Refrain - Welsh Dragon:Ddraig×Ddraig   作:桜咲く日に

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元々D×Dっぽくないでしょうが、より、っぽくないです。
ごめんなさい。

長いです。かなり。

そして、ごめんなさい。


別れには鈴を鳴らして

 教室の内側。

 賑やかな声音が教室に響き、放課後を予感させる。

 教師の退室した後に、皆はそれぞれ、思い思いの行動を取り始める。

 話し声が盛んな女子グループ。 

 課題をそのまま、始めてしまう眼鏡の男子。

 スマートフォンを片手にいじりながら、なにやら真剣な瞳で画面を睨む彼は、彼女からのメールだろうか。

 

 そんな、高校生とした教室の扉、コンコンと叩かれる音がした。

 女子が、声をあげる。

 喜びの声色は、彼の表情を少しだけ、困らせた。

 金色の髪を揺らし、特徴的な涙ホクロを片目の横下へと張り付けながら、一誠へ視線を注ぐ。

 

「──兵藤君。部活へ行こう」

 

 誘い。いや、呼び出し。

 黄色い歓声は、どこか驚きのものへと変わりを告げた。

 歓迎の雰囲気は、特にない。しかし、拒絶の空気も、またないのだ。

 

 家族へ加わる、ひとりの同級生を迎えに来ただけ。

 そんな彼は、一誠が鞄を手に席を立ち上がると横目で流しながら、扉を離れた。

 そして、そのままに歩き出す。 

 

「……変な目線で見られたよ」

 

 一誠が、そう口にする。祐人は、気にする素振りも見せずにただ前を向きながら歩いてゆく。

 靴音が、響く。

 

 止まった。

 

「──それは、ごめん。しかし、これからは同じ眷属になるんだ。例え、赤龍帝だとしても。それでも、僕は彼女たちの騎士であった。こらからもそう。剣を握る指が落とされたとして、僕は口に噛み締めてでも、剣を落とさないよ。悪魔の世界は、血の匂いに敏感だ。人に許される居場所が、時には敵地になることもある。──君が、どれだけの認識で悪魔になるのかは、僕は知らない。必要もない。知りたいのは──」

 

 放課後。

 茜色の空は、どこまでも綺麗だ。

 目を細めながら遠くを見やれば、水平線の彼方が迎えてくれる。

 オレンジ色を、校舎に映して。

 そして、彼ら二人を、その色に染めながら。

 祐人と、一誠は視線をぶつけた。

 

 覚悟を、求めた。

 

「──この眷属を、仲間を、そう。僕たちを家族として迎えてくれた部長を、護れるか。悪魔になるのは、命を主に渡す行為だと、刻めているか。彼女の為に──君は死ねるかい?」

 

 突然の問い。

 命の天秤を、振り切れるか?

 

「彼女がいなければ死んでいたように。僕たちは、彼女を失うくらいなら命をどうにでもできる。君に、命を懸ける理由はあるのか? 僅か一日。知りもしない彼女のもとで、世話になり、僕たちと同じ土俵に立てるのか。──無理だろう。君はご飯を食べられない日はあったかい? お風呂に入れない日は? 服を何着持っていた? 歯を初めて磨けたのは何歳か、覚えているかい? 僕は部長と出逢い、朱乃さんに出逢い、小猫ちゃんに逢った。君はどうだ」

 

 何を。

 何を言っているのか。

 

 一誠のどこかで溢れ出した言葉は、きっと間違いない。

 これでいい。

 

「──命くらい懸けられる」

 

 言いきった。

 祐人は目を見開いた後、あっけらかんと笑った。

 そして言う。

 

「──わかった。認めよう。僕は木場祐人。君とグレモリー眷属みんなの騎士だ」

 

 手を差し出す。

 一誠はその手を握り、言った。

 

「俺は兵藤一誠。兵士になる」

 

 

 

 

 それから二人は話ながら旧校舎へと赴いた。

 部室前で足を揃え、ノックする。

 

「入っていいわよ」

「失礼します」

 

 既に座っている三人を一誠は見渡す。

 

 これから始まる。

 そして──人を辞めるのだ。

 

「一誠、これから言うことを聞いて」

 

 リアスが立ち上がり、真剣な眼差しで言う。

 一誠は、頷き彼女を見た。

 彼女が口を開く。

 

「悪魔は教会を適地とします。他にも契約や儀式。冥界という世界にも行くでしょう。レーティングゲームという戦いもあります。後は昨日詳しく話した通りよ。──それでも、あなたは悪魔になりますか?」

「はい、ならせてください」

 

 迷いを無くしていた。

 そんなものは掻き消した。

 いらないのだ。

 

 この世界に生まれ落ちた時から、本来。

 迷いなど必要なかった。

 

 そのために、出会ったのだ。

 

「──びっくりした。そこまで迷いがないなんて。……安心しました。イッセー、こっちへ」

 

 これから始まるのは生まれ変わりの儀式。

 彼を悪魔へと変えてしまう。

 

 そして──彼女の兵士となり、再び。

 彼女へ仕える。どこまでも、いつまでも。

 

 一誠は同じ選択をするのだろう。

 

 

 

 

 世界は、人を拒んでいる。

 心を、壊すのがとても楽しくて、笑顔のままに、己のままに。

 人は、とても脆く出来ている。

 硝子細工のようだった。

 

 窓から落ちれば、体は壊れてしまう。熱を当てれば、きっと溶けてしまう。焼けてしまう。叩きつければ、折れてしまうだろう。

 

 ほら、弱い。

 

 人の子は、とても弱くて、とても笑える。しかし、もがくのだから、遊びたくなる。 

 馬鹿のような、その顔。よく、笑わせてくれる。

 必死に崖っぷちに掴まっている人間の指をひとつ、ひとつ外してみたい。

 そして、その表情を、焦りを、恐怖を楽しみたい。

 どんなに甘美だろうか。

 おいしいのだろうか。

 

 さあ、悲鳴をあげて。

 

 きっといい音が鳴るのでしょう?

 私に聞かせて下さいな。

 おやつに、あなたの恐怖に呪いをかけていただきましょう。

 

──さあ、手を合わせて。

 

 殺しましょう。

 

 この方の御霊が、地獄の沼へと堕ちることを願って。

 

「──amen」

 

 少女は、光の灯らない瞳で、とても楽しんでいる。気に入らない言葉を最後に吐いてあげた。それは、ご加護をもらえるのだろうか。

 皮肉には、とても良い。

 

 空腹が満たされていくかのようだ。ただ、この快感は忘れられそうもなく、ひとつでは足りない。

 

「見ていて──満たされる」

 

 そっと、呟く。

 憎むのが正しい。恨むのが肯定的。救いを求めた。しかし、牢獄へとぶち込まれてから、日の光を見たときは既に涙が出なかった。

 もう、涙などない。

 何を悲しむ?

 神様のことですか? 天使様ですか?

 分かりません。彼女は、思いながら、首を振る。

 ただ、悲しみなどは闇の中で喰われてしまった。

 心はカラカラに渇いていて、そして、水を欲していない。

 

 強いていうならば、

──血で湿らせて。

 

 出来れば、たっぷりと。

 恐怖を前菜に、降りしきる雨のごとく血を、浴びさせて。

 渇いた心には、ちょうどいい。

 

 人を殺せるような、力などないが。お姉さまの翼から、溢れ出る悪意のそれが、彼女の剣となる。

 祐人の剣とは真逆の思念。

 彼の、守護騎士としての思想を汚し、ひたすらに殺しを尽くす翼の舞。刃物の如き、翼を掲げ。

 蹂躙の如く、槍を振るった。

 

 人に為すすべなどない。

 

 死ぬしか、ない。

 しかし、それは、すぐに死なせてくれたら。

 

 苦しまずに、あの世へ送らせてくれたら。

 

 

 

 いつも、彼女を見ていた。

 金色の髪を揺らしながら、語る彼女を見ていた。

 今日は、来るのだろうか。

 明日は、会えるのだろうか。

 私は、彼女に会えているのに。

 

 彼女は私に会えていない。

 

 どうして、見えないのだろう。

 人であれば会えたのだろうか。

 触れられたのだろうか。

 

 彼女の声は届いているのに。

 私の声は届いていない。

 

 この胸を焦がすような気持ちを、人は何というのだろう。

 

 知りたい。

 

 ああ、人は──、なんと言うのだろう。

 

 

 

 

 悪意の境目に、優しさがあるとすれば、それは、何だろう。

 多分、それが人だろう。

 きっと、思いとどまる。

 

 どこかに、忘れていった落とし物を、拾うために、優しさを消すことができない。

 優しくありたいと想い、そして、冷たくされれば心は凍る。

 凍りついた想いを、溶かそうか。

 そう、もがけば、もがくほどに、優しさを凍らせてしまう。

 そして、諦めてしまうのだ。

 いつの日も。

 

 そんな誰かを忘れることが出来ていない者がいる。

 

『──相棒、そこに何かいる』

 

 ドライグの声に、足を止めた。

 どこか寒い。

 いや、──悪魔のみを寒気へと誘う。

 

 部活の帰り道。いや、早めに慣らすため、帰宅を命じられた。

 ひとりの悪魔。

 

 教会へと続く一本道。

 ここから、500メートル程先へ進めば、敵地とよばれる教会へ辿り着く。

 その一本道の端のほうに、白い体の何かが姿を隠している。

 

『おもしろい、からかってやろうか』

「ばっ──、やめろ」

 

 ドライグがくつくつとした笑みを漏らしたのが確認出来る。

 一誠は、嫌な予感、いや悪寒に体を震わせながらそれを止める。

 しかし、時は遅い。

 龍帝は、既に言葉を発していた。

 

『──おい、白ネズミ。貴様、尾が出ているぞ。まぬけめ』

 

 ビーン! と尾を一本に、空へと固まらせ、ゆっくりとこちらを覗く。

 手のひらほどに乗る体を向けて、こちらを睨んだ。

 

『失礼な。私を誰だと思っている?』

 

 金色の双眸。睨むはネズミという小動物と同じような存在ではなかった。  

 鼻先が長く、短くない耳を寝かせながら、前足を踏み出す。

 容姿はさながら、狐、いや狼、そのどちらかわかりづらいものであった。

 そして、それは一誠と目を合わせ、瞳を大きくした。

 

『……何故、人間が私を見ることが出来ている』

 

 警戒などではない。ただ、知りたいが故に。牙を犬歯のみ口元から覗かせ、もう一歩足を踏み出した。

 ただ、勘違いしている。成り立てとはいえ、彼は悪魔だ。

 

『──頭をわきまえろよ、獣。龍に好奇心を出せば、頭を砕かれるぞ』

 

 再び、ドライグ。

 彼が言葉を発せば、白い獣に金縛りがかかる。

 否応なく、縛られてしまう。

 頬あたりへ、汗のようなものを垂らすその獣は、やがて解かれた縛りから、こう言った。

 

『……頭を下げよう。かのような格の高い御方だとは知りもせず。──しかとして、頼みができた。人間、名を』

 

 獣は尾を降ろし、前足を揃えながらその場に座る。

 寝たままの耳には、「鈴」のようなものが結ばれている。

 どこか、力を感じた。

 そして、今だに寒気は続いている。

 

「兵藤、一誠」

 

 一言、そう口にした一誠へ、獣は大きく頷いた。やがて、再び歩き出し、一誠の足元で止まる。

 見上げる目線からは、どこか焦りを感じた。

 

『兵藤──私を、ある人のもとへと連れて行ってはくれないか。どうしても会いたい人がいるのだ』

 

 

 

 

 聖なる獣を、知っているだろうか。神に仕えたそれらは、知を使い、脚をもって人へ願いを聞いた。

 そうした彼等は、神の死後、散らばりながら人の行方を見守っている。

 彼は、その獣の血を引く。

 ただ、聖女としての優しさを心に持ち、ただ、人の想いを叶えすぎたが故に壊してしまった。

 心を、なくしてしまった少女を、どうか、救いたい。

 そう、一誠へ訴えた。

 

『人間には、私は弱すぎて、そう見えない。兵藤が私を視認できるのはおそらく、宿る御方の霊格のおかげだろう。兵藤の視格が引き上げられているからだろうか。それとも──人ではないからか』

 

 聖獣は、霊体に近い性質を持つと彼から聞いた。故に、人にはそう、見ることができない。

 

『──ここから、僅か数分といった所に教会がある。そこに、彼女がいるのだ。しかし、堕天使が群れていて、結界を張っている』

 

 彼は、そこへ立ち入る力がない。

 それほどに弱り切っていた。 

 

『……しかし、誰か力ある者に憑きながらであれば立ち入ることができる』

 

 ならばと、一誠へ頼み込んだ。

 わずかな悪魔の匂いなどこの際、気にすることでもない。

 ただ、あの子の所へと体を運び、再び日の当たる場所へと連れ帰る。

 それを、求めていけないことはあるのだろうか。

 

「──ちょ、ちょっと待った」

 

 一誠が、次々と述べる獣に対して両手を前に出し、言を述べる。

 それは、静止。

 

「いきなりすぎて、訳が分からない。それに……気づいていると思うが俺は悪魔になった元人間だ。教会には悪寒すら感じるし、おまえにも近づいているのが少し辛いくらいだ。──訳を詳しく教えてくれないか」

 

 一誠は、力を込めてそう言った。

 獣の表情を放っておけない。

 どこか、見たことがあるようで。

 

 そう、夢の中で。

 

 

 

 

『──あれは、彼女が本当に幼かった頃だった』

 

 

 教会にひとりの女の子が来た。

 みすぼらしい衣服に身を包んだ少女だった。とても、痩せていた。

 たいした歓迎を催すこともなく、ただ事務的に彼女は迎えられた。

 彼女は友達もいない。それは聖女として特に不思議なことではなかった。

 しかし、両親もいない彼女は愛情を知らない。だから、それが始まりだった。

 

 彼は、そこの教会に住み着いていた聖なる獣だ。

 その教会に集まる信仰により、力を得て、時々恩返しをする。

 いつもいつも、人を見ていた。

 

 嘆きにくる者へ少しの運を与えた。泣きにくる者へ慈悲を渡した。

 

 ただ、ただそうして過ごしていた。

 物悲しい。

 

『──彼女は、そんな私へ話しかけてきたのだよ』

 

 力のない彼は、信仰で得た力を人へ渡すために、“よりしろ”へ宿っていたそうだ。

 その教会には美しい大きな鈴を付けた鳥の像があった。

 翼を広げ、まるで教会へ来る人々へ幸福を与えようとしている。

 翼に付けられている鈴には、愛が宿り、その鈴の音を聞いたものには、天使が会いにくるという。

 そんな像に身を宿していた。

 

 聖なる象は、彼には心地いい。  だからその象へ宿りながら人を見てきた。

 

『──毎日、毎日。身振り手振り一生懸命に私へ、正確には象へ。必死に何があったか、何を食べたか』

 

 彼女は笑顔でそれを話すのだ。

 時々、目の端に涙を浮かべながらも、顔の形だけは崩さずに話すのだ。  

 バカみたいだと最初は笑った。

 何を笑顔でいるのだ。

 そんな、パン一つを何故、おいしいと笑うのだ。

 不幸を患った訪問者に八つ当たりされようと、

 

「あの方が、私へ不幸をお渡しになられればきっと。そう、きっと救われます」

 

 言うな。

 泣けばいい。

 人間など、どれだけ弱いというのだ。

 頭に石ひとつ当てられただけで、死んでしまう。

 そのような人生で、他人を想うなど滑稽で、滑稽で仕方がない。

 なのに──。

 

「聖鳥様。お名前はありますか? ないのであれば私に名付けさせて下さい」

 

 人を見てきた。

 様々な人を見てきたのだ。

 しかし──、

 

「綺麗な音──、鈴の音。あなたの、音。これが、愛でしょうか」

 

 どうして、自分の為にもっと生きない。聖女というのは、皆、こうなのか。

 

 本物の愛を求めないのか。

 

 笑顔で、涙を流して。

 その涙を流していることに彼女は気づいていなかった。

 自身の心など知らぬ。

 我が身を想わず、人を想い。

 あなたは、生きているのか。  

 

 その笑顔は──、 

 

 笑っているのだろうか。

 

『彼女は、それから別の教会へ移されたよ。不思議な力を宿したせいで。私は、せいせいした。……ああ、せいせいしたんだ。あのような女、見ていられない』

 

 彼は、気づいているのか。

 その、見ていられないは、どんな意味かを。

 悲しげな顔は、何を語る。

 もう、語っていた。

 

『彼女が時々、こちらの教会へ派遣されるたび、私の名を呼んだ。知らない名だ。それでも──私の名だ』

 

 隈がある。寝ていないのか。

 傷がある。

 ……何故、自分に力を使わない。  

 いつもそうだ。

 なぜ、この女はいつも。

 いつも、弱い。そして、綺麗だ。

 嫌いだ。

 

 好きになれない。

 好きになんかならない。

 それでも──そのもの悲しげな笑顔に、どうしても。

 

 惹かれてしまった。

 

 そんな顔をして。

 本当はこの象ともっと話しがしたいんじゃないのか。

 ひとりはさみしいと。

 そんな顔をして、言っていないと言うつもりか。

 

 なぜ、こんなにも揺れてしまうのだろう。

 彼女の心は、こんなにも揺らすのだろう。

 

 人間とは、わからない。よく、わからないな。

 

 ただ──……、

 

 ひとりは、やっぱり寂しいな。

 

 ひとりは辛い。

 慣れてしまった。

 彼女に用事があり、話しかけにこない日は、夜まで待ってしまっていた。

 待ち続けていた。

 

 彼女が、こちらへ来たとき。

 心が跳ねた。

 こういう気持ちは、何というのだろう。

 

 ただ、ひとりは寂しいこと。

 それだけは私も知っている。

 

 彼は、そう言っていた。

 

『──……知りたくても、知り尽くせないことばかり。それでも、私は、あの子を、ひとりにできない』

 

 出来損ないの聖なる獣は星へ願った。

 あの子がもうひとりにならないように。

 

 一誠は思う。

 この獣も人のことを言えないよ。

 あなたも、ずっとひとりだったのでは。

 寂しさを寂しくないと感じてしまうほどに、長い間、ひとりでいたのでは。

 流している涙に気づいていないのはきっと──。

 

『彼女が牢獄へ入れられ、その後、堕天使に連れ去られたと聞いた。私は──連れ返す。そして、もう離さない。傍にいて、見えなくとも。今度は私が話しかけたいんだ』

 

 人を愛しているのは君も同じだろう。彼女を、獣は愛しているのだろう?

 

 一誠は、ドライグへ話しかけた。

 だが、彼の決意は決まっている。

 

『……好きにしろ、馬鹿者。あの悪魔に殴られる覚悟を決めていろよ?』

 

 彼は、今日。

 適地へ向かう。

 

 

 

 

「──部長」

「……あの子、私の話、聞いてたのかな」

 

 部室で、ため息を吐いたのはリアスだった。彼女は、己の兵士が向かった方角へ目を見開いた。

 駒の反応が、危機を察知している。悪魔に不利になる“適地”へ踏み出そうとしているのが王には分かった。

 

「部長、僕はサポート、または引き戻しに行きましょうか」

 

 騎士が席を立つ。

 祐人は、剣を腰に下げながらそう口にした。

 小猫も両手にグローブを嵌めながら、目つきを変えている。

 

「──堕天使、本当に厄介ね。入り込んだだけでなく、この地域の廃教会で何かを成そうとするなんて」

 

 リアスは瞳を閉じた。

 机を指先で、トントンと叩きながら思考する。

 そして、やがて席を立ち、扉へと歩き出した。

 

「……使い魔からあそこの教会に大量の神父が集まっているのは知ってる。他にも堕天使が数名。あそこは一応、私たちにとって不利な場所よ」

 

 しかし、リアスは扉の前へ行った所で後ろを向き、言った。

 

「──片を付けるのはもう少し後の予定だったけど。さあ、グレモリー眷属、これより新入りの尻拭いへ行くわよ」

 

 彼女はみんなを見やる。

 仕方ないわね、なんて呟きながらも微笑んでいた。

 

『はい! 部長!』

 

 朱乃が、祐人が、小猫が。

 それぞれが声を出す。

 眷属新入りの彼の後を追いかける。  

 もう、彼らは仲間だ。

 

 

 

 

 しとしとと……水音が滴る教会。

 陰険な雰囲気を囲いながら、餌を待ち構えるように、どこか笑い声が聞こえる。

 内装は剥がれ落ち、銅像は腰から折れていた。そして、頭部のみ砕かれている。

 

『──兵藤。大丈夫か』

 

 おそらく、人には聞こえない声が石造りの教会へと響いた。

 一誠は、教会の雰囲気をどこか不気味に感じながらも、肩の横を向く。

 そこには白色の獣が一匹乗っていた。 

 

「……ああ。少し辛いけどなんとかな。──やっぱりごめん、もう少し聖気を落とせないか」

 

 獣から漏れ出す金色と白色の靄。

 水に絵の具を混ぜたようにジワジワと一誠を蝕んでいた。

 これを、聖気と言うのだろう。

 

『──わかった、やってみよう。……そして、すまん。兵藤には関係ないのにな』

 

 頭を下げた。

 耳元で、そう囁くほどの声音で発したそれは心からの謝罪だった。

 それに対して一誠は、言う。

 

「いいよ。会いたい人がいるんだろう? なら、会いに行こう。俺はおまえを落とさないから」

 

 それに、獣は一度目を開きながら、言葉を紡ごうとして──、止まってしまう。

 

「……どうかしたか?」

『ありがとう、兵藤。──ありがとう』

 

 感謝。優しさにありがとう。

 

 そうして、一誠は歩を進める。

 やたら響く靴底の音にどこか警戒感を醸し出しながらも進む。

 

『彼女は、この階の下にいる』

 

 獣は鼻先をピクリとさせながら言った。それに、一誠は頷き、目でくまなく辺りを見渡す。

 

「──あれか」

 

 下へ通ずる階段らしきものを見つけた。そして、その場から一歩を踏み出し──、

 

『相棒! 後ろだ!』

 

 ドライグの怒声。

 危険を知らす。

 何かの接近を察知した。

 鼓膜を徐々に揺らすそれは、間違いなく近づいている。

 

『BBoostt!!』

 

 重なる機械音。

 両腕に紅蓮の炎が灯り、駆け抜ける。一瞬にして、暗闇に身を染めていた教会の内部が光りを映し出した。

 

 何かを弾いた音がする。

 地に刺さったのを見れば、細い銀の剣。悪魔殺しの剣。

 

「──んだよ、誰が来たかと思えば悪魔じゃんか。めんどくせえから来んなよ」

 

 だるそうに声を出す。

 ゆっくりと体を引きずりながら階段横の銅像の影から姿を現した。

 白髪に射抜く双眸。

 痛みなど知らない。

 痛めつけることのみ知っている。

 それが快感だから。

 

 現れた青年は、右耳をほじくりながら見下した嘲笑を浮かべた。

 

「まあ……てめえらが来ねえと仕事が終わんねえからいいのか。さあて、──殺すか」

 

 死を映した瞳がうなりをあげた。

 何度も何度も死を見てきた者の目だった。

 

 青年が指をはじく。

 小気味のよい音が鳴る。

 そして──いっせいに銃弾が降り注いだ。

 ありとあらゆる方向に淡い魔力を纏った銃が浮かび上がる。

 光りを込めた、悪魔殺しの銃弾。

 けたたましい銃声が咆哮をあげた。

 

「きひひひひ! ひゃっほう! 堕天使すげえじゃねえか! 俺の指で全てのトリガーが引かれるよう仕組めるなんて、だてに堕ちてねえな! やっぱカス天使じゃねえんだ!」

 

 耳を障る奇声を銃声と共にあげながら、手にある銀の剣も数本投擲してくる。

 前方向から、体を射抜こうとするそれらは既に音速を超えていた。

 

『──相棒! 両腕から左右前後へ魔力を放て!』

 

 ドライグのアドバイスに一誠は頷く間もなく両腕を開き、赤き龍の力を使う。爪が大きく伸びた。  

 

『BBoostt!』

 

 音声が鳴り響くのと同時に一誠は放つ。

 

 赤き龍腕の肩口から電撃が走り抜けるように、何かが駆けてゆく。

 緑光を辺りへと撒き散らし、宝玉は光を倍化した。

 そして、宝玉の中心に龍の瞳が現れる──。

 

『Fire Of Ddraig』

 

 二度目、龍の砲撃が、放たれる。

 

 

 

 

 光が視界を埋める。

 特大な一撃を四方へ撃ちはなった。

 教会の地を削りながら進みを決して止めない紅蓮の咆哮は龍の口をしている。

 何もかも喰らおうと、破壊を撒き散らしならがら炎を走らせた。

 文字通り、通り抜けた後には何も残らない。

 

 そんな力を破壊という。

 

 教会に亀裂など入らない。

 隙がなかった。

 気づけば、東西南北へと抜けた龍の頭が見えた。

 それらはまるで意志を持つかのように睨みを利かせ、食い尽くす。

 あらゆる銃弾を吹き飛ばしながら、消えてゆく。

 

 教会は、瓦解していた。

 激しい暴風のみを残して。

 

「──すげえ……、けんどお、甘えよなあ……」

 

 連続して放たれていた銃弾。

 しかし、その数は途方もない。

 いったい何丁集めたのだろうか。

 

──いまだ、銃声をやめないものがある。

 

 一誠は、目を開いた。

 迫り来る銃弾は終わっていない。

 運良く、生き残った銃の魔術は、牙を剥き続けている。

 

「──しまっ」

 

 一度に放出した籠手をそれらに向けるが腕が足りない。

 全てが目の前まで迫り来るそれらを吹き飛ばすにはBoostが足りない。  

 汗を垂らしながら、一誠は──、

 

『私を盾にしろ、兵藤』

「──なにいってんだ、おまえ!」

  

 肩から飛び降り、聖気を増大させながら彼は言う。殆どない力を使い、徐々に肉体を増大させている。

 聖獣にとって、光の弾は効力こそないが、物理的威力はある。

 元々が霊体に近く、弱りきっている彼の体に耐えられる保証などなかった。

 牙を見せながら、立派な体躯を唸らせ、獣と相応しき相貌を露わにした。

 

『──本来の私の体だ。兵藤、あの子を頼む』

 

 狐と狼を混ぜ合わせたような恐ろしい目つきで彼は、言った。

 彼は一誠に覆い被さり、弾を待つ。

 体はどこか、透けている。

 聖なる気が、辺り一面へと吹き出していた。

 一誠は、それらが自身の体を蝕んでいないことに気づく。

 

 顔中に血のような金色の液体を垂らし、口元を激しく歪ませた聖獣。

 彼は、必死に聖気を、一誠から外へ逃がしている。

 

 刹那ごとに弱まっていく力。

 本来の彼の体から漏れ出す聖気は、小さな体であった頃の彼とは比にならず。

 ただ、命を削っていた。

 

『──ありがとう、兵藤』

 

 獣は瞳を閉じる。

 激しい息を吐きながら、体を震わせていた。

 

 聖なる獣は、神が創りあげた人との遣いである。

 神が死に絶え、彼らは自身を保つことが難しい。

 その中でも力のないものは、一生、“よりしろ”へと体を任せ、人を見守る。

  

 聖気の塊である、生物と霊体の曖昧さの中で生きる彼らは、

 

『私は考えていたよ。神になりたい。死んだ神を信じ、信じた全てに裏切られた彼女の神様になれないか。私は裏切らない。そばに、いる』

 

 彼は、言っていた。

 神が死んだ。

 人を見つけた。

 人は、彼女を落とした。

 ならば──、

 私こそ、彼女が信じれる友(神)に成れないものか。

 

 迎えにいけない。

 烏滸がましいだろうか。

 私でなく、像でなければだめだろうか。

 

 わがままを言えるのならば、私は。

 私は、彼女の“本当の”笑顔が見たい。

 

「──そこの聖獣、なに諦めてんの」

 

 紅黒い魔力が、二人を覆う。

 そこへ届く銃弾は、その魔力へと呑まれながら姿を消した。

 跡形もなく、消えたのである。

 

「兵藤君──僕たちは仲間じゃなかったっけ?」

 

 はじく音がした。美しい剣の舞。

 光を喰らう刀身が眩く光る。

 上空に浮かぶ銀色の銃を、切り裂いた。

 

「……男の癖に。……ケーキ、奢ってもらいます。……あ、やっぱりお金だけでいいです。一緒に行きたくないので」

 

 白髪の少女は、白髪の青年に肉薄し、拳を突き出した。不意を着く一撃が彼の横腹へめり込み、吹き飛ばす。  

 

「クソ、が……。いつか、殺してやる……」

 

 血を流した青年は起き上がり、窓を割って外へと逃走する。

 

「うふふ、あらあら。──消えなさい」

 

 雷が悲鳴をあげた。

 辺りにいまだ浮かぶ銃へ落雷を。

 黒髪がしなりながら、揺れながら、彼女は、微笑む。

 ドSな笑みで。

 

「……部長、みんな──」 

 

 一誠が呟く。

 驚きを貼り付けた表情だった。

 

『──お、まえ、たちは……』

 

 片足を付きながら、獣は苦しげに言葉を吐いた。

 その姿は徐々に小さくなり始めている。

 聖気もまた、収まり始めていた。

 

「私はグレモリー。リアス・グレモリー。その子の主よ」

 

 一誠の様子を一瞥し、隠しきれていない安堵をつきながら、今度は威厳のある姿でそう言った。

 獣は一度その髪色を見てから、どこか納得したような表情をする。

 しかし、立ち上がれていない。

 そして、体はうっすらと透けたままである。

 

「……言いたいこと多すぎて忘れちゃいそうだ……。えっと……その聖獣の事は今はいいわ。一誠、目的だけ、簡潔に話しなさい」

 

 リアスは一度、額に手を当て、逡巡した後言った。

 一誠は、複雑そうな表情をするが、やがて視線を合わせ口にする。

 

「──下の階にいる、優しい女の子を助けにいきます」

 

 

 

 

 走っている。

 それぞれの靴音を石造りの階段へと響かせながら、走っている。

 やがて、辿り着いた下階に足を下ろした。 

 ゆっくりと扉を開ける。

 

「──何人いんのよ、これ」

 

 祭壇。

 奥行きのある空間の奥には奉られるような椅子がある。

 そして、その上空。

 八枚の黒い翼が、四人の堕天使は共に彼らを迎える。

 

 ざっと百人程の神父──とすら形容出来ない残酷な笑み。

 それぞれが手に何かを持っている。

 銀の剣。光の銃。

 そして、十字架。

 

 リアスは先頭に立ち、前を向きながら言う。

 

「──そのまま聞きなさい。祐人と小猫は共に道を開ける。私と朱乃で後方サポートをするわ。一誠は──」

『私を──彼女の所へ。頼む』

 

 獣が一誠の手の上でそう呟いた。

 より小さくなった体をぐったりさせながら彼は、瞳に宿す力を失わない。

 リアスはため息の後、

 

「一誠の肩に目一杯捕まってなさい。いいね」

 

 獣の頭を優しく撫でながら言った。痛みはない。

 

 もう、痛くないほどに。

 

『ありがとう』

「まったく。悪魔にしちゃうわよ。──さあ、行くわ。祐人! 小猫!」

 

 リアスは冗談を口にした後、指先を前方へ向ける。

 それが合図だった。

 

『はい! 部長!』

 

 彼らは走り抜ける。

 

 

 

 

「さあ、アーシア。準備はいい?」

「勿論です、レイナーレお姉さま」

 

 悪意の準備を始めよう。

 レイナーレはこちらへ向かいくる悪魔たちを見ながら酷く穢らしい笑みを浮かべている。

 

 彼女は、悪魔を殺す。

 復讐でもない、ただ、悪魔を消したいだけ。

 

「──魔王の妹を消したら、どれだけの報酬を貰えるかしら」

 

 そのためにアーシアを使う。使って使って、そして使い切れたら。

 神器を戴こう。

 

 ああ、楽しみだ。

 その願いは叶うのだろうか。

 

 そして、彼女は。

 奥にいる龍へ気付いていない。

 

 

 

 

 騎士が風の如く、駆け抜ける。

 そのギリギリ触れない距離で猫又が拳を突き出した。

 疾風を放ちながら、一直線に。

 主の命に従い、主の道をつくる。

 

「神父──人間が僕らを見れるかい?」

 

 音速そのものとして、剣を投擲しながらひたすら駆ける。

 タンクローリーを丸ごと突っ込ませたような打撃に幾人もの男が吹き飛ばされる。

 

「……男。……おら、吹っ飛べ、消えろ」

 

 少し、にやけている彼女が怖い。

 

 道の左右に広がる神父へ、右から落雷が飛ぶ。

 左からは消滅の魔力が覆うように呑み込んでいく。

 

「──部長、剣の許可を。祭壇まで道を開けます」

 

 祐人が、後方へ言う。

 左腕で剣技を繰り返しながら、右腕に集まる紅闇の粒子。闇をより、闇へ。夜の月すら隠す。

 

「……一振りのみよ。許可します」

「仰せのままに」

 

 騎士の視界がかき消される。

 己の憎らしい因子に影をつけよう。皮肉に皮肉を。

 闇には、憎しみを。

 

「──龍の鱗を破るは己自身。君たちにそれ以上の鱗はあるかい?」

 

 刀身が、毒々しい紅に包まれてゆく。

 闇より深き、漆黒の剣に主の証を。

 

「──鱗破の劍」

 

 たった一振り。

 その一振りが翳された瞬間。

 紅黒い斬撃が飛ばされた。

 

 悪魔の騎士の剣舞。

 

 己の闇を刀身へ乗せ、前方の彼方まで届かせようとする、一振り。

 

 神父たちが血を吐きながら、八方へと消えてゆく。夜にのまれながら、龍の鱗を砕く剣の一撃は、見事、祭壇までの道程を開けた。

 

 

 

 

 グレモリー眷属が見上げる。

 堕天使が見下ろす。

 祭壇を境目に、二種の種族が睨みを利かす。

 

「あら、いらっしゃい。魔王様の妹君様。また、会えましたわね」

 

 レイナーレが嘲笑を浮かべながら、そう言う。彼女を取り巻く堕天使たちも口を裂けさせた。

 リアスは一言、言った。

 

「──女の子はどこにいるのかしら?」

「女の子? さあ、そんなものはいないけれど」

 

 レイナーレは、バカにしたような素振りを見せ、リアスは目元をきつくしながら、再び問う。

 

「あなたが誑かした女の子を出しなさい」

 

 かつて言ったはずだ。

 人を誑かす悪鬼を始末するのが仕事だと。

 そう、彼女は言ったはずだ。

 

「──まあ、悪魔のお嬢様はなんて余裕がないの!」

 

 両手の平を口元へ翳しながら、大袈裟にレイナーレは言った。

 眷属の皆が憎々しげに思う中、そこへ一つ、声が響いた。

 

『──貴様、アーシアをどうした』

 

 力強い声音。

 眷属の後方へと回っていた一誠の腕から下りて、リアスの前方へ立つ。

 震えている体など知るものか。

 彼は、聖なる獣。

 天使より堕ちたる存在に退くものか。

 

「あん? えーとお……その透けてるきったないわんちゃんはなにかなあ? ねえ、お嬢様」

 

 目を凝らし、まるで遠くの山でも見るかのようなジェスチャーをする。

 どこまでも舐めきった女だと、一誠は思った。

 そして、怒りに震えた。

 初めてである。

 初めて、怒りに震えた。

 

 生きてきて、初めて。

 

『アーシアを返せ。彼女は貴様のような穢らわしい生き物といるべきじゃあない。彼女を返せ』

 

 微力の聖気が彼の周りを舞っている。力尽きるまで、彼はアーシアを目指す。

 

「穢らわしいですって……? 悪魔といる聖獣に言われたくないわ」

 

 消えなさい、と放たれる光槍。

 獣は、その場から飛び退こうとして、足に力を込めた。

 震える足は、言うことを聞くのだろうか。

 

 それと同時に、全ての堕天使たちの光槍が放たれた。

 元から造り出しておいたのだろうか。数本ではきかないその物量。

 悪魔にとって、絶大なる槍。

 

 放たれる。

 

『BBoostt!!』

 

 全員が構えるなか、リアスは獣を抱き上げる。そして、祐人が一瞬にして間合いに入った。

 しかし、さらに間合いに入ったのは──、

 

『ふざけてくれるじゃないか、女。俺は貴様を消すぞ、決めた。──運命を呪え』

 

『Ddraig Booster Right Second Revolution!』

 

 籠手から発動される業火に目を開く。

 片方の瞳に緑色の光を宿しながら、一振りで全てを破壊できそうな爪を光らせ、彼はいる。

 

「イッセー……なの?」

 

 ドライグのような、それでいて一誠のような。

 図りかねる声色は威光を含んでいた。

 

 紅く、真っ赤に彼の胸は眩しい。

 心臓は、唸る。

 

『必ずやおまえの願いを叶えさせたい。──こい』

 

 一誠は緑を宿す瞳をリアスへと向け、獣の背中を掴み、肩へ乗せた。

 

「──なんで赤龍帝がいんのよ!

まさかッ!」

 

 レイナーレは、戦慄しながらリアスを思い切り睨んだ。

 焦りの中に、殺意を特大にして。

 

「ええ、彼は私の兵士。グレモリー眷属、最強の兵士よ」

 

 リアスは、睨み返しながら返した。レイナーレは、再び槍を生み出しながら言う。

 

「……なんでお前みたいな女のもとにッ。悪魔などが飼えるものか!」

「飼わない。私は眷属を飼っていない。一緒にいるの」

「──ッ。アーシア! 歌いなさい!」

 

 レイナーレが後ろへ叫ぶ。

 それと共に獣が威嚇のような構えをとった。

 

 カツン、カツンと。

 ゆっくりそれは鼓膜を鳴らす。

 奥の影から出てくるのは──、

 

 真っ黒に染め上げたような修道服に身を包んだ金髪の女性。

 

『──アーシア!』

 

 そして、獣の叫び。

 

 

 

 

「はい、レイナーレお姉さま」

 

 操られているかのように。

 光を灯さない瞳で、彼らを見渡しながらニコリと微笑んだ。

 

「──生より、死より。天より、闇より。聞いてください、聖歌」

 

 眷属一同に悪寒が走り抜けた。

 恐ろしく呪いを含んだその声。

 美しく、背徳な歌声。

 聞く悪魔を、冥界から明確な地獄へ突き落とそうとする。

 

 こんなものは聖歌ではない。

 

 死歌。

 

「──みんな、耳を塞ぎなさい! 脳に呪いをかけられるわ!」

 

 リアスが呼び掛ける。

 悪魔に向けての本来聖なる歌声が、ただ殺しの兵器とかしている。

 

「あはははっ! どう? どう? 悪魔へ向けた呪いの歌声は。痛いでしょう? 苦しいでしょう?」

 

 レイナーレが腹を抱えながら大声で笑う。

 魔王の妹が、とてもいい気味だ。

 そう、笑う。

 

『貴様……。アーシアの感情を弄り、助長させたな』

 

 獣が牙を剥き出しにしながら、そう言った。

 一誠は、下を向いている。

 耳を塞いでいない。

 ただ、無表情に。

 下を向いている。

 

 それに気づいたリアスが、彼の耳を塞ごうとした。

 自身はその間、呪いを受ける。

 しかし、彼女はそれでも。

 

『──大丈夫。あなたは耳を抑えていて。俺は彼女の所へ』

 

 一誠がリアスの手を彼女の耳へと戻した。

 それを見つめるリアス。

 不安の色を隠せない。

 

 しかし、

 

「──わかった。無事でいてね」

 

 信じることにする。

 

 一誠は進む。

 そこへ槍が降ろうとも、銃弾がこようとも。

 

 ただ、一誠が今やることの最優先事項は──……

 

『Transfer!』

 

 左の籠手が譲渡する。

 

 

 

 今日も鈴の音を聞きました。

 愛を込めた音を私は聞きました。

 天使様は来てくれるのでしょうか。

 美しい翼をはためかせ、私を連れて行ったりするのでしょうか。

 楽園はあるでしょうか。

 

 そこは楽しいですか?

 

 お腹はいっぱいになりますか?

 お花は綺麗ですか?

 季節の香りをかがせてくれますか。

 

 でも、そこには──この御方はいません。 

 

 天使様、どうか私の願いを一生で一度だけ叶えて下さい。

 

 どうか、目の前の聖象様に命を与えて下さい。

 

 愛は──。

 

 そうして、私は今日も。

 

 今日も、鈴を鳴らします。

 

 叶うと、いいな。

 

 私は──愛が欲しい。

 

 

 

 

「────────」

 

 呪いの歌劇。

 彼女は歌う。

 幸せそうに、歌うのだ。

 

 ただ、涙を流しているのを彼女は知っているか?

 気づいているのか。

 

 彼女が愛し、そして愛された象に宿りし命は、

 

 すぐそこにいる。

 

 

『アーシア……』

 

 悲しげな瞳。

 やまない呪い。

 

『BBoostt!! Explosion!』

 

 両腕の砲撃。

 先ほどよりも威力を上げた両撃は仲間を盾にしたレイナーレを除いて、塵へと返す。

 

「──ッ。アーシア、こい!」

 

 レイナーレは、いまだに歌声をあげているアーシアに身を寄せ、そして引っ張り上げた。

 さらに、首もとに槍を構える。

 

「ははは! これでその砲撃を撃てるものなら撃ちなさい。私はこの子と共に消えてもいいわ」

 

 彼女が唯一、赤い龍帝を止める方法。

 アーシアを人質とすること。

 レイナーレは嬉々として笑みながら一誠を見下ろした。

 

『──忘れているな』

 

 一誠は一言、言い放つ。

 その雰囲気に汗を浮かべながらもレイナーレは、

 

「は、はあ? あんたの言葉で二度と縛られないわ。ハッタリかますのも──え……」

 

 レイナーレの真後ろに覇気を吹き出しながら、聖なる獣が牙を覗かせる。巨大な体躯がそこまで迫っている。

 

『龍帝の力──しかと、受けた。私は……』

 

 一時的なもの。

 増大した力は、己自身を痛めるかもしれない。

 その力を受けきれるほど彼の体は強くないのかもしれない。

 しかし、人を想う。

 

 それだけで獣は、奇跡を起こす。

 

『──彼女の神になろう』

 

 金色の双眸。金色の紋様が彼の体を巡る。

 聖なる神に仕えし本来の獣は、神を裏切り、想いの人を誑かした存在に今宵、制裁を加える。

 

 

 

 

 レイナーレの悲鳴。

 彼女のどこか見えない魔力の線がアーシアから切れたような気がした。

 一誠は同時に飛ばされるアーシアを受け止め、顔を見る。

 

「──……。痛い、苦しい。助けて」

 

 徐々に止む歌声。

 彼女は、どこを見ている。

 天井か、どこか。

 目に光は宿らない。

 

「ぐっ……あ、ああああぁぁぁ……、助けて、下さい。私は──私はあぁ!」

 

 人を恨みたくない。

 愛を持っている。

 愛を、渡せるような人に。

 

「歌い、たく──ない! 私は、不幸な、歌なんか……やだぁ。いや、です」

 

 再び紡ごうとしてしまう死のメロディーを必死の思いで留まろうとする。

 

「──助けて、聖象様」

 

 懇願。あなたへ。

 

──シャラン、シャラン。

 

 響いたのは、愛の音だった。

 

『アーシア』

 

 鈴の音が。

 アーシアの瞳に一瞬、光が灯る。

 

「……え。いる、んですか? いるんでしょう?」

『……アーシア、私はここに』

「──どこに、どこにいるですか」

 

 音だけが虚しく響いた。

 見えない。

 

 あなたを追いかけて。

 会えました。

 

 そして──見えません。

 ここにいるのに。

 瞳の先にいるんだよ、アーシア。

 

「……良かった」

 

 涙をこぼしながら。

 彼女は、微笑んだ。

 

「天使様は──願いを叶えて下さったのですね」

 

 

 

 

 神器というもののせいで、私は教会から牢獄へと。

 人のために、生きてきました。

 

 花の香りを嗅いだのはいつでしょうか。

 憶えていません。

 私の記憶にはきっと、聖象様に語りかける私しか、いないのでしょう。

 それは寂しいですか?

 

 私は満足です。

 

 ただ、話してみたい。

 友達になれたなら。

 

 きっと、たのしいでしょう。

 

 悪魔すらも生かしてしまう私はいけないのでしょう。

 優しさを間違えたのでしょうか。

 

 牢獄の生活は、今までとそこまで変わりませんでした。

 ご飯も、人にかけられる言葉もきっと、そこまでは変わらないのでしょう。

 

 ただ、あそこへ行けない。

 行けないのです。

 

 それだけがとても。

 物凄く、悲しかった。

 

 

 触れた人の夢を一誠は見た。

 覗いたみたいで、少し悪い気がする。

 それでも、こんなのってあるのだろうか。

 目の前にいるのに、鈴の音は彼女へ届くのに。

 

 言葉が届かない。

 

 思い出で我慢出来るほど、強くはない。

 

 彼女の体に毒が広まる。 

 呪いを己が受けてしまう。 

 苦しそうな声を出しているのに、どうして──そんなにも。

 

 満たされた顔をするんだよ。

 

『兵藤』

 

 獣が何かを言っている。

 薄くなり始めた体を起こしながら、獣のくせに、笑っている。

 

『──もう一度力を私に』

 

 いやだ。

 そんなことをすれば。

 そんなことをすればきっと、

 

「お前が消えてしまう」

 

 なんでお前までそんなに満たされた顔をする。

 一誠には分からなかった。

 

『お願いだよ、兵藤。私は──彼女を救う神(友)になりたい』

 

 二人を助けてやりたい。

 やれない。

 

 一誠は、泣いていた。

 彼の周りを眷属が、駆けつけ囲んでいる。

 

『なんでお前が泣くんだ。人はすぐに泣くし、すぐに怒る。だから、すぐに笑えるだろう?』

 

 無理だと頭を振った。

 

「そばに──傍にいてやるんじゃないのか。話しかけてやるんじゃないのか」

 

 今度は獣が頭を振った。

 

『兵藤、私はわがままだろうか。彼女を頼む』

 

 薄れをより早めた獣が言う。

 そして──、

 

『Transfer!』

 

 優しい彼の想い、願い。

 

『ありがとう。兵藤一誠。初めての友』 

 

 一誠は、涙を零した。

 

 この気持ちを何というのだろう。

 そう言っていたのは獣だった。

 

 人はこのような想いを何というのか。

 

 彼がアーシアでなく、一誠を初めての友人と評したのはどんな理由だろう。彼女への想いは、友人ではなかったのか。

 

 ならば──。

 

 愛しき想いを、どう表すのか。

 彼は、知らないのだろうか。

 

 それとも──今、知ったのだろうか。

 

『──また、いつか。アーシア』

 

 呪いにもがく彼女の胸へ溶けてゆく。聖気の塊である聖獣が消えていく。

 

 一誠には、彼が何をしようとしているのかが分かった。

 

『……己を薬とし、邪気である呪いを消しているな。相殺だ』

 

 籠手の消えた腕に緑の宝玉が現れる。

 

「……そっか」

 

 彼が完全に消える時、耳に付けてあった鈴がアーシアの胸元へと落ち、最期の音を鳴らした。

 

 名前も知らない友となった聖獣は──、消滅した。

 

 

 

 

「──様」

 

 初めての名を呼ばれる。

 初めて、目を見て呼ばれる。

 

 初めて──“会えた”。

 

「あの象の鈴は、あなただったのですね」

 

 “よりしろ”に宿しきれなかった鈴は、人々から愛が込められていると言われた。

 

「……胸が、暖かいです。あなたの──」

 

 これは夢だろうか。

 彼女はもう無事である。

 そして、眠っているのだ。

 

「あなたは私の天使でした」

 

 別れがくるのだろう。

 逝きたくない。

 

「どうか、鈴の音を聞かせてくれませんか?」

 

 それでも。

 彼女のもの悲しげな笑顔はなく。

 

 今度は彼女為だけに。

 この鈴を鳴らすのだ。

 

──シャラン、シャラン。

 

「……いい音」

 

 この想いを人は何というのだろうか。

 

 もう、残りの毒は消える。

 私もきっと消えるだろう。

 

 ならば、最期に私が伝えるのは──、

 

『アーシア』

「はい」

『ずっと。幸せに。君の永遠に幸あれ』

 

 これでいい。

 これがいい。

 

 私はこの最期がきっと間違いなく、人のために、このような娘の為に使った最期が。

 

 一番、幸せだった。

 

 

 

 あれからアーシアは目を覚ました。

 一誠は、彼女の瞳を覗くがそれにはとても優しい色がある。

 

「あなたたちは──」

 

 憶えていないことならば。

 もう、忘れていいだろう。

 一誠は、彼女の手を取りいった。

 

「もう、いいんだ。君はその鈴を大事にするといいよ」

 

 言われた彼女は胸元にある鈴を見て、

 

「あ、れ……。どうして、あれ、なんか、ごめんなさい」

 

 涙が鳴らす。

 

 その音を鳴らした。

 愛を鳴らすのだろう。

 

 聖獣と彼女にあったのは、一つの絆。

 名前をもらい、愛を渡した獣は、きっと彼女の胸元で眠っている。

 

 今日も、ほら。

 

 その鈴を鳴らして、愛をあげよう。

 

 今度はアーシアが鳴らして、

──獣に愛を、あげようか。

 

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