Refrain - Welsh Dragon:Ddraig×Ddraig 作:桜咲く日に
一誠は空を見上げた。そこにはいまだに残像のように電流が駆けている。微量の電気が爆撃による煙りと混じり合っていて、雷雲のようだ。
いくらかの火薬くささが鼻の奥をツンと刺激した。
幼い頃に楽しんだ花火ならばこのような気持ちにはならない。
殺し合いだ。
そして、グレモリー眷属についにリタイアした者が出たのである。
それは女王。
誰よりも最後までリアスの横で彼女を支えたかった心をこの戦場へと残し、相手の女王を道連れに消した。
その様、実に見事である。
ライザーは腕を組みながら、空中を眺め、のちに鼻を鳴らした。
「いったか。まあ、よく持ったほうだな、互いに。実力は拮抗していたし、それなりに見れる遊戯だった」
口元を歪め、いつもの彼らしからぬ物言いで自身の女王及びリアスの女王を褒めた。しかし、その賛辞は決して誇らしいものではなく、ただ彼女たちを下に見た口調だった。
リアスが歯がゆく言う。
「……だから二人の決闘が終わるまで手を出さなかった、そうね? そういうこと」
ライザーは腕を広げ、リアスとその眷属を一瞥しこう言った。
「まあな。死なない俺からすればどれだけお前らが対抗しようともガス欠を待てばそれまでだ。ましてや、お前の僧侶は使えなく、リアス以外の眷属はリタイア手前。赤龍帝さえ、ろくに力はない」
ライザーは嘲笑する。
血だらけの小猫に、今も剣を軸にして立っている祐人を見れば一目瞭然。
彼はフェニックス。もとより、小猫や祐人が歯を向けてどうなる相手でもなく、ましてや手負いである。
ライザーは手負いという感覚を知ったことはないが、見れば分かるというもの。
そして、赤龍帝の力も知れた。
しかし、その譲渡の力はライザー相手ではたかが知れている。
──一誠の放ったあの紅の砲撃以上のものを、誰に力を渡したとして用意出来るとは思えない。
ライザーにとって、女王の勝ち負けなどどうでもいい。
既に詰みだった。
ライザーは言った。
「──終わりだよ、リアス。これ以上眷属を傷つけてどうする? いくらレーティングゲームが保護されているとはいっても、知れている。首を持って行かれれば必ず死ぬゲームなんだ」
レーティングゲームはリタイア後、即刻治療室へと転送されるが、そこで生死がどうなるかなどわからない。
身体に受けたダメージが一定を超えた場合、または王が眷属を強制リタイアさせた場合のみ、転送を施されるが、それ以前にフェニックスの涙や魔法で治療することの出来ない範囲を一瞬で受けた時、事故として死亡が確定される。
生命活動を止めない範疇でないと、息を引き取る。
ライザーの炎で頭部を消されれば間違いなく、死ぬのだ。
顔に迷いが一瞬浮かんだ。
感情を殺し、理屈で考えたとき、本当に──死んでしまうのではないか。
リアスは、頭の中で思考を何度も何度も入れ替える。
自分が犠牲になれば、死なすことだけは避ける事が出来る。
婚約と命の天秤など……。
ただ、それでは朱乃との約束が、眷属の思いが。
わからない、こういう時、本当はどうすればいいのだろうか。
例え、眷属の半数を失ったとして、婚約を免れて、それは今まで通りの幸せなのだろうかと。
ただ震える唇をなんとか動かしながら、リアスが口を開こうとしたその時。
──アーシアが叫んだ。
魔力の縄に縛られ、苦しそうにもがきながも、ただ必死に。
我が主のためにと、喉を枯らす。
温厚な彼女に似つかない、声。
嘆きなどでもなく、悲劇の歌でもなく。
勇気を絞り出した、最弱の僧侶。
「──ダメええぇぇぇええ!!」
初めての咆哮。
静まり返るゲームフィールド。
誰しもが彼女へと視線を向けた。
アーシアを掴んでいるレイヴェルは耳を抑え、目を点にしている。
構いもせず、アーシアは再び、言う。
「諦めようとしないで下さいっ! 王って言ったでしょ。私たちの王だって。死なないから……私たちは死にませんからっ! いってください。気持ちで負けるなんて……許さないっ!」
情けない姿だ。
アーシアは自分を笑った。
縛られ、泣きながら、不細工に歪めた顔で泣きながら。
ただ叫んでいる。
役にたてていない。けれど、諦めたりはしない。
一度死んだはずの命。
再び燃やすならば、グレモリー眷属のためだけに。
涙で火を消してみせる。
それが出来るのならば、泣き叫び続ける。誰にも、渡さない。
私たちの王(母)は必ず。
──守ってみせる。
「……アーシア、あなた」
「……好きですよ、私も。リアス・グレモリー様が大好きです。あなたが愛をくれるなら、私も愛を渡します」
レイヴェルが魔力を強めた。黙れと平手で彼女の頬を叩く。
けれどアーシアは見ることもしない。瞳を揺らがせることもしない。
ただ、視線をリアス、そしてみんなと合わせるだけ。
ライザーが睨んだ。
「お前わかっているのか? いつでも殺される状態だっていうことを」
「やればいいじゃないですか」
「──は?」
誰もが耳を疑った。
アーシアは汗を垂らしながらも、深呼吸をしたのち、言う。
「死にませんから、私は。そして、あなたにリアス様はあげません。あなたの炎より、紅のほうがずっと熱い。あなたの心は歪、偽りの虚勢に見えます。ぬるいですよ、グレモリーよりも、確実に、ぬるい」
勇者のような眼差しで、フェニックスを穿つ瞳の最奥には金色の双眸が見えた。
胸元で偉大な音が叫ぶ。
「本物の心は、空っぽな心には負けません。どれだけの心の箱を用意しようとも、中身は空白。簡単に割れます」
「レイヴェルッ……。送ってやれ」
ライザーは、侮辱にも似た言葉を吐いた女に対して、宣告した。
空中で無様にも詰まれた少女は、最弱にして最勇を刻んだ。
回復を施す聖母は、微笑む。
悪魔にして、聖女。
聖母にして、悪魔。
そして、聖なる獣にして、この少女あり。
彼女は、諦めの心に光りを託した。負け戦に傾いた試合に、活を入れた。
最後まで命を懸けて、諦めずにもがいたのは誰の記憶か。
大切な、誰の夢を彼女は見たのだったか。
わかっている。ならば、わかっているならば、夢を己に投影してみせると、少女は心に決めた。
ただ、自分は死なない。
誰にも放されてきた人生を、もう誰からも放れない生き方へとここで、真に変えてみせる。
傷つけて、傷つけて、傷つけて。
己の心を傷つけて。
それでも、今は治してくれる人がいるのならば。
“敵”を、傷つけることくらい、なんて容易いのだ。
──アーシアは、この日。
初めて。
『敵』を認識したのだ。
リアスが叫んだ。
「──グレモリー眷属、敵王は目の前よッ! いくわっ!」
返事が重なる。
アーシアの覚悟を知り得た。“本当の意味”で理解することができた。
震える。おそらく、リアスは泣いていた。
悔しいのではなかった。苦しくも、痛くもない。ならば。
理由は、もっと不謹慎で、簡単だった。
嬉しくて、嬉しくて。嬉しすぎて、震えた。
なんだ、この高揚は。なんだ、この溢れる気持ちは。
ここまで、想ってくれる人に、普通に生きている人間ならば会えない。一生かかっても、見つけられるものかと、言える。
それらが、伝染した。
紅い糸を紡がれた眷属の心に、波紋が広がるように、振動が伝わるように繋がる。
一万だって殺す。
拳を握る白い猫は、猫らしいスリッド状の瞳で、犬歯を見せた。
血を流すグレモリーの騎士は、氷剣を投擲しながら、特大の一撃を放とうと紅黒い剣を生み出し始める。
そして──ドラゴンは……、
『Welsh Blaster Bishop』
カシャカシャと音を鳴らせば、彼の籠手は変形を始める。
砲撃するに適した形状へとそれらを誘い、一誠は腕を突き出していた。
何度目かのBoostが鳴り響き。
その度に紅蓮の籠手が赤みを増す。増す度に、心臓が高鳴りをあげ、“兵藤一誠”の想いを倍化していった。
夢とは想いの力。
“力”が倍化されてゆくごとに、それを心臓が喰らっていく。
そして、徐々に様態が変化していくのだ。
戻りながら、想い出しながら、忌み嫌う姿に縋る。
『──ここにいる兵藤一誠を愛しています』
答えられない。
傍らに居続けられなかった兵藤一誠は、嫌いながらもこの姿に、力に縋ることしか出来なかった。
◆
「──いたッ!」
口を閉ざそうとアーシアの顔を手で包んだレイヴェルが悲痛の声音をあげた。
片目を閉じ、口元を歪める。
噛みつかれたのだ。
レイヴェルは自身の右手指が炎を纏いながら再生してゆく様を見つめ、ギリッと歯を鳴らした。
「……ああ、そう。そうですわね。あなたはバカでしたか。このような不毛なまでの反抗を眷属に促し、そして──散りたいと言うのですからッ!」
レイヴェルはアーシアに特に手を出すつもりなどなかった。
悪魔になって半月ほどでしかない彼女に多少の慈悲をもって臨んでいたつもりだった。同じ僧侶として、戦わない身として。
厄介な力さえ封じれば、それでよかったはずなのだ。
それなのに。
「私はここであなたを殺すことだって──」
「出来ますか?」
聞いた。
アーシアは、聞く。
殺せますか?
短いその言葉には全てが乗っていた。殺すとは、もう終わりだ。
それを出来るかを、ただ質問として問う。
そして、それしか答えは必要なかった。
レイヴェルは言った。
「……ええ、私が最大の出力であなたの頭部か心臓を燃やせば治療など意味を成しませんわ」
「ですから、それを出来るかどうかを聞いています」
「──ッ」
行えるかどうか、それは手段の先にある。
用いる道具ばかりを揃えて、実行しないのならば結果としては意味のない。
レイヴェルは、悪魔はおろか、魔物すら殺したことなどないのだ。
というよりも、もはや、戦闘行為など稽古ほどでしか経験していない。
なにもない、可愛らしいお嬢様。
“死”を知らない、戦場に立ってはいけない女の子であった。
「出来ないでしょう? なら、あなたは何故ここにいるのですか? さっさと私をリタイアさせれば楽だと言うのに何故、傷つけないのですか。──意地ばかりを張って、怖いだけ。少し前の私と似てる」
アーシアは瞳を逸らさない。
強く強く、ただひたすらに強く。
生まれ変わりを経た聖なる悪魔は、目に炎を宿している。
それは、レイヴェルの背から迸るフェニックスの炎か。
レイヴェルはアーシアの頬を叩いた。
「あなたなんか手段すら持たず、ただリアス様の後ろへ隠れていただけのくせにッ! 赤龍帝にすがりつく弱者のくせにッ」
レイヴェルは怒りを抑えられない。
何故、この様なことをいきなり言われなければならないのか。
ここは戦場。
下級も上級もない。
ただ、敵を傷つけられるか、それだけが支配するこの現世の淵である。
アーシアは言う。
「リアス様は最高の王。一誠さんは最高のお兄さんです。もう隠れません、縋りません。ただ、傷つけ、傷つきに行きます。幸せのために。部長さんの幸せのために。みんなの幸せこそが私の幸せになるのならば、それを守るのはひとつの約束。一番大切な──言葉」
『ずっと。幸せに』
なりふり構わない。
傷つけるのが怖いだなんて、弱さだ。傷つくことなんて慣れている。
ただ、恨まれるのが怖かっただけだ。ただ、痛い顔をされるのが苦手だっただけだ。
ただ、心が弱かっただけだ。
鈴を鳴らす。
応えてほしい。
弱さもなにもかも、想いに変えて、応えてほしい。
──あの女は、いつも酷く弱い。
ならば、強くして。
心で眠るあなたが目を覚まして。
アーシアは願った。
ただ、はちきれるほどに、胸元を意識して彼を起こす。
光が満ちる。
空が見えたような気がした。
いないはずの彼の残していった想いを形にして。
こんなにも強い気持ちがあるのならば、それを見せてほしい。
鈴がやんだ。
その鈴は、何なのだろう。
「──ッ」
レイヴェルが瞳を強く閉じた。
視界を黄金の力が埋め尽くす。
少しだけ見えたのは、鈴に激しく紋様がほとばしり、そして──アーシアの持つ右手神器の指輪に溶けた瞬間だった。
◆
「ハアァァッ!」
黒き、しかし紅を宿した刀身が危なげに唸りをあげる。
まるで呪詛のようなうめきを宿し、卑しく歯を向けていた。
祐人はその剣先を──ライザーへと放つ。
龍の鱗を噛み砕く、紅黒い斬撃は燕のように素早く飛び出し、そして数枚の刃に別れ、フェニックスを穿つ。
「────」
ライザーは、ただ表情すら変えることなくその斬撃を身に受けるが、痛みを感じた素振りすら見せない。
無表情に、刻まれた肉体を見つめ、ため息をこぼすだけ。
身体をぐちゃぐちゃに刻まれ、いくらフェニックスと言えども龍を砕く剣撃は、痛みが安いはずもないというのに。
そして小猫の打撃、リアスの消滅の魔力が彼をひたすらに襲うが効果は見せない。
それどころか、死んだその数だけ炎の翼が肥大化しているようにすら見える。
悪魔であるフェニックス、もとよりフェネクスは元来のものとは違い、ただ死なないだけのはずではないのかと、リアスは自問した。
何故、燃え盛る。
『──どいていろ、お前ら』
背後から声がしてリアス及び残りの二人は後退する。
緑光を瞳に宿す一誠は額に汗を垂らしながらも、籠手を突き出し歯を食いしばる。
突き出された籠手の前には、紅蓮の魔力が蠢いていた。
一誠はそれにBoostをつぎ込み、巨大化させ──……、
『Dragon Blaster』
放った。
先刻に放ったCrimson Blasterと違い、赤々とした龍砲が飛んでゆく。
閃光を撒き散らして、駆けるその砲撃はライザーを飲み込んだ。
飲み込んだはず、だった。
しかし、どこか蠢動を思わせる動き。そして、炎が盛り、肉体を形づけ、やがて元へと戻る。
繰り返し。ビデオの巻き戻しを見させられているような気分だった。
一誠は足に手を当て、息をつく。
心臓の色合いも静まり始め、瞳に宿した緑光も収まっている。
ライザーは自身の胸元にある宝玉を撫でながら見下す。
それを見たリアスは、目を見張った。
「……やっぱり。やっぱりッ! ライザー、あんたそれ禁具じゃない。フェニックス家はそれを戦争以外では使用しないって確か表明していたわよね。──暴走して以来」
ライザーは惚けたような表情をした。
宝玉の中で旋回する灰の瞳は二つ。先ほどよりも増えていた。
そして──時折火花が散っている。
「さあ……、なんのことだか」
「とぼけてんじゃないわよクソホスト。見たことなくても、中の灰やあんたのデタラメな精神、そして回復速度見れば分かんのよ。赤龍帝とあたしらの攻撃、どれだけ受けたと思ってるわけ?」
「だとしても──この試合は漏れないからなぁ。『“何が”起こっても文句を言わない』と言ったのはリアス、お前だ。勝ち負け以外は不問も同然だろう」
「……………………」
リアスの握る拳からは血が流れていた。ポタリポタリと地を濡らす。
彼女はそれに気づいてすらいない。歯をかみしめ、ただ己の未熟な交渉、感情に心の中で打撃を繰り返していた。
そして一誠を支える祐人、小猫は何のことだか分からずに瞳の不安を色濃くしていた。
ライザーは言う。
「ああ、お前ら眷属にも教えといてやる。後にお前たちも俺と親戚のようなものになるのだからな」
ライザーはこれまでは全て前座のようなものだと語る。
そもそもの話し、グレモリーに勝ちなど元からなかったのだと。
空はオーロラ状に映る。
しかし、それを眺めている余裕などない。──卑怯だとしか思えなかった。
「フェニックスは傷の悪化によりリタイアすることはない。わかるよな? それは。ならば、リタイアするとき、フェニックスが倒れる時とはいえいつなのか。──心が折れた時だ。恐ろしいと認識したとき、恐いと感じてしまったとき、体の炎は機能を抑え始める。逆に高揚していればそれだけ栄えるのも炎。心が多大に関与するのがフェニックスの特徴でもある。なればこそ、それを完全に制御下に置けば──炎は消えない」
再生のタイムラグすらもなくなり、そして痛みもなくなり。
炎はより盛り上がる。
輪廻。
「──絶望したか? わかったか? 本当の持ち得る力はフェニックスより上の存在などなし。疲労も傷も、精神の辟易さえもなく。力をあげゆく俺に勝とう。それは無謀だよリアス。赤龍帝より、フェニックス。どちらがより有益かを理解してくれ」
殺せばより強くなり。
殺さなければ、ひたすらに痛めつけられる。
紅の龍撃ですら──。
リアスの口元からまるで歯が欠けたかのような音がした。
祐人と小猫は唖然としている。
当然だった。
打撃は通らない。むしろ、火傷をする。フェニックスの炎は龍の鱗すら傷をつけるのだ。
小猫の拳は血が滲み、酷く爛れていた。痛々しいにも程がある。
また、祐人もだ。己の最強の剣すらも届くことがなく。
そして、氷剣は溶かされる。
詰まれていた。
「リアス。投了しろ」
ライザーの声が虚しく校庭へと響いた。
この試合を観戦している両家も結末を知りえた表情をする。
しかし、サーゼクス・ルシファーのみ、瞳を強くしていた。
そして、ひとりの少年を凝視する。
まるで噴火直前の火山を目撃したかのような瞳で。
◆
『Welsh Dragon Balance Breaker!!』
遠い彼方でそんな音が聞こえていた。俺は耳を塞ぐ。
鬱屈した心をはねのけるようなその機械音は、俺の首を絞めるかのようにじわりじわりと嫌な記憶を紡いでいく。
血の匂いを感じ、体温を意識した。
鈍色の空。
重い鈍器が、のしかかったかのような空気に頭が痛かった。
それでも──リアスが傍にいるだけ、まだマシだと思えた。
指を絡め、心臓の音が聞こえるほどの距離で俺を抱きしめている。
なんだか、もう。
もう、それでいいんじゃないかと思えた。
世界は壊れに壊れて。
目を背けたいほど、血が流れて。
たくさん死んで。
もう、終わりでいいよ。
そう思った。
けれど──……、
『死にたくないな……』
独り言だったのだろう。
本当に小さな声音だった。
そして、もう俺が意識を失っていると思っていたからこそ、思わず出てしまった言葉だった。
リアスが、そう言ったのを、“まだ”俺は憶えていた。
そして、軽くなる彼女の腕の力と共に。
俺はドサリと、地に落ちた。
死んだ。
リアスが死んだのが分かった。
惨すぎて、酷すぎて、悲しすぎて、おかしすぎて。
そして──俺は、うっすら、本当にうっすらとまぶたをこじ開け、
万華鏡の景色に刻まれてゆく彼女の最期を──目撃した。
一生許さない。
赦さないと。
恨みをぶつけたのは。
“兵藤一誠”、俺自身にだった。
◆
「さあ、終わりにしよう」
宝玉から甲高い鳥の咆哮が響いたような気がした。
ライザーがそう口にしたその瞬間、空の一部が黄金色に光り出す。
レイヴェルが右腕で視界を庇い、その他の面々は光りを見つめていた。
リアスが呟く。
「……あれ……、あの光り……」
見たことがある。
触れたことがあったはずだ。
彼女だけではない。祐人も小猫もみんながあったはずだった。
そして、光りが一点に集まるように収束したその時だ。
「きゃああああッ!!」
「レイヴェル!」
レイヴェルの悲鳴にライザーが叫ぶ。
力なく地に落ちたレイヴェルへと目をやれば、酷く焼かれた皮膚が見えた。それは、炎のものではない。
そんなものではないのだ。
フェニックスは炎で火傷などしない。では、これはなんなのだろうか。
レイヴェルの体からは淡い炎が噴き出てはその勢いを沈め、それを何度か繰り返している。明らかに回復が遅い。
彼女は表情を苦悶に歪め、あまりの痛みに涙目になっている。
それを見たライザーは空中を睨んだ。
そこには悪魔の翼でよたよたとグレモリーの方へと降りてくるアーシアの姿がある。
使い慣れない翼で、しかし視線だけは強めたそれでいる。
フェニックスがレイヴェルのような状態になることは、主に二つしかない。故にライザーは舌打ちをした。
ひとつは魔王クラスの一撃を受けた場合、そしてもうひとつは、
「聖なる力──聖気か」
いまだに苦悶の表情で呻きをあげるレイヴェルを一瞥。
彼女は初めて知る自身の体を蝕む“毒”に対応出来ないでいる。
リアスを見ればその横に降り立ったアーシアを抱きしめていた。
しかし、グレモリーはグレモリーでアーシアの帰還に喜び半分、困惑半分といったものだ。
「……お兄様」
「お前は休んでいろ」
ライザーはそう呟くレイヴェルにそれだけを告げると前に出る。
そして嗜虐的な笑みを浮かべた。
本当ならばここでゲームを止めるべきだったのかもしれない。
レイヴェルは見抜けなかった。
宝玉を見ていなかった。
既に兄が──兄らしい瞳で己を見ていなかったことに。
◆
「アーシア何ともない?」
「はい、大丈夫です」
アーシアの様子をリアスは執拗に尋ねていた。心配していた。
見れば彼女の両手に嵌められた指輪──聖母の微笑みの片方に変化が起きている。
片方がエメラルドグリーンなのに対し、右側が黄金色に光っていた。
「……そっか。……ほんとにありがとう」
リアスはアーシアの右手に嵌められた指輪をそっと撫でた。
持ち主でない彼女が触れただけでもチクリと痛い。
リアスは理解した。
左手の指輪と右手の指輪での違い──左手は以前のままの聖母の微笑みがあるのに対して、右手の指輪は聖気が宿っている。
癒やしのオーラと聖のオーラ。
いや──本来、悪魔を癒やすことのできなかった神器が有るべき姿へと戻っただけなのかもしれない。
聖気は人間や天使であれば薬になるが、悪魔にとっては単なる毒である。
“神”の一端の力である聖獣により、崩された神の力が右手の神器のみ戻ったのだろうか。
アーシアはリアスの包容から逃れるとすぐに祐人たちの方へと顔を向けた。
アーシアは顔を歪める。
──酷い傷跡、火傷痕だった。
初めてここまでの重傷を見たような気がする。
感慨もそこそこに彼女は彼らの痛みを和らげようとするが、
「ダメだアーシアさんッ」
祐人が勢いよくアーシアを突き飛ばした。突き飛ばされたアーシアをリアスは受け止め、すぐにその場から後退する。
空からは直径十メートルほどにもなる灼熱の火球が降り注いでいたからだ。
今のアーシアは人を治すのに時間がかかる。
左手のみでの治療は訓練を重ねなければ以前のような回復は臨めない。これは戦う手段を手に入れた代わりの代償と言ってもよかった。
さらには祐人や小猫の怪我ではすぐになど治せない。
そして──ライザーがそれを許すわけもない。
「何をしている、一誠君ッ!」
ただ俯いていた一誠を脇に抱え、祐人と小猫はその場から飛び退いた。
互いに体の一部を庇いながらの跳躍は不細工に線を描く。
火球が地を揺らした頃、目をやれば地下数メートルほどまで地面を溶かしきっていた。
気づくのが遅ければと思うとゾッとした。
「一誠君ッ」
「……木場?」
祐人は警戒しながらも一誠の肩を掴み呼びかけた。
なぜ、こんなときにぼうっとしているのかと怒りも僅かに沸いたがそれを押し込めて、彼の意識を戻す。
小猫はそれを一瞥した。
「どうしたんだよ一誠君」
「いや、悪い……えと」
「なんだい?」
祐人が聞く。
一誠は信じられないことを口にした。
「──今、何してるんだっけ」
◆
「今、何してるんだっけ」
言葉が出なかった。
唖然じゃとてもきかない。
呆然でもだ。
とにかく、祐人の頭に存在している言葉では表現出来なかった。
それは小猫も同じ。
離れたリアスたちには辛うじて聞かれていないとしても。
信じられない言葉が彼から発せられた。
「……ああいや、えっと。確か……俺って──」
「来ますっ!」
頭を抱える一誠をよそにライザーは畳み掛けてくる。
小猫は声を張り上げ危険を知らせた。
祐人は、突然の事態にどうすればいいのかもわからずにただ困惑しながら一誠と共に下がる。
しかし──、
「どうしたんだ一誠君ッ!」
「……あれ、なにしてんだ俺。……なんでライザーと“また”……、また? また? また? ライザー? は?」
「しっかりしろッ!」
「祐人先輩ッ! このままじゃジリ貧ですっ!」
様子のおかしい一誠に祐人が必死に声をかけるが、一誠は余計に表情を歪ませている。まるで想い出したくない何かを必死に押し込めるように。けれど、押し込めた心は悲鳴をあげて、外へ出ようとしている。
ライザーの迫り来る魔力。そして灼熱。
リアスがサポートとして消滅の魔力を放つが、受けた瞬間に再生するライザーはもはや手に負えなかった。
迫り来る一団。
それは身を焦がす太陽。
逃れる術などない。
祐人はボロボロの体で防御の体制をとる。小猫も同じだ。
「お、おい。木場、小猫ちゃん……。やばいだろって、その火球……避けねえと……」
「避けられるわけがないだろう」
「当たり前です」
範囲は広く、もはや二人のような満身創痍の体ではどうしようもない。
彼らは苦虫を潰したような顔をしたのち、一誠の方を向いてこう言った。
「──君に何が起きてるのかわからない。けれど、約束したよね、彼女のためなら命を張れるって。リアス部長のためなら命くらい懸けられると。──目を覚ませ兵藤一誠ッ! 君は最強の兵士なんだろう!? 赤龍帝なんだろう!? このままなんて許さないっ! 彼女のためならばフェニックスや神すらも打ち倒せッ」
「……私たちが生き残っても意味なんてない。けれど……先輩は違います。私、信じてますから。先輩が──勝つって信じてます。悪魔では先輩な私ですけど……憧れました。あの、『紅の力』。グレモリーの色。……勝ってください、先輩」
二人は言う。
君だけはリタイアなんかさせてやらないと。
君だけは死なせない。
負けさせない。
もう、フェニックスを倒せるのは──兵藤一誠しかいないから。
託した。
朱乃と同じ。
リアス・グレモリーを託した。
「お、俺は──」
一誠に頭痛が襲う。
とてつもない頭痛。そして、胸の高鳴り。
再び、再び。
回り、巡る輪廻の先に。
脳が拒否し、忘れようとしてしまった心の何もかもが、甦る。
“兵藤一誠”。
赤龍帝。
乳龍帝。
おっぱいドラゴン。
赤龍神帝。
グレードレッド。
666。
ルシファー。
白龍皇。
龍王。
恋人。恋人。恋人。
──リアス・グレモリー……。
そして──『死にたくないな……』
死んだリアス。死んだ、世界。
『リアス様の騎士一名、戦車一名リタイア』
目の前で消えてゆく二人。
悲惨さはよく似ていた。
あの世界によく似ていたのだ。
倒れゆく背中。
解かれる指。
辛さに歪む表情。
残酷なほどに──似ていた。
これはもう、ゲームでなくなるのかもしれない。
ここから、彼は壊れる。
きっと、もう。
──壊れていた。
『Welsh Dragon Balance BBBB……、Reset──Dragon Heart Drain Start』