Refrain - Welsh Dragon:Ddraig×Ddraig   作:桜咲く日に

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涙のほくろ

「──これからしばらく身内以外との連絡魔法陣によるやりとりを禁止にします」

 

 リアスは部室にて、眷属の皆を見渡しながら口にする。神妙な空気の中告げられたそれは嫌な重みを感じさせ、また頭を痛めてしまいそうな気持ちを運んできた。

 全員が眉根を寄せながら頷くのは、それ相応に理由があるのだろう。

 朱乃が言う。

 

「……私たちはリタイアしてしばらくは寝ていましたのでリアルタイムではありませんが……あれを見てしまえば、ねえ?」

「そうですね……しかしなぜ外に漏れたのでしょうか」

 

 朱乃は頬に手を当て首を傾げる。そして隣に居合わせた祐人を見やる。

 祐人も祐人で同意の動作をしたのちにリアスに問う。

 リアスは首を振りながらため息を吐き、横にあったソファーに腰を降ろした。

 

「ぜんっぜん分からないの」

「悪魔ではないのでしょうか?」

「分からないけれど……その可能性は大いにあるわ」

 

 それぞれの種族に送りつけられた画像──。そこには真っ赤な龍が巨躯とまではいかないまでも、力強い鱗のような鎧を纏い、咆哮している。

 瞳からは溢れ出すように緑光が漏れだし、知識がなければこれが赤龍帝だと思わないはずだ。

 ましてや──神器による果てだと思えない。

 これはこれで、ひとつの生き物として存在していると言える。そういった全貌なのだ。

 

「イッセー」

「……はあ」

 

 リアスが一誠を呼ぶがその返事はなんだか気のない。

 どう対処すればいいのかが分からないのだろうか。この数日ではついに一誠自身をスカウトしにくる悪魔が増えていたのだ。

 それも今では悪魔側で(無意味の可能性も考慮しながら)箝口令をしき、なおサーゼクス魔王陣営が貴族を宥めるために奔放している。

 

「だめだ、呆けてる……」

  

 一誠は疲れたように目をこすり、欠伸を繰り返す。寝不足なのか目が赤い。

 朱乃が一誠を抱きしめ言った。

 

「寝ちゃいなさいな。部長、私は彼を家まで送ってきますわ」

「…………」

「部長?」

「……すぐ帰りなさいよ」

 

 リアスはソファーの肘掛けをトントン指で鳴らしながら言う。それを見た朱乃は妖艶な笑みを浮かべ、厭らしく指を口元に添えた。

 

「あらあら。いいじゃないですか部長は。お家に帰れば今では一誠君と同じ屋根の下でおねんね出来ますもの。──赤龍帝に興味があるのは何も貴族だけではなくてよ?」

 

 うふふ、と笑う朱乃には毎度疲れさせられる。しかし、からかいだと分かっていても反応してしまうのは長い付き合いの性だろうか。

 実際にリアスは現在、兵藤宅に居候の身である。

 具体的に言ってしまうと乙女心も大いに関与してしまうが、表向きとしては主のいない間に一誠を取り込もうとする不届きモノを対策するためのもの。

 けして不純な理由ではないと本人は胸を張るのだろう。

 さんざんからかい終えたのか、朱乃は半分寝ている一誠の口元をハンカチで拭ってやると、背中に負ぶさり魔法陣を展開する。

 そして、時間とともにその姿を溶け込ますかのように消した。行き先はもちろん兵藤宅である。

 

 二人が減った部内は案外それだけでも閑散としてしまう。それだけひとりひとりが存在の影を濃くしているという証でもあるのだ。

 リアスは、はあっ……と息を吐くと背中を預ける。祐人や小猫、そしてアーシアも思い思いの行動を始める。その雰囲気自体はおそらくそこらの部活と大差はなかった。

 それくらいに飽和とした雰囲気が流れている。ライザーというひとつの山を越えたのだ。これくらいの休憩はしばらくの間してもバチは当たらないはずだ。まあ、悪魔にバチという概念が存在するのか疑問点はあるわけだが。

 

「それにしても……」

 

 リアスが独り言のように呟く。その声はほとんど聞くことはできない。

 しかし、彼らは悪魔だった。人よりも五感に自信があるのだ。

 ピクリと反応する他三人。

 リアスが虚空を見つめて言った。

 

「──“ドライグ本体”に成ろうとしている──ね……」

 

 

 

 

「イッセー君」

「なんかすみません、朱乃さん」

「いいですのよ──さあ、ここへ」

 

 兵藤家の玄関に飛ばされた二人は、そのまま家主の母に軽く声をかけてから自室へと向かう。無論、一誠の、である。

 母は少し不思議そうな目線をくれたが、それもそのはず。朱乃と兵藤母は初対面である。先日、リアスが居候を始めた。──それに続く年上風な美人に支えられている息子を見て、思うところがなければ放任主義が過ぎるだろう。

 それでも、朱乃の「同じ部活、三年生の姫島と申します」との見事な腰曲げによる大和撫子風な挨拶にいくらか押された母は、「あ……どうも」といった空気の萎むような返ししかできなかった。

 やがて、二人は──朱乃がまるで先導するかのように──自室の扉を開けて、ベッドに腰を下ろした。

 枕側に下ろされた一誠を、真横で見やる朱乃という図。

 眠気眼であった一誠は、瞬時にこの状況に目を覚ます。というより、色香を本能的に感じ取った。朱乃の滲み出すような色気に、日本の一人部屋というのは、少し狭すぎる。充満するのに時間はさほどいらないようだった。

 

「うふふ」

「……えっと」

 

 帰らないんですか? とは訊けないだろう、さすがに。そこは常識として。

 微笑むように笑う先輩女性を隣に、ただその目の前に居座る自分に、一誠は戸惑う。

 一誠が苦笑いを浮かべて数秒、朱乃が一誠の手を包むように撫でだした。指一本一本が這うように動く。何をしても、女くさかった。

 

「…………」

 

 しばし、黙る。

 ドライグは寝ている。役には立たない。というより、ドラゴンなどこの場合で役に立つものか。

 朱乃が口をゆっくりと開いた。

 

「ありがと、イッセー君」

 

 今度はぎゅっと握る。しかし、痛さはない。これ以上ないくらいに、ぎゅっと、そして圧力なしで握ってくる。

 一誠は早まる心臓の波を均す。

 朱乃の目に見える慈愛の前では、いやらしさなど皆無で。

 

「リアスを、ありがとうございます」

 

 彼女は頭を下げた。

 一誠は「……いえ」とだけ、言う。

 

「俺も──本当によかったと思ってます」

「……ほんとに、よかった」

 

 朱乃は、やさしく笑った。

 このまま、あのまま、ライザーとの婚約が決定していたら、きっと、眷属はおかしくなっていたと、全員が感じている。それぞれに、ライザーにもそれぞれに事情があるのは理解できるけれど、感情論として許すことはできない。

 世界は想いの力で運営されている。ならば、感情論はきっとこの世界では、正しいのだ。

 この世界では。

 

「イッセー君」

「はい」

 

 居直った朱乃が一転して、少し固い表情を見せた。

 

「──あの、禁手は……あなたは説明できますか?」

 

 一誠が見せたあの禁手。

 悪魔界──いや、世界に知られた(詳しくはわからないが、おそらくは)力は、悪魔界では、二つの籠手による亜種の成り方ではないかと、言われている。

 二つあるぶん、よりドライグに近い形をとれるのではないかと、そう認識されている。

 ましてや、サーゼクス自身が目撃したことだ。ドライグが宿主の身体を動かすような、そんな行動を明確に焼き付けた。

 そして、心臓の光り。

 明らかな呼応。

 サーゼクスは、発表せずとも、内心もしかして、ドライグの心臓が宿主に現れているのではないかとすら、思案し始めていた。

 だとすれば、早めに抑えなければ、ドライグそのものが宿主になるのではないかまで、まさかと思いながらも、やはり脳裏に過ぎる思考に不安をなくすことはできなかった。

 ただ、ドライグが『兵藤一誠』に見せる執着は、けして肉体ではなく、一誠個人に向いていると確信している。

 神器から解放されつつある、ドライグの御霊が、故意的に宿主を喰らおうとしているわけではないと、そういうことだった。

 

「……がっつり、言えるわけじゃないです」

 

 世界が、拒む。彼を拒む。

 彼がいなければ、間違いなくシナリオは終焉だけとなるのに。

 余計な種が植えられて、やがて芽を出し始めた。

 それを許すことは基本的にない。

 だからこそ、一誠から奪わなければいけなかった。

 だって、ないんだもの。ないはずのものを、一人だけ持っているなんて、おかしいよと、屁理屈だけを丁寧に並べては、精神的なものから、何かを切り離そうとする。

 けれど、一誠はどうにかその端を掴んで、破れはしたけれど、断片だけは手元に残した。

 これは、その切れ端のノートのような、そんな話である。

 

「ドライグが、二体」

 

 一誠は指を二本にする。

 

「──らしい、かもしれない……です。いや、意味不明か」

「…………」

「だから、籠手も二つ」

「……赤龍帝というのは、世界に二匹いたと、そういうことですか?」

 

 絶対に違うと思いながらも、しかしそれ以外に思いつかなかった朱乃は疑問を頭部に浮かばせながら質問する。

 

「違うんですが……えっとですね、ドライグの存在感が二倍らしいです、ね。はい、ドライグいわくの話ですが……」

「じゃあ、それは亜種として、何らかの作用があったとして、片を付けるほかありませんが──その、心臓は、人のもの、いや悪魔……というより人型の生物のものではありませんよね」

「……夢って、見ますか」

「夢?」

「眠るときに、夢を朱乃さんは見ますか」

 

 一誠は、ただ真っ直ぐに朱乃を見た。そうして、訊く。

 朱乃は何の意味が言外に存在するのか、どうにも計りかねながら答えた。

 

「はい、ときどき──ですけれど」

「その夢は、やっぱり夢ですよね」

「あの……ごめんなさい。先ほどから、意味が……」

「俺のは、夢の中でみる、現実でした」

 

「それって──」と、そう言いかけた朱乃を遮り、一誠は続けた。

 

「予知夢とか、そうじゃなくて。たぶん、どこかで本当に起こったものなんだと思います。きっと」

「……現在から過去に向かって起こった、いわゆる自身の経験ではなくて、ですか?」

「そうです、たぶんですが……」

「でも……それじゃあ、まるで他人の過去か、どこかの、それこそ歴史を俯瞰するようなものになってしまいます」

「歴史は大げさですけどね。もしかしたら前世なんてやつかもな、ってドライグが言っていました」

「……生まれ変わってなお、帝王に憑かれた……そうだと……それって、宝くじで億を百回連続して当てることよりも低そうですわね」

「でも……そうだったら、なんかカッコいいですよね」

 

 二人して笑う。空気はいつの間にか緩和していた。あくまで、憶測の話。例え、すべてを記憶していたとしても、証明などハナから不可能。なぜなら、世界的にありえないのだから。

 世界の中で息をするものに、その答えを組み立てられることがあれば、神様だろう。

 しかし、神はいない。

 この世界で──赤と白が殺した。

 

 一誠の心臓が鼓動する。

 何度も何度も、する。そして、いろいろな想いをなお、食べ続ける。貯める。溜める。

 夢を、溜めていた。

 

「そういえば」そう言って、朱乃が言う。もう心臓のことはいいらしい。たぶん、聞いても明確な答えはないと判断した。

 よくよく考えれば、不明点は多いものの、一誠は裏の世界を知り得て、日にちはアーシアよりもある意味少ない。

 

「イッセー君って、少しエッチになりました?」

「はい?」

「……私のこと、少し、そういうことしたいと思って、見たのでしょう?」

「マジでそんな目をしてました!?」

 

 驚愕──ではあるものの、趣味趣向が多少変化したのは、わかる。

 特に、胸。触りたくなる。

 

「してたしてた──してみますか?」

「…………」

 

 生唾を飲み込む。

 朱乃は肢体をよじり、手を一誠の太ももに乗せて、体重をかけてくる。やがて、その指先はつつつ……と一誠の顎下をなで上げた。

 ぞわりと背筋が疼く。

 股間にレーダーを確認。

 

「……もっと、誠実かと思いましたのに、残念ですわ」

「や、やめましょう! なんか、後戻りできなくなりますって!」

「ドラゴンって性欲が凄いと耳にしますが、はて、どうなんですか?」

「しったこっちゃねえですよ!」

「……帝王、夜の帝王」

「……いや、別に面白くないっすよ」

 

 何故だか、萎えたよ。

 よかったと、胸を撫で下ろす。すっごい厭らしいなかで、ふとんが吹っ飛ぶとロクに大差ないレベルのギャグをかまされる。

 こんなこと言う人だと思ってなかった。

 

「ねえ、少しくらい──」

「少しくらい、黙らっしゃいな。副部長さん」

 

 紅の髪がバサリと朱乃の黒髪を染める。

 それは、血のように見えた。

 

「……あらあら、部長。なにしに来たのかしら」

「キレそうになってきたわ」

「では、よそでどうぞ。ここは他人様のお家なので」

「じゃあ、他人様のお家なので、帰りましょ、朱乃」

「いえいえ」

「へえ」

「なにかしら」

「なんだと思うのかしら」

「ごめんなさい、わからないわ」

 

 不穏な空気になってきた。一誠は間に入る。

 

「あ、あの部長! ご用事は……」

「連絡よ」

 

 朱乃を睨んだまま、リアスは告げる。

 

「明日──天界側から、エクソシストがこの町に来るわ」

 

 

 

 

 リアスから簡潔に告げられた、言葉。

 翌日の放課後の時間帯に、エクソシストがこの町の駒王学園へと足を入れる。

 緊急を要するらしかった。

 そして──赤龍帝がその場に存在する。そのことも、大きいようだった。

 今、一誠への呼び名は種により変化を見せる。

 悪魔の多くは、『敵にして、最大の味方』と呼んでいるらしい。

 この先──つまりは後百年も育てれば、最高の兵器となると思う悪魔はきっと多かった。自身の長、及び敵の、天界の長を殺した存在が今回は味方に位置している。

 暴走さえしないのであれば、いつか未来に「どうせ起きるだろう」と思われている戦争(千年後か、それ以降かは知らないが)に置いて、最大の力となりうる。さらに、抑止力にもなり、戦争自体を起こさせないようにすることも、できると期待されている。

 魔王が抑えているゆえか、民は完全な味方だと、思い込んでいる。無論、外れてはいないが。

 

 そして、天界は──

 

「本物の神殺しに生まれ変わろうとする──異端者……いや、悪魔か。ぜひ、見てみたい」

「あれ、赤龍帝の復活じゃなかった?」

「そうだったか? 赤龍帝の脱皮じゃ──」

「それ、ただの蛇じゃん」

 

 とくに、決まっていないらしい。

 

 

 

 

「……エクソシストか」

 

 俯いた金色の髪に隠れる、涙のようなホクロ。それは、暗示のようだった。

 いつまでも──あのときの涙を忘れるなっていう、いわゆるひとつの……。

 

「龍の因子は、持っているのだろうか。持っているならば──」

 

 手元に生み出される黒と主よりも濃い紅の色は、竜巻のように巻きながら、痛みを伝える。

 

「…………」

 

 悪いけど──。

 この日は、初夏の気温だというのに、やたら冷えたそうだ。

 




短いでしょうか……?
いちおう、五千文字は超えるのですが。

次回はもう少し早めに投稿する予定であります。
まあ……ストックなんて作ったことないので、
一から書くのですが。
次回は、バトルを入れたい、のですが、この小説でまともなバトルしたことあったかな……。

ちなみに本物の神殺しとゼノヴィアが言っていますが、
コレは神滅具が身を持とうとしているの比喩であります。
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