ヘルエスタ王国の吸血鬼〜二人の使者編〜   作:ノッキー

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第二章:隠されていた秘密

1

 リゼの権限と言うよりかは皇女様の権限と言うのは凄いものだっだ。

 病院に戻るなり理由を少しつけて退院しますと一言ナースステーションに伝えた途端、既に真夜中で退勤していた医院長が超特急で戻ってきてリゼに対応し手続き自体は後日に回して無事に退院できた。

 そんな慌ただしく過ぎて行って日の翌日、珍しく私はリゼより早く起きれていた。

 

「我ながら珍しい事だな」

 

 普段は徹夜や寝不足が多い中、リゼより先に起きる事はまずない。

 昨日も本当だったら帰って錬金術の研究をしようとした矢先、リゼに無理矢理ベットに連れ込まれると言う形で眠りにつかされたりする。

 

「なんだろう、新鮮、だなぁ……」

 

 布団を少し剥いで横では堂々と我がもの顔で寝ているリゼが視界に入る。

 普段見れないリゼの寝顔を堪能しつつその透き通った肌に手を添える。それに気がついてなのかリゼは目を細く開ける。

 

「おはよ、リゼ」

 

「ん、んん」

 

 頬を撫でられ喉を鳴らしたリゼはそのまま寝返りを打つ。

 朝は弱い筈ではないので多分ふて寝している。

 

「おい、起きろって、リゼ、もう朝だぞ」

 

 思わずリゼの体を叩く。

 

「ふふ、冗談、起きてるよぉ、アンジュ」

 

 寝返りを打ち返しリゼは楽しそうに腕に抱きついてきる。

 

「にしても、珍しいね、アンジュが先に起きるなんて」

 

「そりゃ、研究とかそう言うのを昨日やらなかったからな」

 

 研究を生業としている身としては、食い気味にリゼが寝かせてきたからいつもより早めに寝れて気持ち良くは起きれた。ただそれだけの話。

 だけど、一つ心配している事があって、基本的に私が後に起きる事が多い中、今日はリゼが後に起きた。それと言う事はリゼの中で何かしらの理由があって起きれなかったとしか思えない。

 

「それよりも大丈夫か、私より後に起きるなんて珍しいよな、なにかあったのか?」

 

「んーまぁ、大丈夫かな」

 

 腕に抱きついたリゼは嬉しそうに喉を鳴らす。その仕草はまるで飼い主にデレてくる可愛らしい猫の様で愛おしかった。

 

「だって、こうやって安心して寝れるのって久々だからね」

 

「そうか」

 

「まぁ、主にアンジュのせいで寝れない事が多いんだけどね」

 

「ごめんな、不安させて」

 

 事実、ここ最近、リゼの負担になっている事しかしていない。それについては私自身自負している。

 

「うん、本当、無茶、しないでね」

 

「無茶しないってもう」

 

 キュッと表情を厳しくしたリゼは抱きついてくる力を強めてくる。

 

「ううん、無茶してるよ、昨日だってお腹刺されて血を流していたじゃん」

 

「だから、それについては不可抗力だって何度も言ってるだろ」

 

「ふふ、ごめん、知ってる」

 

 他愛もないリゼとの会話。それだけでも心が落ち着いていくのを感じる。リゼの声を、リゼの仕草を、リゼの体温を感じるととやっぱり凄い落ち着く。よくある、恋愛ものでお互いの事を意識して見れないとか、恥ずかしくて血が昇ってくるとか、そんな初々しいものじゃない。そんなものの比じゃないぐらい安心していて、リゼは今の私にとって掛替えのない存在になっている。

 

「ねぇ、アンジュ」

 

「何、リゼ」

 

 いつになく真剣な表情を浮かべてこちらを見上げてくる。

 

「もしさ、私がこのまま皇女っていう地位を捨てたとしてもさ、アンジュはーー」

 

 リゼの言葉の途中で玄関の扉が叩かれる音が聞こえてくる。

 

「?こんな早い時間に誰だ?」

 

 こんな朝の早い時間帯に来客なんて予定は入っていない。

 

「行こうか?」

 

「いや、リゼが行くと変な勘違いが生まれるかもしれないから私が行く」

 

 リゼの話も少し気になるもののベットから降りて寝室を後にしリビングとダイニングルームを横切りノックが鳴り止まない玄関の前に立つ。

 

「はいはい、でますよー」

 

 玄関の扉を開ける。

 そこにはこちらより高身長で頭に茶色の角を生やしたオレンジ色の髪の女性が立っていた。正直言った話も会った事もない人物で、誰だかは判別がつかなかった。

 

「あ、あの、どなたですか?」

 

「ん、お、出たな、初めまして、桐生ココだ、よろしく」

 

 彼女は堂々とした笑みを浮かべて手を差し伸べてくる。

 ただ、私はその名を聞いた事があった。昨日の朝、グラに聞いたあの会社の社長の名前。そして、私に大怪我を負わせたあの獣人が所属している。

 

「何の様だ、また、私達に危害を加える気か?」 

 

 警戒心から出た言葉に飄々とした雰囲気を醸しつつ彼女は肩をすくめる。

 

「あちゃー、やっぱ、誤解生んでる」

 

「誤解?」

 

「あたぼうよ、だから、その誤解を解きに来た、だが、いろいろ話す前に」

 

 そこで一旦言葉を切った彼女は飄々とした雰囲気からガラリと凛としたものに変わる。

 

「まず、私の部下が過失や様々な迷惑をかけた、すまなかった」

 

 姿勢正しく体を九十度とは行かないものの彼女は頭を下げてくるのだった。

 

 深々と頭を下げてきた桐生ココを見て私は大きな溜息をついていた。

 正直に言った話、あんなことがあった後で相手の総大将が謝りにきた。

 はっきり言って、異常と言っても過言でもない。でも、何かしらの理由があると思いたいが、一先ずその理由がなんなのか、それを知るのが先決だろう。

 

「すまなかったって言うのはどう言う事だ?」

 

 顔を上げた桐生はジッとこちらを見てくる。

 

「それを全て説明する為にはここで話すには少しばかり重い話になるがそれでもいいならここで話すが?」

 

「そうだな……」

 

 決して信用しているわけではない。ただ、その瞳は嘘をついている様にも見えなかった。それにもしかしたら、何かしらの情報を引き出せるかもしれない。

 

「……わかった、中に入れ、話を聞く」

 

「賢明な判断に感謝するぞ」

 

 ニコリとドヤ顔ににた笑みを桐生は浮かべ玄関の中に入る。

 姿見の目の前を通りダイニングルームに入る。不意に味噌の匂いが匂ってきてエプロンを身につけて料理の支度をしているリゼがいた。

 

「あー、リゼ、ちょっといいか?」

 

「え、なに、あん……じゅ……」

 

 火を止めて包丁をまな板の上に置いたリゼは振り返る。

 私の隣に立っていた桐生ココと視線を交えたリゼは、一瞬だけ驚いた表情を浮かべた後、明らかに険しい表情を浮かべる。

 

「桐生ココさん」

 

 桐生の名前を呼び再び包丁を手に持ったリゼは包丁の先を彼女に向ける。

 

「どうしてここにいるの、出て行ってこの家から、今すぐ出て行って!」

 

 そのまま桐生を切りつける勢いでリゼは駆け寄ってきたのを割って入る。そして、リゼが包丁を握っている方の手首を握る。

 

「ま、まぁ、待て待て待て、今ここでやりやったところでなんの解決にならないだろ、それにここに招き入れたのは私の方だ!」

 

 抵抗しているリゼはこちらを睨みつけてくる。

 

「なら、どうして、その人を招き入れたの!昨日、あんな事あったのにさ!」

 

「いや、待って、取り敢えず落ち着いて話したい事があってきたんだよ!頼む、座ってくれ、な、なっ!」

 

 リゼの赤い瞳と目が合う。

 ルビーのように輝いている瞳と少しの間見あった後、諦めたように大きく溜息を吐いたリゼは下がり包丁を元の場所に置く。

 一段落着いた所で先にダイニングテーブルの席に座っていた桐生の前に座る。

 

「すみません、少し見苦しい所を見せました」

 

「気にするな、天使公もたまに発作起こすとなるからな」

 

 飄々とした感じでとんでもないことを口にした桐生を余所にリゼが少し不服そうにしながらも私の隣に座る。

 

「さ、さて、じゃ、言い訳を聞こうじゃないか、桐生ココ」

 

「あたぼうが、言い訳じゃ無いって言いたい所だが、やってしまった事は変わらないながまず、皇女サマには謝罪からだな」

 

 こちらではなくリゼの方に桐生は体を向ける。

 当の本人であるリゼは首を傾げる。

 

「私に謝罪?」

 

「あぁ、私の部下が皇女サマが家にお泊まりになるぐらいお気に入りの奴を傷つけちまったって事になる、だから、それについての謝罪」

 

 桐生はニヤリとしたり顔の表情を浮かべる。彼女のの言っている事が理解できずにリゼと見合ってしまう。

 だが、そこで一つ気づいてしまった事がある。

 今のリゼの格好的にはパジャマにエプロン。それは言ってしまえば新妻のそれと同じで、側から見たら私の家に一国の皇女が泊まってご飯を作っていたと言う事になる。

 リゼもそれに気がついてハッとなりボンッと顔を赤く染める。

 

「い、いや、そ、そそんな、こ、ここここんなでくの棒がお気に入りなわけないじゃん!」

 

「お、おい、でくの棒ってもっと他にも言い方あるだ……」

 

「アンジュは黙ってて!」

 

 恥ずかしさ隠しにリゼは赤面したままこちらをジロッと睨みつけた後、ンンッと喉を鳴らして桐生の方を見る。

 

「そ、それで、謝りに来たのはわかりました、でも、私達に会いに来たのは何も謝りにきただけな訳ないですよね、本当の目的は一体なんですか?」

 

「まぁ、そうなるよな」

 

 戯けたような雰囲気から一転桐生は真剣な趣になる。

 

「単刀直入に言おう、この国にいる吸血鬼に会わせてくれ、本来は、あの二人に皇女サマとアンジュにあって話を聞く予定だったんが、私が思っている以上の戦闘狂のせいで計画がおじゃんになったんだ」

 

「ふーん、で、理由は本当にそれだけなの?」

 

 まるで敵を見定めるように目を細めたリゼに桐生は頷き返す。

 

「あたぼうよ、じゃないとここにいないぜ」

 

「そう、なら、例の力に関しては興味ないと判断しても良いですか、それなら、会わせる事は出来ますけど?」

 

 桐生の事を見続けているリゼの瞳からは嘘をついたら許さないと言う意志がひしひしと伝わってくる。

 お互いに無言を突き通し耳が痛くなる程の沈黙が降りる。それは虎と龍が真っ向から対峙しているような覇気があったが、それでも、桐生は一向に一言も口にしなかった。

 

「……無言を突き通すと言う事は、この件は否定すると?」

 

「そうだな、大方、昨日たや坊から話聞いているだろ」

 

「えぇ、だから、その力を得に来たと私は予測したんですけど?」

 

 リゼの透き通るような赤い瞳に射抜かれて桐生は罰悪そうに目を逸らす。

 

「ミス•カナも国民の一人です、そう簡単にそーですかと言って渡す訳にはいきません」

 

「そうか、穏便に済ませようとしたけど、無理だったか、交渉決裂って事でいいんだな、皇女サマ」

 

「えぇ、それでいいですよ、でも、あくまでもこの件に関しての話、現実的な関係は友好的にって言うのは頼める?」

 

 視線を戻した桐生は堂々とした出立ちで頷き返す。

 

「そうだな、横暴だが、確かに利益関係もあるし表だっての関係は変えないのは保証する、だが、裏で何かあっても補償はしないからな?」

 

「えぇ、貴女こそ、夜の背後には気をつけたほうがいいかもしれませんよ」

 

「あたぼうが、ドラゴンに暗殺は無理意味だ」

 

「ここが何処か理解している?」

 

 お互いに牽制するように言い合った後、おかしそうに笑ってから桐生は立ち上がりこちらに背を向ける。

 

「流石、皇女サマって所だ」

 

 歩いて玄関ではなくベランダに移動した彼女はベランダの扉を開けて外に立つ。

 

「では、また会おう、皇女サマ、でくの棒」

 

 こちらに体を向けた彼女は背中にドラゴンの翼生やす。

 

「おい、待て、私はでくの棒じゃないって……」

 

 慌ててベランダに出た時には既に桐生は背中から羽を生やし空に飛び立っており、遠くなっていく桐生の背中を眺めた後、ベランダの扉を閉め私は家の中に戻りリゼの前に座る。

 目の前に座っているリゼはしばらくの間ベランダの方を見た後こちらを見る。

 

「……なんか、急だったね」

 

「あぁ、急すぎだな」

 

 朝一でいきなりやってきて話す事話して桐生は去ってしまった。

 話の内容的には不穏な空気は流れていたものの即座に戦闘と言う事もなく、比較的に穏便にやり過ごせたとは思ってる。でも、1つだけさっきのやり取りの中で気になったと言うか。

 

「急すぎななのはわかったけどさ、一つ言わせてくれ、まだ何も攻撃していない奴を包丁で威嚇するなよ、バカ」

 

「あーごめんごめん、ついカッとなってさー」

 

 苦笑いにも似た愛想笑いをリゼは浮かべる。

 私の事を思ってカッとなったのは嬉しいけど、もし、さっきの相手がもっと好戦的なやつだったらどうするんだよ。いや、普通にヘルエスタソードで対抗すればいいんだよ。いや、まぁ、んー、えっと、その通りなんだけどさ、逆にそれ程までに思ってくれたことは、それはそれで嬉しい半面、少しばかり不安も覚えてしまうんだよね。もし、私に何かがあった時がなぁ……

 

「ん?なんか凄い怖い顔してるけど、どうかしたの?」

 

「あーいや、何でもない、気にしないでくれ」

 

 首を傾げてきたリゼに向かって首を横に振る。

 むしろ、今思っている事を口にしたらリゼが怒る。主になんでそんな事言うの的な意味でだけど……

 

「そう言えば、リゼ、あいつの事知ってたんだな?」

 

「うん、まぁね、以前会った事あるし」

 

「やっぱり会ったことあるのか?」

 

 椅子に深く座り直したリゼは大きく溜息を吐き首を縦に振る。

 

「えぇ、十数年前の話になるけど、商談しに来た時に見た事はあるけど、見た目は全く変わってなかったね」

 

「そりゃ、あの感じからしてあいつは竜人族だからな」

 

 竜人族。元は東洋の方面にいた竜という伝説の生物が人間の形を取って人間達の社会に溶け込んでいたと言う事が発覚し見つかった種族の名前。だから、桐生ココはきっと、あの角や自分の事をドラゴンと言っていたから竜神族ドラゴン種辺りの人種だろう。

 

「へぇ、竜人を知っているとか、アンジュにしては博識じゃん」

 

「その言い方は流石のアンジュちゃんでもそれは怒るぞ」

 

「あはは、ごめん、ごめん」

 

 舌出して苦笑いを浮かべていたのが一転し真剣な瞳でリゼはこちらを見据える。

 

「にしても、何で竜人なんて単語知ってるの、あれって結構マイナーで知識自体普及してないし錬金術と関係があったの?」

 

「え、あー錬金術とは関係ない、昔、元友人というか、仕事上一緒に致し方なく行動をしていた奴が一人だけ居るんだ、そいつが竜人の血を使っていろいろとやってたんだよ、だから、それ関係でな」

 

「へぇ、でも、そんな友好あるなんて知らなかったよ」

 

「あぁ、でも、基本的に文通しかやってなかったし、昔に2、3回程度しか会ってないからな、それにあいつはもう……」

 

 あいつはあまりにも禁忌を犯しすぎた。だから、もう会うことは無いし空いたくも無い。

 

「あいつはもうってどうかしたの?」

 

「まぁ、それについては聞くな、それよりこれからどうする、今の事をたやに伝えていくか?」

 

 こちらの問いにリゼは首を横に振る。

 

「ううん、今、気にするべき事はとこちゃんの方だと思うし、それに襲われたとしてもアンジュがいるから安心だしね」

 

 机に手をついてリゼは椅子から立ち上がる。

 

「さて、今は朝ごはん食べないとね」

 

「じゃ、手伝うよ、切るぐらいだったら私にもできるだろ?」

 

「えー手切らない?」

 

 立ち上がり机を迂回してリゼの隣に立って包丁を手に取る。

 

「切らないって任せろ」

 

 何気ないやりとりを交わしつつもまな板の上の野菜を切り始め、調理をする環境音がダイニングルームに鳴り続けるのだった。

 

ーーー   ーーー

 

 湿り気のある薄暗い路地裏。

 一通りもなく誰一人として使っている様子のない道に桐生ココは降り立っていた。

 

「ふぃー怖かったぁ」

 

 その羽をしまい肩を鳴らした桐生は路地裏と言う狭い空間から縦に長い空を見上げる。

 

「……流石、第二皇女気迫が違かった、なぁ、クロヱ」

 

 振り返った彼女は楽しそうに笑う。

 振り返った先、薄暗い道の影の中から灰色の仮面を顔に装着し黒いスカートを履き、黒いマントを羽織った少女が、文字通り出現する。その歩みはランウェイを歩くモデルのように静かで闇を忍ぶ者と言っても過言ではなかった。

 

「えぇ、桐生ココ会長」

 

「あたぼうが、今の私は会長じゃない、社長だ」

 

「いえ、それでも私にとっては社長も会長も変わらない、私の中では貴女はずっと会長、私を以前拾ってもらった御恩は一生忘れていません」

 

 隣に立ったクロヱの事を桐生はジロッと見る。

 

「だからと言って、堅苦しいのはやめてほしいんだが?」

 

「それが私なりの礼儀です」

 

「たぼうが、これだから東方のやつは頭が硬くて好きになれないね」

 

 やれやれと言った感じで首を横に振って桐生は肩をすくめる。

 

「で、緊急監視の報酬は何が欲しいんだ、BL本か同人誌あたりか?」

 

「それ非常に興味深い、ですが、それ以前になぜ、会長はまだ力を欲する、もう十分に強い筈」

 

 仮面を外したクロヱはそのルビーの様に光る赤い瞳でジッと桐生の事を見る。

 見つめられた桐生は不敵な笑みを浮かべる。

 

「それはとある奴に対抗する為だな」

 

「とある奴とは?」

 

「特異な屍使いさ、壮絶な力を持ちながら、その力で他者を傷つけこの世界を阿呆がいる、そして、今、そいつが復活しようとしている、私らはそれを止める必要がある」

 

「止めないとどうなるのですか?」

 

 桐生の赤い瞳が太陽を反射して光る。

 

「死者の世界の住人がこの世界に侵攻してくる」

 

「は、はぁ?」

 

 何言っているのか理解できないのか目をまんまるに開いクロエ。

 お手本のようなクロヱの反応に桐生はフフと鼻で笑う。

 

「いきなり言われても訳がわからないのは承知してるけど、それをやりかねないから私以上に危険な存在なんだよ、アイツは」

 

 何かを懐かしむ様に空を見上げる。

 空を飛んでいる鷹は丸い円を描くように回る。

 

「この世界を守る、この世界をアイツに乗っ取られる訳にはいかないんだ」

 

 決意のこもった桐生ココの声が路地裏に響くのだった。

2

 桐生の突然の訪問はあったもののその後は特に何かあるわけではなく私達は国立図書館に来ていた。しかし、とある問題に直面していた。

 

「駄目なの!?」

 

「はい、いくら、皇女様とは言いましても国の機密資料は簡単にはお見せすることはできません」

 

 受付の中にいる女性にリゼは食い入るように受付から身を乗り出す。

 そう、あの火災の件は国家の機密資料という事もあってリゼの権限を持ってしても機密資料の部屋には通すことはできないと丁寧に断られてしまっている。

 

「そこをなんとかできないの!」

 

「リゼ様でも無理なものは無理です」

 

 キッパリと受付の人が言い返し、悔しそうにリゼはダンっと机の上を叩く。

 その音は思いの外大きく周囲で静かに本を読んでいた人達の視線がこちらに向く。

 

「お、おい、リゼ、ここ、図書館だぞ、もう少し静かにしてくれ」

 

 こちらの指摘にハッと我に帰ったリゼは慌てて私の方を見る。

 

「え、あ、ご、ごめん、アンジュ」

 

「いや、私に謝るな、謝るんだったら受付の人に謝れ」

 

 すぐ様受付の人にリゼは頭を下げる。

 

「すみません、ご迷惑をおかけしました」

 

「あ、いえ、お気になさらず、良い結果をお伝えできなかったこちらも悪いですので」

 

「そう言って貰えると助かります」

 

 顔を上げ少ししょんぼりとしているリゼの肩を掴む。

 

「なぁ、一旦、図書館から離れようか」

 

 小さく頷き返したリゼを引き連れて受付から離れ図書館の入り口に足先を向ける。

 

「どうしよう、私の権限でも入れなかった」

 

「しょうがないさ、そう言う日もある」

 

 隣を歩きながらもしょんぼりとしているリゼを片目に頭を掻く。

 そうとは言ったものの、機密文書がある部屋に入れないとなったら他の手段を探すしかないと言った所だけど……

 

「ーーどうかなさいましたか、リゼお嬢様、アンジュ様」

 

 聞き覚えのある声が聞こえ顔を上げるとそこには灰色のスーツを着たオールバックの白髪の老紳士ーーゼバスチャンが丁度よく図書館に入館してきていた。

 

「あ、セバス、いい所に、少し機密文書を見たくて来たのだけど、権限がなくて見れないのよ」

 

「あぁ、それなら爺にお任せを」

 

 セバスの二つ返事にリゼは意外そうな表情を浮かべる。

 

「え、えっと、何か案あるの、セバス?」

 

「はい、しばしお待ちを」

 

 少し唖然としている私達を他所に一礼をしたセバスは、私達の横を通って一人受付へと向かう。

 

「なんで、セバスがいるの?」

 

「さぁ、私に聞かれても困る」

 

 セバスが受付の人と少し話をしたかと思うと、彼はその受付の人を連れて戻ってくる。

 

「さて、リゼお嬢様、アンジュ様、準備ができましたのでついて来てください」

 

 一礼をしたセバスと受付の人にについていく形で図書館を横切り、階段を降りて地下最深部にある扉の前に案内され、受付の人が重たそうな機密文書が保管されている部屋の扉を開中に入る。

 

「では、ごゆっくりとして行ってください」

 

 一礼をした受付の人はそのまま踵を返して言ってしまう。

 扉が閉まり部屋の中には私を含めてリゼとセバスの三人だけ。部屋自体は一般的な会議室より大きめのもので、形としては円形をしている。中央には丸い形をした机が一つ。それを取り巻く様に本棚があり中には所狭しと本が並べられている。入り口とは反対側の壁にはさらに重厚な扉が一枚あった。

 目の前に立っていたリゼが振り返り私の隣に立っているセバスの事を見る。

 

「一体、どう言う手を使ったのよ、セバス」

 

「私の権限を使った、それだけの話でございます、リゼお嬢様」

 

「権限?」

 

「左様でございます」

 

 怪訝そうな表情を浮かべたリゼにセバスは頭を少し下げる。

 

「私が軍師として在籍していた時の権限を久々に使ったまでの話してございます」

 

「ふーん、そうだったのね、ありがとう、セバス」

 

「いえ、リゼお嬢様の為なら何なりと」

 

 セバスが頭を上げると、リゼは何処か嬉しそうに鼻を鳴らしてから本棚の方に向かう。

 そんなリゼを片目に私はセバスの方を見る。

 

「そう言えばセバスはヘルエスタ軍の軍師だったな」

 

「左様、軍略に関する資料もこの中にあります、それが故に私はこの場所に入る資格があるのでございます」

 

 セバスは朗らかな優しい笑みを浮かべる。

 

「しかし、アンジュ様、あのような愚策よく思い付きましたな」

 

「愚策?」

 

「左様、あのゴーレムを召喚し、相手の行軍を止めて急襲するなど普通の人では考えつくことはございません」

 

 カッカッカとセバスは楽しそうに笑い声をあげる。

 

「そうかよ、すまなかったな、愚策で」

 

「いえ、そういう事ではなく、いい意味での愚策でございました」

 

 笑うのをやめて目を細めた彼は視線を前に向ける。その視線先には本を真剣そうにリゼが探している。

 

「いい意味でってどう言う意味だよ」

 

「あれは、敵に恐怖心を与え戦略的に時間を稼ぎその上で相手の油断をついて奇襲した、それはさながらイングランド王フリードリヒ大王のようでございました」

 

「イングランド王フリードリヒ大王?」

 

「左様、斜行陣営を得意とした王でありアンジュ様と似た戦法をとった事のある人物でございます」

 

「成る程な」

 

 相槌を打つとセバスはこちらに視線を戻す。

 

「アンジュ様、少し爺やのうるさい小言になって申し訳ございませんが、リゼお嬢様に任せきりにするのはいかがなものでございましょう」

 

「あぁ、すまんすまん、探すの手伝うよ」

 

 完全に資料探しをリゼに任せている事を示唆され歩いて本を探しているリゼの横に行く。

 

「目的の資料は見つかりそうか、リゼ?」

 

 本棚の中から本を取り出し立ち読みして居たリゼは、んーと悩ましい唸り声化を上げる。

 

「それらしい物はありそうだけど微妙って感じかな」

 

 本から顔を上げてこちらを見たリゼはどこか困った様な表情を浮かべる。

 

「微妙って、おい待て、なんで微妙なんだよ」

 

「んーだってここにあるとは思うんだけどさ、確証が持てなくてね」

 

「確証が持てない?」

 

 反射的に聞き返すとリゼは首を縦に振る。

 

「うん、この場所にあるってのは分かっているんだけど、この部屋にあると言う確証はない気がするんだよね」

 

「リゼお嬢様、何をお探しで?」

 

 一緒に来て居たセバスが私の後ろから声をかける。

 リゼの視線が彼の方に向く。

 

「数百年前に起こった大火災についての資料が欲しいの」

 

「それでしたら、あそこの保管庫の中にございますが」

 

 そう言ってセバスは手で重厚な扉を手差す。

 

「やっぱりあの保管庫の中に?」

 

「左様で」

 

 リゼは少し考えた後、ジッとセバスの事を見る。

 

「セバス、開ける事は?」

 

「女王陛下から許可は降りております」

 

「お母様から?」

 

 困惑した様に眉間に皺を寄せ少し悩むそぶりを見せた後リゼは首を縦に振る。

 

「わかったわ、一先ず開けて頂戴」

 

「わかりました、では、しばしお時間を」

 

 解錠をする為にセバスは保管室の扉に向かう。

 

セバスの助力もあり私とリゼは機密文書がある部屋の中にあった保管庫の中に入室していた。

 

「ここが保管庫の中……」

 

 セバスの後についていく形で中に入った保管庫の中には少し薄暗く小部屋ほどの大きさで、部屋の両壁には棚が置かれており戦火で書物が消失して少ないと言う割には棚の中には所狭しと本が収納されている。

 

「なんか、少し埃臭いな」

 

「えぇ、確かに」

 

 隣に立っているリゼが頷き返す。

 入り口付近に立っていたセバスが手を部屋の一番奥に向ける。

 

「リゼお嬢様あれが目的の本でございます」

 

 手を差した先には台の上のケースには大切そうに赤い表紙の太い古そうな本が置かれていた。

 

「あれが、目的の本」

 

「左様で」

 

 一礼したセバスの横を通り保管室の奥にあった赤い表紙の本の目の前に立ち表紙を見る。

 赤い下地に金色の刺繍で縫われている本の題名は、古代ヘルエスタ語で書かれているが故になんと書かれているか、一応、だけどわかる。

 昔にヘルエスタ王国と錬金術との関係について研究した事があり齧ったことはあった。

 

「えっと、"編纂ヘルエスタ王国史"かぁ」

 

 辛うじて読めた題名を口にしつつも隣で本にがんをつけているリゼの事を見る。

 

「で、これに書かれている内容にたやが言っていた事も書かれているかもしれないって事だよな?」

 

「ええ、そうなるわ」

 

 リゼは頷き返す。しかし、リゼは本を見続けるだけで、一向にその本に近づいて手に取って読むような様な素振りを見せない。

 

「どうした、リゼ?」

 

 思わず声をかけるとリゼは視線を落とし下唇を噛む。

 

「……どうしよう、アンジュ、この本を開きたくない」

 

「そんな事言うなよ、開かないとなんの解決にもならんし、それに、早く目的をたやに話すんだろ?」

 

「うん、そうだけど」

 

 胸の前で握り拳を作りリゼは険しい表情を浮かべる。

 確かにリゼの言いたい事はわかる。目の前にある本が、たやの過去の話と関係のある本でそれを見たくないのは重々承知している。だが、それについてはもう、終わった話の筈……

 

「そうか、じゃ、このまま真実を見向きもしないで終わりにするんだな」

 

「それは……」

 

 複雑な表情を浮かべてリゼは口籠もってしまう。その表情は以前お互いの気持ちをカナさんの館で吐露する前のように歪んでいた。

 

「どうするんだ、このまま何も得ずに帰るのか、ここまで来たのに」

 

「それはそうだけど、そうなんだけどさ」

 

「そうなんだよ、じゃない、いい加減にしろリゼ!」

 

「え、あ、アンジュ!?」

 

 どことなく躊躇するような素振りを見せうじうじしているリゼに痺れを切らし代わりに一歩前に出る。

 本を手に取って本を開き中を見る。

 本の中は見るからにして古代の、その中でも上流の人達が使っていた文法と単語が使われており一般的な古代ヘルエスタ語しか調べていなかった私には到底理解できるものではなかった。

 

「……これ、古代上級語だから私にはなんて書いてあるかはさっぱりわからないけど、ここに書かれているのが全てなんだよ、理不尽かもしれないが、それが現実なんた」

 

 パタンと本を閉じてリゼの事を見る。

 リゼはこちらを威嚇するようにじっと見てくる。

 おおよそ、私が勝手に書物を手に取って読んでしまった事に抗議してあるんだと思う。だけど、今はそんなことしている場合じゃない。嫌だと言って目を背けるのは良くない。

 

「うちは錬金術師で、嫌なものや知りたくない事実を何回も見て来た、そんな奴と居れば、多少は見たくない気持ちも薄れるだろ?」

 

 錬金術の研究をする為に取り寄せた過去の実験結果やその過程で行われた目を背きたい事実を見てきた。それこそ、他の国で一体どう言うことが行われ、どう言う実験をし人がどれ程殺されたのか。そう言う資料を嫌と言うほど見てきた。

 リゼは明らかに視線を逸らす。

 

「真実を見たければその一歩を踏み出さないと意味がない、それにあくまでチャイカが予測して行った事だから、本当は書いていない可能性だってある、違うか、リゼ」

 

 回り込むようにリゼの前に出る。

 目を伏せているリゼに目を合わせる為、少し膝を折って下から見上げる。

 

「なぁ、真実から目を背けようとするなよ、リゼ」

 

 リゼの赤い瞳と視線が合う。

 いつ見ても綺麗な輝きを誇っている赤い瞳は不安そうに揺れている。ただ、瞳の奥に意志を感じ本を持っていない方の手でリゼの腕を掴む。

 

「なぁ、リゼ、頼むから逃げないでくれ」

 

 最後のひと押しと言った感じで声を掛けると、リゼは観念したのか首を縦に振る。

 

「……わかった」

 

「わかってくれてありがとうな、ほら、これ、返すよ」

 

 立ち上がってリゼに向かって本を差し出す。

 背表紙をリゼは手で掴む。

 本を受け取ったリゼは元の場所に本を戻してから開きページをめくり始める。

 リゼが解読している間に周囲を見渡す。

 狭い保管庫の中は様々な色の背表紙の本が収納されている。過去のヘルエスタ王国で有名だったと思われる文庫やいまでも読まれてい有名な小説の原本がずらりと並べられている。中にはヘルエスタ王国では偉大な作家の物までもあった。

 

「……あった、ここにその記述が書いてある」

 

 皇族だからなのか、古代の上流語も即座に解読できたリゼが声を上げる。

 

「お、本当か」

 

 周囲を見渡すのをやめてリゼの隣に立つ。

 

「うん、それで……」

 

 読み進めていたリゼの顔がだんだんと真っ青になっていく。

 その様子からして多分、そう言う事なんだな……

 

「見つけたんだな」

 

「……うん、気高い三つ首の犬の化身って書いてある」

 

 気高い三つ首の犬の化身と言う事は必然的にケロベロスの事を指している。

 

「じゃ、それが事実って事だな」

 

 それの記述を見ても信じたくないのか顔を上げたリゼは首を横に振る。

 

「いえ、そんな訳……」

 

「それが"真実"でございます、リゼ様」

 

 否定しようとしたリゼの言葉を遮り鋭い氷のような一言が後方に飛んでくる。

 二人同時に振り返り入り口近くに立っていたセバスが薄く目を開く。

 

「私めはそれを見てもらう為に女王陛下様からこの場に来るよう命じられた次第でございます」

 

 セバスの言葉に固唾を飲むことしか私達にはできなかった。

 女王様と言えばリゼの母親に当たる人物でヘルエスタ王国を治める王家の長を務めている人であり前の戦争関連でも一度は会っている。リゼとの関係はあるしリゼの母親の愚痴は何度も聞いたことがある。いつも相手してくれないだの、一人でつまらないだの、家庭教師の選択の仕方が悪いだのと。ただ、たやとの関係性については一切聞いた事がない。私自身もたやが女王様と関係があったとは思いもしていなかった。

 それはリゼも同じでセバスの話を聞くや否やすぐ様顔を顰めていた。

 

「セバス、お母様から命じられたと言うのどう言うことかしら?」

 

「左様、その真実に辿り着く時、又は真実を知ろうとする為の手助けをして欲しいとの事でございます」

 

「お母様が?」

 

「その通りでございます、リゼ様」

 

 無言のままセバスは礼儀よく腰を四五度に折る。

 女王陛下がそう指示してきたと言う事は私達が事前にこの図書館に来る事は把握していたと言う事になる。

 

「つーことは、セバスチャン、さっきのタイミングよくこの図書館に来れたのも偶然じゃないんだよな?」

 

「流石、勘が良きお方でございますな、カトリーナ様」

 

 顔を上げたセバスが目を細める。

 

「リゼ様が保有しているアヒルのバッチからこの図書館に来る事は知っておりました」

 

「それっつーことは、盗聴してたんだな?」

 

「盗聴などそんな不名誉な事ではございません、あくまで護衛の為であり、プライベートな会話や必要に応じて切れるようにしております」

 

「ふーん、そうか」

 

 やけにタイミングよく私らが去ろうとした時に来た訳か。まぁ、盗聴の件に関してはリゼを守る以上、最低限に必要なことと言えば必要なことではあるけどさ。

 セバスは口に手を添えておほんと咳払いをする。

 

「それと、もう一つ付け加えて話をしておきますと、その記述を消して歴史を少しばかり編纂したのは先代の王でございます」

 

「お爺さまがですか?」

 

「左様、先代からのご好意と戌亥様のご意向の上成り立っており、ヘルエスタ王国の歴史から戌亥様の記述を消したと言う事でございます」

 

 ゆっくりとセバスが頷き返す。

 

「そうか、じゃ、どうして歴史的事実をわざわざ消すことになったんだ?」

 

「カトリーナ様、それは戌亥様が、過去にヘルエスタを滅ぼしかけたと言う過去はご存じ通りでございますが、先代の王の時にこの国に再びお戻りになりまして、その時に罪滅ぼしをしたいとの事で掛け合ったのが始まりでございます」

 

 体を私の方に向け真剣な表情を浮かべながらもセバスは言葉を続ける。

 

「最初の内は先代の王やその側近は許可を下す事はございませんでした、しかし、花畑様の言葉巧みな説得と、花畑様が何かあった時のストッパーの役割をするとのことで住む事の許可を得た次第でございます」

 

 一瞬だけリゼの方に視線だけ向けセバスは目を瞑る。

 

「そして、カナ様と同様にヘルエスタを守るもう一つの盾としてこの国に住む事を許可を下したと言う事でございます、その過程でこの事が世間一般的に知られては戌亥様に何かあるかもしれない為、歴史改竄はその予防線でございます」

 

「そう言う事か、じゃ、私らが戌亥と出会ったのも偶然ではないと」

 

「左様、先代の王からの習わしで必ず戌亥様と皇女様は出会う事になるよう細工を施しております、故にリゼ様とご交流している以上出会うのは必須となっているのでございます」

 

 閉じていた目を開けたセバスは眉間に皺を寄せる。

 

「もっともこれ以上詳しい話をする為には他の資料も見てもらう必要がございますが、いかがしますか?」

 

 確認を取る為にかセバスはリゼの方を見る。

 リゼは真剣な趣のまま一瞬だけ私の方を見た後頷き返す。

 

「えぇ、お願いするわ」

 

「では、こちらに」

 

 セバスは踵を返して保管庫から出て行ってしまう。

 

「なんか、話が壮大になってきたな」

 

「えぇ」

 

 リゼが顔を縦に振るのを片目にセバスを追いかける形で保管庫を後にし、私とリゼは二人仲良く中央の席に座る。

 セバスは部屋の周りにある棚の中にある文書を一つ一つ確認している。

 

「うちが話を聞いている以上、この国にはカナさん以上に秘密があると思うんだけど?」

 

「その通りでございます、アンジュ様、先ほども話したように前国王様が関わっておりますが故に話がややこしくなっているでございます」

 

 セバスは棚の中から本を一冊取り出しパラパラパラと中身を確認している。

 

「でも、なんでとこちゃんの話なのにお爺様の話になるの?」

 

 隣に座っているリゼが振り返りセバスの方を見る。

 パラパラと本を捲っていたセバスは一度本を閉じてこちらを見る。

 

「それは前国王が、いえ、リゼ様の祖父リューユ・ヘルエスタ様が戴冠して間も無くに、極東の国がリューユ様の戴冠に関する儀礼のお言葉を持ってきた二人の使者、戌亥様と花畑様が来たのが始まりでございます」

 

 視線を棚のほうに戻したセバスはまた別の本を手に取る。

 

「最初のうちは儀礼のお言葉を伝えるだけでしたが、話し終えた途端に、本来の目的を話し始め交渉をし始めたのでございます」

 

「話ってなんなの?」

 

「戌亥様が自分がこの国に唯一伝わる古の歴史書に出てくる三つ首の犬の化身だと」

 

 セバスは手に取った別の本の表表紙と裏表紙を確認し直ぐに戻す。それから、そのまま彼はその近くにあったファイルを手に取る。

 

「話を聞いた直後は、リューユ様も戯けごととおしゃっておりましたが、本来ヘルエスタ家意外が知る筈の無い情報をお持ちであり、戌亥様が本当にケロベロスだと知ったリューユ様は、戌亥様はヘルエスタに住むのであれば、その代わりにヘルエスタを守ると仰せになりまして、その意思に沿う形で契約を結びました」

 

 何かを見つけたのかファイルを捲るのを止めセバスは歩いて中央の席に戻ってきて机の上にファイルをウチらの目の前に置く。

 

「これは?」

 

「ヘルエスタ家と戌亥様、花畑様との契約でございます」

 

 セバスが机の上に置いたファイルの片方の一面には契約書と書かれた紙が入っていた。

 契約の内容としては、ヘルエスタの一般的な歴史書からたやの記録を消す代わりに、たやがこの国に住む事を許可し国の盾になってもらうと言う事。もし、たやに何かしらの問題が起こった時、チャイカが対応する。そして、何かあっては困る為、ヘルエスタ家と関係を持つ事を義務付けられ今後、生まれてくるヘルエスタ家の人間の少なからず一人と友好関係を持つ事。その事が書かれていた。

 

「セバスチャン、これ、もし、たやが問題を起こしてしまった場合は、どうなるんだ」

 

「その場合は契約違反が生じ最悪の場合、国外追放も視野に入れて対応する構えでございます」

 

 セバスの言葉を聞いて背筋が少しばかり凍る様な気分になる。

 問題を起こした時という事は、たやが過去と同じ様に暴走した場合も含まれると考えられる。それと言う事は昨日の一件もそれに含まれる可能性もある。

 

「待て、じゃ、昨日のたやの暴走はその対象になるって事だよな?」

 

 うちと同じ考えに至ったのか少し緊張した様子のリゼと共に振り返りセバスの事を見る。

 

「その通りでございます」

 

 一礼したセバスは顔を上げて少しばかり表情を緩める。

 

「ですが、それについては花畑様から直接、今朝、連絡がございましたが、これ以上の暴走は起きえないと言う結論を頂きまして不問という結論にいたり話まとまっております」

 

「そうか」

 

 一先ず、たやに関しては大丈夫だと分かり安堵しリゼと一緒にホッと肩を下ろす。

 そんなうちらとは対照的に険しい表情を浮かべたセバスが目を細める。

 

「その上で爺やから一つ提案がございます」

 

「提案?」

 

「これ以上リゼ様にはこの件に介入しないと言う事でございます」

 

 セバスの提案にリゼは睨みつける様に彼の事を見る。

 

「セバス、もしかして今日の本来の目的って……」

 

「そうでございます、説得をしに来たのでございます、リゼお嬢様」

 

 セバスは視線をリゼからうちに向ける。

 

「アンジュ様は成人しておりますが故に自由が効きますが、リゼお嬢様はまだ未成年で、尚且つヘルエスタ王国の次世代を担うお方、いくらヘルエスタセイバーを使える身とは言え危険を犯すのはよろしくないと爺は思うのでございます」

 

 セバスの説得に少し悩む素振りを見せたあとリゼは首を横に振る。

 

「ごめんね、セバス、それは出来ない話しなの」

 

「リゼお嬢様、我儘は……」

 

「我儘じゃないの」

 

 リゼはうちの腕に抱きついてくる。

 

「もう、アンジュと離れ離れになってアンジュが私の知らない所で、見えない所で、辛い目に会うの、もう……」

 

 大きく息を吸ってリゼは視線を落とし首を横に振る。

 

「……もう、見ていられないの」

 

「リゼお嬢様、言いたい事は理解できますが、ヘルエスタ国民の為にどうかお考え直しを!」

 

「確かにヘルエスタ国民は大切な存在です」

 

「それであれば!」

 

「でも、それ以上にアンジュは私の中で大切な存在なの!」

 

 両者一歩間も譲らないと言った感じで話が平行線気味になる。

 まぁ、ウチの個人的には一緒に行動はして欲しい。でも、リゼは一国の皇女様、セバスの言っている事はごもっともで申し訳ないけど、その通りだと思う。

 

「そうか、なら、リゼ」

 

「なに、アンジュ」

 

「うちを大切に思うならこれ以上この件には首を突っ込まない方がいい」

 

 腕を離してこちらに顔を向けていたリゼはあり得ないと、言いたそうな表情を浮かべる。

 

「どうして、そんな事言うの」

 

 怒りから来る言葉なのかリゼは体を震わせながらも、そう言いキッと眉間に皺を寄せて睨みつけつくる。

 

「どうして……」

 

 ーーガシッ

 リゼが手を伸ばし胸ぐらを掴み、私を引き寄せ、彼女の顔を近づく。

 彼女の瞳はギラギラと輝き、薄ピンクの唇の下に見える犬歯は明らかに震え、完全に憤慨している様子だった。

 

「どうして、どうして、なの!教えてよ!アンジュ!」

 

「どうしても何もない、私がそうして欲しいだけ」

 

 そう、私が求めているだけの話。

 私は一介の錬金術師で、リゼは国の皇女。

 もし一緒に行動をするのであれば、護衛やらなんやらをつけて行動すべきなんだが、リゼはそれをつけたがらない。だから、何か異変が起こった時女王陛下がご心配するのはごもっともな事で、加えて、もし、また、戌亥が暴走するか、他の強大な脅威に遭遇したら、きっとリゼ一人では対応できない。そうとなれば二人一緒に死んでしまう。なら、リゼの願いは叶えられなくなってしまうけど、私が死んでもリゼが生きていれば、リゼの権限で、なにかと国を動かせる。

 そう言う話も含めてセバスの言いたい事はわかるし、セバスの言う通りにリゼはこの案件から手を引いた方が今後の為になる。ただ、この事を直で伝えると、多分、今以上の口喧嘩に発展しそうな予感がする。なら……

 

「確かに、私はリゼの事が好きで、リゼが私の事が好きなのは理解している、けど、今回のこの件は、カナさんの件とは違って下手すれば死ぬ可能性だってあるんだ」

 

「だから、だから、なに!!」

 

 さらに胸ぐらをリゼに引っ張られーー

 

ーーコツン

 

 お互いの額が接触しジーンとした痛みがリゼとの接触部分に広がる。

 

「私が求めてるのはアンジュと一緒にいる事なの、それ以上でもそれ以下でもないの!」

 

「どうして、そこまで、私と一緒に居たいんだよ、あとさ、あの口約束をいつ破られるかわからない以上リゼを外で活動させるのは悪手なんだ、だから、素直にセバスの話を聞いてくれ」

 

 一緒に行動させるにあたって、他にも不安な要素はあった。

 今朝、桐生と行った約束。

 あれは、口約束で文面程の効力はない。もっと言うと、文面に書き起こさない以上、あの事は無かった事にされ無効にされる可能性だってある。その場合、表立って決裂してリゼを誘拐する可能性も少なからずある。

 

「だったら、アンジュが私を守れば良いじゃん」

 

「そんな簡単に言うな、私がリゼを完全に守れる保証なんてどこにも無いんだぞ!」

 

 この言葉は割と本心から出た言葉だった。

 悔しい事に私にはリゼを守る程の力は持ってない。どんなに錬金術を極めても、どんなに魔法が使えても、それを行う為には一手順必要になってくる。戦争ならまだしも、反射神経が必要となる護衛では、私は余りにも非力だ。

 

「ア、アンジュ……」

 

 リゼを押し退ける勢いで言い返したのが効いたのか、リゼは怯み胸ぐらを掴む力が緩まる。

 

「私は……私はっ!たやじゃない、チャイカじゃない、カナさんでもない……」

 

 聖母に縋るように、でも、縋る事ができずにもがいている人の様に、リゼの事を見る。

 自分の非力さはどうしようもできない。

 自分一人じゃ、何もできない。

 自分だけじゃ、大切な人を守れない。

 

「カナさんの時のように、もし誘拐されても私一人でリゼを救い出せるなんて確証はないんだぞ」

 

「で、でも、私にはヘルエスタソードがある!」

 

「それを封印されたらどうするだよ、それが無いと、リゼは無力だろ!」

 

 痛い所を突かれたかのようにリゼは苦虫を噛んだような顔になる。

 実際、昔にヘルエスタソードを封印されて誘拐された事があった。あの時は、異変に気がついたたやが私に要請をしてくれた事で大ごとになる前に事なきを得たからよかったものの、そうじゃなかったらリゼは……

 

「そ、そんな事は知ってる、でも、それでも私はアンジュと居たいの!」

 

「これ以上は我儘いうな、人生にもう一度は無いんだ、もし今度誘拐されたら助かる保証はないのぐらい理解してくれ」

 

「それでもいいの、私は、私はアンジュと一緒に居たいの!」

 

 リゼが再び胸ぐらを引っ張り彼女との距離が再び近づく。

 お互いの意見がぶつかる事はよくある事で、口論と言う意味では言い合うのが本来の姿かもしれない。でも、今回のはそう言う次元を超えてしまっている。リゼがこれから行おうとしている事は、完全に王家の人間としてはアウトだが、リゼは意見を変える気はない。だからと言って、私も意見を変える気はない。このままでは話が並行してしまい埒があかない。

 そう判断を下し、胸ぐらを掴んでいるリゼの指を少し強めに手で握る。

 

「痛っ!?」

 

 いきなり強く握られて驚いたリゼが手を離す。そのタイミングで一歩後ろに下がり後ろで静観していたセバスの方を見る。

 

「セバス」

 

「了解でございます」

 

 一礼をしたセバスが何か言いたげなリゼの背後に回り彼女の事を羽交い締めにする。

 

「ちょ、セバスチャン!?」

 

「すまん、リゼ」

 

 セバスに羽交締めされているリゼに背を向けて部屋を後にするのだった。

3

 商店街の一角にあるオープンカフェテラスの一角。

 頭の横に紫色のツノが生えている少女、袴を着て金髪とは行かないまでも明るい色の髪のポニーテールの少女、黒いフード付きのマントを見に纏い灰色の仮面を装着している少女ーー沙花叉クロヱの三人が机を囲っていた。

 彼女達はholoxと呼ばれるホロライブ東弊重工業社の隠し特殊部隊を担っている。その事を知っていると言う人はこの場にはいない。一応、彼女達は外から来た人達と言う扱いで、この国には桐生ココとその取り巻きの付き添いという形で入国している。

 

「全く、吾輩達を荒使いし過ぎだ!」

 

 リーダー格の紫色の角を持った少女ーーラプラス•ダークネスが不満を漏らしつつ机の上に倒れ込んで、机の上にあったメロンソーダから伸びていたストローをズゾゾゾゾと行儀悪く吸う。

 

「それはしょうがないでござるよ」

 

 そんな彼女の事を片目に袴を着たポニーテールの少女ーー真風いろはは行儀よくお茶を啜る。

 

「クロヱをコキ使いすぎ!もうやだ!」

 

 そのいろはの前に座っているクロヱは机に体を伏せながらも口を尖らせる。

 

「いや、クロエ殿は文句言うなでござるよ!元はと言えばクロエ殿が失態をしたから今があるのでござるよ!」

 

 お茶を机の上に置いたいろはにそう指摘されてニマニマとクロヱは楽しそうに頬を緩ませる。

 

「確かに会長にはお世話になってるからね」

 

「お世話になっているって」

 

 起き上がったラプラスが呆れたように彼女な方を見て溜息を吐く。

 

「ただ、暇潰しにギャンブルして大負けした所を助けられただけの話だろ?」

 

「グギギギギ、痛い所つかないでよ、ラプラス」

 

 痛いところを突かれてクロヱは頬を引き攣らせる。

 実際問題、彼女達がホロライブ東弊重工業社の隠しの特殊部隊となった経緯はクロヱが大きく絡んでいる。

 

「全く、一介の暗殺者が、対象者に金銭的な面で助けられるなんてあっていい事じゃないだろ」

 

「で、でも、それで、大分生活は楽になったよね!」

 

 どうにか言い繕うとするクロエの事をいろはが冷めた目で見る。

 

「クロエ殿、現状何も変わって居ないでござるよ、相変わらずこき使われるわ、一部隊と無茶な戦闘させられるわで……」

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!やめて、それ以上は私にはオーバーキルになるから!やめてぇ!」

 

 目の端から涙を流し始めたクロヱを見てラプラスといろははお互いの顔を見合わせる。

 

「吾輩達はどこで道を間違えたんだ」

 

「知らないでござるよ」

 

 ラプラスと同時に溜息をついたいろはは、何かを思い出したのかクロヱの事を見る。

 

「あ、そうでござる、クロヱ殿」

 

「ん?なに、いろは」

 

 涙をナフキンで拭いていたクリヱは首を傾げる。

 

「この国、温泉と言うものがございましてね」

 

「え、温泉ってお風呂って事だよね?」

 

「そうでござるよ」

 

 頬を引き攣らせたクロヱは身を大きく引く。

 

「いや、私は入りたくないし、それに眠いし……」

 

「クーローヱーどーのー、自分、知ってるでござるよ、この国に来てからロクにお風呂に入らないでござるよね?」

 

 椅子から立ち上がったいろはは机を迂回してクロヱの帽子を掴む。

 

「さぁ、温泉に行くでござるよ!クロヱ殿の分の料金は私が支払うでござるから!」

 

「帽子を持ってきょーせーれんこーするなぁぁぁぁぁ!!」

 

 帽子を引っ張っる形でクロヱを連行し始める。

 

「おい、吾輩を置いて……」

 

 立ち上がり二人について行こうとしたラプラスは何かに気がついて振り返る。

 

「やぁ、ラプラス」

 

「やっほーラプラスちゃん」

 

 そこには猫又おかゆと戌神ころねが立っていたのだった。

 

ーーー   ーーー

 

 裸の付き合いとはよく言ったもので、お互いの裸でいる事で、お互い素の状態で、尚且つ武器を持てないが故に、腹を割って話せる状況になると。

 そう彼女は昼間の時間帯で自分達以外の人がいない温泉のお風呂に浸かりながらもそう思った。

 

「ほらー、さかまた殿、シャワーでござるよ!」

 

「や、やめろ!!」

 

 片やシャワーの区画でお風呂に入りたがらないクロヱを無理矢理温泉に連れてきてシャンプーでクロヱの頭を洗っているいろは。

 

「相変わらず、仲がいいね!」

 

「そうだな、こう見たら仲がいいな」

 

 片やその様子をお風呂の端に座って眺めている戌神ころねとダークラプラス。

 本来はそう簡単に交流することのない組み合わせを眺めながらも彼女ーー猫又おかゆは笑った。

 

「こんな事になるとはねー、ねぇ、とこちゃん」

 

「なんや、喧嘩でも売っておるんか?」

 

 おかゆの隣には少し不貞腐れている戌亥とこが温泉に浸かっていた。

 実は、戌亥はおかゆ達が温泉にいると、フレン伝いに教えてもらいここに来ていた。ただ、温泉と言う事もありフレンを外に置き、戌亥一人で突撃したものの呑気に温泉を浸かっているおかゆ達を見て、本来は犬猿の中と言われているが、こうやって仲良くお風呂に入って湯を堪能している。

 

「えへへー、別に喧嘩買ってもいいけど、ここ温泉だし喧嘩したら大目玉くらうよー?」

 

「そのぐらいわかっとる」

 

 不貞腐れた表情のまま戌亥は口元までお湯に浸かり戌亥はジト目でおかゆを見る。

 そんな彼女を見て喉で笑いながらもおかゆは目を細める。

 

「じゃ、ここは拳じゃなくて、腹を割って話そー」

 

「おこぶがぶーぶぁ、ぼべ」

 

 泡を出しながらも変な言葉を口にした戌亥に向かっておかゆは可笑しそうに笑い声を上げるのだった。

 

 視界が遮られるほどに湯煙が上った銭湯の中、顔までお湯に浸かっていた戌亥は体を起こして姿勢を戻す。

 

「で、腹を割って話すって何を話すんや?」

 

「別行動になってから何をしていたかな」

 

 彼女達はお互いの事を牽制し合う様にお互いのお腹を探る様にお互いの事を見る。

 

「……別行動になってからゆーのは?」

 

「だから、僕達と行動を別にしてから何をしていたのか、それについてかな」

 

 興味なさそうにとこはフンと鼻で笑ってそっぽを向く。

 

「なんでそれを教える必要があるんよ」

 

「いや、個人的な興味があってね、こうやってゆったりと話せる機会もそうそうないし、どうせ、外にはお仲間さんがいるんでしょ?」

 

 覗き込む様におかゆは戌亥の事を見る。

 現在外にはおかゆの言う通りフレン達が待機しておりもし何かが温泉内で起きた時に突撃できるように準備はしてもらっている。しかし、ここで何か起きるまでは手出しができない様になっている。

 

「そんな物はあらへんよ」

 

 ぶっきらぼうに戌亥は言葉を返す。

 

「ふーん、なら、別行動していた時の話を教えてくれない?」

 

「だから、どうしてそうなるんや」

 

 大きく溜息をついた戌亥は呆れたようにおかゆの事を見る。

 一方のおかゆはきょとんとした表情を浮かべて首を傾げる。おかゆが本当に言葉の意味を理解していないのか、それともわざと理解していないのかわからないものの、なんとも言えない顔になった戌亥は背後にあった排水溝に頭の後頭部を項垂れる。

 

「ほんまに若干天然が入っているのはおこゆやなぁ」

 

 木が基調となっている天井を見上げ軽く息を吐いた戌亥は、頭だけを動かしおかゆに視線を戻す。

 

「まぁ、もし、おこゆがここにきた理由、もちろん、ココの護衛以外の理由を教えてくれたら話してもええよ」

 

「んーそれは無理かな、その情報と引き換えに聞く様な内容じゃないしね」

 

「ま、そうなるやな」

 

 頭を起こし戌亥は肩をすくめ、目の端だけを使っておかゆの方に視線を向ける。

 

「じゃ、このままここを後にして静かに自らお縄になったら教えてもええよ」

 

「お縄って、やっぱり外にいるじゃん、とこのお仲間が」

 

 おかしそうに肩を揺すって笑ったおかゆは目を細め口の端を上げ戌亥の事を見つつしたり顔になる。

 

「でも、いいのそんな事言って、今、とこがいるのはある意味、敵陣の中央と言っても過言じゃないと思うけど?」

 

「それは、そうやな」

 

 少し身を起こし戌亥は周囲を見渡す。

 この場にはおかゆと戌亥を含めて七人いる。温泉に浸かっているおかゆと戌亥、温泉の端に座って談笑をしているころねとダークネス、未だに体を洗う場所で駄々をこねているクロヱとどうにかして洗おうとしているいろは。戌亥にとっては元仲間とは言え、現在周りにいる人物は全員敵対していると言っても過言ではない。

 しかし、そんな状況下の中でも彼女は余裕な笑みを浮かべる。

 

「けど、おこゆ達は今、SCPは装着しておらんよな?」

 

「まぁ、お風呂入っているしそれはね」

 

「なら、私の力は理解しておるよな?」

 

 犬歯を見せる様にして戌亥は笑顔を浮かべる。その笑みには本来の彼女の本性であろう狂気的な雰囲気を纏わりついていた。

 一瞬だけ、緊張がお互いの間に走りおかゆはいつになく真剣な表情を浮かべる。

 

「だからって、ここでどんぱちするのは駄目って言ってるじゃん」

 

「流石に全開で力は使はへんけど、ここだといつでもおこゆ達を倒せるのは頭に入れて貰えるかえ?」

 

 脅しにも似た戌亥の発言におかゆは顎に手を添えてほくそ笑む。

 

「ふーん、成る程、脅しか、なら、その言葉は忠告として受け取っておく、でも、ここから居なくなれば大丈夫だよね、まだ、君の友人を刺した明確な証拠はででいないから外に出ても問題はないよね?」

 

「それは、そうや」

 

 目を瞑り戌亥は首を縦に振り、片目だけ開けておかゆに瞳を向ける。

 

「だから、旧友からの忠告しとくけど、この国でこれ以上下手な事はしない事やな」

 

「大丈夫だよ、僕達、監視されるのとか慣れてるからね」

 

 ザバッとおかゆはお湯から立ち上がる。

 

「それじゃ、またね、とこ」

 

 彼女は歩いて、楽しそうにダークネスと話をしていたころねとholoxのメンバー(とメンバーの体を洗っていたせいでお風呂に入れず文句を垂れ流している一名)を連れて温泉を後にする。

 湯煙の先にある扉の奥に消えて行ってしまったおかゆ達を見届けた戌亥は、誰もいなくなった温泉の中で再び排水溝に後頭部を項垂れる。

 

「結局、収穫は無しやったか……」

 

 彼女が放った独り言は湯煙と共に浴場に霧散していくのだった。

 

4

 図書館から逃げ出した私は走って、走って、走って……以前、リゼと一緒歩いて人体錬成と人体蘇生の話をした八百屋の前まで来て膝に手を

 

「どうした、ねーちゃん元気ねーな」

 

 いつも果物や錬金術の素材を売ってくれる店主が心配そうに声をかけてくる。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、あ、あはは、どうも」

 

 息を整え終え体を起こした私に八百屋の店主が近づいてくる。

 

「どうもじゃないだろ、いつもの元気と皇女様はどこ行った」

 

「いや、ちょっと今、別れ……」

 

 言葉の途中で目の前に立っていた八百屋の店主が私が来た方の道を見る。

 

「おい、あれ、皇女様じゃないか?」

 

「え?」

 

 釣られてその方向を見る。

 図書館にも続く道の遠くの方から銀髪に水色のエクセルの少女ーーリゼがこちらに向かって勢いよく走ってきているのが視界に入る。

 

「アーンージューーー!!!」

 

「え、リ、リゼ!?」

 

 ーードンッ

 怒りに顔を染めたリゼが大声を上げながらもこちらに抱きつくようにして突撃してくる。

 

 抱きついて来たリゼの勢いに負けて押し倒されてしまう。背中に痛みが走る。ジーンとした痛み。本来だったら文句の一つでも言ってやりたい気分ではあった。でも、それ以上に気になる事ツッコミたい事が頭の中を駆け巡りそれどころではなかった。

 

「やっと、やっと、アンジュに追いついた」

 

 キュッと抱きついてくる力を強めリゼが胸に鼻の先を擦り付けてくる。

 ぐりぐりと少し硬い鼻先を

それとは別に服越しに感じるリゼの柔らかな膨らみ。ぐにゃりと形を変えているソレの感覚はまさしくマシュマロの様に柔らかい。本来だったら嬉しくて歓喜でもしたい話なのだが、頭の中は混乱していた。

 私は確かに図書館でリゼと別に行動したほうがいいと判断をしてゼバスチャンに羽交締めして貰った。そして、基本的にセバスチャンと言うよりかはリゼに伝言をしてきたリゼの母親である女王様の命には逆らう事は出来ない。だから、なんでリゼが今、ここにいるのか、それが今一理解できない。

 

「ま、待て待て待て、どうしてここにいるんだよっつーか、セバスチャンからどう逃れたんだよ!」

 

「セバスを脅したのよ!」

 

 リゼは涙を目の端に溜め半べそ状態の顔を上げる。

 

「ヘルエスタソードで、あそこで暴れて機密文書をギッタンギッタンにするって!」

 

「ギッタンギッタンって物騒だな、おい!」

 

「だってそうしないとアンジュに追いつけないんだもん」

 

 再び胸に顔を押し付けたリゼは鼻を啜りながらも目を閉じる。

 

「それに、そこまでしないとアンジュはまたどっか行っちゃうし……」

 

「なんで、そこまでして着いてくるんだよ」

 

「なんでって?」

 

 一度ギュッと抱きつく力を強くした後、リゼは背中に回していた腕を解き地面に手をつけて体を起こす。

 半べそをかいているもののリゼは真剣な瞳でこちらを見下ろしてくる。

 

「アンジュはさ、馬鹿なの、頭悪いの?」

 

「はぁ?何言ってんだ、リゼ、私は国家錬金術師なんだぞ、馬鹿なんて……」

 

「馬鹿じゃなければ、つい先日話したことすらも忘れる事はないよね!」

 

 絶叫して目を瞑ったリゼの瞳から涙が落ち胸の上に落ちる。

 リゼのその言葉は凄い耳に痛い言葉だった。本当につい先日、カナさんの一件があって、その時に嫌になる程リゼのお願いは耳にしている。でも、それでもやっぱり、リゼは巻き込みたくない。

 

「私、何度も言ったよね、もう無茶はしないでって」

 

 無言のままの私を他所にリゼは目を伏せながらも少しそっぽを向く。

 

「昨日だって、一人で勝手に傷つくしこっちの気も知らないでさ」

 

「だから、あれは不可抗力で……」

 

「それは、わかってる、でも、でも……」

 

 リゼはまるで駄々を捏ねる子供の様に首を横に振る。

 

「また、私の前から居なくなって、私の知らない所で傷つくのが本当に嫌なの」

 

「嫌だって言われてもな……」

 

 駄々を捏ねるリゼを見ながらも眉間に力が寄るのを感じる。

 嫌だと言われたところで困るんだよな。私だってきちんと考えがあって言っているんだよ。

 

「ねぇ、アンジュは私を悲しませたいの?私はもう、これ以上アンジュが傷つくのを見たくないからいってるの」

 

「リゼ、言いたいことはわかる、でも、リゼは皇女様だろ、公務とかどうするんだよ」

 

「そんな御託どうでもいい」

 

 下唇を噛んだリゼは眉間に皺を寄せて、ジッとこちらを見る。

 

「私は、どんな事があってもアンジュの隣で死にたい、一緒に思いを遂げたいの、これが、私の気持ちなの、これは!」

 

「でもな、何度も言ってるけど、リゼはこの国の皇女様だろ、命に関わるかも知れないことに首突っ込むのはヘルエスタ王国の今後にも響くかもしれないんだぞ!」

 

 何度目かのやり取りに確実にイラッときたのかリゼは頰引き攣らせる。

 

「それでもいいって何度言えばわかるの!」

 

「だから、ダメだって、お前が良くても、この国が駄目って言う事をするんじゃねぇ!」

 

 上半身を起こしリゼと額をつける。

 紫色に似た赤い瞳と視線が合う。

 強い意志を持ったリゼの瞳。

 いつもなら折れている場面ではあった。ただ私も折れるわけにはいかず睨み返すとリゼの瞳が少し揺らぎ、リゼは瞼を閉じる。

 

「そこまで言うならわかった、じゃ、もう私の前から二度と居なくならないって宣言してよ!今、ここで!」

 

 目を開けたリゼの迫真に満ちた声が大通りに響くのだった。

 

「ーーおほー?痴話喧嘩かえ?」

 

 不意にそんな声が聞こえた。凄い聞き覚えのある声。いや、普通にたやの声だった。聞こえるはずのない声に驚きつつも聞こえてきた声の方を見るとたやがっていた。

 押し倒されている私と押し倒しているリゼを交互に見たたやはニッコリと笑みを浮かべる。

 

「それと言うか、どしてイゼがンジュを押し倒しているんや?」

 

 その指摘にお互いの事を見つめ合い、周囲を見渡す。

 現在、私は大通りの道端でリゼに押し倒されている。側から見たら皇女様が錬金術師を押し倒していると言う滅多に見ない。滅多にない所か、そもそもの話宮殿外に出る事が少ない皇女様が白昼堂々と人にマウントをとって大声を上げること自体が異常であり、通行人からの視線が向けられていた。その中で説教をされていたという事もあり内心すっごい恥ずかしい気分に陥る。

 自分達が置かれている状況を把握してお互いに顔を真っ赤にしどちらともなく離れる。

 

「ご、ごごごめん、アンジュ」

 

「い、いや、大丈夫だ、リゼ」

 

 隣り合わせてリゼと正座をした私は自然と目の前に立ったたやの事を見る。

 

「つ、つか、な、なんでここにたやがいるんだよ!」

 

 たやは少し困った様に苦笑いを浮かべる。

 

「あはー、ちょっと情報収集していたんよ、それはそれとして、何を話していたん?」

 

 表情を一転させニンマリとした笑みを浮かべる。それはまるで何か恰好な獲物を見つけた時の様に嬉しそうな笑みだった。

 

「え、あ、い、いや、たやとは関係ない話だから気にするな」

 

「んーそうかえ、なんか、凄い恥ずかしい言葉聞こえた様な気がしたんやけどなぁ、なぁ、そこん所どうなんや、イゼ」

 

 ニヤニヤ笑みを浮かべつつたやはリゼに視線を向ける。たやに視線を向けられたリゼはどことなくいづらそうに視線を逸らす。

 

「おい、リゼを弄るのはやめてくれ、たや」

 

「おーおー、流石、イゼを守る騎士と言った所やね」

 

 たやはおかしそうに笑う。そんな彼女の肩に呆れた様な表情を浮かべたフレンが手を載せる。

 

「あの、そろそろ私の国の皇女様をからかうのは冗談もよしてください、戌亥先生」

 

「あ、フレン」

 

 リゼがフレンの方を見て声をかけると、彼女は頭を下げる。流石、騎士と言ったほうがいいのかピシッと90度とは言わないものの45度ぐらいに頭を下げる。

 

「リゼ様、ご機嫌よろしゅうございます、それと木偶の坊も」

 

 少しだけ顔を上げフレンはジロリとこちらを見る。

 木偶の坊。その言葉を聞いた瞬間、不意に今朝、私の家を訪れた桐生ココの顔が頭の中に浮かぶ。

 

「お前も私の事を木偶の坊っていうのかよ」

 

「お前もって他にも言われたのか?」

 

 顔を上げ首を傾げたフレンに頷き返す。

 

「あぁ、言われたよ、今日の朝、家に来た桐生に言われたんだよ」

 

「待て待て、桐生って、桐生ココ様の事なのか?」

 

「あぁ、そいつであってる」

 

 眉間に皺を寄せてフレンは顔を険しくする。

 

「おい、木偶の坊、リゼ様を危険な目に合わせてないよな!」

 

「木偶の坊って呼ぶのやめてくれっつーか、合わせる訳ねーだろ、昨日の一件を謝りに来たんだよ」

 

「謝り?」

 

 フレンが首を傾げ、私は再び首を今度は大きく縦に振る。

 

「あぁ、昨日の件に関わっていたって自白してなとは言っても、表側の関係を崩すつもりはないらしいから、ヘルエスタの経済に関しては心配する必要はないってよ」

 

「そうか、でも、もし、リゼ様の身に何かあったらどうするつもりだったんだ」

 

「知らねーよ、つか、その心配するなら、あんたらが常に監視しておけよ、あんたら見てないからリゼが逃げるんだろ!」

 

 思わずそう言い返すとフレンは首を横に振る。

 

「リゼ様は逃げてなんていない、きちんと許可を取って外に出て行ってます」

 

「なら、せめてボディーカードの一人ぐらい寄越せっつーの」

 

「う、そ、それは、善処する」

 

 頰を引き攣らせてフレンは視線を逸らす。

 

「リゼもさ、重ね重ね言うけど、私一人じゃ対応しきれない事なんで数多にあるって言ってる、だから、フレンとかを頼れ」

 

 リゼの方を見る。しかしながらリゼは口を尖らせる何処か不貞腐れている。

 

 相変わらず不貞腐れているリゼを見て私は思わず溜息が口から出ていた。

 

「あのなー、リゼ、そんな不貞腐れてもやってきた事とか、今後起こる事とか、もし、何かしらの戦闘に巻き込まれてしまったら元も子もないって事も理解できてない馬鹿じゃないだろ!」

 

「そーだけどさぁ……」

 

 相変わらず不貞腐れたままリゼは口を尖らせて黙りこくってしまう。

 口を尖らせて拗ねているリゼは可愛い。口を尖らせているリゼは皇女様と言う雰囲気が消失し子供っぽさがいつもより表に出ている。それこそ、初めて会った時の様な可愛げも少しばかりあり、ここにデビル◯ンを呼びたいぐらい。でも、話はそこじゃない。今の話の論点は、ともかくリゼを安全な場所に行ってもらってなるべく身を危険に晒して欲しくないって事だ。

 

「そーだけどじゃないって、今後、桐生がどういう手を打ってくるか、何をしてくるのかわからないんだしよ」

 

「なんや、それは一体どう言う事なんや?」

 

 それまで目の前で静かに話を聞いていたたやが会話に割って入ってくる。

 

「あーいや、今朝、桐生が謝りに来た時にカナさんに会いたいとか、力を欲しているってチラッて話をしてたんだよ」

 

「ふーん、カナ、力、欲しているか……」

 

 腕を組んだたやは眉間に皺を寄せて少し考える様な素振りを見せる。

 目を閉じて首を傾けたたやはんーっと悩む様な唸り声を上げる……が、然程しない内に何か思い当たる節があったのかハッとなって目を開く。

 

「あっ、成る程、SCPか、そっちが本命やっか」

 

「どういう事だ、たや?」

 

「そうやな、多分、今現在、ココが欲しがっているのはカナの吸血鬼としての力やな」

 

 そう言ってたやは首に手を回して以前見せてくれたSCPを手に取る。

 以前と変わらず濃いエメラルド色の宝石が中央に嵌められているどこにでもあるようなペンダンドではあるものの何処か不穏に輝いている。

 

「吸血鬼としての力?」

 

「せや、前にも言ったし、イゼもンジュもあの二人と戦ったからわかると思うんやけど、あのSCPと言うアクセサリーは宝石が本体なんや」

 

 ペンダントの中央に輝いている濃いエメラルド色の宝石に触れながらもたやは少し険しい表情を浮かべる。

 

「この宝石の中には魔法でも科学でも錬金術でも再現性のない能力が中に閉じ込めてある」

 

 たやの瞳に映ったソレは輝きを持っていない、ただのペンダントだった。しかしながら、そのペンダントの色はまるでガラスに映った様に白く不気味な程に濁っていた。TRPG風にいうのであれば、SAN値がゴリゴリ削られてしまいそうな、そんな気分に陥る。

 

「能力自体は強いんやけど使うには代償として膨大な魔力を必要として、故に膨大な力過ぎて普通人間には扱えない品物となっているん」

 

 たやがペンダントを少し力を強く握る。

 ペンダントの中央にあったエメラルド色の宝石が、昼間にも関わらず緑色に光出したのがわかる。そして、一際大きく光った途端、ブワッとたやの周りに青い薔薇が大量に出現する。

 

「こうやって使うにしても相当の魔力を消費しているんよ」

 

 周囲を歩いていた人達が驚きの声を上げている中、淡々とした様子で顔を上げてこちらを見る。

 

「加えて、その宝石は相手から力を奪う事によって能力を発揮するんや、やから、カナの能力を奪うという話ともなれば……」

 

 何か含みのある言葉をたやは口にする。

 今の言い方や話の内容的に、今回の桐生達の目的はカナさんの能力を奪う事で大方間違えではないと思う。それに今朝の桐生とリゼの会話的にもその方向で間違えはない。そうとなればカナさんと会って話を通す必要が出てくる。

 

「成程、そうなると本人にこの話を通さないといけないって事か……」

 

「ーーその必要はない」

 

 スタッと地面に降りる音が聞こえ、その言葉が耳に入ってくる。反射的にその方向を見ると日傘を手に持ったカナさんとシラユキさんが立っていたのだった。

 

 「よう、昨日の式典以来か?」

 

 黒い傘を片手にカナさんは親しげに手を上げて笑みを浮かべる。

 白いコートを着て、頭には白色のボーラーハットを被り片手には黒い鞄を持っている。その姿は中世のイギリス紳士っぽさはあるものの白色である点から医者と言う言葉が似合うような姿をしている。

 

「カナさん、その格好は?」

 

 思わず口から出た私の言葉に一瞬だけカナさんは瞬きをした後、視線を落とし今の格好を確認し楽しそうに鼻で笑う。

 

「あぁ、ちょっと診察しに街に出ていたからな」

 

「え、し、診察?」

 

 予想にもしない言葉に思わず聞き返すとカナさんは顔を上げて首を縦に振る。

 

「あぁ、今のヘルエスタの医療じゃ手が回らない人達への診察って感じだよっと言っても本当に軽い訪問診察みたいなもんをしてるんだ」

 

「ほへー、カナ、そんな知識があったん?」

 

 意外そうにたやが声を上げる。それと同時にたやが力を解除し青い薔薇が散りとなって消えて行った。

 カナさんは苦笑いを浮かべる。

 

「まぁ、それについてはほんの気まぐれだよ、最初の内は館の方で集めていた医学の本を読んで行くうちに人間の体の構造にハマっちまってな、だから、前からある程度の医学の知識は持ってはいたんだよ」

 

 そう言ってカナさんは罰が悪そうな表情を浮かべる。

 

「でも、過去の知識しか持ってなかったから昔の間違った知識とかを学び直す為に国立図書館で最新の医学を読み漁っていたら、王国公認の医師と意気投合してな、その意志に訪問診察してくれって頼まれて久々に表に出て軽く訪問診療をしてたんだ」

 

「昼間に診察して眠くないんですか?」

 

 リゼの質問にカナさんは喉を使っておかしそうに笑い、少し疲れたように肩を落とし首を横に振る。

 

「いや、そんな事はないさ、凄い眠いよ」

 

「そ、そうですよね、お疲れ様です」

 

 労いの言葉をリゼは口にする。

 カナさんは吸血鬼であり体の体質上の問題で昼間の活動はし難い。それを押し切ってまで診察をするのも凄いし、何より本来は家主に許可を得なければ家に入れないと言う体質も訪問診察と言う形であれば問題なくクリアできてしまう。

 姿勢を戻したカナさんはたやの隣に立っているフレンをサラッと流し見しながらも目を細める。

 

「で、今は診療帰りにリゼの母親に呼ばれてしまって帰っている所、なんか城下町で不穏な空気が流れてるから気をつけろよって事と、少し前から変な動きやアンジュが襲われて怪我をしたとかそう言う物騒な話が上がってたから少し調査してくれって頼まれてな」

 

 そう言ってカナさんは腕を組んで片目を瞑りたやに向かってウィンクをする。

 

「まぁ、大方それらについてはアンタらの方が理解してるだろ、違うか?」

 

「それは否定はしないんよ」

 

 睨み返したたやにカナさんは鼻で笑う。

 

「だから、空を飛んで探してたら、丁度、今戌亥が取り出していた薄汚い結晶みたいな見た目のペンダントで力使ってたから降りてきたって事だ」

 

 たやが未だに持っているペンダントをカナさんは見る。

 その発言にリゼが首を傾げる。

 

「あれ、ミス•カナ、そのペンダントについているのは綺麗な緑色の宝石ですよ?」

 

 驚いたようにカナさんはリゼと私の事を見た後、少し悩む素振りを見せる。そして、たやが握っている

 

頭を掻く。

 

「あーごめん、そうだな、緑色の宝石だったな」

 

 素直にカナさんが謝ってくる。でも、カナさんの一言に私は少し引っかかるような気分になる。

 さっき、私はたやの瞳を通して結晶に見えた。そして、カナさんも同じように見えている。どうして、あぁ見えたんだ……

 

「ん?深刻そうな顔してどかしたのか、ンジュ?」

 

「あーいえ、気にしないでくれ」

 

 こちらを見たたやに私は首を横に振る。特に興味がなさそうにたやが、ふーんとだけ返してくる。

 カナさんはたやが持っている宝石を再び見る。

 

「で、その宝石が本当に私の力を奪う程の危険な物なんだな?」

 

「あーそうやけど、これはもう力が入ってるから奪う事はできないんよ」

 

「それは知ってる、で、聞きたいのはそいう事じゃなくて、結局さ、その結晶はなんなんだ?」

 

 カナの質問にたやは口を閉じて黙ってしまう。それから、少し躊躇した様子を見せた後彼女は静かに諦めたように息を吐く。

 

「そうやな、東方にある殺生石と同じ系統の石やと思えばええよ」

 

 たやが放った言葉にカナさんの表情が固くなるのだった。

 

 黙り込んでしまったカナさんは暫くの間険しい表情を浮かべた後、呆れた様に溜息を吐く。

 

「はぁー面倒臭い物を使ってるな」

 

 肩を落とし面倒臭そうにカナさんは頭を掻く。

 今の話を聞いている限り私の知識的にも殺生石関連の石は確かに面倒臭いと言えるものかもしれない。

 

「あの、殺生石って何ですか?」

 

「ん?あぁ、リゼ知らんのか?」

 

 知ってると思っていたので意外だなと思いながらも聞き返すとリゼは首を縦に振る。

 

「ふーん、博識なリゼにしては珍しいな」

 

「しょうがないじゃん、まだ習ってない事もあるし、分からないものはわからないんだからさ」

 

 意地らしく口先を尖らせながらもリゼは少し頬を膨らませる。拗ねている様にも見えるリゼのその表情はそれはそれで可愛らしいものだった。

 

「あーね、で、殺生石っつーのはな、あの妖怪の九尾ってのを封じている石の事を指しているんだ、まぁ、その系統と派生はそれなりに数があるから、多分、たやが持ってるそれはその数ある内の一つだと思うんよな」

 

 以前、あのネクロマンサーと研究をしていた時、殺生石の話をした事がある。

 遠い昔に東方の国の政権を握ろうとした九尾と言う怪物と同じ部類に入る妖怪が、陰陽師という魔法使いみたいな存在に姿を見破られて追い詰められ、最終的に九尾を封印したのが殺生石である。

 ただ、その殺生石に関する話であのネクロマンサーとは縁は切った。だが、その時に得た知識と経験からすると相手の能力を奪う力を持っている結晶は一つしかない。

 

「なんで、アンジュはそんなこと知ってるの?」

 

「えーあーまぁ、前言ってた少しだけ研究を一緒にやってたネクロマンサーと、その殺生石とか、そこら辺の話もしてたんだよ」

 

「でも、言われるまで気づいてなかったよね?」

 

 リゼに痛いところを突かれる。

 確かに言われるまで気づかなかった。たやの瞳に映ったアレを見ても私は少しピンッとは来なかった。でも決して、忘れていたわけじゃないよ、本当に。ただ、ペンダントに偽装されていて分からなかったんだ。

 

「そりゃ、そのペンダントの宝石に偽装されてんだからぱっと見じゃ、わからないんだよ」

 

「そうやな、これ、一応、バレへんように認識シェルターを引いておるからね」

 

 うんうんとたやが首を縦に振る。

 認識シェルター。相手とこちらで見れるものを変えるためによく使う魔法の総称でもある。相手とこちらの認識を魔力を使って変えるという物。その種類はまちまちで鏡の反射とかでは適応されない場合もある。

 

「……因みにさ、そのシェルターって反射して見る時は適応されないのか?」

 

「んいや、本来は反射しても見る事はできないんよ、あとは、本当に……」

 

 そこで何かに気がついたのかたやは私の事をマジマジと見る。足先から頭の上に掛けて体の全体をなめられる様に見たあと彼女の瞳孔が開き目が細くなる。

 

「……もし、反射でも見えるんやったら人の道を外した者ぐらいやろうな」

 

 たやのその言葉を聞いて私の中で何かが崩壊する音が聞こえる。

 不安定な足場の上に立たされていてそれが崩れて落ちそうな嫌な感覚。自然と体から血の気が引き自分が自分でなくなっていく様な、全てが意味もなく無になって消えていく。私が私じゃなくなる様なそんな嫌な予感。嫌な予感とそれに通じてしまう事象があって、リゼとの約束を果たせないかも知れないと言う現実が目の前に提示されてしまったのかもしれない。嫌だ、そんな事はない。ない。ない。ない……のか……

 

「ーーンジュ、ンジュ!どうかしたのかえ!」

 

 体を揺さぶられ大声をかけられる。

 目の前でたやが私の事を揺さぶっている。それを認識し一気に現実に戻される。

 

「あ、あぁ、す、すまん、気にするな」

 

「大丈夫かえ、ンジュ、凄い怖い顔している様にも見えたんやけど?」

 

 どんな顔をしているか多分、自分でもわかる。頬を引き攣って凄い恐怖に慄いているんだと思う。

 

「だ、大丈夫だ、そ、それで、その石は結局"神殺しの石"って事でいいんだよな?」

 

「せや、その通りや」

 

 どこか腑に落ちない顔でリゼが首を傾げる。

 

「神殺し?神殺しって結構、大層な名前だね」

 

「あ、いや、大層じゃないぞ、リゼ、考えてみろ、この石の性質をさ」

 

「んー確か、相手の能力を奪えるだよね」

 

 リゼの言葉に頷き返す。

 たやが使ったペンダントの結晶は、封能魔の結晶と呼ばれ、別名"神殺しの石"とも呼ばれている。その名の理由としては、一つの石付き一つ能力を封じ込める事ができて、そこには上限はないからと言われている。

 

「そうだ、一つの石につき一つしか奪えないけど、その能力に上限はない、言ってしまえば神様の能力でも奪える石とも言われてるんだ」

 

「へぇーそうなんだ」

 

 何処と無く理解したような理解してないような顔でリゼが首を縦に振る。その一方でたやは楽しそうに喉を鳴らす。

 

「なんや、そこら辺についても結構詳しいんやな、ンジュ」

 

「まぁな、でも、言われるまで本当に気づかなかったけど」

 

 呆れた様にたやが肩をすくめる。

 

「それはまぁ、あの会社の技術力が凄いだけの話やろ」

 

「……なぁ、アンジュ」

 

 それまで静かにしていたカナさんに声をかけられ彼女の方を見る。

 

「ん?なんですか、カナさん?」

 

 言葉を選ぶかのように眉間に皺を寄せて悩み声を出したあと、カナさんは首を横に振る。

 

「いや、すまん、ここで話す事じゃないし、今夜、うちにきてくれないか、戌亥を含めて話したい事がある」

 

「あ、はぁ、わかりました」

 

 唐突のカナさんからのお誘いに私は首を縦に振るのだった。

 

5

 カナさんに誘われたと言うのと、その場で話し続けるのも周りの目が気になると言う話となり一旦その場での会話を切り上げ解散する運びになった。それから、一旦、夜になるまで各々のリゼの案内を元にカナさんの屋敷まで来ていた。ただ、夜という事もありリゼをそのまま返すわけもいかず、そのままカナさん達と招かれた応接室でたわいもない話をしているうちにリゼは私にもたれかかって熟睡をしてしまった。

 

「すぅ……すぅ……」

 

 私の腕に寄りかかって安堵したように寝ているリゼを片目に目の前の二人掛けソファーに座っているたやとカナさんの方を見る。

 

「なんか、用事があって呼んでもらったのにうちのリゼがお騒がせしてすみません」

 

「いや、私は別に構わん、リゼと話すのは楽しいからな」

 

 そう言って足を組んでいたカナさんは口にしていたコーヒーの入ったアンティーク調のカップを机の上にあったお皿の上に置く。

 今のカナさんの格好は昼間とは違い黒いベストに白いレトリと黒の長ズボンを着たいかにも屋敷の家主と言っても過言ではない格好をしている。

 

「それにアンジュはここに来るまでにリゼの力を借りなければ入れないだろ?」

 

「まぁ、そうですけど」

 

 封印さえしてなければ私でもここに来れるちゃ来れるけど、まぁ、それはそれで置いておくとして本題に入らないと。何せ、カナさんが私やたやを屋敷来てくれと言われた時、カナさんは明らかに私個人に何か用事があるような口振りをしていたからな。

 

「それで、結局、私を何の為に屋敷に呼んで何のようですか、カナさん」

 

「あぁ、そうだな」

 

 ソファーに深く座り込んだカナさんの表情が少し険しくなる。

 

「まどろっこしい事は省いて話す、アンジュ、最近体が変だって感じていたりしていないか?」

 

「え、それは……」

 

「例えば、異常に体の回復力が速くなっているとか、昼間に外に出難くなっているとか、そう言うものだ」

 

 昼間に外に出れないのは実験とか研究とかをしていると自ずと外に出る事は少なくなるから太陽への対抗力が少し落ちているかもしれないからなんとも言えない。けど、もう一つのことに関しては心当たりがあり過ぎる。

 私が言葉を詰まらしていると、カナさんが自分を馬鹿にするような嘲笑する。

 

「図星か?」

 

「はい、片方は心当たりがありすぎです」

 

 図星も図星。ここ最近、大怪我を二回した。一回目は戦争の時に受けた矢。あれは、カナさんに噛んでもらって治してもらった。その時にはカナさんに応急処置的な意味合いで直してもらったからすぐに完治しても問題はなかった。でも、問題は次の大怪我に関しては、突然あの二人に襲われてお腹を刺されて病院に運ばれた時もほぼ完璧に1日もしない内に治ってしまっている。一応、身体的面では魔法ですぐに治す事ができる。でも、いくら魔法で肉体的な治癒するのが早くても壊れた魔法回路を直ぐには直せない。修復できても二、三日はかかる。けど、治ってしまった。それは即ち、人智を超えた回復力を持ってしまっている。

 

「やった本人である私が言うのもなんだが、こちらが言わんとしている事は理解しているか?」

 

 なんとなくカナさんが言いたい事はわかる。カナさんが噛んだ時から私の体がおかしくなっている。そして、魔法を使う事もできる。そこから導き出される答えは一つしかない。

 

「……吸血鬼化現象で、あっていますよね?」

 

「あぁ、合ってる」

 

 ゆっくりとカナさんが首を縦に振る。

 吸血鬼化現象。吸血鬼に噛まれた人がごく稀に起こす症状の名前である。文字通り、吸血鬼に噛まれた時に稀に生じる現象で、吸血鬼の血で得た力に適合してその力を得てしまう現象の事。そして、その現象が起こった体はいつしか吸血鬼となってしまう運命にある。

 

「そうか、昼間から嫌な予感はしていました、あんな早く治る訳はないって、わかっていたのに、うちは、もう、人間を辞めてしまったのかもしれないって」

 

 眉間に皺を寄せたカナさんが深刻そうな表情を浮かべる。

 

「その原因を作ったのは紛れもなく私だ、責めるならあの時にアンジュの事を噛んでしまった私を責めてくれ」

 

「いえ、カナさんが気を負う必要はありません」

 

 首を横に振り、寝息を立てながらも健やかに寝ているリゼの事を見る。

 

「でも、リゼとの約束、果たせなくなっちまったかもな」

 

 リゼの隣で天寿を全うするって約束した筈なのに。それすらも守れない。私は本当に最低な大人かもしれない。だからか、本来だったら不老不死になった時点で嬉しいはずなのに全然嬉しくならない。それ以上に悔しい。リゼとの約束が守れない。ただ、それだけが、悔しい。悔しい。悔しいんだ。

 

「なんで……なんで、こんな事になってんだよ……」

 

 自然と頰に熱い何かが流れていくのを感じる。

 

「……バン」

 

 おもむろにたやが使役している犬のバンの名前を呼ぶ。彼女の隣に魔法陣が展開されたやそっくりの見た目の人物が召喚される。

 

「ほい、何の用かえ?」

 

「イゼを寝室に連れて行ってもらえないかえ?」

 

 頷いたもう一人のたやは私の隣に来てリゼを起こさないようにお姫様抱っこさせて応接室から出ていってしまう。

 半呆然とその光景を見ていた私に向かってたや(本人)がパチっとウィンクをする。

 

「バンとケンのもう一つの形態なんよ」

 

「そうなんだ」

 

 頷いたたやは肩をすくめる。

 

「まぁ、あの姿を維持するには魔力を大量に使うからあまり戦闘には向かないって言うのが悲しいんやけどね」

 

「そうか、その、ありがとうな、たや」

 

「いんや、気にする事はあらへんよ、ンジュ」

 

 首を横に振ったたやはただ優しい笑みを浮かべるのだった。

 

ーーー  ーーー

 

応接室を出た人型のバンは、赤いカーペットが敷かれた洋風の廊下を歩いていた。

 天井から釣られている天秤に乗せられた蝋燭から放たれた温かいオレンジ色の光がバンと、彼女の腕の中でお姫様抱っこされているリゼを照らす。

 

「……ねぇ、バンちゃん」

 

「ん?なんや、イゼちゃん、起きてたんか」

 

 バンがリゼの顔を覗き込むとリゼは閉じていた瞳を開ける。瞼の奥に隠されていた彼女の紫色の瞳は憂を帯びている。

 

「うん、流石にあんな話されたら起きちゃうよ」

 

「そうかえ、いつから聞いてたんか?」

 

 バンの質問にリゼは少し目を見開き躊躇するような素振りを見せる。

 

「……その、ずっと、アンジュがどうしてまた呼ばれたのか聞いた時からずっと聞いてた、でも、起きれなかった」

 

「そうかえ、それで聞いてどうやった」

 

 ブルッとリゼの体が震え、彼女は顔を伏せる。

 

「……怖かった」

 

 リゼはバンが着ている和服の裾をキュッと握る。その手は微かに揺れ震えていた。

 

「このままアンジュが、アンジュだけが、私の手の届かないところに行ってしまいそうで怖かった、怖かったの」

 

 独白するようにリゼは言葉を紡いでいく。

 彼女にとってアンジュは、自分より大人で少しだらしない、でも、どこか頼りになる心の許せる人物だった。本当にいつから好きになったのかはわからないけど、ほぼ毎日のようにアンジュの所に通うぐらいに心を許していた。それこそ、少し前までだったらアンジュの考えていることやしたい事わかっていた。今はそれすらもわからない。ただ、わかるのはアンジュは自分からまた離れつつあるということだけだった。

 顔を上げたリゼは切羽詰まった表情を浮かべる。

 

「どうすればいいの、私は、どうやったらアンジュにもっと、一緒に、いられるの、どうしたらいいの、私は何をすればいいの、私に出来る事って何かあるの、私はっ」

 

 バンがリゼの頭をポンッと軽く叩く。

 

「それをウチは答える事はできへん、答えられるのは一人だけや、けど、それはウチや妹、姉様じゃない」

 

 バンはリゼの事を見てパチっとウィンクする。

 

「賢明なイゼちゃんなら誰かはわかるよね?」

 

 無言のままリゼは頷き返す。

 上機嫌に鼻だけを鳴らしバンはリゼを連れて寝室に入室するのだった。

 

ーーー   ーーー

 

 リゼとバンを見送り話が一段落した所で私は目の端から流れていた涙を服の裾で拭っていた。

 

「情けないなぁ、本当」

 

「情けないとは思えへんよ、いきなり不老不死になったって言われたら混乱するしな」

 

「不老不死は今はどうでもいいんだよ」

 

 私にとって不老不死になるかもしれない問題は二の次。今はそれよりもリゼとの約束が守れない事が重要で、どうやってリゼに説明するか、それが今一番重要な事である。もし本当にこのまま不老不死になってしまう事を言ってリゼは納得してくれるのだろうか。もし、それで納得してもらったとしても、リゼは……

 

「おりょ?」

 

 たやの変な声が聞こえ顔を上げ彼女の事を見る。

 たやは、うんうんうんと何かを聞いているかのように首を縦に振り手を顎に添える。真剣そうな表情を浮かべたかと思うと、そっぽを向いていて、いきなり、呆れた表情を浮かべ頭を抱えてソファーに蹲ってしまう。

 

「え、えーっと、どうした、たyーー」

 

「あーもー!なんや!どうしてンジュとイゼはそんなに不器用なんや!!」

 

 たやに声をかけた瞬間、大声を上げながらも彼女は立ち上がる。

 

「お、おぉ、ほ、本当に、急に、どうした!?」

 

「やっぱ、気を利かせてイゼを離さなかった方がよかったかもしれへん!!」

 

 絶叫迫る声量でたやはそう言うとドカッとソファーに座り直す。

 ソファーに座り直した彼女は呆れたように

 

「な、なんでそんな事言うんだよ、大人として泣き顔を見られたくなかったんだよ」

 

「それでええんやんか!」

 

 前のめりになったたやがコーヒーが入っているカップが置かれている机を思いっきり平手打ちで叩く。

 

「見られた所で、どうせヘタレなんやからンジュの印象は変わらへんよ!!」

 

「ぬぐ、否定ができないのが、悔しいなクソ!」

 

 思わず言い返して頭を抱えると、ククク、アハハハとカナさんが高笑い始める。

 お腹を抑え心の底から楽しそうに笑っている様子は、出会ってから一度も見た事のない事でもあり少し呆然とする。

 

「あーあ、たく、お前ら、さっきまでのシリアスな展開どこ行った」

 

 カナさんは片足をソファーに乗せてその上に腕を乗せる。

 こちらを見たカナさんは微笑を浮かべる。ただ、その微笑にはどこか哀愁が漂っていた。

 

「戌亥に何があったかは私にはわからない、でも、不老不死になってもただ虚しいだけなんだ」

 

 カナさんの寂しげな雰囲気を纏った言葉が部屋に響くのだった。

 

 虚しく響いた言葉が応接室の中に霧散していく最中、カナさんは顔を少し上げ天井に吊り下げれているシャンデリアを見上げる。

 

「ずっと一人で生きて行くのは虚しいって」

 

 カナさんはシャンデリアに向かって手を伸ばす。

 

「人間は簡単に死ぬし、私を覚えてくれてる人は少なくなっていくし、私の存在は伝説となっていくし、自分がどんどんと周りから孤立していって寂しくなって」

 

 伸ばしていた手をカナさんは下ろして自身の首に添える。

 

「それがゆっくりと首を絞めて来るんだよ」

 

 不老不死の特性上、自分は死ぬ事はできない。でも、周りの人々は普通に死んでいってしまう。それは即ち、自分一人だけが孤独に生きといくと言う事でもある。そして、人を殺すのは孤独。どんなに生きていようが、不老不死になろうが、孤独が一番の毒。昔であればその毒も特に気にする事はなかった。きっと、研究に時間が割けるって喜んで不老不死になっていた。でも、今は違う。リゼと言う大切な存在がいて、いつかリゼはその命を散らしてしまう。そうなった時、私は一人で生きていく羽目になる。そんなのは嫌だ。リゼと離れ離れになって孤独になりたくない。だから、私は不老不死になりたくない。

 

「ま、私の場合は巴さんと出会えたからそれ以上の孤独は感じなかったけどな、巴さん」

 

 体を少し拗らせたカナさんは、応接室の中にあった食器が入っている棚の横に立っているシラユキさんを見る。

 

「えぇ、そうね」

 

 前に出たシラユキさんは少し不服そうに眉を顰める。

 

「でも、健屋さん、そろそろカプッてしてよ」

 

「それはまた後でな」

 

 プクッと頬を膨らませたシラユキさんは、唐突にカナさんの首に手を回しカナさんの脳天に顎を乗せる。

 

「いつでぇもぉ、噛んでやるって言ってる割に噛んでくれないって酷くない、健屋さん」

 

「しょうがないだろ、客人の前じゃ、あの行為見せたくないしさ」

 

 手を上げてシラユキさんのほっぺたをカナさんはムニムニつねる。つねられている本人であるシラユキさんは何処か嬉しそうにその状態を受け入れている。

 仲睦まじい二人という光景ではあるものの一つ気になる事があった。

 

「そう言えば、どうしてカナさんとシラユキさんはお互いの事さん付けて呼び合うんですか?」

 

「ん?あぁ、そうだな、私が巴さんと出会った時になぁむぐっ!?」

 

 嬉しそうに話し始めたカナさんの口をシラユキさんが手で塞ぐ。

 

「それは秘密でしょ、健屋さん」

 

 ムッとなった表情を浮かべたシラユキさんはカナさんの口から手を離す。

 

「あはははは、そうだった、ごめんごめん」

 

 何処かよそよそしくなったカナさんは周囲を見渡し慌てた様にこっちを見る。

 

「ま、まぁ、さっきは脅す様なこと言った矢先アレなんだが、アンジュはあくまで初期段階だから下手な事しなければ本当に不老不死になる訳じゃないからな」

 

 一瞬頭が真っ白になる。いや、多分、さっきまでの話とは真反対の事を言われて思考が少し止まったと思うんだけど、え、初期段階?

 

「え、は、え、そ、そうですか?」

 

「あぁ、回復力が上がっているとは言え少し定着しているだけで、特に魔法や吸血鬼としての力を使わなければ、そのうち浄化されて消えていくから心配するなって」

 

「そ、そうですか」

 

 頭の中に入って来る言葉を少し拒絶しそうになりながらも頷き返す。

 

「ありゃ、意外と深刻じゃなかったかえ」

 

 少し目を見開いたたやにカナさんは肩をすくめる。

 

「そうだな、不老不死に完全になった時の魔法回路を見慣れてないと勘違いするからさっきの様な反応になるのは仕方ないさ」

 

「えっと、じゃ、もしかして不老不死にるか持って深刻に考える必要は……」

 

「あぁ、無かったって訳だ」

 

 あっさりとカナさんが答えて来る。

 頭の中にさっき、考えていた事や真面目にリゼにどう説明しようか悩んでいた事。その全てが蘇り、体の奥底から熱い血液が昇って来るのを感じる。

 

「あーもう、真剣に考えた事が恥ずかしいな、クソ」

 

「にゃはは、ええもん見させてもらえたわ」

 

 たやがおかしそうに笑う。

 羞恥心からその場を後にしたい気持ちが膨れ上がって来る。

 

「くそ、ちょっと席外していいか」

 

「ほいほい、行ってきぃ」

 

 ソファーから立ち上がりたやに見送られる形で応接室を後にする事にするのだった。

 

ーーー   ーーー

 

 羞恥心から熱くなった体を覚ます為に廊下を歩いていていたアンジュは扉から出て来るバンと遭遇していた。

 

「あ、バン」

 

「おりょ、ンジュちゃんか、イゼちゃんは寝たんよ」

 

 閉めた扉をバンは少し開け近寄って中を見る。

 部屋の中は洋風の装飾がされている部屋で、消灯されており窓からは月光が差し込んでいる。部屋の中央には豪華なベッドがあり、その上で健やかに寝ているリゼがいる。リゼの胸は上下に動いており特に異常がある様にも見えない。

 

「そうか、なんか、ありがとうな」

 

「んいや、うちはなにもしてせえへん」

 

 首を横に振ったバンは肩をすくめる。

 

「ほな、そろそろ魔力消費控えたいから消えていいかえ?」

 

「あぁ、いいよ」

 

 合いの手を打つ様にアンジュが返す。

 一瞬、悩む様な素振りを見せたバンは首を横に振り彼女の事を見る。

 

「ほな、リゼちゃんの事をあとよろしくな」

 

「あぁ、勿論だ」

 

 ポンッと煙が立ってバンが消える。

 

「……リゼ」

 

 一人になった彼女はそう呟きリゼのいる部屋の扉を開けて中に入室するのだった。

 

 豪華なベットに横たわっているリゼは白雪姫の様に今すぐ壊れそうな骨董品の陶器の様に綺麗な肌を月光に照らされながらも寝ている。いや、一見は寝ているようにも見える。普通、人が寝る場合、基本最初は仰向けで寝る事は少ない。一応寝る人は居ると思うから完全に否定はしないけど、それでもいきなり仰向けで寝れる人は疲れ切っていない限りそこまで居ない。そして、リゼも最終的に仰向けになる事はあるが、基本的に私と見合って寝るのが一番寝やすい格好と前に言っていた。だから、仰向けで寝る事はまずないはず。

 

「……リゼ、起きてるだろ」

 

 半分鎌をかける様に言うと、パチリとリゼの瞼が開いて視線を向けてくる。

 

「どうして、わかったの」

 

「なんとなくだ」

 

 なんとなくと言うのは嘘にはなる。でも、経験則上やリゼが寝る時の癖とかを知っていたからわかった。ただそれだけなんだけどな。

 

「ねぇ、アンジュは本当に私を置いていっちゃうの」

 

「話、聞いてたのか?」

 

 そっぽを向いていたリゼは首を縦に振る。

 

「そうか」

 

 横になっているリゼの枕元あたりに腰を下ろす。

 

「まぁ、心配するな、カナさんによるとまだ初期段階だからあまり魔法とか使わなければ特に問題なってさ」

 

 そっぽを状態から体を横にしたリゼは悲しそうな嬉しそうな中途半端な弱々しい笑みを浮かべる。

 

「そう、安心した」

 

 リゼに負担を掛けていると直感的にわかり少し胸が痛くなってくる。

 

「その、ごめんな、変に心配かける様なことばかりして」

 

「本当よ、もう」

 

 クスリと笑ったリゼがどこか愛おしそうに手を伸ばしてくる。

 

「ねぇ、アンジュ、手、握って」

 

 言われるがままリゼの手を握る。

 人肌より少し冷たいリゼの体温が手を通じて感じる。ふと、リゼの体温の低さに驚いているとリゼと視線が合う。

 月の明かりに照らされ瞳は妖艶に輝き、その瞳に吸い込まれそうになる。しかし、その瞳には妖艶な輝きに混ざらない憂が浮かんでいる。それを視認した途端、ゾクッと背筋が何かになぞられるかの様な気分に陥る。

 

「アンジュの手、暖かい……」

 

 フニャと表情を崩し安心したのかリゼは目を閉じる。そして、程なくして本当に寝に落ちてしまう。

 

「……おやすみ、リゼ」

 

 今度こそ眠りについたリゼを見て彼女(アンジュ)は少し悲しげに笑みを浮かべるのだった。

 

6

 ヘルエスタ王国は石の外壁によって守られている。しかしながら、吸血鬼の館はヘルエスタ王国の外壁外の近くにある森の中に存在している。そして、彼女達はその外壁の上からその森を眺めていた。

 

「見つけた」

 

「ようやくだね、おかゆ」

 

 城壁の上に片足を乗せた猫又おかゆとそのおかゆの腕に抱きついている戌神ころねがいる。彼女達の他には、ダークラプラス、風真いろは、沙花叉クロヱが各々好きな所に立ち無言で森を見下ろしている。当然の如く桐生ココがおり彼女も同様におかゆの隣に立って森を眺めている。

 そもそもの話、なぜ、彼女達がここにいるのかと言う話をすると、彼女達が現在監視対象としているリゼ、アンジュ、とこの三名が通常とは違う行動をし始めたのに気が付いてバレずについて来た結果、ここに辿り着き彼女達が求めていた答えにも辿り着いた所である。

 ココが着ているスーツの胸ポケットが震える。一瞬、驚いた表情を見せた彼女は、胸ポケットからスマホを取り出し、画面を見て目を細めつつも耳に添える。

 

「おう、サロ、なんだ」

 

『そろそろ今回の回収遠征は終わったのかしら?』

 

 電話に出た途端そう言われてココは苦笑いを浮かべる。

 

「すまん、難航してる、回収に障害がでちまって」

 

『全く早くしてくださいまし、時間が結構差し迫っておりますので』

 

「あぁ、なるべく早くする」

 

 電話越しに電話の相手が溜息をつく声が聞こえてくる。

 

『そろそろ星街様がライブを再開致しますので、それまでに回収をお願い致しますね』

 

「あー了解って、すいせいか、たまにはあの顔見にいくか」

 

 すいせいと言う言葉に反応してか、彼女の隣にいたおかゆが少し目を見張る。

 

「お、すいせいちゃんかぁ、楽しくやってるかな」

 

「懐かしいね、その名前」

 

 おかゆに同調する様にころねがその言葉を口にするとココは頷く。

 

「あぁ、確かに懐かしいな」

 

『なんですの、星街様とお知り合いですの?』

 

「すいせいのご先祖様に、ちと変な病気を患っていた奴がいてな、その時に知り合って以来、その一族とは縁があるんだ」

 

 懐かしそうにココは星空が満点に広がっている夜空を見上げる。

 

「まぁ、形見のペンダントをずっと返して欲しいと言われてんだが、持ってる奴が持ってる奴だから返せないって少し口論になってんだよな」

 

『それは大変なことですわね』

 

「大変だよ、それにさ、相手は硬もんでよ、返してくれって言っても中々返してくれねぇんだよ」

 

 自分を馬鹿にする様にココは嘲笑する。

 その硬もんはココにとって厄介な相手でもあり一番相手にしたくない相手でもある。そして、その状態に陥らせたのは紛れもなく彼女自身なのである。

 

『なら、こちらで接待して返してもらうように説得して差し上げましょうか?』

 

「そうしてもらえると嬉しい」

 

『わかりましたわ、その分の渡航費準備いたしますわね』

 

 ココは眉間を顰め少し悩む様な素振りを見せる。

 

「すまねぇ、サロ、後四人分の渡航費出してくれると嬉しいんだが……」

 

『五人分ぐらい出すのは構いませんわ』

 

「いや、その中に国賓級の奴が混ざっているから最高級の移動手段が欲しいんだが」

 

『はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?』

 

 スマホ越しでもわかるレベルの絶叫が聞こえてくる。

 

『なんですの、国賓級て』

 

「あの、一国の皇女様だ」

 

『頭がおかしいですの、そんなお方でしたら国家予算でどうにかなりますわよね!』

 

「そこをさ、なんとか頼めないか」

 

 先程より確実に深くデカい溜息が聞こえてくる。

 

『……わかりました、わかりましたわ、私しサロメ、不可能は無いと思っていただきたいですわ』

 

「ありがとうな、あ、それと四天王が商品の交渉にくるぐらい手こずってるようだったから手助けして貰えると嬉しいかな」

 

『わかりましたわ、そっちはそっちで軽く援護しに行きますわ、それではですわ』

 

 電話がプツと切れココはスマホをしまう。

 不意に風が吹き彼女達の髪を攫う。オレンジ、紫、茶、薄い紫、銀、金、それぞれの髪が揺れる。その様相はさながら強者と言っても過言ではなかった。

 

『ーーそろそろ、次の方針を決めてくれないかな』

 

 近くにあった階段の影からサメのパーカーを着たグラが現れる。

 

「お、サメ公やっときたな」

 

『やっとって、集合場所が分かりにくい』

 

「えーわかりやすいと思ったんだけどなぁ、城壁の上って言えば」

 

 ココの隣に立ったグラは彼女らと同じくアンジュ達のいる屋敷が隠されている森を見下ろす。

 

『それで、あそこの攻めるの、攻めないの、どっち』

 

「てめーの組織的にはどっちを選ぶ」

 

 グラは一瞬だけココの事をジロッと見た後、少し考える様に顎に手を添える。

 

『んー今このタイミングで攻めるのは良くない』

 

「理由は?」

 

『夜、吸血鬼が一番活動する時間だから』

 

 その意見を聞いてココはニヤリと深い笑みを浮かべる。

 

「同じ意見だな、じゃ、ヅラかるぞ」

 

「はぁーい」

 

 ココの一声でその場にいた彼女達はぞろぞろとその場を後にするのだった。

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