ヘルエスタ王国の吸血鬼〜二人の使者編〜   作:ノッキー

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終章:新たな地へ

 何もかもが理解できなかった。私自身に起こった事は何もかも想定外でしかなかった。いや、ヴァンパイアとしての力を覚醒させてしまったのは間違いない。

 何が正しいのかと言われても正確な答えはないし、覚醒させてしまったものを元に戻すことはできない。でも、約束を破ってしまったのは間違いない。

 ヴァンパイアになったと言う事は不老不死になってしまったと言う事であり、リゼと交わした死ぬまで隣にいると言う約束を死ねないと言う枷がかかってしまったが故に破る事になった。

 こんな私の事をリゼはどう思ってこれから接するんだろう。もしかしたら、自分の事を差別的な目で見るかもしれない。そうなったら、私は、私は、私、はッ……

 

「……んぁ?」

 

 悪夢にうなされたような感覚と共に目が覚めた。

 天井は見たことのない白い天井が広がっている。

 この風景は前に見たことはある。ころね達に襲われて腹を刺された後、病院で目覚めた時と同じあり病院であるのは間違いない。

 ひょっこりと視界の端からカナさんが顔を出す。

 

「調子はどうだ、アンジュ・カトリーナ」

 

「……あーまーぼちぼちと言ったところです」

 

 長い時間寝ていたせ頭がズキズキする様な痛みに苛まれながらも起き上がる。

 そこで少し異変に気がつく。

 ここら普通の病院の病室と言う割にはどこか、殺風景というか、まるで、何か道具や医療器具を置いておく様な棚が置かれている空き部屋みたいな場所だった。

 

「おいおい、まだ、病み上がりだ、下手に動くな」

 

「あーいえ、大丈夫です」

 

 頭の痛みを振り払いカナさんの事を見る。

 カナさんは記憶が途切れる前まで着ていた領主的な服装ではなく医療従事者の様な白衣を着ている。

 

「私どれぐらいベッドの上にいました?」

 

「ざっと一週間くらいだ」

 

 一週間と言うと普通の人間なら飲まず食わずで生きていけるかどうかと言われると否である。しかし、体が痩せた様子もなく、腕には点滴もない。だからと言って魔術的な治療後もなく、覚醒した時の様な高揚感や力が溢れてくる様な感じもしない。一週間寝ていたと言う割には至って普通の体な上、異常は見当たらない。

 それは即ち体が本当に変化してしまったと言うことでもある。

 夢でも何でもない。あまり直面したくない現実ではあるが、それが今の私である。

 

「……っと言うかここは?」

 

「私が世話になってる医師が使っている病院の空室さ、公的な場所だと今回の件が明るみになって国と桐生達が対立する様な事が起こったら諸々問題が起こるって訳でな」

 

 辟易とした様子でカナさんは肩をすくめる。

 

「そうですか、じゃ、リゼは今どこにいるんですか?」

 

「隣で寝てる」

 

 反射的に隣に視線が向く。

 もっこりとした謎の物体があった。

 明らかに自分の体ではない存在がそこにあり、視線を枕元に移す。

 そこには白髪に水色のエクセルを入れている天使が、いや、リゼが猫のように包まって寝ている。

 何故、今まで気づかなかったのかと言う疑問は置いておくとして、どことなく安心した気分になる。

 

「たく、なんで怪我人の隣で寝ているんだよ」

 

「その怪我も、もう治ってるだろ」

 

 彼女の言う通りナイフで刺された部分は既に治癒している。

 心臓に刺された筈なのに治癒していると言うと言う事実に我ながら異常だと思ってしまう。

 

「……リゼに悪い事をしたな」

 

 自分が異常な力に目覚めてしまったと自覚する度に、リゼを、いや、彼女を裏切ってしまったと言う現実を突きつけられ心が苛まれてしまう。

 

「いえ、それは話が違うと思うわ」

 

 その声と共に朝食が乗っているお盆を持ったメイド服衣装のシラユキさんが入室してくる。

 

「シラユキさん……」

 

「貴女はすべき事をした結果、そうなったと思うし、それを自分で責めるのはお門違いだと思うわ」

 

 お盆をベットの隣の台に置いたシラユキさんは優しい笑みを浮かべる。

 

「けど、本当にリゼちゃんにはお礼言った方がいいわ」

 

「あぁ、ずっと、アンタの看病をしてたんだからな、大切な公務ほっぽってさ」

 

 腕を組んで首を縦に振ったカナさんは片目だけ開ける。

 

「幼馴染なんだろ、なら、もう少し労わってやれよ」

 

「……リゼ」

 

 リゼの頭を軽く撫で、んんっと幸せそうに彼女は喉を鳴らす。

 幸せそうにしている彼女とは対極的に黒い影が心を蝕んでくる。

 私みたいな日陰者とこんな天使みたいな皇女様と一緒にいていいのか、そんな葛藤が今だに心の中にある。

 

『ーー今のアンジュが私の隣に立つ権利があるないを決めるのは私なんだよ!ーー』

 

 不意にあの時リゼが堂々と言い放った言葉が頭の中を過ぎる。あんな風に自信を持って断言できればどれだけ心が楽になるんだろう。

 リゼの頭を撫でていた手が止まる。

 あっとカナさんが声を漏らす。

 

「そうだ、クロヱって奴に後でお礼言っておけ、あいつがいなければお前はあのまま暴走していた」

 

「ん、え、あーそう、ですね」

 

 あの時、クロヱが放ったあのナイフが投げなければ、確実に暴走していた。なんであれで止められたのかは、一切わからない。

 でも、それとは別に気になる事が一つあった。

 あの時はあのまま倒れてしまったから話しはあれ以上聞く事はなかったが、私はヴァンパイアではないとカナさんは言っていた。

 

「そう言えば私って一体なんですか、気絶する前の言葉的にヴァンパイアではないって言ってましたけど……」

 

 カナさんは苦虫を噛む様な表情を浮かべる。

 

「あーいや、正確にはヴァンパイアなのは変わりないんだ、でも、その話をするにも場所と時間が欲しい」

 

「それなら、ここでいい気がしますけど?」

 

「いや、今面倒くさい問題が起こっているから悠長に話している時間はない、それに今、桐生達が迎えに戻ってきてアンタが目を覚ますのを待っていたんだ」

 

「ちょっと待ってください迎えってどう言う事ですか?」

 

「そうだな、今言った面倒くさい問題を解決するために別の国に行く必要になったんだ、それもリゼ同伴でな」

 

 軽く溜息をついたカナさんはフッと笑みを浮かべる。

 

「ま、だから、アンタの疑問やら気になることは全てはその移動中に全て話す、出発は明日の正午、それまでに支度してくれるか?」

 

 カナさんは首を傾げてくる。

 正直な話し、カナさんの意図は見えない。けど、リゼも行くと言うのであれば行かないと言う手はない。

 

「……わかり、ました」

 

「よろしい、じゃ、私は桐生達と話をつけてくる」

 

 踵を返したカナさんは威風堂々とした雰囲気を醸しながらもシラユキさんを残して病室を後にする。

 いつ桐生達とカナさんが仲良くなったのかはわからないし、これからどこに行くかはわからない。ただ、リゼとの折り合い全てのカタをつけならねばならない。

 それは間違えようのないことである。

 ただ、今は、今だけはリゼの隣でいる事を、彼女の存在をこの身で感じている事に幸せを感じても悪くはないだろう。いつか来る別れや裏切ってしまった事に対する後ろめたさを取り除いて……。


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