ロックハート英雄譚   作:黒鵜

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就活ゥ? しらねぇな!!!!! 小説たのしい!!!!!!


4, 展開

 ダラム大聖堂側の森

 

 菊はロックハートの襟を掴み、引き摺りながらダラム大聖堂側の森の中を突き進んでいた。

 川の水面が朝日に反射して眩く煌めいている。普段は心安らかに聞こえる小鳥の囀りがやけに煩わしく思えた。

 

 麗らかな朝の森林で、踵を泥まみれにしたロックハートが呑気な声を上げた。

 

「ンン〜〜〜もう離してくれてもいいんですがね」

 

「……ああ」

 

「? 機嫌が悪そうな言いようだな?」

 

 菊に全体重を預けたまま顔に疑問符をうかべる。

 迂闊な言葉に手を離され、そのまま美しい若草色のローブが泥に汚れた。

 ロックハートは起き上がりもせず、白い頬に泥が着いたまま訳知り顔で口を開いた。

 

「はは〜ん、分かったぞ? さては僕だけファイア・ウイスキーを飲んだから怒っているんだな? そう怒るな! 印税でぽっかぽかの僕が何本でも奢ってやろう!」

 

「……はあ、違う。全然違う。全く、掠りもしていない。……酒は貰う」

 

 菊の言葉にロックハートはまるで向日葵が綻ぶような笑みを浮かべた。

 彼の端正な顔に見合わぬ鼻にシワが寄った無垢な笑顔に、菊は毒気を抜かれたような顔をして手を差し伸べた。

 

「ン〜、ありがとうございます!」

 

「その”ン〜”ってやつやめろ。腹が立つ」

 

「んな?! 何を言う! 金持ちの余裕ぶった男はみんなこう言うんだ!」

 

「ひどい偏見を見た……」

 

 ロックハートは桜の杖を手に取ると、手首を軽くスナップさせるようにして服に清めよ(スコージファイ)をかけた。

 まるでチョコレートがたっぷりかかったドーナツのような装いが、数瞬の後には鮮やかな若草色を取り戻す。

 ロックハートは満足気にうなずくと──まともに魔法が使えていることに驚きを隠せない菊を尻目に──杖を腰元の杖ホルダーに収納した。

 

「さて、振り出しに戻った訳だが……これからどうしようか」

 

「! ……!! ……?!」

 

「いやはや! 驚きすぎですよ、お嬢さん?」

 

「……ああ、すまない。正直ドラゴンと出くわした時よりも驚いたが、大丈夫だ」

 

 菊は簡単な修復呪文(レパロ)さえ満足に使えなかった彼の様を思い出しながら、驚愕を胸の奥底へと仕舞った。この調子で驚いていては身が持つまい。

 改めてロックハートはごほん、と咳ばらいをした。

 

「それで、何か宛はあるのか? あのおじいさんはゴブリンについての話しかしていなかったが……」

 

「……その前に、仕事だ。私の後ろから離れるなよ?」

 

「! わ、わわわ分かった!」

 

 慌てて背後に回った鮮やかな男を庇うように菊が鋭い眼光を周囲へ放ち。腰元の刀に手をかけた。

 

 ザワザワと木々が囁き合っている中で一陣の強い風が吹く。

 

 木々のさざめきに紛れるように、地面に伏した木の枝がポキリと折れた。

 

 一閃。

 

「──シィッ!」

 

「ぐ、ぎゃあ!」

 

 地面に落ちた小柄な影──ゴブリンが脚を庇うように蠢く。

 傍には刃が()()()小さな剣が何本も散乱しており、明確な殺意をもって襲いかかってきたことが伺えた。

 

 目を固くつむりしゃがみこんでいるロックハートを守るように菊は鋼鉄の左腕で乱暴に、しかし正確に飛来した短剣を地面に振り払った。

 金属同士がぶつかる甲高い音と共に火花が平穏な森に散る。柔らかい草を押しつぶした短剣は、その刀身が()()()と怪しげな光を放っていた。

 

 菊は視界の端で義腕を確認する。太陽の光に反射していくつかの刀傷が見えた。

 

「チッ、流石に小鬼製の刃物じゃあ傷が付くか。新調したばかりだのに、まったく癪に触る奴らだ」

 

「す、ステイステイ! 流石に殺しはまずいぞ?! ……テリトリーの外ならまだしも」

 

 凶悪な顔で殺意を漲らせる菊と常識的なことを言っているようで言っていないロックハートのやりとりを隙と見たのか、2人のゴブリンが挟み込むように襲いかかってきた。

 

 短剣をほとんど同時に投げつけるとそれに追随する形でナタのような形の剣を構えながら駆けるゴブリンたち。

 

 短剣を刀で振り払えば、生じた隙を突いて脇をやられる。

 かといって、これを避ければロックハートへの直撃は免れない。

 

 では、どうするか。

 

 ──簡単だ。全部、斬ればいい。

 

 菊は瞬時に足を肩幅に開き、腰を落とした。

 左右からまっすぐに飛んでくる短剣を刀を8の字に振り下ろし、刃の腹で撫で上げるように軌道を斬り落とす。

 力の向きを逸らされた短剣がロックハートの足元に勢いよく突き刺さる。

 

 菊は間髪入れずに鋒を切り返し、刀を振り上げた。

 

 飛びかかり剣を振り上げるゴブリン。

 

 菊は避けるでもなく、右側のゴブリンの懐へ勢いよく飛び込んでいった。

 

 予想だにしていなかった挙動に思わず目を見開くゴブリンに向かい、獣のような獰猛な笑みを浮かべて刀を瞬時に握り直し、下から振り上げる。

 

「ッガァ!」

 

「次ィ!」

 

 剣を握っていた方の腕を切り飛ばされ、小さく悲鳴を上げながら地に崩れ落ちるゴブリン。

 

 菊は全身に返り血がつくのも厭わず、まるでバレリーナのように片足を軸にターンをしてみせた。

 

 ぐるり。

 

 残されたゴブリンは血に濡れたサムライに、思わず喉の奥が引き攣るような音を出した。

 

 しかし、すでに退路はない。

 

 一度振り上げた剣は元に戻せないのだから。

 

 菊はターンした遠心力を乗せて、鋼鉄の拳で思い切りゴブリンの顔を振り抜いた。いっそ気持ちのいいほどの吹っ飛び方で茂みの向こう側へ消えていったゴブリンに菊は満足げに鼻息を鳴らした。

 

 さあ次はどいつだ、と興奮し瞳孔が引き絞られた目を見開きながらあたりを伺うも、ゴブリンたちからの攻撃は止み、こちらを伺う視線だけが飛び交っていた。

 

 キョロキョロ。

 

 周囲を何度か見まわし、戦意がすっかり怯えに変わってしまっていることを敏感に感じ取った菊は能面のような表情が抜け落ちた顔をした。

 

「彼我の実力差はもう分かっただろう。 何、殺してはいないさ。仲間を連れて即刻立ち去れ!」

 

「……」

 

 返事はなかった。

 

 一瞬と静寂の後、気配が遠ざかっていくことを確認した菊は腕を抑えるゴブリンに向き直った。

 

 呻き声を上げながらも命乞いをするでもなく、ただ痛みに耐える彼に、猛烈な()()()があった。

 

 考え事をするように視線を宙へ向けた瞬間、地に伏していたゴブリンの気配が消失した。

 姿くらましだ。

 もとより深追いもトドメもさすつもりのなかった菊は、それを逃しながらも記憶を辿った。

 

「いやぁ、危なかった! それにしても、ゴブリンが魔法族に刃を向けるなんて……魔法省が知ればタダでは置かないだろうに」

 

「……奴ら、見覚えがある。ヴェネツィアまでの道中、護衛対象を襲ってきたヤツらだ 」

 

 ずっと守られていたのにも関わらず、元気爛漫な様子でひょこりと立ち上がったロックハートは、そのまま菊と肩を組んだ。

 されるがままの菊をいいことにそのまま考え事さえ始める彼。菊はようやく引っ張り出した記憶の話をし始めた。

 

 

 あれは菊がロックハートと別れて少し後のことだ。

 街中──といっても、魔法族のために秘匿された場所だが──でゴブリンの奇襲を受けた魔法道具専門の旅商人を手助けした。

 菊は成り行きでベネチアの近くまで護衛を受けることになった。

 

 その道中で襲いかかってきた刺客こそ、目の前にいるゴブリンたちと似た格好の者達だったのである。

 

 奴らは身の丈に合わせた背広に銀製の首輪を揃ってつけていた。

 

「何?! それではまるで、あのアサシンたちがキクの客のようじゃないか!」

 

「人聞きが悪いやつだな……このゴブリンたちが先程の情報屋集団と絡んでいるのは間違いない。

 

 ──問題は目的だ」

 

「目的ィ?」

 

 フクロウのように限界まで首を傾げるロックハート。

 菊は子供に説明するような、優しい口調で語り始めた。

 

「いいか? ゴブリンという種族は滅多なことでは武力行使に踏み切らない。奴らは魔法界での()()()()()()()を理解しているからな」

 

「そうだな……?」

 

「それに加えて理由が見つからない」

 

 ゴブリンが魔法族に並々ならぬ敵愾心を抱いていることは日本魔法族である菊も肌で感じていた。なにせ、ホグワーツ近くにあるグリンゴッツ魔法銀行の職員たちは信じられないほどに無愛想で人を小馬鹿にしたような態度だったのだから。

 

 菊は言葉が十分にわからない分、語調から伝わる相手の感情には人一倍敏感であった。

 

 利口なゴブリンがわざわざ武力行使をする理由。

 

 

 ゴブリン製の業物か? 

 

 ──否、そうであればとっくにイギリス魔法界はゴブリンによって荒らされ尽くしているだろう。

 

 

 何か恨みでも買ったか? 

 

 ──ロックハートのことは簡易炎上男故なんとも言えないが、少なくとも私の心当たりは先日の護衛で返り討ちにした程度だ。だが、これでは弱い。

 

 

 そう言えば、佐々木の爺様の名前を聞いた途端に態度が急変したような……

 

 

「──一体、ヤツらは何を欲しがっているんだ?」

 

 

 その時、緩んでいた緊張の糸が一気に張り詰めた。

 

 何某の気配を感じた菊はさりげなくロックハートを射線上から庇うように立ち、振り向きざまに刀を向けた。

 

「 何奴ッ!」

 

 鋭く飛んだ声に反応して、少し離れたところに生える低木の中から子供ぐらいの影が飛び出す。

 

 その影は菊から離れた場所でしゃがみこむとしゃがれた声で喚き始めた。

 

「やめい! わしだ、わし! 小娘、その物騒なモンを仕舞え!」

 

「──!」

 

 橋の下で恐喝したゴブリン(ほかのアテ)が、目の前に姿を現したのであった。

 

 

 ・

 

 

 朝。

 

 木漏れ日が降り注ぐ川辺の森は、小鳥たちのさえずりさえ聞こえぬほどに異様な静けさに包まれていた。

 風に擦れる葉音がざわざわとささやきあっている少し不気味な森の奥で、しゃがれた声が響いていた。

 

 木漏れ日から外れた大岩の上に腰かけたひとりのゴブリンが表情の読めぬ顔で口を開く。

 

「わしはティムという。ゴルゴフの……元右腕だ」

 

「……右腕には見えなかったが?」

 

 菊がティムと出会った際、彼の足には銀の足枷が揺れていた。

 

()()()()()()()()()を持つ菊は、その足枷が()()のように見えた。

 猛烈な執着の色が足枷から立ち上る煙のように彼の体にまとわりついていた。

 

 ティムは意地悪な翁によく似た声色で菊に語りかけた。

 

「いいか小娘、わしらの中にも派閥がある。ゴルゴフをはじめ鷹派のゴブリンが実権を握り、わしら鳩派の自由を奪った上に──」

 

「あ、そういうのはいいんで。グールの群れについて知っていることがあれば、よろしく頼みます!」

 

「……小童がァ!」

 

 空気も読まず、あるいは他人の気持ちを慮らず。

 ロックハートは相変わらずの鈍感さを以てティムの話を断ち切った。

 

 当然、瞬間湯沸かし器の如く顔を赤くして激昂するティムだったが、すぐに頭を振ると冷静さを取り戻した。そのアンガーマネジメントはまさに年の功。怒りで視界が曇りにくそうな、ゴブリンの理知的な性格をしているようであった。

 

 ティムは一つ、細長い指を立てた。

 

「……あァ、知っているとも。何せ、わしはあの時まさにその情報を持ち帰っている最中だったのだからな」

 

「! 情報源!」

 

 瞬時に盛り上がったロックハートを尻目に、ティムは少し考え込むと、神妙かつ愉悦を隠しきれない面持ちで口を開いた。

 

「して、小娘。貴様、何故に奴らに襲われていたんだ? 情報代を踏み倒したり、ゴルゴフの横面を殴りでもしたか?」

 

「否。私はただ、紹介者の名を出しただけだ」

 

「紹介者ァ? わしらの組織は秘密裏に活動してきた、()()()()の情報屋だぞ? そんな数寄者、そういるわけがねぇ。

 

 ──貴様ら、一体どいつの差し金だ?」

 

 場の緊張が一気に高まった。

 小柄な体格ながらティムの放つ殺気は重厚で、菊は思わず刀に手をかける。

 

 彼ら小鬼の寿命は知らないが、噂では百年単位で生きながらえる個体もいると聞く。人間とは成長速度が異なるのであろう。

 情報屋でありながら全身に傷跡を抱くこの小鬼も、その生涯の一部を争いの場で過ごしたのだろう。

 

 現代ではすっかり感じることのない剥き出しの殺意に菊は距離をおき、慣れていないロックハートに至っては声を出すこともできずその場にへたり込んでいた。

 

 プレッシャーに乾く唇を軽く舌で湿らせる。

 菊は刀から手を外さずに、堂々とした声で言い放った。

 

「此度の紹介は我が師 佐々木 源二郎によるものである」

 

()()() ()()()()

 

 菊の剣術の師範たる彼の名を聞いたティムは、顔中のシワを引き伸ばして驚愕の色を見せた。

 

 今、小娘はササキ、ササキと言ったか。

 

 ティムの脳裏に浮かぶは在りし日の佐々木 源二郎の背。

 

 人間にしては小柄で、温和そうな顔つきで、物腰も柔らか。

 

 東洋の出ながら、卓越した剣の技術で幾度も助けられた。

 

 庇われた。

 

 救われた。

 

 最後に会ったのは、もう四半世紀は前になるだろう。

 

 

 ──彼の顔はどのようなものであっただろうか。

 

 

 かつて焦がれていた侍の顔を、ティムはもう思い出せない。

 それでも尚、ティムは彼の人に恩義を抱いていた。

 

 いつか彼が助けを求めたら、なにに代えても手助けをしようと。

 

 

「……師弟揃って人助けとは、東洋のサムライは揃いも揃ってイカれてやがる」

 

 ティムは小さく呟くと、勢いよく顔を上げた。

 

 そして刀に手をかける菊と怯えるロックハートに小鬼らしくない柔和な笑みを浮かべて手を差し出した。

 

「全く、また借りができちまった。よければ手伝うぜ? ──グール狩り」

 

「! 小鬼の協力者とは、なんてネタになるてんか……頼もしいことだろうか!」

 

 菊に差し出された真っ白で細長い爪指の、小鬼の掌。

 それに応えようとした菊を遮って、泥まみれのコートを翻しながら、いつにないテンションのロックハートががっしりと握手を交わした。

 上下に掌を振りながらニコニコとしている男を少し気味悪そうに見やりながらティムが応える。

 

 

 

 ここから、ロックハートの旅は急速な進展を見せたのであった。




 ティムをはじめとするゴブリンたちはグリンゴッツ魔法銀行で働いているようなエリートではなく、叩き上げの粗暴な輩ですので、口調もそれに従って荒めになっています。
 前章最終話のゴブリン再登場の巻〜!
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