今回は日常(?)回ですわよ!!!!
お腹すいた……
6日。
イングランド東北部ダラム郡に到着するまでにかかった日数である。菊とロックハートは3回のポートキー移動を経て、ようやくイングランドの地を踏んだ。
ロックハートはヴェネツィアまでポートキー1本で来たというが、菊が見たところ相当にぼったくられていた。救いようがないカモである。
菊はロックハートに行きで使用したポートキーよりも、複数経由して行く方が安上がりだと説明をして、魔法省より正当な認可を受けているポートキー業者を利用することにした。
創業ウン百年の老舗ポートキー業者 ブルーブーツ、通称BBは世界各国に展開している良心的な価格のポートキー業者である。
総じて青色のブーツをポートキーとしている彼らの元にたどり着くには、街中にある魔法使いのエリアを探す必要がある。大抵は非魔法族から隠された空間、ヴェネツィアで言うと水路の途中に入口が隠された水の商店街がそれにあたる。中で青い看板の靴屋を探し、店員に青いブーツを注文する事でポートキーを利用することが出来るのである。このBBは魔法省の人間など公務員のみ知っている業者であり、先の戦争でこの情報を知った時、菊はお上の優遇を察した。
閑話休題
そうして、菊とロックハートは3つ目のポートキーを踏み、無事にダラム郡へとたどり着いたのであった。
ロックハートはダラムの町に足を踏み入れた途端、顔を顰めて頭を空気の膜で覆った。
あたりは排気ガスが充満しており、油と金属の独特な匂いが熱気とともに辺りを覆い尽くしていた。
菊は無言で懐から札を取り出すと親指の腹を食い破り、紙の中央に円を描いて宙へ放る。ロックハートは見慣れたように「マグルから隠れるのは大変だな」とぼやいて強烈な肘鉄をもらう。
菊は不用心なロックハートと共に過ごすうちに、マグルからの認識が曖昧になる術を何度も使うはめになっていた。
「ここがダラム……なんというか、典型的な工場の下町と言った風情だなぁ」
「さっさとゴブリンの情報屋を探すぞ。ここはあまりにも空気が悪い。ゴブリンという生き物は大抵暗い半地下を好むからな……」
一行はゴブリンの情報屋が潜む酒場を探すため、小さな街を何周も練り歩いた。文字通り、
しかし、彼らは一切魔法の痕跡を見つけることができぬまま夜を迎えることとなった。原因は明らかだった。魔法族とゴブリンの使う魔法力は
菊は疲れ果てた様子で足を引きずるロックハートを振り返った。
「夜は魔物の時間だ。今日はここまでにしよう」
「はぁ……早く休もう……宿はどこだ…… ……? まさか、野宿……?」
「宿とまで上等なものではないが、我が別邸にご案内しよう」
「ホォ、別邸! さすがキク! ……で、どうやっていくんだ?」
頭を疑問符でいっぱいにしたロックハートに、菊は指を一つ立てて静かに口を開いた。
「凪いだ水が必要だ」
曰く、日本に伝わる”水鏡”という術を利用して別邸まで移動するという。
ロックハートは正直な男である。顔にデカデカと「信じられません」と浮かべながら菊を見つめた。それを見た菊は朗々とその理屈を説明し始めた。
”水鏡”とは、凪状態にある水面に映るものの配置に着目した術である。同時刻、同じ場所に同じ物が配置されていることで、世界の認識が歪み、水面同士が繋がるというのだ。水面は大きくても小さくてもいいが、物が重要らしい。”太陽”か”月”の魔法力を基盤に、魔法力を帯びた物を水面に配置することでそれらの魔法力を利用して門が開く。そのため、術者が支払わねばならない魔法力量は比較的少ないという。
そこまでを一息に説明して、そして呆けた面に鼻をフンと鳴らした。
「私の別邸には風除けの結界が敷かれた池があってな。南に鳳凰の風切り羽、北に千年松の枝が見える。その通りに物を設置して、あとはこちらの水面が凪ぐのを待つ。簡単だろう?」
菊は街中から
水面が静まりそうになっては隙間風が吹き、残念そうな声をあげるロックハートに、菊が冷たい声色で声をかけた。
「君、頑張っているところ申し訳ないのだけれどね。それだと羽と枝が水面に映らないぞ」
「キク……それ、早く言ってくれよぉ……」
無駄に動いたじゃないかとプンスコしている優男を尻目に、菊は素早く物を配置すると壺の中を覗き込んで配置の微調整を始めた。ちまちまとミリ単位で角度を変える姿に、手持ち無沙汰な様子のロックハートはジャパンのオンミョウジはクレイジーだと改めて思った。
それから少ししてようやく調整が終わった菊は壺の四方に
感心した様子で見ていたロックハートだったが、菊が円に文字を描き始めてようやく「いやそれ杖だから!」と声を上げた。
「風、止、凪と隠……うむ、多分これで動くはず……」
「たぶん?! ……うお、光が!」
菊が親指から一滴の血を魔法陣に流した瞬間、壺の周りの風は止み、水面のさざなみがゆっくりと平静になっていく。
術の発動条件は整った。
水面がにわかに白い光を放ちロックハートの目を焼く。菊は顔を庇うように腕を交差して立ち尽くすロックハートの腰に腕を回すと、水面に飛び込むように小さな壺の口へと飛んだ。一際強く光が辺りを照らす。思わず「うおおおおおお?!」と叫び硬直するロックハートの声は、一瞬の間を置いて光と共に消え失せた。その場に残ったのは土作りの小さな壺と地面に刺さった炎色の風切り羽、そして松の枝だけだった。
・
日本は瀬戸内海に聳える岩山──その中で一際大きな岩には、拡張魔法や隠蔽魔法などさまざまな魔法が複雑に、かつ大規模に施されている。非魔法族からはただの岩に見えるその岩は、一度中に立ち入れば日本庭園が広がっていた。日本の陰陽師 頭取たる土御門家が各地に作った隠れ家の一つである。
静寂に包まれた枯山水の奥で、清らかな水を湛えた小池が眩い光を放つ。同調するように鳳凰の風切り羽と大きな松の木も控えめに輝く。清閑な空気を破るようにふたつの水飛沫が上がった。
「んガァ! ゴホッ……冷たい」
「この術唯一の欠点がこれだ」
「身体中びしょ濡れ……疲れた体に鞭を打って、その結果がこれかい? ジャパンのおもてなしは最高だね」
「そういうな。何、屋敷に足を踏み入れた瞬間にその水気は全て飛ぶように式を組み込んでいるから問題なかろう」
池の中に現れた小柄な東洋人と金髪の美丈夫は服から水が滴るほどに強かに水面に浸かっていた。かろうじて踏ん張った結果足袋と裾が濡れただけの菊と比べ、ロックハートは池の中に尻餅をつく形で現れたため彼の機嫌はすこぶる悪かった。イギリス流の嫌味もなんのその、菊の一言を聞いた瞬間ニコッとしながらいそいそと池から這い出る。後に続いた菊はそのまま枯山水を突っ切ると縁側で履物を脱ぎ捨てた。家の中で靴を脱ぐという習慣がないイギリス人は、それを見て学生時代の彼女の部屋事情について思い出していた。
彼らが学生時代、菊は日本からの留学生ということで特別措置を取られていた。完全個室という待遇で迎え入れられたのだ。そして、彼女は入学初日にその部屋を純日本家が如く改造した。流石に間取りは変わっていなかったが、壁紙は砂を塗ったようなものになり、床は素足で歩くためにすっ活り踏み固められた絨毯を撤去してフローリングが剥き出しになっていた。しかし、彼女の部屋には砂埃ひとつたりとも落ちておらず、菊は一時は病的な潔癖症を疑われていたのだ。完全個室を利用して、ロックハートは度たび彼女の部屋に押しかけては自分の素晴らしさを知らしめるための作戦会議を行なっていた。
閑話休題
平屋の豪勢な日本家屋は聞くところによると平安時代から改装・増築を繰り返してきたという。今となってはまるで迷宮のようにあちこちがつながり入り組んでいる。そんな屋敷の縁側に足をかけたロックハートは瞬時に乾き切った己の体を見下ろし、不思議そうな声色で「こんなにも便利な魔法を、なぜホグワーツは教えてくれなかったんだ?」と呟く。菊は長い足を片方だけ乗せてフリーズする美男子を尻目に「建築素材レベルで組み込まれた術式だからじゃないか? 知らないが」と適当なことを言いながら迷いのない足取りで廊下を進む。置いてかれまいと慌てた様子で靴を脱ぎ捨て、先をゆく長い黒髪が揺れる背を追った。
「お〜い、兄者! 兄者はおらぬか!」
磨き上げられたカバザクラ材の硬さを足裏に直に感じる慣れなさにドギマギとしながら、虚空に声を張り上げる菊の後ろで億劫そうに口を開けた。
「……誰もいないじゃないか」
「兄者が留守なんて珍しいな……キミを紹介したかったのだが、仕方あるまい」
菊の兄者、兄弟か?
ロックハートは今まで微塵も興味を抱かなかった故に知らない彼女の家族構成が、今更気になった。胸中で湧き上がった感情に任せ、「兄弟がいたのか」と聞いた。答えは、「居候」だった。ボブ(ロックハート)は訝しんだ。普通、そんな男を”兄”とは言わんだろうに。
「居候? そんな奴を
「私の従兄弟で、剣術の兄弟子だ」
「フゥン……サムライか。それにしても、年下のお前の家に住み着くなんて、
ヨーロッパ魔法界において、
青々と艶めく畳から香る独特の匂いに慣れない様子でそわそわとしながら部屋に入っていく男。キョロキョロと机ひとつない部屋の中を見渡す様はまるで初めて人に飼われた子犬のようだ。
「今日のところは風呂に浸かってゆっくりと体を休めるといい」
「あ、ああ……てっきり今日は野宿かと思ったから、ありがたいな。ところで飯は? ベットはないのか?」
「……夕餉は式神が運んでくるから部屋で待っていればいい。布団は敷布団でそこの襖に入ってるが、それも式神が世話をするからな」
投げやりな説明に「出た、シキガミ! ところでシキガミって何?」とホグワーツ時代から抱いている疑問を内心爆発させながら、顔だけは神妙に頷いてみせた。それに満足そうに頷いた菊はそのまま扉を閉めた。
異国情緒あふれる部屋に一人取り残されたロックハートは遠ざかる足音を聞きながら床に倒れ込んだ。
「ッハァ〜〜〜〜疲れた! ……グゥ」
長いため息と共に意識を落としたロックハート。その端正な青白い顔に、音もなく影が落ちた。
音もなく白い顔布を当てた女──シキガミに敷布団にぶち込まれたロックハートが、翌朝いつの間にか完璧にセッティングされた布団に入っていたことに、恐怖のあまり叫び出したことはいうまでもない。
・
翌朝、屋敷に響き渡る男の悲鳴に駆けつけた菊は、彼の肝の細さに呆れながら式神を紹介していた。
顔に白い布をした風貌はロックハートにとって”
起床してすぐに枕元に膝をつき、こちら伺っている顔の伺えない女を目にしたロックハートが悲鳴をあげたのも仕方のないことだろう。
「これはキミの専属”式神”として式を組んだ。キミのために動くから、自分の好き嫌いを教え込むとどんどん良い動きをするぞ」
「……ああ」
「よし、これで問題あるまい。すぐ
「……ああ」
明らかに元気のないロックハートをスルーしながら手を2度叩く。音もなく襖が開き、2人の白い布面をした男性型式神がお盆を持ちながらそれぞれの前に朱塗りの銘々膳と料理を配膳していく。手前で湯気を上げる山盛りの白米は艶やかで、味噌汁・鮭の焼き魚・漬物と手前味噌の小鉢が隙間を埋めるように並べられる。夕食を食べ損ねたロックハートは立ち上る香ばしい焼き魚の油の匂いに生唾を飲み込んだ。
「懐かしいな……」
「そういえば、キミはホグワーツでも私の部屋に来ては飯を集っていたな」
「イギリスの飯はクソだ」
ロックハートはペンだこのある大きな両手を合わせて「イタダキマス」と呟くと、手前に置かれた箸を手に白米を口に入れた。数年のブランクはあったが、箸の腕は落ちていないようだった。ほのかに甘い、粘り気のあるライスはイギリスで食べるパラパラとしたタイ米とはまた違う旨さがある。噛めば噛むほどに甘い米粒を嚥下したロックハートは、衝動に任せて鮭の身に箸を入れた。紅色の身が油を滴らせながら持ち上がる。ロックハートはそれを白米の上に一度バウンドさせてから口に入れた。ほどよい塩味に体が白米を求める。欲望に従い、大口で白米を口に運んだロックハートは体から疲労が抜けていくのを実感した。
「旨い……」
「ハハ、キミはいつも美味しそうに飯を食べるな」
顔をしわくちゃにしながらしみじみと呟いたロックハートはそのまま次の一口を頬張る。菊は漬物をボリボリと頬張りながら、式神を手で呼び寄せた。意図を察した式神がスス、と近づき、巻物を手渡す。巻物をひらいて文字を目で追う菊は、しばらく目を伏せ、ごくりと漬物を飲み込むとロックハートに語りかけた。
「ロクハート、情報屋の居場所が掴めたぞ」
「ング、……何? 一体どうやって?!」
口いっぱいに詰め込んだ米粒を必死に嚥下してロックハートが吠える。昨夜、足が棒になるまで町中を何周もした彼は自分が見つけられなかった情報屋の居場所を一夜で見つけられたことに納得できない様子だ。菊は目の前の銘々膳を横に退けると、巻物を広げてみせた。
「……?」
「昨夜、屋敷から密偵に長けた式神を何体か街に放ったんだが、そのうちの一体が見つけ出した情報だ」
みみずがのたうち回ったような文字にハテナを浮かべるロックハートに、菊は構わず事情を話す。菊の言葉に合わせて、膳を持ってきた式神たちが軽く会釈をした。どうやら、密偵に長けた式神とはこれのことらしい。ロックハートは後半に筆で描かれた地図に目を凝らした。
「我々が昨日痕跡を発見できなかった理由はただひとつ」
「? 一体なんです?」
「お前のせいだよ、ロクハート」
「……!? な、なんですって?」
菊の小さな口から放たれた衝撃の言葉に、ロックハートは大袈裟すぎるほどに仰け反った。即座に戻ってきた彼は、身を乗り出して問い詰めた。「あ〜あ」とめんどくさい色を隠さずに菊が顔を背ける。男性型の式神たちは主人に詰め寄るロックハートの肩を掴み、一度引き離して落ち着かせた。
「……それで? 何が僕のせいなんだい?」
「キミ、色んな意味で有名らしいじゃないか」
ロックハートは自身の著書『Break with a Banshee』を発売後、宣伝のために方々のマスコミに自分を売り込んだ。初めはきちんと宣伝をしていたのだが、いつしか自己顕示欲が勝り、自分の情報を露呈し始めた。それからは、まあ、ひどいものだった。自分の話ばかりで本には全く触れない彼の姿に喜んだのは彼をもっと知りたいファンだけだった。本はいいのに、作者は嫌い。そんな魔法族が増えた結果、彼は業界から嫌われるようになってしまったのだ。
そのことは、ベネチアまで旅をしていた菊も知っていた。何せ、手に入る新聞全てに彼の大見出し記事があるのだから。
「どうせ低迷した人気回復のために、早く次回作をって魂胆だろう?」
「んん! ……いやぁ」
「それにしてもスパンが短い。書き上げて数ヶ月だろう! 私の腕も治ったばかりだというのに、本当にキミってやつは学生時代から何も変わってないな! いい意味でも、悪い意味でも!」
「……すまない」
すっかりしょぼくれた様子の彼にフン、と鼻を鳴らす。菊は彼の頭頂部を見ながら、巻物の解説を始めた。慌てて顔を上げたロックハートは菊の説明に必死に耳を傾けた。
曰く、昨夜魔法使いがいなくなったことで潜んでいたゴブリンたちの活動が活発化したらしい。式神たちはゴブリンが「成金野郎」についての悪口を言っているところを聞いたそうだ。見つけたゴブリンたちは、皆同じところで姿を消したという。
その場所こそが──
「大聖堂ゥ? なんでまたそんなところに……」
「ああ、ダラム有数の建築物だし、昨日も当然訪れた。が」
「が?」
「お前がいたからな。全力で隠していたらしい」
「なんなんだ、その理由……」
「それに奴らと我々では、そもそも使っている魔法が違うそうじゃないか」
「……知らないものは知らないから、無知は恥じゃない! 知ろうとしない姿勢が恥なんだ!」
「いばっていうことじゃないぞ、キミ」
思わず脱力したようにその場に倒れ込むロックハート。菊は保温魔法がかけられ、未だ湯気を立てている味噌汁に口をつけた。うん、うまい。柔らかく煮込まれたカブを噛み締めれば、じゅわりと汁が溢れ出る。朱塗りされた茶碗に口をつけて味噌汁を一気に飲み干した菊は巻物の後半に記された平面図を指差した。
「大聖堂と言っても入り口は中ではない。下だ」
捏造オンパレード回。
耐えきれず、日本に少しお邪魔しました……
ロックハート氏は原作でも1作目出版の際メディア露出大杉〜って話があったと思うので要素あります。