ゼロ――ルルーシュが擁する黒の騎士団は全盛期を迎えていた。
度々の戦闘を経て団員の練度は増し、その過程で藤堂を初めとした戦力が加入。
さらに先日、彼が片腕として頼りにしていた記憶喪失の少年――ライの正体が判明。C.C.の助けもあって、ルルーシュは彼がギアスの使い手であること、そしてこの時代の人間ではなく過去のブリタニアの王である事を理解した上で自身の正体を明かし、これからも力を合わせて戦い抜くことを誓った。
いよいよ日本の解放、独立国家の制定が間近になっていたそんな折、分岐点は突如として訪れた。
「私、ユーフェミア・リ・ブリタニアは、富士山周辺に行政特区日本を設立する事を宣言いたします!」
神聖ブリタニア帝国の第3皇女にしてエリア11副総督であるユーフェミアの宣言。
イレヴン――日本人もブリタニア人も平等に暮らせる特区を作るというこの政策。
一見は日本としては破格の条件のように見えるが、参加すれば黒の騎士団は武装の解除を余儀なくされ、参加しなければ平和の敵として一テロリストの座に堕ちる。
すでに20万人の日本人が登録申請を済ませ、実施の時が迫る中。
黒の騎士団のアジトの一室、ゼロの個室で二人の少年が盤上を挟んで相対していた。
「ルルーシュ。君には、この世界はどんな色に見える?」
「ん?」
銀髪の少年・ライは盤上の白のキングを前進させ、ゼロの仮面を脱いだ親友・ルルーシュへと問いかける。
チェスの最中にあまりにも突発的かつ具体性に欠けた問いにルルーシュはルークを右にスライドさせ、問いを投げ返した。
「質問の意図が読めないな。逆に聞くが、お前にはどのように見えていたんだ?」
「僕かい? 僕は……以前C.C.に同じ質問を聞かれたことがあってね。まだ記憶が戻っていなかった時の事だったけれど、その時は何も色がなかったんだよ」
そう言ってライは視線を下げる。
言葉の通りつい先日まで彼は自身の記憶を失っていた。記憶がないのだから仕方がない事だが、アッシュフォード学園に初めて彼が現れてからしばらくの間はこれと言った興味や関心を示す事柄はなく、ただ時間の流れに身を任せるときも多かった。
「でも最近は違う。気づいたんだ。色がなかったんじゃない。見ようとしなかったから無色に見えていただけなんだって。本当の世界は色鮮やかなものだった」
ルルーシュは余計な口をはさむ事はせず、じっとライの言葉に耳を傾ける。
見ようとしなかったとはまさにぴったりな表現だ。感情や自分の意見を滅多に見せようとしなかった当初の彼は確かに彼の分析通りだろう。そして変化した今の事も。
「その事を皆に教えてもらった。学校の皆や騎士団の仲間、もちろんルルーシュやC.C.、カレン。多くの人々に。だから僕は、僕に色をくれた人達を守りたい」
「——行政特区日本か」
短く呟くとライは即座に頷いた。
「良い手だよ。行政特区が本当に成立すれば騎士団は存在意義を失い、反対すれば平和の敵として民衆の支持を失ってしまう。どちらにせよ手詰まりだ」
「ああ。たとえ成功しようと失敗しようとブリタニアにとっては悪い話ではない。何せあくまで範囲も限定されたもので悪影響は微々たるもの。シュナイゼルあたりは大喜びしているだろうな。……こちらの介入する暇もなく宣言されたのが痛かった」
ルルーシュは悪態を隠す様子もなく、短く舌を打つ。よほど彼の義妹が宣言した内容は彼の気分を害したのだろう。
学園祭という異例の場所でエリア11の副総督・ユーフェミアが宣言した行政特区日本。
統治国家であるブリタニアが人種の境界をなくすという響きは良いが決して問題がないわけではない。指定されたエリアは狭いため、日本人の中でも参加できるものと出来ないものの間で差が生まれるだろう。広げようとしてもブリタニアの国益にならない政策を総督であるコーネリアはもちろん、ブリタニア皇帝が許すとも考えられない。他にも行政特区を成立させるための経済体制などにも明確になっていないなど不安の種があった。
「ここまで見越してブリタニアが何も止めようとしないというのならば、大したものだよ」
これらの点をまだブリタニアが声明に出す前に介入できたのならば真っ向から指摘して公になる前に阻止する事も不可能ではなかったが、すでに情報がメディアを通じて世間に出回ってしまっている。今止めようとすれば期待した日本人の反感が黒の騎士団に向けられる事は火を見るよりも明らかだった。
ユーフェミアから何らかの相談を受けているであろう宰相・シュナイゼルの顔がルルーシュの脳裏に浮かぶ。黒の騎士団を排除するために彼があえてユーフェミアの提案に口を挟まなかった可能性がある。いつでも余裕を持った飄々とした態度を思い返し、ルルーシュの怒りは高まるばかりだった。
「どうするつもりだ?」
「まずはユーフェミアと直接会って話をする。彼女の意志を聞いたうえで、それからだな」
無難な答えにとどまり、ルルーシュは明言を避ける。本当はこの時すでに彼はある計画を立てていたのだが、それを彼に直接話すのはためらわれた。
これは自分だけが抱えて行けば良い。ルルーシュは一人、暗い覚悟を固めた。
「そうか。——わかった」
親友の考えは判明しなかったが、それ以上聞くのは野暮なものと考えてライもそれ以上問いただす事はしない。
「君がどのような道を選ぼうとも、僕が皆を守るよ。だから君は君の道を進めば良い。騎士団の皆もきっとついてくるだろう」
「ああ。万が一の時はお前やカレンを頼らせてもらうさ」
「うん、そうしてくれ」
笑みを浮かべるライにルルーシュも信頼を持って答えた。
ライとカレン。今や『騎士団の双璧』と呼ばれ味方からは頼られ、敵からは恐れられる二人は騎士団の最高戦力と言っても過言ではない。ルルーシュも二人には絶対の信頼を置いていた。
「……カレン、か」
ライにとってその名前はただ肩を並べる存在というだけではない。
元々彼はカレンの紹介を受け、自分を銃口から庇おうとする彼女を信じて黒の騎士団に加入した。その後も多くの人の人物を交流を深めたライだが、最も多くの時間を共にしたのもカレンであり、自分と同じハーフという境遇なども相俟って彼の中で大きな存在となっていた。
「どうした?」
「いや、ちょっとね。——まあ君になら話しても良いか」
しばし思考にふけったライだが、相手が秘密を共有したルルーシュならば問題ないと判断し、ここまで誰にも話していなかった決意を打ち明ける。
「どのような形であろうとこの戦いが落ち着いたならば。僕は、彼女に僕の秘密を全て打ち明けようと思う」
ルルーシュの目が見開かれた。手にした駒がポトリと床に滑り落ちる。
「……本気か?」
「ああ」
「そうか」
落ちた駒を拾い上げて訊ねるがライの表情は揺るがなかった。
ただ一言。彼の真剣さを問い、それだけで本気で語っているという事がわかった。
ルルーシュは納得したのか小さく笑い、駒を進める。
「反対はしないんだね」
「お前が決めた事ならば好きにすれば良い。お前たちの事で余計な手出しはしないさ」
ライの出生などを考慮すれば本当は止めるべきだろう。知らない方が幸せという事もある。そもそもカレンがこのような話を信じないかもしれない。
しかし自身が決めた事ならば何も問題はないとルルーシュは語った。それだけライには信を置いていた。
「——ありがとう。やっぱり彼女とより親しくなるならば隠し事はやめておきたくてね」
「ん? どういう意味だ?」
「その、もしも彼女が僕を受け入れてくれたらだけど」
そういうとライは一度言葉を区切り、息を整えて先の言葉を紡ぐ。
「カレンに告白しようと思う」
気恥ずかしげに頬を緩めて覚悟を口にした。
再びルルーシュは駒をつかみ損ね、地面に落としてしまう。イレギュラーに弱い彼らしい反応だが、それだけ衝撃的な内容であった。
「そうか。……やっとか」
「ん? やっと? 気づいていたのか?」
「いくら俺でもそれくらい気づくさ」
おそらく黒の騎士団内で察していない者などいないだろう。
なにせ入団の流れだけでなく、家事をすることが珍しいカレンが手作り弁当を頻繁に作ったり、神根島でライが一人取り残された際には彼の無事を知ったカレンが泣いて喜び、感極まってライに抱き着いて押し倒すなど彼女のストレートな好意が感じ取れる場面が多かった。
ライの方もまだ付き合いの浅い段階から彼女との関係を『まんざらでもない』と爆弾発言をしたり、カレンをデートに誘ったり(本人いわく情報収集とのことだが)するなど『むしろもう付き合っているのでは?』と疑惑が立つほどであった。
「まあそれなら話は早いか」
勘付いているならば説明は不要だろう。一息ついてライは話を再開する。
「もちろん彼女が本当の僕を知って受け入れてくれれば、ね。ただもしも受け入れてくれるならば、その時は彼女に伝えたいと思う」
だから彼女と共にその未来を切り開きたい。そんなライの思いが込められていた。
「ならばそのためにも手を尽くさねばな。——頼りにしているぞ、戦闘隊長殿」
「ああ。任せておけ」
どちらともなく小さく笑い、穏やかな時間が流れていく。
まだ行政特区日本の対策も行く末も見えていなかった頃の話。
困難の中でも、大切な人と共にこれからも歩き続けていこう。彼らは信じて疑わなかった。
「——日本人を名乗る皆さん。死んでいただけないでしょうか?」
だから、この時の彼らは想像できなかった。
「兵士の方々お願いです。日本人を皆殺しにしてください。虐殺です!」
平穏の未来は閉ざされる。
エリア11副総督、ユーフェミア・リ・ブリタニアの下した命令が、会場に集まった日本人を血で染め上げた。
「ライが命じる! この場にいるすべての者達よ! 今ここでッ!?」
「あなたも日本人ですよね? じゃあ、死んでください」
ゼロの護衛として会場入りしていたライは必死にその場を制そうと動いていた。
しかし。
ライの腹部に衝撃が走る。
体を走る強烈な痛みと熱が、彼の言葉を最後まで紡ぐ事を許さなかった。
『——黒の騎士団総員に告げる! ユーフェミアは裏切った! 行政特区日本は、反ブリタニア組織を誘い出すための卑劣な罠だったのだ!』
全ては予期せぬギアスの暴走が引き起こした悲劇。
ただ一人、事の真実を知るルルーシュはせめてこの犠牲を無駄にしないためにと非情な命令を発した。
ゼロの言葉が黒の騎士団員たちを驚愕に、怒りに、憎しみの色に染め上げる。
「……ゼロ! ライは! 会場に行ったライは無事なんですか!? ゼロ! ゼロ!」
それはもちろんカレンも例外ではなかった。
むしろ彼女は連絡が取れなくなった大切な存在を案じ、通信機に向けて声を荒げて訴える。
『ライは——戦闘隊長はブリタニアの虐殺を止めるために、ユーフェミアの前に立ちはだかり、最後まで説得を試みた』
彼女の必死な叫びにルルーシュは思わず感情を爆発させかけた。しかし寸前で理性が感情を押し倒し、冷静な司令官として立ち振る舞う。
「そして日本人を庇い、ユーフェミアの凶弾に倒れた。今もなお会場内にいる!」
尊敬してやまないゼロの言葉がカレンの思考を止めた。
信じられなかった。
信じたくなかった。
今までどの戦場でも果敢に戦い、無事に帰って来た彼が、平和の式典で、撃たれた?
「ライ、が……? 何で……?」
どうか嘘であってほしい。
どうか夢であってほしい。
現実から目を背けるカレンだが、ゼロの声が再び彼女の意識を呼び覚ます。
「黒の騎士団ナイトメア部隊は至急式典会場に突入! ブリタニア軍を殲滅し、日本人を、戦闘隊長を救い出すのだ! 急げ!」
「ッ……!」
最後まで命令が発せられる前に、カレンは愛機である紅蓮二式を駆り出していた。
隊長の突出に零番隊の隊員たちもあわてて後に続く。
「隊長!」
「続け! 紅月隊長に遅れるな!」
「急いで会場へ!」
部下たちの声が通信越しに響くも、カレンは命令するどころか振り返りすらしなかった。
「許せない。よくも皆を、ライを……! ユーフェミアァッ!」
カレンは怒りを露わにし、式典会場へ向け紅蓮を発進する。
「ユーフェミア・リ・ブリタニアが命じます。日本人を名乗る人々は、一人残らず殺してください。例外はありません」
「我々を裏切ったユーフェミアを――必ず見つけ出して、殺せ!」
こうして手を取り合うはずだった二人の口から殲滅が下され。
重なるはずだった未来はすれ違い、平穏を望む願いは脆くも崩れ去った。
LOST COLORS 発売15周年記念の二次創作です!
タイトルはかつて連載していた別作品から取りました。
ロスカラ、おめでとう!