ヘルエスタ王国の吸血鬼〜二人の使者編〜   作:ノッキー

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第三章:衝突

1

 朝シャワーは都市伝説だと思っていた。早く寝て朝早くに起きて、少しベタついている体が洗われて綺麗になる感覚は新鮮で、それでいて気持ちのいいものだった。

 

「はぁーこんなにも朝シャワーが気持ちがいいとはなぁ」

 

 朝日が差し込んでいる廊下を歩きながら思わずそう言葉を口にしてしまう。

 まさか、そんな事を自分がする事になるとは思っていなかった。そもそもの話、何で朝シャワーを浴びる事になったかと言うと、昨晩、リゼに手を握られたのはよかったものの思いの外強く握ぎられてしまい部屋から離れなくなってしまった。だから、離れるのを辞めて結局、そのまま一緒に寝てしまった。そのお陰で寝起きはよかったのかリゼより早く起きる事が出来て、館にあるシャワーを借りる運になった。

 隣を歩いていたシラユキさんが呆れたように溜息吐く。

 

「本当にどんな生活をしていたらそんな台詞が出るのかしら」

 

「あーいつも夜遅くまで起きて、三徹しながらも生きていますよ」

 

 錬金術の研究やら彼氏を作る為の魔法陣やその過程で出来た術の試行やらなにやらで研究漬けになっている以上、"寝る"と言う選択肢はない。むしろ、寝るという事は時間の無駄と考えてしまい、リゼが家に泊まる時以外ほぼ研究に打ち込んで、普通に二徹、三徹している。

 

「全く、そんな生活していてよく生きていれるわね、吸血鬼でもないのに」

 

「リゼにもよく言われています」

 

 三徹した日には激怒したリゼが家に殴り込んできて強制的に研究を中断させられて、無理やりお風呂に放り出されるなんて事もしょっちゅうある。むしろ、リゼが来てくれるから研究の手を止められていると勝手に思っている節もある。

 シラユキさんはジト目でこちらを見る。

 

「その生活を治す気はないの?」

 

「ないですね、私は彼氏を作るまで死ねませんから」

 

 そう、錬金術師になった大元の理由はそれ。なんだかんだ、リゼに振り回されて忘れる事が多いけど、根本的な願いは変わっていない。ただーー

 

「その割にはその気はなさそうに見えるけど?」

 

 ーーここ最近はリゼと一緒にいる事で、その願望も揺らぎかけているのも事実だったりはする。まぁ、あくまで今はの話、このままリゼと一緒に死ぬまで過ごすのもいいし、彼氏を本当に作ってもいい。でも、少なからず約束は守る気ではいる。

 

「痛い所突きますけど、そんな事はありませんって」

 

 ふんわりと否定するとシラユキさんは意外とでも言いそうな表情を浮かべる。

 

「あら、リゼ様と仲良さそうだからそっちの気があるような雰囲気はしていたしたのだけど、気のせいだったかしら」

 

「さぁ、どうでしょう、私にもわかりません」

 

 どこか釈然としない様子でいたシラユキさんは何かを見つけたのか前を見る。釣られて前を見ると丁度、リゼが寝室から出てきていた。

 

「お、リゼ、おはよう」

 

「んにゅ、おはよーンジュー」

 

 半寝ぼすけ状態のリゼは私達のことを見つけるとふらふらと歩いてきて寄りかかってくる。

 

「ンジュってたやかお前は」

 

 胸元に顔を埋めたリゼは首を横に振る。

 

「んーんー」

 

「なら、目覚ませって」

 

 顔を上げたリゼは、ボーッとした表情のまま、きっと無意識のまま顔を近づけてくる。

 

「ちょ、リゼ、やめっーー」

 

 止めに入りきる前にリゼが口づけをしてくる。

 朝シャワーならぬ朝チュー。割とリゼが家に泊まった日の翌日とかやっていたりしている。元々はどちらともなくやってしまったと言うのではなく、リゼがそう望んでっと言うか、なんていうか、最初の内は頰とか額とかにキスをして起こして言いたのだが、お互いの気持ちを知った今だと、本当に口づけする所まできてしまっている。だから、まぁ、二人の時は別にしてもいい。でも、今はそうじゃない。

 

「あらあら、大胆」

 

「……え?」

 

 驚いたような声を上げリゼは隣にいるシラユキさんの事を見る。

 

「ーーーーー!?!?!?!?!?!?」

 

 茹蛸の様に頰を真っ赤に染めたリゼが恥ずかしさを隠す為か手を振りかぶり、次の瞬間にはパシーン!と頰に痛みが生じるのだった。

 

ーーーー    ーーーー

 

「ーーいてて、本気でやるなっての」

 

 結局、頰を引っ叩かれた後、リゼは少し怒り気味に踵を返してお風呂場に向かってしまい、それについて行ったシラユキさんから応接室にカナさんとたやがいると言う事で応接室まで来ていた。

 応接室の扉を開けて中に入ると、対面で談笑をしているたやとカナさんがいるのが目に入る。

 

「ん?お、おはよう、ンジュ」

 

「あぁ、おはよ、たや」

 

 先にこちらに気がついたたやに挨拶を返しつつ彼女の隣に座る。

 

「頰が赤くなってるけど、どした?」

 

 目の前のソファーに座っているカナさんに心配そうな表情をされながらも聞かれる。

 

「えっと、リゼに張り手でやられました」

 

「それはご愁傷様だな」

 

 何度も言えない苦笑いをカナさんは浮かべる。

 

「つか、二人とも起きるの早くないか?」

 

 思わず出た言葉にたやとカナさんは一瞬キョトンとした表情を浮かべお互いの事を見た後こちらを見る。

 

「何言っとるん、ンジュ、私ら寝ておらんよ」

 

「え、寝てないん?」

 

 思わず聞き返すとカナさんが頷き返してくる。

 

「あぁ、まぁ、徹夜で話すなんてよくある事だよ」

 

「さ、流石、吸血鬼とケロベロス、時間の流れが違うなっと言うか、なんか、昔、やりやったと言う割には仲がいいですよね」

 

「んーまぁ、戻ってきていた事は驚きはしたけど、昔の事だし、これ以上因縁をつけるのも違うなって思ってな」

 

 そう言ってカナさんはニヒルな笑みを浮かべる。

 

 その笑みは因縁があるにしてはすごい淡白としているもので、昔、殺(や)りやった仲とは思えない物でもあった。

 

「ふーん、意外と、その、何て言うか、もっとバチバチにやり合う仲だと思っていました」

 

「あーね、100年前だったらバリバリやりやっていたかもしれんへんけどな」

 

 少し戯けるようにたやは肩をすくめる。

 百年前。言葉で聞くと物凄い過去のようにも聞こえるが、言うて、ヘルエスタ王国の国王が一、二代変わっていると言うレベルである。ただ、それでも、百年と言う時間を把握する事は不可能に近くその時間感覚はわからない物である。

 たやの言葉に同意するようにカナさんは首を縦に振る。

 

「まぁ、お互いに線引きとかそういうのをしたからと言うのもある、だから、それを越えなければわざわざ戦闘する理由はないんだよな」

 

「せやせや、下手に戦闘するとお互いに良くないしな」

 

 もし、この二人が戦闘でも起こしたらどうなるか、その答えは多分、最低でもヘルエスタ王国が消えてしまう。昔の火災でどのぐらいの被害が出たのかは資料が残っていないから何とも言えないものの、それでも、そのぐらいの被害が出ても不思議ではない

 カナさんがパチっとウィンクをしてくる。

 

「ま、そういう物だ、ずーっと、根に持ってるのも疲れるんだよ、だから、必要以上に恨みつらみを持つのはお互いに良くないって話だ」

 

「時間の流れが何でも流してくれる、ま、私らは普通人間が感じられるような時間軸には生きていないって事なんよ」

 

 正直な話、たやとカナさんの時間感覚には追いつけていない自分がいる。普通の、いや、この場合は人間の時間軸とは到底離れ過ぎている。怨恨を時間で流す為には時間がかかるし、人間の場合、当事者本人達が納得して終わらせた事でも、後の人達のせいで終わらせた事を無かった事にして旨い汁を吸おうとする輩もいるぐらいなのに、でも、そんな怨恨もこの二人は一瞬で終わってしまうんだろうな。それが、この二人の時間軸だろうし、そう言えば昨日、カナさんは確かあんな事言ってたけど、アレも時間感覚の違いからなのか?

 

「……そう言えば、昨日、会った時、式典ぶりって言っていましたけど、チャイカのバーで会いましたよね?」

 

 そう指摘されたカナさんは少し恥ずかしそうに視線を逸らしながらもあーと声を上げる。

 

「確かにチャイカのバーであってたな」

 

「忘れてたんですか」

 

「あぁ、すっかり忘れてた」

 

 あっさりとした感じでカナさんは肯定してくる。

 

「忘れてたってなんで?」

 

「いやー、すまんすまん、よく寝ない時や時間感覚が狂っている時は昨日の事でも忘れる時があるんだよ」

 

 それが当たり前のようにカナさんが言ってくる。

 普通と言うか、元から記憶障害がある人や歳を取らない限りは昨日の夜の事は基本的に忘れる事はない。やっぱりと言うか、時間軸の違いと言うか、過ごしてきた時間の違いがものすごく感じてしまう。

 カナさんは何かに不満を持っているのか腕を組んで不服そうに口を尖らせる。

 

「第一さ、人間が時間とか日時という概念を勝手に作り出したからおかしいかなっている気がするんだけどな」

 

「あーね、それはわかるんやけど、記憶やら時間やらはそんなもんやし、ンジュが気にする事もないんよ」

 

 無理矢理話の流れをたやに切断されたカナさんは頬を膨らませて不服そうな顔のまま空になったコーヒーカップを手に持ちシラユキさんが昨日立っていた所を見る。

 

「おーい、巴さーん、コーヒーって、あれ、巴さんいないのか」

 

「あーリゼのシャワーに付き添いに行ってます」

 

 数秒間だけシラユキさんのいた場所を眺めた後、カナさんは諦めた様子で視線を戻す。

 

「そうか、じゃ、私はコーヒー入れてくるから少し席を外す」

 

 立ちあがろうとしたカナさんは半立ちの状態で動きを止める。

 嫌な予感と言うのを感じ取ったのか、時を同じくしてたやも応接室の入り口の方を見る。

 

「見つかってしもうたね」

 

「あぁ、最悪な奴らが来たな」

 

 顔を硬直させたカナさんが大きく溜息を吐く。

 

「最悪な奴らって?」

 

「桐生達だ」

 

 カナさんの言葉にその場の空気が凍るのだった。

 

ーーーー   ーーーー

 

ーー同時刻

 健屋花那の邸宅の浴室でリゼが一張裸の状態でシャワーを浴びていた。しかし、その表情は気持ちよさそうや清々しいとか、そう言う物ではなく、何処か後悔をしている様な表情をしていた。

 

「あーあ、アンジュに平手打ちしちゃった」

 

 シャワーを浴びながらもリゼはしゃがみ込む。

 少し前、寝ぼけて自分からキスをした癖に恥ずかしさのあまりアンジュを平手打ちしてしまった。自分からしたと言うのにアンジュに平手打ちをしてしまった事、その事が恥ずかしかったりもどかしかったり、ともかく様々な感情が入り混じって気持ちの整理ができなくて困っていた。

 

「はぁ、怒られちゃうなぁ、まぁ、そんな事はないとは思うけど……」

 

 アンジュは優しい。それは、何事にも変えれない事実であり、その優しさに救われている部分もある。だから、今朝の事も怒らない事はわかっている。でも、その優しさのせいでアンジュが苦しんでるんだし、少しぐらい怒って欲しいな。じゃないと、私、ずっとアンジュの優しさに溺れて、それに頼ってしまうかもしれない。けど、それをアンジュに押し付けるわけにはいかないし、でも、でも、でも、でもでもでもでもでもでもでもでもでも……

 

『リゼ様はなぜ、それ程までにアンジュ様に心酔なさっているのですか』

 

「ぶぶぉっぉほっほー」

 

 脱衣所にいた白雪にタイミングよく指摘されリゼは思わず吹き出してしまう。

 

「いや、その、アンジュに、し、ししし心酔してる訳じゃないからね!」

 

 言葉をつっかえている時点で察しはつくのだが彼女はこれ痴女にないほどに、それこそりんごのように頰を真っ赤に染めている。

 

『いえ、誰がどうみても心酔しております、なにせ、皇女様からの朝チューなんてヘルエスタ国民が切望しても無理な事をアンジュ様に普通にやっているのですよ』

 

「いや、我のキス、そんな大仰な物じゃないから!」

 

 オーバーリアクションと取られても不思議ではない程の大声でリゼは否定する。

 

『ご謙遜なさらず、リゼ様のキスは求めている人多いと思います』

 

「だーかーらー!!」

 

 いい文句に買い文句で痺れを切らしたリゼはガラッと浴室の扉を開けて外に出る。その瞬間、彼女の背筋に嫌な感覚が走った。

 

「……なんか、嫌な予感がする」

 

『リゼ様、それは当たっております』

 

 リゼは外にいた白雪と目を見合わせて首を縦に振るのだった。

 

2

 

 カナさんとたやについて行く形で館の玄関ロビーに向かうと、嫌な予感通り館の正門が開け放ったと思われる桐生がパイプ片手に猫又おかゆ、戌神ころねとholoxのメンバーと共に立っていた。それを見たカナさんは威嚇気味に顔を歪ませ彼女達の前に立ち舌打ちをする。

 

「朝から荒々しいな」

 

「よぉ、吸血鬼共」

 

 こちらに気づいた桐生は古典的な武器であるパイプを肩を乗せてニヤリと笑みを浮かべる。

 

「お前達をここに呼んだ覚えはないのだが?」

 

「あぁ、呼ばれた記憶はないな、むしろ呼ばれるとは思ってないぜ」

 

 パイプをジャグリングの要領で上に飛ばし落ちて来たパイプを桐生は逆手でパシっと掴む。

 パイプ越しにこちらを見た彼女の瞳はどこか煌々としたものがあった。

 

「だが、私らはどっかの誰かさんのようにわざわざ許可を得て入る必要ないからな、堂々と入れるんだよっと」

 

「嫌味か」

 

 鼻で笑った桐生は少し振り被りカナさんに向かってパイプを投げる。

 回転しながらも飛んできたパイプをカナさんはハエを払うような動作で手を振うと、当たったパイプがパキンと音が鳴り真っ二つになって赤いカーペットの上を転がる。

 それを一瞥したカナさんは桐生達の方を見る。

 

「で、何を求めてここに来た」

 

 真っ二つにされたパイプを見て苦笑を浮かべいた桐生が片眉を上げる。

 

「あぁ、それは吸血鬼(アンタ)の力だ、その力さえ、こっちに渡してくれればそれで済む」

 

「そんなの誰が首を縦に振るか」

 

 間髪をいれずにカナさんは否定し、桐生は肩をすくめる。

 

「ま、そうだよな、ならやる事はわかってるよな?」

 

 口角を上げて桐生は満面の笑みを浮かべる。しかし、先程とは違い、雰囲気は完全に敵意を剥き出しにしたようなそんな表情をしている。

 カナさんの隣に立っていたたやがカナさんを庇うように一歩前に出る。

 

「拒否するなら無理矢理奪うだけ、いつもの手口やね」

 

 桐生は肩を揺らしておかしそうに笑う。

 

「わかってるじゃないか、戌亥」

 

「大人気ないだけやなと言っとるだけや」

 

 たやはバッと両手を横に広げると、彼女の両脇に魔法陣が展開され犬型のバンとケンを召喚する。

 

「あは、また楽しい時間が始まるね」

 

「ころさん、どうどう」

 

 その一連の会話を終始無言で聞いていた桐生の後ろにいるころねが狂気にも満ちた笑みを浮かべ、隣にいたおかゆが宥める。

 そんな彼女達を見ていたサメパーカーの少女ーーガウル・グラが大きく溜息を吐く。

 

『はぁー、やる、やらない関係なく運命は変わらない、早々に降参した方が身の為よ、お前ら』

 

 グラがこちらをジロッと見てくる。

 お互いの間に緊張が走り空気は完全に一髪即発状態まで来ている。少しでも動けば戦闘が起こりそうな中、カナさんは背中から黒い羽根を生やしてたやの前に出る。

 

「てめーら、逃げろ、ここは私一人でどうにかする」

 

「え、いきなり逃げろって……」

 

 思わずカナさんに聞き返すと、彼女は振り返りピンクの瞳を細める。

 

「これ以上は私の問題だお前らを巻き込むのは話が違う、だから、早く逃げろ」

 

 いつになく覚悟が決まってる様子でそう言って来たカナさんの肩をたやがどつく。

 

「そんな馬鹿言うのはやめてくれへんか、一人でやるのは許されへんよ」

 

 少し驚いた様子でカナさんはたやの事を見る。

 

「とこ、どう言う事だ?」

 

「私はヘルエスタを守って欲しいって頼まれてるん、それはな何も国や国民だけじゃないんよ、守る対象には吸血鬼も含まれるんよ」

 

 ジッと真剣な瞳でたやはカナさんのことを見て、カナさんはフッと笑みを浮かべる。

 

「……そうか、すまない、力、借りる」

 

「なら、ウチも微力なら手伝いますよ」

 

 ポケットの中から手袋を取り出し手に装着する。

 少し驚いた表情をまた浮かべたカナさんがこちらを見る。

 

「いいのからアンジュって言ってもお前、今は何も持ってないよな?」

 

「まぁ、ぱっと見は、な」

 

 手袋の甲にに描かれてい瑠奈魔法陣が描かれておりその陣が赤く光る。

 今手持ちは予備の魔法以外持っていない。ただ、以前の反省からこう言う時用に別次元に非常用で置いておいた錬金術の鞄がある。以前のような失敗をしない様に準備をしていた甲斐があった。

 何もない空間に手を差し込み鞄を引き出し肩に背負う。

 

「こう言う時のために準備していたんです」

 

「ーーアンジュ!!」

 

 丁度、程よくと言っていいのか、湯気を身に纏ったリゼと、その後をついて来ていたシラユキさんと合流し、一応この場にいるこちらの人員が揃った事にもなったが、リゼが私の腕を引っ張ってくる。

 

「アンジュ、逃げよ」

 

「に、逃げるってどうしてだ、リゼ」

 

 目の前にいるリゼは真剣な表情を浮かべ首を横に振る。

 

「アンジュは戦っちゃダメ」

 

「だから、何でだよ、リゼ!」

 

「だって、ここ最近怪我して病院に何回送られてると思ってるの、それに体もおかしくなってるでしょ!」

 

 ギュッとリゼが握ってくる力を強くする。

 リゼの言う通り私の体は今おかしなことになってるのは否定する事はできない。だが、数日放置すれば治ると言われた。それと言う事は、多少は使ってもその日数が増えるだけで、言ってしまえば使いすぎなければいいと言う話でもある。

 

「大丈夫だ、だって、今日はカナさんもたやもシラユキさんもいる、心配するな」

 

「でも」

 

「でも、じゃねぇ」

 

 目の前に立っているカナさん達の方を見る。

 横に立っているシラユキさん、カナさん、たやの先には桐生を含めて強敵が聳えている。個々の戦力はカナさんとたや、シラユキさんの方が強いかもしれない。でも、もし、一斉に襲いかかって来たらたやとシラユキさんに守られていようがやられてしまう可能性がある。

 

「もし、下手打ってカナさんの能力を奪われたときこそが、私らにとって損失が多すぎる、なら、多少の体の犠牲は払っても守るべきだろ」

 

 視線を戻してリゼの事を見る。不安そうにしているリゼの頭を頭を撫でる。

 

「だから、これは必要なんだ」

 

「そう」

 

 諦めたように溜息をついたリゼは、一歩後ろに下がり地面に白色の魔法陣を展開する。リゼの立っている位置辺りに光が集まり、生えて来たヘルエスタソードの柄に手を添える。

 

「なら、私も参加する」

 

「なっ!?」

 

 リゼの言葉に驚きの声が出てしまう。

 後衛であれば必要になれば逃げることもできる。でと、前衛で戦うとなれば話が変わるし死ぬ確率がグン上がる。もちろん、第二皇女であるリゼがそんな事をするのは到底許される訳はない。

 

「次、アンジュが言う言葉は"前に出るのは危ないから下がってろ!リゼ!"でしょ?」

 

「前に出るのは危ないから下がってろ!リゼ!って、どうして私の言おうとしていた事がわかった?」

 

 ヘルエスタソードを振って肩に乗せたリゼは目を細めて得意げに笑う。

 

「アンジュの考えている事なんて手に取るようにわかるからね、だからと言ってそれで下がらないよ」

 

 皇女の貫禄がある歩き方でリゼが横を通る。

 

「私はアンジュに先に死んで欲しく無いと約束した、でも、その反対もしかり、私はアンジュが死ぬまで一緒にいたいそう言う約束でしょ?」

 

 振り返ったリゼは犬歯を見せて笑う。

 リゼとはそう言う約束をしているのは間違いない。でも、リゼに私がそう言う約束をした覚えはない。ただ、リゼの隣で死んで欲しいと言うのであれば、それを別視点で見れば、こちらが約束した覚えがなくてもリゼの言う通りとも言える。

 

「……わかった、じゃ、無理するなよ、リゼ」

 

「その言葉をそのまま返すよ、アンジュ」

 

 こちらの肩をどつきながらもリゼは振り返り歩いて、カナさん、シラユキさん、たやの隣に立つ。

 

「手駒は揃ったか?」

 

 律儀よく待っていた桐生にそう言われてカナさんはチラッとこっちを見てから頷き返す。

 

「あぁ、ちょっとしたイチャイチャを見せつけられた感はあったけどな」

 

 役者が揃った事でより緊張が張り詰める中、その緊張をものともしていない桐生はニンマリと笑みを浮かべる。

 

「なら容赦なく行く」

 

 スゥと桐生は息を大きく吸い、背中から羽を生やし口に何かのエネルギー弾を口に溜める。それを見て、カナさんは背中から蝙蝠の羽を生やし巨大化させて私達を守るように展開する。しかし、カナさんの予想を外れ、太いビームを吐き出して天井を突き破り朝日が差し込んでくる。

 天井へと放った一撃は確かに凄まじいものではあった。しかし、目の前にいる敵ではなく天井へと放った理由がわからなかった。そう思ったのは私だけではなく羽をしまったカナさんもらしく首を傾げる。

 

「何をやってるんだ、ココ、敵はこっちだぞ?」

 

「そーだな、確かに今の一撃をそっちに放ってもよかった、でも、これはある意味布石っちゃ布石だぜ、吸血鬼」

 

 ビームに撃ち抜かれてボロボロと崩れた天井が落ちてきて代わりに朝日が差し込んでくる。

 煌々と光る朝日は神々しく見え幻想的な雰囲気を醸し出している。だが、あくまで醸し出しているだけであって、見た目には騙されてはいけない。なにせ、太陽の光光は吸血鬼(カナさん)にとっては弱点でしか無いのだから。

 

「成る程、朝日か、こいつは厄介だな」

 

 地面に散乱した瓦礫に降りかかる朝日を見てカナさんは少し怯む。

 

「気付いたところで遅いんだ、行け、おかゆ、ころね」

 

 桐生の後方にいたおかゆところねが助走なしに弾丸かの如く前に出る。

 煙を上げながらも音速に近いスピードでおかゆところねは瞬間にしてカナさんの目の前まで肉薄する。

 いつものカナさんであれば余裕を持った顔でそのまま相手している筈なのだが、朝日の光で少し動きが鈍ったカナさんではきっと対応が追いついていけないと思う。

 

「そうはさせへんよ!」

 

 そう同じ判断を下したのかたやがカナさんが着ている服の襟裏を引っ張り代わりに二人の前に立ち塞がる。

 たやはころねを片手で受け止めておかゆのお腹を殴り飛ばす。

 蹴り飛ばされたおかゆは地面を転がり瓦礫の山に衝突する。それを片目にころねを押し返したたやはバンとケンを両隣に召喚する。

 

「来い!バン!ケン!!」

 

 召喚されたバンとケンが炎を吐く。

 不意打ちで炎を食らったころねは朝日の中で少し怯む。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 そんなころねに向かって炎を掻き分けるように前に出たリゼがヘルエスタソードを向かって振り下ろす。

 振り下ろしたヘルエスタソードをころねはギリギリのところで後に飛んで瓦礫の上に着地し、苦笑いを浮かべる。

 

「一対二は卑怯だよ」

 

「何言っとる、二体一やない、二対二や、間違えるな」

 

 足を後ろに腰を下ろしたたやの雰囲気がガラッと変わる。

 ケロベロスと言う名を損なわない王者のような風貌になり、体に炎を纏わせ始める。それを見て個人的にもそろそろ手助けをしたい気分になる。

 

「……いや、三対二だ」

 

 たやに引っ張られ後方にいたカナさんの横を通り抜けて前に出る。

 たやがこちらを見て少し心配そうな表情を浮かべる。

 

「ンジュ、大丈夫なのかえ」

 

「まぁ、大丈夫だけどさ、こんなに、太陽の光って明るかったっけなぁ」

 

 ころねと頭から血を流し少しだるそうにしているおかゆがいる妙に明るい朝日をの中を見る。

 いつも見ている筈の光が、今はどこか輝き過ぎてあまり居心地は良くない。それこそ、本当に吸血鬼になってしまったかもしれないと錯覚を起こしてしまうほどである。

 

「なら、私も少し力を使わないとね」

 

 立ち上がったころねの胸元が赤く光り始める。

 その予兆はころねがあの力を使う予兆でもある。しかし、それを見終える前に不意に斜め前あたりに何者かの殺気と存在を感じる。

 

「ーー後ろで余裕かましている暇ある?」 

 

 朝日の影になっていた位置から相手の一人であり、たやを狂わせたあの暗殺者風の少女が現れ手に持っていたダガーナイフを振り下げてくる。でも、なんとなく"そんな事はだろうな"と把握していた。

 

「別に余裕をかましてる気はないけどな」

 

 バシッと少女の腕を掴む。

 まるで予知をされていたかのような対応に驚いた様子の少女を見ながらも握る手に魔力を流し込む。

 少女の驚いている顔を他所に手を離すと彼女は何の前触れもなく吹き飛び壁に背中から当たり地面に落ちる。

 

「な、なに、今の技!?」

 

「魔法適応型錬金術だ」

 

 何が起こったのか理解できていない少女に向かってそう吐き捨てる。

 魔法適応型錬金術とは魔法と錬金術を混ぜ合わせた自分にしかできない術式のことである。普通、錬金術ではできない即効性と攻撃性、魔法ではできない遅延的な影響力を兼ね備えた強力な技。ただ、二つの力を使っている為、魔力の消耗も激しい為、本当に必要な時か、反射的に使わないといない時以外使いたく無い力でもある。今は、魔力回廊が少し変になってるから試しに放ってみたかったって言うのもある。

 座ったまま暗殺者みたいな見た目の少女は顔を歪める。

 

「やっぱり一筋縄じゃいかないかぁ」

 

「いや、その格好からして暗殺者っぽいけどさ、暗殺者が真正面からやってくるなって、つか、なんでカナさんを狙わないんだ?」

 

 立ち上がった少女は自分を馬鹿にするように肩を揺らして嘲笑する。

 

「そんなこと言って、さかまたはまだ弱い方なんだよ、いきなり親玉よりその前にいる援護を潰した方が楽じゃん」

 

「気配を消して裏回ってこれるだけ力はあるだろ、アンタ」

 

「過大評価だよ、それは」

 

 ふらりふらりと体を揺らしながらもこちらを彼女は見据える。

 瞳は仮面によって遮られており何を考えているかはわからないものの、その雰囲気は本当の暗殺者のように鋭く尖っており、隙がないようにも見える。

 どう出るか考えていた矢先シラユキさんが前に立つ。

 

「アンジュ様、ここは私が相手します」

 

 少し頬を引きつっている暗殺者っぽい見た目の少女を相対しながらもシラユキさんは犬歯を伸ばし鋭い爪を生やし雰囲気がガラリと変える。

 人では無い姿になったシラユキさんと相対する様に暗殺者姿の少女は相変わらず頰を引き攣らせつつも、その手に持っていたダガーナイフを天井に向かって投げる。

 人の視線というのは重要な役割を持っている。相手の居場所や相手との距離、相手の立ち位置を理解するときに一番重要になってくるのが、視覚という情報媒体である。その為、暗殺において一瞬、その視覚を気を逸らすそれだけでもチャンスになる。

 シラユキさんがそのダガーに気を取られている間に暗殺者姿の少女は、シラユキさんとの距離を詰める。

 

「……流石、暗殺に特化しているわね」

 

 ニンマリと笑ったシラユキさんは視線を落とし近くにまで来ていた少女を見下ろす。

 一瞬、少女は顔を険しくさせ、腰を低くし、腰から別のダガーを取り出す。

 背が違う相手であれば相手の死角になる所から攻めるのが定石であり、実際、腰を落とすのはシラユキさんから見て少女は見え難くくなる。それが故に、本来であれば戦闘を有利に進められる筈である。

 足のバネを使って少女はシラユキさんの喉を狙う。その刃先が首元に届きそうになった辺りでシラユキさんは上半身を逸らし、ダガーナイフは顔スレスレを通り過ぎていく。

 

「やっぱり、正面きっては少し不利かも」

 

「それであれば私の有利と言ったところでしょうか」

 

 目の前でお腹を無防備に晒した少女に容赦なくシラユキさんの拳が入る。

 本来、暗殺というのは一撃必殺で相手を仕留めなければならない。それは心情として暗殺者の中にある。しかし、一撃で仕留めれない時も時にはあり、その為に戦闘技術を学んでいる。

 地面に転がるようにして受身を取った暗殺者姿の少女は後退しながらもダガーナイフをシラユキさんに向かって投擲する。

 シラユキさんはそれを真っ向から手で掴む。

 獣人化している掌にダガーナイフが突き刺さるものの特に苦しそうな表情を見せるこのなく握る。バギンと言う音共にそのダガーナイフは粉々になる。

 後退した少女は地面に転がっているダガーナイフを手に取る。

 背を低くしてこちらを見定めている少女の瞳には闘争心が灯っており、それを見てか、シラユキさんは傷が癒えた掌を握りながらも楽しそうに笑みを浮かべる。

 

「しかし、この力を使って戦うなんていつぶりかしらね」

 

「そんなに使ってなかったんですか?」

 

 振り返ってこちらを見たシラユキさんはうすら笑みを浮かべる。

 

「そうね、戦闘に数十年ぐらい一回使ったかどうかって言うぐらいには使っていなかったと思うわ」

 

 獣人化している腕を回しながらもシラユキさんは視線を戻す。

 

「さぁ、次はこっちから行こうかしらね」

 

 そう言ってシラユキさんは暗殺者の少女に向かって走っていってしまう。取り残された私は私で隣に立っている少し不貞腐れた様子のカナさんを見る。

 

「あの、シラユキさんは一体……」

 

「人狼だ」

 

 口を尖らせたカナさんは素気なく答える。

 

「じん、ろう?」

 

「あぁ、簡単に言えば狼人間だ、吸血鬼に噛まれてごく稀になるのが、あの人狼って奴だ」

 

 頭を掻きながらもカナさんは大きく溜息を吐く。

 

「攻撃面や防御面、あと、嗅覚が発達しているんだっと、そんな事を話してる余裕はないかもな」

 

 カナさんは視線を前に戻す。

 リゼとたやがおかゆ、ころねペアと戦っている朝日のエリアの奥にいる桐生が腰を落とす。そして、一瞬、リゼとたやの間が開いたのを縫うようにして朝日のエリアを弾丸のように横切り突っ込んでくる。

 

「なっ!?」

 

「嘘でしょ!?」

 

 驚いた声を上げたたやと他所に桐生がカナさんに殴りかかる。その一撃をカナさんは左右に開いた吸血鬼の羽で受け止める。

 

「そんな悠長に話してる暇があるのか、吸血鬼!!」

 

「無いから警戒してたんだよ」

 

 舌打ちを打ったカナさんは羽を大きく開き桐生を空中に飛ばし、空中で体の身動きが不自由になっている桐生に向かって羽を使って飛び上がる。

 コウモリのように漆黒の羽を羽ばたかせながらもカナさんは追い打ちを仕掛けるために拳を握る。それを見た桐生はニンマリと笑う。

 

「それを待ってたぜ、吸血鬼」

 

「は?」

 

 カナさんが桐生に向かって拳を放った直後、桐生はその背中からドラゴンの羽と尻尾を生やしバランスを即座に取り、その一撃を羽を使って横に避ける。攻撃を避けられて桐生より上に出てしまったカナさんの足首を、桐生はドラゴン特有の尻尾を使い掴み地面に向かって投げる。

 予想外なことに少し驚いた様子ではあったものの慣性が働き地面に追突することはせずに空中停滞したカナさんに向かって桐生は急降下し蹴り繰り出す。

 

「さぁ、殺り合おうじゃないか、吸血鬼!」

 

「全く物騒だな、おい」

 

 桐生の蹴りの一撃を片腕で受け止めたカナさんは顔を歪め、桐生を跳ね返しカナさんは着地する。

 屋敷の床を少し削りながらもカナさんは目の前に着地する。

 空中に再び放り出された桐生は器用に空中でバランスを取り体勢を整え直すと、そのまま、また急降下しカナさんに殴りかかる。その拳をカナさんは掴み肉薄した桐生はニヤリと笑みを浮かべる。

 

「でも、まさか、吸血鬼と手合わせできるとは光栄だな」

 

「勝手に人の家に来て喧嘩振ってきた奴が言う言葉か、それ」

 

 舌打ちをしたカナさんは背中に生えている羽根を使って桐生の横腹を狙うように迂回させて放つ。しかし、それを見ていたのか桐生は尻尾を振って跳ね返す。

 

「それは流石に見え透いた一撃だなぁ」

 

「フン、勝手に言ってろ」

 

 尻尾を振ったことで少し身体の重心が崩れた桐生をその方向に放り投げる。

 軽々しく投げ出された桐生は少し驚いた様子で屋敷の床を転がる。

 その光景を見ながらもカナさんは首を軽く回す。

 

「つか、どうして私の力を欲するんだ」

 

 転がる勢いを使って立ち上がった桐生はフッと鼻で笑う。

 

「その力があれば全ての問題が解決するって言えばいい」

 

「その問題っていうのはなんなんだ?」

 

「それは秘密としか言えない」

 

 ジッとカナさんは桐生の事を見る。

 それはまるで何かを見定めているようにも見えたが、すぐにカナさんは目を細め首を横に振る。

 

「秘密か、じゃ、尚更力は貸せないな」

 

「ヘッ、交渉決裂か、ま、その力を力ずくで貰うのが私らだ」

 

 床を蹴って桐生はカナさんに飛び掛かる。しかし、カナさんは華麗にその飛び掛かりを避けて羽を使って飛び上がる。そして、私の頭上を飛び越え、背後にあったエントランスの二階部分の柵に乗る。

 

「逃げるのか!吸血鬼!」

 

「あぁ、ここじゃ不利だからな」

 

 柵から降りたカナさんは屋敷の奥に消えてしまい、それを追いかける形で桐生も羽を羽ばたかせ私の上を飛び越えて屋敷の奥に追いかけていってしまう。

 

「……ヤベェなぁ、なんか、大怪獣合戦になってる」

 

『ーーそんな事悠長な事言ってる言ってる暇ある?』

 

 二人を見届けた所で、少しエコーの掛かった声が聞こえ前に視線を戻す。そこには、サメのパーカーを着たグラが立っていた。

 

「次から次へと敵がお出ましか」

 

『戦闘において支援役を先に攻めるのは理に適っているでしょ?』

 

 グラは人差し指を振りながらもニッコリと笑う。

 

「そりゃそうか」

 

『ま、本当は面倒臭いけど』

 

 喉を使って笑ったグラはおもむろに懐から銃を取り出し顳顬に銃口を添え頭を打ち抜く。しかし、頭の反対側から血が出るという事はなかった。

 

「何を、しているんだ」

 

『儀式みたいなもの、サメがいる』

 

 グラのその一言共に彼女の胸から深い海のような光がエコーの様に周囲に広がる。

 

「サメ?」

 

 一瞬何を言っているのか、理解が追いつかない中、頭上から殺気を感じ後方にステップを踏む。

 上から先程、桐生の後方にいた侍みたいな少女と、角が生えている少女が各々の武器を振り下ろしながらも地面に着地する。

 

「サメ、サメはどこでござる!」

 

 意味不明な事を言いながらも刀を持った少女は立ち上がり周囲を見渡す。その様子はどこか半狂乱と言っても良い程で、何処かおかしい様にも見える。

 

『いろは』

 

 刀を持った少女ーーいろははグラの方を見る。

 

『ラプラス』

 

 いろはの隣で同じく半狂乱になりながらも周りを見ていた角が生えた少女ーーラプラスもグラに呼ばれて同じく振り返る。

 

『サメはここにいる、でも、殴りたければ先にあいつを倒せ』

 

「そうか」

 

 こちらを見たラプラスといろははニンマリと笑みを浮かべてお互いの獲物を構える。

 正直に言うと今は良い状態ではない。二体一という時点で不利なのに、手持ちは緊急時用の術式しかない。二人を相手にできないかと言われると魔法適応型錬金術があっても少し厳しい。それに加えて、相手二人は何処か様子がおかしい。

 

「……これはどう言う状態なんだ」

 

『あいつらから貰った力、半ば洗脳しているって言った方がいいかも』

 

 そう言ってグラは鼻で笑いこちらを馬鹿にする様に肩を竦める。

 

『ま、何にしても一人で相手するには手が余るだろ?』

 

「かも、しれないな」

 

 こちらの動きを見ているのか動く気配のないラプラスといろはを見る。

 見た目は先程見た時と変わりはない。しかし、その瞳はやはり何処か虚げなものだった。

 

『投降してもいいんだぞ』

 

「いや、そう言う訳にもいかないな」

 

 もしここで投降してしまえば、私が人質になってしまってカナさんや皆んなに迷惑が掛かる。そんな事態は避けなければいけない。

 

「私は私でするべき事が、やらないといけない事があるんだ」

 

 心の中で覚悟はとうの昔に決まっている。

 リゼやたやが戦っている。そして、何より今はカナさんの為にこの子の力を使うそうさっき言ったばかりじゃないか。

 

「私を、そう簡単に倒せると思うなよ」

 

 緊急時用の肩掛けバックの中に仕込んでいた魔法陣を取り出して地面に広げ魔力を送り込む。

 魔法陣から出現した蛇の形をした悪魔は床を這いずりグルリと私の周りを一周してから顔を横に顔を添えてくる。

 涎がダラダラと流している蛇は目の前にいる二人を見て、いろはと呼ばれた侍風の少女に視線を向ける。

 

「悪魔でござるか」

 

 蛇の形をした悪魔は口を大きく開けて襲い掛かりいろはは刀を鞘にしまい目を閉じ腰を落とす。

 

『シャァァァァァァァッ!!』

 

 蛇型悪魔の大口の奥に生えている鋭い牙が届く直前ーー

 

「愛刀の敵ではござらぬ」

 

 ーー目を見開いたいろはは刀を引き抜き姿が消える。

 口を閉じた蛇型の悪魔の首元を白い一閃が襲い再び蛇の前に現れたいろははチャキンと刀をしまう。

 蛇型の悪魔は首を落とされ血を噴き出しチリになって消える。

 

「マジか、嘘だろ!?」

 

「覚悟しろ!」

 

 消えた蛇型悪魔の塵をかき分けラプラスと呼ばれた少女がその手に持っていたハンマーを横に降り腹の中央に直撃する。

 臍あたりをに直撃した一撃に吹き飛ばされ背後にあった壁に叩きつけられる。

 背中に衝撃が走り喉の奥から胃酸が込み上げてきそうになりながら目の前に立ったラプラスを見上げる。

 ラプラスはこちらを見下ろしほくそ笑む。

 

「悪魔なんて召喚してもいろはには効かない、アイツは悪魔だろうが霊だろうがなんだろうが切る」

 

「ゲボ、そうかよ」

 

 悪魔を切れる刀を持っているなんて話に聞いたことは無い。

 ラプラスはもう一度ハンターを振り上げる。そんな彼女の顔に向かって鞄の中にあったフラスコの液体を放つ。

 

「な、なんだ、これはっ!?」

 

「目潰しだつーの!」

 

 困惑しつつもラプラスはハンマーを振り下ろしてくる。

 地面に食い込んだハンマーを片目に紙一重の所で横に転がり避け立ち上がる。

 

「とうでござる!」

 

 続け様にいろはが刀を振り下ろしてきたのをバックステップを踏みギリギリ避ける。しかし、その刀先は肩掛けの帯を切りバックが手元から離れてしまう。

 

「はぁ!?」

 

 驚いていた弾みで足を絡みバランスを崩して地面に倒れる。

 

「ステイでござるよ」

 

 鼻先にいろはが持っている刀の先を添えられ、頭を振りながらもラプラスは彼女の隣に立つ。

 

「クソ、あんなものを投げてくると思わなかった」

 

「ラプラス殿、口が悪いでござるよー」

 

 どこか忌々しく舌打ちをしたラプラスにいろはは苦笑いを浮かべる。

 頼み綱であった鞄は紐を切られ今二人に対抗する手立てはない。だからと言ってさっきのように魔法適応型錬金術を使う訳にはいかない。そもそもの話、魔法適応型錬金術と言うのは体の中で錬金術を行い、それで出来た魔力を魔術を使って放出する為、体の中にある魔力をほとんど持っていかれる為、バンバン打てるようなもんじゃない。それこそ、この術式は体に隠している魔術や錬金術が使えなくなった時、又はさっきのようにそれを発動する事が不可能に近い時に使う、ある意味、本当の最終手段であり、奥義みたいな物である。加えて、基本的に相手と接敵した様の術式であり今ここではどちらにせよ放つ事はできない。

 

「そんな御託はいい、それに本来の目的はのっちじゃない」

 

「はいでござる!」

 

 目の前の二人は各々の獲物を振り上げる。しかし、今の私にできる事はない。頼りの鞄も、魔法適応型錬金術も、体に仕込んでいる魔術も打っている暇がない。そう絶望的な状況ーー

 

「ーーアンジュはやらせない!!」

 

 武器を大きく振りかぶった二人をヘルエスタソードを持ったリゼが肩で吹き飛ばし、壁に叩きつける。

 

「リゼ!?」

 

「大丈夫、アンジュ」

 

 目の前に立ったリゼが差し伸べてきた手を取り立ち上がる。

 

「たやは、大丈夫なのか?」

 

「とこちゃんは一人で出来るって言ってたからこっち来たの」

 

 そう言えばたやは一人であの二人を相手できるぐらいには強いし、リゼをこっちに回しても苦ではない。

 リゼは壁側に吹き飛ばした二人の事を見る。

 

「痛いでござるなぁ」

 

「やってくれたな」

 

 ゆらりと体を揺らしながらも立ち上がったいろはとラプラスは武器を構えてリゼの事を見据える。

 

「援護頼んでいい」

 

「あぁ、いいよって言いたい所だけど、鞄がないんだ」

 

 相手二人とこちらの間にある鞄を指差すと、リゼは首を縦に振る。

 

「了解、まず、そっちの鞄からから回収するね」

 

「ありがとう、リゼ」

 

 ヘルエスタソードを構えたリゼは走り出し同じく前に出た二人と接敵する。

 いろはが振り下ろした刀をヘルエスタソードで受け止め鍔迫り合いが起こる。その間にいろはの肩を使って飛び上がったラプラスはリゼにハンマーを振り下ろす。しかし、リゼはそれを先に予測していたのか、後方にステップを踏みその一撃を避ける。

 地面にハンマーが埋まったラプラスの背中を伝いいろはが前に出て刀を振り下ろすがヘルエスタソードで弾き返す。

 弾かれた事で体を仰け反らせたいろはの胸内に向かってヘルエスタソードを逆手に持ってリゼは持ち手の部分でいろはを吹き飛ばす。

 ラプラスを巻き込んで吹き飛んだいろはを片目にリゼは地面に落ちていた鞄を拾い上げる。

 

「アンジュ!受け取って!」

 

 リゼは鞄をこちらに向かって投げてくる。

 

「ありがとう、リゼ!」

 

 投げてきた鞄を受け取るとリゼは再び前を向いて起き上がった二人と相対する。

 

「……強いな、リゼは」

 

 リゼは二体一を物ともしない様子に少し心に影が落ちる感じがする。

 私は、体は少し変になっているけど、たややリゼと違って私は支援しかできない。

 

ーーあぁ、やっぱり、みんなより弱いな、私は。

 

 自分が弱いだなんて、思った事はなかった。

 いつも、リゼやたやに前を任せて一人だけ後方に立って支援する。支援がメインだから、それが私の役目でありそれ以上を求める事はなかった。でも、ここ最近、戦闘の発生頻度が増えて一つ思ってしまった事があった。

 それは私自身の圧倒的な火力不足と言う点である。

 確かに、巨大ゴーレムやら魔法適応型錬金術やら火力のある術式は沢山ある。それでも、それらを使う為には膨大な準備や膨大な魔力が必要であり簡単に準備や放つ事はできない。

 支援である以上、火力は必要じゃないと言われるのは仕方ないとは言え、リゼは一人で二人を相手できてしまっで居て、別に私なんていなくてもよくねって思ってしまう事がある。

 今もそうリゼが一人で二人を相手している。それも、こちらの援護なしに、私って本当に必要なのか、リゼと対等な立場にいるのか、そう考えに至っている。

 

「アンジュ!力貸して!」

 

「あ、あぁ……」

 

 リゼに促されてパカっと鞄を開ける。しかし、鞄の中にあった器具や液体は全て破損しており使えるものはなかった。

 

「……ごめん、器具が壊れてた、少し時間稼いでくれるか?」

 

「いいよ」

 

 一つ返事でリゼは身を翻す。

 体の中に仕込んでいる魔法は数個あり、その中でも一番強力な物は体を酷使するもののその分強力な力を発揮するものがある。

 息を少し吸い腰を落とす。

 魔力が沸騰したように熱くなる。

 血を通じて体を巡り巡っている魔力は

 魔法陣を仕込んでいる左肩から腕にかけて魔力が集まる。

 

「……リゼ、下がれ!」

 

 ラプラスといろはに睨みを効かせていたリゼがバックスデップを踏む。

 

「咲き乱れるは血の結晶、地を這うは氷の息吹、風に靡かれるは大地の源ーー」

 

 いろはに向かって左腕を腕を差し出す。

 赤い魔法陣が出現し血液が皮膚を貫通して吹き出す。

 

「ーー放て、"氷結ノ彼岸花"!!」

 

 体外に出た血液は魔力の力により一気に固まる。

 赤い氷の結晶となった血はいろはに向かって襲い掛かる。

 

「これは、凄いでござるな」

 

「少しばかり時間はかかるけど、体に仕込める最高クラスの術だ」

 

「そうでござるか、ラプラス殿!!」

 

 ラプラスがいろはと赤い結晶の間に入り込み、赤い結晶に向かって手に持っていたハンマーを振り下ろす。

 結晶が粉砕し、キラキラと光る赤いカケラの中にいるラプラスと視線が合う。

 

「氷や結晶は砕けやすい」

 

「そんな事は知ってる」

 

 氷や結晶は衝撃波に弱い。

 錬金術をしている身である以上、その弱点は理解している。だから、壊されても、砕けた氷は追尾的に破壊した対象を追うようにしている。

 

「知ってるからこそ、その弱点を補う事が出来るんだ」

 

 破壊されて空中離散した赤い氷の結晶が全て、溶けて血が生き物のように蠢き始める。

 空中に離散している分とハンマーで壊された地点の氷までもが蠢き始め、驚いた顔をし動きが止まったラプラス襲い掛かる。

 言葉を発する暇もなく彼女を赤い氷の結晶の中に閉じ込める。

 

「ラプラス殿!?」

 

 突然の事に驚いた表情を浮かべながらもいろはは赤い結晶の中に囚われて居るラプラスを救い出そうと切り掛かる。しかし、キンッという音と共に刀の刃が弾かれてしまう。

 悪魔は切れても流石に、純魔力でコーティングされている氷を切り刻むことは不可能らしい。だからと言って氷の中は寒いと言うわけではなく、中にいるラプラスは死なないようにはなっている。

 

「これで一人は、封じ込めたか」

 

 相手の一人を封じ込めて戦力を低下させる事には成功した。だが、これが強さなのか、私の力なのかと言われるとそうじゃない気がする。魔法と言う補助を使っているだけで私の力じゃない。いや、待て、なんで、今更になって力を欲して居るんだろう。

 なんで、そんな、力を欲しているんだ?

 

「どうしたの、アンジュ、封じ込めた割には凄い悩んでいる様に見えるけど?」

 

 隣に立っているリゼが肘でガラ空きになっている横腹を突いてくる。

 

「うるさい、リゼには関係ないって言ってるだろ、それよりも、ござるの相手頼んでいいか」

 

「うん、わかった!」

 

 ヘルエスタソードを構えたリゼは臆する事なく未だに赤い結晶に切り付けているいろはに切り掛かる。

 苦虫を噛んだような表情を浮かべたいろはは、ヘルエスタソードを受け止めそのまま戦闘に入る。

 

「私は、このままでいいのか……」

 

 赤い結晶に埋められている左腕を引き抜く。多少の痛みが生じたものの腕は既に治っている。

 本来だったらこの魔法を使った時点で左腕は使えなくなっていてもおかしくはない。しかし、その疑問は既にわかっている。

 赤い氷の結晶を伝ってラプラスが封じ込められている所まで歩いていき表面を触る。

 中ではどうにか出ようと足掻いているのか暴れている影が見える。

 

「……お前達の強さは何に由来しているんだ」

 

『……貴女、雰囲気が変わった』

 

 ふらりとサメのパーカーを着たグラが現れサメの口が刻印されている銃口を向けてくる。

 

「急になんだ、人に敵をふっかけたのに、わざわざ自分からくるなんてさ」

 

 ジッとこちらを見ているグラは浅い息を吐き眉間に銃口を定める。

 

『貴女、明らかにさっきと様子が違う』

 

「だから、いきなりなんのだって聞いてんだよ、つか、その拳銃で攻撃しないのかよ」

 

 今ここで、そのまま脳天を打ち抜けばこっちは死ぬ。しかし、グラがそうしてくる予兆がない。

 彼女はは小さく首を横に振る。

 

『今、攻撃する方が今は得策じゃない、やったらもっとヤバい事になる』

 

「なんだ、ヤバいことって、つか、さっき、私はそんな脅威じゃないって言ったのはお前だろ?

 

『そう、でも、ヤバい物を覚醒させてしまったかもしれないって後悔してる』

 

 銃口先にいる彼女は少し顔を歪める。

 向けられた銃口。

 こちらを見透かす様な青い瞳。

 サメのパーカーと言うふざけた様な物を着ていると言う反面、少女は異様な程に真剣で、厳しい表情を浮かべている。

 

「……話の意図が分からん、そのヤバいってなんだ」

 

『一気に魔力の流れが変わった』

 

 サメの口がペイントされている銃口の先が僅かに揺れる。

 その揺らぎは怖さゆえではない。何かしらの気づきと、それに対する焦りや怒り、憤りの念が含まれている揺らぎではあった。

 何に対するものかは理解はできいなかったが、そう言う感情を肌で感じることができた。

 

『気づいているでしょ、自分の体が自分のものじゃなくなっているって』

 

「ハッ、な、なんの話だよ、マジで……」

 

 内心はその言葉を否定することはできなかった。

 確実に私の体は改造されている。

 体中を巡る血が燃え上がる炎のように熱い強大な魔力に侵され、血の代わりにその魔力が巡る感覚すらある。それが何を指しているか大方予測はついている。しかしあくまで、私はリゼと同じ人間だ。

 体が変わった所でなんだ、強くなるのか、カナさんのように何かしらの力を得るのか、不死身になるのか、何を求めているのか明確にわからないのにそんな力は欲しくない。私はリゼやたやのように強くなりた……いや、なんでそんな力を欲しがっているんだ。私はリゼの隣にいれればそれでいいのにどうしてなんだ。

 

「……私は弱いんだ、何もできなくて後ろで、ただ、リゼやたやの雄姿を見ることしかできない雑魚なんだよ」

 

 額を銃口にピッタリと付ける。

 少し冷たい感覚と銃弾が放たれるバレルの先を感じる。そこから、銃弾が放たれたら即死は免れることはできない。

 普通は恐怖心を感じてもおかしくない状況である。

 絶体絶命と言ってもいい状況にも関わらず一切の恐怖も感じることはなかった。

 代わりに自分の弱さやいつぞやの自己放棄に陥った時も感じた虚無感が心を、体を蝕んでいる。

 あの時とは状況は違っても相変わらず、成長していない自分に嫌気がさしてくる。

 

「教えてくれよ、何がヤバいんだよ、こんな弱い私の何処にヤバい要素があるって言うんだよ、なぁ」

 

『……嘘をつくな、アンジュ・カトリーナ』

 

 静かに淡々とグラは言葉を口にする。

 混沌とした感情が消失して今少女の顔は怒りの感情だけが支配をしている。

 

『貴女が弱いなんて思えない、その知識力や応用力、高度な錬金術に、魔力的な意味でも他の追随を許さない凄い力を持っている』

 

「じゃ、なんで、お前は石の能力を使って味方を吹っ掛け自分は戦闘に参加しなかった、私がそんなヤバい奴ならお前も戦いに参加すればよかっただろ、違うか」

 

 もし、本当に私のことを危険視するんだったらなぜ最初から参加しなかったのか。

 強くない、もしくは、このグラが言葉にしたヤバいという意味合いが言葉の意味ままだった場合、ヤバいと思われるまで私は手加減をされていたと言うことになる。でも、その通りといえばその通りでしかない。

 二人を相手していたとは言え、リゼがいなければ私はとっくのとうの昔に負けていた。

 全くもって歯が立たなかった

それなのに今、こうやっていきなり目の前に現れたと言うことは、それは私ではなくあくまでこの体、いや、体の性質のせいだろう。

 少し躊躇する素振りを見せた後、グラは視線を逸らす。

 

『それは……否定できない』

 

「否定ができないって言う事は、そう言う事だろ」

 

 やっぱり、私は弱いんだ、どこまで行っても、どんなに羨望して、どんなに頑張ってもリゼやたやには追いつけない。

 強大な力を前にしてもリゼとたやは臆することなく自分から切り込みに行っていた。

 それに対して私はどうだった。

 煙幕を使って逃げたくせになんの反撃もできないまま瀕死になっていたじゃないか。それのどこに強みがあるんだ。

 リゼやたやにあるような勇気が私には抜け落ちている。

 偉そうにリゼに対して戦争は何かとか、偉そうに説いていたのにこの様だ。

 リゼのような強いリーダーシップやたやのような臆する事のない勇気、そんな憧憬を見るたびに自分の弱さや矮小さが浮き彫りになる。

 皇女様と一般人。

 明らかな地位の差もある。自分の心を全てさらけ出して本音を言ってくれたリゼには申し訳ないが、やっぱり、このままでは私はリゼの隣に立っていい人物ではない。

 

「……どうしたら、私はリゼやたやのように強くなれるんだって、敵対している奴に言っても意味ないか」

 

『私にはその気持ちはわからない、だから、何も言えない』

 

 銃を握る手を怒りで震わせながらもグラは苦虫を嚙んだ顔になる。

 その振動は額を通じて頭の中に響く。

 

「なぁ、いつまでこの状態で話をするんだ、撃つならもう撃てよ」

 

『撃てない』

 

 銃を構えたまま彼女は首を横に振る。

 

「なら、尚更、撃ってくれよ、グラ」

 

 お互いにジッと見つめて動けなくなる。

 今の戦いを通して自分の弱さにを改めて思い知って、もういっその事、死にたいとそう思ってしまう。心が弱いとリゼに馬鹿にされるかもしれないけど、そう思ってしまった。

 

「――アンジュ!上!」

 

 一瞬の空白を切り裂く様にリゼの声と共に殺気を感じ反射的に顔を上げる。

 ラプラスが封じられている赤い結晶の上に刀を肩に乗せたいろはが座っている。

 

「ラプラス殿を開放するでござる」

 

「それはできない」

 

「なら、覚悟でござる!!」

 

 結晶を蹴って飛び降りてきたいろはは刀を振り下げてくる。

 

「アンジュ、逃げて!」

 

『やめろ!いろは!!』

 

 リゼとグラの声を片耳で聞きながらも避ける動作も行わず、白い一閃が目の前を通り過ぎる。

 鋭い痛みが体を上から下に切り裂く。

 彼岸花が如く血が吹き出し地面を赤く染め上げる。

 痛い。

 魔力が抜けていく。

 暖かい液体が体の外へと抜けていく。

 ここのままでは確実に死を免れる事はできないと確信する。

 体に変化が起こったのはまさにそう確信に至ったその次の瞬間だった。

 突然、地面に魔法陣が展開され青白い光が体を包み始める。

 伸びる犬歯にどう足掻いても止められない書き換えられる魔力回路。

 体が人間のものじゃない物へと変わっていく感覚が体を覆い包み、本来の体が別の物に置き換えられる感覚が身体中を巡る。それに応呼して体の底から力が湧き上がってきて、失った分の魔力が体を維持しようと傷口に集まり切り裂かれた部分を治す。

 充足感が心の中を満たしていく中、同時に自分が人間と非なる体になった合図でもあった。

 

「な、何が、起こっているで、ござる」

 

 返り血と驚愕で顔を染めているいろはに向かって拳を放つ。

 既の所で彼女は横に避け、後ろにあった結晶を穿つ。

 ピシッと結晶にヒビが入り砕ける。

 中に閉じ込められていたラプラスのお腹を穿ち、結晶の先にいたリゼの横を通り壁に打ち付ける。

 

「……アン……ジュ?」

 

 目を見開いたリゼはゆっくりとこちらを見る。

 拒否したかったけど、この力を、発揮しまった以上もう理解する他にない。自分の体が完全に壊れて、普通じゃなくなったと。

 カナさんの忠告を私は今、ここで、破ってしまったんだと。

 

「……ごめん、リゼ、私、人間じゃなくなったらしい」

 

 音もせずに目の前に出現したころねの黒い剣を振り上げていた腕を掴む。

  不意の攻撃を普通なら受け止める事はできない。

 見えていない敵の攻撃は本人の意図しない場所から放たれ、本人の意識外から攻撃されるが故に相手も油断する。だから、それを逆手にとって相手の姿が見えない状態から魔力の流れだけを読んで、それが来ると頭の中で察知していた。

 

「やるぅ」

 

 不適な笑みを浮かべたころねの首を掴み上げる。

 

「ーーサタン」

 

 地面に大きめの魔法陣が出現し自然と魔力が消費され、強大で巨大な蛇が魔法陣を囲う様にとぐろを巻いて出現する。

 彼女を宙に投げ飛ばす。

 それを獲物と認識したサタンはシャーと彼女に食らいつこうとする。だが、白い一閃が蛇を襲う。

 

「させないでござるよ!!」

 

 ポロッと蛇の首が地面に落ちその場から消失する。

 代わりに蛇の首を切り下ろしたいろはが刀を振り下げた状態で地面に着地する。

 

「そうか、行け、ジャッコーランタン」

 

 ランタンを片手に持ったかぼちゃ頭の幽霊みたいな悪魔が召喚されいろはを襲う。

 浮遊しているジャッコーランタンが振り上げたランタンを避けいろはは一刀両断する。

 

「ーーベルフェゴール」

 

 続け様に便器に座った悪魔を召喚し襲わせる。

 ベルフェゴールはその手に持っていた槍でいろはを突き刺そうと槍を振り下ろす。しかし、その矛先にいた彼女は上半身だけを逸らし避ける。

 無表情のまま彼女は目を瞑りスッと腰を落として刀を鞘にしまう。

 無言のまま居座る彼女に向かって槍を振り下ろす。

 

「風真流居合術ーー」

 

 槍が到達する直前にいろはの姿が消えベルフェゴールの背後に鞘から抜かれた刀を振り切った状態で彼女は立つ。

 

「ーー"幻影ノ刀身"」

 

 ベルフェゴールの槍が地面に突き刺さったの同時に、彼女は抜かれていた刀を鞘に戻す。

 ベルフェゴールの体の上半身と下半身がズレて、ボトリと上半身が地面に落ちる。

 消失したベルフェゴールの方を見ずに目の前まで来たいろはは刀の鞘に手を乗せる。

 

「さぁ、覚悟でござる!」

 

「ーーバイコーン」

 

 真横からペガサスとついになる馬の化け物であるバイコーンが出現し彼女に頭の角を向けて突進する。

 

「だから、そう言うのは効かないでござるよ!」

 

 バイコーンを仕留める為、いろはは刀を抜いて地面を蹴る。

 すれ違いざまにバイコーンを菊一文字に切り消失させる。

 それは同時に前に出たということでもあり、刀を振り切り無防備なお腹が目の前に晒し出された事になる

 

「……だから、釣ったんだよ、侍」

 

 姿勢を低くして前に出ると同時に、刀を振り上げガラ空きになっていたいろはのお腹に手を添える。

 距離としては腕が普通に届く範囲で相手の体が無防備になる瞬間を待っていた。

 これをするためにわざわざ、悪魔を大量に召喚して、悪魔を切れると言う武器を封じるためだけに彼女を釣ったのである。

 腕に膨大な魔力を集め最大出力に近い魔法適応型錬金術を放つ。

 驚いた表情の彼女の口からごはっと血が吐き出され吹き飛び、リゼと並んで立っているラプラスの横にある壁に衝突して止まる。

 

「いろは!?」

 

「いろはちゃん!?」

 

 壁に背を預けお腹を抑えているいろはにラプラスとシラユキさんと戦闘していた筈の少女が集まる。

 

「やら、かしたで、ござる……ラプラス、殿……クロヱ殿……」

 

 ゴホッと血を吐いた彼女を見て暗殺者風の少女は苦虫を噛んだ様な表情を浮かべ顔を伏せる。

 

「……ラプラス、いろはちゃんを頼んでいい」

 

「あぁ、わかった、クロヱ、だが、無茶はするな」

 

 無言で頷き返し立ち上がった暗殺者風の少女ーークロヱは彼女達から背を向けこちらを見る。

 大きく息を吸った彼女は黒いフードを深く被り地面を蹴って弾丸の様に

 

「おーまーえー!!」

 

 肉薄したクロヱの勢いが乗った蹴りを腕で受け止める。

 

「よくもいろはちゃんを!!」

 

 鈍い痛みが腕を駆け、蹴りをはなった姿勢のまま彼女は威嚇する様にフードの下から犬歯を見せる。

 本気で怒っている。自分のためではない。傷つけられた誰かの為に怒っている。今はその事自体も、少し羨ましく見えてしまう。

 

「怒りか、いいな、誰かの為に怒れて」

 

「何が良いだ、お前がやったんだろ!」

 

 足を払いをすると、クロヱは反対側の手で頰を殴りつけて来る。

 避けずに食らった一撃の痛みがジーンと頰に広がる。

 

「私がやった、そうだ、私がやったんだ」

 

 殴り返すがそこにいたクロヱは霧の様に霧散する。

 不意に視線を周囲から感じ周りを見る。

 そこにはクロヱが複数人武器を構えて立っていた。以前、おかゆが見せた幻覚とは違い、全ての分身体が魔力回路を持っており正真正銘の影分身と言うものを使用しているのがわかる。

 

『本気で行く』

 

「そうか」

 

 一斉にクロヱが襲いかかって来る。

 分身という事もあって分身体の攻撃自体を避ける事は必要はない。ただ、本体の攻撃だけは避けなければならない。しかし、分身している中で魔力の根源である本体を見分けるのは簡単でな事で、襲いかかってきたクロヱの一体の首を掴む。

 

「でも、こっちにはバレバレなんだ」

 

 他の分身体が消失し、ハラリとフードが落ち奥にある怒りに染まっている彼女の瞳が私を捉える。

 

「……なんで、わかった」

 

 苦しそうに埋め聞こえを上げながらも彼女は聞いて来る。

 

「……魔力回路でな、でも、私だって好きでこんな事をしている訳じゃないんだ」

 

 クロヱを地面に思いっきり叩きつける。

 ゴフッと叩きつけられた反動で咽せた彼女に向かって拳を振り下ろそうとするが、その拳はシラユキさんが手で受け止める。

 

「……シラ、ユキさん?」

 

「少しばかりお痛がすぎるわ」

 

 片手だけで軽々と宙に投げられる。

 屋敷のロビーを横断する形でバク転をし勢いを殺しながらも膝を折って地面に着地する。

 

「力に溺れるのは如何なのかしら」

 

 目の前に険しい表情を浮かべたシラユキさんが立つ。

 こちらを見ているシラユキさんの瞳はどこか冷めている様で悲しげな雰囲気を醸し出している。

 別に力に溺れたくて溺れたんじゃない。

 私はただ、ただ、リゼの隣に立ちたかった。それだけだった。でも、立てる気がしなくて、自分は何もできなくて、気づいたら力が欲しくなっていて、今、こうなってしまった。

 

「溺れたんじゃない、ただ、私の意思が弱かったんだ」

 

 カナさんはちゃんと忠告してくれていた。

 これ以上、魔力を使った場合、本当に不老不死になってしまうと。でも、それを破って力を発揮してしまった。それは紛れもない事実で後悔もしている。

 

「悔しいんだ、使わなければよかったものを使ってこんな事になったって思うと、だから、ごめん、シラユキさん」

 

 シラユキさんは眉間に皺を寄せる。

 

「なら、どうして……」

 

「どうしてって、こうでもしないと、私は……」

 

 リゼやたやの隣に立てないんだ。

 そう口にしたかった。でも、出来なかった。弱い自分を表に出せない。そんな意地しかない。自分を弱い自分を表に出したくない。

 そう思った瞬間、ゾッと背筋が凍る様な気分になる。

 まるで、深淵から何者かに見られている様な、それを知ってしまったら、確実に怖いと心が叫んでいる。ただ、それが何なのかはわからないし、一体何に怯えているかは一切わからない。

 

「私は……」

 

 上手く言葉が紡げずにいた最中、いきなり横から衝撃が来る。

 油断していたと言う事と話に集中していた事で、反応が出きなかった一撃に驚きながらも天井から光が差し込んできている空間に吹き飛ばされる。

 地面を何回かバウンドして光が差し込んでいる空間の瓦礫を巻き込みながらも止まる。

 呆然としていると目の前に吹き飛ばした張本人っぽい人影がふらりと現れ光の中に歩いて入って来る。

 

「だから、逃げようよって言ったのに……」

 

 白色にも似た髪に青のエクセル。

 紫色か赤色かわからない丁度中間地点の様な色の瞳。

 その瞳の端には涙が溜まっている。

 

「……どうして、どうして、なんで、こうなっちゃうのッ!」

 

 今にでも泣き出しそうな顔をしているリゼがヘルエスタソードを構えて目の前に立ちはだかったのだった。

 

3

 体がひりつく様な感覚がある。

 リゼの持っているヘルエスタソードで弾き飛ばされて朝日の中にいる。その朝日が肌を焼いてヒリヒリとした痛みが生じている。でも、消える予兆も自分が死ぬと言う感情も一切浮かんではこなかった。

 そのひりついた痛みを除けば体はピンピンしており、むしろ、覚醒してしまった力が少しばかり体の中を蝕んできている。

 

「ねぇ、不老不死にはなりたくないって、言ったの、アンジュでしょ……?」

 

 目の前に立っているリゼは悲しげな表情を浮かべる。

 リゼには本当に申し訳ない事をした。それについては本当に、ごめん。謝っても謝りきれないきっと、土下座しようが何をしようが、リゼを傷つけたのには変わりのない事でもある。

 

「答えてよ、私の質問に……」

 

 声が震えた彼女の手からヘルエスタソードが溢れ落ち消失する。

 

「……ねぇ、答えてって!アンジュ!!」

 

 リゼのその紫色の瞳の端から透明な雫が頰伝って下に落ちていき地面を濡らす。

 昨日の夜、寝る前に見たリゼのあの顔を思い浮かべる。

 何処かに行ってしまうか不安で、不安でたまらなそうにしているあの表情を見せられたのに今思い起こすまで忘れていた。

 私はそんな事も忘れていたのか、不安になっているリゼの事を、リゼが私にきちんと言葉をぶつけてくれた事を、それに大丈夫だと返していた事も忘れていたのか、アンジュ•カトリーナ。

 

「どうして、何も答えてくれないの」

 

 膝が折れ目の前でリゼは座り込み、胸ぐらを掴んでくる。

 リゼの泣き顔が視界一面に広がりその瞳からポロポロと涙が流れ落ちていく。

 だけど、今の私に掛けれる言葉はない。あんな不安がっていたリゼを忘れて自分の我儘だけを、自分勝手な理由で力を覚醒させてしまった。あれだけ、リゼが不安がっていたのにも関わらずに。

 

「なんで、なんで、なんで!こうなっちゃうの、ねぇ、答えてよ!アンジュ!」

 

 歯を食いしばんだリゼは肩に顔を埋めてくる。

 彼女の流している涙が肩を伝い手首を濡らす。だけど、彼女の背中に手を回して宥める事も、涙を拭ってあげる事もできなかった。

 

「……ねぇ、答えてって、アンジュ•カトリーナ!天才ならなんでも答えられるんでしょ!」

 

 私が天才だなんて、誰が言った。

 ただの錬金術師で、才能も何もただ知識を築き上げて来ただけに過ぎない。それこそ、夢を持っているからこそ、この場にいるのであって、私はただの弱い人間でしかない。

 リゼやたやを追いかけて、同じ所に立ちたいと追い求めた結果がこれ、実に滑稽で、実に馬鹿らしい結果しか生んだ馬鹿でしかない。そんなやつに天才だ何だと言う称号は似合わない。

 

「……リゼ、人には弱さってもんがあるんだ、そこにまんまと引っかかった」

 

 リゼの事を優しく押し返す。そこまで力を入れていないにも関わらず胸ぐらからリゼの手が離れ、彼女は尻餅をつく。

 

「アンっ……」

 

「私はリゼの隣に立ってていいのか、それがやっぱりわからなかった」

 

 尻餅をついているリゼを見下ろす形で立ち上がる。

 

「自分の弱さと、何もできない無力さって言うのを感じて、リゼとたやに嫉妬してたんだよ」

 

 こっちを見上げているリゼはただ茫然としている。

 黒い影の様な尻尾みたいな触手が足元から出現する。

 私自身もリゼやたやの様になりたいと思ってしまった。だからと言って、力を欲していたわけでもない。けど、それはエゴでしかなかった。

 私はリゼの隣に立つには相応しくない人間なんだ。なら、いっその事リゼに嫌われた方がいい、多分、このまま行けばリゼを傷つける可能性だってある。なら、私は悪者になるしかない。

 黒く宇宙の様な見た目をしたソレはゆらりと揺れたと思うと、リゼの頰の横を掠めて地面を穿つ。

 

「アン、ジュ?」

 

「どんな事を前にしてもリゼやたやは、逃げない、でも、私は直ぐに逃げて、それでみんなに迷惑をかけてる」

 

 あの時、初めておかゆところねと遭遇した時も、たやが暴走した時も私は何もできなかった。腹を刺されて死にかけていたし、後ろでただ見ている事しかできなかった。悔しいけど、それが私だった。

 

「前に出るリゼやたやと私は違う、違うけど、どうしても二人と私を比べてしまったんだ、後ろで何もできない私と二人とじゃ、何もかもが違う、力も度胸もあって強い意志のある二人との差はこの力を覚醒させた所で埋まるはずもないのに、無意識に力を求めてしまったんだ、でも、その力を得た今でもただ、ただ苦しいんだ」

 

 力を得ても何も埋まらない。リゼとたやとの差は、埋まる事はない、力も何も。だから、この能力を覚醒させてしまえば悪い意味で関係は変わってしまう。それを理解していたのに、私はバカだった。

 

「馬鹿だよな、ウチって、こんな事になるってわかってた上でこんな選択をするなんて、そんな人物はリゼの隣に立つのに相応しくない、だから、お願いだ、ウチを嫌ってくれ、リゼ」

 

 自然と瞳の端から涙が溢れ頬を伝う。

 言葉にしていて凄い苦しい。本当は、こんな事をリゼに向かって言いたくない。でも、言わなければならない。リゼを裏切って傷つけたそんな奴が愛されるなんて、好かれるなんてそんな都合のいい現実はない。エゴママかもしれないけど、今の私をリゼが嫌ってくれればそれで終わる。

 これは他人本位かもしれない。

 このままたやの様に暴走するかもしれないから逃げてほしいって言っても彼女はきっと許してくれない。

 ギリッと歯を強く噛む音がリゼから聞こえる。

 

「……なーにが、嫌ってくれなの」

 

 リゼが伏せていた顔を上げる。その表情は怒りに満ちている。

 

「そんな事で、アンジュの事を嫌いになって引き下がると思ってるの、このバカンジュ!!」

 

 やはりと言うか、反発したリゼがヘルエスタソードを手の中に出現させて飛び切る様に切り掛かってくる。

 ヘルエスタソードを黒い尻尾みたいな触手で受け止める。

 その瞬間、体中がマグマの様に熱くなる。

 確実に体の中が魔力によって変わりつつある。もしこのまま戦闘を続けて仕舞えばたやの様に暴走するのではないか、そんな不安がゆらりと背筋を撫ででくる。だからこそ、逃げて欲しい。こんな状態に陥っている私の目の前から逃げてほしい。

 

「思ってない、だから、尚更、私の事を嫌って逃げてくれ、リゼ!」

 

 服の袖で涙を拭いヘルエスタソードを弾く。

 強く弾いた事でリゼは多々良を踏む形で光の外に弾き出される。

 体勢を整え直したリゼは足を踏み出し、地面を抉る様にヘルエスタソードを振り上げ衝撃波を繰り出す。

 衝撃波となった斬撃を触手で吹き飛ばす。

 吹き飛ばしたと認識した次の瞬間に肉薄して来たリゼがヘルエスタソードを振り下ろてくる。それを触手で受け止める。

 

「なんで、逃げないといけないの」

 

「リゼを傷つけたくないから」

 

 再びヘルエスタソードを弾く。

 ギリッと歯を食いしばる音が聞こえリゼが無造作に、いや、何も考えずにヘルエスタソードで切り掛かってくる。

 半分怒りから来たリゼのその一撃はこちらに届く事はないまま、足元から出現した触手で、無防備になった彼女のお腹を抉り光の空間外に吹き飛ばす。

 後方にいたたやにリゼは受け止められる。

 ゴホゴホっと咳き込みながらもリゼは睨みつけてくる。

 

「私の、隣にずっといるって、約束したのに、その約束すらも、破るの!」

 

 ずっと、死ぬまで隣にいると言う約束はこのままだときっと果たされる事はない。そう、永遠に、永久に、未来永劫、ない。

 

「破る気はなかった、でも、私は破った」

 

 魔力が背中に集まり、服を貫く形でバッと羽が生え横に広がる。

 

「だから、私は人間じゃなくてヴァンパイアになった、そんな私にリゼの隣に立つ権利なんてない」

 

 普通の人間と怪物じゃ何もかもが違う。

 立つ位置も見える景色も何もかもが違う。

 きっとこのまま私は

 

「……違う、違う、アンジュは私のせいで、吸血鬼(ヴァンパイア)になったんだよ、私の我儘のせいなんだよ!」

 

 何かを拒絶する様に首を横に振ったリゼはまるで番犬の様に暴れ始め、たやが羽交締めする。

 言っている事が理解できなかった。"違う"と言う意味が理解できなかった。

 どうして、リゼのせいでヴァンパイアになったって言えるんだ。どう見ても自分の心の弱さのせいで力に溺れた。それ以外に理由がない。

 

「なのに、なんで、私を突き放そうとしてるの、今のアンジュが私の隣に立つ権利があるないを決めるのは私なんだよ!ヴァンパイアになったのは、私のせい、だから、そんなこと言わないでよ、アンジュ!」

 

 なんでリゼがそう言っているのか、その考えが思考が一切理解できない。

 約束を、人生最大の約束を堂々と破ったのはリゼじゃなくて私であって、私に非がある。そらに、いくらリゼが決めるとは言っても最終的な意思確認は私の方にある。だから、私は、私は……。

 お互いに言葉を口にしない静寂がその場を生まれ支配し、そして、それはーー

 

「いや、あいつはヴァンパイアじゃない、正確に言うとドラキュラだ」

 

 ーー突然、カナさんの声によって引き裂かれた。

 声が聞こえて来た方向に視線を向けると、そこには深刻そうな顔をして階段を降りているカナさんとその隣に体中擦り傷ができている桐生がいる。

 

「なんだ、このメチャクチャな魔力回路は」

 

「……メチャクチャな回路?」

 

 厳しい表情を浮かべている桐生の言葉に思わず反応する。

 

「あぁ、元々あった魔法回路に無理矢理、地球に存在する地脈にに繋げている」

 

「だから、私の血を飲んでアンジュは覚醒し先祖返りを起こしたって説明しただろ、さっき」

 

 階段を降り終えたカナさんが桐生の横腹を肘で突く。

 聞き慣れないと言うか、少し意味がわからない単語がカナさんの口に出て来た。覚醒?先祖返り?何の話だ?

 

「それはどう言うことですか、カナさん」

 

「……それを話す前にそろそろ限界だろ、その体」

 

 歩いてたやとのリゼの隣に立ったカナさんは鋭い瞳で睨みつけてくる。

 

「それは、そう、ですね」

 

 カナさんの言う通り、今は割と悠長に話をしている場合ではない。

 少しずつ体の中から力が溢れ出て来てしまっている。

 多分、このままじゃ、いつぞやのたやみたいになるのも時間の問題……

 

「ーー"毒林檎"ッ!!」

 

「……あ?」

 

 ドスッと言う音共に胸に痛みが生じる。

 恐る恐る胸元を見ると胸には銀色のナイフが突き刺さっている。そして、何故か、そこを中心にして力が抜け地面に倒れる。

 辛うじて動く目でナイフが飛んできた方に視線を向ける。

 そこにはギラギラと瞳を輝かせているクロヱが立っていた。

 

「昔の文献に、ドラキュラは銀のナイフと毒が弱点で書かれていたのを覚えておいてよかった」

 

「ナイスだ、クロヱ」

 

 それを最後に私の意識は途切れたのだった。

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