書けない時に見ては励まされています。アリガトウ……モットクレテモイイヨ……?
2023/05/12 日刊ランキング20位ありがとうございます( ◜ω◝ )
荒野の地下に打ち捨てられた炭坑の、極めて地表に近い洞窟。その一角で2人の男が向き合って座っていた。
1人はまるで太陽のような男。豊かな金髪をかき揚げにし、後ろで小さく若草色のリボンでひとつ纏めに縛っている。白百合のようにきめ細やかな肌に似つかわぬ赤黒い痣を浮かべながら、涙の跡が残る顔で岩に腰掛けている。華美なフリルの開襟シャツと同色で刺繍がされているブラウンのパンツ姿でボロボロになったお気に入りのコートを膝の上で畳んでいた。
──我らがお騒がせ作家 ギルデロイ・ロックハートである。
ロックハートの向かいに腰掛けている彼は、まるで月夜のような青年であった。夜を溶かしたような艶のある黒髪が一筋青白いシャープな頬にかかり、赤色の瞳が形の良いアーモンド型に収まっている。薄い体をシンプルながら品のある黒のスリーピースに押し込めた彼は、やけに紅い小ぶりな口を開いた。
「それで、どんな経緯でここに来たんだい?」
「いやそれがまた酷いもんでね……仲間と一緒に眠ったはずが、起きたら別の場所で死んだお友達とグッスリで! うう、思い出しただけで恐ろしい!」
身震いするロックハートは口を大きく開けては、切れてカサブタになった口の端を「イタタ……」と抑えている。見かねた青年は絹のハンカチーフを指を指揮者のように一振りすることで生み出した水に浸し、軽く絞って傷口に当ててやる。ぐ、と近くなった距離に慌てもせず──ヒント:彼の顔面偏差値=家族──今度は控えめに口を開いた。
「それで、あー、名前をお聞きしても?」
「おっと私としたことが、自己紹介がまだだったね。
──私はトロカー、しがない旅人さ」
「これはどうも。で、Mr.トロカーはここで何を?」
怪しく光る青年──トロカーの縦に裂けた瞳孔を気に留めず、ロックハートは呑気に言った。ロックハートからの質問に瞳を三日月のように歪めると囁くような声色で答えた。
「うーん、マ、簡単に言えば人探しをしている最中なんだけどね?」
「人探しィ?」
「そうさ。もう長いこと会えてない、大事な人を探しているんだ」
迷子になった幼子のような途方に暮れた声に、ロックハートは思わず顔を見上げた。
彼の彫刻のような、完成された顔立ちは人が良さそうな表情を浮かべている。しかし、その伏せられた睫毛の奥には幾重にも渦巻くものがあった。悲哀、憧憬、疑問、懐古。さまざまな思いの色が浮かんで消え、美しい跡を残していく。小説家という性分か、ロックハートは無意識のうちにそれをひとつの型にはめて呼び表すのは無粋だと感じた。
しかし、瞳の奥に抱える鮮烈なそれ以上に、声色は訴えていた。
「私の親友だ。何者にも変え難い、大事な親友……」
──会いたい、と。
親友。
朧げな菊の後ろ姿がロックハートの脳裏に浮かぶ。
たった数年の交友だった。出身は異国で、言葉も文化も違っていた。性格も行動も得意なことも正反対。再会も数年ぶりだった。それでも、昨日別れたばかりのように、何の気負いもなく会話できたのは。自分の命運を託すことができたのは、キクだったからだ。
鼻持ちならない自己愛に溢れた少年を受け入れて寄り添ってくれた彼女は、交わった線こそ短かったものの、ロックハートの中では愛すべき親友に位置付けられているのである。
身内に入れたものには甘い(※本人談)ロックハートは衝動に突き動かされたように立ち上がり拳を握った。
「ここを出たら力になろう! この偉大なる大作家 ギルデロイ・ロックハートが!」
「ああ、それはありがたい」
やる気に満ちた声が閉ざされた地下空間に反響する。キラキラと決意に満ちた顔をしていたロックハートだったが、何かが脳裏をよぎったようで、すぐ絶望した顔で俯いた。
「……アッ」
「急にどうしたんだい?」
「護衛に雇った友人がいるという話はしただろう?」
経緯を軽く聞いていたトロカーはロックハートからの問いに緩く頷いてみせた。
「ああ、聞いたとも。 取材の際に助けてくれる、強くておっかなくて口うるさい小柄な女性、だろう?」
トロカーは聞いたことを少しマイルドな表現で答えた。それに元気よく肯定したロックハートは、すぐに顔色を曇らせた。顎に手をやり、考え込む姿勢を見せる。彼の心には「やばい」の2文字がリフレインしていた。
「──ああ! そう言ったのは僕だが、聞かれたらまずいなぁ……」
彼は気づいていなかった。
音もなく消滅した天井と、そこから降り立った黒い影に。
トロカーは微笑みを浮かべたまま、半歩後ろへ下がった。
「聞かれたら、なんだ?」
「だから、菊に聞かれたらボコボコにされ……る……」
やけに聞き覚えのある声に、肩におかれた小さくも硬い手のひらに、ロックハートの顔が一瞬で青ざめた。だらだらと汗をかきながら震えが止まらない体を無理やり後ろへ向ける。ぎこちなく口端をあげて、無表情の菊に手を上げた。
「や、ヤァ……来てたのか、キク……」
「……」
「あー、その、随分と早かったな! いやぁ、助かったよ! さすが僕の親友!」
「……」
何を言っても返事はない。話すごとに鋭くなっていく菊の眼差しに、ロックハートは内心で「視線まで攻撃力高いとは……」と思いながら、降参と言った風に首を左右に振った。
そして顔をキリ、と真剣そうに作ると芝居かかったような、しかし不自然ではない口調で菊に語りかけた。
「助かった、ありがとう。我が友よ」
「毎度その手には乗らんぞ? ──だがまあ、悪い気はせんな」
「だろゥ?! あ、すみません」
変わり身の早い男である。
顔はいかにも女ウケのする豪奢な美青年だのに話すと途端にその軽薄さが強調されるのだから、在学時の彼は
そんな幼少からの悪しき習慣は菊との交友で幾度も顔を出した。
怒られそうになると度々飛び出てくるそれに、菊はうんざりとしながらも悪い気はせず、つい有耶無耶にしてしまう。まるで悪いことをしても腹を見せれば許されると信じてやまない大型犬のようなそれに、つい甘やかしてしまうのだ。
菊は表情を切り替えると壁の方へ視線を向けた。
「それで、この陰気臭い男は?」
「あれ、分かるんだ?」
菊の呼び掛けに答えるように影がゆらり、と揺らめいた。波紋を広げるように波打つ影は瞬きの間に人の形となって菊の前に姿を現した。
闇夜のような青年は手を胸の前に当てて膝を軽く曲げた。古き宮廷の礼儀作法だ。最も、菊にはそれが宮廷作法だなんて検討も付かないのだけれど。
「 私はトロカー、ただのトロカー。しばしの間よろしく頼むよ!」
「……またやかましいのが増えた。なんだコイツは、ロクハート! また妙なやつを拾ったな?」
ニコニコと音が聞こえそうなほど胡散臭い笑みに菊は顔を顰めた。
そも、こんなに
「妙な真似をしたらただじゃおかぬ」
眼光鋭く。菊は刀をいつでも抜けるように、手のひらを太ももに添えた状態でトロカーを見据えた。それに悠然と微笑みを湛えた顔で答える青年は、真っ白な指先を紅い唇に添えて囁くように口を開いた。
「んーと、菊ちゃんは侍なのかな? それとも陰陽師?」
「っ! 貴様……何を知っている!」
人外じみた壮絶な美貌から飛び出してきた明確な日本語の発音に菊は文字通り飛び上がった。ロックハートのような音をなぞっただけの発音ではない。はっきりと形を知っている者の発音であった。
菊は毛を逆立てた猫のように体全体を怒らせ、刀をギチギチと握り込む。トロカーは降参、とでも言うように両手を軽くあげて小首を傾げた。
「いーや? ただ、その刀に見覚えがあったからさ」
「……」
「そう警戒しないで。その刀、鬼斬丸だろう?」
鬼斬丸──かつて、日本には鬼を斬った逸話を持つ刀が何振りも存在していた。それらは鬼の血を吸い、逸話を纏い、刀としての格を自ら鍛え上げていく。性質としてはゴブリンの銀製品と似ているかもしれない。ただ、最大の特徴は使われ方によっては妖刀にも神刀にも転がる非常に曖昧で無垢な存在である点だろう。
菊が所有する太刀は何人もの手を渡る度に鬼を斬り、人を斬り、怨念を斬った。菊のように魔法を斬ることもあった。
つまり、彼女の刀は陰陽師の世界で鍛えられた刀であり、表でその存在を知るものはいないのである。
それを、この男はいとも簡単に言い当てた。
「──お前は一体……」
菊が疑問を言いかけたその時、後方から何かが弾けるような音と共に岩が崩れる音が轟いた。ロックハート作の簡易バリケードが突破されたのだ。灰色の体が雪崩のように入り込む。
「そんな……グールが!!」
「阿呆! 誰がどう見たって、死霊だろう!」
「な、なんだって?!」
ハゲ散らかした金髪と落ち窪んだ皮膚、仄かな腐敗臭と俊敏な動作。そしてなにより、グールよりはまともな知性。
──それは、闇の魔法使いに操られた死霊にほかならない。
一気にきな臭くなってきたぞ、と眉間に皺を寄せる菊の結論にロックハートは納得したような訳知り顔で「フーン」と頷いた。その間にもグール、もとい死霊の群れは3人を包囲するように部屋へなだれ込んでくる。トロカーは指の先をピクリと痙攣させた。
「とりあえず、ここを出ない?」
「ああ、そうするのが1番だ! 早くこの薄暗くて気味の悪い場所から抜け出そう!」
「……雇い主様の仰せのままに」
トロカーとロックハートの連携に押し負けた菊は、拗ねたように顔を背けた。
菊は刀に手をかけると、ぽそり、「入口を切り拓く」と呟いた。それに応えるようにトロカーが「では、私は出口を作っておこう」と歌うように言った。2人は目を合わせることも無く、各々の使命を全うするために背合わせになった。
「ええ、ええ。それはいいですな! ……それで、僕は何をすれば?」
「いざ、参る!」
「こういった作業は久しぶりなんだけどなあ」
「僕は?!」
菊は刀を振り、引き、突き、一騎当千の戦いぶりであった。
彼女が冷涼な波紋の刀を振るう毎に死霊は斬り飛ばされ、スペースがジリジリと拓かれている。
物理攻撃が意味をなさない相手であっても、菊の繰り出す一太刀は魔法力ごと斬り裂く。
トロカーは彼のもてる魔法力を使い、菊がぶち空けた天井の風穴に向かって土を盛り上げ、階段を作っていた。
ものを作る魔法、と聞くと簡単なように思えるがそこに用いられるコマンドは複雑怪奇。ホグワーツ魔法魔術学校の1年生が使おうと思うならば、彼らは少なくとも5つの基礎呪文を組み合わせなければならないだろう。
それを杖もなく、呪文もなく、
一方で取り残されたロックハートと言うと、絶体絶命の危機に陥っていた。
覚えているだろうか。彼は今、杖を持っていない。
ただでさえ魔法が苦手な男が杖も武器もなしにどう抵抗ができようか。
無理だ。
それゆえにハンサムな男は美しい身なりを振り解き、必死の形相で死霊に抵抗しているのである。時折、間を縫うように飛んでくる菊の正確無比な斬撃に助けられながら、無意識に周囲の死霊を一手に受け持ち、トロカーを守るように立ち回っていた。
「陰気男! 数が多すぎる! もう保たんぞ!」
「あと1分耐えて!」
「──上等!」
死霊の合間に聞こえる「うわーん」という情けない声を一切無視して菊が叫ぶ。
天井の穴から帰ってきた答えに好戦的な笑みを浮かべた東洋の戦闘民族は疲労を笑みで押し殺しながら刀を振り上げた。
A"a"a"a"a"a"!!!
「ッ!!」
死んだ声帯を無理やり震わせたような不愉快な雄叫びが洞窟内に響く。菊の眼前で叫んだのは他の死霊とは格が違う存在。
ほのかに青ざめた肌にきっちりと着込んだ燕尾服、艶のない金髪を後ろに撫でつけた男は、きちんと人の形を留めていた。死霊というには意思があり、人というには沈鬱であった。
菊は抱いた違和感、その一切を捨て、無心で刀を振り上げた。
刀は落ちるように、吸い込まれるように男の
やはり
日本をはじめアジア圏では珍しくもないそれは、それぞれの弱点となるものを用いなければ倒すことが出来ない些か面倒な相手である。
菊は地に落ちた頭を遠くへ蹴飛ばすことで時間を稼ぐと、トロカーの方を振り返った。天井に空けた大穴に続く、急拵えとは思えない精巧な螺旋状の石階段に「無駄に凝っているな……まさか、これでもう1分と言ったんじゃあないだろうな」と思いながらロックハートを回収するために首だけで左右を見渡した。
「引き揚げるぞ! ……ロクハート?」
10畳ほどしかない洞窟の一室に溢れんばかりの死霊の頭が蠢き、今もなお扉から傾れ込むように増えている。
菊の周囲は刀を振り回しても当たるものがいない程度に空いているが、そのほかは悲惨なものであった。
トロワーは菊よりも奥で作業をしているためそこまでではないが、ロックハートはもはやその姿が見えないほどにたかられて生気を吸われていた。
こんもりとした灰色の山にずんずんと突き進んだ菊は躊躇なく手を中に突っ込む。
中から腕を掴まれて掘り出されたロックハートは顔色が紙のように白く、白い華美なフリルシャツがズタズタに引き裂かれ、哀れな精神弱者のような沈鬱な面持ちで立ち上がった。
「だ、大丈夫か? 歩けるか?」
「……行こう」
近寄る死霊を片手間に切り捨てながら珍しく心配を滲ませた声色で声をかけた菊に、ロックハートは何事もなかったかのような面持ちで、触れてほしくない雰囲気を醸し出しながら、歩き出した。
つま先を引き摺るような歩き方で進むロックハートは、乱れ切った金髪や機能を失い最早肩にかかっているだけのように見えるドレスシャツも相まって、ゾンビのような風体である。死霊たちも生気をすっかり失い、乱れ切ったロックハートを同類と思っているのか、菊には手を出すもののロックハートのことは素通りだ。
トロカーはずりずりと歩いてくるロックハートの変わり果てた姿に声が出ないほど腹を抱えた。ひゅうひゅうと隙間風のような掠れた音が紅い口元から溢れる。
「……ッ! ……は、ハハ!」
「ロクハートを笑うんじゃあない、陰険」
「ハハハハ! 無理だ、先に行ってくれ! ハハハ!」
「性悪め」
動きが鈍いロックハートを担ぎ上げた小柄な侍は、トロカーの作り上げた石階段を軽い身のこなしでひょいひょいと登っていく。
2人の魔法使いがいなくなった洞窟には、男の止まぬ笑い声が響き渡っていた。
難産でしたが、読んでくれる皆様に感謝です。ストック切れたので次回も間隔空きます。
……ホグワーツレガシーにハマってたわけではないですよ? 本当ですよ??
改訂:2023/05/11 トロワー → トロカー 名前を変更しました。