Refrain - Welsh Dragon:Ddraig×Ddraig   作:桜咲く日に

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勘弁してやる

 

 ──幸せ者。

 果たしてそれは、どういった意味が込められていたのか、祐人に図ることは出来そうにもなかった。自分がどこまで幸せであったかを、顧みても、しかし記憶に浮かんでくるものはやはり当時の虐殺的映像ばかりであった。

 今現在は間違いなく幸せであると言える。が、しかし幸せかと問いをかければ当時のそれがふっと、沸き出すように心の底から漏れてくる。漏れてくる。そして、やっぱり自分は幸せではないと感じる。なぜなら、今がそこまで幸せならば、ここでこうして怒りに囚われることはないと、思うからだ。

 つまり自分はあの日あの時からずっと、この場まで無意識に心根の奥底では不幸だと、辛いのだと訴えていたと信じてしまうのだ。

 おそらくは、いや確信として、本当ならば祐人は幸せなのだ。けれど、幸せかと訊かれると首を傾げたくなり、過去を連想して、ああ、こんなにも辛いやと考える。

 トラウマ──と、呼ぶのだろうか。これは。であるなら、トラウマを抱える生物はけして幸せにはなりえないのだろう。意識底には不幸だ辛いだ嫌だと、必ず負の感情が存在していて、結露するように心から滲み出てきて、やがては無意識にどこかで怖がるようになる。

 祐人は、手を見てみた。剣があった。黒くて──本当に黒くて、常闇の空から、月が隠れたような夜の空から、剣の型だけを綺麗に抜き取って、そして誰かを斬って、その血を浴びて吸い、出来上がったみたいだった。

 あまり、美しくはなかった。

 自分で創り出したにも関わらず、もしも自分に突き刺せば致命傷となる。

 任意に剣を創り出せる神器だなんて、なんてすごいのだろうと思う。憎しみや怒りから、ドラゴンスレイヤーまで精製出来るのだから、それを手に入れている自分って、意外にすごいんじゃないかって、そう思う。

 でも、そう思っただけで。

 嬉しいとか、そういうのは別に生まれなかった。平野のような感情にささくれ立った何かは、剣を黒くして紅くして、最悪自分すら危険に晒して、みんなを護るために僕はいるのに、いつの間にかみんなのことも危険に晒して。

 バカ、なんじゃないかと、思った。

 もう、どうすればいいのって、なる。今の幸せに準じて、ただ幸せだってやっていたら、あの時死んだみんなは、僕だけでも逃がしてくれたみんなが、どこか可哀想で。けれど、過去ばかり見ていたら部長とか朱乃さんとかみんなとかに嘘ついているみたいにも思えて、相反している気がして、だからもう、死とか本当に厄介なんだとか心から今生きていることが楽しいと思えないとか、満足感から一歩退いている感じがするとか。わけわかんなくなる。

 エクスカリバーを壊すとか、正直な話、命掛けになるし、完全に壊すことが出来るとか本当は思えないし、そんなことしたら部長にも迷惑かかるし──だから、どうするのが本当にいいのか分からない。

 だから僕は──

 

「いくぞ、悪魔」

 

 ただ、まずは、一発。誰かに殴ってほしいだけなのかもしれない。

 そして、それが奇しくも、エクスカリバー遣いだったりしたら、どうなんだろうか。

 

 

 

 

 青髪に一閃の緑を添えたゼノヴィアは、臀部を落とし、膂力を足へ注いだ。

 刀身が眩く照らすように光る。けして、影響されない。祐人の、あの剣にはけして影響されない。

 夜と昼といった暗さと明るさが混雑する結界内。ひたすらに剣同士が威嚇している。

 ゼノヴィアが身につけていたローブを投げ捨てる。それをイリナが受け取った。

 

「え、てか私は何すんの?」

「お前は座って見てればいい」

「私、お付きみたいになってる!?」

「黙っていろ、色ぼけが。腹が減っているんだ、話かけるな使えなイリナ」

「ああ! 聞こえた聞こえたわ! 使えないとイリナを配合したわね!?」

 

 ゼノヴィアが射抜く双眸で祐人を見やる。祐人は憂いを混ぜた相好をしていた。ゼノヴィアはそれに対して言葉を吐かない。

 ──世界一エクスカリバーが嫌いなんだ。

 のわりには、剣呑さが物足りない。ゼノヴィアは、後方へ置いたイリナから距離を離した。祐人へと飛び出してゆく。

 

「……祐人」

 

 リアスの呟きが中空へ溶けた。

 伝染する想いが空気の微粒子を通して伝わる。

 不安は様々だ。

 祐人は──エクスカリバーを見やる。綺麗な美しい剣であった。

 見惚れるというのは、こういうことで、しかし大嫌いだからそれは有り得なくて、けれどやっぱり剣士だから、綺麗に見えた。

 

「龍の鱗を傷つけるのは、大変難しいらしい。けれど、これはいける。エクスカリバーはどうなのか」

 

 喉元で小さく呟いただけだった。それを、ゼノヴィアが拾う。

 

「エクスカリバーを超える剣など、世には片手よりないさ。なら、その剣に龍の鱗をどうにかできるのなら、エクスカリバーは龍の肉まで届けるよ」

 

 ──そんなことないと言うのなら、エクスカリバーを超える剣だと証明してみせろ。

 テレパシーのように届いてくる言外のそれに、祐人は反応する。

 エクスカリバーは、伝説中の伝説だという。祐人の神器は、有象無象の剣をいくらでも精製できるというもの。

 ……この剣は、果たして有象無象か?

 自分の半生より駆けた感情の大部分を注いで磨いて、そこにドラゴンすらも壊せるよう念を重ねたはずだった。

 それが、有象無象であるなら、多分、泣いてしまうかもしれない。というよりも、死んだ彼らへの想いがずっと、思うよりも少なくて自分を殺したくなるのかもしれない。

 

「……そんなの、ダメだ」

 

 ダメだよ。そんなのは、これから生きていく上でも絶対に、ダメだ。

 許せないと、思う。

 許しちゃいけないと、思う。

 この剣だけは──

 

「エクスカリバーを、超える剣でありたいんだ!」

 

 祐人が駆ける。騎士の特性を生かしながら、存分に駆けた。

 ゼノヴィアが口元を上げ、哄笑した。

 

「無理だ! そんな暗い剣は、エクスカリバーを超えられない。月の出番は、太陽よりも短い。所詮、闇の剣は光を飲み込めないっ!」

「なら、丸ごといかせてもらう! 暗闇で光りが灯るなら、覆い尽くすほどに!」

 

 祐人が叫んだ。

 

「リアス部長! あなたの──グレモリー眷属の証、僕がグレモリーである証をお見せします!」

 

 リアスは目を見開く。叫ぶ祐人など、ほとんど見たことはなかった。

 熱くなる彼を、目撃したことなど、滅多になかったのだ。

 

「龍が嫌いだ! 聖職者も嫌いだ! エクスカリバーが嫌いだ! けれど──」

「けれど! なんだ、悪魔!」

「僕より嫌いなものはない!」

 

 紅が刀身を螺旋状に覆う。血──ではなくて、血よりも濃いそれは、黒さを覆い隠していく。

 祐人の身体から、騎士の駒がぶれるように重ねて見えた。

 ドライグが言う。

 

『──駒が、あいつを認めだしている』

 

 人から悪魔へ──。

 明確な、悪魔へ。グレモリーへの確信とした忠誠が、刀身を覆う。

 まだ、答えが出たわけではなかった。相変わらずに、自分のことほど分からないことは、ないのだと思う。けれども、しかし、こんなどっちつかずの自分が嫌いだと、分かったのなら、まだ末期じゃない。

 末期じゃないのだ。

 だったら、どうにか──できそうだ。

 

「龍の鱗を破るは己自身。エクスカリバーにそれ以上の己があるかい」

 

 一閃。

 横薙の紅剣と化したそれは、リアスの髪色を飛ばし、ゼノヴィアを破壊しようと迫り来る。

 ゼノヴィアが目を眇め、しかしやはり哄笑して返した。

 

「あるさ! なければ──伝説にはなれない!」

 

 破壊の聖剣と呼ばれた刀剣のそれは、紅の残像すら中空へ残してゆく斬撃を砕くため、下される。

 激しい爆撃のような破壊音が周囲を包む。残響が断末魔のように聞こえた。

 

「まだこれだけじゃあない!」

 

 祐人が空いた片腕へと剣を生み出す。『光喰剣』が生まれる。

 

「そんなチャチなものが効くか──」

 

 ゼノヴィアは構わずにエクスカリバーを振るう。祐人はそれを二本の剣で受け止めた。

 

「……効かないよ。けれど、」

 

 祐人が紅剣を引く。

 

「意味がないわけじゃない!」

「なに──」

 

 僅かに吸い込まれる光は、エクスカリバーを寸程度に弱らせた。全く変わり映えのないエクスカリバーは、しかし、間違いなく──小指程度かもしれないが──威力を落とした。

 祐人の紅剣が獲物目掛けて飛び出す。

 

「舐めたまねを──!」

 

 ゼノヴィアが身体を翻し、半歩退いてから腰を入れ、突進した。

 砂煙が立ちこめる中、剣技の重なり合う音だけが届いてくる。

 それを、リアスたちは見つめていた。

 しかし。

 ──やがて、それも静止する。

 

「……どうなったの」

 

 イリナがゼノヴィアのローブを抱きしめながら、ただ呟く。固唾をのんだ。

 誰もが注視するなか、砂煙が散開するように失せ始め、二人の影が見え始めた。

 

「僕の勝ちだ」

「私の勝ちだ」

 

 ゼノヴィアが祐人の上に被さるようにしてエクスカリバーを首もとに添えていた。そして、祐人もゼノヴィアの首もとに二本の剣を添えている。

 

「私だ」

「違う、僕だ」

「貴様、基地外か。見えんか。この、首もとの剣が」

「君こそ見えないのかい、僕の剣が」

「……認めんと、怒るぞ。いや、そろそろキレる」

「……それは、何かおかしくないかい」

 

「ストーップストーップ!」と、イリナが間に入り、互いを引き離す。

 

「引き分け、ね! いいでしょ! これから共闘するんだから、仲良く仲良く!」

「チっ……クソが……」

「舌打ちしないで! 言葉遣い悪い!」

 

 ゼノヴィアは不服そうにエクスカリバーを鞘へと収めた。イリナに手を引かれて祐人は腰を起こす。

 

「共闘の件……本当に君たちはいいのかい?」

 

 祐人にそう訊かれ、イリナはゼノヴィアを一瞥したのち、言う。

 

「──ええ。どちらにしろ、そうなるのだろうから」

 

 イリナは優しく笑む。祐人は、どことなくこんな笑顔を出来るから、聖職者なのだろうか、とも思った。

 ゼノヴィアが冷たい声で言う。

 

「綱引きで言うなら、引き分けではあるものの、私のほうが半歩引っ張っていた、的な私の勝利だ」

「……意味わかんない」

「イリナ、お前に言ってない。おい、悪魔」

 

 ゼノヴィアが、祐人に再び近づき、左手で胸ぐらを掴み上げた。

 

「…………」

「な、なにかな」

「そらっ」

 

 パチン。

 ゼノヴィアの右手が、優しく祐人の頬へと当たる。

 祐人が、僅かに呆然としながら訊いた。

 

「……これは?」

「私は人の心にとても機敏だと言っておこう」

 

 祐人はゼノヴィアの顔を見上げる。──殴ってほしかったんだろう、バカめ。

 

「いい試合だった。楽しかった。だが、力を出し過ぎたよ。これくらいで勘弁してやる」

 

 それに祐人は、

 

「……僕は──間違っていたのかもしれない」

「………………」

「……君たちのような、聖職者もいるんだね」

 

 ゼノヴィアはリアスたちへと背を向け、一言いった。

 

「明日、またここへ来る」

「え?」

「作戦、たてるんだろう?」

「あ、ああ。分かったわ」

「何か、飯があると嬉しい。おい、イリナ。いくぞ」

「ういっすー、じゃあまたね」

 

 去りゆくゼノヴィアとイリナに、リアスが声をかける。

 

「ねえ」

 

 ゼノヴィアは首だけを捻ってこちらへと振り向いた。

 

「祐人のこと、今日のこと、ありがとう」

 

 ゼノヴィアは、はにかんで言った。

 

「──こちらこそ、助け舟、ありがとう」

 

 そこには、本当は死にたくない。そんな想いがあったのだと、リアスは感じた。

 

 

 

 




……この小説、見てくれる人いますか?
クロスチャンネルの生きている人、いますかのように訊いています、桜咲く日にです。
今回は、というか最近は祐人関連の話がとても多いです。
まあ、それは原作上仕方ありませんね。
というわけで、次回はおそらくはコカビエルが登場するかもしれません。
……しないかも、しれません。
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