今回はそれを別な形にして英梨々の心をしっかりと捉えたい。
私見ではあるが、人生には後悔することがたくさんあると思う。
中学の時にこの話ほど大袈裟ではないが、女の子を助けられなかったことがある。
やり直せるならそこを変えたい。
そういう意味ではこの話は思い出のレクイエムでもある。
10月。気候も穏やかになって過ごしやすくなってきた。
もうすぐ文化祭があるので、俺はPC部でコツコツとミニゲームをひとりで制作していた。我らがPC部は幽霊部員2名の実質俺だけの部活動だが、活動内容は充実していて忙しい。地下一階の端っこの小さな部屋には、中古デスクトップPCと、ノートPCも二台ある。
学校の回線から分岐して、ネットには有線接続で5Gも確保している。どう申請しても許可が降りなかったので、自分でケーブルをたどって配電室から勝手に配線を引っ張ってきた。その後、担当の先生にさりげなく許可を取ったものを言質としてスマホに保存してあす。
ついでに無線ルーターも設置してWifiも完備。俺と英梨々だけがスマホで利用している。もっとも英梨々の方は通信料は無制限で気になんかしていなかったが。
コンコンとドアがノックされる。この部屋の扉は普通の教室のように引き戸ではない。鍵もかかる片開きドアなのは隣の緊急用備蓄室のように倉庫として利用するためだったからだろう。
こちらが返事する前にドアが開く。
「倫也、これお願いできる?」
「あいよ」
俺は英梨々からイラストを受け取った。英梨々は美術部で文化祭の裏方として重要な役割を担っている。
アナログのイラストをスキャナーでデジタル化する。その後クラウドにUPしておけば、英梨々はあとで自宅で修正ができる。一応、ここにくる口実になっているのだ。
俺が作業している間、英梨々はノートPCをいじっている。元々の所有者が英梨々のもので、スペックこそ最高とは言い難いが最新のOSがインストールされている。
そこにはシューティングのミニゲームが入っていて、俺が制作したものだ。内容はシンプルな横スクロールで1面だけ。アイテムを効率よくとることで強化されるタイプで難易度も低い。3分程度で終わる。文化祭の時にこの部屋でデモプレイを公開する。
「これ、コントローラーで操作させた方がいいんじゃないの?」
「うーん。それだと簡単すぎるから、キーボード操作をやってもらった方がPC部らしいと思うが・・・やっぱり制作者側の独りよがりか」
「そう思うならそれでいいとわよ」
俺は英梨々にイラストを返した。ちなみにカラーコピーで出力させることができるが、印刷機は職員室にある。
「そっちの調子はどうだ?」
「こっちは準備は終わったわよ。あとは明日から始まる放課後活動だけね」
文化祭での美術部は特別な役割がある。まずは制作備品の管理だ。箱には各クラスに割り当てられた各種絵具やマジックなどがはいっている。使えなくなったものを補充したり、必要に応じて増量したりする。
またポスターや看板製作の手伝いもする。大きなイラストを描く依頼なども受けているようだ。
そういうわけで英梨々は明日あたりから放課後は居残りで忙しくなるようだ。
俺はどの道ここで時間ギリギリまでADV(アドヴェンチャーゲーム)の修正する。こちらも簡単なものを制作している。
※ ※ ※
その後、二日間は平穏だった。放課後に遅くまで作業するのが楽しい人もいれば、早々と切り上げて帰る人もいる。部活は継続されていて運動部はあまり準備作業に加わらない。
それは、文化祭の前日に事件が起こった。
俺はPC部でいつものように作業していた。もう明日が発表なので無駄なあがきはしない。ミニゲームのシューティングと、アドベンチャー、それとドローンで空撮したスポーツ大会の映像がリピートで流れる。
この部屋に物好きな誰かが来るといいが、混みすぎても困る。パンフレットを作成した英梨々は最初は大きく取り扱ってくれたが、俺が修正させて目立たなくしてもらった。
そういうわけで、俺はネットを閲覧しながら1人でまったりと過ごしていた。
コン!コン!というノックの音。俺は作業をやめてドアを開けると、出海ちゃんが息を切らせている。
波島出海。伊織の妹で飛び級して入学している。美術部の英梨々の後輩で、運動能力にもすぐれ性格も明るい。学校内では英梨々に次いで人気も高い。
「倫也先輩・・・」
「どうした?」
「た・・・大変です・・・澤村先輩が・・・」
「ん?澤村がどうかしたのか?」
英梨々とは学校では仲良くしていないので、ただのクラスメイトとして『澤村』と呼んでいる。俺と英梨々の仲がいいことを出海ちゃんも伊織も知らないはずだ。
「告白を受けてます!」
ほう?文化祭前だし、そんな色恋沙汰もそろそろ起こるのかもしれない。俺は無縁だが・・・英梨々も人気があるし、焦れたやつがいたのだろう。
「それで?」
「冷静ですね・・・」
「そりゃ、澤村だろ?モテるんじゃねーの」
あくまでも他人の振りをする。そういえば告白される隙は与えないとか言ってたな。隙だらけじゃねーか。あのバカ。
「そうじゃなくて、えっと・・・とにかく来てください。案内しながら説明します」
「あっ・・・うん!?」
出海ちゃんに促されて俺はPC部の部屋を出た。一応貴重品なので部屋には鍵をかける。もっとも隠しカメラがついていて監視はばっちりなのだが、そんなことは秘密だ。
「出海ちゃん。で、俺が何の役にたつんだ?」
「ただの告白じゃなかったんですよ。普通、そういうのって呼び出して校舎裏とかが定番じゃないですか。手紙とか」
「そうみたいだな。漫画でしかしらんけど」
「みんなの前で告白されたんですよ。信じられます?」
「どいうこと?」
階段を上がっていく。3階は3年生のクラスだ。確かに何か怪しい雰囲気があって静かだ。
人だかりのできている教室がある。
「澤村先輩が呼ばれて美術部のヘルプとして手伝いに行ったんですよ。そしたら、クラス中で囲って、なんだか演劇みたいな感じで告白してきてて」
「なんだそれw」
俺は思わず失笑してしまった。
「倫也先輩ってサッカー部の有名な人知ってますよね?撮影していましたし」
「ああ、名前忘れたけど、知ってるよ・・・ああ、そいつなの?」
「そうです。自信あったんでしょうけど・・・」
まったくもって事情に疎い俺は、どうにも経緯がわからない。後で知ったが『フラッシュモブ』とかいうのが流行っていたらしい。
「でも、俺って何の役に立つの?」
「だって、私は倫也先輩しか知りませんし、お兄ちゃんは見つからないし、美術部の陰キャ集団じゃ何もできませんし・・・」
「俺も十分に陰キャなんだけど・・・」
「それに、澤村先輩・・・立ったまま泣いちゃって」
「はぁ!?」
なんだそれ。なんで告白されて泣いてるんだ?さてはバグったか、キャパ超えたか?
人だかりをよけて教室を覗くと、教室の真ん中で英梨々が立ったまま泣いていた。金髪ツインテールに水色の幼稚園児みたいなポンチョをかぶっている。絵具の汚れでひどいがいかにも美術部員という感じがする。右手には赤い大きなマジックを握っていた。
足元には、大きなキャラクターのイラストが描きかけで、絵柄からして英梨々が描いていたものだろう・・・
事情がなんとなくわかってきた。作業手伝いを名目に呼び出されて、制作中に茶番がはじまったのだろう・・・くだらない。英梨々は制作中に邪魔されるのが一番嫌いなのに。
(どこのどいつだよ!?)
俺はメガネを胸ポケットにしまった。
ガンッ!!
「ひゃー」「きゃっ」とか、女子の悲鳴が聴こえた。
「倫也先輩・・・!?」
俺はいら立ってしまって壁を強く殴りつける。
自信のあったらしい先輩は英梨々に泣かれて、おどおどしているだけだ。他の生徒は遠巻きに成り行きを傍観しているだけだった。
英梨々は左腕で目元を抑えて、泣いているのを隠していた。
「英梨々っ」
つかつかと近寄って、英梨々が固く握りしめたマジックを手から解放して投げ捨てた。
「くだらないことに巻き込まれるなよ」
英梨々の耳元で小さな声をかけた。「ヒックッ」というすすり泣く声がする。我慢したような泣き方は子供の時のままだ。
右手を握って、立ったままの英梨々を教室から連れ出していった。
「おっ・・・お邪魔しました!」と出海ちゃんが教室を出る時に頭を下げていた。
他の人が俺と英梨々を見ているが、そんなことは関係なかった。
美術室は渡り廊下の先の3階でここから近い。俺は英梨々の手を引いたまま、美術室まで連れ戻した。
教室の中には美術部と思われる女子生徒が3人ほどいた。
俺はそのまま教室の中を通って、美術準備室の方へ英梨々を連れて行った。
「出海ちゃん、ちょっと英梨々が落ち着くまで、扉開けないで」
「・・・はい」
きょとんと、不思議そうな目で見ている。準備室の扉を閉めてから英梨々の手を離した。
※ ※ ※
「ぐすっ」と、ときどき鼻をすすりながら、英梨々が必死に泣き止もうとしている。あいにくと俺はハンカチなどという気のきいたものは持っていなかったので、準備室にあった何に使うかわからないキッチンペーパを数枚取り出して英梨々に渡した。
「まったく・・・はぁ・・・」俺も溜息がでる。
なにやら作品の置いてあったパイプイスがあったので、どかしてから、そこに英梨々を座らせた。
この美術準備室は人がこないので、英梨々とどうしても学校で話をしたい時に少し活用していた時があった。今はPC部の部屋の方が人がこないのでそちらを使っているが。
泣き止むのはずいぶんと時間がかかった気がする。
ぴーん。ぽーん。ぱーん。ぽーん。
『呼び出しをいたします。2年1組。澤村英梨々さん、2年1組の澤村英梨々さん。至急、職員室まで来てください』
ぴーんぽーんぱーんぽーん。
「行けるかっ!」と、俺が代わりにツッコミをいれておく。とはいえ、先生も仕事だ。騒ぎの報告でもはいったのだろう。
英梨々は泣き止んでも黙ってうつむいたままだし、目は腫れてひどい顔になっていた。中学生にもなって学校でこれだけ泣いたのは初めてだろう。
「とりあえず、ここにいろ。ちょっと処理してくる」
部屋を出ると、美術部の他、生徒数名が遠巻きに見ていた。
「出海ちゃん。ごめん。職員室にいって澤村は体調不良で帰宅したって伝えてきてくれる?」
「はい」
「あと、他の美術部のみなさんは、ここに澤村がいることは黙っていてあげてくれ」
「はい」
出海ちゃんと一緒に教室を出て職員室に向かった。出海ちゃんが報告に行っている間、職員室の外の廊下で待つ。少し時間がかかったが出海ちゃんが出てきた。
「倫也先輩、報告終わりました。なんか、説明難しかったです・・・」
「いいよ、ほっとけば」
「あの・・・倫也先輩って、澤村さんのこと・・・『英梨々』って呼ぶんですね」
「ああ、あいつとは幼稚園の頃から一緒だからな、つい昔のクセで・・・」
出海ちゃんと歩きながら2年1組に入って、出海ちゃんに英梨々の荷物を渡した。ここまで噂はもう流れているらしく、なんだか目線がするが気にしない。出海ちゃんは美術部の後輩だし問題ない。俺は自分の荷物をもって出た。
美術準備室にいる英梨々は、押し黙ったままだった。荷物を渡すとカバンからケータイを取りだしていじっている。
流石にもう気を取り直して美術部のサポートメンバーとして活動はできないだろう。だいたい顔がひどいし、むすぅ~と機嫌が悪いのを隠そうともしない。
「とりあえず、俺が手伝ってくるわ・・・」
英梨々を置いて、俺は美術部のサポートをする。明日が文化祭なので、今日は貸し出した絵具やマジックを回収してチェックしなければならない。
18時に下校案内の放送がなる。道具を返しに来てくれる生徒もいたが、放送を無視して作業を続けているところもある。
美術部のメンバーを道具の回収に向かわせて、俺は留守番して道具のチェックをしていった。
最後の道具セットが回収された時には19時を過ぎていた。美術部の先生が教室にもどってきて、確認済の書類にサインをいれる。あとはこれらを準備室にしまって終りだ。
俺と出海ちゃんで道具箱を所定の場所にしまっていく。英梨々は無視して椅子に足を組んだままむくれてケータイをいじっていた。頭のリボンもほどいてひどい有様だ。
片付けが終わったので、美術部のメンバーにお疲れ様をいって帰らせる。
「出海ちゃんもお疲れ様。さんざんだったね」
「いえいえ、こちらこそ助けていただいて・・・すみません」
「じゃ」
「あっ・・・はい。失礼します」
ペコリと頭を下げて教室を出て行った。
窓から校舎の様子をうかがう。だいぶ照明が消えているし、帰る人もまばらになっている。外は暗いし、そろそろ大丈夫だろうか。
「英梨々。お疲れ。みんな帰ったぞ」
英梨々は顔を上げて俺を睨んだ。俺は別に悪いことはしていない。泣いた直後よりはだいぶマシな顔になってきているが、瞼がはれぼったい。
「だいたい、なんなのよアレ?人の事バカにしてるのかしら?」
「忘れろ忘れろ。思い出すとイライラするだろ」
「・・・たくっ。ほんとよね」
誰もいないのを確認しながら、俺と英梨々は気配を消して下駄箱まで降りて行った。廊下などの電気はすでに消えていて、生徒は見かけなかった。
英梨々がローファーを履いて、また大きくため息をついた。暗くなったグラウンドを横目に見ながら、一緒に並んで歩いて校門から外へ出る。
英梨々と一緒に帰ったのはこれが初めてだった。
(了)