○ルシエ監督さん、感想ありがとうございました!
金兵衛さん、マサンナナイさん、赤い羊さん、HARUMINNさん、ソーシローさん、remkさん、誤字報告ありがとうございました!
イタリア、北東部ヴェネツィア、マーメイド通り
その日は茹だるような暑さだった。水の都といえども夏は暑い。通りを過ぎる魔法使いたちはローブを脱ぎ捨てた半袖である。
ヴェネツィアは魔法族のメインストリートである大通、通称 マーメイド通り。
普段から活気に満ちた市場に連なるその通りでは、マーメイドと呼ばれるたちが牽引する木製のゴンドラが行き交う商店街。カーニバルや特別な日にはヴェネツィアンマスクや仮装をした魔法族で通りが埋まるそこは、平常時においてヴェネチアに住む魔法族が主要客であり、観光目的の魔法族は滅多に見られなかった。ましてや一本奥まった通りに至っては特別な日であっても人がいないような静かな場所だ。
そんな閑静な通りの一角で、茹だるような暑さを打ち消すような楽しげな声が響いていた。
大きく付け足された船着場と、異国情緒溢れる様式の室内との間に設けられた石製の机で、ひとりの優男がニコニコとしながら差し出される本に羽ペンでサインを書いていた。サインを書いては本の持ち主の隣に寄り添うように、サンダーバードの羽が一際目立つ品の良さそうな帽子を胸に当てて時折ポーズをとり、写真を撮っている。そのファンサービスの良さは、その場の熱狂的な空気も頷ける気前の良さだ。
後ろで眼光鋭く集まる客を睥睨する小柄な東洋人の女に怯みもせず、そばかすの目立つ少年は尊敬の眼差しで焦茶色に金色の装飾が施された本を差し出した。
「あ、あのっ! どうやったらそんなに強くなれますか!」
「これはこれは、ありがとう少年! そうですねぇ……私が思うに、強くなるためにはまずお友達を大切にすることですね」
金のウェーブした髪を後ろに撫で付けた、快晴の瞳を持つ男。やけにキラキラとした男は、閑静な路地裏の一角にはそぐわないと言ってもいいだろう。パープルの上品なマントを着込んだ男はいかにも高価そうな造りの本のページを1枚捲ってサインをし始めた。インクは特製の品でライラック色。いかにもキザっぽい筆致で手早く名前を書くと、ゆったりと立ち上がって少年の肩を抱いた。
馴染みの小柄な魔法使いがカメラを手に、俊敏な動きで飛んできてフラッシュを焚く。
「日刊預言者新聞です! 新刊の話は三週間の失踪期間に体験されたということですが、特に印象に残っているのシーンはありますか?」
カメラで並び立つ姿をおさめながら、日刊預言者新聞の記者は質問を投げかけた。よく日に焼けた少年は鮮烈なフラッシュに目を瞬かせながらも、台を降りて友人と思しき少年に駆け寄る。
残された男──ギルデロイ・ロックハートは歯を見せるように笑うと、ウインクを一つした。
「そうですね……第一章でも書いたとおり、私はグールの一団に誘拐されてしまいまして──」
形の良い歯を見せつけるように笑いながら流れるように話続けるロックハート。彼の手には、一冊の本が燦然と輝いていた。本には大きくロックハートの勇敢そうな写真と共に、こう刻まれていた。
──『Gadding with ghouls』(グールとの散策)
これは、とある男たちの”友情”の物語である──
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狭い道だった。
人がすれ違うのにも苦労するような、細くて長いあぜ道。
傷心の黒紳士は日光を黒い蝙蝠傘で遮りながら、鬱々と歩を進めていた。
向かいから背筋のピンと張った老人がしっかりとした足取りで歩いて来るのが見え、黒紳士──トロカーはそっと道を外れて待つ。すれ違いざまに軽く会釈をされたので、トロカーはぼんやりとした気持ちのまま帽子を軽く持ち上げた。ふわりとムスクのような香りが鼻腔をくすぐる。
「ちょいと、お前さん」
どこかで会ったような、懐かしい香りだった。トロカーは薄れる記憶を必死に捲りながら歩みを止めた。
「どうしたんだい、ご老体」
黒い蝙蝠傘の下から相対する老人を見る。
いかにも職人と言った様相である。足が悪いのか補助用の杖をつきながらも毅然とした出立でこちらを見据えていた。厳格そうな表情は、柘榴色と淡褐色の瞳が互いを認めた瞬間に悪戯っ子のようにきらめいた。
彼は懐から緩慢な動きで時代遅れの
「一本吸うか? ン?」
その台詞、その香り、その表情。
「! ──ハハ、今回はいただくとしよう。そういう君も、ワインはどうだい?」
トロカーの脳裏で、別れ際に告げられた異国の言葉がぼんやりと浮かんだ。
──どうせ互いの身は錆刀 切るに切られぬ腐れ縁。
再び始めよう。
人間と吸血鬼の、全てが異なる我らの、特別な冒険譚を!
-END-
ここまでお付き合いいただき、誠にありがとうございます。
就職活動の最中(明日面接ありゅ…)気が狂って書き始めた本作ですが、構想の4分の1ほどの位置まで前進しました。完結まではまだまだ時間がかかると思いますが、ゆっくりと進んで参ります。
これからも菊ちゃんとロックハートの旅にお付き合いいただければ幸いです。