Refrain - Welsh Dragon:Ddraig×Ddraig   作:桜咲く日に

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 二連続投稿です。


哀愁愛輪廻

 

──苦しい。

 

 心を飲まれてしまいそう。

 意識をどこか遠くの場所へと連れて行かれて、そして全部忘れて。

 体も物凄く痛いんだ。

 

 リアスが、リアスが、リアスが──……

 

 怨念のような思念。

 そう、それだけを心に映した何かはただそれだけのために己の想いをBoostしていく、いこうとした。

 

 そんなにも、彼女の為だけに生きていたいのか。

 そんなにも、目に入らないのか。

 お前には、彼女以外にも大切な何かがあったのだろう?

 それでも、死に直面した兵士は、呪いにかけられたように、亡霊のように。

 彼女しか見えていない。

 ただ、あの夢の中の記憶しか、あなたには残っていないのか。

 だとすれば、憎いと、守れない自身が死ぬほど憎いということなのだろうか。

 そんなにも、目に光をなくして、きっとかっこ悪い。

 本能で動く動物みたいで、人らしくない。悪魔らしく、ないよ。

 そして、その本能が、彼女のために、という想いのみで固定されてしまっている。

 

 哀れだと思った。

 明るいものも、愛しいものも、優しい心も閉ざして。

 護れない己の瞳から血をずっと流しているのは、見ていて痛いと思う。

 本当に、その目にはこの世界の“彼女”が映っているのかい?

 いないのだろう。

 ならば、君は兵士じゃない。

 悪魔じゃないんだ。

 一度死んだお前は、ここの俺と混ざり合って、全てがぐちゃぐちゃになって。

 それでも、彼女の事だけは、最後の映像だけは憶えていた。

 

 俺に何を教えたい?

 どうすれば、君を救える。

 痛いのを知っている。

 涙も憶えている。

 こうして、この心臓が溜め込んだ夢を、想いをひたすら血肉にしようと力を放出しているこの時だけは……全てを想い出せるんだ。

 君の想いと、心になくしていないものを心臓が、力にしてくれる。

 

 だから、今は本当に一つになれる。

 

──それなのに。   

 

 君は……兵藤一誠は、誰も、彼女さえ見れていない。

 

 やめろよ、この独りよがりが。

 

 

 

 

『Welsh Dragon Over Change!!』

 

 清き緑光は、深い不快な緑へと変色を遂げた。

 紅の靄が彼の体から吹き出し、霧を生み始める。

 両腕の籠手は鱗のようなものを次々と生やし始め、その体を徐々に覆っていく。

 爪が異様に伸びる。そして、爪先の赤が剥がれ落ち、紅黒く色を変えさせた。おぞましい何かへ変化を遂げ始める。

 胸から光り出すシルエットは、心臓の形をしていて、──ドクン、ドクンとどこまでも、そのたびにフィールドを染め始めた。

 やがて、体中を両腕の籠手から徐々に覆う鎧の類。背からは龍の翼が生え始め、角を鋭くつける。

 心臓の光が全身の血管を浮き上がらせ、まるでその血を全てへ廻すように生々しく動きを早める。

 やがて、全身を包んだ靄と霧は、丸みを帯びて、火星のように形を成した。

 

「……た、卵……? なんなのあれは──」

 

 唖然。

 リアスの声音は、フィールドである校庭へと静かに響いた。

 地が震える。

 校舎の窓が、歯をカチカチと揺らすように鳴っていた。

 直径三メートルほどに包まれた卵のようなそれは、少しずつ、本当に少しずつ空へと浮かび上がり、地から十メートル程で静止した。

 驚くほどに、綺麗に止まり、音もなく、嵐の前のような静かさを、沈黙を醸し出している。

 

 ゆっくりと、廻り続ける球は、糸に包まれたボールのように、ほどけ始め、やがて中身を現した。

 

「……イッセー……? 本当に?」

 

 ほどけた霧の糸は、宙へと姿を溶かし、そこから何かが生まれる。

 

 吼えた。

 

『──リ──恨──絶──殺──ッッッッッ!!』

 

 自身の体ほどもある巨大な左腕は、どのようにして持ち上がるか分からないほど。

 鋭い牙を口元から覗かせ、バッサバッサと翼と肉体を揺らしながら宙に浮かんでいる。

 深い緑を瞳に宿し、紅の鎧は、まるで龍の形を成していた。それは咆哮をあげる。

 その間も、光り続ける胸元は、やはり神々しいほどに紅で、鼓動をする度に全身の血管が脈を現す。

 

──その姿は、覇龍を嫌い、そして、かつての自身の道すらも嫌った何者かの求めた姿。

 

 とても、歪で、不幸で、許し難い、何かを求めるような恐ろしい化物だった。

 

 覇龍とはまた違う。

  

 その瞳から漏れ出す緑光は、涙のようにしか、見えないかもしれない。

 

 心臓は、彼の願いを叶える。

 心臓は、彼の想いに応える。

 心臓は、彼の気持ちを代弁する。

 

 今の“彼”の胸には、誰がいる。

 

 叶えすぎる、応えすぎる、代弁しすぎるが故に、その心臓は恐ろしい。

 憎いと、悲しいと、嫌だと想えばそれを夢幻に。

 そして、

 

『BBBBBost!!』

 

 壊れたように増大させる。

 ただの欠陥品なのかもしれない。

 

 

 

 

 フェニックス。

 無限の命を司る不死の鳥に龍は食らいついた。

 

「──なんだこの化物はぁぁ!」

 

 ライザーの叫びなどないものと同じ。ただ、喰らうためだけに、暴力を尽くす。尽くす。尽くす。

 

 そのたびに、フェニックスの炎を吸い上げながら、天へと咆哮する。

 それは、誰の意志を持って生きているのだろうか。

 その天を睨みつけ、欲するのはドライグの想いか。

 封印された悪意をぶつけようとするのだろうか。

 それとも、その双眸から溢れ出る緑光は、過去の涙か。

 

「──────」

 

 ライザーが断末魔をあげた。

 一誠だったものは、爪を振るい、フェニックスを喰らう、

 完全に──喰らった。

 

「……や、やめて、イッセー……。どうなっちゃったの……?」

「ぶ、部長さんッ」

 

 リアスが、覚束ない足取りで彼へと向かう。危険と察したのかアーシアが一誠の様子に涙目ながらもリアスを引き止める。一誠は、それに見向きもせずに、フェニックスを壊し尽くす。それでも、僅かな火の残りからライザーはそこから逃れ肉体を復活させた。

 それを、ただ繰り返した。

 

 ライザーは死なない。

 そして、死ぬたびに彼の持つ灰が蠢く。さらに、さらに。

 そして、さらに、灰の中の動きは早くなる。

 どんどん加速的に、早くなる。

 死ねば死ぬほどに宝玉は炎に輝き、ライザーは瞳の色を失い始めていた。

 

『────赦──』

 

 ただ意味不明な言語を口に出しながら感情を爆発させる。

 そのたびにけたたましいほどのBoostが鳴り響き、辺りは廃墟とかしていく。

 

 レイヴェルはただ尻餅をついて両手を口にやり、震えている。

 

 “兵藤一誠”は、まるでリアスを守るかのように彼女の前に降り立ち、喉を鳴らしていた。

 力も夢もなにもかもが彼から噴き出す。体を覆う歪な鎧からは紅の靄が漏れ出していた。

 

 その時だった。

 

──パリン、と。

 

 ただパリンと。

 何かが砕けるような音がした。

 無の心に破壊と再生の雄叫び。

 フェニックス。伝説の灰鳥が咆哮する。

 灰はライザーの体を螺旋状に旋回し始めた。

 レイヴェルが目を見開き、とめようとする。飛び出そうとするが、しかし──、

 

『──レ──駄──』

 

 レイヴェルの体を大きな左手で抑えつけた兵藤一誠がいた。

 ギロリと睨む双眸にレイヴェルは全身の総毛を並立たせる。

 しかし、どこか慈しみの宿るその瞳。そして。

 

 どこか、もう自分をどうすればいいのかわからない。

 そんな感情が彼からレイヴェルへと伝わってきた。

 だからレイヴェルは震えたその手で自身を抑えつけていた大きな左籠手に触れた。

 

──冷たい。

 

 それが最初の感情だった。

 そして、悲しみが渦巻いているのが見て取れた。

 触れた瞬間に伝わるそれは、酷く疲れた心。

 恨み疲れた少年の、粉々な心の断片だ。

 レイヴェルは兵藤一誠を見上げる。

 ドラゴンそのものにすら見える兜に着いた緑目の光りは、やはり泣いているように思えた。

 

 誰しもが言葉を出せない中でも、時間は続いてゆく。

 そして──灰は復活した。

 

 つんざくような音がまず耳に届いた。鼓膜を直接揺らしたかのような衝撃に思わず耳を塞ぐ。

 

 ライザーの瞳はもう悪魔のそれには見えない。

 “明らかに”鳥のようなものへと変化し、そして徐々に体は炎に覆われてきている。

 

 フェニックスが生まれる。

 

 

 

 

 観戦していた両家は額に汗を垂らし、ゲームエリアを見つめている。

 中止には出来なかった。

 理由はいくつかあった。

 ひとつはここでゲームエリアを解放することは出来ないということ。

 すれば、危険な“二匹”が飛び出していく可能性がある。

 そして、ひとつはゲームエリアの“鍵”が内側にあるということだ。

 レーティングゲームのフィールドはその時その時にと、術式を変えて行われる。その際にライザー及びリアスからの申し出があった。

 それはレーティングゲームフィールドへの介入を眷属以外では絶対に認めないということである。

 ライザー側からすれば宝玉の件があるので途中介入によりグレモリー当主や魔王のサーゼクスが止めないとも限らない。故にこれを提案した。もちろん、事情を知るフェニックス家は快諾。

 リアスにより言質をとっている『勝ち負け以外では口を出さない』という言によって、試合さえ終われば何とでも言えた。

 しかし、魔王側が一方的に「いやいや、ちょっとまて」と中止を宣言し、ゲームへ介入してきた場合はやり直しとなる。

 そうなってはフェニックス家としてあの灰をもう一度使うことは出来そうもない。

 そしてリアスとして赤龍帝の強さにより、駒のことを強く言われ、反則扱いされるのを嫌った。

 故にこのゲームの勝者が内側からこのフィールドの術式を解くというルールが設けられたのである。

 つまりは、

 

「グレイフィア」

「はい……」

「このフィールドに我々が介入し、彼らの暴走を止める場合はこのフィールドを破壊するしかないんだね?」

「……申し訳ありません。その通りでございます。このフィールドはいわゆる、内側に鍵が厳重にかけられた金庫同然。我々が中に入ろうとするには……フィールド自体を壊さねばなりません」

「……それはまずいね。そうしてしまってはあの二人がこの駒王学園──現世で殺し合う可能性がある。そうなれば……」 

「おそらく町が死滅するかと」

「淡々と言わないでくれ」

 

 サーゼクスはため息を吐き出し、こめかみを揉みほぐす。

 

「フェニックス卿……厄介なことをしてくれた。いや、こちらもこちらで大概なことにはなっているが」

「しかし……赤龍帝のほうは理性らしきものが見受けられますね……。覇龍ではないのでしょうか」

「覇龍じゃないと思うよ。アレだったらこんなフィールド、簡単に壊れてるさ。もっとも、兵藤一誠君のような亜種では過去のデータなど役に立たない」

「でしたら、ライザー様のほうが──」

「ああ、そう……だね」

 

 サーゼクスはチラリとフェニックス卿へ目をやった。

 彼は青い顔をしながら、ライザーを見つめている。

 サーゼクスは言う。

 

「……大方、精神的に弱いところのあるライザー君の心を盤石にするためのドーピング程度に考えていたんだ。しかしあの灰、本物と聞く」

「はい。ただ宿主がいなければならないものですので、宝玉へと封じ込めたと聞き及んでいますが……」

「まあ、詳しい事情など今はいいか。ただ……バカなことをした」

「そうですね。あの灰を使うなんて──」

「いや、そうじゃなくてね。数時間程度の“ただ”のゲームならまだよかったかもしれない。けれども──赤龍帝なんかの目の前にあの灰を出してしまえば伝説の崇高な魂がじっとしていると思うかい?」

 

 ゲームエリアでは既に体が全て炎に覆われ、完全なる火の鳥とかしたライザーが優雅に翼をはためかせていた。

 

「──起こしちゃいけないんだああいうのは。ねむらせたままに力をつかうのが正しい。それを、」

 

 サーゼクスは一度言葉を区切り、そして言った。

 

「それを目覚めさせるようなことをするから──」

 

 

 

 

 不快な奇声がフィールドを染める。

 それに呼応するかのように赤龍帝も絶叫をあげた。

 伝説を宿した者共は、互いの視線を交える。

 そして奇しくも──その視線は双方共に宿主のものではない。

 本能の支配する世界へと導かれていく。

 

「イッセー……? もう、いいよ? 終わりにしよ、こんなゲーム。中止にしよ、ねえ……イッセー。帰ろ、帰ろうよ……」

「お兄様……」

 

 リアスは普段の口調へ。

 二人の声音は力なく二匹の威嚇から漏れるものにかき消される。

 そして──フェニックスが動いた。

 

 フェニックスが仰々しく偉大な翼を広げ、光速とも言える速度で炎を撒き散らしながら飛行する。

 

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!』

 

 機械音が鳴り響き、目に見える形で兵藤一誠の力が倍加される。

 そのたびに両籠手から発せられる緑光は視界を染め上げた。

 

 それからはただの地獄絵図。

 

 兵藤一誠の想い──暗い嘆きに苛まれたドライグ自身の龍としての本能と、心無きフェニックスの殺し合いが幕を開けた。

 

 それは、やはり“本物”の心をなくした者同士のぶつかり合いだった。

 

 

 

 

 悲劇。

 龍の帝王と鳥の王がただ殺し合いを行う。無機質な声音。

 しかし、時折、驚くほどに何か激情しているのは龍のほう。

 

 破壊に破壊を二乗させるような戦い。フェニックスはとっくにライザーのスペックを超え、兵藤一誠の一撃を貰っても、うんともすんともしない。ただ炎の胴体に穴が開き、それが再び埋まるだけのこと。

 

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!』

 

 いくら力をあげようとも、フェニックスには届いていない。

 ただ苦しげな声が漏れるだけ。

 こんな戦闘に意味なんかとうにない。

 心をなくした二匹の戦いなど、意味はないのだ。

 

 この世界は想いの力で運営されているのを知っているだろうか。

 夢という莫大な想いは集められ、紅の神に渡される。

 そしてそれこそが次元を守護し、世界を壊さないでいる。

 そして神器も魔力もまた然り。

 想いの強さは奇跡を起こし、力を進化させる。

 二人の姿は力だけを引き上げたその成れの果てだ。

 想いなど欠片もなくしている。

 あったとしてもろくなものではない。

 

 校舎を全て燃やし尽くすフェニックス。

 宙に浮かぶ彼は太陽のように光りをまぶしていた。

 

『Blaster Blaster Blaster』

 

 ただ力をあげ、威力をあげただけの砲撃が続く。

 速度も破壊力も桁違いにあがっていた。しかし、──フェニックスを消すことなど出来るはずもなく。

 

 ただ、それが続く。

 

「イッセー……やめてってば! こんなの見たくないッ!」

 

 リアスが叫ぶ。

 しかし──彼は一目、彼女を一瞥するだけで前を向く。

 彼自身、もうどうすればいいのかわからなかった。

 ただ、本能に任せようとしてしまう。

 

 ただの動物だ。

 

 

 

 

 独りよがりが。

 ふざけるな。

 残留思念の分際で。

 “兵藤一誠”は、俺だと。俺だけだと叫んでいた。

 混ざり合ったとか。

 別の世界の俺とこの世界の俺が混ざり合ったとか。

 そんなことはどうでもよかった。

 別の世界の俺の人格も、この世界であるべきだった俺の人格も、きっと。もうないのだから。

 俺同士が混ざり合ったことで生まれた人格が、今の俺だとして。

 だとして──。

 

 過去の想いにこんなにも引っ張られるのが俺だとしたら。

 そんなのは、嫌だ。

 嫌だった。

 

 阿鼻叫喚を生み出しているのが、俺自身。

 それを見せられるのが嫌だ。

 

『嫌なんだろう、だったら認めろよ阿呆が』

 

 声が響く。

 何を、認めろと言うのだろうか。

 

『その癖を治せよ、相棒。お前は聞き過ぎて面白くない。──わかっているくせにな』

 

 嘘だと言いたかった。

 そんなのは知らないと。

 わかってなどいない。

 俺は。

 いや、俺たちは──。

 

『くだらん、たかが人間のくせに。認めろ。お前は──二人の人格“兵藤一誠”を殺して出来上がった兵藤一誠。お前の名だろう』

 

 やめてほしかったんだ。

 本当は。

 だからこそ、きっとどこかで拒んでいた。嫌がっていた。

 認めたら、なんだか壊れそうで。

 

 自分を殺して出来上がった俺を部長に見てくれだなんて──言えなかった。

 偽物じゃないのか。

 彼女に抱いた想いも、彼女を想った言葉も、借り物じゃないのかと。

 俺であって、俺じゃないのかと思えた。

 だからあの夢は嫌いだったんだろう。憶えていなくても嫌悪感でたくさんだ。

 

『何を言ってるんだこのバカは。全部が全部お前のことだろう。優しく言わないとダメなのか貴様は。──お前はお前だ、なんて言わんぞ俺は、恥ずかしい。目覚める準備をしておけ相棒。あんなおぞましい力などなくとも、我ら本来の力を見せつけよう。──フェニックスに反撃の狼煙をあげる』

 

 口元を恐ろしく裂けさせたドライグはそう言った。

 見える先にはフェニックスに吹き飛ばされた自身の姿が見える。

 そしてリアス部長がフェニックスから庇うように俺を抱きしめていた。もうやめてと叫びながら。

 

『この夢もやがては心臓に喰われる。ならば今のうちに言っておこう。──過去も残留思念も現世も何もかもがお前だ。赦せ、己を。認めろ、自分を。お前は赤龍帝だ、挫けることなど許さない』

 

 ドライグはそれから俺の首根っこを口で咥えると、その大きな背中へと乗せて、翼を広げる。

 そして、首だけをこちらへ向けて言った。

 

『中身のない者へ届くのは、想いの力のみ。我らはそれだけの想いで結ばれているだろう? この絆、決して離さない。ありがたく思え、赤龍帝ドライグからの最大の誉め言葉だ。受け取れ──兵藤一誠』

 

 どこか、ただそんな言葉だけで嵌まらないピースがカチリと合ったような気がした。

 そして──死で停まっていた歯車が動き出した。

 

 ありがとう、と伝える。

 どこまでも優しい彼に。

 そして、想ってくれるドラゴンに。

 だが、ドライグは鼻を鳴らし、そっぽを向いた。そして言う。

 

『──どんな深層意識にいようとも引きずりあげてやると約束した。それだけだよ相棒』

 

 俺は想う。

 どこまでも赤龍帝ドライグは、かっこいい。

 そんなことを、まどろみの意識の中で。

 

 

 

 

「──もう止めてよ……ッ! やめてイッセー──ッッ!!」

 

 目が覚めた時、夢も何もかも忘れて。

 そんな声を聞きながら、俺は部長に抱きしめられていたんだ。

 そして──“夢”からはおそらく。

 

 醒めるのだろう。

 朧気な意識の中で、そう思った。

 

 

 

 

 暖かい。

 鎧越しであろうとも伝わる、この暖かさは何だろうか。ぼんやりとした頭の中で考える。

 目の前で、おれを抱き締めている人がいたんだ。

 ただ、こんな自分勝手に暴走していたバカな男を、自身が盾となって庇っている女の人がいる。

 

──彼女は、誰だっけ。

 

 働かない頭の中で、体がひどく痛んだ。そして、そのダメな思考を吹き飛ばす何かが起きた。

 暴走していた一誠へ、強烈な打撃が襲う。

 

「──え……」

 

 紅の髪。ストロベリーブロンドよりもより紅い血のような。

 そう、血のような。

 いつか、暁の中で彼女を見たような気がする。

 何もかも変わらない見た目の“別の”彼女を。

 

 何故、今、彼女がわからなかったのだろう。

 何故、彼女のことが。

──リアスがいる。  

 そして物凄く悲しそうな顔を貼り付けながら、泣いていた。

 彼女の、右腕が左肩へと流れている。手は張り手。

 そして──頬の痛み。

 

 鎧に囲われたこの顔に届く痛みは心か。

 

 泣いている。

 嗚咽している。

 王であるのに、兵士なんかを庇っていて──どうして、そこまで人を大切に出来るのだろう。

 教えて下さい、部長。

 

──その涙は、どんな涙ですか。

 

 悔しいのですか。

 それならば、敵を倒しましょう。

 体が辛いのでしょうか。

 ならば戦いを今すぐに終わらせます。  

 彼との婚約がそこまで嫌ですか。

 俺だって嫌だ。

 何度殴られたとしても、あなたを救ったでしょう? 

 婚約会場に乗り込み、助けたはずだ。

 

「その目、止めなさい」

 

 泣かないでください。

 二度と見たくはない。

 その、涙を、血を流す姿を見たくはない。

 痛いから。

 あなたの腕が、俺を支える腕がストンと落ちたあの瞬間──あの感触が消えない。

 もう、“リアス”の死ぬところなんか──知りたくない。

 嫌だ、嫌なんだ。

 

「やめろって──」

 

 ただ、俺はあなたのために、動きたい。残された俺の残像。

 そして、この消えない心は、後悔だけを映していて。

 

「──わかんないのかあ!」

 

 ……映して、いたのか。

 彼女の平手打ちは、再度心に届く。そして、冷たさの中で、終わりのドラマを残した“夢”にさえ、ひびをいれる。

 “終わり”がくるのだろうか。

 夢の、終わりが。

 

「──誰を見てるの。ねえ、私に教えてよ、誰を見てるの。いるよ、ここに。私は、いるんだよ。──リアス・グレモリーは、あなたの主はここに確かにいるんだよ? イッセー」

 

 咆哮。 

 悪魔の咆哮。 

 嘆きの歌は、思考から外される。

 優しく紡がれた言葉はどんな叫びより耳に響いた。

 触れていた。

 彼女に今、触れていた。

 夢よ、想いよ。

 心臓──彼女の想いを、食べるな。受け止めろ。

 

「──言ってくれたよね。私のために神様だって倒すって。嬉しかったよ、本当に嬉しかった。イッセー、自分を、私を見失わないで。どこか遠くへ行っちゃうようなそんな力を見せないで」

 

 ああ、彼女の涙の理由は、全て違うじゃないか。

──泣かせていたのは。

 そう、リアスを泣かせていたのは……『俺』、だった。

 

「私を映して──。瞳に映して。そんな目をやめて。私は『イッセー』をよく見ているよ。だから、“私”のことを、見つけて。とても暗い中にいてもね、あなたの心で私を探して。そんなひとりよがりじゃなくて。──私はあなたの全てを愛してあげる。……辛いなら、頭を撫でながら話を聞いてあげるから」

 

 あなたはどこまでもそういう人だった。

 何故、ここまで優しいのだろう。

 世界を越えて、別のあなたを見つけた。

 俺の意識は、そして、まもなく薄れてしまう。壊れる想いは、壊れないままに、かき消えてしまうだろう。

 心臓が、俺の想いを吸収し、龍帝が増加した。

 涙が出る。  

 代わりなどいない。

 あなたはあなただ。

 

 再び、触れて。

 二度、触れて。

 肌を知った。温もりを思った。

 どこまでも、愚王な人だ。

 王が、兵士を庇うんじゃないよ。

 『イッセー』という、呪いをかけて、星の先まであなたを想った。

 あなたが、そういう人だから、『俺』はあなたの兵士を降りられない。

 辞めることができない。

 

 だから、今だけ。刹那な、この瞬間を──、

 彼女のために、生きさせて。

 混ざり合った全ての自分から、今リアス・グレモリーのために。

 

 もう一度、彼女の兵士は立ち上がる。かつて、王を守りきれなかった真の忠信は、ここで再び炎を灯した。王の真理を天に掲げし、赤き龍。

 

「──お願い、目を覚まして。こんな姿になってまで私のために戦わなくていいから。──一緒に」

 

 リアスが顔を近づけた。

 鎧の兜に熱が伝わる。

 二人は繋がり合っている。

 きっと、今もどこかの世界で手を繋いでいるのかもしれない。

 帝王になりし、少年は。

 紅髪の姫によるキスで長い夢から覚める。

 運命は始まりを見せた。

 

『────』

 

 過去はあった。

 夢にこびり付く心の鎖は砕け散る。

 兵藤一誠は、無限の希望と、不滅の夢を抱いて“赤龍帝”の王道を往く。

 

「大丈夫っすよ、部長。俺、あなたを必ず助けますから。最強の兵士になります。何度だって、いつだって。俺には、リアス部長が一番ですから──。一番、好きです」 

 

 栄える。

 王の帝冠を、天へと高々と掲げ。

 紅蓮の王者は、灼熱の業火を心に宿し、ただ主のために。

 

 牙を剥いた。

 

「部長は、威風堂々と紅の髪を揺らしていなきゃいけない」

 

 そうだ。

 そうなんだ。

 やっと、全てがわかった気がした。

 俺が、何で夢を見るのか。見せられているのか。

 そして──あの人が好きなのか。

 

 彼は、この世界の本当の彼ではない。混ざり合い、人格の消えた存在。それでも、想いは強く、確かな奇跡を起こす。

 その“心”は、“今”の一誠へと溶けていき、さらに混ざるのだろう。

 

 イッセーであり、一誠。

 同質の御霊が共鳴する。  

 世界を跨ぎ、全てを変えようとする赤い龍の宿主は、ここで本当の“自分”を手に入れるのだろう。

 

 今は──ひとりのお姫様を救う、兵士となろう。    

 世界は、人を苦しめる。

 にやりと、終わりのエピソードを描いたまま、筆をとらずに眺めている。もがく姿を、見ていた。

 虎の檻に、投げ込まれた兎の結末を知りながらも、残酷に見つめている。

 

 世界の決定。

 滅び。悲しみ。終わり。そして、消滅。 

 運命は決められている。

 

 だが、これは予想していたか?

 世界のお前よ、想像出来ていたか?

 

 運命は、僅かにずれ始めている。

 歯車は、その歯をここで変えたぞ。車輪を入れ替えた。  

 

 それを知るといい。 

 

 人を舐めるな。 

 龍で遊ぶな。

 世界を変えるということは、世界一つを殺すということと何が違うか。

 なればこそ、貴様(世界)から殺そう。

 どこの世界も、同じ道を歩むと思うなよ。

 

 お前が予想出来なかった結末は、お前すらも呑み込んだ運命は──ここにいる。

 

 だから、この時を、刹那を。

 

──これこそを。

 

 やっと“ひとり”となった、赤い龍帝の本来の帰還を──、

 

──“運命”のせいにしよう。

 

『Welsh Dragon Balance Breaker!!』

 

 

 




 難産でした。
 かなり今回は不安です。
 しかし、それでも兵藤一誠を書き上げることがなんとか。
 もはや次回が最終回でいいと思えます。
 なんか最終回っぽくないですか、これ。

 それに、ほら、兵藤一誠がある程度解決したので。
 
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