないわよ」
「女子で噂なんだろ?」
「あたしは学校では男の話はしないのよ。余計な噂がたつの嫌いだし」
「余計な噂といえば、英梨々って誰かに告白された?」
「はぁ?何言ってんの?」
「いや、ごめん。出海ちゃんは告白受けたって言ってたぞ?」
「それで?」
「いや・・・」
「波島出海は陽キャなのよ、陽キャ。わかるかしら?だいたい全方位に愛嬌を振りまいているから、そういう隙ができるのね」
「隙の問題なのか・・・」
「そりゃそうよ。極力男子とは話をしない。好意を寄せられた噂話に反応しない。女子とは男の話はしない。興味がないことをはっきり伝えてあるから、友達経由で全部断っているわ」
「へぇ・・・」
「だいたい、なんであんたがそんなこと聞くのよ?恋バナなんて無縁でしょ」
「編集の資料にしようと思っただけで、深い意味はねぇよ・・・、なんか校舎裏に呼び出されて・・・みたいなことがあるのかと思ってさ」
「ないない。そうなる前に遮断しているから」
「ははっ」
けっこう人見知りが激しい性格だし、実際は男子とあまり話ができないだけかもしれない。出海ちゃんを陽キャというあたり、自分が陰キャなのを十分にわきまえているのも英梨々らしいところだ。
テレビ画面にサッカーの試合が流れ始めた。ゴールシーンは思ったよりもずっと迫力がある。なかなかのイケメンでゴールを友達と喜んでいる姿も様になっている。これなら女子人気が高いのもうなずけた。
隣の英梨々は興味なさそうにポテチをポリポリとつまんで食べている。
続いて、リレーシーンだ。こちらは出海ちゃんが中心に構成されている。俺はすっかり忘れていた。英梨々の目が座って不機嫌そうに俺を睨んでいた。
「そう?倫也って波島出海が好きなのね?」
「ちがうから」今度は否定しておこう。
「やってることストーカーじゃない」
「需要だろ・・・」
「誰の?」
「学校の出海ちゃんファンの」
「素直になってもいのよ?白状しなさいよ」
「なんの?少なくとも告白受けているんだから、出海ちゃんファンはいるんだろ」
「その話って、受けたの?」
「断ったらしいけど」
「じゃあ、断った相手を喜ばすような行為って、ストーカーの手伝いにならないかしら」
「・・・ならんだろ」
英梨々は文句を言いながらも画面を見つめている。スポーツ大会である。英梨々がどんなに可愛くても主役にはなれない。
所詮は卓球で一回戦で負ける運動音痴であって、あざとい真似をしない英梨々はクールに役割をこなすだけだ。
コンプレックスもあるだろうし、寂しい気持ちもあるのかもしれない。
出海ちゃんにいたっては、美術部の後輩で英梨々に次いで絵が上手い。対抗意識が多少はあるのかもしれない。
「あら、意外とうまく撮影できているわね。これ、まだ編集していないのよね?」
「ああ、今が初見だが」
「へぇ・・・なんか、才能あるわよね」
「そうか?」
「だって、ちゃんとリレーのストーリーがわかるもの。何台かで撮影して編集したみたいにいろいろな角度で撮影されているし。もうちょい前から撮影して、揺れる胸を捉えた方がいいんじゃないかしら?」
「あのな~」
うーん。英梨々視点で撮影すると18禁エロ漫画の資料にされそうだ。でも、言われてみればそういう個人に視点を合わせるような撮影はしなかった。出海ちゃんの魅力を最大限に引き出すような手法ではない。
最後に成績発表会が行われている場面が流れる。ここはもう蛇足だろう。陽光で光るハゲ教師の頭部を拡大して終わる。
「バカ。叱られるわよ」と言いつつも英梨々が笑っている。
「こんなもんだろ。まぁまぁよく撮影できてたな。あとは移動シーンなんかを削ってしまえばまとまるだろ」
「そういうところもあった方がいいと思うわよ。別にプロっぽく編集しなくても、むしろドローン撮影にチャレンジしましたって感じが出てた方がいいと思うけど」
「そう?それって、英梨々の贔屓目じゃねぇの」
「そうかしら・・・」
俺は停止ボタンを押して、電源をオフにする。
「あと倫也・・・この映像って、人気の生徒に焦点を当てているのよね?」
「一応、リサーチにそったつもりだが」
「でも、映ってないわよね」
「誰が?」
「波島伊織」
「・・・ああ。忘れてた」
「それ、私情はさみすぎじゃないかしら?」
「えっと、英梨々は伊織が映っていたほうが・・・」
本当にしっかり失念していた。波島伊織。こいつも学校での人気が高いし、クラスのアイドルみたいなやつだ。実行委員をやりつつ、スポーツでも活躍していたらしい。
「べ・・・別にそういう意味でいったんじゃないわよ。誤解しないでよねっ、ふん」
「って、それ、ツンデレ的には認めていることにならね?」
「やめてよほんと。たまにそんな噂がたつの反吐が出るわ」
「そこまで嫌わなくても」
やれやれ。英梨々のコンプレックスもひどいもんだ。
「嫌ってもいないのよ。だって、ぜんぜん知らないもの。それに倫也・・・あたしが一番この映像で不満のは・・・」
「ん?なんだ?」
英梨々が顔を赤くしている。
「なっなんでもないわよ。バカ倫也」
そう言って、氷の解けた麦茶を飲んでいた。
(了)