Refrain - Welsh Dragon:Ddraig×Ddraig   作:桜咲く日に

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 雪の結晶──。
 世界は違う。少し、違う。
 それは、結晶のように変わらなそうで、それでいて間違いなく違うのだ。

 同じ質から出来ていても、違う。
 
 たった一つ、唯一の結晶が地に落ち、溶け消えるように。
 一誠が愛した“本人”たちは、もういない。

 記憶をなくした世界は残酷か。
 いや、ないからこそ、いい。
 彼もまた、違う結晶なのだから。


雪結晶

「──部長」

「ええ、わかってる」

 

 とある旧校舎。

 上階にて、ロウソクが揺らめく。

 オレンジ色の炎をゆらゆらと灯しながら、その横を通り過ぎる黒髪の女性につられて大きく右側に逸れた。

 

「やばそうなのが入ってきたわね」

 

 その表情は緩い。余裕なのか。

 彼女──リアス・グレモリーは顎をしゃくり、黒いケースを持って来させる。

 

「どれだけ生きがいいのかしら。とっても楽しそう。さあて、下僕に出来るほど知能があるのか、それとも……ただの獣か。見に行きましょう」

 

 意地の悪い笑みを浮かべている。

 それに呼応するかのように黒髪の女性も笑んだ。

 

 外は夜。

 蝙蝠が舞い、鳥が身を沈め、悪魔が微笑む頃。

 雲行きは月を隠しては、現す。

 

 紅の魔法陣が室内にて、光りを示す。

 

 

 

 

 目は確かか。

 映しているか。

 

 時として、僅か数秒。

 それは、時間の進みが違うのだろう。それしか、説明がつかない。

 兵藤一誠は虚ろな瞳に人としての意識を戻す。

 

 腕を覆う紅蓮の龍腕。

 燃え上がるほどに色をつけて、彼を歓迎する。

 爆発したかのような大きな緑光。

 公園一帯を囲むように、存在を示していたそれは徐々に宝玉へと吸収されていく。

 込める。

 

「……赤龍帝。忌々しい、化け物がッ……。なぜ、こんな辺境の東の島に──」

 

 レイナーレが歯を強く、合わせる。その際に僅かばかり、欠けるような音がした。

 血が出るほどに強く握る拳。

 生み出そうとする槍。

 しかし、それは形を形成しない。

 パキパキ……と情けない音を立てては地に墜ちる。

 破片が飛び散り、四散する。

 その様は、まるで線香花火のように儚く、弱い。 

 

 街灯が点滅している。

 時々、二人の顔を隠しては、見せる。

 

 一誠はただ、彼女を見ていた。

 強く、強く、見ていた。

 

『おい、女』

 

 化け物とのたまったものの声音が広く、響き渡る。

 耳から鼓膜を揺らすそれは、やはり、人型のものとは桁が違う。

 畏怖を感じさせるには充分なほどの重圧。重さ。

 強さを誇示する雄の威嚇。

 

 レイナーレは頬に一滴の汗を垂らしながら、歯噛みする。

 ただ、目は見開き、一挙手一投足を追っていて。そして、全身の神経を尖らせる。

 

 勝てるなど傲慢なことを言うつもりはない。

 人が堕天使を化け物と思うように、堕天使はアレを化け物とする。

 

 わずか、目覚めて数分。

 しかし、なぜだろう。

 逃れることができるとも思えない。それほどに気がピリピリと肌を刺激する。

 

 レイナーレから見て一誠は、ただの少年ではなくなっている。

 強くこちらを見つめるその目には、奥に牙をむく龍がいる。

 

──見えている。見ている。

 

 一誠に重なるように、すぐそこにいるように。

 そして、射抜くようにレイナーレを見ている。

 

 ただ、赤い赤いアレがにやりと、彼女を目で追っている。

 

「……な、に」

 

 先ほどまでの余裕などとっくに喰われた。

 龍帝の声は、下級のやからなどに手を出させる間もなく、掌握してしまう。

 

 必死に喉元から出した言葉は二文字にもかかわらず、ひどく震えている。

 

 赤い一撃。  

 

 あれを喰らえば、肉片すら、飛ぶ。

 

『この男を連れ去り、俺を抜き取ろうとしたな? 堕天の女よ』

 

 怒りのものではない。

 遊んでいるような、とにもかくにも高圧的なそれだ。

 上からでもない。

 天から見下ろすように、ゆっくりと赤い龍は言葉を紡ぐ。

 

 さっさと、殺しておけばよかったものを──。

 くつくつと笑い声が木霊する。

 ひたすらに木霊する。

 

「い、や……、そんなこと、そんなことしないわッ! ただ、私はアザゼル様に献上しようと──」

『憚るなよ、小娘。舐めるなよ、天龍を』

 

 見てわからないとでも? ドライグはただ低く言葉を返す。

 

 レイナーレは知らなかった。あのような化け物が封印された代物だとは思いもしない。

 世界に13種しか存在を確認されていない神滅具に、一生で出逢うことなど宝くじでしかない。

 しかし、それは幸運のものではないが。

 

「──レイナーレ」

 

 一誠が口を開く。

 静かに、言葉を発し、そして前へ歩いていく。

 

「だ、だから、なんで知ってるわけ!? 会ったことなんてないじゃない! それもさっきまで何も知らないガキだった男がッ!」

 

 一誠は、それに返さない。

 知らない。なぜ、名前が浮かんだのかは知らない。

 

 胸うちに疼いたあの感情は偽物ではないだろう。しかし、その感情を“この”世界でひけらかしても意味などない。

 

「どうすんだよ、殺しにくるか」

 

 おぼろげ過ぎてなにもかも夢心地のようだ。

 既視感があるようで、初めて見るようだ。

 おかしな感覚だった。不思議でたまらない。

 

「こないで……、来るなッ! 来るんじゃないわよッ!」

 

 一歩、進めば、一歩下がる。

 その幅は狭まらない。

 歩くたび、踏みしめるたび。

 怖くなる。

 

 一誠がもう一度、歩を進めようとした、その瞬間だった。

 

 紅が丸く、地に描かれてゆく。

 精密な動きをしながら、優雅に、そして激しく文様を刻み込んでいく。

 

「──あら、どこぞの化け物でも入り込んだのかと思えば、ウチの生徒じゃない」

 

 紅い髪。

 長いそれを右腕でふわりと払う。

 気品に満ちた動作に、場を支配される。

 

 文字通り空気が変わった。

 

 肢体豊かな女性。雰囲気から見て取れるほどに嬢としてのものを備えている。

 

「あらあら、かわいい生徒さんと……あら、穢いですわ。堕天使さんがいらっしゃったのですね」

 

 黒髪の女性が連れて現れる。

 手元に手をやり、笑みをこぼす。

 しかし、瞳にはどこかイラつき──レイナーレに対して──を見せていた。

 そのせいか、口調に威圧があり、指先を弄んでいる。

 

 レイナーレはこれで、一誠と挟まれたような形になってしまう。

 レイナーレが憎々しげに口を開く。

 

「グレモリーの娘か……ッ」

 

 怨敵にでも吐くかのような口調。

 レイナーレは光槍を数本形成するが、やはり、通常のものよりも小さく、うまく力を使えていない。

 

「あら、ごめんあそばせ。……でも、爵位もなにもない下級堕天使にそんな口を聞かれるいわれはなくてよ。それに──なに、この縄張りに入ってくれてるのかしら」

 

 リアス・グレモリー。

 公爵の位を持つ名家生まれのお嬢様。グレモリー特有である紅髪を靡かせ、彼女は眼光を光らせそう言った。

 悪魔の目は暗闇でこそ、力を最大限に使える。それほどに、妖しい眼差しがレイナーレを射抜いていた。

 

「……人間の地域に寄生する蝙蝠風情がッ! 縄張り? ふざけんじゃないわ。ここは人間の里よ。我らは干渉せど、ここを私有地にするなど傲慢じゃないのかしら」

 

 怒りに任せて出た言葉は汚く相手へ飛来する。しかし、レイナーレは冷静を取り戻しつつ、皮肉げに主張した。 

 

 リアスはそれに対して鼻を鳴らし、苦笑する。

 

「へえ……そもそも、ここが人間のものだと誰が決めたのかしら」

「は? 悪魔は脳がないの?」

 

 何を言っているのか、レイナーレはただバカにしたように相手を見下す。

 一誠はただ、両者から目を離さない。リアスもチラチラと一誠の腕を一瞥しながら話を進める。

 

「だったらこの地にもともとあったかもしれない山は? 埋め立てた海。さらには迫害し、殺し尽くした生き物。人は人間以外の種を荒げてここに住んでるんじゃなくて?」

 

 暴論である。しかし、一誠には輪郭程度ならば理解ができた。

 野山に住む動物を殺し、山を壊し、土地に変えてきたのも人である。人がそれを肯定している以上、悪魔が最悪、人をなぶり殺しにし、支配するのも極論としては有りなのだ。

 武器がなければ、全ての人間は、同型の話せる犬のようなものだ。生きる年月、能力、力がそれこそ、有りすぎる故に。

 彼女、リアスは、

 

「植民地もそう。弱い者が強い者に統治されるのは摂理よ。それに、私はここに入ったはぐれやあなたのような人間を誑かす悪鬼を始末するのが仕事。人に直接手を出すことはない」

 

 リアスからすれば正直、このような説明はどうでもいい。

 とにかく、早く片を付け、レイナーレの後方で突っ立っている少年とコンタクトがとりたいのである。

 

「さあ、選びなさい。死ぬ? 逃げる?」

「屁理屈を……ッ」

 

 レイナーレは焦りを隠さない。

 悪魔ならばと下に見てはいたが、彼女は上級悪魔である。

 それも魔王の妹君。

 

 本来ならば、敵対していい階級の相手ではない。

 

 後方に龍。前方に紅髪の悪魔。さらにその眷属。

 分が悪い、とすら言えない。

 選ぶしかないのだ。死か、生か。

 

「……チッ」 

  

 レイナーレは上空に飛び退き、そのまま月と重なる方へと翼をはためかす。

 リアスの介入で、和らげられた一誠の重圧。それにより、彼女はびっしりと汗をかきながらも体を動かすことができた。  

 

 しかし、その際に置き土産として、槍を数本放っていくのは、彼女が小物であるのを体言しているかのようだ。

 

「朱乃」

「はい、部長」

 

 朱乃と呼ばれる女性が手元から魔法陣を形成する。

 向かいくる槍は三本。

 彼女は片手をかざし、それらをいなす。

 

「……脆い槍、堕天使かもあやしいわ」

 

 ガラス細工を叩きつけたような音が辺りに響き、キラキラと光りながら四散する。そして、地に落ちるころには姿を消していた。

 

「さて──あなた、二年の兵藤とか言ったっけ?」

 

 肩を軽く解しながら、歩を進める。長い髪を少し鬱陶しそうによける。

 そして、腰に手をおき、ジト目で一誠を見つめる。

 

「な、なんすか」

「ふふん、いい顔してんじゃん。あ……してるわね」

 

 恥ずかしそうに頬を染め、こほんと一つ。

 仕切り直しと言わんばかりに、表情は改まっていた。

 

「春先で少し寒いし、お茶でもしながら話さない?」

 

 

 

 

 連れられてこられたのは、怪しげな部室。その名は『小悪魔研究部』。

 部屋の中には、ロウソクが幾本も立てられており、魔法陣も複数描かれている。

 リアスは部室に入った途端に、胸元のリボンを軽めにし、座椅子に腰をかけた。

 

「ああ、この名前のこと?」

 

 いまだに入り口にかけられた部室の名前プレートに目をやる一誠にリアスが尋ねる。

 

「あ、はい。こんな部活よく申請通りましたね……」

「まあね。無理矢理よ、無理矢理。ぶっちゃけ眷属の隠れ蓑だもの。名前なんて適当でいいのよ」

「まあ、嘘ばっかり。理想の王子様が現れるまでに、人間で流行りの小悪魔を目指す、なんて言って一年生の時創設しましたのに。『悪魔の私なら小悪魔くらい楽勝ね!』なんて……今は恥ずかしいの?」

「は、はあ!?」

 

 なんとなくダルそうな様子で説明するリアスに一誠は苦笑いする。

 しかし、朱乃の思わぬ暴露によって一誠の彼女に対するイメージはきっと変わってしまうだろう。

 必死に羞恥で真っ赤に染めた顔を晒しながら弁解しようとする彼女は年相応の乙女である。

 朱乃に至っては「そうなの、それは可愛らしい」などとからかっているばかりだが。

 

 それらが収束し、朱乃がお盆に紅茶を入れたカップを持ち、それぞれに手渡してくる。

 その数、四つ。

 

「はい、どうぞ」

「あ、ありがとうございます」

 

 一誠は手渡された紅茶を啜りつつ、朱乃を目で追っていた。

 なぜ、四つなんだ? そんな事を頭に思い浮かべながらまた啜る。

 朱乃は一誠の背後へと移動していた。

 

「はい、小猫ちゃん」

「ブッ──」

 

 一誠は思わず、紅茶をこぼしてしまう。

 大きく見開かれた瞳に映ったのは、

 

「もしゃもしゃ、もきゅもきゅ、ごくん。ズズー……ごほっ!」

 

 物凄い睨みながら、ひたすらにお菓子(洋菓子和菓子なんでもござれ)を頬張り、紅茶を飲み干す白い何か。

 そして、目があった途端に、全身の毛を逆立て、喉に詰まらせている。

 

「あらあら、紹介していませんでしたわね。この子は塔城小猫ちゃんですわ」

「朱乃、それを言うなら私たちも紹介してないじゃない」

「あら、そうでした」

 

 笑い合う二人。長身美人の二人が頬を緩める姿はとても絵になる。

 まあ、睨みながら、お菓子を食べる小猫がいなければ。

 

 

 

 

「改めて紹介するわね。私がこの部活の部長、リアス・グレモリー。で、こっちが」

「姫島朱乃と申します」

「……お前から名乗らないならやです」

「小猫ちゃん、もう紹介しちゃいましたわ。忘れましたの? ふふ」

 

 顔を赤くしながら朱乃の服をぐいぐいと引っ張り、キッと睨む。

 ただ、小柄さ相まって、その動作は駄々っ子のようにしか見えない。

 それでも微笑ましくする朱乃に、小猫は地団駄する。

 

「小猫、男嫌いだから。兵藤君を特別に嫌っているんじゃないわ。あなたも含めて男が嫌いなだけだから安心してね」

 

 リアスが眉を逆さにして、困った風に笑いながら言うが、安心の二文字の意味が一誠には分からなかった。

 

 そして、正面に向かってリアス・グレモリー。その右側に姫島朱乃。

 そして、左に塔城小猫。

 全員が席につき、

 

「まあ、後一人いるんだけど、今は“契約”に行ってんのよ。ごめんなさいね」

 

 リアスは話を進める。

 

「──で、悪魔って知っているかしら?」

 

 緩やかな雰囲気から一転。

 温度が下がった。

 

 





 タイトルは比喩です。例えです。

 同じに見えても彼らは違う。
 一誠がまんま一誠であったなら。
 このやり直しの出逢い、耐えられただろうか。
 
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