Refrain - Welsh Dragon:Ddraig×Ddraig 作:桜咲く日に
泣く日々に終わりを告げた。
そして、寂しげな笑顔は顔から落ちる。何もかもが、世界を変えていて、ただ、変わらないのが、この鈴の音。
愛をくれたのは誰だったのか。 最期まで、想いを込めてくれたのは、果たして誰だったのか。
頬を伝う涙は、冷たくない。
とても温かな温度を教えてくれる。氷のように心を覆うものは目から出なくなっていた。
彼女は初めて知ることになる。
心を痛めることでしか流せないと思っていた涙は、それだけじゃあない。
いつも、胸に宿る彼の温もりを涙に変えて。
暖かい優しい雫を再び零す。
“さようなら”。
◆
あれからアーシア・アルジェントは一旦駒王学園旧校舎、部室へと移される。
そして、その中でリアスに毛布を頭からかぶせて貰い、柔らかいソファーへと腰を降ろした。
その間に淹れられたであろう朱乃による紅茶で喉を潤す。
暗い中に心を落ち着かせるような淡い色を醸し出すロウソクの火が、近くにあるわけでもないのに暖かかった。
「……ん……」
少しずつ、戴いた紅茶を胃に落としていく。舌をゆっくりと回し、少し入れられた砂糖の味にどこか息をつく。
紅茶の水面が僅かに揺れる。
その手は少しだけ、震えていた。
「……喉大丈夫? 痛くない? 飴、いる?」
プライベートとなんら変わりのないリアス部長は、妹とでも心配するようにその女の子──アーシアの様子を気にしている。
アーシアは、一度喉元へ手を当て、すっと撫でた後にゆっくり言葉を紡いだ。
「……大丈夫、です。だいぶ良くなりました。あの──……」
言葉が出てこない。
まずは何から話せばいいのだろうか。
感謝だろうか、正体だろうか。
鈴の主のことだろうか。
わからないことばかりで嫌になる。
「……聞いてね。私たちは……、その、悪魔なの。怖い?」
恐る恐るといった様子でリアスはアーシアへと訪ねる。
彼女がどこまで記憶を残しているのかはわからない。しかし、堕天使をどこかで怖がっているとするならば、自分たちのことも怖いのだろうか。
一誠とは違い、どこまで彼女の心は保つのだろう。
人にとって、やはり聖女にとって、自分たちは異物だろうか。
しかし、アーシアはリアスの物言いにこそ、驚いたように目を開き、すぐに優しい瞳をする。
それは、聖女の微笑みだ。
「とても。とても……悪魔というのは優しいのですね。いろいろ知らないことばかりでした。私は──あなたたちに、救われたのですね」
知っていたんだ。
憶えているのだろうか。
魂そのものを、君へと捧げた、世界で誰よりも人の為に生を尽くした獣を憶えているかい。
──彼のことも、憶えていてくれているのだろうか。
一誠は、思う。
そして、彼女へ伝えられるのならば、どのような言葉こそ、相応しいのだろうか。
『名を、貰えるのは初めてなんだ、兵藤。……照れくさいよ、名前など。生まれて何千と名無しだ。神の遣いで、人の遣いで。──私は、明確に“生き物”としても生きていいのだろうか』
彼女からもらったそれは、なんて名前なのかを俺には教えてくれないか。俺にも、呼ばせてほしい。
きっと綺麗な名前なんだろう。
鈴が鳴るような、時折季節をかがせる。
儚い少女を支えた大切な。
『彼女は、生まれてから楽しさで笑えたことがない。だから兵藤──もし、彼女と帰れたならば共にどこか花を見に行こう。西にとても美しい丘を知っているんだ。人は、そしてその女は花が好きなんだろう? だから、私と共に、彼女と共に。君を通して話をしよう。──楽しさで笑えるような、事をしよう』
いくらだって付き合ってやるのに。
君が話し続ける限り、彼女にそれを伝える。目を見る限り、位置を教えよう。
触れるその手に、笑うその声に。
人間だとか、獣だとか。
そんな引け目もなにもかも消えてしまうくらい、二人の近くにいてもいい。
俺とドライグもそうだ。
龍とか人とか悪魔とか。多分、関係がない。
言葉があるなら、「好き」だと伝えれば、想いは叶うはず。
見たかったんだ。
今度は、二人が二人を想える、そんな所が多分。
見てみたかった。
話をする獣は、僅かな時間で多くを語った。
『聖獣と聖女といっても、どこまでも獣と人なんだ。重なる文字と重ならない文字は、とても遠い。……神はきっと優しいんだろう。いつか、長い時を経て、別れがくる。そばに居続けられない獣に、そして長く時を往けない人に。──酷く優しい』
想いは覗けるのに。
二人のその手は、指は重なることが出来ない。
そして、出逢いを知れば、暖かさを知ってしまえば悲しみは増す。
寂しい。
多分、一人にでいたときよりも、知ってしまえば彼女の寂しさが辛い。伝わらない気持ちが悲しい。
なぜ、もっと生きることが出来なかったのだろう。
最後に彼女と出逢い、そして彼女の為に死ぬなんてそれは彼だけの想いじゃないのか。
彼女の想いは──……、
『………………』
ドライグは、何かを知っている気がした。
彼女を置いていけるのは、何故なのかを。満足しながら、彼女の未来を願えたのは。
「本当にありがとうございます。……私の心の弱さが多くの人を傷つけたのですね。とても酷いことをしたのをどこかで覚えている気がするんです。私は……最低です」
彼女の握り締めた手からは鈴の音がした。
愛を与える音は、部内の沈黙を飾った。
違う。
そうじゃない。
アーシアは鈴を胸に当て、そして目を閉じながら語り出す。
「なんだか、夢を見たような気がします。空は雲がありました。日の光がとても優しくて、風が綿毛を飛ばすんです。とても綺麗な丘の上で、その下には様々なお花があるんです。そして──この鈴の音を聞きました」
シャランと鳴らした。
泣いてしまいそうになる。
聞くたびに思い出してしまって、そのたびに“可哀想”だなんて思うのは不謹慎だろうか。
「初めて夢を見ました。本の中で見た“夢”というものは、こんなにも綺麗なものだと、初めて知ったんです。おかしいですよね、とても。あんなに色々な事があった中で、こんな夢を。……幸せに思ってしまいました。あなたたちにあのような不幸を渡しておいて」
木場が拳を強く握り、顔を逸らした。小猫がどこかの誰かを想いながら、何かを重ねている。
失ったものの大きさを皆、知っている。
目の前で、消えたそれの全てを知らずとも、想像出来てしまう。
あのような、必死な彼を見たのなら、きっと。
「君は──その鈴をつけた獣を見たかい」
言葉を発す。
一誠は、アーシアを見つめた。
アーシアは、
「はい。すごく美しい毛並みをした。伏せた耳からこの鈴を付けていて、体に金色の紋様を走らせる、大きな方を」
夢の中の、彼は彼だった。
本当の姿を見せたかった。
最初で最後の逢瀬は、“自分”がよかったのだろう。
「──その獣はね、君のことを──」
『──約束、してほしい』
「何を?」
『私が話したことを誰にも。その時に、私から伝えたい。その時は兵藤──その場で伝えてくれるかい?』
「ああ、もちろんだ」
ああ、ダメなんだ。
なんでこう、うまくいかないのだろう。
こんな約束なんて。
もう、あってないようなものなのに。それでも、
『──約束、してほしい』
どうしようもなく、ずるい。
なんて、卑怯な獣なんだと、思ってしまう。
とても大事な言葉なくせに。
心を俺ばかりに見せて、魅せられて。
明かせない秘密だけをつくっていくんだ。
守る側にもなってほしい。
「……どうしました?」
「……幸せになっていいんだ。その鈴は愛をあげるんだろう? だから、そのためには持ち主の人間が幸せにならなくちゃいけないよ」
これくらい、いいだろ?
想いをギュッと詰めたら、こうなんだろうから。
これくらい。
あの世で、少しくらいは照れさせたって、文句を言うなよ。
アーシアは、その言葉に優しく笑みながら、「はい」と言った。
「あの方にも同じことを言われた気がします。私の渡した痛みを、そして悲しみをいつか埋められるような。そんな女性になりたいです」
きっと、彼のように。
◆
行くところもなく、頼る当てもないアーシア・アルジェントはリアスが一時的に引き取ると連絡があった。
再び、教会へ戻してしまっては意味があるはずもない。
約束したのだ。
任せると。
頷いてしまったんだ。
任されると。
彼女の歓迎会として、今日は朱乃の住む神社でたくさん話をするらしい。
お菓子を買い、ジュースを用意する。
女子のメンバーのみで行われるそれは、騒いでも近所まで音が届かない場所だからこそ、その神社なのかもしれない。
ただ、今日。
彼女は、よく笑っていたらしい。
とても。
◆
その日の夜、一誠は自室でベッドへと横になりながら、目を閉じていた。
「別れだけはどうにも、慣れない……。ドライグ、これはダメなことか」
ドライグはただ黙りながら、何かを伝えようとした。
しかし、やがて言葉で示す。
『……さあ。悪魔なら、いつか慣れるさ。長い長い時の中でお前は慣れるさ。そして、俺は──もう慣れたよ』
その言葉にはとても重みがあった。
ずしりと感じる言葉に、空を見上げてしまう。
今も、人はどこかで死んで、そして、誰かが泣いているのだろうか。
慣れたよ、と言うドライグの声音に儚さが宿る。
君は……、どれだけの人を見てきたのだろうか。送ってきたのだろうか。
泣いたことはあるのか?
叫んだことは、あったのかい?
一誠は、それを口元まで出そうとして止めた。
きっと、どれもないのだろうと一誠は思った。
心で泣いても、顔には出さないはずだ。
今回のことも、彼は何も言っていない。それは辛くないのだろうか。
しかし、その理由はこれだけで事足りるのだろう。
──彼が、どこまでも“赤龍帝ドライグ”だから。
ならば、聞いてみたいことがある。
一誠は手を天井に翳しながら考え込んだ。
慣れている気がしたんだ。
しかし、それでも心をどこか細い糸で縛るみたいに、苦しくなる。
──殺しに慣れていいのだろうか。
堕天使を殺してしまった。
あそこでは、ああするほかなかった。いや、他に方法は本当になかったのだろうか。
初めて死ぬ時の想いを覗いた。見てしまった。
初めての──悲鳴の音は、とても怖くて、痛そうだ。
体じゃなくて、なくなる命に心がとても痛そうだった。
辛いとか、泣きたいとかそうじゃない。味あわなければわからない。
──ドライグ、俺は犬や猫の死にゆくところすら知らないんだ。
死んでいるのは時々、道路や公園で見かけたよ。
当たり前のように、捨てられた彼らはなんて思って命の火を消したのだろうか。
どこまでを恨みとしていたのか。
人を──殺したいほど憎んだだろうか。
涙を流せない生き物は可哀想だと思う自分がいた。
悲しいと言えない彼らは、気づいてもらえない。
わかってもらえない。
悪いからと、ただ殺すのは良いこと何だろうか。
名も知らない友人を思い出す。
誰もがあんな死に方を出来ればそれは幸福何だろうか。
それは、まだわからない。
ただ、彼を見て知った。
──世界で一番重いのはきっと、命だと知る。
わからないことばかりだ。
『──悪魔になっても思考はまるっきり人のままだな、相棒』
「心は人だよ。きっと」
『俺は殺しも慣れたよ。生まれ落ち、そしてすぐに誰かを食べたさ』
「それは、痛いのか」
『心は痛かった。──しかし、死ぬわけにはいかない。お前たちは見ていないだけで散々生き物を喰らっている。その分、きっと残酷なのは人だろうな』
「理由は?」
『──喰われることが決められた生など、価値があるかわからない。人にとって価値はあるが、人が喰われるために生かされたと知ったとき、同じことを思えるか?』
どうだろう。
いや、決まっている。
奇麗事をどんなに言う人間であろうと、その局面に出くわすことがあったのならば──、
「多分、泣くんだろう」
人間は強くて、傲慢で、意地を張り、そして、どこまでも優しくなれる。
とても、弱い。
『お前たちが犬の一生を短いというが、俺たちからすればお前ら人間こそ、同じだ』
その人間に恋をしてしまった者はどれだけいたのだろうか。
老いる彼らを尻目に、麗しい己を鏡に映した時、なんて思ったのだろう。言葉も交わせる。子もなせる。しかし、どうして──生きる時間がここまで違うのだろうか。
会えてしまう世界にいるのに。
『──くよくよとこれだから人間は面倒だ。しかし、──何だろうな、それがいい。相棒、今日最後にこれだけ言ってやる』
「ああ」
『価値観を損なうな。悪魔なお前はどこまでも人を貫け。戦場で殺しをするのは必然的、ならば、その死を笑うな。どこまでも噛み締めながら空を眺めて涙を零すな。痛くなれ、そして泣くな。──殺した相手へ泣くなど侮辱である』
彼は、それを何度繰り返したのだろうか。龍とは、こんなにも相手を思える。笑えるし、泣けるのだろう。
変わらない。
心を持つそれらはどれも、等しいくらいに変わらない。
何千年と時を登った龍帝の忠告は、一誠の心をどこまでも確かめさせた。
そして、彼の優しさを知る。
赤い龍の、何かを知れた。
今晩は。
今回は、このような形になります。
少し、詰めすぎてしまいました。
ドライグとのやりとりですが、これについては、物語などでどんな敵であろうと“殺し”に関してあらゆるところで時折軽いのではないのかと、時々思ってしまうのです。
初めて生き物を目の前で殺したとき、それは虫でしょうか。
それとも違うのでしょうか。
人は、殺人犯を憎いからと容易く殺せるでしょうか。
真面目なのは似合いませんが、最近は佐世保などの事件もあり、母がかつて警察のほうで働いていたこともあり、恐ろしい事件が世の中にはあると知れてしまいます。
動物であろうと、人であろうと物騒なことが多い世の中ですね……。
せめて、みなさんはお体にお気をつけて、夜道にお気をつけて。
後は夏バテに。
ものすごい暑いので。
暑中見舞い申し上げます。