ロックハート英雄譚   作:黒鵜

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明日からホグレガ解禁!わーい!


5, ロックハートの危機

 ティムに導かれ、一行の姿はダラム近郊の荒野にあった。

 大きな岩がゴロゴロと転がり、その周りに申し訳なさげに雑草の類が生い茂る不毛の土地。お気に入りの鮮やかな若草色のコートを砂埃から守るため、麻の布で覆い不機嫌なロックハートは噛み付くようにティムに吠えた。

 

「あとどれぐらいで目的地に……もう足が棒のようだ!」

 

「もうすぐだ」

 

「またそれか!!」

 

 この問答は、先ほどから何度も繰り返されている。

 ロックハートは空を仰ぎ見た。田舎特有の鮮やかな満点の星空が、暗雲に掛かって見えなくなっている。月の光さえ遮られた荒野は文字通り暗闇に包まれていた。

 

 一行はティムの持つ松明と菊の浮かべた仄かに光る折り鶴のみを光源に、暴風の中を進んでいた。

 

 朝に街を出てからこれまでの間歩き詰めであった3人の中で、初めに限界を迎えたのは、言わずもがな、作家先生であった。彼は唐突にその場に倒れ込むと、外聞を気にせず、まるで幼子のように足をばたつかせて喚き始めた。

 

「もう! 一歩も! 歩けない!!」

 

「……」

 

「そんな引いた顔で見ないでやってくれ。こういうやつなんだ」

 

「……そ、そうか」

 

 今までに見たどの人間よりも情けないロックハートの痴態に、ティムは少し顔を引き攣らせながらも大岩のそばで休憩することを決めた。

 その声に豪奢な金髪を暴風でボロボロにされたロックハートが歓喜の雄叫びを上げた。いの一番に大岩のそばへかけていくいい歳の大人の後を、2人はゆったりとした歩みで追いかけた。

 

 大岩は近くで見ると複数の岩が組み合わさって構成されていた。頂点を貫くように大木が根ざしており、暗闇の中でも暴風に吹かれて擦れる葉の音が耳に届く。

 

 菊はぼんやりとした心地で岩の頂点に見え隠れする大木の緑を見上げた。包み込まれるような、大きな気配がする。決して不快なものではなく、大地のようにそこにあるのが当然であるかのような、そんな気配が。

 

 気づけば暴風は雨を交え、冷たさを帯びて菊の体を包んでいた。

 

「おーい! ティムが飯を作ると言っているぞ! 菊も早く来い!」

 

 暴風雨に負けず、大きすぎる声が耳を貫く。菊は雨から顔を守るように麻の外套を目深に引き下げると急足で大岩へと向かった。

 

 

 2人は岩の割れ目のような洞穴で焚火を囲んでいた。パチパチと火花が爆ぜては薄暗い岩肌を照らしている。菊は滴が滴る麻の外套を脱ぎ去ると、紺色の袴姿で大きく伸びをした。

 

「ん……これだけで疲れるとは、鈍ったかな」

 

「ハハ、菊が鈍っているなら僕はなんだ? 赤ちゃんか何かかな?」

 

「あながち間違いでもない」

 

「ふぇ……」

 

 焚き火の上で鍋の上で細長い指で円を描くような仕草で魔法を使い、中身をかき混ぜるティム。その側で暖を取っているロックハートが疲労を滲ませながらも軽妙な声色で冗談を飛ばした。

 菊は彼の腕にびしょ濡れの外套を落とすと、文句も言わずに杖を一振りして乾かしてみせる。そのまま菊の袴にも同様の魔法をかけると、腰元の豪華絢爛な杖ホルダーに桜の杖をしまい込んだ。

 

 菊はすっかり乾いた服にニコリと笑い「いつもすまないな」と礼を返した。

 彼女はホグワーツ魔法魔術学校を中退したことで、初歩的な西洋式魔法を苦手としているのである。

 

「ほれ、簡素なもんだが食わないよりゃマシだ」

 

「ありがたい」

 

「ええ、簡素な食事でも喜んでいただきますよ!」

 

「……」

 

 ティムが一つ指を鳴らすと3つアルミ製の深皿が乾いた音を立てて現れた。そこに宙に浮かべたミネストローネを等分していく。

 ロックハートは焚き火で炙っていたバケットを魔法で切りながら菊の手元へと送り出した。

 菊は宙を泳ぐようにパン切れが連続して飛んできたのを見もせずに受け取ると、保存食として外套の内側にぶら下げてあった燻製肉を薄く切り、パンの上に乗せてはロックハートが広げたプレートの上に積み上げていく。

 

 均等に食事が配膳される。ティムは彼ら小鬼の神に祈りを捧げ、菊は簡素に手を合わせて頭を下げた。

 それを横目にロックハートがスープを啜った。

 

 彼に祈る神はいないので。

 

「! 美味しい! 暖かいミネストローネと塩味の強い肉が疲れた体に染み渡りますねぇ!」

 

「それはそれは……()()()食事が口にあったようで何よりだ」

 

 目を輝かせて賞賛の声を上げるロックハートに丁度祈りを終えたティムが嫌味っぽい口調で言った。食事中は黙って集中するタイプの菊はバケットをちぎっては口に入れている。

 

 焚き火を絶やさぬように途中で拾い集めていた小枝──無論ロックハートによって乾燥魔法をかけられている──を足しながら、ティムが口を開いた。

 

「グールの群れが最後に目撃された場所がこの荒野だった」

 

「魔法使いを襲うほど強力なグールの群れがここに……」

 

 改めて口にすると、なんだかそれが恐ろしいものだと思えてくる。

 一般的な魔法使いであれば難なく退けることができるグールは、事実そこまで危険度の高い生き物ではない。知性なきグールが、徒党を組んで魔法族を襲う。少しでも魔法生物に理解のあるものであればどれほど異常なことはすぐにわかる。

 

 ロックハートは期待と若干の不安で背筋を震わせた。

 

「それで? ここからどれほどで着くんですか?」

 

「わからん」

 

「わからんって……そんな!」

 

 そっけない言葉に体をのけぞらせる。ティムは気難しそうな顔のまま、ちぎったパンを口に放り入れた。

 

「不寝番はどうする? 我が依頼人はもう限界そうだが……」

 

 食事を終えた菊が食器に清潔呪文(スコージファイ)をかけながらそういった。複数人での野営に慣れている彼女はテキパキと準備を進めていく。失礼な、とでもいいたげにロックハートが吠えた。

 

「何だとぅ?! まだまだ全然! いけ、る……グゥ」

 

「ほらな? これで私かお前かになったわけだが、正直命を預けるにはまだ信用できん。ここは私が不寝番を務めようと思うがどうだろうか」

 

「わしは構わん」

 

 異論はなかった。食事を終えた瞬間に綺麗な寝落ちを見せたロックハートを適当に寝袋に放り込むと、菊は刀を手元に置きながら膝を立てて壁に寄りかかった。

 

 目を瞑り、精神を研ぎ澄ます。岩肌に打ちつける雨粒と、遠くで岩が転がる音。小さな生き物たちが息を潜めて体を寄せ合い、熱を分け合っている。

 

 そのうちロックハートの寝言に混じり、ティムの寝息が聞こえてくる。

 

 野営特有の穏やかな時間。

 

 菊は2日連続で歩き通しのロックハートに若干の申し訳なさを抱きつつ、ため息をついた。眠気こそないものの、体と頭は疲労を訴えている。

 

 菊は深く呼吸を吸い込み、ゆっくりと吐いた。脳に酸素が届き、じんわりと暖かな感覚が体全体に巡る。

 

 

 

 雨はまだ止む気配がない。

 

 菊はふと、指が動かないことに気がついた。

 

「……?」

 

 意識が急速に遠のいていく。

 

 最後に感じたのはどこか甘い匂いと、大きな複数の振動──

 

 

 ・

 

 

 ぽたり。

 

 ぽたり。

 

「……ん?」

 

 ロックハートは顔に滴る水にけぶる睫毛を何度か震わせた。ゆっくりと瞳を開くと、寝る前と何ら変わらぬ岩肌──いや、すこし薄暗い気もする──が視界いっぱいに広がった。

 

 次に、鼻を突くような刺激臭が届いた。涙腺が刺激され涙目になる。ロックハートはぼやける視界を必死に彷徨わせた。

 

 眼前には岩と岩とウゴウゴと蠢く灰色の壁と、それから岩。

 

 ──壁? 

 

 いや、これは壁と言うよりも……!! 

 

「グ、グール!!!」

 

 ロックハートは文字通りその場で飛び上がった。

 

 咄嗟に腰元に手をやるも、そこにあるはずの杖ホルダーがない。スカスカと何度か手をやってようやく気づく。

 

「これって結構やばくないか?」

 

 呆けるロックハートに、蠢く壁は一気に形成を崩して襲いかかった。「あぁぁぁぁあ!!」と情けない声を上げながら逃げようとするロックハートだったが、グールたちの足は存外早かった。

 

 ぱしり。

 

 乾いた音を立てて、グールの灰色で土に汚れた手がロックハートの若草色のコートに爪を立てた。

 

「ヒィッ! お助けェ!!」

 

 薄暗くてどこまで続いているのかも分からぬ洞窟の中を走って逃げようとすること自体無謀であった。

 ロックハートはまち針で縫い止められたようにその場を空走る。

 

 ひび割れた灰色の指がゆっくりとロックハートの体を掴む。思わず倒れ込んだロックハートに覆い被さるようグール。

 

 ロックハートは思わずその顔をまじまじと見た。

 

 白濁とした瞳は飛び出ており、温度のないおちくぼんだ肌にはうすらと金の産毛が生え揃っている。歯はまばらで息はなく、確かにそれが()()()()()()のだということをまじまじと感じさせた。

 

「おぇ……なんて不細工なんだ……!」

 

 ロックハートはその醜悪さに思わずえずいた。

 

 それに反応するかのように、知性がないはずのグールは雄叫びを上げてロックハートに殴りかかった。当然押さえつけられている彼に避ける術はない。遠心力ののった強烈な拳が百合の花弁のようにきめ細かな頬にのめり込んだ。

 

 頭ごと脳を揺さぶられるような感覚。

 

 ロックハートは膜を張ったサファイアのような瞳を必死に動かし、打開策を探った。

 

 今持っているものはなんだ。

 

 ロックハートは手探りで何か武器になるものを探した。

 

 杖は──ない。

 

 ナイフは──ない。

 

 本は──だめだ、ササキに上げてしまった。

 

 何か、何かないのか?! 

 

 焦りに駆られるロックハートの顔に影が落ちる。

 グールが再び拳を振り上げていた。

 

「!!」

 

 反射的に硬く目を瞑るロックハートは、腰元のポーチが()()()()()()()()()()()に気が付かなかった。

 

 A"a"a"a"a"a"a"a"!! 

 

「……? え?」

 

 濁った悲鳴に思わず目を開けたロックハートは、自身を押さえつけていたグールが炎に巻かれているのを見て、呆けた顔をした。白い顔を轟々と燃え上がる火柱が照らす。

 

「な、何が……ヒッ!」

 

 仲間の炎上に静止していたグールたちだったが、一転、雄叫びを上げながらロックハートに殺到していく。立ち尽くしたまま炎に巻かれ苦しむグールを少々の憎しみを込めて蹴飛ばすと、慌てて立ち上がって駆け出す。

 

 火事場の馬鹿力か。「うおおおおおおお!!!」と猛烈な雄叫びと共に圧倒的な健脚で差を広げる(コーナーで差をつけろ!)ロックハートだったが、職業柄体力がないことが災いした。徐々に縮まる彼我の距離に内心で運動を決意しながら血走った目を走らせる。

 

「ココだァ!」

 

 岩に紛れるように佇む鉄格子の嵌め込まれた両開きの鉄扉に目を止めたロックハートは勢いを落とさず扉を蹴破った。即座に扉に向き直り体を押し付けて押さえ込む。奴らもすぐに追いついたようで、特有の腐乱臭が漂うと共にガンガンと扉に体当たりをし始める。扉には鍵の役割を果たす(かんぬき)が中程で折れた状態でぶら下がっていた。扉を蹴破った時に折れたのだろうか。ロックハートは因果応報に半泣きになりながら扉をくっつけるための呪文ーー施錠呪文(コロポータス)を唱えた。しかし、うまく魔法力がまとまらず、効果がうまく発揮されない。

 

 そも、杖なしに魔法を使うことは非常に困難である。アフリカ系の魔法族のように特訓を積み、精神力を高めているのならまだしも、道具に頼ってきた西洋魔法族(ロックハート)が怯え切った極限状態で無杖魔法を使えるかというと、その確率は著しく低くなるだろう。

 

 杖とは、魔法を使う上での方向性の指標である。だからこそ、魔法力を帯びた魔法伝達率の高い素材を使うことが多い。杖以外の形状でもそれは同様である。

 

 例えば大杖(ワンド)は魔法力を帯びた石や生きたままの木を素材にする。イギリス魔法界が誇る偉大なる魔法使い マーリンも大杖(ワンド)を好んで使ったという。

 

 あるいは錫杖。魔法力を音に乗せて広めるという意味で魔法力の伝達性が高い形態であった。──どちらも携帯性の悪さや作り手の不足からすっかり廃れてしまったが。

 

 ともかく、杖というものは魔法族にとって魔法を使う上で発動や指針を補助するものである。

 

 現代に生きる魔法族の中で、杖なしに魔法を使えるものはさして多くない。

 つまりは西洋で生まれ育った、それも20そこそこの若者が杖なしに魔法を使おうとすること自体無謀なことであった。

 

 それでも、ロックハートは諦めない。

 

 彼自身、自分の魔法の下手さは理解している。

 

 それでも最後まで足掻こうとする、その心の強さだけは、目的を必ず遂げようとする()()()だけは本物であった。ホグワーツ魔法魔術学校入学時、組み分け帽子は彼に大いなる知恵と偉大なる機知の素質を見出していた。彼にはその才能があった。選びこそしなかったが、彼の中には確かに()()()()()()()()()が眠っていたのである。

 

 彼は施錠呪文(コロポータス)を唱えた。

 

 失敗しても諦めずに、何度も何度も。

 

 そのいずれもが見当違いの方向へ飛んでいくか、そもそも発動しなかった。それでも少しずつコツを掴んでいるようで、少しずつ狙いを定め呪文を放つ。だんだんと扉がくっつき始めたことが手応えとして感じられた。

 

 

「あ、そういえばいいものがあったな」

 

 ロックハートは不意に思い出した。自身が持つあるものの存在に。

 

 彼は腰元のポーチを片手でかき混ぜ、目当てのものを取り出した。

 

肥大呪文(エンゴージオ)!」

 

 みるみる大きくなる銀製の茶漉しを扉の(かんぬき)のように取っ手に差し込むと、恐る恐る体を扉から離した。

 

 時折、体当たりをされて揺れるものの、扉は分厚い板で出来ているし、茶漉しも曲がる気配がない。

 

 ひとまずは安心だ、としゃがみ込んでため息を吐いたロックハートは、そこで殴られた頬の痛みを思い出した。

 

「イテテ……久しぶりに手ひどく殴られたな」

 

 ジンジンと熱をもつ頬に冷え切った手の甲を当てながらロックハートは目を瞑った。

 

「……これからどうしよう」

 

「どうするんだい?」

 

 独り言に返事が返ってきたことに、ロックハートは声も出せないほどに怯え、瞑った目を開くことができなくなった。

 その間に何某の艶のある低めの声が距離を詰めてくる。

 

「それで? こんなジメジメで薄汚い場所にいるお兄さんはこれからどこにいくんだい?」

 

 耳元で囁く声に思わず目を開けたロックハートは、眼前に広がる青白い顔に絹を裂いたような悲鳴をあげた。

 

 

 ・

 

 

「──っ!」

 

 菊は目を大きく見開き、その場を飛び起きた。

 

 纏めておいてある荷物は綺麗なままそこにある。焚き火も燃え尽きた炭がぷすぷすと黒煙を上げている。

 

 ティムの被った薄汚いぼろ布も、最後に見たとおりの場所で上下している。

 

 全ては何事も無かったかのようにそこにあった。

 

 ──ロックハートを除いて。

 

「ックソ!」

 

 ロックハートを放り込んだはずの寝袋だけが、綺麗にその場からなくなっていた。

 

 菊は呑気に眠りこけるティムを半ば蹴飛ばす勢いで叩き起こし、怒鳴りつけるように吠えた。

 

「今すぐッ! あいつの居場所をッ! 探してこいッ!!」




ロックハート氏は原作の中でハットストール(組み分け困難者)と記述があります。スリザリンとレイブンクローで迷われたそうで……確かに、原作の彼にも素質が垣間見えますね。
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