Refrain - Welsh Dragon:Ddraig×Ddraig 作:桜咲く日に
場所は校庭──ではなく、旧校舎裏の平地である。さらに、そこへと集うのはどれも悪魔というわけではなく、生物学上、人間に分類される者も混ざっていた。いや、混ざっているというよりは、対峙していたのだ。
その内のひとりが眇めるような目線をくれながら、ただぼやくように口を開いた。
「なんだ? 随分とご丁寧な結界を張り巡らせたな。そして、総迎えか」
皮肉混じりの発言はどことなく清々しさを含ませていた。
ゼノヴィアとイリナは、グレモリー眷属から使い魔によって、呼び出しを受けていた。放課後の空は薄暮へと移ろうとしているが、しかし、張られている結界のせいだろうか。淀んでいて──もちろん外界からはそう見えることはなく、むしろ近づくことさえも無意識にさせないのだろうけれど──少しも夕刻の時を感じさせることはなかった。
警戒は互いに最大レベルまで引き上げられている。それもそのはずだった。本来ならば、殺し合うことも辞さない間柄であり、また、ひとり──金髪の青年が敵意を剥いているのだから。
それにより生じた空気の切れ目に、どこからか入り込んでくる殺気。しかし、それは明確なものというよりは、敵意という想いが昇華した形だと言えた。
ゆえに、警戒心を下げることはなくとも、腹の立つようなことはない。
青髪の剣士ゼノヴィアが一歩前に出る。それに続くようにイリナが後方からゼノヴィアを守護できる体制を整えて、息を吸った。
春何番かは知らないが、むしろ春なのかも怪しくなる夏との裂け目ではあるが、花の香りが鼻孔をくすぐる。くしゃみが盛大に漏れそうになり、しかしそれをバレないよう必死に飲み込んだ。すると、次は腹が痛くなるような錯覚がしたが、これもまたさらに下へと押し込んだ。
昨日から何も口にしてはいなかった。公園にある水道からの水のみを頼りに夜を超えた。それはイリナがここへ到着するまでに一誠へのお土産だと言って、ゼノヴィアに隠れて郷土のものをこしらえたことによる。始め、一誠の家に寄った際に母親へと渡しておいた。
ゼノヴィアにはひどく貶されたが、ないものはすでになく、そのままに参上するはめになった。
「……茶は──」
「ないわよ」
ゼノヴィアの乞食のような発言はにべもなく返される。
あわよくば、なとど期待していたがそう甘くはなかった。
昨日、あれだけ茶を催促したのも、ぶぶ漬けを全て平らげたのも、全てはイリナのせいだった。
ゆえに小猫という菓子を分けてくれる存在は、とてつもなくありがたく、ゼノヴィアは殺し合うことになっても小猫だけは殺さないでおこうとまで決めていた。
その際に、どさくさに紛れてイリナを殺しそうになるとは思うが、その時は小猫を茶髪に染め、どうにかイリナの代わりにできないものかと、昨夜から空腹の腹を慰めように考えていた。
「祐人」
「……ありがとうございます、部長」
祐人がリアスの掛け声に一歩から二歩と前へ出る。
ゼノヴィアとイリナは構える仕草を取らなかった。祐人からの敵意は伝わる。しかし、それ以上に懇願するような屈辱のような念が飛び出し見えたからであった。
「なんだ、老けたな。グレモリーの騎士。お前は俗に言ういい男なんだろう? 一般の女からすれば。そんな湿気た面を見せられると景気が悪くなる。笑え」
「…………決闘を、してくれないか」
「なに……?」
祐人は繰り返す。
「決闘をしてくれないか」
ゼノヴィアは驚いた。よもや、やり合うことは覚悟してはいたが、しかし決闘などというクリーンなやり方を提示してくるとは予想外であった。
ゼノヴィアは軽く巧笑した。
「ほほう。決闘。しかし、それをしてこちらにどのような利益がある?」
「僕ら、グレモリー眷属が君たちのサポートとしてコカビエルを迎撃しよう」
「……それは勝った場合か? それとも負けた場合か?」
「どちらも──だ」
祐人は睨むように強く言った。イリナが、思わず何かを言おうとするが、ゼノヴィアが制止する。
「つまりは、ただ単に私たちと戦いたいだけだということか」
「……そうなってしまう」
訥々と話す祐人は続けた。
「……コカビエルは魔王の妹である僕らの王リアス・グレモリー様と二天龍である一誠くんを間違いなく狙ってくるだろう。なら、それが分かっているのならば、最初から陣形を固めて挑んだ方が何倍も生存率を高める。
それに──赤龍帝は譲渡をできるし、僕は剣士だ。君らとの相性も悪くない」
「中身が見えているようで見えん。建て前ばかりはやめろ」
ゼノヴィアは何かを見抜いたように、凄んだ。
沈黙。
やがて、祐人は剣を形成し始めた。周囲は黒く紅く──闇色に血を混ぜて染まり上がる。
遍く結界は、日食の如くとなる。
一言、祐人が吐いた。言ったのではなく、嗚咽のように、胃の物を出すような表情で、
「僕は──エクスカリバーが、世界一嫌いなんだ」
そう、吐いた。
◆
結界というひとつの構築された世界は剣の色へと遂げ、祐人はその剣を眺めながら言った。
「分かっているだろう?」
ゼノヴィアは目を閉じ、確かめるように言う。
「聖剣計画の生き残りか」
聖剣計画。
聖剣計画という非人道的実験は、祐人にこの剣を持たせた。
エクスカリバーは常人には扱うことはできない。親族が揃っての聖職者であったり、また特別な万人にひとりといった才覚を持ちえない限りは振ることすらできなかった。
そこで考えられたのが、
「──本当に、龍の血液を、因子を打たれたのだな」
龍は生物的最高の肉体を要し、そして肉体には全てのエキスとなる血液が流れ、DNAが流れ──つまりは、剣を扱えないならば肉体を人から離し強引に扱えるところまで持って行けばいいといった、暴虐な形へ落ち着いた。
人間はドラゴンの神器を持ち、使用することが可能だ。であれば、因子を埋め込むこともまた、可能でなければいけなかった。
しかし、人は必ずしも宿ったそれを使えるわけではなく、一般的な肉体であるならば──特に龍種などの特殊な生物を象った代物であるならば、発現したその時点で心臓を止めることになる。
だからだろうか、実験により大半の子供たちは息の根をとめた。発狂するように、龍の怨念のようなものを幻覚として見ながら視界を消していった。
祐人は、生き残ってしまった。適応したそれに、人でありながら龍の因子を宿し、生き長らえた。
「君らは、その僕らからさらに抜き取った因子なりなんなりを使用しているんじゃなかったかい?」
祐人の質問には確信が込められている。エクソシストと剣を交えた悪魔は多くいて、それが話を広めればリアスへと渡らない情報ではない。
ゼノヴィアは肩をすくめた。
「よく知っている。だが残念だ。私は天然でね──言い方は悪いが、そんなものに頼る意味はないんだ。ま、そこの茶髪は愚かにも他人の礎を横取りしてここにいるが」
「ちょっとぶっ飛ばすわよ!」
「反駁してみろ、恋する乙女」
「その因子があっても、エクスカリバーを扱えるかは差があるんだから、私はそれなりに優秀なのよ! ブァーカ! 変なメッシュ!」
「貴様、ぶち殺すぞ」
「いきなりキレすぎぃ!?」
エクスカリバーを首もとに添えられたイリナが叫んだ。
ゼノヴィアは自分で言うには構わないが、言われるのは滅法嫌いで、さらには先のイリナの所業のせいで本当にやってしまおうか──まで考えていた。
ゼノヴィアは剣を下げると祐人へ言った。
「──で、その剣は、お前の憎む想いを体現したものか」
「ああ。龍は──戦事ばかり運んでくると信じている。そして、因果があって、僕らは様々な目に遭い、龍を殺し──その血を使って、応報を受けたのは僕らだった」
「使われた血液は、所詮は下級龍だろう、それなりのものは見つけるのにも苦労する。殺すのにも──苦労する」
「下級であろうと、龍は龍たるだけで、その身を覇に任せれば、それだけで破壊の兵器だ。そして、下級なぶんに本能的で──愚かな思考をしていて、暴虐で、それはもう考えるよりも遥かに暴虐で単純で。
だから、その血は単純な思考を助長するんだ。憎むなんて、憎悪だなんて──これ以上に簡単な感情もそうないだろう?」
ゼノヴィアは祐人の剣に──紅く黒く唸るそれに視線をぶつけた。
「──で、お前は結局、剣に様々な憎しみを乗せるだけ乗せて、結果として剣は、ドラゴンスレイヤーとなった、と」
祐人は頷いた。呼吸がとても浸透して聞こえる。三々五々──音は遍く広がり、ぶつかる。
ゼノヴィアが問うた。
「赤龍帝に対して、憎しみはないのか」
「彼は──」
祐人が一誠へと振り返り、少しばかりの伏せ顔となる。
「彼は、ドラゴンじゃなくて、悪魔だ。ドラゴンの力を使う──そうなる運命の線に乗せられて。
神器を人は選べないし、しかし、神器も僕らを選ぶことはなく、けれども……とにかく、言えることとしては──彼が仲間で良かった。
どこかでパラドキシカルしているような気がしないでもないけれど、僕は龍がいる限りは平和は訪れないんじゃないかとも思うけれど、でも仕方ないんだ。今、ここで彼を殺せるかと言えば、それはとてもじゃないけどできなくて。
とにかく、龍は嫌いだし、エクスカリバーは憎いし、聖職者には吐き気がするし──とにかく、こんな感じなんだ」
言っている言葉、むちゃくちゃだろうけどね。祐人は自嘲ぎみに笑んだ。
ゼノヴィアは首を振る。
「感情から生まれた理屈と、現在の流動的感情は沿わないこともあるだろう。過去感情からのルールに従えないものは必ずあるだろうし、また、それがなくなればそれはそれでプログラムされた人形のようで、不器用にも思える。
仕方がないんだ。お前のような、過去へ異常異質な執着を持ちながらも、優しい者と出逢った後の幸せ者は、仕方ないんだ。
過去への死者と、現在の生者への想いを均等に均せばそれが嘘にも感じられて──仕方がない」
ゼノヴィアは剣を抜き、先を祐人の頭部へと指すように向けた。
「その感情を見守ってくれる存在がいて幸運だったな、悪魔。さあ、やろうか。
エクスカリバーでその歪な剣を迎えてやる。かかってこい──幸せ者」
次からは展開を早めて行きたいと思っています。