ヘルエスタ王国の吸血鬼〜二人の使者編〜   作:ノッキー

2 / 5
第一章:異変と邂逅

1

 ヘルエスタ王国、首都ヘルエスタを中心にして都市を数個と幾多の同盟国を待ち、交易には持って来いという立地をしている為、国自体は小さいながらも交易からなる財力で地位を安定化させていた。そんな王国の宮殿に向かう為に首都ヘルエスタ王国から東西南北に伸びる道の内の一本に当たる石畳の道をリゼとアンジュは走っていた。

 

「ほらほら、早くしないと式に遅れるって!」

 

「待てって、皇女様ぁさぁ!」

 

 先に走っているリゼを追いかけるようにしてアンジュが走る。ただ、リゼを追って走っている彼女は既に疲弊してした。それもそのはずで、アンジュが背負っている肩鞄には錬金術に必要な薬品、魔術に必要な本や八掛炉、その他諸々が入っており重い。加えて寝不足と運動不足も相まっての状態である。

 

「まーたーなーいって、アンジュ!宮殿の外にいる時ぐらい名前で呼んでって!」

 

 足を止めたリゼは振り返り頬を膨らませる。そんな彼女の前でアンジュは膝に手をつき荒々しく息を整える。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、呼んでって、い、いや、流石に、屋外で名前呼ぶのはな」

 

 顔を上げ少し困ったような表情を浮かべたアンジュを見てリゼは、腕を組み何処となく不機嫌そうにプイッとそっぽを向く。

 

「ここで、ヘタレ発動するなんなんの」

 

 顔を上けだアンジュがジト目でリゼの事を見る。

 

「うるさい、いいだろ」

 

「良くないよ!恰好良い時に限ってヘタレなくてこういう時に限ってヘタれるってなんなの本当!」

 

「しょうがないだろ!それが私の性なんだからさ!」

 

 お互いに肉薄しリゼとアンジュは口喧嘩を始める。その光景をヘルエスタ王国の人々は微笑ましい笑みを浮かべていた。しかし、本来、リゼは皇女様、アンジュは国家錬金術師という立場であり口喧嘩するのはいささかどうかと思うのだが、誰一人として二人の関係を懐疑する者はいなかった。

 それと言うのも数日前、舞踏会があった時にリゼとアンジュは仲睦まじく踊りそれを見た人達が二人の仲を容認して以降、リゼがアンジュの家に訪れることが多くなりリゼとアンジュが一緒にいる風景は見慣れた風景になりつつもあった。ただ、まさか、二人はキスをしている関係であるとは彼らは思わないだろう。

 

「まぁまぁ、喧嘩はそこら辺にしておきなって英雄さん達よ」

 

「あ、八百屋のおっちゃん」

 

 そんな二人の事を見て声をかけて来た八百屋の親父さんの腕をアンジュはバシッと手の甲で叩く。

 

「……って私は英雄じゃ無いって」

 

「ガッハッハー、そんな謙遜する事は無い、ねーちゃん達の活躍はこの耳で聞いてるからな!」

 

 ニヤリと八百屋の親父さんはリゼがアンジュの腕に抱きつく。

 

「そーだよ、アンジュも十分英雄だと思うよ、アンジュが居なければ上手い具合に戦闘なんでできなかったし」

 

「んーそうか?」

 

 どこ事なく釈然としていないアンジュと得意げな笑みを浮かべるリゼ、

 そんな二人を見て八百屋の親父さんは、再び豪快な笑い声を上げ近くにあったオレンジを二つ手に取る。

 

「ほら、これ、ただでやるよ」

 

 差し出されたそのオレンジをアンジュは受け取る。

 

「あーありがとな、おっちゃん」

 

「おうよ、いいって事さ、英雄、ほら、そろそろ式典だろ?」

 

 八百屋の親父さんの言葉に何かを思い出したのかリゼが目を見開く。

 

「あ、そうだ!式典!早く行こ!アンジュ!」

 

「え、だから、待てって!リゼ!」

 

 また勝手に走り始めたリゼを追いかけるようにオレンジを鞄の中にしまったアンジュが走り始める。

 ヘルエスタ王国の建物は基本的に煉瓦をメインにして作られた建物が多い。その為、ヘルエスタの街並みは何処か中世のヨーロッパの様な見た目をしていた。

 

「だから、待てって!リゼ!」

 

「待たないって言わなかったけ?」

 

 楽しそうに走るリゼとそれをアンジュは追いかける。さながらそれは、我儘を言うお嬢様とそれを追いかける従者のようだった。

 

「だからって……」

 

 叫びながらもアンジュは、道の途中の建物の角で紫色の猫耳を露出させ深く黒いフードを被った獣人の女性と出会い頭にぶつかってしまう。

 

「おっと、すまん」

 

「いえ、気にしなくていいよ」

 

 その獣人の女性の後についていく形で、犬の耳を持った新たな女性が現れアンジュの目の前に立ちはだかるように立ち止まる。その二人を迂回しようとアンジュはするも彼女の前に移動して通してくれる様子はなかった。

 

「えっと、すまん、この後ちょっと用事があって前から退いてくれないか?」

 

「ごめんね、ちょっと、お姉さんにお話がききたくてねー」

 

 彼女の言葉を聞いたアンジュは渋い顔をして首を横に振る。

 

「いや、そう言うのは、ちょっと」

 

「そうだよね、いきなり話聞いてくれって言われて聞けないよねー」

 

 フードの下から獣人の瞳が彼女の事を見る。

 覗いて見えた獣人の女性の瞳は、純粋な瞳ではなく、そんなものじゃ無い、もっと別の、えぐみがある、何かしらの意図を持ったような瞳をしていた。

 それに気が付いてかアンジュの眉間に皺がよる。

 

「……何者だ、お前達」

 

「流石にわかっちゃうかー」

 

 ニッコリと笑みを浮かべた獣人の女性は、スッと目を細める。

 

「でも、いいや、今の質問なしにして貰っていい、今、ここで事を荒げてしまうのは僕にとっても不利益になるからねー」

 

「……どう言う事だ?」

 

「さぁね、さ、行こ、ころさん」

 

 こくんっと犬の耳を持った女性は頷き、二人はアンジュの横を抜けていく。

 

「あ、お、おい、待て……」

 

 慌ててアンジュは後方を見るが、既にフードを被った二人はいなかった。慌てた彼女が周りを見ても黒フードを被った獣人の姿はなかった。

 

「早く早く!」

 

「あ、あぁ」

 

 かなり前に居たリゼにせかされ振り返ったアンジュは、どこか腑に落ちないような表情を浮かべながらも走り出す。

 彼女の家からヘルエスタ城へはさほど、距離はないとは言っても、式典という事で賑わいを見せる通りは行き交う人達で溢れかえっており、その視線をリゼと共にアンジュは一心に受けながら走り抜ける。

 そうこうしているうちに王宮の前まで来る事はできた。しかし、王宮の前の広場には式典の祭の準備をしている人が集まっており、道を開けてくれるリゼとは違いもみくしゃにされながらも王宮の前を警護している騎士達の間を縫って人がまばらな王宮の範囲内に入る。

 

「ついたよ、アンジュ」

 

「はぁ、はぁ、はぁ、死ぬぅぅ……」

 

 人の気配が減った事によって気が抜けてアンジュは膝に手をつく。

 死にそうな程汗をかいているアンジュに対して、リゼは何処か済ました顔で息を整えていた。とても一緒の道を走ってきた二人とは見えない形相をしていた。

 

「おーやっとやなぁ」

 

「遅いわよ、二人とも」

 

 大きめの大理石出てきた階段にたやとチャイカが立っていて後から来た二人を眺めている。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」

 

「……って、ンジュ、本当に大丈夫かえ?」

 

 袖で顎の下を拭きながらもアンジュは顔を上げ戌井の方を見て頷き返す。

 

「だ、大丈夫だけど、その、ご、ごめん、い、いろいろと、準備してたら、その、おくれた」

 

「アンジュは準備に時間かかり過ぎだって」

 

「いや、リゼが強引にお化粧とか私にさせなかったらこんな遅れるわけがなかったんだけど」

 

 腕を組んだリゼの一言にアンジュがジト目で彼女の事を見てそう言い返す。

 とは言っても事実、少し汗ばんではいるものの今のアンジュはいつも以上におめかしをしている。それこそ、いつも見せるようなズボラな姿ではない事が分かるような服装、顔は汗ばんでいるものの崩れていない薄化粧がされている。

 

「ほおー、やから今日のアンジュはいつもより美しく見えると思うんやけ」

 

「確かに、いつもより輝かしいわね」

 

 その事に気がついてか、そんな反応を見せた戌亥とチャイカにアンジュは頬を引きつらせる。

 

「あのなぁ、その言い方的にいつもの私は、汗ばんでいる今この状況そんな美しくない……」

 

 そこまで言ったアンジュは何かを思い出しかの様にスンッと真顔になり姿勢を正し全員から目を逸らす。

 

「……まぁ確かに生活面ではズボラではあるし、それもそうか」

 

「あ、そこまで言って否定はしないんだ」

 

「あの部屋を見て否定する気になるか?」

 

「まぁ、それはそうだけどさぁ」

 

 苦笑いを浮かべつつもリゼは歩き始め、それについて行く形でアンジュ達も歩く。

 門の内側にあった中庭を通り、その奥にあった王宮の正門を潜って中に入る。

 王宮の中は昼間だと言うのに全ての窓がカーテンで閉められており仄かな灯り以外何もついていなかった。それは、まるで、カナさんと対峙した時と同じようで、普段ではありえない異様な空間に少し不思議そうにしていたアンジュは何かを思い出したかの様に目を見開く。

 

「あ、そっか、今日の式典はカナさんもいるからか」

 

「そうだよ、今日は私もいるんだ」

 

 四人の前に通路の端の柱の影からメイド服を着たトモエ・シラユキと、ステッキを手に持ちいかにもザ・吸血鬼といった感じの黒いマントに黒のハット帽、シルクのTシャツに黒の長ズボンを履いたカナ・スコヤがふらりと現れる。

 

「よう、やっと来たか」

 

「ご機嫌よう、皆様」

 

 カナさんが手を上げ、シラユキさんがお辞儀をしてくる。

 

「カナさん、シラユキさん、こんにちは、舞踏会以来ですね」

 

「あぁ、あの時以来だな」

 

 そう言ってカナさんは背伸びをして欠伸をする。

 吸血鬼にとっては昼間という時間帯は人間の夜中みたいなもので、そんな時間に起きている彼女にとっては生理的な現状でもある。

 そんな背伸びしているカナさんを見てアンジュは首を傾げる。

 

「それにしては、なんか、いつもと違う服着てますがそれは……」

 

「あー人の前に出るし吸血鬼っぽい見た目にしてほしいって女王様に言われてこれ着ろって言われてな」

 

「確かに、見た目は吸血鬼と言えば吸血鬼やねぇ」

 

 アンジュとリゼの後ろに立っていた戌亥に言われた言葉にカナさんは苦笑いを浮かべる。

 

「まぁ、だからと言ってあまりこう言うのは着たくないけどな」

 

「あははは」

 

 アンジュが苦笑いを浮かべる。それと同時に通路の端に立っていたメイドの一人がその場にいた六人に歩み寄ってくる。

 

「皆さん、そろそろ式典の時間です、迅速に謁見の間に来てください」

 

「あ、そうだ、早く行きましょ!」

 

「あぁ、そうだな」

 

 メイドに催促されたリゼと頷き返したアンジュに引きつられながらも彼女達は式典に望むのだった。

2

 式典自体は粛々と進められ、特に何かあるわけでもなく無事に終わった。その式典の中ではこの度の戦争での勝利の宣言をされ、カナさん達は公式の場でヘルエスタ王国と関係のある吸血鬼であることが明言された。そのごは、カナさん自身は途中で拵えていたヴァンパイア風の服を脱いで普段着に勝手に着替えてしまうと言うハプニングはあったものの式典も無事に終わりそのまま解散という形となった。

 

「ん、んんっ、はぁ、終わったー」

 

「少し長かったねー」

 

 カナさんや戌井達と別れたアンジュとリゼの二人は大通りを横並びで歩き、アンジュ宅に向かっていた。

 

「まぁ、少し長かったのはアレだとしてもこれでリゼの当初の目的は達成できたって感じだよな?」

 

「まぁね、でも、ここまで来るのに紆余曲折し過ぎた感は否めないけど」

 

 肩をすくめたリゼにアンジュは苦笑いを浮かべる。

 元々、カナさんを周囲の人達に認知してもらう為にも奔走したはいいもののその間で、二人が愛し合う中になったりそのいざこざがあったりと確かに紆余曲折し過ぎた感はある。

 

「あぁ、確かに、紆余曲折したとは思うけどさ、それは、それで……」

 

「リゼ様!」

 

「ん?」

 

 アンジュの声を遮るように聞こえて来た声の方を二人は見る。

 声の主は、サメのパーカーを着た少女を連れ添って歩いていた赤い瞳に栗色に似た髪の毛を持った女性騎士がが立っていた。彼女の名はフレン・E・ルスタリオーーヘルエスタ王国中に唯一ある国家騎士団の団長を務める家柄ルスタリオ家の次期当主であり、つい、先日に起きた戦争には、何か他の任務に着いていた為、駆り出されてはいなかっもののリゼとアンジュの一応、共通の知人の一人でもある。

 

「あ、フレン、こんにちは」

 

「ご機嫌麗しゅう、リゼ様」

 

 リゼの方を見て一礼をした後、彼女はキリッとアンジュの方を睨みつける。

 

「なんだよ、フレン」

 

「まだ、リゼ様の近くにいたんだな、野蛮人」

 

 フレンの棘のある一言にアンジュは苦笑いを浮かべる。

 実を言うとアンジュとフレンはかなり仲が悪い。それもその筈で、以前、アンジュが宮殿で大暴れした時の後始末を、(主に、アンジュが大暴れをして壊れた内装や地面の補修等を一緒に)させられたのが、彼女とその父親であるのだ。

 

「あの時は悪かったって何度も言ってるだろ」

 

「そう言っても許さないものは許せないから」

 

 フレンとアンジュの間でバチバチと視線の火花が立っている中にリゼが割って入る。

 

「ま、まぁまぁ、そこまでにしてよ、二人とも、それで、フレンは今何やってるの?」

 

「え、あ、要人の警護です」

 

「要人の警護?」

 

「はい、此の方になります」

 

 そう言ってフレンはサメのパーカーを着た少女を手で指し、少女が一歩前に出る。

 

「Hellow everyone,I'm Gaw Gura,nice to meet you」

 

 少女の口から流暢に出た聴き慣れない言語にリゼとアンジュは首を傾げる。

 

「……何言ってるか理解できるか、リゼ」

 

「ちょっとは、だけど、それでも少し速すぎて合ってるか少し不安な部分はあるけど」

 

 二人の反応を見て少女は首を傾げる。

 

「Hey,Do you understand,what's I say?」

 

「えっと、えっと、フレン?」

 

 それまで一緒にいたフレンの方をリゼは見る。だが、彼女も予想外だったのか頰を引きつらせていた。

 

「あ、あれ、さっきまで話できていたはずなのですが……」

 

「E,A,Aー,Aーー」

 

 声を出して何かを察したのか少女は苦笑いを浮かべる。

 

「Sorry,I forget turn off the translation magic」

 

「何言ってんだ?」

 

「Wait a second」

 

 手を首に当てた少女は何が唱えると、手が当ててある首元を中心に小さめの魔法陣が展開され少し白く光る。

 

『アーアッ、あー聞こえてる?』

 

「え、しゃべったぁぁ!?」

 

「うわわわわわ!?」

 

 驚いている二人を他所に少女は少し申し訳なさそうな表情を浮かべる。

 

『ごめん、今、言語関係の魔法が切れてた』

 

「は、はぁ……」

 

『改めて自己紹介するけど、私、ガウラ・グラって言うの、よろしくね!』

 

 唖然としている二人に向かってガウラ・グラと名乗った少女は手を差し出す。

 

「よ、よろしくお願いします」

 

 その差し出された手にリゼは握手し返す。

 

『一国の皇女と握手できるとは思わなかった』

 

「えっと、それで貴女は一体」

 

『ホロライブ東弊重工業社って言う会社の、会社の会長を勤める桐生ココの秘書を務めているわ』

 

 ホロライブ東弊重工業社ーー世界的を股にかける木材や鉄、石材を主にした会社の名前であり、ヘルエスタ王国を含めて諸外国ともにお世話になっている大企業である。

 

「なんか、見た目に反して本当に凄い人物って感じだな」

 

「えぇ、思っていた以上にって所ね」

 

 握手とお互いに自己紹介をし終えたアンジュとリゼにそう言われてグラは苦笑いを浮かべる。

 

『私は凄いとは思わないけど、そう言う事になっているわ』

 

「まぁ、そう言ってもフレンが警護してる以上重要人物である事は間違いないよな。でも、なんで、そんな重要人物がヘルエスタ王国に来てているんだ?」

 

 アンジュにそう聞かれてグラは視線を斜め上に持っていく。

 

『あーそれに関してはこの国と交易を強化する為に桐生先輩に連れられたの』

 

「先輩?」

 

『うん、一応、会長だけど、そう呼んで欲しいって言われてね』

 

「へぇー不思議な会社だな」

 

 少し不思議そうにしながらもアンジュは驚いた表情を浮かべる。

 アンジュ達の中で先輩と言うと学校で使う物と認識がある為、上司に向かって先輩と言うのは聞いた事ない。

 

『不思議なのは否定はしないけど、それが私達なの』

 

「でも、それはそれでありだと思うよ」

 

 肩をすくめ腰あたりから生えているサメの尻尾を左右に揺らすグラと笑みを浮かべたリゼを見ながらもアンジュは顎に手を添える。

 でも、そうか、先日の戦争で私達は勝って、勝った国と同盟を結んだ。それは所謂、貿易ルートや交渉に若干の差異が生まれる。だから、その変更をしに来たって感じかな。流石、世界を股にかける企業って感じはするけど、それにしては対応が早い気がする上に

グラもサメの尻尾が生えている。それこそ、あの、二人と同じようなって……ん?あれ、話し声が聞こえないって……

 

「ん?あれ?」

 

 思考に耽っていた彼女はそこで異変に気がつき周囲を見渡す。周りは、先ほどまでと同じ煉瓦造りの大通りであるのは間違いない……のだが、先程と違う点が一つあり人っ子一人としていなかった。

 

「嘘だろ、おい、置いていくなよ、リゼ、フレンーー」

 

「やぁ、お姉さん、会いに来たよ」

 

「ガウ……!?」

 

 ガウラ・グラと縄を呼ぼうとしたタイミングで、ふらりと黒いローブを着た獣人の女性が道路の真ん中に現れる。

 

「お前は!?」

 

「数時間振りだね、おねーさん、いや、アンジュさん」

 

「……何処で私の名前を、もしかして、私の事をストーカーでもしてたのか?」

 

 険しい表情を浮かべたアンジュに戯けるようにして獣人の女性は身を引く。

 

「まさかー、そんなことは無いよ、ヘルエスタ王国の有名な錬金術師といえば、アンジュ•カトリーナ、そのぐらい有名だよ。あーでも、こっちは名乗ってなかったね」

 

 ローブの帽子を脱いだ彼女ーー猫又おかゆはニヤリと笑みを浮かべる。

 

「どーも、はじめまして、猫又おかゆだよ」

 

「よろしく、なんて言うつもりはない、何のようだ」

 

「んーそうだねぇ、ちょっと回収したいものがあるんだよね、ころさん」

 

「ーーうん、そうだよ」

 

 背後からゾワッと背筋が凍るような耳元に声が聞こえてアンジュが後ろを見る。誰もいないはずの背後にはいつのまにか回り込まれていたのか、茶色い瞳をした獣人がフードの下から死んだ目でこちらを見ていた。

 

「だけど、その回収をする前に、少し腕が鈍っているから少し私達と遊んでくれない?」

 

「ふざけるな、私にそんな時間はないし、リゼ達を何処にやった」

 

「違うよ、彼女達は近くにいる。術にハマったのはおねーさんの方だよ」

 

 おかゆのその一言に何処か心当たりがあるのかアンジュは冷静な表情を浮かべ顎に手を添える。

 

「……成る程、人払いか」

 

「正解だよ、だから、私が術を解かない限り私達やアンジュさんが他の人達に認知される事も逆に、私達が他の人達を認知する事もできない」

 

 そう言っておかゆは黒いローブを脱ぎ捨てて白衣を身につけた姿になる。

 

「さぁ、おねーさんにはちょっとばかし痛い目にあってもらうから」

 

 おかゆといつのまにか彼女の隣に立って同じくローブを脱ぎ捨て鎧の姿になった茶色の毛を持った獣人ーー戌神ころねの目が赤く光る。

 

「なってたまるかよ」

 

 反射的にアンジュは鞄の中からフラスコを取り出し戦闘体制に入る。

 二人との距離は大体、五、六メートル、そう遠くも近くもない立ち位置にいる。ただ、相手は実力不明、何をしてくるかも不明、その状況下、人払いによる孤立無援の中、フラスコを手に持ったもったアンジュは険しい表情を浮かべる。 

 

「……でも、どう、くる」

 

 険しい顔を浮かべているアンジュとは対照的に二人は余裕の表情を浮かべていた。

 

「おかゆ、攻撃していい?」

 

「うん、いいよ、でも、殺さない程度に、一応、話を聞く対象だからね」

 

「わかったよー」

 

 ニンマリと笑みを浮かべたころねの胸元が赤く光り手を縦に振り黒い剣を出現させその柄を持ち腰を落とす。

 

「でも、手加減ができなかったらごめんねぇ」

 

 地面を勢いよく蹴り良く前に出てアンジュと距離を詰める。反射的にアンジュはフラスコを地面に叩きつけバックステップを踏み、付着したその液は突撃してきたころねを遮るように燃え上がる。

 

「成程ぉ、そうきたかぁ、でもねぇ」

 

 炎越しにその声が聞こえ何ともない顔でころねは、炎を掻い潜りアンジュの前に躍り出る。

 

「なっ、嘘、だろ!?」

 

「あーそーぼー!」

 

 満面な笑みと共に肉薄したころねが振り上げていた黒い剣が振り下ろされ、その一撃を紙一重で横に転がるようにしてアンジュは避けきる。

 

「そうそう、ころさんは基本的に炎とかそう言うのは効かないから気をつけてねー」

 

「そう、言うことかよ!」

 

 追撃で来た一撃を転がりながらも避け立ち上がったアンジュはバックステップを踏みつつフラスコを取り出し地面に叩きつけ煙幕を焚く。

 これで、少しでもいいから考える時間を……

 

「お、煙幕かぁ、いいねぇ、でも……」

 

 煙幕越しにおかゆの声が聞こえてくる。その次の瞬間、煙幕が切り裂くようにして晴れ黒い剣を持ったころねがアンジュの横に現れる。

 

「……ころさんは鼻がいいから煙幕も効かないんだよ」

 

「くそ、考えさせてくれる時間もないのやかよ!」

 

 横から来た黒い剣の突きが上半身を逸らしたアンジュの頬を擦り、少量の血と共に彼女の目の前をころねが通り過ぎる。ただ、彼女の殺意の瞳は確実にアンジュを捉えていた。

 殺す気か、本当、いや、でも、さっき、手加減できないって、こいつは言っていた、それだったらわざわざ私も手加減する必要もない、後始末は少しばかり面倒だけどっ……

 

「なら、こっちも死ぬ気で行かないとな!」

 

 剣を下ろして振り返ったバックステップを踏み振り切ったころねから距離をとりつつもアンジュは鞄の中からバッと紙を周囲にばら撒く。

 

「あんまり市街地で使いたくなかったけど」

 

「お、何するのぉ?」

 

 剣を下ろしたころねが楽しそうに笑みを浮かべながらも振り返る。それを片目にアンジュは魔術書を取り出し開く。

 

「何をするも何もーー来い!!」

 

 魔術書が緑色に光りアンジュを中心として魔法陣が展開され、ばら撒かれた紙から太い蔦が何本もころねを襲い巻き付き動きを封じる。

 

「お、おぉー」

 

「元々、後方で支援するのが私の役目だからな」

 

 ジロッところねの事を見ながらもアンジュは魔術書を閉じると、拍手が聞こえる。

 

「さすが、ころさんを一発で封じ込めんなんて国家錬金術師だけあるね」

 

 蔦によって動きを封じられているころねの隣におかゆが来て足を止める。

 

「なぁ、何がお前達の目的なんだよ、いきなり襲ってきたりして」

 

「それはさっきも言ったじゃんただのデモンストレーションだって」

 

 戯けるようにそう言ったおかゆは、ころねと同じ様ににんまりとした笑みを浮かべる。

 

「それ以上でもそれ以下でもない、じゃ、僕の方からもいかせてもらうよ、"ねこです、よろしくお願いします"」

 

 目を細めたおかゆの瞳と胸元あたりが青く光り彼女の横に複数人おかゆと同じ姿の分身する。

 

「なっ!?分身した、だと!?」

 

「うん、僕の能力だよっと言っても本来は攪拌用だから、そこまで強くないしあまり使う機会はないけどね」

 

 その言葉と共に分身体がアンジュに向かって走り出し反射的にアンジュは身を構える。が、しかし、彼女達はまるで幽霊かの様にアンジュの体を通り抜ける簡単に消えてしまう。

 

「それに、これはあくまでこれは幻影、こうやって堂々と使っても意味はないけどねぇって、そっちはそっちで悠長に立っている暇あるのかな?」

 

 肩をすくめたおかゆが隣に視線を送ると、蔦が乱暴に引き裂かれており蔦の中にはもう既にころねの姿はなかった。

 

「えっ?」

 

 それに驚いた一瞬の間の後、痛みと共に後方から黒い剣がアンジュの腹部を貫き引き抜かれて真っ赤な鮮血が溢れ出る。

 

「かぐかぁっ!?」

 

 血が留めなく吹き出ているお腹を抱えながらもアンジュは膝をつく。

 

「油断大敵、だよ?」

 

 横から声が聞こえ彼女は横を見る。そこには黒い剣を片手に持ちそこに付着していた血を拭い取って舐めているころねが立っていた。

 

「うそ、だろ……」

 

 辛うじてアンジュはその言葉を漏らす。

 あの一瞬で、真横にってもしかして、これでも、本気じゃなかった、のか……?

 

「ほら、言わんこっちゃないって言いたいところだけど、ころさん、これは流石にこれはやりすぎ……」

 

「ーーそれ以上、アンジュに触れないで!」

 

 おかゆの言葉を遮る様にして唐突にリゼの声が聞こえてころねにフレンが剣で斬りかかりアンジュの隣にリゼがくる。

 

「大丈夫!アンジュ!」

 

「あ、あぁ、す、すまん、リゼ」

 

 痛みで顔を歪めながらもアンジュはリゼに寄りかかりフレンはリゼとアンジュの前に立つ。そんな彼女達をを見たおかゆは少し困ったような表情を浮かべる。

 

「おやおや、これは困ったなぁ、予定が狂っちゃったよ」

 

「どうするの、おかゆ」

 

 フレンの攻撃をバックステップを踏み避けておかゆの隣に立ったころねにそう聞かれたおかゆは腕を組んで首を傾げる。

 

「んー流石に、これは逃げるに限る」

 

 通称の見た目に戻ったおかゆところねは三人から背を向けて走り始める。

 

「あ、待てっ!」

 

「おっと、いいのかい、お連れはもう体がもたないよ」

 

 逃げようとした二人を追いかけようとしたフレンを静止するように少し振り返ったおかゆはそう言うと彼女は後方を見る。そこには、リゼとリゼに寄りかかり辛そうな表情アンジュがいてフレンは顔を歪める。

 

「くっ」

 

「じゃ、僕達はこれで」

 

「あ、おい、待て!くそっ!」

 

 二人は投げ捨てていた黒フードを回収して背を向けて走り出してしまう。それを追いかけるか躊躇する素振りを見せた後、フレンはリゼ達の方を見る。

 

「リゼ様、アンジュは今、血が大量に出ていますので今は病院に担いで行くのが先決でしょう」

 

「う、うん!」

 

 アンジュを担ぎ上げてたフレンはリゼと共に病院に向かうのだった。

3

 

ーー圧倒的な強さだった。

 

 あの圧倒的な強さに手も足も出ないと悟ったのは、最近ちょっとしたすれ違いでどんぱちしたカナさん以来だろう……っと言うか、最近、自分より強い相手ばかりいてボロボロにされてしまっている。圧倒的な能力、才能やら勘やらでどうにかできる領域を超えてしまって、ただ、一方的にやられてしまうそんな理不尽を感じてしまう所まである。

 

「……ここは、私……そうか……」

 

 だから、あの二人にやられて気を失った後、今、私は見知らぬベットの上で寝かされている状態で目覚めてベットの隣に戌亥が居るのか……

 

「お、起きたんね」

 

「あ、あぁ、まぁな」

 

 起き上がって周囲を見渡した所で真っ暗な窓が目に入る。

 あれ、確か、私があの二人と戦闘した時って、まだ、明るかったよなって事はアレから結構時間経っているって事か。

 

「……なぁ、たや、私どれぐらい寝てたんだ?」

 

「ざっと、数時間は寝ていたんよ」

 

「マジか、たやって言うか、なんでここにたやがいるんだ?」

 

「ん?あーイゼに話を聞いて店を午後から臨時休業させて来たんよ、嫌な予感と言うか、話を聞いて慌ててきたんよ」

 

 あーそう言えば、今日の朝、たやが"私達の周りを何者かが嗅いでいる"的な事をリゼに言われたし、実際、心配になるって飛んでくるのも致し方ない。けど、わざわざ、お店を臨時休業させてまで来てもらうとなると、なんか申し訳ないなぁ……

 

「そうか、その、なんかごめん」

 

「いや、謝る必要はないよ、それよりも傷の痛みは大丈夫かえ?」

 

 身につけていた病衣を少し脱いであの戦闘の時負った場所である横腹辺りを見る。本来だったら手術の時の傷の縫い後とかありそうな場所には傷ひとつなく不自然な程綺麗なお腹が目に入った。

 

「……大丈夫、痛みはない」

 

「そうか、流石にタフ過ぎやないか、ンジュ」

 

「まぁ、大量にカロリー摂ってるからな、カロリーは正義だよ、本当」

 

「それ前も言ってたよなぁ、サンドウィッチ◯ンの信者かえ」

 

 シド目になった戌亥は肩を落とし安心した様に溜息をつく。

 

「まぁ、なんにせよ、大丈夫そうなら、外に待機してるイゼ呼んでくる」

 

「わかった」

 

 かるーく手を振りながらも戌亥は一度部屋を後にする。それから、少しもしない内にドタドタドタと誰かが走ってくる音が聞こえて扉が勢いよく放たれて涙目になっているリゼが扉の奥に現れる。

 

「よう、リゼ」

 

「アンジュ!アンジュ!アンジュ!!」

 

 手を上げて振るや否やまるで弾丸かの如くリゼが抱きついてくる。

 

「おうおうおう、どうした、リゼ」

 

「どうしたも何もだって、だってだってだってだってだってだって!!」

 

 ギュッと抱きついてくる力を強くして涙声のリゼの背中を優しく叩く。

 

「落ち着けって、リゼ」

 

「だって、アンジュが、アンジュが、死んじゃうって思って凄い不安だったんだもん……」

 

 ポンポンと背中を叩きながらも眉間に力が寄るのを感じる。

 そうだよな、今回は不可抗力とは言え、一度はリゼに気持ちを伝えたくなくて自分で死にに行こうとしていたって言う前科あるし、多分、リゼとフレンが人払いの結界を破って援護に来たタイミングからして、丁度、私があの、ころねと呼ばれている獣人にお腹を剣で刺された所って考えると、そりゃ、不安にもなるよな。

 

「ごめん、今回ばかりは不可抗力とは言え、許してくれ」

 

「うん、でも、本当、生きてて、よかった」

 

 安心した様に落ち着きを取り戻したリゼは目の端を手の甲で拭いながらも私から離れる。

 

「しかし、なんでンジュは襲われたんかえ」

 

「それ、私も戦闘中に聞いたんだが、デモンストレーションとだねは言っててそれ以上は特に何も」

 

 首を傾げたまま戌亥は腕を組んで唸り声を上げる。

 

「デモンストレーションかぁ、その割にはお腹を剣で突き刺すなんてやってるなぁ」

 

「そこについては、あっちも何やってるのってツッコミ入れてたけどな」

 

 まぁ、あの言葉の感じからして本当はそこまでする予定無かったと言った感じには聞こえたけどな、どうなんだろう。

 

「とは言え、襲われる事について、ンジュ的には何か思い当たる節とかあるかえ?」

 

「いや、正直に言うとないと言うか、たやこそ、何か無いのか、何者かが嗅ぎ回っているとか言ったのはたやだったよな?」

 

「せやけど、わたしもあくまで、わたし達の事を嗅ぎ回っている様な人達がいるって情報をお客様経由で手に入れたからそれ以上の事は分からんのよ」

 

 首を横に振って腕を解いた戌亥は肩をすくめる。

 お客経由か、まぁ、だったら、それ以上の事は分からないから仕方ないよなぁ。

 

「一応、こっちもフレンに頼んでヘルエスタ王国全体に捜索してもらってるけど今の所は私達が見たあの二人の目撃証言はないの」

 

「んーそっか……」

 

 リゼの言葉を聞きながらも私は腕を組む。

 フレンに頼んで探してもらってもあの二人が見つからないとなると。

 

「今の所は手詰まりって感じか」

 

「んにゃ、だから、今日はこのまま休んで明日、退院してから考えればええと思う」

 

「あぁ、そうさせてもらう」

 

 たやの提案に私は頷き返す。

 不意に何かを思い出したのか、たやは歩いて病室の窓際まで移動する。それから、たやは窓の外を見て店の仕込みを思い出したのか、少し険しい表情を浮かべる。

 

「ちょっと野暮用ができた」

 

「おう、わかった」

 

 入口の方を向いたたやはそのまま早歩きで病室を後にし、彼女を見送ったリゼは首を傾げる。

 

「野暮用っていうのはなんだろうね?」

 

「さぁ?つか、リゼはいいのか、私の病室にいて」

 

「あー本当だったら戻ったほうがいいんだけどね」

 

 ベットの端に座ったリゼは笑みを浮かべてベットの上に置いてあったこちらの手を軽く握り指を絡め目を細める。

 

「でも、ここに居ないとまたアンジュがどこかに行ってしまうんじゃないかって心配があるから」

 

「そっか、ごめんな、不安にさせてしまって」

 

「ううん、大丈夫だよ」

 

 首を横に振ったリゼはこっちを見てニッコリと微笑を浮かべる。

 

「ちゃんと何事もないって訳じゃないけどこうやって、アンジュが生きているって実感ができるから、大丈夫」

 

 絡ませていた指越しにリゼの体温に感じる。

 確かに、こうやって生きている事は何よりの事だけど、にしても、あの時、よく人払いをしてる事に気がついたよな。普通、人払いをしてる時はそう簡単に人払いの結界をしている事に気がつかないんだけどなぁ……

 

「でも、よくさ、人払いの結界を壊すこと出来たよな」

 

「え、あーうん、最初の内は私達も気付いてなくて、ただ、フレンがアンジュが居ないって気がついてね」

 

 手を引いてリゼは立ち上がりこちらに背を向けたまま腰に手を回して指を組む。

 

「そこから探そうってなった時にアンジュの魔力を感じてね、それでフレンが人払いをやっぶってアンジュを見つけたの、それも、お腹を刺されて、息も絶え絶えで、苦しそうにしている、アンジュを、ね」

 

 そう言ってリゼは振り返り私に抱きついてくる。

 ふわりとリゼから花の香水の香りが漂ってくる。そうと言っても嫌な香りではなく、心から安心する様なそんな香り……

 

「……ねぇ、だからさ、もう、私の前からいきなり居なくなったりしないよね」

 

「あぁ、勿論、とっくの昔にそう言う約束はやったしな」

 

 リゼの背中を叩きながらも静かな時間がその場に流れるのだった。

 

4

 抱き合うリゼとアンジュを病室の窓を道路を挟んで反対側にある建物の屋上から見る二つの影があった。

 

「たく、ころさん、さっきのは本当にやりすぎだって」

 

 病院と通路の街灯から発せられる白とオレンジ色の光に当たりながらも黒いローブに身を包んだおかゆが隣に立っていたころねの方を見る。

 

「ごめーん、おかゆ、あーなっちちゃうとちょっと歯止めが掛からなくてねー」

 

「別に攻めてるわけじゃないけどさー」

 

 苦笑いを浮かべているころねを見て大きく溜息をついたおかゆは振り返る。

 

「ま、これで能力のデモンストレーションは終わったし交渉は成立したかな?」

 

 そこには刀を背中に背負い茶髪の髪をして眼鏡を掛けた青年の様な精悍な顔立ちの忍者が立っていた。

 

「そうでござるな」

 

 そう言うと彼は二人の方に向かって歩き始める。その歩き方は彼の持っている顔や青年の様な風貌からはとても考えられない程、どっしりとした上向きのない強者の様は物だった。

 

「一応、示談は成立してるでござるよ」

 

「それなら良かった、でも、まさか、貴方に依頼されるとは思いもよりませんでしたよ、極東四皇王が1人、ガッチマンさん」

 

 二人の前で足を止めた彼ーーガッチマンはククッと喉で笑いながらも目を細めて首を横に振る。

 

「いやいや、そんな大したものじゃ無いでござるよ、ただ、そう自称してるだけでござる」

 

「そんな謙遜しなくていいですよ、貴方の活躍はボク達の耳にも入って居ますしね」

 

 ドヤ顔にも似た笑みをおかゆは浮かべる。

 実際、このガッチマンと言う忍者は一部の界隈ではいろいろな意味で有名な人物である。主に、忍者だと言うのに除霊や陰陽道に精通しているという意味でではあるが、その分野で知らない人は基本居ないと言っても過言ではないぐらいには有名ではある。

 

「でも、どうして、わざわざころね達のところに来たの?」

 

 笑みを浮かべた彼女の隣でころねが首を傾げる。

 

「あーそうだね、私のいる地方だと対処が大変な霊とか怪奇現象とか、そう言うのに対抗する為にはもってこいだし、なによりカレー氏や牛沢氏、猫氏の強力なサポートにもなる物だからね」

 

 メガネをクイッと上げて眼鏡を光らせながらも彼は笑みを浮かべる。

 

「ま、仲間の戦闘力強化は重要な事だけど……」

 

 何かに気がついたのかおかゆが誰もいない屋上の出入り口の影になっている所を見る。

 

「……そこ、誰かいるよね?」

 

「ーーそうかい、やっぱり、君達だったかえ、目星つけておいてよかったわ」

 

 影になって居た場所から姿形も、それこそ、幽霊化の如く気配を消していた戌亥が空気の中から現れる。

 

「あ、とこちゃん、ここにいたんだ、元気にしてた?」

 

「そう気軽にわたしの名前呼ばんといてな」

 

 親しげに声を掛けたころねを牽制する様にそう言い返すと、おかゆがフッと鼻で笑う。

 

「そっか、昔は一緒に仕事していた仲なのにさー、でも、よく、ここに来ているのがボク達だって分かったよね」

 

「ふん、イゼの話を聞いてすぐに分かったわ、コオネ、オコユ」

 

「相変わらず訛りがすごいなぁ」

 

 戯けたように身を引いたおかゆに対して戌亥は目を細める。

 

「今回は何が目的かえ、わたしの確保か、それとも、他の何かえ?」

 

 気迫に迫る様な戌亥を見ながらもおかゆは肩をすくめて挑発する様に片眉を上げる。

 

「目的なんて敵対してる相手に言うと思う?」

 

「なら、その口を無理矢理こじ開けて吐かせてやるんよ」

 

「おーおー、物騒だねぇ」

 

 相変わらず戯け続けるおかゆに苛立ちを覚えたのか戌亥は犬歯を見せながら地面をドンッと蹴る。

 

「物騒にもなるわ!大切な友人を傷つけられて黙っとる奴おるか!」

 

「そっか、アンジュはとこの友人だったんだっけ?」

 

「そうやで、やから、ちょっとした報復を受けてもらえんかの?」

 

 威嚇している戌亥に対しておかゆは首を横に振る。

 

「いやいや、それはごめんかな、ちょっと手を貸してくれる"holoX"!!」

 

 そうおかゆが叫ぶ。すると、空から彼女達と戌亥の間に金髪に似た色合いをしたポニーテイルの水色の様な瞳をして背中に刀を背負った少女と、頭に黒い鳥を乗せ前髪に紫色のエクステをし頭の横に角を生やした少女が屋上に膝をついて着地する。

 

「なんや、こいつら」

 

「つい最近、私達の下についた特殊部隊の二人だよ」

 

 立ち上がった角の生えた方の少女がおかゆの方をチラッと見る。

 

「標的はあいつなのか?」

 

「うん、そうだよ」

 

 おかゆに頷き返された彼女は、手を縦に振り虚空から斧を出現させると持ち手を掴む。

 

「ボッコボコにしてやるからな」

 

「覚悟するでござる!」

 

 同じく刀を構えた少女と足を踏み込み二人同時に戌亥に向かって突撃する。それを無言のまま戌亥は見続け二人の武器の間合いに入り、同時に武器が振り下ろされるーー

 

「ほーん」

 

 ーーが、戌亥は涼しい表情を浮かべながらもその一撃をひらりと後方に躱し代わりに戌亥がいた場所に斧と刀が突き刺さる。

 

「そうか、まだ、そっちの能力は持っとらんのね」

 

「いろは!」

 

「承知した!ラプ殿!!」

 

 お互いに武器を引き抜いた二人は横に二手に分かれて戌亥を挟む様な立ち位置で武器を構え直す。

 

「覚悟しろ!」

 

「成敗!」

 

 再び突撃して来た二人を見て彼女は軽く溜息を吐く。

 

「その手は食らわんて」

 

 そう言って戌亥は余裕を持って上に飛ぶ……が、武器の間合いに入っても二人は武器を振る事はせず勢いを止め足を止めて武器を構え直し彼女の事を見上げて居た。そこで彼女は二人が何を狙って居たかを理解する。

 

「成程、これは厄介やな……」

 

 落下しながらも戌亥の胸元、着物の下から緑色に光りが放たれ、彼女を中心にして青い薔薇が出現し二人の体を青い薔薇の蔦が絡めとる。

 

「なっ!?」

 

「嘘!?」

 

 青薔薇に絡め取られて身動きができてない内に戌亥は屋上に着地して、二人の間でニヤリと悪い笑みを浮かべる。

 

「なぁ、知っとるか、造花より美しい花はこの世にはあらへんって事、学習しいや、後輩」

 

 そう言い放ち彼女が立ち上がると一連の流れを眺めていたおかゆが、あはははと高笑いする。

 

「やっぱりまだ持ってるよね、その能力」

 

「……捨てると思うてか、こんな諸刃の剣みたいな力を」

 

 楽しそうに笑みを浮かべるとおかゆの胸元と目が青く光り、戌亥を囲って二人を縛り上げていた青い薔薇は即座に萎れて枯れ、二人は青薔薇の蔦から解放される。

 

「二人はもう下がってていいよ、こっからはボク達が直々に相手するから」

 

「む、わかった」

 

 どこか腑に落ちない様な表情のまま二人は飛んで何処かに消えてしまう。それを見届けたころねが嬉しそうに瞳と胸元を赤く光らせながらも戌亥の方を見る。

 

「とこちゃん、こうやって手合わせするのいつぶりだっけ?」

 

 そう言ってころねは手を横に振ると共に彼女の手の中にドス黒い剣が出現し、肩に乗せる。

 

「手合してるわけちゃうよ、本気で来るんや」

 

「でも、本気で行っていいの、その能力、ボクの能力には滅法弱いよね?」

 

「せやなぁ、青薔薇だけじゃ対抗できないのは知ってとるわ」

 

 おかゆの言葉に頷き返しながらも戌亥は仁王立ちになる。

 

「やから、本来の能力(ケロベロス)を解放して戦わせてもらおうかのぉ」

 

 彼女の足下に地面に赤い魔法陣が出現し、彼女の瞳が青く赤い物へと変貌し赤く燃え上がる炎が彼女を包み込み暗い夜空を赤く染め上げる。

 

「手加減はできへんよ」

 

「むしろ、それで来て欲しいかな、ボク達的にはね!」

 

 嬉々した笑みをと共に二人と戌亥は互いに走り出しお互いの力が衝突する。

 

 衝突した戌亥の拳はおかゆの頰の横をすれて突き刺さり、反対に戌亥の顔に来ていたおかゆの拳を戌亥は避けていたもののころねの拳が彼女のお腹を穿っていた。

 

「にいたい、いちは、卑怯なんよ」

 

「卑怯とか、いいやら悪いやらの話じゃないよ、ここはもう戦場なんだよ?」

 

 お腹を押さえながらも蹈鞴を踏んだ戌亥は左右に魔法陣を浮かばせる。

 

「バン、ケン、力かしいや!」

 

 その魔法陣の上にバンとケンが可愛らしいフォルムとは違う本格的な獣ととして出現し同じくバックステップを踏んで体が一瞬硬直している二人に向かって炎球を放つ。

 

「流石、ケロベロス、三体一斉に攻撃するとか!」

 

「そんなの事にされたら楽しくなっちゃうよ」

 

 しかし、強引に体を動かし、ころねは空中、おかゆは前に転がる様に出て避ける。

 

「ケッ、今の避けるとかほんま、きぃがくるっとるなぁ!」

 

「気が狂ってるのはお互いだよ、とこ、"ねこです、よろしくお願いします"!」

 

 再び、おかゆの瞳と胸元が青く光り複数人に増える。

 

『もし、君が本気でやったらこの国滅びるからねぇ、一回滅びかけたのも今じゃ懐かしいよね?』

 

「……そうやって、分身して人を煽るのは良くないんよ、オコネ、バン!ケン!」

 

 瞳と胸を緑色に光らせた戌亥の指示で横にいたバンとケンで数人炎で焼き上げ、残って飛びかかって来たおかゆ達を彼女青薔薇の蔦で捕える。捕らえられたおかゆ達は何処か楽しそうな笑みを浮かべる。

 

『でも、あれが、きっかけで、ボク達の隊から離脱したんだよね?』

 

「なんや、まだ人の傷を抉る気かえ?」

 

 固定される形で宙にいるおかゆ達の方を見て戌亥は威嚇するように犬歯を見せる。そんな彼女を見てもおかゆ達は何処かおかしそうに笑う。

 

『抉る気はないよ、君と同じで僕達も長い時間生きているから感慨深いなって思ってさ、なーんて、いうのは冗談でね』

 

「……隙みーっけ!」

 

 おかゆに混ざって戌亥の後ろに回っていたころねが手に持っていた黒い剣で、戌亥のお腹を貫こうとする……

 

「そんな簡単な揺動引っかからんわ」

 

……が、しかし、戌亥は彼女の方を見ずにガシッとその手首を掴み、ジロッと彼女の方を見る。

 

「素の戦闘能力はそっちが負けるの忘れんとんの?」

 

「流石だねぇ、とこちゃん」

 

 その腕を持ったまま軽々と前方にころねを投げ地面を転がっているころねを追撃する様にしてバン、ケンが炎を放つ。その炎はころねに着弾し少し彼女を燃やす。

 

「あつつつつ、とこちゃん、今のは酷いよぉ」

 

 立ち上がったころねの表情は余裕に満ちていた。それを見て戌亥は顔を少し歪める。

 

「なぁ、ほんま、何の為に、またこの国に来たん?」

 

「だから、それは教えられないかなぁっと」

 

 再び、瞳と胸元を青く光らせ、青薔薇の蔦を狩らせて地面に降りたおかゆはリゼ達のいる病院の方を背にして立つ。

 

「まぁ、でも、これでとこはもう攻撃ができないのも知ってるよ」

 

 ニンマリと笑みを浮かべたおかゆの隣に少し服が焼けているころねが来る。

 

「ボクはね、知ってるんだよ、大切な人が出来た相手には、大切な相手を盾にすれば攻撃はできない、だから、この方角には攻撃できないのも知ってる」

 

「この、ゲスが」

 

「ゲスでもなんでもいいよ、とこ、それに、これは戦略の一つでしかない」

 

 そう言っておかゆは手を上げる。

 

 ーーカチャリ

 

 そんな音が後方から聞こえ戌亥は後方を見る。そこには拳銃を戌亥の頭に添えて黒い仮面を装着した黒と白を基調とした服装をしている暗殺者風の少女が立っていた。

 

「動いたら、打つ」

 

 無言のまま戌亥が、おかゆの方を見ると彼女は目を瞑り肩をすくめる。

 

「そうそう、言い忘れてたけど、"holoX"は二人だけじゃないんだよ」

 

「本当、面倒くさい事するなぁ、ほんま」

 

 皮肉を込めたような言い方がおかしかったのかおかゆは笑いながらもククッと喉を鳴らす。

 

「まぁ、そう言う事で、ボク達的にはこれ以上、君と戦闘しても意味ないからお暇させてもらうよ」

 

「せやか……って言って逃すと思うてか?」

 

 顔を横にずらし少し体を引いた戌亥はそのまま暗殺者の腕を掴み背負い投げの要領で、地面に叩きつける。

 

「うぇ!?」

 

「少し体借りるよん」

 

 そのまま戌亥は彼女の腕を強引に背中に回し彼女を盾にしながらもおかゆに肉薄する。

 

「おっと、これは、予想外だね」

 

「予想外を狙う、それが勘ってやつなんよ」

 

 世界が逆転する。

 

 押し出されたおかゆと押し出した戌亥、暗殺者はその二人に挟まれながらも地面に落ち、ドコンッと言う音共に土煙が空に舞い上がる。

 

「たや!」

 

「とこちゃん!?」

 

 その音が周囲に響き渡ると同時に、外の異変に気がついていたのか病院の裏口が開きリゼと肩掛け鞄を背負ったアンジュが出てきて、彼女達の横に煙の中からバックステップを踏み出てきた戌亥が来る。そして、外に出ていた二人を見て戌亥は笑みを浮かべる。

 

「あーは、ようやっと来たか、二人とも」

 

「大丈夫、とこちゃん!」

 

「んにゃ、わたしは大丈夫、やけど」

 

 戌亥は目を細めて落ちた所を見る。上がった煙の中で二つの影が立ち上がるのが見える。

 

「あーあ、服汚れちゃったじゃん」

 

「いたた、私、こう言うのは専門外なんだけど」

 

 そこには困った様な表情を浮かべたおかゆと暗殺者がいて、二人の後ろにころねが飛び降りてくる。その顔を見て昼間の奴だとピンッとくる。

 

「あいつら一人を除いて昼間のやつだ」

 

「やっぱりそうやったって訳か」

 

 首を鳴らした戌亥はこっちを見る。

 

「イゼ、ンジュ、やれるか?」

 

「うん、もちろん」

 

「あぁ、ばっちこい」

 

 ヘルエスタソードを目の前に出現させその持ち手を手に取りリゼは縦にヘルエスタソードを構え、二人の後ろに下がり肩にかけていたバックからいろんな色をした液体が入っている試験管と本を取り出す。

 

「へぇ、やる気なんだね」

 

 戦闘態勢に入ったのはあっちもそうで、おかゆは不敵に笑い、ころねは腰を落とす。

 

「なら、先手必勝!!」

 

 赤く瞳と胸を光らせ黒剣を召喚したころねが足を踏み込み、音速を超えた速さでたやに肉薄する。

 

「久々に真正面でやるね、とこちゃん!」

 

「また、力の差を見せたるんよ!こおね!」

 

 ころねが持っていた剣を適当に振りたやがその腕を掴み風が巻き起こる。

 ニヤリとたやところねはお互いに笑みを浮かべる。

 

「そんなものかえ」

 

「そんなわけないじゃん」

 

 たやがころねを投げ飛ばし距離を取った二人はお互いに前に出てて再び衝突する。

 黒剣を縦に振る彼女の腕を再びたやは掴み、それに反応してころねは横腹を蹴る。その蹴りをたやは受け止める。

 

「バン!ケン!」

 

 左右に出ていたバンとケンに火球で攻撃させたかと思えば、ころねはその拘束から逃れて後方に飛びその黒剣をたやのお腹に向かって投げつける。

 

「なんや、武器投げてどうするん、やけになったのかえ?」

 

 黒剣を掴み動きを一瞬だけ止めたたやの後方にころねは回り込むように前に出て蹴りを入れようよする。それを見抜いていたらしいたやはころねは振り返り蹴り腕と横腹で受け止める。

 

「やから言ってるやろ、力じゃ勝てへんって」

 

「流石、だよね」

 

 ハンマー投げの要領でたやはころねを投げ飛ばし、空に吹き飛んだころねは空中にいる間に一瞬だけ赤くなっていた瞳を元に戻したやの手の中にあった黒剣を消失させる。

 

「便利な能力やなぁ」

 

「それは、とこちゃんも理解してるでしょ?」

 

 壁に着地したころねは黒剣を再度手の中に出現させ、壁を蹴ってたやに向かって再び攻撃を仕掛ける。

 空から降ってきたころねの一突きを横に避けて黒剣が地面に突き刺さる。 

 

「そこや!」

 

 横に避けたたやは、そのままころねのお腹に向かって蹴りを放つ。それに反応してころねも器用に黒剣の上でたやのお腹に向かって蹴りを放っていた。

 

「す、すげぇ……」

 

「これが、とこちゃんの本来の力……」

 

 思わずリゼと共に感嘆していると、お互いの蹴りがお腹に突き刺さって吹き飛ばされたやが目の前にくる。

 

「拉致があかん、場所変えようか」

 

「さんせー」

 

 飛び上がり二人はそのまま戦闘の場を変えてしまう。その二人を見届けた猫又おかゆは楽しそうにこちらを見る。

 

「さて、こっちはどうしようか、相手はここの王国のお姫様か、相手するの少し辛いかなぁ」

 

「辛いも何もアンジュを傷つけている時点で私は許す気はないよ?」

 

 剣を構え直しニッコリとした笑みを浮かべたリゼの一言におかゆは苦笑いを浮かべる。

 

「あはは、完全目をつけられちゃったかぁ、ねぇ、どうする、クロヱ」

 

 戯けたように肩をすくめて振り返ると、後方に立っていた仮面の少女は肩を落とす。

 

「いや、毎回、私に質問しないで貰えます?」

 

「あはは、じゃ、死なない程度に実力拝見と行こうかな」

 

 こちらを向いた死んだ目のおかゆの胸元と瞳が青く輝く。

 楽しそうに笑みを浮かべている彼女が左右に分裂する。

 

『さぁ、こっちも、こっちでやろうか』

 

 本体であろう一体だけを残しおかゆの分身達が私達に向かって突撃してくる。

 その分身体を見てリゼはヘルエスタソードを横に一振りし出現した衝撃波で分身体全員が消え去ってしまう。

 

「そんな物、召喚しても意味ないから」

 

「成る程、流石、王家の者って感じかな」

 

 ヘルエスタソードを斜め下に構え直したリゼは足を踏み込み一気に距離を詰めておかゆに肉薄する。

 

「これでも食らって大人しくしていなさい!」

 

 振り上げたヘルエスタソードから衝撃波が再び放たれる。

 その衝撃波を見て再び胸元と瞳が青く光り彼女はドヤ顔にも似た笑みを浮かべる。

 

「そっか、でも、残念、今の状態のボクには効ないよ」

 

 彼女に接触した衝撃波が言葉通り弾き返されてリゼを襲う。

 

「嘘っ!?」

 

 弾かれた攻撃に逆に吹き飛ばされたリゼは地面を転がり受け身を取りつつもヘルエスタソードを地面に突き刺し膝をつく。

 

「リゼ、大丈夫か!」

 

「ごめん、反射あるの忘れてた」

 

 立ち上がったリゼはヘルエスタソードを引き抜き構え直す。

 

「どうしよう、アンジュ」

 

「どうしようも何も……」

 

 ヘルエスタソードを構えているリゼの先にいるおかゆの事を見る。目を細めた彼女は三度、胸と瞳を青く光らせる。

 

『そんな悠長に考えているな暇ないよー』

 

「!?」

 

 唐突に後方から声が聞こえ振り向くと、そこには目が黄色いおかゆが立っていた。

 

ーー背筋が凍る。

 

 その言葉が的確と言うよりかは実際に背筋が凍るような感覚が芽生えた。

 いつ、どのタイミングで猫又おかゆが私達の後方に来たのか、そんな事も皆目検討がつかない。

 私らの目の前には確かに、猫又おかゆはいた筈、でも、今の一瞬で後方に来たいや、そんな訳はない。

 

「……なに、が、起こってんだ?」

 

 後方にいる黄色い瞳の彼女を片目に視線を戻す。

 戻した視線の先、そこには紫色の瞳の猫又おかゆが相変わらず立っていた。

 

「なにが見えたのかな?お姉さん?」

 

 目を細めた彼女はにっこりと笑って首を傾げる。

 

「何が見えたって……」

 

「どうしたの、アンジュ?」

 

 こちらの異変に気がついたのかヘルエスタソードを構えていたリゼは構えを解いて振り返る。そんなリゼの隣に黄色い瞳のおかゆが視界の端からひょっこり現れて楽しそうに笑みを浮かべる。

 

『驚いたでしょ』

 

「リゼ!隣にいるぞ!」

 

 その光景を見て思わず声を上げる。

 

「え?」

 

 反射的にリゼは隣を見る。

 確かに、隣には黄色い瞳のおかゆが居るのにも関わらず、リゼには存在が見えていないのか、本気で困惑している様子で眉間に皺を寄せてこちらを見て首を傾げる。

 

「何言ってるの、アンジュ何も居ないけど?」

 

「は?何も居ない、だと?」

 

 依然としてリゼの隣に立っている黄色い瞳のおかゆはこちらを見てドヤ顔にも似た笑みを浮かべる。

 リゼが見えてないとなると、この見えている存在は、まさか、幻覚、幻術?いや、そう言うもんじゃない、もし、それをするなら事前に準備をする必要となる筈だけど、そんな余裕はない、筈、じゃ……

 

「……こいつは、一体、なんだ?」

 

 一歩前に出た黄色い瞳のおかゆが腰を落とし下から見上げる様に見てくる。

 

『これも、私の能力のひとつなんだ』

 

 タッと後方にステップを踏みそのおかゆは距離を離す。

 自然と視線が広がり周囲に、それこそ、リゼと私を囲う様にして黄色い瞳をしたおかゆが立っているのが目に入る。地面に座っている者もいれば、街頭の下に寄りかかって立っている者、紫色の瞳の本体に寄り添うに立つ者、はたまた、それが見えていないリゼの頰を突く者と多種多様の彼女達がいた。

 

「嘘、だろ、なんで、こんなに……?」

 

「何が、見えているの、アンジュ?」

 

 周囲を見渡している私に困惑した様にリゼが見てくる。

 

「白髪のお姉さん、多分、説明する事は難しいと思うよ」

 

「どう言う事?」

 

 周囲にいる彼女達の中で唯一、紫色の瞳のおかゆに声を掛けられてリゼは振り返る。

 

「実はね、そのお姉さんは、前に会った時ボクが使っている幻影に触れて幻覚みたいなものを見ているんだよ」

 

 紫色の瞳をしたおかゆがフッと鼻で笑い、パチンッと指を鳴らす。

 周囲にいた黄色い瞳のおかゆは消え、本体である残った一人はポケットの中に手を仕舞う。

 

「ボクの幻影はね、相手の中に忍ばせる事が出来きて一時的に精神汚染をする事もできるんだけど、ボクが能力を発動して一回使っちゃうと消えちゃうんだよね」

 

 胸元と瞳を青く光らせた彼女は、んんっと呑気にも背伸びをする。

 

「さて、ネタバラシした所で、ボク的にはこれ以上の戦闘は避けたいんだけど……」

 

「ーーなら、そっちの、目的を言ってくれへんかの!おこゆ!」

 

 空からたやの声が聞こえ二つの影が落ちてくる。

 ーーズドン

 重い音がし目の前でたやが、ころねを地面に押さえつけ、二人に続いてバンとケンも地上に降りてくる。

 

「おっと、ころさん」

 

「ごめん、やっぱり、とこちゃんは強い」

 

 地面に押さえつけられながらもころねが謝る一方で押さえつけているたやはおかゆの事を威嚇する様に睨みつける。

 

「ほな、早く、目的を言わんか」

 

「そうか、それならこっちにも手はある」

 

 思案顔になったおかゆが片手を上げる。

 

 ーーカチャリ

 

 頭の後ろに何かを添えられるような感覚が産まれる。顔だけ動かして少し振り向くと私の頭に向かって銃を構えた仮面の少女が立っていた。

 

「いつの間に……」

 

「私は元々、こう言うのが専門だから、手を上げて、じゃないと、打つ」

 

 言われた通り魔導書と試験管を持ったままの手を上げ、その様子を見ていたおかゆは鼻を鳴らす。

 

「さて、ころねを離してもらおうかな、とこ?」

 

 何処か勝ち誇った様な表情を浮かべおかゆは地面にころねを押さえつけているたやの方を見る。

 たやは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 

「……拒否権はないんやな」

 

「勿論、そんな事したらお姉さんの頭を一発ズドンだからね」

 

 少し躊躇した様子でたやはころねを解放する。

 ころねは立ち上がりたやから離れ、おかゆは後方にいる仮面を装着した少女の方を見る。

 

「クロヱ、頼む」

 

「怒られても知りませんからね」

 

 仮面を装着した少女は銃口をたやの方に向けてトリガーを引く。

 

「なっ!?」

 

「とこちゃん!!」

 

 振り返ったたやの首元に何かの液体が入った小型の注射弾が刺さる。

 

「なんや、これ……」

 

 注射器に入っていた正体不明の液体が注入されてたやの体がぐらりと揺れる。

 驚いた様な表情を浮かべたやは膝をつく。

 

「……何を、したんや」

 

 顔を歪めながらもたやがそう口にすると、おかゆはウインクを返す。

 

「ちょっとした強力なホルモンバランスを崩す薬をね」

 

「ごめんね、とこちゃん」

 

 跪いたたやを他所にころねとおかゆは少女と共に暗がりが広がる夜道に移動し始める。

 

「おい、待て、逃げるな!」

 

「待ちなさい!」

 

 リゼと共に追いかけようとすると暗い夜道に逃げようとしていたおかゆが振り返る。

 

「追いかけるより、とこの事を心配したらどうかな?」

 

『え?』

 

 リゼの言葉が重なり、そしてーー

 

「ーーーあっあああああああっ!?」

 

 雄叫びを上げたとこ、おかゆところねと少女は夜闇に消え行き、バンとケンの召喚が解け、目の前に大きな火柱が立ち上がる。

 天を貫くような一本の柱。

 夜に染まるヘルエスタ王国を赤い炎が照らす。

 

『あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?』

 

 中央にはたやが、その瞳から正気を失い苦しむようにのたうつような雄叫びを上げていた。

 

「とこ、ちゃん?」

 

「なにが、起こってるんだ?」

 

 呆然としている私達の前でたやから炎が弾け飛ぶ。

 彼女は息を荒くしながらも跪く。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

「た、たや……?」

 

 震えながらも顔を上げ振り向いた彼女の瞳には理性が灯っており辛そうに顔を歪めていた。

 

「逃げ、るん、や、ンジュ、イ……ゼ……」

 

「え?」

 

 そう言い残しガクッと頭を下げた彼女は体を震わせすぐに鎮まる。

 

『ぅぅぅぅうううううぁあぁああぁあぁあ!!』

 

 静まったかと思うと、天を仰ぎ見て叫び声をあげたやの髪の毛がボワッと伸びて長髪になる。

 

『ぅぅうううあぁぅぅ』

 

 苦しそうに頭を抱えて唸った彼女は立ち上がり振り返ったーーが、しかし、その時には既に彼女の意思は消え失せ、月下の光が反射しギラギラと光る眼光に、不敵な笑みを浮かべる。それは、いつも彼女が二人に見せているは瞳とは違い獲物を狩る様な瞳を向け二人に対して明確な敵意を見せていた。

 

「……これは、やるしかない、かもね」

 

 ヘルエスタソードを構えたリゼを見てたやは黒く染まった爪を伸ばし姿勢を落とし前屈みになる。

 

「やばいな、来るぞ!リゼ!」

 

「うん、わかってる」

 

 たやは地面を蹴り一気に目の前にいたリゼに肉薄する。

 

『うぉぉぉぉぉ!!』

 

 下から振り上げたたやの一撃をリゼはヘルエスタソードで受け止める。

 キンッとヘルエスタソードとたやの爪が弾かれるお互いにバックステップを踏む。

 

「はぁぁぁぁっ!!」

 

 下がったリゼはヘルエスタソードを振り上げ石畳の地面を削るようにたやに向かって衝撃波を放つ。

 

『アマイッ!』

 

 衝撃波をもろともせずにたやは突っ切りリゼの前に躍り出る。

 

「嘘っ!?」

 

 ヘルエスタソードを振り上げた硬直で身動きが取れないリゼに向かって手を振り上げ飛びかかろうとしたたやはニンマリと笑みを浮かべる。

 

『オォォォォォォ!!』

 

「リゼ!!」

 

 リゼを私は押し倒し転がる様に前に出た私達の上をたやが通り過ぎる。

 

「ありがとう、アンジュ!」

 

 立ち上がったリゼは、顔を歪めているたやの方を見てヘルエスタソードを構える。

 

『ウォォォォォォ!!』

 

「はぁぁぁっ!!」

 

 お互いに走り出したリゼとたやは接触する。

 

『グゥォォォォ!!』

 

「クッ!?」

 

 振り下げたたやの一撃を剣の側面でリゼは受け止めたものの、威力を殺しきれずに私が立っている後方にあった建物の壁際まで吹き飛ばされてしまう。

 

「リゼ、大丈夫か?」

 

「うん、大丈夫」

 

 立ち上がったリゼがヘルエスターソードを構えながらも私の隣に立つ。

 

「それより、アンジュ援護してくれない?」

 

「おう、任せろ」

 

 鞄の中から黒い魔法陣が描かれている手袋を取り出して手に装着する。

 

「仕掛けるんだったらいつでもいいぞ、リゼ」

 

「うん」

 

 手を叩きながらも魔力を手袋に流し、手の甲に魔法陣が浮かび上がる。

 

『グルルゥゥゥ』

 

 たやの雄叫びに気がついてか道路の端にあった男性が困惑した様子で家の中から出てくる。

 

「なぁ、さっき、何が起こって……」

 

「おい、待て、外に出てくるんじゃっ!?」

 

 その男性を視界に捉えたたやが男性の方を向け姿勢を少し下げる。

 

「え、なっ!?」

 

「家の中に逃げて!!」

 

 リゼが声を上げるたやは手を下に構えながらも男性の方に向かって走り出す。

 

『グゥォォォォ!!』

 

「ひ、ひぃぃっ!?」

 

 雄叫びを上げてたやは、彼女の眼光に射抜かれた体がくすんでしまい動けなくなっている男に攻撃を仕掛けるが、その二人の間に入るようにしてリゼが剣で受け止める。

 

「皇女様!?」

 

 ヘルエスタソードでリゼはたやを弾き飛ばし、彼女はバックステップを踏む。

 

「早く逃げて!」

 

「あ、は、はい!!」

 

 リゼに催促されて男性は家の中に戻り、リゼは白い息を吐いているたやの方を見てヘルエスタソードを構える。

 

「行くよ、アンジュ」

 

『ウォォォォォォ!!』

 

 頷き返すと共に雄叫びを上げながらもたやは私達に向かって突撃してくる。

 

「ーーリゼちゃん!アンジュちゃん!それ以上、たやちゃんの相手はしない方がいいわよ!」

 

 片手剣を持ったチャイカが空から降って来てたやの爪を大剣で受け止める。

 

「なっ!?チャイカ!?」

 

「ここは私に任せて頂戴」

 

 チャイカは大剣を振り上げ弾くとたやの懐に入る。

 反射的にたやはバックステップを踏み距離を離しチャイカに突撃する。

 

『ウォォォォォォ!!』

 

「いつ振りかしらね、荒ぶる貴女を見るのは!」

 

 大剣を盾にしてチャイカは彼女を受け止める。

 

「おるぅぅあぁぁ!!」

 

 風圧でたやが両腕で受身を取った瞬間にチャイカは大剣を道の端に投げ捨て彼女の懐に入る。

 

「とこちゃん、目を覚ましなさい!」

 

『うぐ!?』

 

 腹パンを食らわすとたやは、チャイカの拳を支点としてくの字に体を折りながらもそのまま動かなくなる。

 

「ふぅー、一応、気絶はさせたわ」

 

「ありがとう、チャイカ」

 

 気絶したたやを肩に乗せたチャイカは後方を親指で指す。

 

「一先ず、話とかは後でするから一旦引くわよ!」

 

「お、おう!」

 

 周囲が騒がしくなり大事になる前に私達はその場を後にするのだった。

 

ーーー   ーーー

 

 炎の柱が上がった。

 その炎は夜に静まるヘルエスタ王国を一瞬だけ照しヘルエスタ王国の宮殿の客室にいた彼女達にも見えていた。

 

「グラ、一体何が起こってやがる」

 

 一瞬だけ茜色に染まった客室の窓際。

 頭に茶色のツノを生やしパジャマ姿のオレンジ色の髪の女性ーー桐生ココが振り返る。

 彼女のいる客室は南向きにベットが置かれ部屋の中央には円形の机とソファーが一対置いてあると言う豪華と言っても過言ではない部屋だった。

 

『私は知らない、二人が勝手にしてる事』

 

 入り口側のソファーの上でサメのフードの少女ーーグラが口を尖らせて体育座りをして座っていた。

 

「あたぼうが、それを制御する為にテメェをお目付け役にしたんだろ」

 

『お目付役って言われても彼女達は勝手に行動したの、私の管轄外、文句は二人に言って』

 

 拗ねた様子のままグラはそっぽを向く。

 

「はーあ、我が部下にしては、じゃじゃ馬過ぎねぇか、流石に」

 

 額に手を添えた桐生は呆れた様に大きくため息をつく。ただ、本気で呆れていると言うよりかはどこか楽しそうにしている辺りあまり気にはしている様子はなかった。

 そんなココを見てグラは溜息を吐く。

 

『第一、私達、Qは貴女達の考え方に協賛しただけ、それ以外の事は基本的に責任は取りたくなかったんだけど?』

 

 ソファーから降りたグラが桐生の方に向かって歩く。

 

「ま、だからこそ、テメェを助手に抜擢したんだけどな」

 

『軽率な失敗を起こして失脚させる為の計算の内って所?』

 

「いや、それはないけどよ、もう裏切られるのはゴメンなんだ」

 

 肩をすくめながらも彼女はグラに背を向ける。

 

『裏切られるのが嫌だか……』

 

 フードの裾の下からサメの口が描かれている銃の銃口を桐生の頭に添える。

 

『だからと言って一組織のリーダーが至近距離で安易に信用できない人に背を向けるのは得策じゃないよね?』

 

「殺すなら殺してみろ、グラ」

 

 喉で笑った桐生は振り返り、ニンマリとした笑みを浮かべる。

 

「ドラゴンを殺せるならの話だけどな」

 

 銃口を手に持った桐生は自らその先を額の中央に添える。

 

「まぁ、そうなった時は自爆してもらうけどな」

 

 桐生の赤い瞳とグラの青い瞳が交差する。

 暗い客室、静寂の中、二人の息だけが聞こえる。

 

「打たないのか?」

 

『クッ……』

 

 先に折れたのはグラの方だった。

 苦しそうに顔を歪めたグラは銃を下ろしムスッとした表情を浮かべそっぽを向く。

 

『……この、ゲス野郎』

 

「その見た目でその言葉ないぞ、サメ公」

 

 銃をフードの裾に戻したグラは彼女から背を向ける。

 

『話がしらけたわ、カリオペに連絡入れてくる』

 

「自由にしておけ」

 

 グラは歩いて入り口に向かいそのまま客室を去ってしまう。

 静かになった客室の中で桐生は窓枠に腰を掛けて肩越しに窓の方を見る。

 

「何にせよ、テメェ達も利用させてもらうーー」

 

 彼女は窓越しにどこも欠けずに光る月を見上げる。

 

「ーーこの世界を掌握するのは私だ、あたぼうが」

 

 ドラゴンは細い笑みを浮かべるのだった。

 

5

 ヘルエスタ王国の宮殿から伸びている中心街の大通りから少し外れた路地裏。

 その一角にあるこじんまりとしたチャイカが経営しているバーに、あの場を後にした私達は身を寄せていた。

 

「これでいいわね」

 

 最低限の電気がつけられた薄暗い店内。

 窓際にあるボックス席に横たわりチャイカに毛布を被せられた長髪になった戌亥。

 

「とこちゃん……」

 

 そんな彼女をボックス席の反対側の席に座っているリゼが表情を暗くして見ていた。

 

「……さて、何があったのか、教えてくれないかしら」

 

 腰に手を添えたチャイカは振り返ってカウンター席に座っている私の方を見る。

 

「どこから話せばいい」

 

「そうね、どうして、たやちゃんが暴走したのか教えてくれないかしら?」

 

 少し思考したチャイカがそう返してくる。

 そうなると、やっぱり今朝、私が襲撃された出来事から話せばいいって所だな……

 

「わかった、その、話は今朝まで遡るんだけ……」

 

「ーーおい、何があった、チャイカ!」

 

 話し始めようとしたこちらの腰を折るようにして、カランカランと店の扉に備え付けられていた鐘がなり聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 反射的に入り口をみる。

 

「え、カナさん!?」

 

 そこには慌てた様な表情を浮かべた灰色の髪の女性ーーカナさんがトモエさんと一緒に立っていた。

 

「あら、カナちゃん、珍しいじゃない、どうしたのかしら、こんな時間に」

 

「あぁ、デカい火柱が見えて気になってなってってーー」

 

 カナさんは私とリゼを見て驚いか表情を浮かべる。

 

「ーーどうして、こんな時間にこの店にいるんって、待て、ソイツはっ!?」

 

 慌てた様に近づいてきたカナさんは髪の伸びた戌亥を見て驚きに目を見開き、慌ててソファーに横たわった戌亥近づいたカナさんは驚いた表情を浮かべる。

 

「嘘だろ……」

 

 カナさんが呆然とした声が耳に聞こえてくる。

 その表情はカナさんにしては珍しい本当に困惑したようなそんな物だった。ただ、何の話か私は一切理解が出来なかった。

 

「待て、ちょっと待ってください、嘘だろって、たやがどうかしたのですか?」

 

「は?」

 

 明らかに動揺したように目を見開きカナさんが肩を掴んで背もたれに押し付けてくる。

 

「本当に戌亥なのか!?」

 

「あ、あぁ、たやだよ」

 

「マジかよ」

 

 そう呟きカナさんは額に手を添え苦虫を噛んだように顔を歪める。

 たやの顔をみてカナさんは何故そのような反応を見せたのか、それは私でも皆目見当はつかなかった。それどころか、正直に言うと今、何が起こっているのか、何の話をされているのか、それすらも

 

「あの、カナさん、どうしてそんなに驚いているんですか?」

 

「いや、以前、コイツと前に会った事があるんだ、なぁ、巴さん」

 

 カナさんに同意を求められ、バーの入り口付近に立っていた白雪さんが首を縦に振る。

 

「まぁ、あるにはあるわね、あの大火事かしらね」

 

「大火事……」

 

 私が記憶している限りたやがそう言うのに関係している物はない。つか、ここ最近はもっぱらリゼの我儘に付き合わされているばかりな上に、元から外界との接触があまりなかった私の元にも来るような程の大きい情報の中でも心当たりはない。

 

「たやが関与した大火事って一体何のことですか?」

 

「はぁ!?」

 

 驚いたように目を見開きカナさんが胸ぐらを掴んで椅子の背もたれに押し付けてくる。

 カナさんの瞳がこちらを覗き込むように捉えてくる。

 

「ちょっと待て、アンジュ、お前、まさかまだ知らないのか?」

 

「知らないって何が?」

 

「数百年前の大火事の事だ、リゼに教えてもらったんじゃねーのかよ!」

 

 そう言えば以前、リゼに教えられた事あったな。数百年前にそんなことがあったって、でも、それは、また、別の理由があったような……

 

「ちょっと待ってください、それって数百年前の話ですし、その大火事の原因って戦火じゃなかったんですか?」

 

「いや、確かにそれもある、が、大きな要因が他にもあってな」

 

 胸ぐらから手を離したカナさんは大きく溜息を吐く。

 

「数百年前、ヘルエスタ王国でとある組織との関わりがあって、その組織からヘルエスタ王国に派遣された、ソイツがいきなり暴走して大火事を起こしたんだ」

 

 戌亥の方に振り返りつつカナさんはバーのカウンターに背中を預ける。

 

「で、今、見て、思い出した、ソイツが戌亥だってことにな」

 

「嘘、そんなたやちゃんが、そんな大火事だなんて、数百年前の事してないって、絶対に、それだとおかしいよ!」

 

 ダンッと机を叩きソファーから立ち上がったリゼはカナさんに詰め寄ろうとする。

 

「落ち着いて、言葉がおかしくなっているわよ、リゼちゃん」

 

 そんなリゼをチャイカは腕で静止する。

 

「確かに、否定したい気持ちはわかるわ、でも、私やたやちゃん、カナは長く生きる種族よ、それこそ、数百年前なんてほんの数日前の出来事のように思い返すことができるわ」

 

「でも、そんなのを私、習った覚えないんだけどっ!」

 

「えぇ、なにせ、その情報は人々の記憶から消されたのよ」

 

 チラッとチャイカは、リゼの方を肩越しに見る。

 

「もしくは、教材として習う部分からは省かれていてたやちゃんの存在は意図的に消されて本当の書物の方に書かれているかもしれないけど、詳細な所は私は分からないわ」

 

 宥めるように続けてチャイカがそう口にするとリゼは渋々と座り直す。

 

「ただ、これだけは間違えないでほしい、たやちゃんも悪気があってやったわけじゃ……」

 

「ーーもう庇うのはええよ、チャイカ」

 

 チャイカの話を遮るように戌亥が声を上げる。

 

「後は全てわたしが話す」

 

 チャイカが横に移動し目を開けた彼女は起き上がりソファーに座り直す。

 寝起きという割には戌亥の顔は寝ぼけている様には見えず、数刻前から起きていたように見える。

 

「チャイカとカナの言ってる事は偽りないんよ」

 

「どう言うことなんだ、たや」

 

 一瞬こちらをチラッと見た後、彼女は顔を伏せる。

 

「そうやな、まず説明する前に一つ謝っておくべきことやけど、今から話す事をずっと隠していてすまなかった」

 

 リゼは静かに彼女を見据えるだけで何か言う事はなかった。

 会話が消失した店内。

 チャイカだけカウンターに戻り静かに二人を見守る人達。

 その二人を照らす白色の照明。

 反応しなかった事を肯定として捉えたのか戌亥は顔を上げてリゼの事を見据える。

 

「それで、ンジュとイゼはさっき戦ったあの二人の事は覚えてるか?」

 

「えぇ、覚えてるわ、アンジュに大怪我させたんだから忘れるはずもないよ」

 

「せやな、野暮な質問やったな」

 

 息を大きく吸った戌亥は何かの意を結したように首を縦に振る。

 

「あいつらは元々わたしの仲間やったんよ」

 

「とこちゃんの、仲間だったの?」

 

「せや、元々、わたしもあっち側の人間なんよ」

 

 彼女とリゼの前にカウンターの中から戻ってきたチャイカが水の入ったコップを置く。

 

「はい、これ、たやちゃん、きっと話が長くなるでしょ」

 

「せやな、ありがとうな、チャイカ」

 

 礼を言った後、戌亥はコップを手に取って一口呷る。

 

「それで、昔、その関係でヘルエスタを焼いたんや、それは否定せぇへんし、全てわたしの精神が弱かったから起こったことなんや」

 

 机の上にコップを置いた彼女は溜息を吐く。

 

「なにせ、あの時のわたしは、地獄から地上に出たばかりで、右も左も分からない精神不安定な状態で拾われたからな」

 

「拾われたってどこに?」

 

 リゼの問いに戌亥は、彼女から視線を逸らし真っ暗闇の窓の外を見る。

 

「どこって、そりゃ、ホロライブ東弊重工業社にな」

 

 その言葉を聞いたリゼは目を大きく見開く。

 

「待って、とこちゃん、その企業名前は」

 

 戌亥が口にした企業名を聞いたリゼは驚いたように目を見開く。

 ホロライブ東弊重工業社ーー私が知っている企業であり、つい今日もその名前を聞いたばかりでもある。

 

「そうやな、イゼ達にとっては聞き覚えのある有名な企業やと思う」

 

「確かに聞き覚えはあるが、あそこは木材や鉄、石材をメインとした企業だったよな」

 

「その通りなんやが、それはアレはあくまであの企業の表の顔、裏では兵器とかを平気で作っている企業なんや」

 

 戌亥は水を一口飲む。

 兵器か、結構、そういうのを開発していると表沙汰になりやすいんだが、そういう話があの会社から出ているかって言われると、基本的に資材やその物流を担っているという話は過去にチラッと何度か聞いた事がある程度で、そんな話を聞いた記憶はない。

 

「兵器って、そんな物騒なものやってたら流石にバレるんじゃねぇか?」

 

「んいや、ちゃうで、ンジュもイゼも見たよな、あの二人が光らせてた物を」

 

 確かに光っているのは見たのは覚えている。けど、何が光っていたのかは一才わからなかった。

 

「それこそがその兵器なんよ」

 

 戌亥は首に手を回して装飾品が施されているペンタンドを机の上に置く。椅子から立ち上がりチャイカの前を通って机の上に置かれたペンダントを見る。

 濃いエメラルド色の宝石が中央に嵌められているどこにでもあるようなペンダンドであった。

 

「兵器ってこんなペンダントが?」

 

 思わず言葉に口にすると戌亥は首を縦に振る。

 

「せや、Secret of Compact Peaceって名前の兵器なんよ」

 

「なんだ、それ、そんな兵器の名前聞いた事ないな」

 

「せやな、やって表に出ない、ある種特別な秘密兵器やからね」

 

 ペンダントを手に取り、その中央にある宝石を眺めながらも戌亥は目を細める。

 

「このペンダントの中には、魔法や錬金術では取り扱えない法外な力が入っているん」

 

「法外な力って言うのは?」

 

「人知を超えた力、それこそ人外の力で、普通の人じゃ扱えないような力が入ってんよ」

 

「人知を超えた力?」

 

「せや」

 

 戌亥はカウンターで白雪さんと目を配っていたカナさんに視線を向ける。

 

「そこにいる吸血鬼と同じと言えば分かるかえ?」

 

「吸血鬼と同等って、待て待て待て、どうしてたやがそれを?」

 

「やから、さっきも言ったよな、わたしは元々、あっち側の人間なんやって」

 

 呆れたように戌亥は大きく溜息を吐く。

 あっち側の人間。ふと、昼間会ったあのサメのフードを被った少女の顔が頭の中に浮かぶ。

 

「そうか、じゃ、やっぱりグラも関係あるのか」

 

 首にペンタントを掛け直した戌亥が眉間に皺を寄せてこちらを見てくる。

 

「グラって誰やそれ?」

 

「え、あー昼にな、フレンと一緒に居たその会社の社長の秘書とか、そう言う地位にいる少女とであってんだよ」

 

「あーは、成る程」

 

 どこか納得いったよう戌亥は笑みを浮かべる。

 

「それはわからないんよね、わたしはあくまで一介の兵士でしかなかったし、上の事情は知らんのよ、まぁ、あの会社の頭が桐生ココって言うのは知っとるけどな」

 

「じゃ、本当にそんな奴らと一緒に行動していたのか?」

 

「大火事を起こした張本人なのも間違いない事なんよ」

 

 溜息を吐き戌亥はソファーの背もたれに寄りかかる。

 正直言った話、今の話のどこまでの話が本当で、どこまでを信じていいのか私には分からない。ただ、今提示された情報的には筋は通っているようには見えるけど……

 ダンッといきなり静かにしていたリゼが机を叩いて立ち上がる。

 

「リゼ?」

 

「イゼ?」

 

 威嚇するようにリゼは、戌亥のことを見る。

 

「やっぱり納得がいかない、そんなの、信じない、絶対に、たやちゃんがヘルエスタ王国を滅ぼしかけたとか、認めないっ!」

 

「いや、そんな事を言っても、私も今困惑しているんだ、いきなり過去の大火事の原因を作ったのがたやなのは信じたくはないさ」

 

 チラッと物静かに話を聞いていたカナさんの方を見る。

 

「だけど、事実ですよね、カナさん?」

 

「その通りだ、時に事実とは残酷な物だとは言っておく」

 

 物静かに頷いたカナさんはリゼの方を見る。

 リゼは悲しそうな表情を浮かべ歯を思いつっきり食いしばる

 

「嘘、わからない、もう、なにも……」

 

 そう呟くと私達に背を向けて店の入り口に向かって走り出してしまう。

 

「おい、待て、リゼ!」

 

 私はリゼを追いかける為に、チャイカのお店を後にするのだった。

 

ーーー   ーーー

 

 アンジュとリゼが去ったバー内。

 静かになったテーブル席に座っていた戌亥の目の前にカナが座る。

 

「まさか、あの時の奴がここにいるとはな」

 

 座るや否やカナはどこか攻めるような瞳で戌亥の事を見る。

 

「でも、どうしてこの国にいる、お前は確か、あの時二度と同じ過ちはしないって言って出て行っただろ」

 

「せやな、その通りや」

 

 特に否定する事なく戌亥は首を縦に振る。

 実際、数百年前、彼女達は一度会っていた。その時は自身の力を暴走させた戌亥がカナの吸血鬼の力によって押さえつけられ事をなきを得た。そして、最終的に一度、戌亥はこの地を後にしている。

 

「なら、どうして戻ってきた、何が理由だ、何かしらの後ろめたさがあっての話か?」

 

 淡々とそれでいて落ち着いたようにカナが問い詰める。

 落ち着いている様に見えてはいるもののカナの瞳は相手の

 

 戌亥は少し視線を逸らして首を横に振る。

 

「違うんや」

 

「違うって何がだ?」

 

 カランと戌亥の前に置いてあったグラスの中の氷が溶け音を鳴らす。

 

「あの災害の後、チャイカと世界を回ったんや、いろんなものを見ていろんな事をやけど、どこも肌に合わなかったん」

 

「確かにたやちゃん的に肌に合う土地柄というのはなかったわね」

 

 チャイカがカナの前に赤色の液体が入ったカクテルグラスが置く。

 

「トマト味の特性カクテルよ」

 

「お、ありがとうな」

 

 カクテルグラスのくびれになっている所を掴み一口呷る。

 ルビーに輝きを帯びているカクテルは本当の血、そのものの様に彼女の口内を、その鋭く尖った犬歯の間を通り喉の奥へと消えて言ってしまった。

 カクテルを半分ぐらい飲んだカナは、カクテルグラスから口を離しチャイカの方を見る。

 

「つか、チャイカもコイツを連れ戻すなら先に行ってくれないか」

 

「あら、そんな文句言うんじゃないわよ」

 

 戯けた様にカナの方を叩いたチャイカは目を細める。

 

「そっちは簡単に顔を表に出さないのに行こうとしても守られていて下手にいけないし、リゼちゃん達と一緒に行っても私だって分からなかったじゃない」

 

「だからってあんな見た目になっているって思わなかったんだよ」

 

 どこか納得が行ってないかのようにカナは口を尖らせる。

 

「それに昔はもっと男前だっただろ」

 

「さぁ、なんの話かしらね」

 

「随分と便利な記憶だな」

 

 ドヤ顔にも似た笑みを浮かべてチャイカは戯け、ケッとカナは悪態を吐く。

 

「あら、貴女に言われたくないわ、リゼちゃん達に記憶ないとか言って言わなかった事あったじゃない」

 

 罰が悪そうにカナは視線を逸らす。

 実際、その通りで彼女は遠い記憶で忘れたと言っても、本当に記憶がないかと言えば嘘になる。確かに記憶的に飛んでいる部分や思い出せない部分があるにはあるが、あくまで誰と話したか、名も忘れた人とのやり取りの詳細等の細かい話であって、何があったのか人間とどういう交流していたかそれに関しては覚えている。

 口を閉じてしまったカナを他所にチャイカは戊亥の方に視線を向ける。

 

「それはそうと、とこちゃんも肌に合わなかった以外に、ここを守りたかったからここに戻ったって言うのもあるのよね」

 

「あー、あーね、世界を巡り巡っていろいろなものを見た、その上で懺悔の意味合いも含めてこの地を守りたいから戻ってきたんよ」

 

 チャイカに話を振られ戌亥は目を伏せる。

 その表情はどこか憂いていて普段、彼女が見せるような能天気なものとは違い、後悔、そう言っても過言でもないものだった。

 

「もう二度と同じような過ちはせえへんて、同じように国を街を燃やして危機に陥らせるそれをしない心に決めていたんよ、やけど、また同じ様なことをしてしまった」

 

 自分を馬鹿にする様に戌亥は嘲笑する。

 

「やから、もう、わたしがこの場所にいる事は許されないかもしれないんよね」

 

「だからと言って問題だけ作って自分だけトンズラするなんて、私は許はないし、二人もきっと許さねーぞ」

 

「それは一理あるんよね」

 

 スッと目を細めた戌亥を見てカナは楽しそうな笑みを浮かべる。

 

「ならやる事は決まってるだろ?」

 

「せやな、今回の件で表に出ているおこゆとこおねの居場所を割り出して話を聞く必要があるんよね」

 

 目の前にあったグラスを手に取った戌亥は中にあった水と溶けかけた氷の全てを口の中に含む。

 

「やから、明日中に全ての情報を集めて、居場所を割り出す」

 

「本当か?」

 

 ゴリゴリと噛み砕きながらも戌亥はうなずき返し、ヘッと悪い笑みを浮かべる。

 

「あぁ、期待は裏切らせない、こう見えてわたしは裏の世界で情報網をもっとるん」

 

「へぇー、そんなもの持ってんのか、つい最近まで引き篭もって情報網がない私らとは全然違うな」

 

「せやな、引きこもり過ぎて忘れ去られるなんてどんな吸血鬼なんよ」

 

 カナの自虐的なネタに肩を使って笑った戌亥に釣られて言った本人であるカナも喉で笑い肩をすくめる。

 

「全くだ」

 

 フッと鼻で笑った戌亥は真剣そうな表情を浮かべ目を細める。

 

「これ以上、ンジュやイゼに迷惑はかけたくないんや」

 

「その気持ちさえ有れば十分だ、ま、この情報さえ集めれば後はあの二人の問題だけになるけどな」

 

 ソファーの背もたれに寄りかかったカナは窓の外を見る。

 夜闇に浮かぶ月は、皮肉にも日陰者達を照らすが如く金色に儚く輝いていた。

 

6

 バーを後にした私はリゼを追いかける形で夜の道を走っていた。

 

「なぁ、リゼ、足を止めろ!」

 

 数メートル先にはリゼが走っている。

 でも、手は届かない。そんなもどかしい距離。

 

「どうした、リゼ、なんで逃げたんだよ!」

 

 そう叫ぶと、ビクッと体を揺らしてリゼは足を止める。

 暗い夜道。誰も通っていない道の途中で足を止めたリゼに息を整えながらも近づく。

 

「なぁ、リゼ……」

 

「……逃げてなんていない」

 

 不意にそんな言葉を口にしたリゼは視線を落とした状態で振り返る。

 

「私は、アンジュみたいに逃げてなんていない」

 

「いや、さっきのは逃げてたいつぞやの私みたいにな」

 

「だから、逃げてなんてないの!」

 

 顔を上げたリゼが胸ぐらを掴んでくる。

 リゼの瞳にはどうしようもない怒り、滞り、悲しみ、辛さ、そんな負の感情が入り乱れ混沌としていた。

 

「アンジュはさっきの話聞いて、なんとも思わなかったの、とこちゃんが、あの大災害の元凶だって聞いてもなんとも思わないの!」

 

「そりゃ、私だって驚いてる、リゼの話じゃ触れられる事なかっ……」

 

 言葉の途中でリゼが胸に顔を押しつけてくる。

 

「なら、ならさ!どうして、さっき否定しなかったの!」

 

 リゼの絶叫が夜道に響く。

 

「否定?違うだろ、それは!」

 

 リゼの絶叫を聞いた私は反射的にそう返してしまう。

 

「違うって何が!」

 

 勢いよく顔を上げたリゼの赤い瞳から透明な涙が流れ落ち地面を濡らす。

 

「何が違うって言うの、教えてよ、アンジュ!」

 

 胸ぐらを掴んだままリゼは前後に揺らしてくる。

 

「その前に一旦落ち着け、じゃないと話にならないだろ!」

 

「落ち着いてる、落ち着いてるから教えてよ!」

 

 リゼは顔を肉薄してくる。しかし、その瞳から相変わらず涙がこぼれ落ち、時より鼻を啜っていた。

 

「あのな、鼻啜りながら泣いてる奴が落ち着いているって言えるかっつーの」

 

 リゼの頰に手を添え流れ出ている彼女の涙を親指で拭う。

 

「感情的になるのは悪くはないけど、感情的になり過ぎるのは良くないんだ」

 

 少し表情を歪めたリゼは体を再び胸元に顔を埋めてくる。

 胸元が少しの間濡れるのを感じながらもリゼの背中に手を回す。

 

「わかってる、でも、なっちゃうの」

 

「そうだな、なってしまうのは仕方ない、人間誰だって感情を抑えきれなくなる時はある」

 

 背中を摩って行くうちにリゼの呼吸する速さやが落ち着ついていくのを感じる。

 

「落ち着いてきたか」

 

「うん、でも、もう少しこのままで居てほしい」

 

「わかった、じゃ、このままで話すけど、少し考えてみてくれ、リゼ、たやは話したくない、秘密にしておきたい事を教えてくれたんだ」

 

「うん」

 

 胸に埋もれながらもリゼは首を振りかえしてくる。

 あの時、たやは自分が隠していた事を話してくれていた。あの様子や雰囲気から嘘はついていないと思う。でも……

 

「正直言った話、数百年前の出来事なんて私らにはわからない、ただ、あの様子からたやが嘘をついてる様には見えないんだ、だから、それを否定する方がおかしいだろ」

 

「それは、そうだけど、でも、その」

 

 こちらに反論しようとしてか、言葉を連ねたもののリゼは言い篭ってしまう。

 わかる。確かにたやがやっていないって私も思いたい。だが、そうじゃない。そうじゃないんだ。

 

「リゼの言いたい事はわかる、でも、なにも全て決まったわけでもないだろ」

 

「え?」

 

 驚いた声を上げたリゼは胸元から離れ顔を上げる。それと同時に視線が合い赤い瞳の瞳孔は開いているのが目に入る。

 

「確かにたやは、あぁ言っていた、でも、それが本当の記憶かどうかはわからない、たやが、ただ、他の記憶と混合している可能性だってある」

 

「可能性があるってアンジュ、今、嘘をついてるとは思えないって言ったばっかりーー」

 

「確かにそう言った、だけど、私だって、たやが災害を起こしたなんて信じたくないんだ」

 

 私だって、たやが災害を起こした張本人とは信じたくない。でも、ただ信じたくないからと言って否定して片付けてしまっていい問題でもない。

 

「ただ、何もしないで頑なに否定するのは間違ってる、だから、調べよう、話はそれからだ」

 

「そう言ったってどうやって調べるのよ、過去に飛ぶとか言うの?」

 

「いいや、違う」

 

 過去に飛ぶ。そんな、技術は私でも持っていない。ただ、私にはそれを調べるその当てはある。

 

「さっきチャイカが言ってた災害に関して原本を見つけて本当にたやがやったどうか調べる」

 

「!!」

 

 私と同じくチャイカの言葉を思い出したのかリゼは目を見開く。

 

『ーーもしくは、教材として習う部分からは省かれていてたやちゃんの存在は意図的に消されて本当の書物の方に書かれているかもしれないけど、詳細な所は私は分からないわ』

 

 さっき、バーでチャイカが漏らしたあの言葉、もし、本当であればヘルエスタ王国の公立図書館にある災害に関する原本の中に、たやがやったと言う記述が無ければやっていないって事が立証できる。

 

「それにリゼであれば基本的な書物は公立の図書館で見させてもらえるだろ?」

 

「えぇ、いくらでも行けると思う」

 

 こちらを見上げたままリゼは得意げな笑みを浮かべる。

 

「なら、その方針で行こう、まぁ、調べる前に一旦病院に戻って退院して明日からにはなるけどな」

 

「あーそう言えば、アンジュ、一応病人だったの忘れてた」

 

「忘れるなよ」

 

 私のツッコミにリゼは楽しそうにしながらも体から離れたかと思うと、すぐに腕に抱きついてくる。

 

「いいじゃん、忘れても」

 

「いや、よくないから」

 

 そんなやりとりをしつつ私は病院へと足先を向けるのだった。

 

ーーー    ーーー

 

 リゼとアンジュが今後の方針を決めていると時を同時刻のバー。

 カナとトモエが店を後にしてチャイカと戌亥の二人しかいない中、少し考え事に耽っていた戌亥の前にチャイカが座る。

 

「ねぇ、とこちゃん」

 

「なんや、チャイカ」

 

 考えるのを辞めた戌亥がチャイカの方を見る。

 チャイカは少し申し訳なさそうな表情を浮かべる。

 

「すまないわね、あぁなる前に助け出せなくて」

 

「謝る必要はないんよ、なってしまったものはもう元には戻らないんやから」

 

 戌亥は自分を馬鹿にする様に嘲笑する。

 

「むしろ、不意打ちとは言えあの銃弾を避けれなかったわたしの方に落ち度があるんよ」

 

「あら、そう」

 

 チャイカはなんとも言えない表情を浮かべる。だが、何かを思い返したのかハッとなり彼女は右眉を上げる。

 

「そう言えば今回の目的はまだわかっていないわよね?」

 

「せやな、聞く前にとんずらされてしもうたからな、やから、明日それを聞きに行く」

 

「そう、じゃ、その上で聞くけど、今回の件、とこちゃんはどう見てるのかしら?」

 

 チャイカの問いに戌亥は腕を組んで少し悩む様な素振りを見せる。

 

「んーそうやな、正直に言うと、自分の言論や思想そう言うのも自由に話せないそんな世界を壊しに来てもおかしくないんや」

 

「あら、それはもう昔に終わった話じゃないのかしら?」

 

「いんや、時代が変わり世代も変わった、再び、彼奴を批判したり排除したりする動きが出始めている頃なんよ」

 

 戌亥は目の前に置かれている何も入っていないガラスのコップを見て眉間に皺を寄せて目を細める。

 

「それこそ、彼奴を批判し、その思想を否定しいるんよ、でも、やり過ぎな思想否定程、恐ろしいものはあらへん」

 

「そうよね、何を言われてもそう言う思想がある程度に抑えておけば衝突なんて起こる事なんてないのよ」

 

 戌亥はフンッと鼻で笑いチャイカの方を見る。

 

「それが出来ないのが人間なんよ、やから、彼奴は一生苦しむ羽目になるんや」

 

「それじゃ、あの子も人間と同じじゃない」

 

「それは、そうかもしれないな」

 

 苦笑いにも似た笑みを二人は浮かべるのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。