「チケゾー、ウェナン、ライス、やっておしまーい!」
その声が部室棟の前に響くや、名前を呼ばれた3人のウマ娘……サングラスとマスクで変装していたが、その正体は順番に「ウイニングチケット」「カルンウェナン」「ライスシャワー」である……は、一斉に「おー!」と声を上げた。ライスシャワーだけ「おー……」と小さい声だったが。
そしてウイニングチケットとカルンウェナンが、どこからか大きな麻袋を取り出す。
その瞬間、彼女たちがターゲットとしていたウマ娘……シルヴァーブレイズは、くるりと背を向けるや走り出した。それもかなりの俊足だ。
「逃がすな、追えっ!」
リーダー格を務める、身長の高い銀髪のウマ娘が叫ぶや、それを号砲代わりにカルンウェナンが真っ先に飛び出す。少し遅れてウイニングチケットとライスシャワーが続く。号令を下したウマ娘自身も走り出したが、3人より出遅れてしまった。まあ、彼女はスタートだけは苦手なのだ、致し方ない。
かくて、トレセン学園を舞台に突発レースが発生した。レースコースははっきり決まっていないため、フィールドはダート、芝、石畳、コンクリートまで何でもありである。距離もはっきり決まってはいない。短距離で終わるかもしれないし、長距離レースになる可能性も否定できない。そんなレースである。
出走ウマ娘は5名。シルヴァーブレイズ、カルンウェナン、ウイニングチケット、ライスシャワー、そして長身の銀髪ウマ娘である。中距離・長距離を得意とするメンバーが(シルヴァーブレイズ含めて)4人もいることから、レースは長距離になると予想された。
さて、ゴ……長身の銀髪ウマ娘の「逃がすな、追えっ!」という叫びを号砲代わりに、レースはスタート。先頭に出たのは……これは珍しい、シルヴァーブレイズである。実を言うと彼女の脚質は「先行」や「差し」、次いで「追込」に向いており、「逃げ」には向いていない。それなのに、まるで「逃げ」のレースには慣れているかのように、好スタートを切ったまま先頭を走っている。
その後方2、3バ身離れてカルンウェナンが追い、さらにその後方1バ身を内側から頭陀袋を持ったウイニングチケット、外側からライスシャワー。そして長身の銀髪ウマ娘は最後尾、リボンカプリチオとライスシャワーの1バ身半後方にいる。先頭から殿までおよそ5バ身というところである。
部室棟前からスタートしたこのレースは、3ハロンを走ったところでフィールドがコンクリートから芝へ、さらに4ハロン目で石畳を挟んでダートへ、と目まぐるしく変化した。というのも、シルヴァーブレイズが混雑した場所を避けて、野外ステージを経由してグラウンド方面へ向かったからである。
相変わらず快調に飛ばす……というには必死に走るシルヴァーブレイズ。他4人も全く怯まずに追いかける。スタミナと根性の競り合いである。
レース距離が1マイル3ハロン(2,200メートル)に達した頃、メンバーの並びに変化が生じた。それまで2番手を走っていたカルンウェナンが、明らかに失速してきたのだ。
元々マイル走を得意とするカルンウェナンには、この距離は少々長かった。加えて、走り慣れないダートを走らされたため、消耗が激しくなっていたのである。
失速したカルンウェナンはみるみる順位を落とし、ついに長身の銀髪ウマ娘にも抜かれてビリになってしまった。そして、息を切らしたまま「すみません、後は、お願いします!」と叫び、ストップする。リタイアであった。ちなみに麻袋はちゃっかりライスシャワーに渡してある。
唯一マイルを得意とするカルンウェナンが抜けたことで、レースはいよいよ長距離走になることが確定的となった。何せ残っている4人は皆、中距離・長距離を得意としているのだ。
最後方でシルヴァーブレイズを追いながら、ゴーl……長身の銀髪ウマ娘は目を見張っていた。
シルヴァーブレイズはまだまともにレースを経験していない上に、そのレースの脚はまだまだ磨き残しが多い。G1クラスのレースにも出走している自分たちを宝石に例えるなら、彼女はまだ原石である。そして実は彼女は知らないが、今のシルヴァーブレイズの走りは「逃げ」であり、脚質に合っていない。
それにも関わらず、自分たちは未だにシルヴァーブレイズの影すら踏めていない。それはつまり、シルヴァーブレイズがとんでもない力を持っていることの証明である。新人ウマ娘たちの中では相当の有力候補だ。
だからこそ、逃がす訳にはいかない。1~2年もすれば、ウイニングチケットもカルンウェナンもライスシャワーも引退してしまう。そうなればまた、チームが解散の危機に直面するかもしれない。それだけは避けたかった。
チーム解散を防ぐためには、新人の確保が必須だ。それも、とびきり有力な新人が必要となる。そしてシルヴァーブレイズは、その「とびきり有力な新人」の中でも特に有力な存在だ。逃がしてはならない。
「ふ……ふふふふふ……」
長身の銀髪ウマ娘の口元に、不敵な笑みが浮かぶ。
「ここまでアタシらに対抗できるとはな……想像以上だぜ!」
体感的には、レース距離はもう1マイル5ハロン(2,600メートル)に突入している。ここまで逃げられるとは思っていなかった。
シルヴァーブレイズの実力は想像以上だ。絶対に、逃がしたくない。
「面白くなってきたぜ! ぜってー逃がさねぇからなァ!」
ついに、長身の銀髪ウマ娘……ゴールドシップのスイッチが入った。
得意のストライド走法を生かし、少しずつ加速し始めるゴールドシップ。彼女の十八番たる超ロングスパートが、火を噴いたのだ。
レース距離はついに3,000メートルの大台に乗り上げたが、シルヴァーブレイズは相変わらず先頭で逃げ続けている。ライスシャワーもそれに追随しているが、ウイニングチケットはもはや限界のようだ。頭が上がり、速度が急速に鈍ってきている。
追い上げてきたゴールドシップとすれ違う時、ウイニングチケットが麻袋を投げ渡した。そして「ごめん! 後はお願い!」といい笑顔で一言。麻袋を受け取ったゴールドシップが「任せろ!」と返事した時には、ウイニングチケットの姿は既に後方1バ身の距離にあった。その脚は完全に止まっている。限界に達し、リタイアとなったのである。
そしてレース距離はなんと、日本最長のG1レースと言われる天皇賞(春)すら超える3,300メートル台に突入。シルヴァーブレイズは逃げ続けているものの、その速度がだんだん落ちてきている。どうやら限界が近いようだ。
2番手を走るライスシャワーはというと、こちらもギリギリの状態らしい。しかしその時、彼女が加速し始めた。ちょうど直線に入ったところだから、ここで勝負を決めようとしているのだろう。
だが、同じタイミングでシルヴァーブレイズも加速。レース慣れしていない中で3,300メートルも走り、それでもなお迫る刺客たちを見て、最後の手段に踏み切ったのだろう。
そう判断したゴールドシップもまた、重くなり始めた自らの脚を無理やり動かした。シルヴァーブレイズとの距離は、既に2バ身に迫っている。あと少しでシルヴァーブレイズに追い付ける。逃がす訳にはいかなかった。
シルヴァーブレイズは、新入生とは思えないとんでもない走りを見せたというべきだろう。明らかに自らの脚質に合わない走りを余儀なくされ、しかも2マイル1ハロン(3,400メートル)を超える超長距離レースで先頭を走り続け、その上バ場適性に合わないレース場を走らされ(ゲーム流に言えば、シルヴァーブレイズのバ場適性は芝A、ダートCである)、おまけにG1クラスの名ウマ娘3人を含む4人を相手にして、2人まで脱落に追い込んだのだから。
しかし、いかんせん相手が悪すぎた。まずそもそも、シルヴァーブレイズは鍛え方も経験も圧倒的に足りていない。おまけに2人は距離に物を言わせて競り潰したものの、残る相手は、長距離の競り合いには徹底的に強い「漆黒のステイヤー」ライスシャワーと、同じく長距離レースを得意とする「黄金の不沈艦」ゴールドシップである。この2人の存在は、あまりにも大きすぎた。シルヴァーブレイズの脚がもう限界を迎えているのに対して、ゴールドシップもライスシャワーも、脚色の衰えを見せない。
「不沈艦」の異名通りの走りを見せて、レース距離が3,600メートルを超えたところで、ついにゴールドシップがライスシャワーを追い越して、シルヴァーブレイズに並んだ。驚愕と恐怖に染まったシルヴァーブレイズの表情を見るや、満面の笑みを浮かべるゴールドシップ。水も滴るいい男、ならぬ汗も滴るいいウマ娘である。
シルヴァーブレイズは逃げ出そうとしたが、もはや脚が悲鳴を上げており、速度を全く上げられない。そして次の瞬間、ぼすっと音を立てて麻袋を頭から被せられた。かくてシルヴァーブレイズは取り押さえられてしまったのである。
「は、離してくださいまし!」
「ぅおらっしゃあぁぁぁ! 確保ぉぉーっ!」
麻袋の中でシルヴァーブレイズは必死にもがいているが、ゴールドシップのパワーに全く対抗できない。袋の中からくぐもった声で悲鳴を上げたものの、それを塗り潰すようにゴールドシップの勝ち鬨がグラウンドに響き渡る。そこへライスシャワーが追い付いた。
こうして、突発的に発生したレースは終わりを告げた。麻袋を被せられたシルヴァーブレイズは、そのままゴールドシップとライスシャワー、それに合流してきたウイニングチケットとカルンウェナンに担がれて、どこかへ連行されてしまったのだった……。
[レース名:ゴルシルバーカップ](カルンウェナン命名)
フィールド:トレセン学園内、芝メイン(一部ダート、石畳、コンクリートあり)
距離:2 miles and 2 furlongs(約3,621メートル)。「天皇賞(春)」が3,200メートル、日
本最長のウマ娘レースである「ステイヤーズステークス」ですら3,600メートルなのだから、このレースがどれだけの長丁場であるかが容易に分かるだろう。
(レース結果)
1着 ゴールドシップ
2着 シルヴァーブレイズ
3着 ライスシャワー
脱落 ウイニングチケット、カルンウェナン
《リギル》やら《カノープス》やら聞き覚えのあるチームの名前が出てくる一方で、ゴールドシップ、ライスシャワー、ウイニングチケットが同じチームに入っているということで、だいたいの世界線についてはお察しください。
そんじゃサニー、次回予告よろしく!
「え、えぇっと、皆さんこんにちは、サニーウェザーです! 待ち合わせの約束をしてたのに、ブレイズちゃんがいなくなってる……えっ、通りすがりの人に聞いたら、不審者集団に追いかけられてたって…! その人たちの正体は察しがついてる、きっとこの場所にいる、って…? と、とりあえず、もらった情報を信じて先回りしてみます!
次回『あるチームと大流星』 投稿は少しお待ちください!」