Refrain - Welsh Dragon:Ddraig×Ddraig   作:桜咲く日に

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紅い糸

 

 フェニックス家の家内は騒然としていた。それは、大騒ぎと言ってもいい。

 フェニックス家に仕えるメイドたちは主人の機嫌や顔色に大慌てし、当の本人達は──、

 

「父上! 理由をお聞かせ下さい!」

 

 急ぎ足のライザーがドアをノックすることなく、当主である父の自室を開け放った。

 当主はそれを咎めることもせずにただ俯き、暗い顔をして息を吐いた。

 

「……あぁ、すまないな、ライザー。こんなことになるはずじゃなかった……」

 

 どこまでも暗い父親は、顔をあげない。その後ろに控えている侍女も表情を強ばらせている。

 ライザーはそんな父を一瞥すると、父の机に置かれていた数枚の書類を無造作につかみ上げ、それに目を通した。

 

「……なんだこの理由になっていない理由は」

 

 そう、ライザーは呟いた。

 唖然。もはや、怒る気にもなれない。

 これとどのような関係があるというのだ。そもそもの話、これはグレモリーの勝手ではないか、我々との婚約を破棄するほどに本当に大きな事案なのか、とライザーは指先に力を込めた。そのせいで、書類は歪み、折目が付いてしまう。父はそれを力のない瞳で見上げていたが、特に注意することもしない。

 やつれていた。

 そして、そこにはこう記されていた。

 

『此度の婚約、まことに勝手ながら破談にはさせてもらえないだろうか。グレモリーとしてはあまりに大きすぎる事案を抱えてしまった。いや、悪魔にとっても大切な事態である。これらは後に知れ渡ることになると思うが、今は深く聞かず堪えてはいただけないだろうか。ここで、この家の長女、および眷属に余計な刺激を与えたくはない。いわば、爆弾のようなものである。悪魔全てにおいて、この初になろう事態に我らは時間を割きたい。娘の将来に大きく関わり、悪魔が他の種族に対して大きな抑止力を持ち得る事態である。賠償金も払いましょう、宝石の受け渡しもする。そして、繋がりはこれよりも深く結ばせてもらいたい。しかし、今回だけは引き下がっては貰えないだろうか』

 

 具体的なことが何一つ記されていなく、ただ引き下がって欲しいとの一辺倒。納得など出来ない。

 しかし、あの名家がここまで低姿勢でくるのも珍しい。

 ただ、これは礼儀を欠いてはいないだろうか。

 それとも、そこまでのことなのだろうか。

 ライザーは、そこまで思ったところで父を見、言った。

 

「……父上、私は少し彼女の所へ話にいってまいります。これでは埒が明かない。まだ、返答をしていないのならば話は通じましょう。これは、最低限やるべき行動です」

 

 ライザーは、その書類に火をつけ一瞬で燃やすと、父にそう言った。

 父は少しの間、逡巡していたが、やがて、頭を縦に振り許可を出す。

 そして重い口を開いた。

 

「……向こうのリアス姫はもとより乗り気ではなかった。だからこそ、ないとは思うが彼女が駄々をこねたともわからない。なにせ魔王を排出した名門の中の名門だからな。顔もきく」

「グレモリーは眷属や家族を異例なほどに愛しますからね。娘のために破談した可能性のことも頭に入れておきます。……最悪の場合レーティングゲームを持ち出しましょう」

 

 なりふり構っていられないのだ。

 フェニックスは戦闘に置いて負けることなど片手ほどもないのに、元からの地位のみで下に見られる。それは正直、我慢ならない。

 しかし、それでもここまで成り上がることができ、あのグレモリーと婚約の話がとれるほどの釣り合いを手に入れた。

 ただ、これから先いつレーティングゲームがなくなって、さらには、涙の需要さえもなくなり、再び下位の貴族扱いされるかもわからないのだ。故にこの婚約は、簡単に転ぶことができなかった。

 

 ライザーは父の部屋を再び急ぎ足で出てから、自室へと向かう。

 その際に魔法陣で眷属の皆に呼びかけた。

 

「──支度をしろ。今から人間界、リアス・グレモリーの牙城へ向かう」

 

 

 

 

 この頃、グレモリー本家では、紅の髪を揺らす二人の悪魔が話をしていた。

 その一人の後ろに銀髪のメイドが控えている。

 石と木材を美しく合わせた部屋には天井に豪華なシャンデリアが下がっていた。

 その光に当てられながら、鬚を生やした悪魔が口を開く。

 どうにも空気が重い。

 

「……フェニックス家には断りを入れた。さぞ、無礼を働いたことだろうな」

「それは仕方ないのでしょう、父上。承諾してくれるかもわかりませんが、それでもやらないよりは、という事です。このままでは確実にレーティングゲーム、しかし、断りを入れたならばそれ以外の解決策もあるでしょう。負担の少ない可能性のある選択を選ぶのは悪くありません」

 

 もう一人の悪魔がフォローするように言った。

 

 言い訳をするならば、グレモリー家は、フェニックス家を軽視しているわけではない。

 父上と呼ばれた悪魔はため息の後にこう呟いた。

 

「……まさかリアスが赤いのを拾うとは思わなかった。リアスの女王からの報告では、既に覚醒までしていたそうじゃないか。それも、堕天使三人を一撃で塵にするというのは些か……早いというか、使い方に慣れすぎやしないか? ……いや、神を滅ぼせると言われ、その神を滅ぼしたのはあの龍だ。しかし、悪魔にとっても神滅具など初めてだな」

 

 悪魔にとって重要な事態。

 あの龍へ嫌悪を抱く悪魔──生物は多い。そして、今までの宿主は散々に破壊をもたらしながら死ぬ始末だ。もはや、死ぬまで待つしかないほどに。

 島を一つ容易に消すと言われているのだから、一介の悪魔になど手に負える筈もなく、グレモリー家には様々な声が届いていた。

 

「──最近、寝れていないのでしょう?」

「いや……まあ、そうだな。ああ、あまりな。リアスから赤龍帝を取り上げようとする輩も多い。今では家にくる連絡や訪問者は二つだよ」

「……コキュートスなどの処刑、または自身の眷属へトレードしろ、というものですか」

 

 どこから噂を嗅ぎつけたのか、ここ数日でグレモリーに訪ねてくる者は二桁を越えていた。

 憎悪や単純な危険視、または、その力の魅力に多くの上級悪魔が足を運んでくる。

 神滅具の所有者を眷属にすることが出来れば箔がつく。そして、いまだ見たこともない力とは言え、確実に育てれば神を殺せるほどに成れるという神滅具の伝説。

 多くの悪魔は、その伝承から夢を見て、妄想し、それを叶えるべくグレモリーの門を叩くのだ。

 

 そもそもの話、悪魔は基本的に神に勝つことが出来ない。それは相性の問題でもあるが、存在自体が格上だからである。

 その中でも最高神を殺し、魔王を消した力はあまりに魅力的であった。実際問題、眷属などに出来た例など過去何百年とあれど一度もない。それが成人にすらなっていない悪魔が眷属にしたのであるから反響も大きい。

 まだ完全体ではないとはいえ、RPGのラスボスを仲間にするようなものである。それも鬼設定だ。

 それを手に入れた悪魔に対して、妬み、または手に入れようと画策するのは道理とも言えた。

 しかも今までと違い、悪魔。

 つまりは何千年と時間がある。 

 どれだけの財産になるというのだ。

 

「私やアジュカの所でどうにか抑えていますが、上は赤龍帝をコキュートスへ堕したがっていましたね」

「──だろうな。そうすれば赤白のあの悪夢が二度と起きない」

 

 彼は深いため息をつく。

 

 赤龍帝と白龍皇の戦はいままでにも何度か行われていた。

 そして、彼らはそのたびに戦争規模の破壊を撒き散らす。

 迷惑では簡単に片すことはできない。

 

「……二匹とも覇龍になられたときなど手に負えん。覇龍になった赤龍帝など魔王クラスだと言うのにそこから何百と倍化する。わかるか? 何百だ。魔王がその倍化分だけ増えるようなもの。……信じたくもない。そして白龍皇はその化け物からどんどん力を奪っていく……その分また倍化し、さらに半減し、とにかく二匹は死ぬまで力を上げていく」

「……ええ、その通りだ」

 

 単純に言えば、最初は数キロ程度の範囲であった魔力弾さえ、数分後にはその何十倍を滅ぼせるものになっている。

 

 そして、三十回も倍化されれば倍加は億に達してしまう。

 しかも、その三十回など禁手、または覇龍になった赤龍帝は容易に行うのだ。白龍皇でもそう。一度でも触れられれば倒れるまで力を吸い上げられる可能性がある。

 単純な力に関して、彼らに対抗出来るのは対になり得る彼ら自身。そして──ムゲンたちのみである。

 ここまでを見ても神滅具の規格外さがわかるというものだ。

 

 しかし、その化け物を前にしても軍を動かすことなど出来ない。あの戦で悪魔は種の存続すら危ぶまれている。

 再び、そこへ投入することなど出来ないし、完全に止められる算段があるほどの兵量など用意出来ない。

 互いが死ぬまで見守るほかなかった。

 

「後はだな、ああそうだ。これが一番ひどい中傷だな」

「何でしょうか」

「──赤龍帝を手に入れたからな、上に圧力でもかけるのではないか? などというものだよ。お前が魔王。グレモリーでなく、ルシファーと言えども、周りはやはりグレモリー出の魔王としか見ない。そこへ神滅具だ。必要以上にグレモリーが力を持っていると思われても仕方がない。……あまり言いたいことじゃないが、あのリアスの女王だって堕天使のトップに入るバラキエルの娘だ。それを知っている者は、まるであの戦争の敵ばかりを集めていると言うバカもいたよ」

「……それはそれは。いわれなき中傷ですね……。だが、何も知らなければ思わないこともない、か」

 

 リアスの眷属には他に、聖剣側にいた木場祐人や、SS級はぐれ悪魔の妹である搭城小猫。

 そして新たに眷属となったのは元シスターであるアーシア・アルジェントだ。

 悪魔は上に眷属となった者を何らかの形で提出し、報告しなければならない。

 赤龍帝は除いて、他の眷属が単体ずつであれば特に問題などなかった。

 しかし、リアスの眷属というのは敵対勢力関係だった者、また裏切りの身内など、簡単なプロフィールのみであったならば明らかに不審なものである。

 なぜ、わざわざそのような者達を? と思うものもいる。

 しかし、それでもいまだ下級だからと目を付けられてはいなかった。

 が、赤龍帝が来たことで余計な部分までもが目立つように見えてしまい始めたのである。

 

「……とにかく、ここは抑えて我慢するしかない。だからフェニックス家にも申し訳ないがこうするほかなかった」

 

 悪魔の婚約は大切である。

 しかし、それに構っていられるほど悠長でもなかった。

 今はなりを潜め、話題になることを避けたい。

 二人は疲れたかのように息を吐くと、手元に置いてあった紅茶を啜った。

 それは既に、温い。

 

「──お茶、替えましょう」

 

 銀髪のメイドがそう言う。

 彼女は台車にある紅茶用具一式から手際よく、新しいカップへと紅茶を注いだ。 

 コポコポと耳あたりのよい音が暗くなった室内をいくらか柔らかくした。

 そして注ぎ終えたそれらをテーブルの上へと音なく置いた。

 

「どうぞ」

「ありがとう、グレイフィア」

「ああ、ありがとう」

 

 二人は軽く礼を言った。

 それに対し、グレイフィアと呼ばれたメイドは特に表情を崩すこともなくお辞儀をし、再び元の位置に戻った。

 しかし、彼女の手元に突如、魔法陣が浮かび上がり、彼女はそこに記された悪魔文字らしきものを読み取ると、こう言った。

 

「サーゼクス様」

「なんだい?」

「──リアス様からの呼び出しがありました。ライザー様がリアス様の元へ訪れたそうです。……少しお暇を下さい」

 

 彼女はサーゼクスを見ながら、神妙な顔でそう言った。

 サーゼクスは迷うことなくそれに頷き、

 

「……すまないがフォローをしてやってほしい。ついでに赤龍帝君の様子も見てきてくれないかい?」

 

 サーゼクスがそう言うとグレイフィアは、再びお辞儀をし、顔を上げた。

 そして、瞳に入れる力を強くしてこう言った。

 

「──では、いってまいります」

 

 その言葉と同時に、室内に転移用魔法陣が光り彼女は姿を消した。

 

 

 

 

 放課後の旧校舎の一室。

 小声が狭い範囲内で飛び交う。

 その声の通い合う位置には紅と黒の髪がある。

 

「──リアス、大丈夫?」

「ええ、お父様やお兄様が防波堤になってくれているからなんとか。……でも、どうやって知ったのか私の所へ魔法陣を飛ばす人もいるわ」

 

 部内の隅で朱乃とリアスが声を潜めて会話をしていた。

 だが、どこかリアスの顔には疲れが見える。

 

「……あの子は何も知らない。だから、心配をかけたくないの。……イッセーはさ、どこか不思議な雰囲気があったり、なんか全てに慣れていたり、時々ひどく遠くを見るような目をする、なんか傷つくのにどこか慣れていそうで……」

「それはみんな、どこかで思っているでしょう。……いつか私が早めに部室に着いたとき、彼が寝ていることがありましたが、すごい汗をかいて──あなたの名前を呼んでいましたわ……。リアス、あの子に何かそうなるようなこと、しましたの?」

「してない……はずなんだけどな。ただね、私もあの子に会ってからさ、変な夢を見るのよ。特にふざけて彼に触れることが多かった日なんかに」

 

 リアスは俯きながら言った。どこか思い出されそうになる朧げな何か。

 なぜか、久しい。

 このような会話がなされている間、他の眷属はそれぞれにくつろぎ、談笑したり、お菓子を食べたり、本を読んだり。

 そんな中、窓の外を眺める一誠の顔がリアスの視界に入った。

 

「……あの目。私たちを見ているようで、その奥の誰かを探すみたいな瞳。私ね、あまり彼のあの目は得意じゃなくて。なんか悲しくなるのよね」

「……彼の教科を担当する教員たちから彼に関する記憶を少し覗かせてもらいましたが、どうにも……。彼らの見た記憶の映像ではあんな目をすることはなかったのですが…」

「……ドライグもよね。会話の節々から分かる。イッセーに対する固執だとか執着がとても龍くさくない。──どこか、縋るほどに彼を離したくない、そんな風にも見えるわ」

 

 二人は部員たちに表情を見せないように後ろを向いて会話をしている。彼女たちは今の顔を極力見せたくはなかった。

 そして焦っている。

 

「──とにかくフェニックス家に関することは、お父様が破断に持ち込んだって言っていたから。……だから、ゆっくり彼を知るしかないわよね。私は絶対に彼を離す気なんてないんだから。──例え悪魔政府がなんと言おうとも」

 

 リアスがそれだけを言うと、朱乃も頷き、身を翻す。

 しかし、その振り向いた鼻先には熱を感じた。

 そして、視界が赤色に覆われる。

──炎だ。

 

「──この紋様、フェニックスか」

 

 誰かがそう呟いた。

 しかし、その声は部室に轟く業火によりかき消される。

 炎の中央、火の翼をはためかした長身の男が立っていた。

 リアスは、目を見開きながら彼の名を呼んだ。

 

「ラ、ライザー……」

 

 派手な装いをし、金色の髪をかきあげたライザーは、周囲を一瞥したのち、右手を横に振るった。

 それにより、地に生えていた炎が一瞬にして消滅する。

 炎の翼を仕舞い、彼は堂々と言った。

 

「──ふぅ、ここに来たのは久方振りだ。なぁ、リアス」

 

 ライザーはあくまでも焦りの表情は見せない。優位に立たなければならない。

 彼は服を少し直し、移動するとリアスの対面にあるソファに腰をかけた。

 そして足を組む。

 

「……連絡くらいは欲しかったわね」

 

 リアスは多少バツの悪い顔でそう言う。口調もグレモリー仕様になっており、確かな威厳を保っていた。

 ライザーは、首を大げさに振り、手を広げて言う。

 

「おやおや、仮にも婚約した仲だろう? そう邪険にするなよ。恋人同士なら無断で彼女の家を訪ねるなんて、ままあることじゃないか」

「──婚約させられたのであって、書面以外の関係で言えば友人よりも下よ」

 

 ライザーが仰々しく言うが、リアスはそう斬り捨てた。

 しかし、ライザーは表情を変えない。彼は脇下をびっしょりと濡らしながらも年上の余裕を見せながら言った。

 最低でもこじ付けなければならない事がある。

 

「だとしてもだよ、リアス。我々はまだ快諾していないんだ。だから正式には婚約者。まだ他人と呼ぶには些か早い。──どうにも正当な理由を聞かない限りは我々も下がれない。これは二人が愛しているから付き合おう、などという子供の遊びじゃあないんだ。フェニックス家にとっては重大な話なんだ。グレモリーにとってもフェニックスの涙や不死の能力を手に入れる大切な案件だったはずだ。お互いに損はない」

 

 ライザーは言葉をゆっくりと紡ぐ。諭すかのように優しく言った。それは子供に聞かせるような口調でもあり、宥めるようでもある。

 リアスのわがままで破談にされた可能性も拭えないライザーは、刺激しないようにそう言った。

 しかし、それはライザーの見当違いであり、まったく違う理由で破談なったリアスからすれば少し舐められているようにも感じる。

 

「わかっているわ。ただ、その利益云々に関して言えば当主たちの判断どころのはずよ。言ってしまえば私たちは面識もあまりない同士で、利益のみで結婚させられそうになったのだから。当主がその利益を破棄するのであれば従う理由なんてどこにもないわ。少なくとも私は破談するよう言い渡された。これはグレモリー家、当主様からの命令です」

 

 リアス自身、ライザーとの婚約に乗り気ではなかったとはいえ、謝罪の念も感じている。

 なにせ突然の破断なのだから。

 ただライザーの様子は以前になく不気味で、どこか策略の匂いを感じさせた。

 

 そんなライザーは席から立つと、リアスの横へと移動した。そして──、

 

「きゃあ! 髪勝手に触らないでよ!」

「今はまだ婚約者なんだから髪くらい良いじゃないか」

 

 ライザーはそう言いながら、リアスの髪を撫でている。

 指を絡め、髪質を確かめるように。

 しかし、それは身内や心を許した者のみに対して行っても良いものである。女子からすれば、好きでもない男に大切な髪を触られるのは鳥肌が立つ。無条件に気持ち悪く感じるほどに。

 

「──ほら、リアス」

「い、いや!」

 

 ライザーは顔をリアスへと近づけ、耳に息をかける。彼は冥界ではかなりモテる方だ。

 その過信とも言えない実績から、繰り出されるそれらは尽くリアスの不快感を刺激した。

 ただライザーからすれば怒らせて、レーティングゲームに持ち込もうと密かに必死であった。

 

 これにはさすがの祐人や小猫も戦闘の構えをとる。これ以上なにかをするのであれば対処せねばならない。

 しかし、相手は上級悪魔。会社で言えば部署違いとはいえ、平社員が部長に斬りかかるようなもの。

 こんなデリケートな時期に余計なことをすれば、どんどん事態はややこしくなっていく。

 

「──ライザー」

 

 しかし、瞬間、そこ冷えする声音がライザーの名を呼んだ。

 彼の真後ろにはいつの間にか一誠が立っている。顔色は髪に隠れてよく見えなかった。

 

「──その手をさ、離してくれよ。また泣かせる気か?」

 

 ただそれには慈悲がある。

 ライザーの身すらも案じているような声色。

 知り合いにかけるもののよう。

 

「──悪い、これは譲れないんだ」

 

 ライザーは一誠の言葉に飲まれていた。

 どこか、寂しげな彼の言には優しさがある。

 

 リアスは思っていた。

 彼は──誰、なんだろう。

 

 顔も声も全てが一誠であるというのに、彼は別の人に見えてしまう。

 口調にもどこか違和感を感じる。

 

 そして、重なり合うようなその声はどこまでも胸を打った。

 儚さが籠もる。

 

 壊れそうな一誠。

 割れていそうな心。

 

「おい、リアス。こいつはお前の新しい眷属か?」

 

 ライザーが動揺を隠しながら言う。

 既にその手はリアスから離れていた。

 ライザーは、押されていた空気を跳ね返すように一誠を見やる。

 

「──まあ、いい。答えなくとも眷属しかここにはいないのは分かる。おい、お前、何を持ってやがる」

 

 ライザーは一誠を指差すとそう言った。

 一誠の胸は淡く光を発し、まるで呼応しているかのようで。明らかに何かの力を感じる。

 そして、その光とともに視線を向けられているライザーは訝しげに一誠を睨みつけた。

 

「──リアス、まさかとは思うが、あの噂本当なのか? デタラメだと聞いていたが」

 

 彼は今度はリアスを睨みつけた。

 ライザーは以前に耳にしたことがある。

 ウェルシュドラゴンを悪魔にしたという噂をだ。

 しかし、信憑性もなく、さらに言えば眷属に出来るのかどうかすらも怪しい。

 神や魔王を殺したようなものを宿す人間を、下僕にするには相当な力量が必要だからとバカにしていた噂だ。

 少なくとも変異の駒なしでは話にならないと。

 そしてリアスは変異の駒を既に使っている。

 

「……上に問い合わせた時は、そんな事実などないと言われたのだがな。その顔を見れば──嫌でもわかるというものだ」

 

 リアスは無一文に口を結んでいるが、その様相こそが雄弁に事実を語っていた。

 それから悟ったライザーは自嘲気味に笑う。

 

「悪魔にとっての最重要事項か、なるほど。そりゃそうなるな。悪魔が絶滅するのではと言われるほどになった原因、そして世界に何億といる中でも13種しかない神滅具。下位貴族にはそう簡単に教えられないわけだ」

 

 ライザーはどこか納得したような顔をし、彼は息を吐いた。

 その様子にリアスや朱乃は、多少安心したように顔を緩ませたが、それはすぐに直すことになる。

 ライザーはリアスに指を向け、こう言った。

 

「どうやってこんなのを眷属に出来たかまでは聞かないでやる。どうせ魔王絡みで何かをしたのだろう? しかしな、ここまで揃った演目を容易く下げる気はフェニックス家にない! こちらにも未来がある。こんな爆弾のような奴よりも不死鳥のほうが価値があると証明してやろう。そうでしょ、魔王様の女王」

 

 ライザーがリアスから部室の隅に目を向けた。

 他の皆もそこへ目を向ける。

 そこにはグレモリー家の紋様が光りだし、皆の視界を紅で埋めた。

 そして、そこには銀髪のメイド、グレイフィアが姿を現す。

 

「──さて? どうなさるおつもりですか? ライザー様」

「グレイフィア!」

 

 グレイフィアは、どこか惚けたようにそう言った。しかし、顔は無表情である。

 リアスは彼女の登場に待ちわびたと言わんばかりの声をあげた。

 

 グレイフィアにライザーは言う。

 

「そのままです。赤龍帝よりも私のほうが価値があるということを証明します。──レーティングゲームで」

 

 ライザーは、はっきりとそう言った。それに対してリアスは顔を強ばらせ、グレイフィアですら眉が一瞬上下した。

 他の眷属の皆も焦燥の表情を浮かべている。

 

「……しかし、申し上げたはずですが。今回に関しては破談にしていただきたいと」

「こちらは納得していない。ですから秘密裏に行う。周りにゲームを見られるのが嫌だから、そうなる前に破談したのでしょう? だから両家のみによるレーティングゲームをして決しましょう。こちらが負ければ破談、前から消えましょう。しかし、こちらが勝利すれば婚約だ。実際問題、まだ覚醒したてのひよこのようなものでしょう? 警戒し過ぎですよ。──言っちゃ悪いがゲームすら参加したことのないリアスに仕える赤い龍など、言うに及ばない」

 

 ライザーが指を弾くと、彼の後ろに炎が駆ける。

 その炎が消えると、そこには十人を超える少女たちが現れた。

 宣戦布告。

 

 その言葉にリアスは歯ぎしりをする。

 そして、眷属の皆も手を強く握った。

 しかし、これこそライザーの策でもある。

 赤い龍がいたことなど想定外ではあるが、それを利用すればいい。

 彼女が、怒りに感情を任せてくれれば御の字である。

 

 しかし、その挑発に声をあげたのはリアスではなかった。

 

『いいじゃないか、火の鳥に、この俺の力を示せばいい。さあ、楽しくなるぞ、グレモリー。災厄を抱えた貴様の度量を誇示しろ。誇れ、この赤龍帝が目覚める。──どうする、我らの飼い主、リアス・グレモリー』

 

 龍の重圧が、室内にいる全ての生命体にのし掛かる。

 楽しそうにくつくつと笑うそれは、恐ろしさを孕んでいた。

 

 さあ、見せてみろ。

 俺を、この心臓の持ち主を眷属に仕えさせるだけのタマかを示してみせろと。

 ドライグは、そう口にした。

 

 ライザーは、その声音に一瞬たじろぐが、すぐに表情を変え、こいつのせいだと言わんばかりに憎々しげに一誠を睨んだ。

 

 リアスは、一誠の顔をちらりと見やる。

 先ほどの違和感はなく、その雰囲気はいつもの彼である。

 それでも、胸がざわつく。

 しかし、彼の目を見れば、後退などあり得ない。

 ただ、進むのだ。 

 悪魔になって一日、勇敢にも一人の少女を救い、聖獣の願いを叶えた彼を貶されて口を閉じることは出来なかった。

 

「……いいわ。そこまで言うなら見せてやるわよ。その代わり約束して。フェニックス家がこのゲームの映像を所持することを認めない。他言することを認めない、そして、“何が”起こってもゲームの勝ち負け以外では口を出さないこと。どう?」

「少し、お待ち下さ──」

『邪魔するな、女。俺の楽しみをとるなよ。──暴れられるのだから』

 

 グレイフィアは、止めようとするが、赤龍帝に遮られる。

 ライザーは口を笑みに変えながら、しかし、赤龍帝に畏怖を感じながらも口にする。

 

「──決まりだな。これは約束じゃない。ひとつの契約だ。悪魔が破ってくれるなよ、リアス?」

 

 もはや、裏は取れた。そして、賽は投げられたのである。

 リアスは、ただそのようなライザーを前に怯むことなく言った。

 

「私の眷属、兵士をバカにしたことを後悔させてやるわ」

 

 

 

 

 暗なりを深めた夜の時間帯。

 いまだに旧校舎には明かりが灯っていた。

 

「──ゲームは明後日。夜中の零時開始。いい? これが私たちの最初の試合となります。向こうは既に何度かゲームを経験しているわ。それでも適わないとか、そういうことは考えちゃダメよ」

 

 ライザー及び、その眷属が去った後、部室に残るグレモリー眷属はリアスによる早急ミーティングを行っていた。

 明日、一日を開けて行われる試合は、フェニックス家とグレモリー家による、他族無介入で始められる。

 魔王サーゼクス、そして両家による厳重な管理の下、ゲームエリアはここ、駒王学園のレプリカと決定した。

 

 グレイフィアがグレモリー家に戻り、それから約四時間後、この試合が言い渡された。

 フェニックス家は、もとよりレーティングゲームで片を付けるものと考えていただけに用意はよく、グレモリー家はリアスとライザーによる契約のおかげで交渉の余地もなく承ることとなった。

 

「まず向こうはイッセーを潰しにくるでしょう。こちらと違い、フェニックス眷属は駒の限り、下僕がいます。しかし、神器持ちはいなく、基本的に元の能力が抜けて高いのは女王のユーベルーナのみ。つまりは数は多いけれど、うちが劣るほどに強い者はいません。基本的にはライザー一強と言っていい。最初に話を戻すけれど、イッセーには祐人と小猫、あなたたちがついていって」

 

 リアスは作戦を伝える。

 ユーベルーナは空中からの爆撃魔法が危険であるため、あまり見渡しの良いところへはいかないことが重要である。

 そのほか、フェニックス眷属は肉弾戦の者が多く、投擲をするような悪魔はいない。

 リアスは元婚約者という枷を最大限に生かし、知り得る情報を伝える。

 

「堕天使たちと戦ったことを思い出しなさい。あの時、私たちのコンビネーションは最高だったわ。──けれど今度はゲーム。向こうが固まっているわけではないし、ライザーはフェニックス。相当な一撃を与えない限りは死なないわ。三人以上は残った状態でライザーを迎えうつのがおそらく限度でしょう。イッセー」

「はい」

 

 リアスは一誠を呼ぶ。

 彼は返事をし、真っ直ぐにリアスを見た。

 既に言うことはわかっている。

 

「序盤は構わない。どんどん、あの砲撃を撃ちなさい。けれど後半からはライザーと対面するまでひたすらBoostするの。ドライグみたいに話せるものが神器にいるのだからタイミングを教えて貰いなさい。……まあ、私なんかに言われるまでもないだろうけどさ」

 

 リアスは後半、顔を少し逸らしながらそう言った。

 リアスは、まるで指揮官の役目をドライグにとられたかのような表情をする。

 それが拗ねているようで一誠は、おかしく感じ、笑ってしまう。

 

「な、なに笑ってるのよ? いい? あなたは赤龍帝なんだから。本来のドライグの力は神より魔王よりも強い。あんな火の鳥なんか思いっきしぶっ飛ばしちゃえばいいのよ。ねえ、ドライグ?」

『──その通り。本当のフェニックスとは死ねば死ぬほどに強くなるものさ。しかし、死ぬ怖さをただ知らない男に負けるなど、名が霞むというもの。ドラゴンがどれだけ力の塊かをまざまざと見せつけてやればいいのさ』

 

 リアスは友人に話しかけるかのように軽い声音で言った。

 それに対し、ドライグもどこか愉悦に浸ったように話す。

 そのような会話を出来る二人は思いのほか、相性はいいのかもしれない。

 リアスは視線を皆へと戻す。

 

「──今回に限っては出し惜しみなんか一切しないわ。全員が本気でぶつかっていく。だからね、」

 

 リアスはそこで言葉を切り、眷属を見渡す。

 そして、先ほどよりも各段に真剣な表情になったのち、腰を曲げた。

 腰ほどまで伸びる長い髪が地に着いてしまう。彼女はそれを気にするそぶりすら見せない。

 眷属の皆がその行動に唖然とする中、彼女はやがて頭を上げ、こう言った。

 

「──巻き込んでごめんなさい。みんなには悪いことをしてしまったと思う。ゲーム経験すらもないのに、こんな啖呵を切ってしまって……。ただ、ゲームで勝つのがおそらく一番後腐れもなく、面倒にならないと思ったの。……けれど、イッセーやアーシアが加わったことで少し舞い上がっていたのかもしれない。フェニックスだと分かっていながら喧嘩を売ったのだから。……ライザーは私を一族のために利用するようなことしか考えていないように思えた。わがままって言われたら文句も言えないよ。……けれど、私の一族が成り上がるためだけに利用されるようでひどく嫌だった。そして、そのための道具のように思われるのも嫌だった。……まだ、高校生で、眷属だって揃っていない。それなのに、いきなりロクに知りもしない人と結婚しろって──頭では分かっていても、従えなかったの。……けれど、そのためにみんなを利用してしまう私は……どうなんだろうって。どちらも嫌で、けれど、フェニックスはレーティングゲーム以外では納得なんてしない。最初からそれが狙いのはずだから。……だから、戦う前に謝罪をさせて」

 

 リアスは強く目を瞑り、そのように話した。

 いまだ、実践経験も殆どない彼らを前にして、そう言う。

 王の失態だと、言ったのだ。

 実際には、破談となった決め手は一誠の加入によるものであるが、それを決めたのもリアス、彼女自身だ。

 しかし、サーゼクスも眷属化には違う意見を述べたにしろ、反対はしていない。

 リアスからすれば、もとよりレーティングゲームになりそうであった状況が、結果的に結局、レーティングゲームとなっただけなのだから。

 

「──ばかね、リアスは」

 

 黒い髪色が宙を舞う。そして、紅の髪とそれが重なり合った。

 確かな体温を伝え、抱きしめる。包み込んだ。  

 朱乃が、リアスを受け止めた。

 優しく、彼女は言う。

 

「言ったでしょう? あなたの歩く道は私が均します。今回は均しきれなかったけれど、あなたは戦うことを選んだの。だから、私たちはその後ろをついて行く。まったく……王のくせに、すぐ自分を責めるのはやめなさい。誰だって17歳の女の子が、好きでもない人と結婚だなんて嫌に決まってるでしょ? 貴族とか、そうじゃないじゃない。生まれはみんな選べないけれど、好きな人まで選べないなんてきっとダメ。みんなの不幸をリアスが受け止め、下僕でなく、家族と言ってくれたのだから。今度はあなたの不幸を、その未来を私たち眷属が受けます。──今までの感謝と、恩。後はそうね……純粋に好きだから、あなたが」   

 

 ただ、王だからとかではなく、好きな友達のために、やれることをやりたい。

 見つめ直そう。

 悪魔とか、天使とか、堕天使とか。貴族などの鎖を取り外して、ありのまま、彼女を見てみる。

 

 親友のためにやれることは、なんだろうか。

 

 今、とても彼女は輝いている。

 高校では、多くの人に慕われ、みんなに愛され、それでいて、気を抜けばだらしのない部分が見え隠れする。

 そんな彼女が結婚をすれば、好きでもない人と悪魔のためにと子作りをすれば、きっと、この高校からも、幸せからも、遠ざかってしまうのだろう。

 嫌だった。

 そんな未来は──彼女より、親友の私が認めたくはない。

 悪魔であろうとも、心まで合理的な悪魔に捧げたつもりなどない。

 人としての、確かな情を持っている。

 

 彼女の傍にいたのだ。

 孤独になってから、それからすくい上げられてから、ずっと、傍に。

 食べ物にも困り、家なしの生活を続けてきた。泣きそうで、叫びそうで、母を求めていた頃、手を引っ張ってくれた。

 

『──大丈夫? ほら、一緒に行きましょ。そして、話をしようよ』

 

 彼女は本当に頼もしかった。

 とても優しかったのだ。

 そんな笑顔を向けられたのはいつ以来のことだろうか。

 

 リアスが泣くのであれば、代わりになどいくらだってなれる。

 この優しさを、この瞳を。  

 そして、彼女、リアス・グレモリーを見ない男に渡すことは出来なかった。

 

 誰だって幸せになってほしいのだ。世界で一番の友人には、笑ったままでいてほしい。  

 

 人間界に、共にいて。

 彼女は人に憧れていた。

 あのような、普通の女の子に一度でいいからなってみたい。

 だから、遊びでそれらしい話をたくさんした。

 結婚したら、仲人は私ね、なんてよく言ったものだ。

 いつか、彼氏が出来たならダブルデートをしようか。

 人は、なんて自由なのだろう。

 何故──悪魔な私は好きでもない人と結婚なのだろうか。

 

 そんなことは叶わないと話の終わりには苦笑いをする彼女が印象的だった。

 だが、未来を変える術がある。

 勝つことで、それが開けるのならば、必ず。

 

 そうさせてあげたいのが、友達なんだろう。

 

「──朱乃……」

「今のいままで我が儘らしいことを言ったことないのだから、言いなさい。私たちにどうして欲しい?」

 

 朱乃はそう聞いた。

 微笑んでいる。

 

 祐人や小猫、そしてアーシアも笑っていた。

 何をバカなことを言っているんだこの王様は。

 眷属は使うものだろう。

 それなのに、どうしてそんな顔をする。傷などつかない。体にいくらつこうとも、心についた傷を癒やしてくれたのはあなただと。

 心さえ確かならば、戦える。

 

──負ける気がしない。

 

 しっかりとした紅の糸で結ばれている仲間は、途中でその糸を途切れさせない。

 彼女が呼ぶのならば、駆けつけよう。

 世界で一番誇れる王、そしてバカだと言えてしまう王。

 このような形は、本来ならば王として機能していないのかもしれない。

 それでも、彼女のもとには彼女のために命を懸けられる者たちが確かにいるのだ。

 

 自分の──自分たちのこの確かな王が、愚王が助けを呼ぶならばいつだって行こうじゃないか。

 

 この幸せな日々に亀裂など入れさせることを許さない。

 もしかしたら、一番に婚約をさせたくないのは、

 

──眷属、なのかもしれない。

 

「どうなの? リアス」

「部長、言ってくれないと動けませんよ」

「……そうです、命令してください」

「私も必ず助けます。治して見せますから」

 

 朱乃が、祐人が、小猫が、アーシアが彼女を見ていた。

 そんな中、一誠がリアスの前に出る。そして、右手で彼女の手を優しく握った。

 どこか、普段よりも積極的な彼。

 その瞳は、誰を見ているのか。

 誰の、夢を見ていたのか。

 

「イッセー……」

「──部長、前に最強の兵士って言ってくれましたよね」

 

 力強く、彼はそう言った。

 どこまでも意志の強い彼に、リアスは見入ってしまう。

 

──最強の兵士になりなさい。

 

 言葉がどこかで響いた。

 それはいつのことだったか。

 遥かに遠い心の残像。

 けれど、確かにあったのだと思う。

 無くしきれていないのならば、何度だって拾う。

 

「だから、部長。俺、最強の兵士だって証明してみせます。部長のためなら神様だってぶったおしてみせます。だから──きっと、勝てますよ、試合」

 

 リフレイン。

 繰り返し、繰り返しの白昼夢。

 誰かを運ぶ言葉。

 ただ、再度姫を救う。

 

「眷属は主の言うことは絶対でしょ? だから部長、命令を」

 

 皆が見守る中、リアスは泣きそうになりながらも今更ながら王であろうとした。

 涙は簡単には見せない。

 必死で堪える。

 優しさが、ずるかった。

 

 だから、彼女は嗚咽などより、命令を口にするのだ。

 そして、初めてのお願いを。

 

「──共に私と不死鳥を倒して」

 

 謝りの言葉などいらない。

 謝罪を聞きたいわけではないのだ。

 言えばいいだけ、従うのだから。

 

 ただ、王である彼女が、言うのならば喜んで付き合おう。

 家族が求めるならば、仕方ない。

 仕方がないのさ。

 

『はい、部長!』

 

 誰もが、そう思っている。

 

 

 

 

 人を好きになったことは、何度あったのだろうか。

 想いを巡らせ、手を握り、目を見て感じる。

 それが、恋なのだと信じた数は果たして何回だったのだろう。

 一誠は、一度だけ人を好きになったことがある。いや、当時抱いていた感情を今にして思い返せば──と言った話なのだが。

 茶髪の彼女は、今、どこにいるのだろうか。

 元気でやっているのだろうか。

 ふと、思ってしまった。

 

 好きな人がいる。

 守りたいと、初めて思ってしまった。

 ドラマなどでよく見る、君を守るよ、という言葉の意味はなんだろう。

 現代において、物理的に人を守ることなどおそらくはないと思っていたのだ。だが、悪魔になり、その機会がめぐる。

 “再び”彼女を守らなければならない。そして、それは果たせるだろうか。

 時々、頭を駆ける言葉を思い返せば不思議に思うことが増えた。

 

 “再び”とは、なんだろう。

 過去に誰かを守ったことなどないのに、浮かび、そして当たり前のように受け止めている。

 

 この想いは俺のもの? 

 いや、“俺”で間違いない。

 どこかの自分が想うのならば、確かに俺のものだ。

 けれど、この想いを抱く──ドライグと出会い、リアスと出逢う前の自分の想いは誰のものなのだろう。

 

「……ああくそ。自分で自分が何考えてんのかぜんっぜんわからねえ」

 

 今恋をしているとして、一誠が好きであった少女に出逢った時、なんて想うのだろうか。

 その子に彼氏がいたら、心は痛むのか。

 想像してみれば、僅かに心臓が跳ねる。

 いろいろな自分を抱え、その自分にはそれぞれの心があって、わけがわからなくなる。

 

 しかし、彼女を想えば心臓が鼓動し、誰かと重なるかのように、消えていく。

 そして、自分であって、違うかのような行動をしてしまう。

 

「……これさ、やっぱり病気じゃないのか。多重人格かよ」

『──まさか、俺だったら、そんな事簡単に気づけるがそんなことはない。ただな』

「ただ?」

『お前の心に、強烈な残留思念が乗っかっているのさ。──おそらく、歴代赤龍帝のな。ただお前の心臓が喰ってしまうから俺でもよく見えないが、誰かがいる。見たことのないレベルだ』

 

 それこそが見せているのだろうか、あの夢を。

 何故、自分がいて、リアスがいて──知っていそうな顔ぶれが皆、倒れているのだろうか。

 それを一誠は知らない。

 心臓に喰われてゆく夢を、朧気にしか思い出すことは出来なかった。

 

『──何かあったら俺がどんな深層意識だろうともお前を咥えて、引きずり出してやるさ、なあ相棒』

「なんだよ」

『──強くなれよ、相棒。好きな女を守ってみせろ』

 

 

 

 

 貴族風な装飾の凝らされた部屋の中。三人の悪魔が対面していた。

 

「ライザー」

「……はい、父上」

 

 ライザーが名を呼ばれ、それに対して神妙に返事をする。

 あれからフェニックス家に戻り、レーティングゲームの支度、手続きもろもろを済ませたライザーと妹のレイヴェルは、父の自室へと足を運んでいた。

 

「……噂が本当だとは思わなかったよ。だが、それこそ赤い龍を完膚なきまでに打ち倒せれば、公表できなくとも後々には役に立つ。いや、不死のほうが偉大だとグレモリーに見せつけてやればいい」

 

 父は尊大にそう口にした。

 フェニックスは死なない。

 死ぬことがない。

 火の実体化のような彼らは、肉体を破壊されようと消えることがない。

 残るは精神。

 魂の限度のみである。

 故に、フェニックスに敵などいない。

 負けようがないのだ。

 しかし、フェニックスは無敵ではない。

 であるからこそ、この選択をするのだろう。

 

「──これを出すのは私の代では初めてだな……」

 

 そう呟やきながら、彼は、部屋の隅に閉じられたら金庫のようなものに手をかけた。

 現当主の部屋に納められたそれは何重にもフェニックス家特有の魔法がかけられており、多少時間を要した。

 その間、レイヴェルは不安そうな瞳でライザーを見上げた。

 

「……お兄様」

「──大丈夫だ、レイヴェル。相手はなりたてとはいえ、赤龍帝だ。使うかもわからないが、ないよりはいい。……ここまできて易々と負けられるものか」

 

 どこかガチャリといった音が室内に響き、父がその中へ手を伸ばす。

 そして、そこから取り出したのが、

 

「……それが、フェニックスの遺灰」

 

 父が握るそれは、体に身に付ける装飾された首輪のようなもの。

 その中央に嵌められた宝玉のようなものの中には、灰色の何かがある。

 そこには、中で蠢くように灰が旋回していた。時折、瞳のようなものが浮かび上がっては、消え、羽のようなものが出来ては消えていく。

 そして、鼓動をうつように、音がした。

 

 フェニックスの遺灰。

 何度だって蘇るフェニックスそのものを込めた灰の塊。

 

「フェニックスは死なない。だが、精神だけはそうじゃなかった。だが、その精神さえも克服したとき、本物の不死鳥になれる──」

 

 父はそう言った。

 

 他族からすれば、その蠢く灰は不快にも映るのだろう。

 けれど、それはフェニックス家からすれば黄金の御宝と比類する。

 世界でもっとも、偉大な灰。

 全ての生命の礎となる、生まれ変わりの灰だ。

 

「……だが、よくわきまえておけよ、ライザー。これは、あまり良いものではないぞ。麻薬みたいなものだ。この灰に宿るフェニックスに体を取られそうになったらすぐに捨てろ。これは本来、戦争くらいにしか役に立たん」

「……ええ、わかっています。他者の悪魔にも視認されてしまうゲームであったならば、使うこともありませんが。グレモリー家とフェニックス家のみのゲーム。──どんな手を使っても問題はないでしょう?」

 

 ライザーはそう言い放つ。

 仮にも貴族であり、現在の地位はそれなりである。

 しかし、それを素通りされ、役に立つかも分からない赤龍帝の方を取られた。正確には、そうではないし、フェニックス家側がグレモリー家の事情を知らないせいもあるが、彼らはそう感じていた。

 今更、下がることはない。

 そして、負けることは格好すらもつかない。

 

 父はそんなライザーを一瞥すると、窓の外を見ながら遠い目をして言った。

 

「……これを使うのは、古の戦争や悪魔内部の新旧同士の戦い以来だな」

 

 その声には、どこか懐かしさがある。

 戦争などは普通に考えても一日程度で終わるものではない。

 故に、この灰を使い続けたフェニックスは灰に体を取られ、寿命尽きるまで戦わされる。

 精神が尽きることなく、破壊された肉体は消えることなく。

──しかし、代償なしで動くことなく。

 ただ、不死の力を誇示することのみに、肉体を動かすのだ。

 

 父は、振り返るとレイヴェルを見ながら、名を呼んだ。

 

「──レイヴェル」

「はい、お父様」

「何かあったらこれをすぐ破壊しろ。すぐにだ」

 

 ライザーだけでは心許ない。

 中央の宝玉を破壊すれば、フェニックスの支配は終わる。

 だが、それは体を取られるまえに行わなければ間に合わないだろう。

 故にレイヴェルに忠告する。

 何か前兆があれば、壊しても構わない。

 ただ数時間のゲーム時のみ、ライザーを完全なるフェニックスへ変えてくれればそれでいいのだから。

 

 

 

 

「……どうにも予想外だね」

 

 魔王領へと帰還したサーゼクス・ルシファーはそう呟いた。

 彼に宛てられたその一室には、机や明かり、後は書類の類のものしかない。

 

「……申し訳ありません」

 

 その対面には、グレイフィア・ルキフグス。彼女は丁寧に頭を下げ、謝罪をする。

 その様子にサーゼクスは手を振り、そんなことはないと言った。

 

「まあ、レーティングゲームの可能性は元から充分にあった。こればかりは仕方がない。今となっては見守るほかないからね」

「そう言っていただき、心が軽くなります。……が、大丈夫でしょうか」

 

 グレイフィアは少し俯きながらそう言う。サーゼクスは怪訝な顔をしながら何がかを問うた。

 それに対し、グレイフィアは、一瞬の沈黙の後、こう言った。

 

「……赤龍帝の少年を見てきました。彼は見た目はどこにでもいる学生、ですが……纏う雰囲気と言いましょうか、どこか変なのです」

「変、とは?」

「申し訳ありません……よく分かりませんでした。とにかく、違和感が多く、赤龍帝ドライグも饒舌で、さらには亜種らしいですし……、あまり過去のデータは参考にしないほうがよろしいかと」

 

 サーゼクスは、それを聞いて逡巡する。

 かの女王が分からないともなれば、ゲームの時に自身が観察するほかないと。

 ゲーム時に置いては、現実空間から隔離されるため、何かが起こったとしても対処しやすい。

 また、いくら暴れられたとしても問題がないため、その点においては安心できる。

 ただ……、

 

「グレイフィア。念のためにも、ゲームエリアの強度はやれる限り高めておいて欲しい」

「──わかりました」

 

 これくらいは用心しておいて、損はない。

 サーゼクス自身、神滅具などを目にすることは殆どないのだ。

 故に、知り得ないものに対して、やれることはしておきたい。

 

「……リアスは彼を使えるのか、か」

 

 サーゼクスはぼそりと言った。

 改造した駒の具合からして、本来ならばリアスが扱える眷属の範囲内にいない。

 ましてや、朱乃の報告では、ドライグの意志がどうにも一誠の力に多大に関与していると聞いた。

 小耳に挟んだ堕天使との抗争の際には、まるで一誠の体を借りてドライグが話しているようなことさえ、あったという。

 

 それが本当なのであれば、警戒もする。何を考えているのかと思う。

 悪魔、いや。

 ありとあらゆる種族にとって悪名高いあの龍帝は、何を企んでいるのだろうかと。

 

 今までは宿主がドライグを使ってきた。

 しかし、今代に限っては、もしかしたら、ドライグが主人の体を使う事があるのではないのかと疑念を抱いてしまう。

 両腕の籠手。

 今までとは違う四倍の倍化。

 力が増した龍帝は、そこまでのことを出来るのだろうか。

 

 何より、情報が少ない。

 

 過去には、このようなことはなかったのだから。

 本来、ただの少年に宿ったのであれば、人間の状態で覚醒など出来ないはずなのだ。

 魔術師でもなく、体すら鍛えていなかった“ただ”の子供が発現などすれば最悪死ぬというのに。

 

──今代に、何が起こっているというのか。

 

 サーゼクスは、頭を悩め、グレイフィアの入れた紅茶を飲み干した。

 そして、仕事を再開する。   

 

 しかし、彼は集中することが出来なかった。

 

 

 

 

 一日を開けて行われるレーティングゲーム。それは刻一刻と迫っていた。

 その時計がその日の終わりを告げるその時、ゲームは幕を開ける。

 

「──一誠さん」

「ああ、アーシア。入ってきなよ」

 

 自宅にて集合時間まで待機していた一誠のいる自室を叩く音がし、そこへ目をやればアーシアが立っていた。

 彼女は、以前の漆黒の修道服ではなく、純白のものを身にまとっていた。

 

「……これは正式なものではないのですが、それでも気持ちは入ると思うので」

「いや、いいと思うよ。好きな服を着てこいって言ってたしね」

 

 アーシアは、心臓のあたりを抑えながら一誠の座っているベッドの横へと腰をかけた。

 その手は僅かに震えている。

 

「──戦う、というのは初めてです。ですが、この音を聴くと不思議と安心するんです」

 

 彼女は、首から下げた鈴を数回鳴らした。

 それにより、シャランシャランと気持ちのよい音が室内へと響き、鼓膜を揺らした。

 

「きっとそれが守ってくれるさ。少なくとも心の支えにはなるね」

 

 一誠がそう言うとアーシアは微笑む。すると、その会話に混ざるかのように一誠の左腕が緑光を発し、籠手が発現した。

 宝玉が呼応するかのように、点滅する。

 

『安心するなど当然だろう。アーシア・アルジェント。貴様の体にはな──』

「ばっ──、いやな、アーシア」

 

 アーシアは記憶が飛んでおり、獣が彼女のために命を落としたことを知らない。

 ただ、いろいろと都合よく解釈してくれていれば傷つくこともないだろうと、曖昧な話をしてきたのだ。

 だが、アーシアの体には彼が溶けていった事実があり、毒との相殺よりも上回った欠片が、アーシアの中にはあるのかもしれない。

 だからこそ、ドライグは、それが反応しているのだろう、と言おうとしたのだが、一誠にそれを遮られた。

 少なくとも、アーシアにゲーム前のこの時間で余計なことは考えて欲しくはなかった。

 

 しかし、アーシアは首を振り、こう言った。

 

「隠さなくていいんです。少しずつ思い出してはいたのですから。ただ、皆さんが気を遣ってくれていたので……本当にありがとうございます。……あの、ドライグさん」

『なんだ、娘』

「──私はあの方の力を使えますか」

 

 アーシアは、聞いた。

 使えるのか、どうかを。

 神に仕えし、人との架け橋となる聖なるものの力は果たして、悪魔の元人間には使えるか。

 知りたかった。

 

 ドライグは斬り捨てるように言った。

 

『──死ぬぞ』

「……そう、ですか」

『使えば分かるさ。ただ、奴の力──というよりも、お前への想いといったものだろうか。貴様のような貧弱な元人間風情よりは、強い御霊だからな。その想いが後押しをすれば神器にいい影響くらいは与えるかもしれない。お前の神器は本来、悪魔を治すことなど出来ない代物だ。聖母は悪魔を治療しない。だがな、お前の想い次第では、その力、薬となるもの、毒となるものと別れるかもしれないな。──思い出したならば分かるだろう。感情を弄られたとはいえ、お前の中にも悪意はあるのさ、間違いなく。それを助長させれば人を呪い殺せるほどの悪意は皆、ある。ならば、その聖の心と魔の心。割り切って使ってみればいい。案外、敵と認識した者にはその神器、毒となり体を蝕んでくれるやもしれないぞ。……ククク』

 

 ドライグは愉しげに笑う。

 一誠はドライグの言葉にどこか複雑になりながらもアーシアに言った。

 

「アーシア、時間だ。行こう」

「…………あ。は、はい。すみません」

 

 深く考え込むような彼女に、一誠は心配そうな表情を浮かべる。

 一瞬迷った挙げ句、口を開く。

 

「……アーシアの好きにしなよ。敵を倒すことは悪くないんだ。けれど、優しさに勝たなきゃならないわけでもない。どちらを選んでも、多分状況によっては後悔するし、正解もない。けれど間違いでもないかもしれない。好きにしなよ、アーシア」

「……一誠さん」

 

 一誠はアーシアの手を握りながら廊下に出て、階段を下りる。

 既に寝静まった両親には、部活の合宿だと伝えてあった。

 なんともコテコテな言い訳だが、それは仕方がない。

 あまりしたくはないが、魔力で誤魔化すことだって出来る。

──もう、人と同じ生き方は出来ない。

 

「……私、悪魔になるときに、『戦えないならば、頑張らせて下さい』って言ったの覚えていますか?」

「ああ、覚えてるよ」

「どちらを選んでも後悔する、ですか……。そうですね、“そういう世界”に私は入ったのですね。私は部長さんに約束しました。必ず治すって。けれど、それじゃ当たり前過ぎる。治せないならば、そもそも悪魔になれていないのですから……。私は──敵を倒して後悔し、悔やむことを選びます。これは正解ですか?」

 

 優しさにはこの場合、二つある。

 リアスのために敵を倒す優しさ。

 敵一人、傷つけない優しさ。

 どちらが、正しいのだろうか。

 

 そんなのを決めるのは神でも、他人でもない。

 

 己自身が決めろ。

 

 一誠は、そう言ったアーシアを見て、笑った。釣られて彼女も笑う。

 

「──間違ってるかもね」

「なら、間違いでもいいです」

「その心意気は、このゲームにとって間違いなく、正解だ」

 

 庭に置いてある自転車に跨がり、アーシアを荷台に乗せた。

 そのまま走る。

 走って走って、駒王学園に向かう。

 

 本格的初陣を前に、始まりの時間は目の前だ。

 

 

 

 

 零時迫る深夜の部室。

 確かな緊迫感と緊張感を伝わせる空気の中、声がした。 

 

「みんな、いるかしら?」

 

 リアスがゲーム前最後の点呼をとる。それに、眷属の皆がそれぞれ声をあげた。

 

「朱乃、祐人、小猫、アーシア、イッセー……と。うん、確かにいるね。よし、みんな聞いて」

 

 祐人は出していた剣の何本かを腰に仕舞い、小猫は手にグローブをはめていた。

 アーシアは鈴を握りながら祈るように目を閉じていた。

 朱乃は紅茶を啜っていたが、それを止めリアスの方を向いた。

 

 全員の視線が集まるとリアスは話始めた。

 

「──この日が来ました。みんな、初めてのゲーム前はどんな感じかな。凄い緊張もするし、足も震えるかもしれない。けれど、そんなみんなが私は誇りです。相手はフェニックス。戦闘に関して言えば、悪魔でもトップに入る種族。それでも、私は負ける気が少しもしないの。本当に、眷属になってくれたのがみんなで良かった。──必ず勝ちましょう」

 

 最大の自負を持ってフェニックスに挑む。

 その言葉に全員が頷いた。

 時計に目をやれば、もう今日という日が消える。

 後一分を切ったところで、部屋を魔法陣の光りが照らした。

 グレモリー家の紋様である。

 

「──皆さま、準備はよろしいですか?」

 

 その問いに返すのは真剣な眼差しだけでいい。

 グレイフィアは全員を一瞥した後、こう言った。

 

 時計の針は後数秒。

 

「ご健闘を祈ります」

 

 

 

 

『レーティングゲーム、開始です』

 

 午前中零時を時計の針が二本重なり、示した。

 その瞬間に、グレモリー眷属の皆は部室から、レプリカの部室へと転移される。

 何一つ変わり映えのない景色。

 しかし、空のみ、色合いを変えていた。

 深夜にして、暗闇に閉ざされた空は、オーロラのようにうねりながら不思議な色を醸し出している。

 皆はそれを一瞥した後、本格的にゲームが始まったことを胸に刻んだ。そこにリアスの声が響く。

 

「細かいトラップは使い魔に任せます。ただし、戦いに向かう途中で掛けられるのならばかけておきなさい。やれることはその場でやっておくこと。──グレモリー眷属の初陣。あのフェニックスすらも消し飛ばして勝利に納めましょう」

 

 堂々と言う彼女を囲むのは眷属。

 全員の気持ちが一つになっていた。

 リアスは皆を見渡しながら口を開く。

 

「──ユーベルーナは朱乃とほぼ同格よ。イッセー、その場に居合わせたなら譲渡をお願いね。朱乃、どちらの女王が上かを教えてやりなさい」

「わかりました」

「あらあら、うふふ……。血が騒ぎますわ──とても」

 

 朱乃は唇あたりを人差し指でなぞりながら、呟いた。

 その様子にアスはどこか嬉しそうに微笑む。

 

「向こうの女王が出てくるまでは朱乃は私と待機。アーシアもよ。祐人と小猫は表だって敵を集めなさい。イッセーは少し離れた所に構えていて。敵がそれなりに集まるで時間を稼げたら、祐人が小猫を抱いて足で逃げなさい。その瞬間にイッセー──敵を丸ごとぶっ放していいわよ」

 

 リアスが不敵に笑んだ。

 その作戦に小猫は露骨に嫌そうな顔をしたが、今回限りは目をつぶるといったところだろうか。

 首肯していた。

 祐人が、イッセーの方を向き言う。

 

「兵藤君、頼むね。僕たちはうまく避けるから遠慮しないで撃っていいよ。距離があるから、もし相手も騎士だった場合は避けられるかもしれないけど、他の眷属ならそこまで早くないからね」

 

 祐人が一誠にサムズアップする。

 それに対し、一誠も同様に返した。

 準備は全て整っている。

 これより、完全なるゲームが開催される。

 

「──グレモリー眷属のゲームを始めましょう」

 

 騎士が、戦車が、兵士が窓からフィールドへと駆けていく。

 主に従い、魔剣を、拳を、籠手を握りしめながら適地へ行くのだ。

 

 フェニックス対グレモリーのレーティングゲームが始まった。

 

 

 

 

 旧校舎を囲む雑木林の草木を揺らしながら、駆けていく。

 そのたびに砂が舞い上がり、土が飛ばされる。

 祐人と小猫は、簡単なトラップを仕掛けながら道を進んでいた。 

 

「──ドライグ、赤龍帝の籠手を」

『BBoostt!!』

 

 一誠がドライグに呼びかけると、一瞬にして両腕が紅蓮に覆われる。緑光を撒き散らしながら、発現する龍の腕。そして、爪。

 一誠は、その相変わらずの緑光に思わず声をあげた。

 

「ドライグ! もう少しこの光は抑えられないのか!?」

『なぜ、俺が抑えなければならない。示せよ、俺をさらに』

「……敵にバレるだろうが」

 

 尊大すぎる龍帝に、一誠は辟易しつつ、うなだれる。

 一誠はドライグに一度たりとも口で勝てたことはなかった。

 あったとして、それはしりとりのみである。

 

 そんな一誠たちに、祐人が振り向きざま人差し指を口元に立てる。そして、静かに言った。

 

「──兵藤君、少し静かに。そして、ナイス」

 

 祐人は、その人差し指を仕舞い、今度は親指を立てた。

 小猫もどこかよくやった、といった表情をしている。

 

「その光のおかげで三人ほど寄ってきたよ」

 

 雑木林の中、木の影に隠れながら祐人の指す方角に目をやる。

 そうすれば、そこには辺りを見渡しながら怪訝そうな瞳で、顔を右往左往させる少女が三人いた。

 

「本当にこっちで光ったわけ?」

「ええ、間違いないわ」

「たく……これでトラップとかだったら承知しないわよ」

「いや、声だってしたから」

 

 そのような会話を交わしながら、こちらへ進んでくる少女たちに対して、祐人は呟いた。

 

「……おそらく彼女たちは兵士だね。このまま奇襲も容易だ。兵藤君、君はもう少し力を溜めていてくれ。──小猫ちゃん」

「……はい」

 

 祐人はそれだけ言うと、木々から飛び出し、創ってあった剣を投擲する。

 小猫は祐人と反対側から走り出し、一人の脇下へと潜り込んだ。

 

「──なっ」

「遅いよ」

 

 投擲された剣を弾くひとりの背中へと一瞬で回り込み、新たに創りあげた剣で斬りつける。

 その刀身が触れた瞬間に背中から鮮血が舞う。

 確かな悲鳴が木々へと木霊した。

 

「……急所もらいです」

 

 その悲鳴にかき消されながらも、そう呟き、小猫は潜り込んだ脇下の位置から右腕を振るい、思い切り鳩尾を叩いた。

 戦車の本気の一撃を受けた兵士のひとりは、呼吸することすら出来なく、声も出ない。

 血と唾液を口から吐き出し、地に倒れ、痙攣する。

 そこから止めの一撃を下し、小猫はもう一人の方へと目を向けた。

 

「さて、残るはひとりだね」

 

 祐人が振り向くと、右肩から血を流した最後の兵士が突っ込んでくるのが見えた。

 先ほどの投擲が命中したのだろう。

 その肩を庇うようにしながらも、明確な殺意を孕んだ瞳をぎらつかせ、彼女は走る。

 

──だが……、

 

「……えい」

 

 兵士の後ろにいる戦車のことを忘れてはならない。

 頭に血が昇り、周りが見えなくなったのは敗因のひとつである。

 背中から打撃を喰らった少女はそのまま突き飛ばされ、祐人へと向かってくる。

 まるで、小猫からパスされたかのように、ジャストな位置へと送られた。

 

「──終わりだね」

 

 とっさに翼を出したとしてもその勢いを止めることは不可能だろう。

 そして、リタイアを免れることも。何百キロといった速さで宙を滑る。

 そして、少女の行き先には、剣が三本待ちかまえていた。

 

「い、いやああぁぁぁぁ!!──がっ……」

 

 少女は断末魔のような声をあげ、叫んだ。しかし、進路を変えることなど出来るはずもない。終点には、突き刺さる運命しか待っていない。

 腹や胸、そして足。三カ所へと深く侵入を果たした剣の先は背後から飛び出していた。

 噴き出した赤黒い血が、残りをツー……と、剣先から地に落とした。

 案の定、終わりである。

 

「……さあ、先へ急ぎましょう」

 

 小猫は、光の粒子となって消えてゆく兵士たちを一瞥したのち、そう言った。

 祐人がそれに首肯すると、一誠へ呼びかる。

 

「兵藤君、行こう!」

 

 一誠は、あの刺さり具合で本当にレーティングゲーム保護である治療が意味をなすのか、僅かに不安になったが、頭を振り切り、歩を進めた。

 戦いに関して、情をもつなど侮辱である。

 一誠は、頭に浮かんだそれを、どこかで聞いたことのある言葉と似ているなと思った。

 

 

 

 

『ライザー様の兵士、三名リタイア』

 

 アナウンスがゲームエリアへと響き、それぞれの心境を揺らした。

 リアスはそれを聞いて、通信を入れる。

 

「祐人、小猫、イッセー、よくやったわ。この調子でお願い。もし、状況が悪くなったら教えて。早いけれど、朱乃を投入します」

「あらあら、うちの子たちは優秀ですわね。もう、三人だなんて」

 

 リアスは、それだけを言うと通信を切った。その際に、朱乃が口元に手を当て、微笑みながらそう言う。

 

「ええ、いいペースだわ。……けれど、これで向こうも本気になるでしょうね。朱乃、使い魔からユーベルーナはどうしてるか分かる?」

「いえ、いまだライザー様の牙城からは出ていませんわ。向こうも私が出てくるのを待っていたりして」

 

 朱乃が使い魔を通した魔法陣を覗いてそう言った。顔は既に引き締まり、それに巫女服の姿がとても似合っている。

 指先に迸らせた電流をパチパチと鳴らしながら、ライザーの陣地を睨んだ。

 

「……そうね、様子を探りましょうか。朱乃、試しに校庭を旋回してくれない? ……いや、待って。私の使い魔から連絡が入ったわ。──体育館に三人ほどいるわね。おそらくセンターを取りにきたのでしょうが……。よし、決めた。朱乃」

「はい、部長」

 

 にこやかな表情へと戻っている朱乃の目を見て、リアスは先ほど一誠に言った時と同じ顔をした。

 そして、告げる。

 

「体育館丸ごとぶっ壊してこれる?」

 

 

 

 

 同時刻。

 祐人と小猫は、雑木林をとうに抜け、校庭へと足を運んでいた。

 一誠はリアスの作戦通り、校庭からは見えない校舎の非常階段へと身を隠し、ひたすらにBoostし続けている。

 

「ドライグ。今どれだけ溜まった? これで何発撃てる」

『これだけあれば、下級悪魔ごとき十回は簡単に消せるな。おい、それよりも相棒』

「なんだよ」

『下、危ないぞ』

 

 ドライグがそう言った瞬間、体が浮遊した。自身を囲うように魔法陣が展開されており、そこからは少しだけ火薬のような匂いがする。

 

「い、言うの──遅っ」

 

 一誠は、非常階段から校舎側へと溜まっていた砲撃を撃ち出した。

 それにより、風圧で体は吹き飛ばされる。

 その直後、一誠のいた位置から爆撃音が響いた。

 砲撃の撃たれた校舎の壁は紅蓮の熱で溶けるように溶解したあと、半壊する。

 非常階段は、爆撃により完全に鉄くずへとなり果てていた。

 

「あら、うまく生き残ったわね」

 

 吹き飛んだ一誠の前方上、そこから嘲笑を含んだ声が聞こえる。

 ドレスのような衣服を纏い、装飾を施したアクセサリーを身につけている女性がいた。

 その女性──ユーベルーナは、再び声を発した。

 

「──あなたが赤い龍に憑かれたおぞましい男ね。……こんなのの為にフェニックス家は婚約を破談にされたのだと思うと腸が煮えくり返るわ。雷の巫女がフォローに入ったら邪魔だと思っていたけれどうまく誘導されてくれたし。……さあ、今度こそ消えなさい」

 

 フェニックス、ライザーは犠牲──サクリファイスという作戦を好む。

 理由はおそらく、駒の数だけいる眷属の活用。

 ライザーは、不死ゆえに、相手が力尽きるのを待つことがあるため、最悪自分だけが残ればいいのである。

 であるから、眷属をいくら犠牲にようとも問題がない。今回も同じ。

 一人や二人じゃ弱いが、三人も狙われやすい体育館の“中”にいるのであれば、釣られてくれるだろうと考えたのである。

 結果は上々。

 

 しかし、ユーベルーナの誤算。

 少し雷の巫女を甘く見過ぎた。

 ゲームエリア全体にアナウンスが鳴り響く。

 そして、体育館の方角からは煙が立ちこめていた。

 

『ライザー様の兵士二名、戦車一名リタイア』

 

 ユーベルーナはそのアナウンスに対して舌打ちをし、顔をひどく歪ませた。

 

「──さっさとやるしかないわね」

 

 ユーベルーナは、そう言うと再び魔法陣を形成し、火の爆撃を放ち始める。激しい音を鳴り響かせながら、土を抉る。

 一誠はそれらを飛び退いてかわしていた。

 

「ほらほら、どうしたのかしら。伝説の龍ってこんなにも臆病なのねぇ!」

 

 複数、連続して爆撃を放ってくるユーベルーナに対して、一誠は彼女に狙いが定まらない。

 そこへ耳に音が届いた。

 

『兵藤君、どうしたんだい!? 君の方角から爆撃があがっているけど──』

「悪い木場、そっちに手を貸せない」

 

 一誠は、珍しく声をあげ、動揺しながら通信してくる祐人に歯噛みしながら答えた。

 それに対して祐人は、こちらの状況を悟り、言う。

 

『わかった、こっちはなんとかしよう』

「任せたよ」

『そっちもね』

 

 グレモリー眷属、男組み勢の会話はそこで途絶える。

 一誠は、キッとユーベルーナの方へ視線をやり、再び爆撃を避けながらドライグに問う。

 

「くそ──砲撃を撃てなければやりようがない。なんか方法はないか」

『……お前は少しは頭を使え。何でも聞く癖を治せよ、相棒。知恵を絞れ。──面倒だ、足にでも譲渡すればいい。そして体制を立て直せ』

 

 次々と放たれる爆撃により、一誠はユーベルーナに標準を合わせることが出来ないでいた。

 しかし、それにドライグは本当に面倒そうに言葉を返す。

 彼からすれば、ユーベルーナはとるに足りない存在であり、なぜ苦戦しているのかさえ、わからない相手である。

 しかし、いくらなんでもこの返しは適当すぎやしないだろうか。

 

 一誠が仕方なしと、飛び退いた瞬間に足を籠手でつかみ、譲渡しようとする。

 その瞬間。

 

──雷が一誠とユーベルーナの間に落とされた。

 

「あらあら、うちの可愛い一誠君と鬼ごっこだなんて羨ましいですわ。ぜひ、混ぜてくださいな。──逃げるのはあなたですけれどボムクイーンさん」

 

 宙に浮かびながら雷を纏うのは黒髪、そして巫女服。一誠は彼女の名前を思わず呼んだ。

 

「──朱乃さん!」

「ここはお任せを、一誠君。祐人君たちのフォローをお願いしますわ」

 

 朱乃はそれだけを告げると、恐ろしいほどに、にこやかに笑い、ユーベルーナの方へと体を向けた。

 

「あら、こんにちは、雷の巫女さん。あのような化物を可愛いだなんて本当にグレモリーは趣味が悪いこと。──笑えないわ」

「あらあら。あの子の素晴らしさをあなたのような化粧品まみれのおば様に理解されなくともこちらはよろしいですのよ」

「あらそう……死になさい!」

 

 ユーベルーナは明らかに額に血管を浮かばせながら、爆撃を放つ。

 朱乃は、それをいなし雷を天より落とした。

 

 尋常でない破壊音が鼓膜を支配する中で朱乃は、叫んだ。

 

「──絶対に負けるものですか!」

 

 

 

 

 剣舞が栄える。

 疾風をまき散らせ、火花が光る。

 校庭では、騎士同士による剣闘が繰り広げられていた。

 

「はあああああぁぁ!」

 

 フェニックスの騎士の一人──カーラマインが祐人から見て右側から斬りかかる。

 剣を横に振るい、そのたびに炎に染められた刀身が燃え栄える。

 火の粉を吹き散らす。

 

「──グレモリーにここまでの騎士がいたとはな」

 

 さらに祐人の左側からは人の体程もあるであろう巨大な剣を構え、そう呟いた後一人の騎士──シーリスがいた。

 シーリスはその巨大な剣を鈍器のように振り下ろし、その風圧による衝撃波を放つ。

 祐人は、それに吹き飛ばされた。

 

「くっ……、騎士二人とまみえるだなんて光栄だけれどこれはきついね」

 

 口元から垂れる血を制服の袖で拭い、彼は呟く。

 折れた剣を再び創り出し、二本を手元に構える。

 

「悪いな。騎士としてこのような多数対一など好まないが、このゲームは勝たなければ話にならない」

「ええ、わかっていますよ。──僕もそのつもりですからっ!」

 

 祐人は、着いていた片膝をあげ、二人の騎士へと肉薄する。

 騎士の特性であるスピードに磨きがかかり、音速の弾丸となって彼は主の剣となる。

 飛び交う血と砂埃。

 本物のグラウンドと何ら変わりのない校庭の匂いが後押しする。

 ここは、駒王学園。

 フェニックス家でなく、このグレモリーの牙城であるが故に。

 

「シーリス、挟むぞ」

「──了解した」

 

 祐人が何故、かの剣を使わないか。それには、理由がある。

 あの剣は龍の因子を持つ者に致命傷を与える。赤龍帝のような存在にはどこまで通じるかは不明であるが、祐人本人に掠ることがあれば、それはこのフィールドからの退場を意味した。

 故に、このような多数対一ともなる状況で、まして同等レベルような敵に対しては有効な手段ではない。

 あの剣は柄の部分以外には、触れてはならない。

 仮に、砕け、その欠片が肌にでも刺さることがあれば──、

 

「──魔剣創造ァァァス!」

 

 祐人が吠える。

 二人の左右からの攻撃を、手に握るその両剣でいなし、地に手をついた。そして、力を込める。

 

「──なっ」

 

 カーラマインが、驚きの声音をあげる。彼女はそれに咄嗟に飛び退くが剣の一部がわき腹に掠る。

 決して痛みの声はあげまいと必死に唇を噛み、声を殺した。

 シーリスも同様である。

 

 地から生えるは剣の山。

 しかし、疲労しきっていた祐人の力では、範囲は精々十メートル程。

 悪魔の身体能力、ましてや騎士では一歩下がるだけで事足りる距離であった。

 

「はぁはぁ……ん、はぁ」

 

 激しく呼吸を繰り返す。

 地につけた指先は細かく震え、髪も汗で額にくっついていた。

 

「……はは、まずいな。賭けだったのに。外れてしまったか……」

 

 祐人は、力なくそう呟いた。

 祐人が横先へ目を向ければ、小猫が全身ボロボロになり、腕などを打撲で青くしながらも決死の覚悟で戦っている。

 殴られても殴られても、進み、相手の戦車であるイザベラと小猫と同種である猫又の兵士、ニィ、リィを相手にしていた。

 ここにきて、フェニックスとグレモリーの眷属数の違いが、戦力差を見せ始めていた。

 まだ、王は互いに陣地へと隠っている。こんな所で、腐っていればあの王は、自分たちを助けようと来てしまうかもしれない。

 そんなのは絶対にダメだった。

 ここにライザーが来れば、詰まれてしまう。

 祐人は、震える足に活を入れ、立ち上がる。先ほどの魔剣創造を警戒して、こちらを睨んでいるカーラマインとイザベラを睨み返す。

 

「──まだ、兵藤……いや、一誠君がいる。僕たちには、あの龍帝がいる……」

 

 憶えていた。

 はっきりと網膜に、ビデオのように焼き付けられている。

 たった一人で、堕天使の巣窟へと向かった悪魔後輩の姿。

 呪いの歌劇をもろともせず、左目をまるで籠手の宝玉のように緑色へと染め、龍の腕で堕天使を圧倒した姿が残っていた。

 強烈だった。

 放たれる砲撃。

 紅蓮の龍が牙を剥いて襲いかかるようなあの赤い一撃は、あれこそが、神滅具だと思った。

 最初こそ、彼に斬りかかりはしたが、今では分かっている。

 

『──命くらい懸けられる』

 

 本物であった。

 何故、そう言えるのか。

 会って一日程の女のために、命を懸けるなど気がおかしいのではないか。

 例えそうでも、疑えない。

 間違いなかった。

 彼は──命くらい懸けられる。

 根拠なく、人を信じる。

 

 祐人は初めてだった。

 

「……イッセイ? ああ、あの小僧か。存外たいしたことはなかったな。今頃ユーベルーナ様に料理されているだろう。ほら、見てみろ。あの校舎奥を──」

 

 カーラマインが指を差した方向に、爆撃の狼煙があがる。

 もはや、煙にまみれ、何が起きているのかも分からない。

 分かるのは、ただ破壊のような攻撃が続いているということだけだ。

 

「なにが赤龍帝だ。百年もすれば変わるやも知れんが、なって数日ほどの悪魔の龍など幼龍もいいところ。暴走がどうたらとグレモリー側は不安なのだろうが、そもそもあんな、なりたての小僧など、暴走すれば一分もしないで死ぬだろう。──茶番は終わりだよ、グレモリーの騎士。龍帝は目覚めずに終わる」

 

 カーラマインがにじりよってくる。それに続き、シーリスも同様に。祐人は、そんな状況であるのに、笑っていた。

 口角を上げ、笑う。

 そして、耳元に手を当てて、言った。

 

「──茶番は終わりだね。龍帝は君たちを治療室へと送るだろう。……今すぐに!」

「何を言っている……」

 

 祐人が通信機から手を離し、足に力を入れた。カーラマインが怪訝そうな顔でそう言う。剣を掴み、斬りかかる体制をとった所で声が校庭中に響いた。

 

「木場ぁぁぁ! どけえぇぇぇ!!」

 

 その声音が届くより速く、祐人は全身全霊を込めて跳躍し、飛び退いた。

 カーラマインとシーリスは、その声に反応してしまう。そして、祐人の思わぬ跳躍に、タイミングが僅かに遅れた。

 

 音速を超え、彗星の如く空を往く。

 空気すら燃やし尽くし、ただ校庭の土を多大に抉りながら歯を剥けてくる。

 赤い一撃。

 かつて、堕天使との抗争の際に目撃した破壊の砲撃が放たれる。

 カーラマインとシーリスは、目を見開き、左右へ避けようとするが──、

 

「……嘘だ」

 

 逃げ場などない。

 まるで意志を持ち、食らいつくすかのように口を開けた龍砲が横三列に並んでいる。

 騎士の特性すらも超越した、砲撃の駆けるそれは、暴虐の龍そのものが向かってくるかのよう。

 二人はその龍たちに喰われ、そのままに消えてゆく。

 声すらも飲み込まれ、粒子となる。

 龍砲は、それでも勢いを止めることなく進み、校庭の四分の一を破壊した。

 

「──一誠君!」

 

 祐人が叫ぶ。

 一誠は、そのままに校庭へと突入した。Boostの機械音が、両籠手から鳴り響き、そのたびに校庭を緑に塗り替える。

 

「──小猫ちゃん」

 

 腹を押さえながら、血を吐き出す小猫を奪還。

 あの砲撃に呆然としていたイザベラたちを出し抜き、彼は彼女を抱えた。

 

「……先輩」

 

 男嫌いな彼女は、苦痛に顔を歪めるが泣きそうな声で彼を呼んだ。

 安心しきったその顔を見れば、彼女の意識は時々途切れそうになっている。 

 本当はわかっている。

 彼女が嫌うような男ではないことくらい。祐人も一誠も、グレモリーの家族。大切な、人たちだった。

 

「……ありがとう、ございます」

「話さなくていいよ。痛いだろう」

 

 一誠は、本当は怖かった。

 知らないはずの知っている力。

 血。

 痣。

 叫び。

 彼が生まれ落ちて、見たことのなかったものをたった数日で見てしまう。

 死ぬところさえ、見た。

 

 彼女の白い綺麗な髪に血がべっとりと付いていて、顔にすら、青い部分が出来ている。

 

『みんな、寝ていた。誰もかもが寝ていたんだ。死後硬直のように表情を固め、血を流し、寝ていた』

 

 恐ろしい。

 心にかかる重圧は尋常ではない。

 気が保てなくなりそうで。

 傷ついたところを見れば、重なってしまう。

 あの夢の、どこかに。

 

 そして、その想いこそが皮肉にも鍵となる。扉に手をかけた。

 

『──もっと俺を呼べよ。兵藤一誠、自分を呼んで呼んで呼んで、そして助けなきゃ。──さあ、赤龍帝として目を覚まそう。死の淵から引き揚げられた俺と混ざり合ったのだから。二度目ならば、傷さえつけずに敵を消そう』

 

 共感。

 知らない気持ちに、共感。

 知り得ない想いをリフレインする。

 

『──そうしなきゃ、意味がない』

 

 時間だ。

 起きなければ。

 夢から覚めなければ、ならない。

 夢はいつか覚めるもの。

 終わりのない夢など、夢じゃない。必ず、先が見える。

 

『相棒、特大の一撃を放とうか。見せつけよう、奴らに。我らの一端を教えよう。いいか、フェニックスの者よ、聞け』

 

 ドライグが言う。

 おそらくそれは、レーティングゲームを見ている両家に、ライザー・フェニックスに、そして全てに対する威嚇。宣言。

 

『我は力の塊と評された赤き龍の帝王。悪魔如きが、俺らの前を歩くな──必ず消すぞ』

 

 心臓が唸りをあげた。

 胸元が紅に光り始める。

 想いを集め、憎しみを集め、死の恐怖すらも飲み込む。

 

『BoostBoostBoost!!』

 

 倍加する。

 集めた想いを倍加しては食わせ、そして食われては倍加する。

 絶望のスパイラル。

 その間は、ひどく頭を痛める。

 何度も何度も見せられる。

 嫌なものを、見せられる。

 そして、その時の想いを植え付けられては、増長され、そして消されていく。

 

 一誠は、籠手を突き出す。

 祐人や小猫はそれを無表情で見つめていた。しかし、汗がつーっと伝う。寒気がした。

 

 彼の瞳の片方は、緑光を発光し、漂わせている。

 その異常なる雰囲気に空間が歪んだ。熱帯のような霞の極地。

 イザベラ、ニィ、リィ──そして、その後ろライザーの陣地である建物へと標準を合わせる。

 夢幻に憑かれた龍帝。

 背後にとぐろを巻く龍、緑の双眸が彼女らを睨みつけ、笑んでいる。

 

『──フェニックスごと消えろ』

 

 誰の声。

 籠手に溜められた紅蓮の塊は、今までのBoostを、夢を注ぎ込むかのように一度に膨れ上がる。

 空を赤色に染めた。

 

『Crimson Blaster 』

 

 かつて、鎧を紅に染め上げた龍帝の破壊砲。

 彼の想いを食らい続けた心臓は、籠手へと力を渡す。

 視界を消す紅の閃光は鼓膜を破るほどの爆撃を示し、ただ敵を屠るために線を描いた。

 

「──────」

 

 噛み砕かれるように、塵へ返す。

 主の髪色に似せた龍の吐息。

 そして、いまだ後悔し自身を攻め続けている、“兵藤一誠”の一撃だった。

 

「……これ、が。赤龍帝──」

 

 小猫が呟いた。

 誰にも聞こえないほど小さな声でそう言った。

 莫大な衝撃音と共にその閃光が通り過ぎた後には、殆どなにも残ってはいなかった。

 瓦解する建物──すらもなく。

 全て消え失せたのである。

 辺りには煙と砂が舞い、視界を狭めた。

 撃ち終えてもいまだに一誠の正面の先には紅に染まる靄が立ちこめている。

 しかし、その靄の後ろには影すらも見えない。

 なにも、見えなかった。

 

『ライザー様の兵士二名、戦車一名リタイア』

 

 アナウンスが鳴り響く。

 しかし、そこにはライザーの名前は刻まれていない。

 そして──ゲームは終わっていなかった。

 

 

 

 

「部長さん……先ほどの光は……」

「ええ……間違いない。イッセーの」

 

 旧校舎本陣である部室の窓からリアスとアーシアは、それを見ていた。何度かあそこへ向かおうとした。

 しかし、そのたびにアーシアが服を掴んでは首を振る。

 アーシアには、分かっていた。どれだけリアスのことを想い、みんなが戦っているのかを。

 ゲームの経験もなく、あるのははぐれ悪魔退治と先の堕天使との抗争のみ。

 それでも、治療が間に合わないほどの怪我を負う覚悟で、敵へと突き進む彼らの想いを気持ちを、汲んでやらねばならない。

 本当ならば、あそこへいきたい。

 いって、治療を施したい。

 けれど、あのような一秒すらも長いとされる戦場へ赴けば、気づいた時にはおそらく、ベッドの上だ。

 自分は頼みの綱となりえる。

 リアスのために、そしてライザーと戦う最後の戦士たちのために、残らねばならない。

 手を強く握る。

 校庭へと目をやれば、ここからでも血の跡が見える。

 そして、破壊されたグラウンド。建物。

 いまだに鳴り響く爆撃音と雷鳴。

 戦争を見たことなどない。

 それでも──これは、戦争じゃないと言えるレベルなのだろうか。

 堕天使との抗争の時の記憶には、このような光景などなかった。

 アレの何倍もの、殺し合い。

 これをゲームなどというのだろうか。娯楽と言うのだろうか。

 

──こんなものを、見て。

 楽しめてしまうのが、悪魔なのだろうか。

 

「──アーシア」

 

 そっと頭を撫でられ、抱き締められる。甘い香りがした。

 柔らかい暖かさが布越しに伝わり、心を彼女へと向ける。

 アーシアは、泣いていた。

 

「……ゲームが終わったら、一緒にお風呂にまた入ろう。泊まりにおいで。いっぱい遊ぼう──」

 

 なんて言えばいいのか、リアスにはわからなかったのかもしれない。謝ってはいけない。

 彼女たちに命令したのだから。

 大丈夫なんて、気安くは言えなかった。だって、普通の女の子だったアーシアにとって、こんな光景、残酷過ぎたから。

 

「情けないね、私。なんて言えばいいのかなんて思いつかなくて」

「──なんで、いつも部長さんは自分を悪くいうのですか。あなただってこんなのを見るのは初めてじゃないのですか……。みんなが傷つき、叫びたいのは。怖いならそう言ったっていいでしょう? 泣きたいのは自分じゃないんですか」

 

 アーシアは、嫌だったのだ。

 泣いている自分に対して悪いのはリアス自身だと言っているような、物言い。

 違う。

 悪魔になるのを望んだのは自分だ。

 覚悟が足りない、弱い自分が悪い。

 

 しかし、リアスは再び彼女を抱き締め、慈愛の籠もった声音で言った。

 

「──王、だからね。みんなの弱さも失敗も私のもの。家族の長ならお母さんかお父さんかな。だから私は女だからお母さんか。……みんなが本当に可愛いのよ。可愛くて、好きでしょうがない。──そんなお母さんが、泣いていたら困るでしょう?」

 

 眷属の境遇を誰よりも痛んで、受け止めて。やれる限りのことをして。

 本当は、心は疲れているんじゃないのか。

 誰よりも、人の心を考えてしまうあなたは、どこまでも傷ついているのではないのかと。

 そこへ、突然の婚約があり、悪魔──純潔を増やすためだと、まるで子作りの道具みたいじゃないか。

 いろいろな悩みがあったのだろう。それなのに、何故歪まない。

 何故なのだ。

 どうしてそこまで真っ直ぐに愛せるのだろうか。

 

「──みんな一緒」

「……一緒、ですか」

「そう。あなたもあの聖獣も、朱乃も、祐人も小猫も。そしてイッセーも。みんな、優しくてさ、だから私も優しくなれる。そんなみんなじゃなかったら、私はここまで出来ていないよ。とっくに不良になってたかも」

 

 最後には、彼女らしいおどけた口調でそう言った。

 微笑みかけてくる王様は、きっと万人の王にはなれない。

 けれど──最高の王だ。

 私たちの王だと。

 そう、思う。

 

「みんながさ、私のために頑張ってくれてる。だから、勝たなきゃね」

 

 何を言えば正解なのか、分からない。弱冠17歳の女の子の頭にはそんな言葉はない。

 ならば、心に思いつく、心の言葉を出せる限り言えばいいのだ。

 辛い光景を見て、泣いているのならば抱きしめて、好きだと言う。

 なんだか、へんてこである。

 おかしいかもしれないが。

 しかし、どこか安心の色が広がる。

 

 大丈夫なんかよりも、根拠のない慰めなんかよりも。

 関係のない、優しい言葉こそが救うこともあるかもしれない。

 彼女は眷属の母だと言った。

 そう、家族なのだから。

 

 母の想い。

 

 来年の母の日。彼女にも花を手渡そうか。そんなことをしたら、そんな年じゃないと怒るのだろうか。

 それとも──。

 

 アーシアは、涙を拭く。

 胸元にある鈴を鳴らし、リアスと外を見た。

 火の粉が、飛び交い。

 血の匂いがする。

 それでも。

 

──彼女の心だけは、きっと折れない。

 

 

 

「……まだゲームは終わっていないのか……?」

 

 祐人は唖然としていた。

 あの一撃は確かにライザーの牙城を砕いたはずだった。いや、間違いなく。そして、周辺もろとも塵へと返したはずである。

 なのに──、

 

「どこかへ移動していたのだろうか……」

「……気配がありません」

「──当然ですわ」 

 

 突如、その場に声が鳴る。

 幼さの残る可愛らしい声とは裏腹に、どこか貴族としての威厳がある。

 小猫たちの頭上には、もうひとりのフェニックスが炎の翼をはためかせていた。

 

「──レイヴェル・フェニックス」

 

 祐人が彼女を見上げながら名を呼んだ。レイヴェルは、口元に手を当て、笑うように言う。

 

「案の定、あの場から離れていて良かったですわ。ま、このようなゲーム──もう、お仕舞いになりますが」

 

 レイヴェルがそう言ったその時だった。

 一誠を含めた三人の遥か頭上に舞う火の粉。そして──それに不自然について行く宝玉。

 その宝玉に瞳が浮かび上がった一瞬、僅かな火の粉が燃え盛り、人の形を形成する。

 そして──特大の火球を三人へと放った。

 気配などないはずだ。

 だって、いないのだから。

 死んでいたのだから。

 しかし、体の炎の一部は意志があるかのように宝玉を連れ、そして蠢く。

 これこそが──フェニックスの真骨頂。

 あの一撃を喰らってもなお、生き返る。

 

 三人へと放たれた業火は、ただ隕石のように潰し、そして焼き殺そうと歯を向けてくる。

 一誠は、祐人と小猫を自身の後ろに庇い、籠手を突き出した。

 

『──Reset』

 

 無情。

 力のない音声は残酷にも告げた。

 その間にもひたすら迫り来るフェニックスの一撃は、ただ速度を緩めることなく宙を走る。

 

『──チッ、切れたか……』

 

 一誠は、緑光の瞳に焦りを浮かべてそう呟いた。だが、諦めることなどしない。

 そんなのは、許されない。

 しかし、Boostする時間はなく、その頃には三人は火に飲まれる事だろう。

 焦りに焦ったその時──、

 

──視線の正面を、紅の髪が覆った。

 ふっと横目にこちらを見、そして不敵に笑う彼女。

 その口が動いた。

 

「──三人とも、そんな動けない体でよく頑張ってくれたね。これは任せなさい」

 

 彼女は、それだけを言うと手元に紅の魔法陣を瞬時に形成。

 そして、そこから視界を染め上げるほどに広く、魔力を放った。

 それは、紅黒色の消滅。

 触れたものを、差別することなくこの世から消し去る王、最大の攻撃であり、防御。

 

 消滅の魔力は──蝕むかのように巨大な火球を食らいつくす。

 

 

 

 

 舌打ちが聞こえた。

 空を見上げればライザーが憎々しげにこちらを睨んでいるのが分かる。

 その最中──アーシアの悲鳴が聞こえた。

 

「離っ──ってくだっさい!」

「……大人しくしてくれませんこと? これだから下級悪魔は品がありませんわ」

 

 レイヴェルが、空中でアーシアを後ろから魔力で縛り、掴んでいた。

 

「アーシア!」

「リアス様──動かないで下さないな。この子は厄介ですから。私と観戦ですわね」

 

 リアスが叫ぶが、レイヴェルは静止をかけた。それ以上動けばこの子を燃やす──そんな合図だった。

 レイヴェルは基本的にゲームには観戦しかしない。闘う性格ではないし、あまり得意でもない。

 だが、アーシアのような力のない下級悪魔を縛ることなど容易だ。

 これに関しては、リアスがとっさに三人のフォローに入ったのが仇となった。だが、あの場面で悠長に選ぶ暇などなかったのも事実。

 結果、仕方がない。

 

「──あらあら、ならばゲームを終わりにして解放してあげませんと」

 

 リアスの頭上に、聞き慣れた声音が聞こえた。

 眷属の皆が顔をあげれば黒髪を揺らし、彼女はいる。

 

「朱乃!」

 

 リアスの声に、朱乃は微笑む。

 彼女の巫女服は、所々焼けただれ、焦げている。

 彼女自身、火傷の跡や血を流している箇所があった。息も荒い。

──確実に消耗している。

 

「そんな心配な顔をしないでリアス。──あの女王は必ずや私が」

 

 朱乃は、前方へと目をやり、瞳を鋭くした。

 そちらへ見れば、ライザーの後ろに降りてくるユーベルーナの姿が視認出来る。

 そんな彼女も朱乃と同じくボロボロの姿ではあったが。

 

 意地と意地。女と女。

 女王と女王の熾烈な決闘は、既にリタイア寸前となろうとも決してはいなかった。

 

 そこでライザーが初めて口を開いた。

 

「──ふん、消耗まみれの眷属。それで不死鳥に勝てると思っているか」

 

 誰かに聞いているわけではない。

 ただ、そう嘲笑した。

 一誠を一瞥するが、負けるとは思っていないのだ。

──“フェニックス”となった彼の精神は、普段のライザーとはものが違う。

 

「ユーベルーナ、行け」

「──はい」

 

 ライザーが指を朱乃に向けてそう言う。すると、ユーベルーナは朱乃を挑発するように手で招いた。

 それを受けた朱乃は言った。

 

「リアス。──必ず勝ちなさい。あんな男のもとへ行くなんて許しませんわ」

「──当たり前よ、親友」

 

 朱乃はふっと笑むと、悪魔の翼を動かしてさらに空へと飛んでいく。

 リアスは、それを一瞥すると前方へと視線を戻した。  

 リアスの後ろには一誠、そして朱乃と同じくリタイア手前の祐人に小猫。そして、その前方にライザー。

 少し離れた所でレイヴェルに縛られたアーシアが。

 それぞれが、意識を集中させる。

 

『Boost!!』

 

 機械音が、響いた。

 

 

 

 

 空中にて、落雷が落ちた。

 朱乃が下を見やれば、緊迫的状況が続いている。

 ライザーが腕を組んでニヤリと笑い、リアスはどうでるかを悩んでいるようだった。

 

「──いい加減に消えなさい!」

 

 ユーベルーナが、そう叫んだ。

 宙には火の粉が舞い上がり、時折電撃が駆けていく。

 

「あらあら、消えるのはあなたですのよ」

 

 朱乃が、ユーベルーナの四方に魔法陣を発現させ、同時に雷を放つ。

 自然の雷そのものとしたそれらは一直線にユーベルーナの体を麻痺させ、不能にさせようと食らいつくかのように落ちていく。

 互いに服は焦げ、所々破りながらも戦うことを放棄しない。

 既にもう一、二撃でも喰らえばリタイアするであろう二人。

 それでも、絶対的意志があった。

 

「ぐぅ……きゃああぁぁあ!」

 

 魔法陣を盾にユーベルーナは応戦するが、四つ目の雷を防ぐことが出来ずに直撃してしまう。

 ユーベルーナは、悲鳴をあげながら地へと墜落した。

 朱乃はそれを快楽に染まった表情で見つめ、呟く。

 

「──撃破」

 

 朱乃は、最後の仕上げにと手を天へと翳し、目を閉じながら雷をその身に感じる。

 大きく息を吐き出し、残り殆どない力を、体が停止させようとする拒絶の痛みに抗い、集め始めた。

 そして、トドメとなる特大の一撃を放とうとして──、

 

「……やっぱり噂通りね。実力だけは認めてやるわ」

 

 朱乃は、その声に閉じていた瞳を開けた。

 

「────ッ」

 

 声にならない声が出てしまう。

 ユーベルーナは、悠然とその場に立っていた。

 朱乃は目を見開いてしまう。

 本来ならば消えてもおかしくないはずだと言うのに、何故。

 何故、あの女は無傷で平然と立っているのだろうか。

 ユーベルーナが朱乃のその様子を見ながら笑み、そして口を開く。

 

「意味が分からないって顔。やっとそんな顔を見れたわ。──これ、知ってるわよね」

 

 ユーベルーナは、右手の小瓶を宙にいる朱乃に見せびらかすように示した。

 朱乃はその小瓶に対し、顔を初めて歪めた。

 

「……フェニックスの涙」

「ええ、そう。まさか卑怯だなんて言わないわよね? それともゲーム初めてだからわからなかったかしら」

 

 歯が軋む音がした。

 朱乃は、血が出るほどに唇を噛んでいた。失念していたのだ。

 フェニックス家を支える秘宝の一つを。

 

「──さて、ここからあなたはどれだけやれるのかしら」

「……ええ、ならこちらはこちらにしかないものを──一誠君」

 

 名を、呼ぶ。

 均衡状態にあった一誠は、腕を組み瞳を緑に揺らしながら首を上へとあげた。

 

『BoostBoost!!』

 

 特大の一撃を放ったことで、左右の倍加にはズレが生じている。

 一誠は、朱乃の方を見やると面白そうな顔をし、首肯した。

 彼は──今、どちらの意志で動いているのか。

 

 それから朱乃は疲れながらも、優しげな顔で一誠を見やり、ユーベルーナは、一誠の名前に憎々しげな顔を浮かべ、吐き捨てるようにこう言う。

 

「あんな小僧に頼るなんて──そんなに龍帝に縋りたいのかしら」

「あらあら、別に。私は“一誠君”に縋っているのですわよ。──嫉妬なさらないで下さいな」

 

 その言葉が火種となる。

 それは心の怒りを弾けさせ、ただ撃破するためだけに思考を動かし、そして塗り替える。

 ユーベルーナは、回復した己の力を存分に使用し、火の爆撃を撃ち始めた。

 

「──うふふ、そんなにお顔に力を入れたら皺が出来てしまいますわよ」

「そんなこと言う余裕があなたにあるかしら? 腕だって庇ってるじゃない」

 

 互いに睨みを利かせ、その視線に殺意を乗せる。

 女王同士の熾烈な攻防は、終わりの兆しを見せない。

 宙を駆ける二人の悪魔は、女王の特性の一つでもある騎士すらも生かしながら、視認する事すら辛いほどのスピードで星の如く空を舞う。

 そして、彼女たちが通り過ぎれば、それには落雷と爆撃の嵐。

 凄まじい女の殺し合いが行われていた。

 

「次にでも喰らえばあなた、終わりよねえ」

「さあ、どうかしら。やってごらんなさいな」

 

 挑発するユーベルーナに対して、挑発で返答する朱乃。

 そこへ、朱乃の名を呼ぶ声が届いた。

 

『──受け取れ。その力、生かせよ』

「お願いします、一誠君」

 

 一誠が一度砲撃でユーベルーナを威嚇する。威力が大幅に落ちたものではあるが、それでも充分。

 朱乃は機動力を駆使し、巫女服を翻しながら、一誠の目の前で静止した。

 そして、一誠が彼女の肩に手を当てる。

 

『──Transfer!!』

 

 どこか、いやらしい声をあげた朱乃の体に電撃が迸った。

 流れるように、指先から足へ、足から指先へと電流が勢いよく流れ、そのボロボロの体に力を入れた。

 

「……これで、五分五分かしら」

「赤き龍の力かッ……。けれど、体力も肉体的負荷もあなたの方が酷いはずだけれど」

「あらあら、私は何も勝つだなんて言ってはいませんのよ?」

「──なに?」

 

 フェニックスの涙により、全快したユーベルーナを再び先ほどまで追い込むことは、おそらく不可能。

 力が大幅に増し、そして体は軋む。今、負傷だらけの体、そしてその身の丈に合わない力。

 長いこと闘うには──限界である。

 朱乃は、額から流れ顎下までを伝う血を舌で舐めとり、飛行をやめ、その場に止まった。

 そして、ユーベルーナの魔法陣が“朱乃”に固定される。

 ユーベルーナは、呟いた。

 

「──まさか……」

「うふふ、あなたの魔法ってとても強力ですが、一度発動すれば止められませんわよねえ」

 

 ペロリと。

 舌なめずりをして朱乃は言った。

 それから、痛みで一瞬、顔をしかめるが、息を吐き出し好戦的な眼差しをする。

 

「……私も残された時間はあまりありませんわね。──さあ、どうぞご一緒に」

 

 朱乃は、“自身”に固定された魔法陣と共に騎士より早く宙を駆け抜ける。爆撃の魔法が始まるタイムラグさえ、そのスピードには適わないほどに。女王の特性に、龍帝の力。

 その際に、キラキラと跡を残してゆく。リタイア寸前の体に鞭を打つ、そして譲渡された龍帝の力に体が耐えられず、消えてゆく。

 肉体が粒子に変わり始めていた。

 

「──ありがとう、一誠君。彼女を任せます」

 

 朱乃は、呟く。

 彼女は、Boostした圧倒的スピードで空色を飾った。

 そして──、

 

「フェニックスの女王、これでフィナーレですわね」

「は、離せ──」「撃破──テイク」

 

 朱乃はドSな笑みを零した。そして、ユーベルーナの服を掴んで離さない。

 ユーベルーナと朱乃の声が重なる。二人がそう言った最中、自身の強烈な爆撃と共に、極太の雷が地と空を突き刺した。

 

『ライザー様の女王一名リタイア。リアス様の女王一名リタイア』

 

 アナウンスが告げた。

 

 




 お疲れ様でした。
 長すぎですよね、ごめんなさい。

 次回はここまで長いことはありませんので。

 さて。
 これ、やはりすべてスマートフォンで執筆しました。
 手が痙攣しそうです。

 では、また次回で。
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