Refrain - Welsh Dragon:Ddraig×Ddraig 作:桜咲く日に
少し乱暴な文章ですがよければ。
雨がしとしとと降り注いでいて、水面に点が広がり、蛙が飛び跳ねる。
アメンボが泳いでいる姿がよく見えて、池の水もなかなかに水面を高くしていた。
銅は濡れる。
苔などは生えない。
毎日毎日、せっせと綺麗にしてくれる厄介者がいるからだ。
その女は、雨の中でも、私を磨く。
私の鈴が錆びるわけもないのに、音がしなくなっては大変だからと布をかけてくれる。
その布だって、きっとお前の僅かな持ち物なのだろう?
バカな女だ。
そんな雨の中で泣いていたって誰も気づきはしないぞ。
誰も、気づきなどしない。
今日は、何があった?
さあ、話すといい。
また小うるさい年のいった人間の女に頬でも叩かれたのか?
それとも、また不幸者が、より不幸に落ちるような行いをお前にしたか?
さあ、話すといい。
聞いてやる。
いつまでも、夜になっても。
話す限りは、私の耳を貸してやろう。
その涙、誰もきづくはずもない。
だから、掃除をするふりをして、外で、雨の中で、涙を隠しながら泣くのだろうか。
誰も気づかないだろうさ。
──私以外は。
◆
時は冬。
秋の葉は枯れ落ちながら、土に還り、雪の下へと身を隠していく。
寒いという感覚は、知ったことがないが、見ていればそうなのだろう。
目で寒さを、知っていく。
池は凍り、水の溜まりすらもうっすらと表面を固めて、それを壊す彼女がいる。
少しだけ楽しそうに、パリンパリンと水面を蹴る彼女は、いつになく上機嫌だ。
北に住むというのは、雪に慣れなければならない。
山も、野も。
草も、木も。
ああ、この季節が再び来たのだと呟いている。
私には、それが聞こえるのだ。
空に行方を眩まし、やがて水平のどこかへ消えゆく雲すら何かを語りそうで阿呆のよう。
空気が澄み、虫の声もなく、ただ静かなこの地域に響くのは私の鈴音と教会の鐘くらいなものだろう。
しかし、もう少しマシな場所へと建てれば来るものも多いのではないかと思うのだ。
このような、年寄りでは些か腰を痛める道を用意し、そこへ教会を建てるなど、修行のつもりか、バカめ。
信仰を集めなければ、私もお前たちに微力の運をやることができない。まあ、それはそれで構いはしない。
人など、少しすれば死ぬのだから。
そう、思いながら生きてきた。
しかし──…………
こいつは、成人まで生きられるのだろうか。
目の前で、金色の髪をよくわからない紐で結んだ少女は、私を掃除しながら今度は地面に絵を描き始めた。
手袋などしていない。
赤くかじかんだその手を見ると、火は、暖をとれるものはと周囲を探してしまった私は悪くないはずだ。
雪を靴でどかして、その下に何やら書いていく。
「出来ました! ──様! どうですか?」
応えると思っているのか?
風もなく、雪も止み、そして鳥さえも声を鳴らしていないその場所へと彼女の声音がすっと耳を揺らす。
「結構、似てませんか? ……といってもすぐに消さないと。怒られてしまいますね」
舌を出し、痩せた女は苦笑いのままに雪を被せた。
そういうところが嫌なんだ。
その笑い、かんに障ると言うもの。
「また、お掃除に来ますね──えっ」
仕方ない。
風もなく、雪もない。
けれど、本当に偶々、偶然に、何かの奇跡が起きたということにしとくといい。
──シャランシャラン。
触れていない手。
それでも、音を鳴らさせよう。
仕方がない。
お前が、この年終わりの季節にそんな顔をするなら掃除のお礼だ。
鈴を鳴らそう。
「──わあ……なんだか良いことありそう……」
あるといいな。
あるはずだ。
この音が聞けたのならば、多分。
天使でも来るんじゃないか?
◆
人間とは勝手なものだ。
叶えられなければ、なにもかもに当たり、嘆き泣き。
そして、悪に向けるかのような目つきをする。
くだらん。
しかし、
「……また、変な傷が出来ていますね。このようなことを何故するんでしょうか……」
何でもかんでも痛ましく思ってくれるこの女は感情が人らしくない。
どこかの高貴な御霊を降ろしたのではないかと時々、気になってしまう。
そうして、彼女は掃除を始めた。
箒で葉をどけながら、草を抜きながら掃除をする。
やがて、そこいらの掃除が終わると私を磨き始めるのだ。
「最近は雨が降りませんから、銅も乾くのがとても早いですね」
布切れをごしごしとあてがいながら、上から下へと丹念に拭いていく。
「……後少しで冬から春へ。今年は、桜が見れるでしょうか」
花を愛でる時間もなく、その時間を私へと使うのだから下手な生き物だと思う。
しかし、桜。
そういえば、あの木は人間が特別に、想いを入れ込むとかつて、通りかかった狐から聞いたことがある。
この山の最奥に冬から春にかけて咲き誇るという桜を聞いたことがある。
正確には、桜なのか分かりもしないが。花を綺麗だとは思えど、種類などは知るはずもない。
しかし、見た目が変わらないのであればどうでもいいだろう。
……連れて行けないものか。
いや、しかし、その木は強い雷が落ちた故に、特別な霊気が混ざり合って咲くというもの。
魔力もないような人間には、見ることも出来ない。
魔物や天使など、本来この人間世界の理から身を外した者しか楽しめない。
……やめるか、そこまでやってやる義理もない。
「……一度でいいから、見に行きたいなぁ……、町へ買い出しに行かされることがあれば……」
…………。
『くそう……なんだってこんな辺境な場所へとわざわざ咲くのだ』
“よりしろ”から、出るのは些か身体にきつい。
しかも、夜中だから変な輩も多いし、足場もぐらつく。
『……チィ。あの女が起きる前に片を付けなければ。鈴がないのを知ればどうなるかわかったもんじゃない』
聖気を無駄に使うわけにもいかなく、四足を地道に使いながら、山を駆け巡る。
『……あれか』
桜なのか分かりづらいが、ただより赤い葉だ。
私はそれを見つけると木の枝へと噛みつき、一本ほど拝借することにする。
『……許されよ。理由なく取るわけもない。いずれ、私が聖気を分けにこよう』
ただ、聖気を分けて、葉の色が変わってしまってはどうしようかと思ってしまった。
次に来るとすれば、来年になろう。こういう来年のことを今から考えるのは、確か、鬼が笑うというそうだ。
よく考える。
そして、私は取りに行ったその枝を口に咥えながら山を下る。
『……疲れた。これっきりだ、こんな事。阿呆らしい』
その枝を銅像の前へと置くと、私はそれへ同化する。
そして、あの女が来るまで寝ることにした。
『……ん?』
「この枝はなんでしょうか……? 捨ててもいいのかな……」
『だぁー! 折ろうとするな、阿呆が! そのまま持っていろ!』
私は、枝を掴み、ゴミ袋を持ってそこにいる彼女を寝起きに見つけると聞こえない声でそう叫ぶ。
とっさに今だけ、“よりしろ”から出て、彼女に取り憑いた。
ただ、取り憑くといっても、一分もない。
聖象でもなく、魔力もない人間の女についてられるなどこっちとしては苦痛なのだ。
『……視格のみを私ほどに引き上げようか』
とにもかくにも、私は彼女の目の格のみを憑きながらどうにかする。
そうすれば──……
「は……きゃ、きゃあ! え、え? す、すご……い。なに、魔法ですか……?」
その慌てようときたら、絵にするのは無理だろう。
私ですら初めて見るのだ。
「……綺麗……」
ただの枝は、一瞬にしてその花を咲かせる。
幻覚のような、淡い赤桃色の葉は、彼女の記憶に残るだろうか。
私に出来ることなどこれくらいなものだが、それでも今は。
その柔らかい笑顔を花より眺めているか。
阿呆な女だ。
たかが枝一本のもので、阿呆な。
──いや、阿呆なのはきっと私もか。
いつか、目の前から消えゆく人間には決して情をかけまいと生きてきたというのに。
その桜散るような儚い笑顔に、光を灯せたことをこんなにも、嬉しく。
そして、彼女にみいってしまうのだから。
次回はフェニックスへと入ります。
……かなり、悩んでいますが、頑張りますね。
途中までは、書けているのですが。
読んで下さった皆様、お疲れ様です。
もう、甲子園の季節ですね。
気になります。