LOST MEMORIES   作:星月

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2話 ゼロの仮面

 鼻を刺激する独特の消毒の匂いにつられて徐々に意識が覚醒していく。

 ライの目が覚めるとすぐ傍にカレンの顔があった。

 

「……」

 

 今にも泣きそうな、それでいてどこかホッとしたような表情だ。

 ライは安心させようと右手を伸ばし、頬に触れた。ほのかに温もりが感じられる。

 するとカレンは手を握り返すとベッドに倒れ込むような形で抱きしめた。

 二人の頬が触れ合う。

 カレンが流した涙がライの頬を伝った。

 

「カレン、か……」

「うん。うん……」

「僕は生きて、いるのか。皆は……?」

「大丈夫、大丈夫よ」

 

 起きてすぐに仲間の安否を案じるライに、カレンは安心させようとゆっくり言葉を紡ぐ。

 

「もう、全部終わったから……」

 

 涙交じりにそう告げて、「あなたが無事でよかった」と、震える声で続けた。

 

「終わった……? じゃあ、ここは、ユーフェミアは、どうなった?」

「ここは鹵獲したブリタニア軍のG1ベースの医務室よ。ユーフェミアは、ゼロが撃ったわ」

 

 G1ベースとはブリタニアの皇室専用の陸戦艇だ。それを奪取したと言うならば、黒の騎士団にとって、日本にとって大きな戦果と言える。

 だが、それよりも気がかりなのは、

 

「ゼロが!? ……つうっ」

「あまり動かないで! 弾は貫通していたと言う話だけど、しばらくは安静にするようにってラクシャータさんも話していたわ」

「そう、か……」

 

 ゼロが、ルルーシュが腹違いの妹を撃ったという事実にライが声を荒げ、そして激痛に顔を歪めた。

 カレンの支えもあってすぐに落ち着きを取り戻すものの、内心穏やかではいられない。

 

「……ごめん」

「なんであなたが謝るのよ。こうして無事でいてくれただけでも」

「違うんだ、カレン」

 

 自信の身を案じる彼女の言葉を遮って、ライは続ける。

 

「止められた、はずなんだ。あの場にいたのに、何も出来なかった」

 

 ライだから、ライだけがあの惨劇を止められたはずだった。

 現場にいて、王の力を持ち、状況を把握していた彼ならば最悪の未来を回避し、その後の理想を現実にできたと言うのに。

 

「ごめん」

 

 ギアスの事を知らないカレンには真意の半分も伝わらないだろう。

 それでも、謝罪せずにはいられなかった。

 

「――いいのよ。とにかく目が覚めてよかった。ゼロたちにも知らせてくるわね」

「ああ。ありがとう」

 

 意味は把握しきれずとも、ライの心境を察したカレンはうっすらと笑い、ベッドから立ちるとその場を後にする。

 深く聞いてこないというその姿勢が今はただありがたかった。

 そしてカレンが退室してから数分が経過した頃。

 

「――私だ。入るぞ」

「ああ」

 

 ノックの後にこもった声が扉越しに響く。

 ライがすぐに応じると、仮面をつけた男・ゼロが医務室へと入室した。

 

「カレンから無事の知らせを聞いていたが――改めてこうして確認できて安心したよ」

 

 扉の鍵を閉めると、椅子に腰掛けたゼロはそう言いながら仮面へと手を伸ばし、素顔を露わにした。

 ルルーシュの左目には不気味に輝く赤い光を纏っていた。まるで赤い鳥が羽ばたくようなマークが、常に。

 

「ギアスの、暴走か」

「ああ……この力の危険性くらいわかっていたはずだったんだけどな」

 

 そう言うとすぐにルルーシュは再びゼロの仮面を被った。

 説明が済んだ以上は誤ってライにまで命令をかけてしまうわけにはいかない。その現実に一抹の寂しさを感じながら、ルルーシュは再び口を開く。

 

「話は聞いたかもしれないが、ユーフェミアを討ち、日本人もブリタニアに対する反戦意識が高まっている今が日本奪還の絶好の好機だ。こうなったら最大限利用させてもらうしかない。この勢いそのままに、トウキョウ租界に攻め込む」

「そうだろうな。なら、僕も」

「だめだ」

 

 僕も出る、と告げようとしたライだったが、ゼロが待ったをかけた。

 

「ただでさえお前が操縦する月下は特別ピーキーな機体だ。身体にかかるGだけでも傷口が開きかねない。先ほどもカレンと話しているだけでも痛みがあったんだろう?」

「それでもだ!」

 

 性能が一際高いからこそパイロットの負担も大きくなる。

 だから指揮官としてそのような事は認められなかった。

 しかしライの意志は硬い。

 

「ここで戦えなければ、僕が、僕たちが戦ってきた事が無駄になる。君だってわかっているだろう。トウキョウ租界は鉄壁の要塞だ。戦力は少しでも欲しい」

 

 ナリタをはじめ、数多くの戦いを経てきたライだからこそ、この決戦の意味合いは大きなものだった。

 まして相手は戦上手のコーネリアが守るエリア11の精鋭部隊。生半可な相手ではない。エースの一翼を担うライの存在は非常に大きな影響を生むだろう。

 

「僕にも、責任がある。あの場にいた者として、せめて日本だけでも!」

 

 だから譲れない、とライは語気を強めた。

 その気迫はとても負傷者とは思えない。彼の強い意志がヒシヒシと感じ取れた。

 

「……そうだな。お前はそう言う男だったよ。わかった」

 

 するとライの考えを尊重したのか、ゼロは肩を落とした。

 そして懐へと手を伸ばすと、錠剤が入った小さなビニール袋を取り出してベッドの隣に置かれた机へ置いた。

 

「これは?」

「ラクシャータに準備させた痛み止めだ。多少は楽になるだろう。とはいえ効果が出るまで1時間はかかる。――作戦開始までまだ2時間ほどあるんだ。今のうちに飲んでおけ」

「そうか、準備万全だな」

「ああ。では私はこれで。期待しているぞ」

「任せておけ」

 

 最後に信頼を込めた言葉を交わし、二人は別れた。

 医務室への扉が閉ざされた事を見届けて、ゼロは誰に告げるわけでもなく一人口ずさむ。

 

「……すまない、ライ。これは俺が背負う責任だ」

 

 

 

 

 

 

「あ、れ?」

 

 激しい轟音が耳を打ち、ライは再び目を覚ました。

 先ほどの目覚めと変わらない天井の景色。間違いない、黒の騎士団が奪取したと話していたG1ベースだ。

 だが様子がおかしい。

 部屋の外の様子はここからでは伺えないが、砲弾が打ち込まれたような鳴動に、人々が混乱しているかのような喚き声が廊下から響いていた。

 

「…………やってくれたなゼロ!」

 

 実際に目にしなくてもこれだけで状況を理解したライはすぐにベッドから起き上がる。

 ゼロが渡した薬は痛み止めではなく、睡眠薬だったのだろう。そのために作戦開始の時になっても気づけず、今になってようやく目が覚めたいう事だ。

 一大決戦の時だというのにこんなにも寝ていられるものなのか。

 さすが何年も、何十年も眠りについていただけはあると、ライは自虐気味に笑って、医務室を後にした。

 

「すみません、戦況は! 今戦況はどうなっているんですか!?」

 

 廊下を走る最中、すれ違いざまに団員の姿を捉えて彼の腕を掴み、ライが問いかける。

 

「戦闘隊長!? もう起きて大丈夫なんですか!? ――いえ、それどころじゃなかった。大変なんです! このままでは!」

「落ちついて、ゆっくり順を追って話してください」

 

 居ても立っても居られない、そんな様子の団員の両肩に手を置き、ライは安心するように告げて説明を求めた。

 

 ――最悪だ。

 

 一通りの説明を聞き、状況を理解したライは思わず天を仰ぐ。

 作戦開始直後は黒の騎士団に優位であった。

 ゼロの策によるトウキョウ租界の外装分離によるブリタニア主戦力の分断、放棄された各施設の占拠、ガヴェインによる敵航空戦力の一掃、さらに枢木スザクが操縦する白兜の確保。途中で犠牲者は出たものの、騎士団が押し気味であった。

 しかし、突如として総司令官であるゼロが離脱したという知らせから全てが崩壊した。

 敵の新型ナイトメアに追われていたという話だが、その新型によって騎士団は三番隊の隊長である影崎を失い、さらに副司令官である扇も何者かの襲撃によって負傷。捕らえていた白兜も奪還され、さらにゼロを追った白兜を目撃したカレンも親衛隊隊長としてそれを追跡していると言う。

 

(ゼロの離脱。戦況が悪化する前だったようだし、おそらくはナナリーの身に何かがあったのか)

 

 一番不可解なのはゼロがこの戦場にいないという件だが、ゼロの正体を知るライはすぐに理解した。

 彼の戦う目的はただ一つ。だからこそ彼女に危険が迫り、ゼロはそれを追ったのだろうと。

 

「総司令官、副司令官が共に不在。エースも去った。このままでは直に押し切られる。そうでなくても黒の騎士団はゼロのカリスマに導かれた集団だ。何もせずとも空中分解するだろう」

「ですが!」

「ああ。だからと言ってこのまま黙っていられない」

 

 全体の指揮を取れる者はもう誰もいない。

 軍事の総責任者である藤堂も前線を保つので精一杯だろう。

 況してここまで奇跡を起こし続けてきたゼロの不在のままでは民兵に不安が走るのは明白だった。

 

「あなたは任務を続行してください」

 

 それでも、このままただ負けを迎えるわけにはいかない。せめて最悪の中の最善を勝ち取ってみせる。

 ライは団員にそう言い残し、再び走り始めた。

 G1ベースの中を走り抜け、さらに司令室であろう場所へと辿り着く。

 パスワードが設定されていたが、ゼロに託されていた番号を入力すると、簡単に扉は開いた。

 

「――あった」

 

 用意周到な男だ。

 必ず準備しているだろうという予想は当たった。

 ライはあるものを手に取るとすぐに司令室から飛び出し、彼の愛機が待っている格納庫へと走り出した。

 

 

 

「急ぎな! 持っていけない資料は全部燃やすんだよ!」

 

 格納庫ではラクシャータが忙しなく指示を飛ばしていた。

 彼女もすでに事の行く末を理解したのだろう。技術者として敵の手に情報が渡らないように的確に命令する姿勢は非常に頼もしい。

 

「ラクシャータさん」

「うん? ああ、なんだ起きたのかい坊や。随分と遅いお目覚めじゃないか。夢見はどうだい?」

「あいにくと」

「だろうねぇ」

 

 ライが声をかけると、ラクシャータは当然か、と呆気なく答えた。このような事態になってしまってはどれだけ割り切っても割り切れない。

 

「で、まさかあんたまで出撃するつもりじゃないだろうね? ダメだよ、元医療関係者としてはもちろんだけど、ゼロから絶対に出すなって命令が――」

 

 あるんだ、と続けようとして。

 ラクシャータはライが右手に抱えている衣装一式を目にして言葉を失った。

 

「ああ、その通りだ。――私が命じた事だ。だからもういい。その命令は撤回する」

 

 そう口にするとライは抱えていた仮面――ゼロの仮面と衣装を身に纏い、ラクシャータの横を通り過ぎていく。

 

「ラクシャータ。君は撤退の準備ができ次第、ディートハルト達と合流を。神楽耶様たちと共に、ひと足先に戦地から離脱しろ。以降の行動は全てディートハルトに任せる」

 

 姿だけではない。

 言葉使いや立ち振る舞いまでゼロを彷彿させる。迷いなく指示を出すゼロの姿に、ラクシャータは引き止める事を忘れてしまった。

 

「月下は借りていくぞ。――すまない」

「……あんた、わかってんの? こんな戦争を起こしといて、ゼロの姿をしてるだけでも捕まったらおしまいだよ? せめて指揮だけにしといたほうがいいんじゃ」

「ああ。そうだろうな。だが」

 

 捕縛されれば処刑は免れない。そんな指摘を受けても。

 

「王が自ら動かなければ部下はついてこない」

 

 ライの歩みは止まらなかった。

 彼の愛機である青い月下に乗り込み、起動する。

 ここから先はもう地獄への一本道だ。すでに希望が潰えた戦場に。

 

「――黒の騎士団総員に告げる!」

 

 ライは臆する事なく踏み込んでいった。

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