ロックハート英雄譚   作:黒鵜

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ロックハートくんって可能性の塊だと思う。みんなすこれ……


2,古の竜

竜に睨まれてから、ロックハートはすっかり気勢を失っていた。

 

あれほど冒険譚に焦がれていたのに、今では砂糖を摂取しないと動こうとしない。仕方なく、菊はロックハートに砂糖入りのドリンクを与えてどうにか動かしていた。彼からの依頼は「問題解決」であるからして、この屋敷に起こっている問題を取り除くことが急務と言えた。

 

 村の一角を間借りして簡易的な拠点をつくり、早三日。未だ進展はないが、フィールドワークに勤しむ菊は村の随所で先の古竜の物と思しき痕跡を目にしていた。色々とパーツが集まってきたのでそろそろ依頼主殿に目覚めてもらいたいのが正直なところであった。

 

 菊は抜け殻のようなロックハートにネコチャンマグカップを差し出した。もちろん、中は甘いミルクティーである。

 

 

 

「ああ、ありがとう…」

 

「しっかりしろ、ロクハート。いつまでも腑抜けているでない」

 

「ッ!!!!?」

 

 

 

 淡い色のミルクティーに口をつけた瞬間、ロックハートの全身を悍ましいほどの痛みが駆け抜けた。このまま死んでしまうのでは、と痛みに朦朧とする意識の片隅で思った途端、体の不調は消え、精神的な不安も一切なくなった。これほどまでに心身に影響を与える術は一つしかない。あのイカれた日本の魔術師が使う、気つけの術だ。ロックハートは手のひらにネコチャンマグカップを握りしめながら菊に食ってかかったが、正論パンチのカウンターを受けて撃沈した。菊は目だけでロックハートの体から抜けていく黒いモヤを追いながら口を開いた。

 

 

 

「それでロクハートよ、聞きたいことがある」

 

「…なんだい?」

 

「バンシーとはどのような生き物なのか、また竜の習性についてだ」

 

「そんなこと、魔法族の常識だろう?」

 

「あいにく、私は日本の魔法族だ。こちらのことには疎い」

 

 

 

 ブスくれていたロックハートは、菊に頼られたことで気を良くし、身振り手振りを交えてバンシーについて説明し始めた。

 

 曰く、顔は緑色で骸骨のようで、髪は長い。大きな嘆きの声をだすことで知られているが、理由は不明。名家には専属のバンシーがいるらしいが、噂話の域を出ない。等々、ロックハートはバンシーについてかなり詳しく調べてきたようだが、全て確証がない。

 

 また、竜に関しては一般に情報が出ることはあまりないので有名な話しか知らないが、と前置きの末に唯一知っている情報として「綺麗なものが好き」とだけ言った。

 

 

 

「綺麗なものか…たしかに、日本の蛟(みずち)も黄金や見目が美しい人間を好んで集めていたという話をよく聞く」

 

「ほぉ!こちらのドラゴンと似ているのだな!」

 

「そうだな…よし、ロクハート」

 

「おお?」

 

 

 

ーーおそらく、この村がこうなったのはあの竜が原因だ。

 

 

 

 ロックハートは、菊の言葉を聞いて理解できないような顔を晒した。一拍、二拍と置いて「まさか」という顔をした。

 

 ロックハートにはわかっていた。この血気盛んな異国の友がこんな時に何を言うのか。わかっても尚信じたくなくて、必死に自分に言い聞かせた。「ドラゴンを退治するなんて言わないよな」と。

 

 

 

「あの竜を退治しよう」

 

「何を言ってるんだキミは!!!」

 

 

 

 正気じゃない!と震えながら叫ぶ、と言う器用な真似をするロックハートに構わず、菊は話を続ける。

 

 

 

「して、作戦なんだが…」

 

「僕の話を聞いてくれ?そんな危ないことやめよう!?僕はただの物書きなんだ…戦力には到底ならないよ…?」

 

「うむ、それで大丈夫だ。ロクハート君には戦力として期待はしておらん。だが、花形の役を用意しておるぞ?」

 

「ーーえ?花形?」

 

 

 

 食い付いた。菊は内心笑いながら、この単純な男を乗せるために言葉を募らせていく。

 

 

 

「そうとも、花形。スターとも言う。それともロクハート君はこの呼び方の方がお好みかな?」

 

 

 

ーー作戦の主役。

 

 

 

 

 

ーー主役!

 

 

 

 途端、ロックハートの脳内に稲妻のようにかける幻想。

 

 『あんなにも強い竜を倒したハンサムなロックハート様!』

 

 『あんたこそ最強の男だ!』

 

 『魔法大臣も夢じゃない!』

 

 

 

「はははは…そんな、よしてくれ、僕はそんな…はは…」

 

「ーーよし、かかった」

 

「よぅし!菊よ!主役の座、このギルデロイ・ロックハート様が引き受けてしんぜよう!万事任せたまえ!」

 

「そうこなくてはな!早速、下準備をしよう!」

 

「おう!」

 

 

 

 まんまと菊に乗せられたロックハートは、上機嫌そうに笑った。

 

 菊も、上機嫌そうに笑っていた。

 

 菊はロックハートを拠点内の椅子に座らせると、彼の後ろに立った。

 

 

 

「まずは洗顔だ」

 

「わかった!」

 

「次はスキンケアをするぞ」

 

「わかった!」

 

「散髪と髭剃りだ」

 

「わかっ…まて、なんだその姿勢は…剣に手を掛けて何をするつもりだ!?」

 

「舞台化粧だ」

 

「…主役には華がないとな!」

 

「最後にこの服に着替えてくれ」

 

「なんとも豪華な服だな…僕にふさわしい!」

 

 

 

 終始の煽てられて菊が言うところの”下準備”を終えたロックハートの姿は、先ほどとは一変していた。

 

 輝く黄金色の髪は緩やかなウェーブを描いて顎先あたりに切り揃えられている。不摂生な生活からかさついていた肌は潤いを湛え、透き通るように白く、髭も剃られて清潔感がある。さりげない化粧のおかげで黒いクマはなくなり、瞳には光が戻っていた。服装も見窄らしいボロ布から一転、白装束に金の装飾が施された儀式用の服へと着替えていた。動くたびに微かになる手首の鈴は、大きな挙動ゆえ耳障りになってすぐ取り外したが。

 

 

 

 浮浪者のようだった男は菊の手によって、太陽の化身が如く溌剌とした美を湛える青年へと変貌を遂げた。

 

 ロックハートは鏡の中の自分を見て一瞬驚いたように目を見開くも、すぐに菊を振り返ってウィンクをした。星でも飛んできそうなそれに、菊はイマジナリー星を払うように手を振った。ロックハートは少し悲しんだ。

 

 

 

「では出発しよう」

 

「……待て、竜の元へ行くのか?明らかに装備不足ではないか?」

 

「いや、違う。目的地は先日の屋敷だ」

 

「屋敷?なぜ屋敷に行くんだ?あそこには武器なんてなかったと思うが…」

 

 

 

 疑問で溢れているロックハートに、菊は最低限の知識だけを教える。これもひとえに、小心者のロックハートがこの場から逃げ出さぬように。

 

 

 

「ーーアンジーにも協力してもらおうじゃないか」

 

 

 

 

 

 

 村の奥にある屋敷を再び訪れた二人は、何度家に声をかけても返事がないことを不審に思いながらも、無理に入るわけにはいかず、その場で呼びかけ続けていた。

 

 

 

「ごめんください!」

 

「すみません!!! お嬢さん!!!!」

 

「う〜む、出てこんなぁ」

 

「これは想定外だ…まさか作戦の一歩目から躓いてしまうなんて!僕が主役作戦が…」

 

 

 

 何度目かの呼びかけにも無言が帰ってきたため、二人は顔を見合わせた。

 

 「強行突破」の四文字が脳裏をチラつく。いやいや、それは最終手段だ。それをしたら関係が悪くなり、作戦にも影響を及ぼしかねない。菊は必死に内なる己と戦っていた。ロックハートはなおも諦めずに屋敷向けて大声を張っている。

 

 その時、脳内をアンジーの声が駆け抜けた。

 

 

 

『ふたりとも帰って! 今日はダメなの!』

 

「返事が返ってきたぞ! お嬢さん、お願いです!開けてください!!!!」

 

 

 

 喜びながら先ほどよりも大きな声で叫ぶロックハートを尻目に、菊は首を傾げた。「今日はダメ」?今日でなければいいような言い方に引っ掛かりを覚えながらも、菊はロックハートをせっついた。

 

 

 

「ほれ、もう少しで出てくるぞ」

 

「ああ! お嬢さん!!僕です!!ギルデロイ・ロックハートです!!開けてください!!!」

 

『やめて、帰ってちょうだい! 危ないわ!』

 

「危ない…?」

 

 

 

 菊はアンジーの言葉に考え込んだ。前回アンジーが似たような反応を示した時、何が起きた?菊にはアンジーが人を忌避するような質でないことはとっくに察しがついていた。ともすれば、彼女の「危ない」という言葉は、文字どおり我々への警告?

 

 

 

 その時、菊の肌を焦げ付くような魔法力が焼いた。

 

 

 

「ーーッ!ふせろ、ギルッ!!」

 

「何、をッーー!!ド、ドドドラゴン!!!??」

 

 

 

 ロックハートを突き飛ばした菊は、先ほどまで立っていた場所が業火に焼かれるのを見て背筋を冷たいものが走った。あのブレスに飲み込まれればひとたまりもないだろう。

 

油断。その一言に尽きた。日本にいた頃であれば、難なく感知できたはずのそれに後手に回ってしまうのは、旧友と会えたことによる気の緩み以外の何者でもなかった。

 

 再び相見えたドラゴンに驚愕するロックハートを背に庇い、菊は腰に差した刀の鯉口を切った。

 

 油断なくドラゴンを見据える菊。ドラゴンは火花を纏う赤い鱗を擦り合わせながら、大きく空へ咆哮した。

 

 

 

「シィーーーッ!!」

 

 

 

 刹那、弾かれたように飛び出した菊は、地面スレスレまで体勢を低くしてドラゴンへと駆けた。

 

 そして、一歩強く踏み込むと高く跳躍。

 

 空に咆哮するドラゴンの無防備な首元目掛け、研ぎ澄ました一太刀を刻み込んだ。

 

 吹き出す血飛沫。

 

 菊は刀で切り付けた反動を利用して空中で一回転。ロックハートの側へ降り立った。

 

 

 

 初めて目の当たりにする菊の戦闘に、目を丸くするロックハート。菊の戦い方は欧州では珍しい武器を用いたもので、魔法に頼るイギリス魔法界で育ってきたロックハートにとってはまさに小説に登場しそうなほどに常識離れした、身軽な動作であった。

 

 呆然とするロックハートを抱えた菊は、屋敷の扉を蹴破ると中にいたアンジーに依頼主を放った。当然アンジーが成人男性を受け止められるはずもなく、ロックハートは強かに尻を打つ。菊はそれも見届けずに急いでドラゴンの方へと身を翻した。

 

 

 

 

 

 喉を切り裂かれたドラゴンは、怒り狂っていた。

 

 

 

 生き物としての格が違うはずが、この身を傷つける力を持つ矮小な人間。

 

 

 

 ドラゴンは怒り狂いながらも、熟考していた。

 

 

 

 どうすれば、安全を脅かす小さな生物を消すことができるか。

 

 

 

 ドラゴンは熟考の末に、彼女の守るものに目をつけた。

 

 

 

 

 

ーー即ち、ロックハートを狙うことにした。

 

 

 

 ドラゴンは菊が避けると分かっていて、炎のブレスを吐いた。切り裂かれた傷が内側からブレスで焼かれ、激痛が走る。しかし、ドラゴンに後はない。今までに経験したことがない”痛み”に耐えながら、案の定菊が炎を避けて飛び退くところを視界に入れた。

 

 

 

GURRRRRR‼︎

 

「!!」

 

 

 

 ドラゴンはその巨躯からは想像できないほどに俊敏な動きで屋敷の入り口に近づくと、尻尾で入口を薙ぎ払った。パラパラと白いペンキの塗られた木屑が宙を舞う。見通しが広くなった玄関口で尻餅をつくロックハートを、ドラゴンの黄金の双眼で見据えた。瞬間、殺意で満ちていたドラゴンの心に動揺が走った。

 

 

 

ーーなんて美しいんだ

 

 

 

 ドラゴンは、古来より美しいものを好む。美しい財宝、美しい花、そして美しい人間。

 

 見てみよ、眼前で怯える人間を。黄金のような鬣、知性に満ちた瞳、精悍ながらも甘い顔立ちで、ウム、悪くない。服装だって、どこの意匠か、オリエンタルな雰囲気の豪華絢爛な服ではないか。随所に飾られた黄金が輝いているが、そんなものが目に入らぬほどに、ドラゴンはこの怯えている人間を気に入った。

 

 

 

 ドラゴンは力加減に細心の注意を払い、ロックハートを文字どうり手中に収めた。

 

 満足げな鼻息を漏らしたドラゴンの耳に、鋭く息を吸う音が聞こえた。

 

 

 

ーーあの女だ!

 

 

 

 恐怖の感情が戻ってきたドラゴンは慌てて羽を羽ばたかせた。

 

 そうはさせまいと追い縋る菊だったが、ドラゴンはあっという間に上空へ飛び去ってしまった。あの強大な炎の気配もすぐに消えてしまう。

 

 

 

 深いため息を吐いて刀を鞘に納めた菊は、大破した玄関で座り込むアンジーの元へ歩を進めた。

 




菊はロックハートを「ロクハート」と呼ぶのは訛っていたのと、からかい半分。心の中では「ギル」と呼んでいるので咄嗟の時にはこの呼び名で呼んでいる。気恥ずかしくて今更変えられないけど……という裏設定
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