Refrain - Welsh Dragon:Ddraig×Ddraig 作:桜咲く日に
「あ、一誠さん、このお花はどうですか?」
「ああ、いいと思うよ」
春から夏へ。やがて秋へ冬へと世界はよく廻るものだ。
どこの地にも、四季があったのならば、こんな豊かなことはないのかもしれない。
アーシア・アルジェントは、10日ほどリアスが預かり、やがて兵藤の家へと移されることになった。
「──彼女に、家族というものを教えてあげて欲しい。妹のように、あの子を笑わせてあげて。そして、」
そして、彼女は黙った。
いや、言わずともわかるはずなんだ。
わがままだろうと、約束が何であろうと。
彼が、託して逝けたのは、友に彼女を任せるからだという一つの言。
五月に季節は入り、やがて雲の流れも少しずつ、変わっていく。
桜の香りは既に途絶えているが、他に実を付け、花をつける時期もまた、来るというもの。
「お母さん、喜んでくれますか?」
「多分、いや、きっと。もしかしたら泣くのかもしれない」
彼女は、とても笑うようになった。縛り付けられた表情を溶かして、口角を綺麗にあげるのだ。
「……お母さんにプレゼントをするなんて──本物のお母さんになってくれたみたいです」
「向こうはそのつもりでいるよ。だから、よく甘えていいんだ。相談をして、ご飯をおかわりして、たまに欲しいものをねだって……、それが“普通”の子供になるってことなんだと思うよ」
彼女に母はいない。
しかし、それでも母になれないなんて決められた覚えなどない。
母は強し。
いつだって、最後に味方をしてくれるのはお母さんであってほしい。
今日は五月の中旬目前の曜日。
それは、
「──幸せすぎてバチが当たりそう。けれど、それでも幸せを望みます。そうしていきたい」
「そうしてくれ」
「帰ったら、カレーを作るんでしたね?」
「そう、だから玉ねぎをたくさんいれようか」
「体にいいからですか?」
「もちろん」
「じゃあ、急ぎましょう。よし、このお花で」
──今日は母の日。
一年に一度ある母のための一日。
アーシアが手元から店員へと手渡したのは、彼女が手伝いをやり得た少しの──初めてのお小遣いと足りない分を埋める一誠の金銭。
二人は少しも似ていないけれど、共通の母と父と家、そして獣との何かがある。
これを兄妹のようだと、言って文句はあるのだろうか。
後にスーパーの袋を片方ずつ持ちながら、自宅のドアを開けようとする二人の手はそこで重なり合った。
おかしなことで、笑ってしまう。
母の日に、こんなに自身が幸せになるのはいいのか、などと思ってしまう彼女はもう、いない。
こんな日常を噛み締めながら、夕日に染まる空を見るのだ。
どこかで、彼女を見守っていてくれていたらと、探してしまう癖は当分抜けそうもない。
ただ、こんな当たり前は、非日常に身を寄せていた彼女にとって、非日常であり。
やがて、この非日常こそが日常へと移り変わるを今は待とう。
今日は、カレーを作ろうか。
玉ねぎの涙は、少ししょっぱいだろう。それでも、成分すら違うとしてもだ。
案外、暖かい涙の次くらいには幸せな涙なのかもしれないよと心に思って、一誠は横でヒーヒー言っている彼女を見た。
そして、母が帰宅するのを、鍋が煮えるのと共に待とうか。
時折、匂いを玄関先まで逃がしてみたりしながら、食欲を誘おう。
花は二人で一緒に渡せばいい。
時計の針が日にちを変えてしまうまで、この日は終わらない。
このような日が来年も巡ると、
二人は信じている。
◆
「──部長」
部室内に女性の声がした。
室内には、全ての眷属がおり、それに加えてアーシア・アルジェントがいる。
皆が椅子に座り、放課後のそれぞれを楽しんでいた。
リアスは、どこか遠い目をしながら空を眺めている。机の上を、一定の間隔をあけて叩いていた。
祐人は、何度か剣を生み出しながら首を捻っていた。
小猫やアーシアは、互いにお菓子の食べ比べをし、そのうち行く予定である店の話で楽しんでいる。
一誠は、とくにやることも起きずドライグとしりとりを心の中でしている。現代用語に疎いドライグは敗戦中であった。
そして……、
「なに、朱乃」
リアスは、話をかけてきた朱乃に顔を向け、言葉を発した。
朱乃は一度リアスの様子に何か、言いたげな視線を送るが、リアスの瞳にはそれに触れて欲しくないといったものがあり、本来言おうとしていた言葉を送った。
「アーシアさんの眷属関係のことです。あまり引き伸ばしにするのも本人のためにならないでしょう」
アーシアは、教会に居場所などもちろんない。堕天使や悪魔の地区のもとに居たのだと分かれば、そのまま処刑もあるのではないだろうか。
そして、一般人として生きていくも良いのだろうが、本人が納得していない。
一誠が家にいる。
そして、彼女も共にいるのだ。
家も両親の優しさも得ることが出来た。そして、初めての友人となった部員たち。命の救い人。
そして──、御守りの強さ。
彼女が、それをほっておくのは些か無理がある。
故に彼女は、悪魔になることを望んだのである。
「……わかってはいるの。でもね、彼女の神器はイッセーのような凶暴なものでもないし、彼女自身は戦う力がない。それに辛い思いを随分としてきたみたいだし、このまませめて高校を卒業するまでは自由に暮らすのも悪くないって思うの」
みんなが朱乃の声に反応し、リアスを見やる。リアスは、皆に聞こえるほどの声でそう言った。
最後にアーシアを見て。
「……しかし、彼女の神器は希少ですし、他の悪魔が来ないとも限りませんよ。今回だって彼女の有益性に堕天使が近付いたのですから」
「悪魔云々はおそらくは平気。この名前は重いと思うこともあるけど、それでも公爵なわけだし、仮にも魔王様の出なのだから、私が世話をしているのを知っていて手を出す者はいない。それに赤龍帝と同居している彼女に手を出せる程、怖いもの知らずもいないでしょ?」
そう話すリアスの瞳は、アーシアをよく見ていた。彼女の身の上を案じているのがよく分かる。
アーシアはそれを受け止め、そして一度目を閉じた。まるで心の整理をするように。
しかし、やがてアーシアが席を立ち、リアスの前へと足を運んだ。
「……アーシア」
「本当にありがとうございます。私はこんなに心配されたことがなく、どこか気恥ずかしくもなってしまいます」
アーシアは一度腰を曲げ、彼女へ礼をした。その際に綺麗な髪が彼女の頬へとかかる。
彼女はそれをのちに払い、淑女のような手つきで髪を耳へとかけた。
「──けれど、悪魔になることがあれば、私も魔力を使うことが出来るのでしょう。私の神器をさらに使いこなすことも出来ると聞きました。……これから先、みなさんがどこかで戦い、傷つき、痛みを感じている間、私はここで祈るように待っている……、それを私は出来そうにないのです。その場で私が治し、みなさんを精一杯サポートします。私が戦えないと言うのならば、頑張らせて下さい。もう、誰かを知れなく、気づかないうちに誰かがいなくなってしまう、そんなことは嫌です。せめて──傍で」
彼女が人間として生きていくならば、きっといつか何かがあるのだろう。
血だらけの誰かを迎えることも、ひとり帰らない人に、皆が泣きながらなんていうことも。
わからないが、想像してしまうのが人間なのだ。
一度経験すれば、わかるだろう。
酷い話かもしれないが、知らない所で死なれるのだけは嫌だと、彼女は思っている。いや、無意識に感じているだけかもしれない。
それでも、その時に自身がいれば助かったのかもしれないと思うことだけは堪えられない。
リアスはそれを聞き、気持ちは分かるし、理解もできると思った。
多分、自分もそうなのだろう。
初めてお菓子を食べた。
ジュースというものを飲み、祝い、ふざけることが出来た。
少しの間、一緒に暮らし、髪を洗い、テレビを見せてあげた。
そして、ベッドで抱きしめながら寝る。
いつもいつも当たり前に行うこのことを知らない彼女をとてもかわいそうに思ってしまう。
そして、これからはもっといろいろとしてあげたい、誕生日には大きなケーキを買おう、ロウソクはもちろん年の数で、なんてことを想像していた。
そんな相手を血の場から遠ざけたいのは心理として間違っていないのだろう。
己もアーシアも、どちらの気持ちも肯定できる。
最良の選択というのは、おそらくないのだ。
人が死んだとき、繕いでもなく後悔をしなかった時、その時くらいにしかわからない。
選択など、どれもが合っていて、間違っているのだ。
未来は幾重にも分かれている。
悪魔になり、幸せになる道と後悔する道、人のままでもそう。
未来の行動により、その時の選択の良し悪しは初めて定められる。
彼女にはここで決めることが出来ない。
ならば、
「……信じましょうか。これで彼女が後悔したら私が恨まれちゃうしね」
リアスはため息をわざとらしく吐いて、苦笑いをした。
そして、言う。
「絶対に守るから、アーシア。王の私がどんな火球を前にしようとも、あなたを庇う。だからね──」
アーシアの瞳を覗く。
リアスが再び口を開けようとして、アーシアが先に言った。
「──私が必ず治します」
「あー、とったね? 今、結構いい感じだったのに」
「あらあら」
アーシアが真剣な表情でそう言った。リアスは、それを笑いながら茶化す。それに朱乃が口に手を当て笑った。
みんな、笑っていた。
「アーシア・アルジェント。あなたをこのグレモリー眷属の僧侶となることを命じます。受けてくれますか?」
「──はい、もちろんです。リアス様」
「様なんてやめて。お姉ちゃんでいいんだから」
そっと抱き寄せる。
これで、六人目の家族ができる。
増えればそれだけ、誰かを守れるのだろうか。
それとも、それだけ家族の誰かを失う確率も増えるのだろうか。
未来はどこまでも増えていて、広がる宇宙のように永遠に道を広げていく。
この選択こそが正しかったと、いつ分かるのだろう。
知るすべなど今はないが、この温もりや暖かさだけは本物である。
とにかく、今この時は間違いなく、家族が増えたことが喜ばしい。
「よろしくお願いします、みなさん」
正しいのだと、自身を信じて。
◆
炎が灯る一室。
その場に一羽、不死鳥がいた。
「……そろそろ話を大幅に進める必要があるよなぁ」
その通りだと頷く。
この場に居合わせる数人の眷属の前で彼は行ったり来たり。
まるで初々しいカップルの彼氏が彼女の登場を待ちきれないようであり、着崩した格好にはあまり合っていない。
「……しかし、ライザー様」
「ユーベルーナか。どうした、今考え事してるんだが」
ユーベルーナと呼ばれた女性は一度腰を曲げ、再び起こす。
その際に崩れた前髪を少し直し彼女は神妙に告げた。
「リアス様とご婚約の話を」
「……だから、それを考えてるんだって。見てわかってくれよ、このかきむしってボサボサの髪を」
「……後で侍女を呼びますね。話を戻します。かのお嬢様はどうにもこの婚約には乗り気ではないご様子です。しかし、ここで婚約出来ずともなればライザー様、および眷属にもあまりよい評判とはなりません」
「いや、知ってる。ましてやここ最近で成り上がったこの一族にとって上位貴族との繋がりは大きすぎる。もはや、俺だけの話じゃあない。この先──1000年、2000年先までレーティングゲームがあるとも限らない。この一族の地位を盤石にするには、どうしても常に安定している彼女の一族と結ばれることがおそらく一番いい」
フェニックス家である彼は腕を組ながらそう発言する。
フェニックス家は、この何百年かで力を上げてきたいわゆる成り上がりである。成り上がりとは、古くからの上位貴族にあまり良い顔をされない。
ましてや、その経緯が『ゲーム』であるレーティングゲームおよび、フェニックスの涙という回復薬のみであるため、どうにもパンチが弱い。
レーティングゲームはあくまでも戦いから遠ざかった悪魔が平和ボケをしないように、などという名目もあるのだ。そして、ジャンルとして娯楽とも言われる。娯楽と言えるほどに楽なものでもないが、そこらへんは人間のやるボクシング観戦のようなものだろうか。
主に死なないが、死なないこともない、などという。
とにもかくにも、
「フェニックスの涙は、戦いが起きなければ基本的に需要がない。悪魔は魔物や人間と違い普通に生活していて怪我というものをしないし。そして病に利くわけでもないからな……。つまりは、レーティングゲームが無ければこの成り上がりから先にはいけない。そして古い貴族は変化を嫌う。我々が上位貴族に大きな顔をできるようになることも我慢出来ない人がいるはずなんだ。だからこそ、お偉いさんがその様な『ゲーム』で古い悪魔を押しのけられ、下位の貴族や転生悪魔に地位を奪われることになることがあれば、間違いなくレーティングゲームを廃止する。……上はそういうことばかりやってるんだ。今は魔王も変わっているのに」
ため息をつく。
いまだに序列というものが壊れていない。
新しいものへ世代へ世界を預けることをしない。したくはない。
長い時間の中で、そのような考えばかりが育ってしまうのだろうか。
悪魔は出生する確率さえも極端に低い。故に、早め早めに結婚はしたほうがいい。
「悪魔は魔王が変わってから多少ごたごたしているし、先に何があるかわからない。フェニックス家は、戦闘でこそ有益になるが、それをなくせば築いたものがない。だから、せめてこの先、一族を安定させるためにはリアスとの婚約がやはり鍵となるな……。しかしなぁ」
「どうかしましたか?」
「……グレモリーは切迫詰まっているわけじゃない。だから、こちらと違い焦りもないんだよ。しかし、婚約する話は親同士で進んでいるからリアスもそう断れないわけでな」
「……それで拒否されていると?」
「しかもあいつは学生だ。人間社会にいるとはいえ、悪魔世代でもまだ学校へ通っている時期なわけだ。……あとは、人間に慣れすぎたのもあるんだろう。俺とリアスはそう離れていないが、俺が人間だったら人間世界で言えばそれなりには離れていることになるからな。こないだオジサンと呼ばれた」
「……お、オジサン」
「……ああ、俺もついキレちまってな。今と前の写真を見せまくった。どれだけ俺の容姿が衰えていないかを見せたんだ」
「どうなったのですか?」
「魔法陣拒否された。魔拒だ」
魔拒。
それは人間世界の着信拒否を意味する。
「『なに格好つけてんの? 眉毛も剃りすぎ』って言われた。俺はな、人間界大好きな彼女のために人間のオシャレ雑誌、メンズエ○グを見て研究したんだ。髪を伸ばし流し、カラコンなるものを入れてみたんだ。そして、ピアス、まさに人間界最強のイケメンの完成だ」
「……は、はぁ」
「やたら厳つい獣の毛皮のような衣服を纏い、すね毛も剃りまくった。そしてタバコとかいう人間の趣向を凝らした」
ライザーはそこで胸元のポケットを弄り、手のひらサイズの箱を取り出した。
「今ではニコチンという成分にはまっている。これが、なかなかいいんだ」
ライザーはタバコをくわえ、物凄くキザなポーズで指先から炎を出し、火を付ける。
「ふぅ──。この姿を動画で送ったら何故だか奴の女王からも苦情がきてな。そんなにおかしいか?」
「…………話を戻しますね」
もう、ユーベルーナはついていく必要はないんだ。
そう、彼女は諦めた。そして、本題へと入る。
「……このままではズルズルいってしまいます。ライザー様はもう少し非情になって下さい。あなたはこのフェニックス家の三男。ルヴァル様よりも婚約を早くした一族の期待なのですから」
「──わかっている」
「おそらく、このまま承諾されない場合はレーティングゲームになりましょう。その様に仕組まれておりますから」
「……まぁ、些か良心が痛いんだがな。どうにも出来レースで彼女を手に入れるみたいで」
「それも運命。なればこそ、徹底的に敗北させるのも運命でしょう?」
「……そうだな。どちらにしろ家のことに俺は逆らうつもりもない。ならば彼女がどれだけ嫌がろうとも無理矢理にでも婚約してもらおう」
「そのいきですよ、ライザー様」
花は実をつけてから咲くものだ。だから、結婚という実になってから彼は幸せの花を咲かせようと決めたのである。
決心が決まったとライザーは頷いた。眷属の皆もそばに集まり、先に来るであろうレーティングゲームに思いを馳せていた。
しかし、そのような穏やかな空間へと乱雑な音が響いた。
「──お兄様!」
彼、ライザーと同じ髪色を左右へと揺らしながら扉を開けた。
「レイヴェル、なんだ」
「──大変なんです!」
大変だと騒ぐ彼女は普段の落ち着きがない。
彼女の瞳が大きく揺れ動き、息を整えるように一度息を吐いた。
その背中を移動したユーベルーナが優しく撫でる。
「レイヴェル様、どうかなさったのですか?」
「悠長な事態ではありませんわ!」
レイヴェルが眷属全員を一瞥し、最後にライザーを捉える。
「──グレモリー家から、婚約の破談を申し込まれました!」
今晩は。
今回はアーシアの日常の幸せ、そして眷属のお話。
そして、ライザー様の影の努力の三本となっています。
ゲームに関しては、いくらか書けています。
これがネタバレになるのかわかりませんが。
おそらく、次あたりにゲームに入ると思います。
最近は涼しく過ごしやすくなりました。
あ、ちなみに私はタバコは吸いません。
それでは次回、結構長くなるかもしれませんが、
よろしくお願いします。