大地を駆ける一筋の流れ星   作:Red October

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「トレセンにいるウマ娘たちって実はかなり高スペなんじゃね?」と思う今日この頃。
だって彼女たちって、例えるならインターハイ目指す運動部生のごとくガチのトレーニングをやるのと同時に、「学マス」レベルのライブ技術を求められる訳でしょう? それも、「学マス」は高校生ばかりですが、ウマ娘は中等部生(つまり中学生)からこれを求められる訳で……両方やってる彼女たちってどんだけハイスペックなんだ、って話です。

そんなことはさておき、本文入りますよ!



Act.034 咲き誇る桜、そして目指すは樫

 皆様、ごきげんよう。シルヴァーブレイズですわ。

 やりました、勝ち取りましたわ! 三冠の1つめにして Oaks の前座たる、桜花賞を!

 

「「「わああああああっ!」」」

 

 観客席に向けて右手の人差し指を突き上げてみせると、大きな歓声が沸き起こりました。これはもちろん、シンボリルドルフ先輩が皐月賞でやったことの真似ですわ。

 このまま勝利の余韻を噛み締めていたいところですが、そうも行きません。気がかりなことがあるのです。

 競走を終え、息を切らして膝に手をついている他の出走者たち。その中から赤いマントを装着した鎧風の衣装を見つけ出すのに、5秒とは要しませんでした。

 

「キングダムズさん!」

 

 私と競い合った最強の敵、スリーキングダムズさん。

 抜いた直後、何とも表現しがたい妙な音が聞こえたことからして、おそらく重馬場に脚を取られたと思われます。あれだけ高速で走っていたのです、彼女の脚に過度の負荷がかかった可能性がある…!

 未だ息を切らしているスリーキングダムズさんの足元にしゃがみ、素早く様子を確認。幸い、鎧を着ているのは胴体部分が中心で、脚周りはそこまで固められていませんでしたから、皮膚の様子を見るのに苦労はしませんでした。…ふむ、ざっと見た限り大きな異常は無さそうです。良かったですわ……最悪は重大な故障により競走能力喪失ということもあり得ましたから。

 とはいえ、後から炎症が出てくる可能性もありますから、油断はできませんね。

 

「………」

 

 …!?

 と思ったら、スリーキングダムズさん泣いてらっしゃる!? まさか、発赤などの分かりやすい反応がないだけで、どこかに激痛が…!?

 

「スリーキングダムズさん!? お身体は大丈夫ですの!?」

「痛むところなんか…ないわ…!」

 

 完全に涙声になってますね、スリーキングダムズさん。

 ん、でも痛みはない? だとしたらいったいなぜ…?

 

「脚じゃない……あれよ…!」

 

 スリーキングダムズさんが指差した先には、大きな電光掲示板。「審議」の青文字が光っていましたが、その下に表示された着順は。

 

1着 5 1:33,5

2着 13 4

3着 6 1/2

4着 17 ハナ

5着 4 1/2

 

 あ…。1が…スリーキングダムズさんのウマ番が、無い…。どうやら着外敗戦になってしまったようです。

 考えてもみれば、スリーキングダムズさんはこの競走までは3戦連続連対(2勝、2着1回)しておりました。しかし、ここに来て掲示板を外す大敗……しかも、その直接の原因は重馬場に脚を取られたこと。はっきり申し上げて、この結果は「悔しい」以外の何物でもないでしょう。それで悔し涙ということですか。

 

「あそこで、重バ場なの忘れて脚を滑らせなければ…!」

 

 まあ、気持ちは分からないでもないですが……勝負の世界が残酷なものであることくらい、百も承知しておられるでしょう。

 下を向いていたスリーキングダムズさんが、急に顔を上げてこちらをきっと見据えました。その下唇に歯形が残っているところからして、その悔しさは想像に余りありますね…。

 

「次は、貴女ごときに負けない。トライアルレースからやり直しになると思うけど、次は勝つ…!」

 

 その意気込みや良し。

 

「キングダムズさん。1人の競走ウマ娘として申し上げますわ。まずは脚の検査と、休養をお願い致します。

私としても、好敵手の不調は頂けたものではありません。まずは無事を確認して……その後、お互いにまた万全の状態で戦いましょう。5月の東京…… tiara route で最も過酷な一戦、Oaks にて」

「言われずとも分かっているわ。……心配ありがとう」

「ご無事を祈っております」

 

 そこへちょうど、《リギル》の先輩方がいらっしゃいました。あそこの指揮官殿(東条トレーナー)なら、私などより有効な手を打てるでしょう。もう私の出る幕はありませんわ。

 それでは…脚の調子を確かめながら、いざ winner's circle へ。スリーキングダムズさんを抜く時に、私も左足の踏み込みで結構足首に負担がかかりましたの、注意が必要なのです。もしこれで私が足首を痛めでもしていれば……それこそ母上の夢が水の泡と消えてしまいます。今更ながら、少々無茶をやり過ぎたかしら。

 

「ブレイズ!」

「ブレイズさん!」

「ブレイズちゃん!」

 

 左足の調子を確認していた私を、既に winner's circle に出ていた《シリウス》の皆さんが待ち受け…あれ?

 ちょっと待ってくださいまし…… trainer さんの隣にいるあのウマ娘の方は、まさか…!?

 

「Trainer さん、皆さん……え? は、母上!?」

 

 やっぱりそうでした…。見に来ているとは予想していましたが、まさか trainer さんと一緒だとは…。

 母上、ずいぶん泣き晴らしたようですね。目が赤く充血している上に、目尻から下顎にかけてカタツムリの這った跡のようなものが見えますよ…。

 

「写真撮影その他諸々の前に、ブレイズ、左足だけ見せてくれ。仕掛けた時にかなりの勢いで踏み込んだだろ。あれは流石に心配だ」

「承知しました。どうぞ」

 

 ラチにもたれかかり(不恰好ではありますがご承知願います)、trainer さんに左の足首や膝を診ていただきます。あっちこっちとグリグリ動かされていますが、特に痛みも違和感も感じられません。そして何故か、いつも以上に蹴り上げたい衝動がががが…!

 

「うーん、今のところは問題なさそうだ。ただ、後で念のために病院で検査してもらおう。何か見落としたりしてたら大変だからな。

それと、ライブに備えて控え室では左足をアイシングしておく。もしライブまでに何かあったら、小さな違和感でもすぐ言ってくれよ」

「承知しました」

 

 我慢が限界域に突入する一歩手前で、やっと離してもらえました…。

 

「ブレイズ」

 

 そこへ割り込む、やや震えた女性の声。それが誰のものか、記憶を反芻するまでもありませんでした。

 

「お久しぶりです、母上」

 

 入学以来今まで一度も実家に帰っていませんでしたから、もう3年は会っていなかったのです。

 この3年の間に、少し老け込んだような気がしますね……肌の皺が増えたからでしょうか。

 

「何を言おうかと思ってたけど、結局何も思い付けなかったわ。ただ、これだけは言わせてちょうだい……大きくなったわね、ブレイズ」

「母上…!」

 

 今だけは少し甘えても良いでしょう。

 伸ばされた母上の両手に身体を預け、そのまま抱きしめられてしまいました。まあ、3年ぶりの再会となれば、多少は大目に見てもらってもバチは当たらないでしょう。

 

「すごかったわ。貴女は私の誇りよ。クラシックレースを無敗で勝つなんて、どこに出しても恥ずかしくない立派なものなんだから」

「ありがとうございます。とはいえ、ここはまだ前座です。本命は5月後半でしょう?」

「そうね。オークスは私も走ってみたかったし」

「でしたら、桜花賞を勝ったことで優先出走権は取りましたし、このまま勝ち取ってきますよ」

「ふふ、期待してるわね。…あと、当日は現地で見ても良いかしら?」

 

 ……本気(マジ)で東京まで来る気なんですの? まあ、止める気はありませんが…。

 

「ご随意にどうぞ」

「ありがとうね」

 

 やれやれ、余計に負けられなくなってしまった……期待に押し潰されない秘訣とやらを、マックイーン先輩に訊くべきでしょうか。

 

「よーし、写真撮影とウィナーズインタビュー入るぞ!」

 

 Trainer さんの声で現実に引き戻されました。あの記者会見、未だに苦手意識を拭い切れないのですが、勝者の義務(ノブレス・オブリージュ)の一環として務めさせていただきましょう。

 

「それでは、桜花賞を制したシルヴァーブレイズさんにインタビューしたいと思います。シルヴァーブレイズさん、ティアラ路線の第1冠、獲得おめでとうございます!」

「ありがとう存じます」

 

 ここまでは型通り。おそらく次に来る質問は…

 

「今のお気持ちは如何でしょうか?」

 

 これまた想像通り。

 

「そうですね、素直に勝てて嬉しいです。

私は mile の距離は不得手な方ですが、朝日杯にこの桜花賞と、大きな競走を立て続けに勝てたことで、少し自信がつきました。自身の取るべき進路に、少し選択の幅ができたのではないかと思っています」

 

 もちろんですが、これには特大の偽情報が含まれています。確かに mile の距離でもある程度走れることは確認できましたが、残念ながら今後こういう距離を積極的に走るつもりはありません。今後はより長い距離の競走を中心にするつもりですわ、もともとそっちの方が得意ですし。

 故意に偽情報を流すのも戦略の一環なので、なるべく自然に、しかし言葉を選びながら話しているだけです。

 

「今回は珍しく先行していましたね。あれは最初から決めていた作戦だったのですか?」

 

 おっと、愚問が飛んできやがりました。

 

「はい、先行策は trainer さんと相談した上で、あらかじめ計画していた作戦でした。『アネモネステークス』の時にスリーキングダムズさんの走りを見て、下手に後方につくのは危険だと思ったのです」

 

 あの逃げを見れば、そんなもの想像するまでもないと思うのですが…。

 

「この度、シルヴァーブレイズさんは無敗の桜花賞ウマ娘となりました。次のオークスに勝てば無敗ティアラ二冠となります。無敗のティアラ二冠ウマ娘は、歴史上たった1人しかおりませんが、その辺りは如何お考えでしょうか?」

 

 あー…正直なところ、全然考えていませんでしたね。

 

「正直に申し上げますと、そこは全く考えていませんでした。ですが、そうして言われてみると、取れるならば前バ未到の無敗ティアラ三冠を取ってみたいものですね」

「次のオークスについて、意気込みはどうですか?」

「Oaks は、私の母上が走ってみたかったと言っていた競走です。無論、取りに行きます。母の無念を娘が晴らすのもまた、親孝行の1つでしょう」

「分かりました。以上、桜花賞を制したシルヴァーブレイズさんでした、ありがとうございました!」

 

 緊張の時間、終了。

 なおこの後、私の気分はちょっと落ち込んでしまいました…。というのも、競走運営委員会に呼び出されてお小言を頂戴してしまったのです。どうも、あの強引な進路変更が斜行に該当しかけたとのことで…。

 後ろに対して十分な距離を取ったところから仕掛けたので、結局のところ斜行判定にはならなかったのですが、お説教を喰らうのは気分の良いものではありませんね…。

 まあ、やってしまったものはしょうがないです。左足首を冷やして、この後に控える Winning Live に備えなければ。そして……右足の蹄鉄を外しておかないと。何のためにって? 決まっているじゃないですか、「流星の止まり木」の master さんに寄付するためですよ。

 

 ああ、winning live の後でちゃんと病院に行きましたよ。結果は「異常なし」でした。

 ちなみにスリーキングダムズさんも、無傷で済んだそうですわ。「フローラステークス」から「オークス」を狙うとのことで……再戦を待つ、というところです。

 

◆◇◆◇

 

 シルヴァーブレイズの優勝が確定し、歓声沸き立つ阪神レース場スタンドにて。

 

「いるんだなー…信じらんねぇことする奴って」

 

 呆れたような口ぶりで、キンイロリョテイはそう呟いた。最後に残ったチーズベーコンの串カツを齧ることも、すっかり忘れている。

 

(仁川の舞台を飛ぶことは予想していたが、まさかあそこまで大胆なラインクロス攻撃を仕掛けるとは思わんかった…。普通、あんな抜き方は思い付かないし、思い付いても実行しようとは思わん。斜行と見なされる可能性がかなり高いからな。それを躊躇なくやってのけるとは…俺らが言えた義理じゃねえが、頭のネジが2、3本吹っ飛んでんじゃねえかな)

 

 思索にふけるリョテイ。

 

「ようし、アイツに奢るたい焼き買ってくるかな。朝日杯ん時に良い反応してくれたしな」

 

 しかし、席を立とうとするナカヤマフェスタの襟をむんずと掴むことは忘れなかった。

 

「テメー、ブレイズの奴に何食わせようとしてやがる! またカラシの山であいつ泣かす気か!」

「バレちまったか」

「分かるわ! ったく、そんなんでよくブレイズに嫌われねーな本当に」

 

 描いていなかったが、実は朝日杯フューチュリティステークスが終わった後、シルヴァーブレイズはナカヤマフェスタにたい焼きを奢ってもらっている。ただ、そのたい焼きにはあんこもちゃんと入っていたのだが、カラシも大量に入っていたのだ。そしてシルヴァーブレイズがかじりついたところはカラシがたっぷり入った側であり……後は察しがつくだろう。

 流星は、日本では「願い事を3回となえるとそれが叶う」などと言われるが、世界においては不吉の象徴とされることが多い。その流星の特性が、大流星を持つシルヴァーブレイズに跳ね返ったのであった。

 どこぞのゲームでは「死神は死なず」と言われるが、死なないといっても死なない程度のダメージは喰らうものである。

 

「少しは自重しろマジで! レース勝ってカラシ食わされるとかどんな罰ゲームだそれ!」

「しょうがねえな……」

 

 やや不承不承気味に腰を下ろすナカヤマフェスタ。

 

「その代わりにたこ焼き追加な」

「ちっ…良いぜ、付き合ってやる。何なら、テメーのやろうとしてたロシアンルーレットでもやるか?」

「お?」

 

 ぴくり、とニット帽から突き出た耳が動いた。

 

「良いねぇ、気に入った。勝負師に二言無しだぜ」

「ああ、とことん付き合ってやんよ!」

 

 何やかやと言ってかばう辺り、キンイロリョテイはシルヴァーブレイズを気に入っているらしい。ただ、この2人は直接会って話したことがないのだが。

 ナカヤマフェスタをいなしながら、キンイロリョテイは考えていた。

 

(やはりブレイズの力は底知れねぇ…。このままじゃ、ティアラは3つとも全部ブレイズが持っていくどころか、グランプリも軒並み制圧しかねん。

ゴルシはあいつと同じチームだから、あいつの実力や素質をよく知ってるだろうが……テメーらも気を付けとけよ。オル、ジャーニー)

 

 そんなキンイロリョテイとナカヤマフェスタの前方の席にも、興奮しているウマ娘が2人いた。

 

「すごい、ブレイズ先輩あんなに鮮やかに…!」

「ハイペースで逃げるスリーキングダムズ先輩をきっちり捉えきったばかりか、あのペースによるスタミナ消耗を物ともせずに上がり3ハロン33秒1の最速タイムで走りきるなんて……まさに桁違いの力だね」

 

 目を輝かせ尻尾をぶんぶん振り回すラインクラフトと、落ち着いているように見えるがいつもより少しだけ話すスピードが速いシーザリオ。

 

「あの抜き方もすごいよ! 左足を1歩踏み込んだだけであっという間に外から内に入って、ずばーっと抜いていくなんて…!」

「そうだね。あれはびっくりしちゃった」

 

 やはりというか何というか、シルヴァーブレイズが披露したあの抜き方は想定外も良いところだったのである。

 

「私も頑張らなきゃな……目指せティアラ!」

「じゃあ、このまま学園に帰って自主練する?」

「良いねー! トレーナーさんやキングヘイロー先輩も、きっと分かってくれる!」

 

 「強いウマ娘は強い」ことを証明するためにも、ティアラの栄冠獲得に情熱を燃やすラインクラフトなのであった。

 

 そしてラインクラフト&シーザリオ、及びキンイロリョテイ&ナカヤマフェスタのコンビよりずっと後方の一席では、

 

「良いもの見れたんじゃない? アダチ」

 

 双眼鏡を下ろしながら、チーム《エレクトラ》の(あい)(はら) ()(なつ)トレーナーが言った。

 

「そうですね。大いに参考になるものを見せていただきました」

 

 その隣で、彼女の担当ウマ娘であるアウダーチが、メガネのフレームを右の親指と人差し指で挟んで持ち上げる。彼女の左手にはタブレット端末が抱えられており、撮影した動画が表示されていた。無論、さっきの桜花賞を撮ったものである。

 

「私は後ろから差すことが多いですから、逆に言えば先行のデータをあまり持っていませんし」

「そうだね。それに、…こんなこと言うのは他のウマ娘に失礼だけど、アダチは世代の中では頭1つ抜けた実力がある。それは逆に、アダチに匹敵するライバルが少ないってことだから、アダチにとって参考になる他の選手のデータを集めるのも難しいし」

 

 傲慢な言い方に聞こえるかもしれないが、2人とも慢心などは一切しておらず、素面(しらふ)で言っている。

 

「ええ。しかし、シルヴァーブレイズさんともなれば話は別です。

公式戦で私を破ったのは、今のところあの方だけ……その方が先行策の例を見せてくださったことで、参考になるデータが得られました」

 

 あの朝日杯フューチュリティステークスでの惜敗以来、相原トレーナーもアウダーチも、出走相手の分析を重視するようになっていた。相原トレーナーは相手の所属チームの傾向やトレーナーの指導力・経験なども分析するよう意識しているし、アウダーチは特にシルヴァーブレイズの実力分析を重視して、しばしばトレーニング中の彼女を偵察していた。

 もちろんだが、自分たち自身を鍛えることも忘れてはいない。

 

「あ、先に言っとくけど、阪神と東京じゃコース特性がまるで違うからね! 今回のシルヴァーブレイズの走りを参考にするつもりなら、コース特性とかレースペースで戦術が変わるのには注意してね」

「無論です。今度のNHKマイルカップは何としても取りたいですからね…分析を間違えないよう、気を付けます」

 

 メガネの奥の(しゃく)(どう)色の瞳が、キラリと光った。

 

 また、スタンドの最前列では、

 

「だあぁぁぁぁ、ちくしょう! また負けた! ブレイズにも、お前んとこのシュガーにも!」

 

 チーム《ミモザ》の(かわ)(ぞえ) (けん)()トレーナーが頭を抱えた。

 

「着順だけならシュガーの勝ち…ですが、今回は大目に見ても引き分けでしょうね」

 

 その隣に座るチーム《アルナイル》の(いり)() ()(なみ)トレーナーも、声がやや沈んでいる。若干下を向いているせいか、彼女の顔は長い黒髪に隠れがちになっており、傍目に見ればホラー映画の(さだ)()を思わせる格好になっていた。夜にでも見ればぞっとするにちがいない。

 

「やっぱシルヴァーブレイズかー……(つえ)えなあの娘」

 

 頭を抱えたまま川添トレーナーが言う。

 川添トレーナーの担当はスイープトウショウ、入江トレーナーの担当はシュガーニンフェなのだが、今回のレースではスイープが5着、シュガーが3着だ。シュガーニンフェに4バ身以上の着差を付けて、シルヴァーブレイズが堂々の優勝を勝ち取っている。

 

「それはそうでしょう、彼女はあの西郷さんとこの娘ですし……」

「俺たちの世代は、まだ誰もクラシックレースの栄冠に手が届いてないからな。そん中で真っ先にクラシック勝利、それもダービー取ったアイツのとこなら、この結果も当然ってことか……。やれやれ、いつになったら勝てることやら」

「激しく同意です……」

 

 2人のトレーナーの小さなため息は、スタンドを埋め尽くす群衆の大歓声に飲まれて消えた。

 

 

 一方、東京にある病院のデイルームでは、最後の400メートル付近から結果が決まった後までの僅かな時間の間に、様々な感情が入り乱れていた。

 

「あああぁぁ! お、推しのスリーキングダムズが…!」

 

 悲痛なうめき声を上げる男性がいるかと思えば、

 

「うわぁぁ…し、シュガーちゃんの脚が、届かない…!」

 

 女性の泣きそうな声が重なる。

 

「頼む、ライデン届いてくれ! ライデン……あぁー、駄目かぁ……」

 

 落ち込む男性の声も聞こえる。

 そういった感情の渦の中で、ライスシャワーは声にこそ出さなかったが、純粋に後輩の優勝を喜んでいた。

 

(すごい……あんなハイペースにも動じずに、外からいきなり内に切り込むなんて方法を取って、追い抜いていっちゃうなんて…。

優勝おめでとう、ブレイズちゃん…!)

 

 クラシックレースは、一生に1回しか走れないレースである。それも、同世代の中で群を抜いて優れた実力を示さなければ、走る資格すら与えられない競走なのだ。もちろん、出走するウマ娘は全員粒揃いの精鋭ばかりであり、勝つのもまた容易なことではない。

 そんな大きなクラシックレースで、同じチームの後輩が勝てたことは、我がことのように喜んでもおかしくないのである。

 

(それに、ブレイズちゃんはどっちかといえばステイヤーだから、長い距離の方が得意。ということは、オークスや秋華賞でも戦える、勝てる可能性はあるってことだよね…!

頑張ってね、ブレイズちゃん…! ライス、応援してるから…!)

 

 そしてトレセン学園近くの商店街、その裏通りにある「パブ 流星の止まり木」。

 

「よっしゃー!!」

「嬢ちゃん勝ちよったな!」

「これは強い! よくやったぜ!」

(ちげ)ぇねえ! マイルレースで4バ身差はエグいぜ!」

「あなた、素晴らしいレースだったわね!」

「信じらんねーな…あんなハイペースから鮮やかな抜け出し決めて勝つなんて!」

「何よあの切り込み! あんなやり方見たことないよ!」

「あんなんやっちまったら、斜行と見なされるんじゃねーか? それをやるって、嬢ちゃんなんて頭してんだ…」

 

 わいわいと騒ぐ利用者たち。そのうち1人が、マスターを振り返った。

 

「おぅいマスター!!」

 

 その客の目は、何かを期待するかのようであった。そしてマスターは、その意味をきっちりと汲み取っていた。

 TV画面の中で掲示板に「確定」の文字が出たのを確認した後、客に1つ頷いてみせ、マスターは(おごそ)かに宣言する。

 

「ご来店中の皆様にお知らせ致します。

ただいまより、シルヴァーブレイズの桜花賞優勝記念と致しまして、16時30分までタイムセールを実施致します。メニュー表を用意しましたので、存分にご活用ください。

今回は『アフタヌーンティーキャンペーン』と題しまして、紅茶並びに一部のお茶菓子のセット割となっております。もちろん、紅茶もティーフードも全て、シルヴァーブレイズの監修になるものです。それでは、ご注文お待ちしております」

 

 マスターが取り出したメニュー表を見ると、今回はサンドイッチとスコーンが主な対象メニューとなっている。サンドイッチは「ティーサンド」と呼ばれる一口サイズのもので、中身はなんとシルヴァーブレイズが朝練の時に食べているのと同じものだ。もちろん、この店の1番人気にしてシルヴァーブレイズご自慢のアップルパイも、セット割の対象に入っている。

 値段は3割台引がメインだが、4割引もちらほらと見える。赤字経営になるんじゃないかと言いたくなるほど、思い切った値段設定である。

 

「おーっやってくれる!」

「来たぁ! こいつを待ってたんだよ!」

 

 あっという間に、メニュー表が利用者たちの間を回っていく。

 

「どれにする!?」

「マスター、この《朝練セットA》とか《B》ってのは何だ?」

「何でも、シルヴァーブレイズが朝練の時に実際に持っていく軽食の組み合わせだそうですよ」

 

 実はマスターは、こうなることを見越してシルヴァーブレイズにサンドイッチの中身と作り方を尋ねておいたのである。

 

「へー、じゃあブレイズの嬢ちゃんがマジで作って食ってるメニューってことか!」

「左様です」

「マスター、サンドイッチのBセットとアールグレイのレモンティー頼む! それと、単品でアップルパイ付けてくれ!」

「承知致しました。取り置きしていた分でございますね、お待ちください」

「あっ、また抜け駆けされた! お前ホント注文早いな!」

「よし、俺はスコーンにするかぁ! マスター、スコーンとダージリンのミルクティー頼む!」

「承知致しました、少々お待ちくださいませ」

 

 瞬く間に別の意味で騒がしくなった「流星の止まり木」であった。マスターにとってもファンサービス(リピーター獲得競争)の開始である。




以下の育成イベントを視聴しました
「桜花賞に向けて」
「桜花賞の後に:咲き誇る桜」
育成目標「桜花賞で5着以内」を達成しました

なお、桜花賞後のイベントは、着順に応じて「桜花賞の後に:こぼれ落ちた花びら」「桜花賞の後に:サクラチル」が用意されています。


また、シルヴァーブレイズの台詞の一部を(ゲーム風に)紹介致します。

(朝にログイン)
こちらの朝焼けは、本当に美しいんですのね。かの地は曇り空が多くて、朝焼けをあまり見られなかったもので……。

(朝にウマ娘と会話)
「健全な精神は健全な肉体に宿る」…朝食はちゃんと摂りましょう。English Breakfast がお勧めですよ?

(昼にログイン)
Trainer さん、今からお昼ですか? よろしければ、ご一緒しても?

(昼にウマ娘と会話)
Trainer さん、お疲れのようですね。Tea break にいたしましょう。紅茶は何がお好みですか? それとも coffee?

(夜にログイン)
こちらの星空は、かの地とはまた違いますわね。大流星(ブレイズ)の名を持つ私は、願い星になれるでしょうか……。

(夜にウマ娘と会話)
正直に申し上げると、雨の日の夜は苦手ですわ……。どうしてもあの時のことを思い出してしまって……。

(春にログイン)
こちらの春は、暖かくて過ごしやすいですね。雨も多くないし、Cherry Blossom や木蓮も美しくて……素敵です。

(春にウマ娘と会話)
キリスト教においては、春には復活祭があるんですの。なので、chocolate で作った Easter Egg を差し上げますわ。

(夏にログイン)
皆さん海だの pool だのと、よく平気で水に入れますわね……。私は、水はちょっと……避暑は海より高原派ですわ。

(夏にウマ娘と会話)
暑い(あ"づい"、と濁った発音になっている)……溶けてしまいそうですわ。Sorbet でもいただきましょう……。皆さんはこの暑さ、平気なのでしょうか……。

(秋にログイン)
私にとっては、秋といえば「読書の秋」ですわ。Trainer さんは、秋はどんな季節ですか?

(秋にウマ娘と会話)
りんごの季節になりましたね。特製 apple pie を作ろうと思うのですが、りんごはお好きですか?

(冬にログイン)
朝晩よく冷えるようになりましたね。スキヤキ(英語発音)でも食べて身体を温めましょう。

(冬にウマ娘と会話)
冬風に散る木の葉を見ると、人生とは儚いものだと思うのです。同じ散るなら華々しくありたいですね。

名言を引用するなどどこか哲学的なものもあれば、どっかの黒鹿毛ステイヤーみたいに溶けそうになってることも…。
あとブレイズ? 時々言ってる「かの地」ってどこだ? それに雨の夜が苦手になった原因らしい「あの時」というのは…?


評価9をくださいましたしらすワン様、ありがとうございます!!
また、新たにお気に入り登録してくださいました皆様、ありがとうございます!


それでは次回予告です。今回の担当は…

「私ですね」

おや、他のチームからの来訪者とは珍しい!

「こちらでははじめまして。アウダーチと言います。
一気に日めくりカレンダーを進めまして、次回はもう4月後半から5月に突入です。そして5月初頭に来るのが、私の本命たるNHKマイルカップ。今度は勝ちに行きますよ!
次回『オークスの前にーー東京へ、三顧の礼を果たすべく?』 更新は少々お待ちくださいませ」
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