ロックハート英雄譚   作:黒鵜

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3,作戦開始

 あの後、壊れてしまった玄関口に修復呪文(レパロ)をかけて応急処置をした菊は、呆然と座り込んでいたアンジーを応接間の椅子まで誘導した。焦点が合わず、精神的なダメージを受けている様子だったので、落ち着かせてやろうとお得意のミルクティーを用意してやった。

 アンジーはその上品そうな姿には似つかわしくない安物のネコチャンマグカップを両手に持ち、ちびちびと唇をつけながら椅子に座っている。菊はアンジーが落ち着くのを待ってから話を切り出した。

 

「ミス・アンジー。我が雇い主殿を取り戻すために協力していただきたい」

 

「……ええ、今回は本当に申し訳ないことをしたわ」

 

 アンジーは肩にかかっていた苔色のケープの端を軽く握りながら、ことの顛末を話し始めた。

 

「ここにかつて暮らしていた魔法族の死が”視えた”の」

 

 ”視る”……視覚系の異能か? 

 日本には混ざりモノが多いため、必然的に特殊な力を持つ魔法族が少なからず存在する。先祖が何と交わったかによって能力の方向性も変わってくるが、視覚を司る能力は数ある異能の中でも最上級に貴重で尊ばれるものだ。

 菊は内心でアンジーの情報を整理しながら質問を重ねていく。

 

「それは、千里眼や予知のような異能か?」

 

「そうね……似たようなものよ」

 

「キミは、妖怪なのだろうか」

 

 妖怪。こちらの言い方で言うと魔法生物か。

 

「妖怪……ね。昔はここいらにも河童がいたわ。彼のような存在を”妖怪”と呼ぶのであれば、答えはNoよ」

 

 

 ──私はバンシー。

 

 

 

 

 青々とした芝生が生い茂る手入れの行き届いた庭には、小さな東屋があった。遊び疲れて疲れている彼を初めて連れていったのは、彼がまだ言葉も満足に話せない時だった。それからもう10年は経っているのだから、人間の成長ははやいものだ。

 

「アンジー! 君はアンジーだ!」

 

 ハチミツのように甘やかな髪の少年が、はにかみながらわたしに声をかける。

 

 アンジー、アンジー、アンジー。

 

 名を忘れたわたしでもわかる。

 アンジー。

 これこそがわたしの名前だと。

 

「わたしは、アンジー」

 

「そうだよ! 君はアンジー!!」

 

 小さな腕をわたしの背に回し、全身を使って抱擁される。彼の子供特有の温かさを感じながら、わたしはしあわせな気持ちに満たされた。

 でも、足りない。

 

 何かが足りないの。

 

 

 

 

「アンジー、かわいい服を買ってきたんだ……君に、着て欲しくって」

 

「ありがとうございます、坊ちゃん」

 

「……もう、名前では呼んでくれないの?」

 

 この頃、坊ちゃんの様子がおかしい。わたしなんかに流行り物の洋服やお菓子を下さる。それが偶にであればそういうこともあるか、と納得出来る。しかし、彼は週に2、3度はお土産をくださる。そして、対価に名を呼ばれたがり、断ると子犬のような顔でこちらを見てくるのが常であった。

 

 

 

 わたしは、いつの間にか彼に……

 

 

 

 

 夕暮れ刻。

 赤に沈んだ庭の片隅で、坊ちゃんはわたしの手を両手で包み込み、叫んだ。夕暮れの陽に照らされて真っ赤に染まった坊ちゃんの、碧い瞳が真っ直ぐにわたしを見つめていた。

 

「アンジー! 君が好きだ!」

 

「坊ちゃん……」

 

 その姿が、あまりにもいじらしくて。愛らしくて。

 つい、わたしは彼の手を取ってしまった。

 

 取って、しまったのです。

 

 

 

 ・

 

 

 

 晴れた日は一緒に昼食をとったわ。芝生の上にハンカチーフ敷いて、彼はわたしに笑いかけるの。

 

「アンジー! 昼餉はあそこで食べよう!」

 

「はい!」

 

 

 ・

 

 

 彼が落ち込んだ日は側に寄り添って慰めた。彼の悲しみが少しでも早く言えますように、と祈りながら。

 

「アンジー、今日は父上に怒られたんだ……」

 

「坊ちゃん……ご当主さまもきっとわかってくれますよ」

 

 

 

 ・

 

 

「アンジー……」

 

「……だめです、坊ちゃん。もう手遅れです……逃げましょう」

 

「だめだ。僕が、役目を果たさないと……」

 

 あの日、彼はみんなのために──

 だから、わたしは……

 

 

 

 

 

 ──私はバンシー。

 

 魔法族の一族に親族の死を知らせる、かつての魔法族。

 

 思いもよらぬ言葉に、菊は目を丸くした。

 

 かつての魔法族……つまり、死後未練のある強い魔力の魔法族が雪女になってしまうような類の話だろうか。

 菊は脳内で複数の伝説を思い起こす。そして頭の片隅でロックハートの推測が合っていたことに意外性を感じながらも、事前の情報とはあまりにもかけ離れた事実に彼の詰めの甘さを再認識した。やはり、あいつはダメダメだ。

 太陽に雲がかかり、光源がない屋敷の部屋は一気に暗くなる。

 

「あのドラゴンに、私の仕える一族が襲われて壊滅する場面を見たわ。本来ならスルーしなければいけないことだったけれど、その時、どうしても守りたい人がいたの」

 

「それで、タブーを犯して一族を追い出したわけか」

 

「ええ……正確に言うとタブースレスレ、といったところかしら。当事者に理由が知られなければセーフなのよ」

 

 アンジーは引き攣った笑みを浮かべた。タブーすれすれ、とはいったものの、それはほとんどタブーなのだろう。先に述べた雪女の例でも、家族に自分が元は魔法族であったことを伝えた瞬間、体が溶けてしまったと言う話が残っている。魔法族から魔法生物へ転化したものが、その正体を伝えることには大変な代償が伴うのだろうか。

 アンジーはそのすれすれをついて家族を死の運命から逃したという。それは、大層なことだ。偉大な功績だ。家につく生き物としては最上級の出来栄えだ。

 

 だが──

 

「一族を国外へ逃がせたのだったら、なぜキミは今もここに立っているんだ。もうここに”意味”はないだろう?」

 

「……約束が、あるの」

 

 菊は目を細めた。心当たりがあったからだ。脳裏にアンジーの心から読み取った男性の姿を浮かべながら、菊はアンジーに問いかけた。アンジーはその問いに、懐かしそうに、愛おしそうに目を瞑った。肩にかけた苔色のケープをかけ直したアンジーはその燃えるような赤い瞳を開いて菊をしっかりと見据えた。

 

「約束を果たすためには、あの竜が邪魔なの」

 

「奇遇だな、私もあの蜥蜴をぶちのめさないといけないんだ」

 

「ふふ……そうね、でしたら力を貸してくださる?」

 

 片や約束を果たすため、片や友を取り戻すため。

 魔法生物と東洋のサムライは、手を取り合った。

 

「もちろんだとも、レディ。私が剣となろう」

 

「でしたら、わたしが目になります」

 

 目指すは南西の火山。

 秘匿されし、火竜の巣だ。

 

 

 

 

 廃村より南西に位置する活火山の内部、マグマの火に照らされた洞窟の中に黄金が山積みになっていた。古い黄金の硬貨や宝石の装飾品が山になったそこに、ロックハートは放られていた。

 

「ああ、食べないでくれ!」

 

 みっともなく命乞いをするロックハートだったが、菊に磨かれた美貌は衰えることなくそこにあった。そのおかげで命拾いしているのだが、そのことを彼は知らない。 ロックハートは金貨の山にしがみつきながら叫び続けていた。かれこれ半刻はこの調子で泣き叫んでいる。

 

 悠久を生きる火竜は洞窟の出口側を陣取り、岩肌に寝そべりながら横目でロックハートを眺めていた。

 

「うわああああ!!! 頼む、命だけは!!」

 

 見目が麗しく、キラキラとしていて実にドラゴン好みの男だ。

 ドラゴンはみっともなく泣き喚くロックハートを──それでも崩れない美しさに感嘆しながら──宥めることにした。食べものを与えておけばとりあえずは大人しくなるだろう。そう思い至ったドラゴンは久しぶりに狩りに出かけることにした。幸いなことに、洞窟の入口は断崖絶壁。この人間は空を飛べないようだし、逆らう気概もないだろう。ロックハートの反応や気配からおおよその実力差をわかっていたドラゴンは安心して狩りに出かけていった。

 

 ドラゴンの羽ばたく音が聞こえなくなったのを確認して、ロックハートは涙の跡がついた輝く美貌を醜悪に歪めた。

 

 金だ! 金だ! 黄金だ! 

 

 根は小心者のロックハート。貧困に喘いでいる限界作家は、唐突に目の前にぶら下げられた金銀財宝の虜になった。もはや自分の命などは二の次で、どうすればあの狡猾なドラゴンを出し抜いて財宝を手に入れることができるのか、そればかりを考えていた。

 そして、好機は訪れた。

 

 最大の障害であるドラゴンの外出にロックハートは歓喜に沸いた。羽ばたきが聞こえなくなったのを見計らって懐に隠し持っていた杖を取り出すと、腰元にぶら下がっていた白い絹の小袋に検知不可能拡大魔法をかけた。

 

「ふ、ふははは……はははは! これで大金持ちだ!」

 

「なーにが大金持ちだ。それは置いてけ」

 

 高笑いの瞬間、天井から聞こえる声。ロックハートの笑みが凍りついた。おそるおそる上を見上げると、何かの生き物を象った白い紙の上から黒衣を纏った侍 菊と屋敷の管理人 アンジーがロックハートを見下ろしていた。ロックハートは親に怒られた幼子のように首をすくめた。そして、今回も菊に命を預けることを決めたのだった。

 

 学生時代も彼女の立てた悪戯作戦は、大筋に身を委ねていれば後は菊が臨機応変にサポートをして、最終的には必ず良い方向へと転がっていた。その経験から、今回もなんとかしてくれると彼女に命を託すことにしたのだ。ここで菊のいうことに従わないと、あまり良い結果にならないことはこれまでの経験から知っていた。それに、彼女は自分に誓っていた。「必ず守り抜く」と。東洋の小さなサムライは命に代えても必ず約束を守ることを、ロックハートは知っていた。

 

 しかし、それとこれとは話が別だ。麗しの貧乏作家は一縷の望みをかけてサムライに妥協案を訴えかけた。

 

「──!! そんな殺生なぁ……一掴みだけ! ね!」

 

「だめだ、ほれ、さっさと行くぞ」

 

「ぐぅ……絶対小説に盛り込んでやる……ッ!」

 

 菊は捨てセリフを吐いたロックハートを気にせず、手を差し出す。ロックハートも慣れたように菊の手を掴んだ。辺りの気温は火山というだけ合って高温で、互いの肌がじっとりと汗ばんでいるのを感じた。見た目にそぐわぬ筋力であっという間に上に引き上げられたロックハートは一度深いため息を吐いた。

 

「……して、なぜここにお嬢さんが?」

 

「彼女と私は戦友なのだよ」

 

「ふふふ……そうですね、ともに戦う運命共同体です」

 

「……?」

 

 うふふあははと笑い合うふたりに、ロックハートは女はわからんなぁと独りごちた。気を取り直して、ロックハートを救出した一行は無事に火山を脱出して──

 

 

 

 

 

 

 

 ──いなかった。

 

 ロックハートをはじめから囮として扱っていた菊は、ドラゴンが自分のモノを奪われた時どのような反応をするのか、おおよその見当がついていた。ああいう手合いは所有欲が強い。奪われたことに気がついたらさぞかし癇癪を起こすだろう。それこそが最大の勝機、最大の隙。アンジーの予知を頼りに、菊はその時を待つ。

 

『来ます!』

 

「ロックハート、頼んだぞ」

 

「主役に任せておけ!!」

 

 遠くに聞こえる羽ばたき。

 ドラゴンが、帰ってきた。

 

 

 

 

 ドラゴンは上機嫌に尻尾を振りながら、獲物を抱えて巣へと降り立った。久しぶりの狩りだったので少し手こずったが結果は上々。火山からほど近い場所にある森林で丸々と太った雌鹿を一頭を仕留めた。もう何頭かを仕留めてその場で食い尽くしたドラゴンは、大ぶりの短剣ほどはある大きな鉤爪に獲物を引っ掛けて揚々と火山口にある洞窟へと戻ってきた。

 

 さて、あの美しい人間に餌を与えよう。さすれば泣き止むに違いない。さすればさらに美しくなるに違いない。

 

 ドラゴンはその黄金の眼をぎょろぎょろと動かした。

 

 ──姿がない

 

 ドラゴンは床にそっと獲物を横たえてから、洞窟の奥へと進む。

 

 ──いない? 

 

 金貨の山を回り込んでも、あの黄金は見つからない

 

 ──どこへ

 

 

 

 その時、ドラゴンの鼻腔に嗅いだ覚えのある香りがした。

 汗と、香の香り。

 

 

 ──!!! 

 

 

 

 気づいた時には、時すでに遅し。

 

 

 

 

 

 

 

「チェストォ──ーッ!!」

 

 GRAAAAAAA !!!! 

 

 鮮烈な痛みが、ドラゴンの胸元に走った。

 たまらず叫ぶドラゴンに、気配絶ちの式を用いて潜伏していた菊はすぐさま追撃を行う。ドラゴンの血が滴る刀を一度鋭く振って払った菊は、懐から氷結の式を手に出した。

 その数、5枚

 術者の体液をつけることで発動する式に、指の腹を食い破って血の一文字を切った。白い和紙の中央に引かれた赤い一本線は染み込むように紙の中へ溶けていく。それを菊が宙に投げると、浮きながらドラゴンを囲うように移動した。それも見届けずに菊は再び刀を鞘に収め、鯉口を切る。切り付けられた胸を押さえながらゆっくりと起き上がるドラゴンを下から見据える菊の脳内にアンジーの声が響く。

 

『右によけて! 次は左!』

 

 未来視による予知に従い、菊はドラゴンのブレスを紙一重で避けていく。何度も痛みを与えられて怒るドラゴンは、感情に合わせて広がる火花をより一層噴出させた。鱗の表面に絶え間なく散る火花で、洞窟内は断続的に照らされている。

 菊はドラゴンが口内にブレスをためる一瞬の隙をついて、刀を振りかぶった。既に塞がりかけている喉元の傷を狙って振るった刀はドラゴンに間一髪弾かれてしまう。ズレた軌道をそのまま利用して鋒(切っ先)を返し、再び一閃。

 剣先はドラゴンの傷を擦り、血が再び噴き出した。

 痛みに堪えながらも正確に菊を狙って尻尾を一薙。アンジーの予知のおかげで菊は余裕をもって宙に飛び上がった。

 再び吐かれたブレスを転がって避けた菊は、服についた土埃を軽く叩くと、ドラゴンの方を向いてニヤリと笑った。

 

「寒いのは好きか?」

 

 ドラゴンを囲んでいた五枚の式が青い光を放ち、足元から氷が噴出する。活火山特有の高温はみるみる内に下降して行き、洞窟内に霜が降りた。火花を放っていた竜の体にもすっかり雪が積もり、動きが鈍くなっていく。変温動物ならではの弱点だ。「所詮トカゲよ」と菊が口の中で呟く。菊は再び刀を握ると、力強く地を蹴って飛び上がった。風で一つにまとめた黒髪が背でたなびく。

 

 両手で柄を掴み、ドラゴンの額に突き立てんとしたその時。

 

 ドラゴンが大きな瞳に愉悦の色を湛えてこちらを見返していた。

 

 菊の背に冷たいものが走る。

 

 ──やられた

 

 菊の目には顎門を開き、魔力を喉奥に溜めるドラゴンの姿がいやにゆっくりと見えた。

 たらり、とこめかみを流れる汗。

 

 脳内では、アンジーが叫び声を上げていた。

 

 GAAAAAAAAA !!!!! 

 

「ッグゥ────!!」

 

 瞬く間に炎のブレスに飲み込まれた菊に、アンジーは動揺を隠せなかった。ドラゴンのブレスは魔力を含んでいるため、通常の炎耐性魔法は効果がない。しかも、このドラゴンは古より生きる知性ある生き物。そんな力あるもののブレスだ。いくら菊が強かろうと、アンジーには彼女の生存は絶望的に思えた。

 火山口上空で白い折り紙の鶴に乗り、待機していたアンジーは涙をこぼしながらロックハートに叫んだ。

 

『ロックハートさんっ!! キクさんが、ドラゴンのブレスに……!!』

 

「何?! クソ、僕の出番か?!」

 

『ロ、ロックハートさん!』

 

 菊がブレスに飲み込まれたと聞いたロックハートは乗っていた箒の先を真下に向けた。かつて彼が乗りこなしていた、現役時代の箒だ。握るのもまたがるのも久しぶりだったが、練習したことはそうそう忘れない。軽く杖を振って風除けの呪文をかけることで視界を確保すると、ロックハートは学生時代の腕前を存分に披露した。立ち上る黒煙を切り裂き、マグマの滝をくぐり抜け、繊細に、時に豪快に箒の先を動かす。そして彼は、半ば突っ込むようにドラゴンの住処たる洞窟の中へと舞い戻った。

 

 ドラゴンは奥を向きながら炎を吐き続けており、菊の姿は未だ見えない。ロックハートは腹の底から声を出した。

 

「ドラゴンよ! 僕が相手だ!」

 

 ドラゴンは歓喜した。取り逃した獲物が、まんまと帰ってきたことに。ニンマリと不気味な笑みを浮かべると、菊に向かって吐き続けていたブレスを止めてロックハートへ向き直った。

 乗ってきた箒に跨ったままドラゴンに杖を向けるロックハートは、勢いのまま杖を振り上げた。

 

「ステューピファイッ!!」

 

 杖の先からヒョロヒョロと頼りなく飛んでいった赤い光線は、ドラゴンの体に触れる前に掻き消えた。火竜の纏う魔力層に弾かれてしまったのだ。小馬鹿にしたように鼻を鳴らすドラゴンを見て、ロックハートは顔色を変えた。彼は根が小心者なのである。元来、このように強大で生き物としての格が違うようなモノと進んで対峙しようとは決して思わない。むしろ真っ先に逃げ出す人種だ。

 

 しかし、彼はここにいる。

 

 それはひとえに金に目が眩んだから。その一言に尽きる。ドラゴンを倒すことで得られる名声も捨て難い。ロックハートは真剣に、この竜を打ち倒そうと思って、この場へと戻ってきたのだ。

 

 顔面蒼白。汗をびっしりとかき、震える腕を振り上げて。

 

 彼は再び呪文を唱えた。

 

「す、ステューピファイッ!!!」

 

 真っ直ぐ勢いよく飛んでいった光線は、やはりドラゴンの表皮に届くほどの威力は持ち合わせていないようだった。先ほどよりはマシだが、宙で消失している。ドラゴンは再びバカにしたように鼻を鳴らした。

 

「ステューピファイッ!!!!」

 

 再び光る杖先。その光の色は、青。呪文はドラゴンを通り越して、向こう側の壁に衝突。霧散した。またか、と呆れた様子のドラゴンだったが、ふと違和感を覚えた。

 

 ロックハートの、恐怖と安心の入り混じった表情に。

 

 洞窟内の気温が急激に上昇していくことに。

 

 自分の本能が叫ぶ、危険信号に。

 

「吹っ飛べ!!!!」

 

 ──おんなの、こえ。

 

 

 

 振り向いた先には、瓦礫の中で立つ菊の姿。ふらふらと立ち上がる姿はまさに満身創痍。しかし、菊の瞳は決して死ぬことなく、勝利への飽くなき渇望を秘めている。

 たらりと流れた鼻血をそのままに、菊は顕になった左掌をドラゴンへ向けた。 焦げついた服から覗く、鈍く光る鋼鉄の左腕から巨大な光線が放たれる。

 反動で壁に叩きつけられた菊だったが、ドラゴンに放たれた極大の光柱は瞬時に彼の右肩を穿った。

 痛みに耐えかねたように叫ぶドラゴンの体にはもう火花は散っていない。魔力の装甲も一緒に消え失せたのだろう。菊は箒にまたがるロックハートに叫んだ。

 

 

 

「ギル!!」

 

「まかせろ!」

 

 

 

 ひらりと白い服をなびかせて地に降り立ったロックハートは、豪奢な金髪の合間からドラゴンを睨め付けた。そして、手に握っていたスラリとした杖を振り上げると、ドラゴンに向けて呪文を放った。

 ドラゴンはロックハートが放ってきた魔法を考えた上で、彼を無視した。脅威度は確実にロックハートよりも菊の方が高い。ドラゴンは自らの硬い装甲に風穴を開けた菊に対して最大級の警戒を持って立ち上がった。

 

「ステューピファイッ!! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──なんてね」

 

 

 

 サクラの杖先からこぼれ落ちるように優しい色の光がドラゴンへ向かい飛んでいく。菊と相対するドラゴンはロックハートの呪文をモロに浴びると、一度、二度と体を前後に揺らして地に倒れ伏した。




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