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剥き出しの岩肌を白い光が時折照らす日没後の洞窟内。
ルーモスを杖先に、あるいは光る折り鶴を近くに侍らせながら、疲労困憊の魔法使いたちは汗を滴らせ、蒸し暑い洞窟内を彷徨っていた。
元の道を引き返すことが体力的に難しいと判断した彼らは、外部に通じる道があると信じて捜索を続けていた。断崖絶壁マグマ直結の出入口から出るにも、天井に空いた穴から出るにも魔法力に余力がないのが事実だった。
作戦があったとはいえ、悠久を生きる力あるドラゴンとの戦いは体力以外にも様々な部分を消耗させていた。
菊は左の義腕と魔力を。
ロックハートはそもそも作戦を知らされておらず、自ら柔軟に対応しなければいけなかったプレッシャーと魔法を当てるための繊細な魔力操作から精神を。
そしてアンジーは千里眼を多用したことによる脳の過労。
もはや彼らには箒で真っ直ぐに飛ぶことや式神を飛ばす力を出すことさえ叶わなかった。
そもそも彼らがいる洞窟は火山の奥底にあるマグマから数十メートル上にある横穴である。果たしてこんな場所に外部と通じる道があるのだろうか。必死に壁を叩いて回るロックハートを尻目に、菊は顎先から滴る汗を乱暴に袖で拭いながら思わずぼやいた。
「どれだけ見ても岩肌があるだけじゃないか……」
「そもそも出口なんて存在するのか? 私は大人しくここで休んだほうがいいと思いますよ……」
顔を顰めた菊に遠方から投げやりに応えたロックハートも、すっかり疲労に満ちた顔つきだ。貸し与えた白装束はすっかり土で汚れ、裾に至っては擦り切れている。彼の手元を照らす杖先の白色が、装束にうすらと銀糸の刺繍を浮かび上がらせた。
菊の魔力は限界に近かった。日本魔法界でも屈指の魔力量を誇った彼女であっても、奥の手である義腕からの
その結果が全身に擦り傷や火傷がつき、破れた黒い袴の合間から白い包帯がチラリとのぞく有様だ。近傍の光る式神も出すのに苦労するほどに、彼女の体は限界に近かった。それに加えて洞窟内は異様な蒸し暑さに満ちている。ガリガリと精神が削られていく音が聞こえるようだった。
「アンジー……落ち込むのはわかるが、少しは協力してくれないか? このままでは一晩はここに足止めだ」
疲れ切ったという表情を隠そうともせずに、菊はその場に座り込んでアンジーに声をかけた。アンジーは青年の幻想が消えてから、虚無を抱えた顔をして下を向いているばかり。洞窟探索にもはなから参加していなかった。初めはロックハートに宥められて黙っていたが、体力も限界に近い菊には余裕がなかった。
今まで声をかけられても反応を示さなかったアンジーが、不意に立ち上がった。そしてよろよろと歩き出すと、洞窟の奥に鎮座する金貨の山へと近づいていった。
「……知っている気がします」
「何?!」
「私は……ええ、金貨の山の中にある魔法陣からここに来たことがある」
アンジーがぼんやりとした瞳のまま放った言葉に藁にもすがる気持ちで飛びついたロックハートが目の前に聳える金貨の山を猛烈な勢いで崩し始めた。腰元の検知不可能拡大呪文をかけた袋の口を開きながら、体全体を使い泳ぐように金貨を捌いていく。その姿はまさに「金の亡者」そのもので、遠くから見ていた菊は思わず顔を顰めた。そして喉の奥で「みっともないな……」という言葉を飲み込んだ。彼のハートの脆さは共に過ごしていて何度も実感している。その分立ち直ると強いが、面倒臭いという思い出の方が強い。女学生に振られた時のロックハートは特に。思い出したくもない思い出を振り払い、菊も片腕ながらロックハートの手助けに入った。
二人で協力した事で、巨大な山は瞬く間に小さくなっていった。そして洞窟の床が露出すると、ロックハートが指を指して歓声を上げた。
「何か光ってるぞ!」
「……確かにこれは魔法陣だ。薄らと魔法力を感じる」
ここ掘れワンワン。ロックハートは最後の一枚の金貨にそっと接吻をしてから大事そうに袋に仕舞い込んだ。アンジーは幾分か気分が落ち着いたようで、しっかりとした足取りで金貨の下に隠されていた魔法陣を覗き込んだ。
「これは……見たことのない形のものだな。ホグワーツで見たものよりも簡素に感じるが」
「ふむ」
洞窟に刻まれていたのは、いわゆる五芒星の魔法陣だった。菊は見覚えのある構成陣に目を細めた。彼の地から遠く離れたこの土地には、不思議なことに陰陽師の痕跡が多い。そう、不自然なまでに。菊は黒く脈打つ魔法陣をじっくりと観察した上で、やはりそれが実家に伝わる方術であることを確信した。
「これは出口の魔法陣だ。ここからは出られない」
「出られないだって!? どうにか、どうにか弄れないのか? イカれたジャパンの魔法族の力を見せてくれよ!」
「いや、実は魔法より剣を振るう方が得意でな……」
「はぁ〜〜〜!! 菊はサムライですから、剣を振るうことで全てを解決してきたのでしょうね! どうか疲れ切ったワタクシ共に
つまらない人間性を露見させる男を無視して、菊はその場に片足をついた。そして魔法陣に四隅に書かれた梵字を眺める。魔法陣は中央に一つ大きなものと、その四方に小さな魔法陣が置いてある五重魔法陣であった。それぞれに『道』『出口』『座標』『保護』が刻まれ、中央の大きな五芒星の周りには『転移』を表す呪文が
「この魔法陣は我が一族に伝わる構成をしている。おぼろげに、かつて学んだ記憶では魔法陣は規定の文字を書き入れた後、その効果が反転しないように楔を入れて固定するのが決まりだ」
「つまり……」
「解決するぞ、
「すみませんでした」
「フン……」
流石に不愉快であったらしいロックハートの煽りに謝罪を入れさせた菊は呆れたように鼻を鳴らした。そして懐から何も書かれていない状態の短冊を取り出すと、服から滴る血に指を浸して何かを書き始めた。古来より、血は最高効率の魔力伝導媒体である。つまり、最も手っ取り早い魔法の使い方なのである。
「ロクハートは肝心なところで失敗するからな、キミに託す。私が楔を断ち切るから、小さな魔法陣が揺らめいたら投げ入れてくれ」
「わたしでいいのかしら……」
「ああ、投げ入れるだけでいい。では、頼んだ」
背後から投げかけられた「おい、キミの私に対する評価について話があるぞ……オイ!」という声を丸っと無視して、菊は残った右腕を左腰に差した刀の柄に伸ばした。しっかりと5本の指で握り込み、腰を深く落として水平に鞘を引き抜いていく。
──刀の極意とは、そのワザにある。
力任せに叩きつければ物を切れるわけではない。磨き上げられたその薄い刀身が真価を発揮するのは、引き切る際である。叩きつけるのではない。刀身を対象に真っ直ぐ、垂直に、引くように切るのだ。脇を締め、腰を深く落とし、全身の筋肉を使って。菊は黒く光る魔法陣の楔である陣同士が重なった部分に狙いを定めた。その幅約3ミリ。魔法族ながら侍として修練を積んできた菊の一太刀は空気を切り裂くような、
「──今!」
「っ、はい!」
パリン、とガラスが割れるような音がしたかと思うと、目の前にあった五重の魔法陣はゆっくりと歪んでいく。黒い脈動は失われ、噛み合っていた歯車が崩れるかのように左右上下に魔法陣が浮かぶ。そこに菊の鋭い一声が場を切り裂いた。弾かれたように肩を上げて、アンジーは渡された短冊を魔法陣の方へ思い切り投げつける。
次の瞬間、ただの紙だったそれは釘のような形に姿を変えた。そして宙を猛烈な勢いで飛び、菊が切り裂いたそこに突き刺さった。それだけで浮かびかけていた魔法陣たちは再び床に縫い付けられた。楔から溢れ出る大量の『反転』の文字が『出口』の魔法陣を上から書き換えていくと、その五芒星は白い光を放ちながら畳を返したように裏返る。そこに脈動するのは『入り口』の文字。黒い光を放っていた魔法陣は、一瞬で白に塗り変わっていた。
「……なんとかなったな」
「なんとかなった、だって? キミというやつは、いつも行き当たりばったりで無茶ばかりで……」
「おしゃべりが過ぎるぞ、ロクハート。黙って魔法陣に飛び乗れ。もう直始動する」
「ッ、クソ! あとで覚えとくんだな!」
魔法陣に足をつけた菊に続いて、ぶつぶつと文句を言いながらロックハートが白い光のなかへ進む。後ろ髪引かれるようにその場から動かないアンジーに、菊は普段のキザでうざったいロックハートの真似をしながら歯を見せて手を伸ばした。
「ほら、お嬢さん。お手をどうぞ」
「……フフ、ありがとう。異国の騎士さま」
ようやく笑みを浮かべてくれた、とロックハートは人知れず胸を撫で下ろした。女系家族の長男として二人の姉を持つ彼は、その中で特別扱いをされながらも、女性は笑っているべきという想いが常にあった。……自分よりは優先度が下がるが、それでもそう思っていた。それだけに、最愛の人を失ったアンジーを心配し、気にかけ続けてきた。その彼女がようやく見せた微笑みに、ロックハートは肩の荷が降りたような気持ちになった。
アンジーが魔法陣の中にいることをしっかりと見届けた菊は、その場で柏手を二度打った。
魔法陣が鮮烈な光を放つ。
一拍。
「!」
「こ、れは!」
「……ふぅ、入り口、だな」
柏手が打たれるたびに強くなった光に思わず目を瞑った二人は、一瞬の浮遊感の後外気が涼しく変化していることに気がついた。先ほどまでのねっとりとした熱気はどこへやら、すっかり冷え込んだスコットランドの夜に身震いをしながら一歩外へ踏み出す。
そこは、洞窟と同じく岩肌が顕になった細い一本道であった。魔法陣の光が消え失せる前に魔法力に余裕があるロックハートが杖を振るって
洞窟の入り口は月の光がスポットライトのように当てられる、少し開けた場所にあった。
少し歩けば雑木林にぶつかるような森の真ん中で、火山の麓に近いような位置である。
初めに月光の下へ飛び出したのはロックハートであった。青白い月光を浴びて、彼の髪がキラキラと光を透過して輝く。土埃に汚れていながらも、白い装束は裾に刺繍された銀の糸たちが感情に合わせて溢れた魔法力によって動いていて、それを身に纏っている彼の姿はまるで異国の踊り子のように華美な物であった。
「外だ! 今回も生きている、私は生きてここにいるぞ! ありがとう私の幸運!」
「全く、騒がしいやつだな」
「……」
歓喜に踊り出すロックハートを呆れたような視線で見つめながら、菊も後に続く。高めに結われた黒髪が月の下で濡れたように艶めいた。ところどころ破れた黒い袴から仮固定した義腕の冷たい光が覗く。腰元に差した刀が歩くのに合わせて音を立てて揺れていた。菊はゆっくりと歩きながら、やがてロックハートの隣に並び立った。
そんな二人を見ながら、アンジーは縫い止められたように洞窟の影から光の下へ出れずにいた。
守り続けていた、そのつもりだった坊ちゃんの遺骸を山中に置き去りにしてしまったという罪悪感とやるせない気持ちでいっぱいで。60年間足止めしかできなかった無力な自分の、戦い敗れた坊ちゃんの無念を晴らしてくれた彼らに対する複雑な感情がアンジーの足を止めてしまっていた。
そんなアンジーに気付いてか気づかずか、先に進んでいたロックハートが振り返って大きく手を振った。菊も振り返って微笑みながら片手を小さく上げる。月の光に包まれた二人の姿に、アンジーの脳裏には別の影がぼんやりと浮かんだ。
「お父様、お母様……」
無意識のうちに頬を温かいものが伝う。なぜだろうか。胸の奥底から湧き出る懐かしい気持ちに戸惑いながらも呆然と二人を見つめ続けた。
「おーい!! 寒いですし、早く帰りません?」
「お前は自分の欲望に忠実過ぎるぞ……」
「──フフ。はい、今行きます!」
あまりにも自然体の彼らに、アンジーは心の中でナニカが吹っ切れたような気持ちになった。
溢れた雫をぐしぐしと袖で拭いてから、微笑んで大きく返事をした。洞窟の影から月の光の中へ出ると冷たい外気が頬を撫でる。二人の隣に追いつくと、アンジーは息を整えてから声を上げた。
「──」
上げようと、した。
落ち着けたはずの気持ちは、中々どうして、素直に終われてくれないようだ。じわじわと込み上げる涙で視界は瞬く間にぼやけ、夜空に浮かぶ無数の光が焦点も合わずに散乱していた。嗚呼、嗚呼。どうして、彼だったのだろう。どうして、私だったのだろう。もう二人の顔も見えない。なんとか溢れるそれを止めようと天を仰ぐと、涙で星が大きく歪んで見えた。
「……大丈夫か?」
いつの間にか、菊がアンジーの側に佇んでいた。遠慮したように声をかける彼女の声に、異国の地出身なのだということをまざまざと感じた。だけどその一歩引いた距離感が、むしろ心地よかった。アンジーは肩を振るわせながら、声も上げずに泣いた。
──彼と過ごした、遠い日々。もう彼の声も、顔もうまく思い浮かばなかったけれど、それでも。
「……愛していたの。彼が遠くに行ってしまって、あやふやで、曖昧で。それでも……それでも!」
「わかってるよ、わかってる。大丈夫だ。全て終わった」
「──それでも、私は彼を、愛していたの!!」
身分が違う。年齢が違う。性格が違う。種族も違う。
それでも、アンジーは彼を。坊ちゃんを、この地の領主たるミカ・
「愛していた。私のすべてだった……」
「……」
「でも、もう彼に会えないのね」
「……いや、それは違う」
空虚な気持ちが胸の奥底を渦巻く。アンジーの中に再び黒い思考が支配し始めた時、思考を切り裂くように菊の声が響いた。
「彼の魂はあの場にはすでになかった。つまり、
「次? 次って……」
「我が国では
菊の見たところでは、あの青年の魂はひとかけらも残ってはいなかった。
残っていたのは残留意思、
亡骸に宿る膨大な魔法力のお陰で維持こそされていたが、本来ならば見られないイレギュラーだ。長年あの洞窟にいたドラゴンの魔法力が染み付いた、あの場限りの
「そう……彼は救われたのでしょうか?」
「それを決めるのは我々ではない。ただ一つわたしから言えることがあるとすれば……死人に口なし、だ」
「ん〜ん、キクゥ? 傷心のお嬢さんにもう少しわかりやすくいったらどうだい?」
「……あー、そうだな……あの青年が内心何を考えていたのか、真相は定かではない。彼が何を想って死んだのか明白ではないか?」
「!」
彼は最後に『もし、次の世があれば、僕は君に逢いにいく──』と口にした。その言葉が
それでも、アンジーは憑き物が落ちたように軽快な気持ちになった。洞窟から真っ直ぐに、ふたりの隣を通り過ぎて森の中へと進んで行く。残されたロックハートは肩をすくめ、軽やかなステップを踏みながらアンジーの後に続いた。森のさざめきの中に調子がはずれたホグワーツ校歌が聞こえる。菊は振り返って洞窟に
一行は屋敷までの道すがら、木々の合間に見える満点の空を眺めながら歩いた。
しおり・お気に入り・高評価ありがとう!!!
感想ありがとう!!
就活の励みになってます!
前回初めての感想頂いて喜び舞い踊ったのも束の間、お祈りメール襲来に感情ジェットコースターでござる
……もっと感想くれていいよ!!!(クソデカボイス)