ロックハート英雄譚   作:黒鵜

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気分転換効きすぎて2時間で書けちゃった……ウソ……
過去回ですので不要な方は随時読み飛ばしてください(´∀`)17時投稿なんてまやかしに過ぎない……


8,「アイツそんな風に言ってたんだ……」

 1920年代 ヨーロッパ魔法界 とある野営地

 

「ちょいと、お前さん」

 

 マグルで流行の細巻きタバコ(キャメル)を浅く吸い込みながら、簡易拠点の入り口で鉢合った人間はそう言った。

 

「淋しいからさ、こっちへ来てよ。ア、そういうんじゃあないんだけど……そう、こんな月が綺麗な夜にひとりでいるなんて、何だか不気味だろう?」

 

 普段なら人間の戯れ言だと切って捨てるだろう言葉に、しかしその時はどうしてか断る気になれなかった。気分が良かったのだろう。満月の夜は闇の生物たちが魔力を浴びると相場が決まっているのだから。

 

 ここじやゃあ邪魔になる、と人間は就寝用のテントが立ち並ぶ一角の更に奥へ私を誘った。粗末な木の柵と、今はもう空っぽの木箱がテーブルのように置いてある。人間はちょうど良い高さに打ち直された木の柵に肘をかけながら、ラクダのシルエットが刻まれた缶を胸ポケットから覗かせて「一本吸うか? ン?」とウインクをした。そんな人間に辟易としながらも、無言で立ち並び、雲がかかった満月を見上げた。

 

 吸血鬼の身を得てはや数百年。命を狙う若い魔法使いにも、退屈な故郷での暮らしにも、何もかもに無味乾燥な思いを抱きいていたあの時とは違い、私は充実した日々を送っている、と思う。

 

 白魚の指を一振りして虚空から緑かかった瓶とワイングラスを呼び出し、手で注ぐ。トクトクと赤い液体が抜けていくと同時に酸味のあるアルコール臭がツンと香りたった。

 

「お、ワインたァ豪勢な野郎だ」

 

「君も呑むかい? 1882年製──屋敷しもべ妖精醸造ワインだ。満月の夜にしか出さないとっておきさ」

 

「屋敷しもべ妖精ェ?」

 

「マ、とにかく美味しくて貴重なお酒ということだよ。それでどうなんだい?」

 

「そうかそうか、旨い酒ときちゃァ断れねェな。ご相伴に預かるとしよう」

 

 人間は吸っていた紙タバコを握りつぶすと合せ襟の合間から懐をゴソゴソと漁り、独特な艶のある赤い器を取り出した。浅い造りのそれは、おそらくアジア圏のものであろう。器の中で金色の魚が文字通り泳いでおり、まるで小さな池を見ているかのようだった。

 

 ニッカリと笑いながら器を差し出す無精髭の男にワインボトルを傾けながら伺うように顔を見ると、人間は私の目をまっすぐに見据えて礼を言った。

 

 嗚呼、愚か。

 愚かにもこの人間は私の、吸血鬼の目を見据えて感謝の言葉を述べた。

 

 この男も、私の正体を知ったらきっと……

 

「おい! 溢れる溢れる、っと」

 

「ぁ、ああ、すまない」

 

 真紅のワインが並々と揺れる。水面に映る月は雲がかかり、全体を見ることが叶わないことが残念であった。ふと、私は満月が見えない苛立ちを晴らすべく、いたずら心に任せ、人間に鋭い犬歯を見せるように笑いかけた。

 

「?」疑問符を顔いっぱいに浮かべながら器を傾ける人間に、私も思わず口を閉じた。

 

 ──こいつは何も分かっていない! 

 

 吸血鬼としてのプライドがそれを許さなかった。私は湧き上がる感情のまま、口を開いた。

 

「私は吸血鬼だ」

 

「それが?」

 

「……私の瞳は魅了の瞳だ。目が合ったものは皆私の下僕になり、最後には狂う」

 

「俺の故郷じゃ在り来りな能力だな」

 

「ッ皆、私のことを畏れる……畏れ、敬え人間!」

 

 私の中のナニカが暴走していた。

 

 吸血鬼として数百年歳を重ねてきた私が、感情を露わにするなど、異常事態でなくてなんと呼ぶ。半ばパニックになりながらも胸の内に巣食うドロドロとしたナニカに押しつぶされそうになった私に、人間はす、と手を伸ばした。

 

 何かを掴むような仕草で虚空を何度か混ぜっかえすように手を動かす。

 

「なにを……」

 

「んー? いやあ、吸血鬼にもヒトの心があるって事だなあ、と」

 

「ヒトの心? 何を言って──」

 

 そこで人間は我に返った様な、なにか不味いことをしたような顔をした。そして手元の酒を一気に煽ると「ごっそさん!」と叫んでテントの合間へ消えていった。私は暫く呆然としてそこに佇んでいたけれど、ふと、何だか気持ちが軽くなっているような気がした。

 

 嗚呼、良い満月だ。

 

 

 ・

 

 

 その日も、戦場は地獄の淵に立っているように情勢が二転三転していた。

 

「味方の一軍が裏切った! トマホークのヤツら、敵に通じてたんだ!」数年前に拾ったゴブリンとトロールの混血児が叫ぶ。確かこいつは諜報部隊に所属していたはず。そんな小鬼が言うんだ。この情報はホンモノ。

 

 トロカーは先日少しの邂逅をしただけの人間を思い、そっと目を伏せた。

 

 たしか、あの人間もトマホーク所属だったはず。情報部のゴブリンが調べたんだ、相違はない。ならば、私に近づいたのもきっと……

 

「指導者 トロカー! 裏切り者には死を!」

 

「血をもって、贖え! 贖え! 贖え!!」

 

 ゴブリンたちの、人狼たちの、我が部隊の足踏みが身体を打ち鳴らす。ふるふると理性とは別のナニカが体の芯をカッと熱くさせた。トロカーは湧き上がる熱を抑えもせず、普段は見せない犬歯を剥き出しにして叫び声を上げた。

 

「第一部隊は共に!」

 

「応ッ!!」

 

 裏切られたという思いがグルグルと渦巻く。

 これだから人間は信用ならぬのだ。

 これだから、他人を信じてはいけないのだ。

 

 傷つく心に蓋をして、トロカーは戦場を駆け抜けた。

 

 報告をした大柄な小鬼が先駆け、その後をトロカーをはじめ黒装束の人狼たちが走る、走る、走る。野を超え、飛び交う赤い光線を潜り抜け、彼らは裏切り者に鉄槌を下すべく猛烈な勢いで突き進んだ。

 

 ふと、トロカーの鼻先を甘美な匂いが擽った。

 

「──血?」

 

 

 

「ここです、指導者 トロカー……」

 

 ゴブリンが案内した先は赤、赤、赤。

 森の中を切り拓き、作られた補給地点。物資が納まっている木箱が乱雑に並ぶそこは、今や一変していた。足が切り飛ばされたもの、腕がないもの、……首が無いモノ。そこに屯しているはずだった魔法使いの一団は、私たちが手を下す前に壊滅していた。

 

 赤の中央で佇む男は返り血の付いた頬をくっ、と上げて手を挙げた。

 

「よォ、吸血鬼のあんちゃん……申し訳ねェが、今は取り込み中でね……」

 

 私の脳裏からこびり付いて離れない男がそこにいた。

 細長い剣を握る異国の男に、後ろに控える人狼たちが毛を逆立てて警戒をし始めたのが背中越しにも分かる。私は手を挙げて静止を指示すると、意識してゆったりと歩み寄った。

 

「ああ、先の満月夜ぶりだね。奇遇なことに、私たちの目的も()()なんだけれど……」

 

「此奴らは仲間を裏切って敵に内通していた。だから斬った。俺の道から外れた、外道の輩だ」

 

「うん、調べは着いているよ。私たちはその制裁を加えに来たんだけれど……もう用は済んでいるようだね」

 

「スマンな、吸血鬼のあんちゃん」

 

 話してみると、男は存外理性的であった。知り合いのような振る舞いに困惑を滲ませる人狼たちと先導のゴブリンに現場の回収を命じながら男を促して補給地点から外れた。血に飢えた人狼たちには申し訳ないが、その憂さは戦場で晴らしてもらうとしよう。

 

 聞けば、男は東洋の島国から武者修行に来たそうだ。故郷での道理に従って、自己利益ばかりを求めた者たちを、元は仲間と言えど容赦せず……ということらしい。

 

 私は男に「仲間殺しはご法度だが、これからどうするんだい?」と問う。男は手の甲で顔の返り血を拭いながら空を見上げた。

 

「ン〜ン、所属部隊も壊しちまったからなァ……これがホントの一匹狼!」

 

「一匹の狼? ……いや、意味は伝わる。仲間がいないなら、私のところに来ないか?」

 

「! お前さん……」

 

 勧誘の言葉は、正直反射的に出た。言葉を練る暇もなく飛び出た本心からのソレに、男は驚いたように目を見開いた。

 

 魔法使いの社会において、仲間殺しはご法度。それは少数派であることに対する仲間意識の高さであったり、あるいは人を殺す魔法を使う際の難易度や魔法界特有のモラルに依拠する。1万人にひとりの割合で生まれる魔法使いたちの、自分を守るための方策。

 それを道理を逸れた、ただそれだけの理由で処分を下したこの男は、欧州の魔法使いとはまた違ったモラルを持っている。私はその自由さが、自己確立性が、どうしようもなく欲しかった。

 

「仲間殺しはご法度。だが、こいつらは仲間じゃあない。我々にとって、裏切り者は敵だ」

 

「……ハハ、違ェ無いな! こっちでそんなこと言われたのは初めてだ!」

 

 男は、ニッカリと笑った。

 初めてであった時と同じ、あの笑い方。

 人を殺したことに何の後ろめたさも抱いていない、明るすぎる笑みだ。

 

 私は男に手を差し出した。

 男は私の手を握った。

 

 分厚い手だった。マメのある、武器を振るうものの手。

 

「私は吸血鬼 トロカー。多種族混合部隊を率いる、まァお偉いさんだね」

 

「これから世話になる」

 

「……これからは共に歩もう、人間の猛者よ」

 

 退屈だった毎日が、再び色づくような、そんな予感がした。

 

 

 ・

 

 それから人間は私の隣を走り続けた。

 

 私は不死者だから走り続けることができる。丈夫な脚がある。丈夫な肺がある。だが、人間、お前はどうだ? 我ら血族とは比べるまでもなく脆弱で、短命で、儚いお前。

 

 

 何度も助けられた。

 

「トロカー! しゃがめェ!!」

「ッ、と……危ないじゃあないか!」

「ハハ、お前なら避けられるだろ?」

「……信頼し過ぎないでくれ」

 

 

 何度も、助けられた。

 

「死ね! 吸血鬼!!」

「シィ──ッ!!!」

「ッガ」

「ッぶねェ〜! ア、大丈夫か?!」

「助かったよ」

 

 

 なんども、たすけられた。

 

「指導者 トロカー! わしらのことは気にせずやってください!!」

「うるせぇゴブリン! オラ、こいつを助けたいだろ? ン? 異種族の旗印さんよォ!」

「……ッ」

「なら大人しくクビを差し出……せ……」

「ワハハ、我が抜刀術は目に見えまい! ア、大丈夫か? ゴブリンの小僧」

「小僧?! わしはお前よりは年上だぞ、小童ァ!」

「……よかった」

 

 

 ──どうして、こうなってしまったのだろう。

 

 ある夏の日、人間は姿を消した。

 その頃には傭兵としての出番無く、血の気の多い人狼たちは力を持て余していた。新顔も多く、戦場を知らない若造が増えた。

 そんな中、人間は、私の右腕は姿を消してしまった。

 壮年期に差し掛かった彼は、人生の全てを捧げた戦場を捨てたのだ。

 

 ゴブリンは荒れた。奴は裏切ったのだと、裏切り者には制裁をと、声高らかに叫びを上げた。

 

 人狼は悲しんだ。迫害されるそ存在である自分たちを真っ直ぐに見つめてくれる稀有な存在を失ったことに悲しんだ。彼らの多くは元人間。彼が部隊を去った理由を悟っていた。

 

 トロカーは悩んだ。悩んで、考えて、思考して。そして、部隊の解散を決めた。以前のように迫害が酷い訳では無い。武力が必要とされるわけでもない。こうして、一世紀続いた異種族の駆け込み寺は消滅したのである。

 

 自由の身になった私は、人間を探しに旅に出ることにした。

 

 それはそれは、長い旅だ。

 

 

 ・

 

 

「──私は人を探す旅をしている。名を佐々木と言う、私の……親友だ」

 

 

 

 

 そう話を結んだトロカーは、ゆっくりと伏せていた睫毛を震わせた。人間は、彼にとって友に、親友になっていた。再び合間みえたい。私を見て欲しい。吸血鬼でも指導者でもなく、私のことを。

 

 

 

 話を聞き終えた菊は、紅潮した顔で呟いた。

 

「貴殿が、じい様の話に聞いていたあの……血吸蝙蝠男! あ、握手をお願いしても……?!」

 

「エ?」

 




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今回も捏造マシマシマシマシです。
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