大地を駆ける一筋の流れ星   作:Red October

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長らくお待たせいたしました、少々難産でした。

エリ女、こっそり応援していたスタニングローズが1着の返り咲きで嬉しい。彼女ならやってくれると思っていた…!



Act.039 樫の冠とファン投票

「はあっ、はっ、はっ、はっ……」

 

 やっと、止まれましたわ……。

 肺が、苦しい……。過呼吸一歩手前の状態ですわ……。口元に右手を当て、新鮮な空気をできる限り吸わないようにします。過呼吸に陥った時は、自分の吐いた息を再び吸うのが良い、と体育の授業で習いましたし。

 足だけでなく、全身の筋肉が悲鳴を上げております……。これは明日以降、まともに動けない日々が続くでしょう。

 おっと失礼しました、皆様ごきげんよう。シルヴァーブレイズですわ。今はGⅠ競走…Oaks が、私の勝利で終わったところです。私は現在、重度の筋疲労…だと思います…で、東京レース場の芝の上にぶっ倒れております。

 全く、勝利への渇望のままに優雅さの欠片もない走りをお見せしてしまいましたわ。それにしても、あの走法がこんなにも厳しいものだとは……想像はしていましたが、実際の厳しさはそれを遥かに超えておりました。私の持久力の高さで何とかなりましたが、あと半 furlong でも goal が遠ければ、途中で倒れて敗北、それどころか怪我による引退も現実的にあり得たでしょう。

 本当にゴールドシップ先輩は、なんでこんなめちゃくちゃな走法で走れるのでしょうか……。

 

「ブレイズ!」

 

 と、仰向けに turf に倒れたまま考えておりますと、噂をすれば何とやら、ゴールドシップ先輩が来たようですわ。

 

「その身体でアタシの走りを真似るとか、無茶苦茶だぜ! 大丈夫か!?」

 

 私の顔を覗き込むゴールドシップ先輩、本当に心配していらっしゃるようですわね……。まあ、今回ばかりは仕方ないでしょう。

 

「ブレイズ、大丈夫か?」

 

 そこへ声をかけてきたのは trainer さん。サニーさんも一緒ですが……リボンカプリチオ先輩とアップツリー先輩が見当たりませんわね。

 

「まあ、何とか無事、というところですわ……」

 

 悲鳴を上げる腹筋を無視して、上半身だけ起こして trainer さんに答えます。

 

「そうか……ちょっと待ってくれ、その脚は冷やさなきゃならん。それと、カプリチオとツリーが担架を取りに行ってる」

 

 ああ、なるほど……お二人が見えないのはそういうことでしたか。

 

「お気遣いありがとうございます……」

「今冷やせば、まだある程度抑えられる。ウイニングライブはいけそうか? 無理なら、こっちで掛け合って欠席の手続きを取るが」

「そうですね……今はとりあえず冷やして、様子を見たいと思います。回復の可能性もまだ残っていますし、それに勝者の義務(ノブレス・オブリージュ)として、winning live の舞台には立たねばならないでしょう。…もちろん、winner's interview にも」

 

 そう言いながら立とうとした途端にふらつく羽目になりました……脚の筋肉も相当参っていますね、これは。いつも以上に入念に柔軟体操をせねばならないでしょう。

 

「そのままで良い、とりあえず脚と腰だけ見せてくれ」

「承知しましたわ……」

 

 いつものように、私の脚を丹念に触診する trainer さん。……今回ばかりは、蹴り上げたい衝動すら沸いてきませんわ…。いつもなら脚がむずむずして、どうにも蹴り上げたくて仕方なくなるのに。結構な重体、と見るべきでしょうか。

 

「…これはどうだ? 痛むか?」

「いえ、特に痛みはありませんわ」

 

 時々 trainer さんの質問に答えながら脚を触られ続け、さらに勝負服をちらりと捲って腰まで確かめられることおよそ5分(体感時間なので、多分もっと早いですわ)。どうやら触診は終わったようです。

 

「今のところは大きな異常はなさそうだ。ただ、今後何か現れるかもしれん。必要があればライブを欠席してでも病院に行く。良いな?」

「承知しております」

「分かっているならいい。立てるか?」

「ええ、参りましょう。勝者の義務(ノブレス・オブリージュ)を果たすために」

 

 まだ脚はガタガタ震えていますが、それでも為すべきことを果たさねばなりません、一流の域にある者として。

 それに、これ以上母上に心配をかける訳にもいきますまい。

 いつの間にやら係員の皆さんまで集まっている中、何とか身を起こして立ち上がり、芝を踏んでみると、どうやら何とか自分の脚で歩けそうです、担架は不要そうですね。Trainer さんが手を差し出してくれたので、今はそれに甘えるとしましょう。

 腕を拝借し、ゆっくりと歩いて winner's circle へ入った途端、cannon の集中砲火と言わんばかりの flash の嵐……やれやれ、エアグルーヴ先輩の苦労が偲ばれますわ。

 そして、嵐のように写真撮影の時間が過ぎ去ったと思ったら、黒い集音器(マイク)を突き付けられて意見や感想を求められる訳です。

 

「それではオークスを優勝したシルヴァーブレイズさん、そして彼女のトレーナーさんにインタビューしたいと思います」

 

 いわゆる winner's interview です。巻き込んでしまって御免なさい、trainer さん。

 

「まずはシルヴァーブレイズさん、オークス優勝おめでとうございます!」

「ありがとう存じます」

 

 何を聞かれることやら。この前のように愚問が飛んでこなければ良いのですが。というか、その前に質問すべきことがあるでしょう。

 

「レース終了直後に転倒しておりましたが、身体の方は大丈夫でしょうか?」

 

 そう、それが真っ先に訊くべきことでしょう。

 

「ご心配ありがとうございます。あれは事故などではなく、実は脚を止めるためにわざと転んだのです。強めに腰を打ったと思いますが、今のところさしたる異常はありません。

ただ、異常が発生した場合は winning live 欠席のやむ無きに至るかもしれません。そこは神に祈る他ありませんわ」

 

 これは嘘偽りのない正直な情報です。 多分打ち身で済んでいるとは思いますが、割に痛いんですよね、左腰。

 

「ここに来るまでにシルヴァーブレイズの身体を調べましたが、彼女の言う通り大きな異常はないようです。詳しいことは病院での精密検査の結果が出た後にお知らせします」

 

 ここで trainer さんが補足説明してくださいました。ありがたや。

 

「3コーナー手前からのロングスパートには驚かされましたが、あれはトレーナーとの作戦だったのでしょうか?」

 

 これも普通の質問…と見せかけて、場合によっては trainer さんの責任を問うてくる厄介な質問です。答えを慎重に選ばなければ。

 

「いえ、あれは私自身が選んだ戦法です。私の得意なやり方で走るように、というのが trainer さんの指示でしたので、それを踏まえつつ、スリーキングダムズさんを捉えきれる作戦を設定したらああなった、というだけの話ですわ」

 

 これで、trainer さんが責任を被せられることはないでしょう。全ては私の自己責任ですから。

 え、trainer さんは「作戦は無し」と言ってただろうって? そんなもの、言い換えれば「好きに走ってこい」=「得意なやり方で良い」ってことじゃありませんか。

 

「彼女の言う通りです。ブレイズは距離の長い競走を得意としていますが、今回は初めての左回りコースだったこともあり、不安要素は拭いきれませんでした。そのため、ブレイズには一番得意な走りをしてくるよう、指示していたのです」

 

 ふむ、trainer さんもどうやらこの猿芝居に気付いて合わせてくださったようです。

 

「シルヴァーブレイズさんは今回の勝利を以て、無敗ダブルティアラを達成しましたが、今のお気持ちは如何ですか?」

 

 しまった、そのことを忘れていましたわ。確か、無敗2冠は歴史上2人しか果たしていない偉業なんでしたっけ。

 

「一言で言えば、勝って兜の緒を締めよ、です。嬉しい気持ちはありますが、ここで立ち止まることはあり得ません。ひとまずは秋華賞を目指すつもりでおりますが、進路がどうなるかは身体の具合次第ですね…今はただ、病院に行って検査の結果を待つしかありません」

 

 正直なところ、今はこれ以上何も言えないのです…。

 

「無事を祈りたいと思います。以上、シルヴァーブレイズさんでした!」

 

 その後 trainer さんが2、3質問を受けていましたが、何やら難しい専門用語を並べて回答していたので、私にはさっぱり分かりませんでした…。まだ知識不足ですね、人生は日々勉強です。

 で、この記者会見が終わったと思ったら、最後に予測可能回避不可能な儀式が待ち受けていました。

 

「ブレイズ…」

「母上…」

 

 お察しの通り、関西からわざわざ応援に来た母上との再会です。

 

「約束は果たしました。勝ちましたよ、Oaks を」

 

 これは事実ですわ。

 

「うん、よくやってくれたわ。ありがとうね、ブレイズ」

 

 そっと私を抱き締めた後、母上は私の目を見詰めてこう言いました。

 

「でも、ちょっと無茶をしすぎよ」

「無茶? まあ確かに、身体にとって負担のかかる走りではありましたが…」

「確かにオークスを勝ってほしいとは言ったわ。でもね、貴女は私にとってたった1人の娘なの。オークスの勝利と同じかそれ以上に、貴女のことも大切なのよ。だから、まずは病院に行ってケガがないか調べてもらってきなさい。そして、これ以上無理な走りはしないでちょうだい…お願いよ」

 

 ふむ……母上にとって私は1人しかいない、ですか。それも確かにそうですね。

 

「分かりました。Winning live が終わり次第、病院に行ってきます」

「ええ、くれぐれもお願いね」

 

 ある意味では残念ですが、私は母上の言葉を完全には守るつもりがありません。

 確かに無茶はしないように致します。しかし逆に言えば、無茶に当たらない走りならしても良いということで……つまり、あのゴルシ先輩の走りが負担にならないくらいまで鍛えれば、あれを競走でやっても良いということですね?

 よし、まずは病院に行って異常がないか診てもらうとしましょう。そして、筋疲労が解消され次第……鍛練ですね。

 

 

「ブレイズ先輩勝っちゃったけど、大丈夫かな……」

 

 シルヴァーブレイズのウィナーズ・インタビューが終わった直後、ざわめき渦巻く観客席の一角で、ラインクラフトは呟いた。

 

「分からないね……検査の結果が出るまでは、何とも…」

 

 隣に座るシーザリオも、心配そうに尻尾が揺れている。

 

「実況放送では、わざと転んだって言ってたけど……」

「分からないことが多いから、今は《シリウス》からの公式発表を待つしかないね」

「わたしたちのトレーナーさんとしても、心配だろうね……」

「だね。あそこのトレーナーさんは、うちのトレーナーさんと同期だし…。

とりあえず、先輩が無事なら良いんだけど……」

 

 ティアラ路線を志す者として、ラインクラフトとシーザリオはシルヴァーブレイズのことを強く心配していた。

 

「で、あれはどうなんだ」

 

 そのラインクラフトとシーザリオのペアから離れた別の席にて、ナカヤマフェスタはシルヴァーブレイズが倒れたコースを指差しながら尋ねた。その相手、キンイロリョテイが鋭い目でコースを見詰めながら答える。

 

「んー、そこまで大きな心配はないと思うが。ブレイズはわざと転んだみたいだしな。

ただ、思ったより強く腰を打った可能性はある。それと、立とうとした時にブレイズはふらついてた…おそらく脚の筋肉の疲労がひどくて、まともに立てないんだろう。あの様子じゃ、重度の筋疲労でしばらくは松葉杖が彼女のオトモになるぞ」

「やっぱそうだよなぁ」

 

 最後のモツを食べきり、ナカヤマフェスタはため息を吐いた。

 

「アイツが無事なら良いんだが」

「何だ、テメーもまともな神経あんじゃねえか」

 

 ブレイズの無事を思うようなところもあるんだな、とキンイロリョテイは感心した。しかし、その感心はたった1秒で裏切られた。

 

「いや、アイツだからこそサイコロの目がどう出るか分からねぇし…」

「前言撤回っ! おもっきしテメーの趣味じゃねえかっ!」

 

 キンイロリョテイのチョップがナカヤマフェスタの脳天に突き刺さった。 

 

 

「お疲れさん、スイーピー。よくやったな」

「やだやだやだー! 次はぜーったい1着取るんだもーんっ!!」

 

 遠く、おそらくウィナーズサークルの辺りでゴネているスイープトウショウの声をぼんやりと聞きながら、シュガーニンフェはとぼとぼと地下バ道を歩いていた。

 

(また、勝てなかった…!)

 

 彼女が考えているのはそれだけである。

 《スピカ》のあのトウカイテイオーに目をかけられ、ダービーやジャパンカップと同じコース・距離ということで合同トレーニングしてもらったこともあり、シュガーニンフェ自身は中距離でも戦えると思っていた。それが蓋を開けてみれば5着、掲示板ギリギリである。

 正直なところ、かなりしんどい距離だと彼女は思った。もしかすると、2,400メートルはやや長すぎるのかもしれない。それに、もし仮に戦える距離だったとしても…

 

(ライバルが手強すぎる…!)

 

 とんでもない猛者が多いのである。

 阪神ジュベナイルフィリーズからの腐れ縁といえるスイープトウショウ。彼女もだいぶ実力を着けてきている。実際、阪神ジュベナイルフィリーズ、桜花賞とシュガーニンフェが先着してきたが、ここにきて逆転されてしまった。

 逃げの強者スリーキングダムズ。彼女の逃げ足は容易に捉えられるものではない。シュガーニンフェはこれまで一度として、この逃げ脚を捉えきれていない。

 そして誰よりも手強いのがシルヴァーブレイズ。ここまで7戦7勝、つまり無敗でダブルティアラをやらかしている。これだけで彼女の実力がよく分かる。

 

(私、本当に勝てるのかな…)

 

 下を向きながら考え込んでいたシュガーニンフェに、唐突に声がかけられた。

 

「シュガー」

「っ!?」

 

 聞き覚えのある声。顔を上げた先には、彼女のトレーナーたるチーム《アルナイル》の(いり)() ()(なみ)トレーナーがいた。

「トレーナー、さん…!」

「お疲れ、シュガー」

 

 声を震わせるシュガーニンフェを、入江トレーナーがそっと抱きしめた。

 

「そして、ごめんなさい。今回は私のミスです」

「……え?」

「最後の末脚を見た限り、2,400は貴女には長すぎたかもしれないのです。最後の方、タイムが少し遅くなってましたし。貴女も走ってみて、そう思ったのではないですか?」

「っ!」

 

 図星であった。

 

「その様子だと、貴女もそう思ったみたいですね…」

「はい……正直しんどかったです……」

「では、それは私のミスです。貴女の距離適性を押し測れなかったのですから」

「そ、そんなことは…!」

「だからこそ、次は勝ちましょう」

 

 いつの間にやら、入江トレーナーの目には涙が浮かんでいる。トレーナーも悔しいのだ、とシュガーニンフェは察した。

 

「ひとまず、貴女の走れる距離は芝2,000メートル前後が限界かなと思います。オークスは重かったですが、秋華賞なら走れる可能性があるでしょう。夏に鍛えて、秋は勝ちましょう!」

「…っ! はいっ!」

 

 今度は返り咲く……それが、シュガーニンフェと入江トレーナーの合意であった。

 

 

 一方、「パブ 流星の止まり木」。

 

「「「……」」」

 

 店内は誰も口を利かない。そして全員の顔には、焦りとか心配といった表情が張り付いていた。その沈黙を最初に破ったのは、他ならぬマスターであった。

 

「勝った、か……」

 

 異様に静まり返った店内に、その一言は大きく響いた。それを合図にしたかのように、客たちが一斉にざわつきだす。

 

「おいおい、ありゃ大丈夫か嬢ちゃん!?」

「派手に転んだな…どっか痛めてなきゃ良いが」

「あ、あなた! ブレイズちゃんは大丈夫なの!?」

「んな揺さぶられても分かるかぁぁぁ!」

 

 喧々諤々である。その喧騒はしばらく続いたが、シルヴァーブレイズのウィナーズ・インタビューでぴたりと止まった。

 

「…大丈夫、なのか?」

「トレーナーさんの発言も合わせて聞く限り、どうやら今のところは大丈夫らしいな」

「やれやれ助かった。あの娘が走れなくなったなんて話になったらどうしようかと思ったぜ」

 

 その安堵の雰囲気に被せるように、マスターが厳かに告げた。

 

「ご来店中の皆様に、お知らせがございます。シルヴァーブレイズのオークス優勝記念と致しまして、ただいまよりタイムセールを実施いたします。

こちらにメニュー表をご用意しましたのでご活用ください。今回はスイーツキャンペーンとして、イギリスのお菓子をご用意してございます。もちろん、看板娘の代名詞たるアップルパイも健在です。

なお、本キャンペーンにおける売り上げの一部は、万が一治療費等が必要になった場合に備えてシルヴァーブレイズ嬢に寄付するつもりです。それでは、ご注文お待ちしております」

「おっとマスター、やってくれるじゃねえか!」

「おっしゃ、ブレイズの嬢ちゃんに寄付すんなら任せろ!」

「俺も食うぞ! メニューは何だ?」

 

 表を見ると、トライフルやショートブレッド、ジンジャーブレッド、キャロットケーキが並んでいる。それに混じって、「流星の止まり木」の一番人気メニューたるアップルパイもあった。

 メニュー表の説明書きによると、どうもトレセン学園内で農業が行われており、ショウガ、にんじん、トライフルのいちごはその畑で採れたものらしい。現トレセン学園理事長・秋川やよい氏寄贈とのことである。

 また飲み物のタイムセールもやっており、紅茶に混じってしれっとジンジャーエールとシャンディガフが割引対象に入っている。

 

「マスター、キャロットケーキとジンジャーエールのセット1つ!」

「だからお前注文早いっての! …よし、俺は軽めにショートブレッドとダージリンにしよう!」

「アタシはジンジャーブレッドとローズヒップのセットね! あとトライフル付けて!」

「おま、そろそろ甘いもん控えろって言ってんだろ! マスター、俺はアップルパイとアールグレイで頼む!」

「承知致しました。順番にお渡しいたしますので少々お待ちくださいませ」

 

 シルヴァーブレイズの身体を心配しながらも、タイムセールはしっかり楽しむ商店街の人々であった。

 

◆◇◆◇

 

「あぎぎぎぎ……」

「大丈夫、ブレイズちゃん?」

「大丈夫……と言いたいところですが……」

「ブレイズ重いよ…もうちょい自分の脚で頑張って歩いてー…」

「モントバンさん、それは己の所業を省みてから言ってくださいまし。朝寝坊の貴女を毎日引きずって食堂に連れて行っているのは誰なんですの?」

「うぐぅ、それ言われると何も言えねー……」

「やれやれ、手のかかるチームメートだぜ」

「ゴルシ先輩にだけは言われたくありませんわよ……」

 

 今は、「オークス」が終わって4日目の Breakfast time ですわ。場所は栗東寮の食堂です。

 今日は平日なので学校の授業がありますから、少々急がねばなりません。ですが……

 

「ブレイズちゃん、無理しないほうが良いよ……?」

「そうもいきませんわ、サニーさん。私たちはウマ娘であると同時に学生なのです。学生の本分は勉強にあるのですから、手を抜くことなど……あうぅ」

「む、無理だけはしないでね……?」

 

 そう、実は今の私は、身体の自由が非常にききにくいんですの。

 「オークス」で披露したあの走り、つまりはゴールドシップ先輩に倣ったストライド走法。あれの有効性は確かめられたのですが……慣れないことはするものではありませんわね……。案の定というべきか、見事に全身筋肉痛になってしまって、動くに動けませんの。「オークス」が終わった翌日から、保健室に通う羽目になりました。いつもの礼拝もなかなかできておりませんの……後で懺悔しておかなければ。

 競走と winning live が終わった後で病院で検査を受けましたが、「異常無し。ただし筋疲労は強い」とのことで、なかなか身体の疲労が取れないのです。

 競走から日が経って多少は回復したのですが、歩くことにすら手助けが必要な事態となってしまいました……。走るなんて、とてもではありませんができませんわ。

 このため、今はゴールドシップ先輩やサニーウェザーさんといった《シリウス》の仲間たち、そして我が同室のリナルドモントバンさんを杖代わりにする日々が続いておりますの。特にゴルシ先輩にはいつも振り回されてばかりですが、実は何だかんだで面倒見が良く、力を貸して下さるのですわ。

 ……あと、部屋の床が一面埋め尽くされそうなほどのお見舞い品や手紙が届いている上に、何やら多額の寄付があったとか何とか……。

 

「ブレイズ、知ってっか? 筋肉痛ってのは、身体がタンパク質を欲しがってる証なんだぜ?

だからこーゆーものをだな……」

 

 朝食の最中、そう言いながらゴールドシップ先輩が取り出したのは、無色透明の瓶。中には謎の虹色の液体が……ちょっとお待ちくださいまし!

 

「ゴールドシップ先輩!? それはいったい何ですの!?」

「何って、栄養ドリンクだぜ。アタシ特製、『ゴルシのマムシ』だ!」

「………」

 

 その、如何にも「飲んだらダメです」と言わんばかりの色は、どうにかならなかったんですの……?

 

「ほら、早く飲めってー!」

「いえ、それはちょっむごっ!?」

「ゴールドシップさん!?」

 

 一瞬の隙を衝かれ、瓶の中身を口に突っ込まれてしまいました……。

 むぐ、味は少し妙ですが、飲めなくはないですわね。色はアレですが。

 と、ほぼ全部飲み干したところで、ゴールドシップ先輩が何かを思い出したように付け加えました。

 

「あ、いけね。1つ思い出した。それ作ったのはアタシだけど、監修したのはタキオn」

「いやあぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 ゴールドシップ先輩の話をぶった切るように、自分でも驚くほどの悲鳴が私の喉から迸りましたわ!

 発音から考えて、監修したのは明らかに「タキオン研究所」ではありませんか! と、いうことは……!

 

「うおっ、これは……! ダンツやネオユニより強く光ってんじゃねーか! イカ漁船もびっくりだぜ!」

「いやあぁぁぁぁぁぁぁー!!」

 

 どれだけ即効性があるのか、見事に全身が黄緑色に発光してしまいました! しかもこれ、前にアグネスタキオン先輩に似たような薬を飲まされた時より光が強いじゃありませんか!

 

「ブレイズちゃん……」

「うわー……」

 

 とても気の毒そうな目で私を見つめてくるサニーさんとモントバンさん、お願いですからその目を今すぐ止めてくださいまし!

 

「これはすぐ、タキオン博士に報告しないとな!

ほら行くぞブレイズ! ゴルゴルタクシー、超光速でかっ飛ばすぜ!」

「私を guinea pig にしないでくださもごぉっ!」

 

 やっぱりあれ、明らかに飲んだらいけない種類のものでしたわ!!

 

 

「あー……それはまあ、何というか、災難だったな」

「あうぅぅぅ……」

 

 時は移りまして放課後。授業を終えた私たちはいつものようにトレーニングしている訳ですが……先述の通り私はほぼ走れません。なので、部室にて trainer さんとお話し中ですわ。

 あの現場や、私の変わり果てた姿を見てしまった方々ならいざ知らず、trainer さんにすら気の毒な目で見られるなんて……。

 朝食もそこそこに、ゴールドシップ先輩に麻袋を被せられ、さながら宅配便の荷物のようにされて登校し、タキオン研究所もとい理科室に連れ込まれたとたん、アグネスタキオン先輩に「おや、今日のモルモット君はいつにも増して光っているじゃないか! 何をどうしたらこうなるんだい!? いや、今は理由なんてどうでも良い、すぐデータを取ろう!」と上機嫌で言われ、朝礼が始まる寸前まで身体を弄くりまわされ、ついでにたまたま居合わせたアグネスデジタル先輩には死なれました(もちろん尊死ですわ)。おまけにこの発光現象はお昼頃まで容赦なく続き、事情を知った友人たちや教師の方々からも哀れみの目を向けられましたのに……これでは私、もうお嫁に行けませんわ……。

 

「ううぅ……私の尊厳が……」

 

 耳がぺたんと垂れているのが、自分でも分かります……。

 

「まあまあ、そういう運の悪い日もあるよ。こればっかりはどうしようもないからな。

ところでブレイズ、君に話がある」

「どんな話ですの?」

「たづなさんから今朝連絡が来たんだが、君に記者会見の申し込みが殺到しているんだよ」

 

 ああ……記者会見。私の苦手なものですね。

 

「私に、ですか?」

「ああ。実を言うと、このところうちのチームへの注目度は急速に高まっているんだ。俺の先輩にあたる先代トレーナーが獲得できなかった日本ダービー、それをチケゾーが制してくれたかと思ったら、今度はゴルシがダービー以外の二冠を果たした。しかも去年の宝塚記念を勝ったこともあって、今年の宝塚記念でも1番人気に推されるのではないかという見方もある。

そして、今のクラシック戦線だ。外部の関心が特に高いのが、シルヴァーブレイズ、君なんだ。ティアラ路線とはいえ、無敗で桜花賞、オークスと立て続けに制覇。ジュニア級の朝日杯フューチュリティステークスも含めれば、無敗でGⅠレースを3勝だ。それに、このままいけば史上初の無敗トリプルティアラ獲得ともなりかねない。それだけに、注目度は非常に高いんだ」

「あー……およそ分かりましたわ。私が、現在の tiara route の最強格だと見られている、と」

「そう。その君に、できれば記者会見を受けてもらいたいんだ。身体の具合が大丈夫っていう証明もできるし。受けてもらえるか?」

「承知致しました、trainer さんの命とあれば、引き受けましょう。私自身の無事も、しっかりと表明せねばならないでしょうし」

 

 こうして話はトントン決まり、また記者会見というものを受けることになりました。正直なところ、記者会見はどうも好かないのですが、一流たる者の義務(ノブレス・オブリージュ)です。やるしかありません。

 

 

 何だかんだと準備を行い、5日後。処はトレセン学園内ですわ。

 ウマ娘たちが記者会見を受けることを想定し、学園では常時幾つかの教室を空ける措置を取っております。その空き教室のうち1つの前に、私は trainer さんと共に来ておりますの。先に《スピカ》のキタサンブラックさんが interview を受けており、次が私の番という形になります。

 

「緊張しているか?」

 

 Trainer さんにはそう聞かれましたが、何故でしょうか、気分は非常に落ち着いております。緊張など、微塵も感じられません。

 

「いいえ、そんなことはありませんわ」

 

 私がそう言うと、trainer さんは「なら、良いけどな」と笑った後でこう言いました。

 

「今回の記者会見は、『クラシック級前半期に活躍したウマ娘たちの取材』という名目になっている。これまでのレースを振り返る+今後の予定を聞かれることになると思う。それに加えてブレイズの場合、オークス後の身体のことを聞かれると思うな。いざとなったら俺がサポートするし、たづなさんも『無理に答える必要はないです』って言ってたから、まあ、あんまり気負わずにやってきてくれるとありがたい」

「承知しました。これも『一流たる者の責務(ノブレス・オブリージュ)』の1つだと思って、やってきますわ」

 

 私が返事をした時、教室の戸が開いて《スピカ》の狼藉者(沖野トレーナー)とキタサンブラックさんが出てきました。キタサンさん、強く緊張したんでしょうね。何だか足取りがフラフラとしておりますわ。

 

「時間だな。さ、行こう!」

「ええ」

 

 Trainer さんの一言を合図に、私たちは教室へと足を踏み入れました。

 踏み入れたその直後から、強烈とすら言える白光の煌めき…… camera の flash ですわね。エアグルーヴ先輩の気持ちがまた少し分かりましたわ。

 

「それでは続いてティアラ路線で活躍した選手の方々にインタビューを行います。まずはこの方、シルヴァーブレイズ選手です! 皆様ご存知の通り、無敗でティアラ二冠を達成し、現在ティアラ路線の最有力者との呼び声も高い選手です!」

 

 そんな派手な呼び方されてるんですの…?

 紹介が終わると同時に、記者たちが一斉に挙手して質問してきました。やれやれ、そんなに一言が欲しいんでしょうか。

 

「現在の身体の具合は大丈夫なのでしょうか!?」

 

 ああそうか…松葉杖を突いていたのを忘れるところでした。そりゃ骨折したかと思われますよね。

 

「ご心配ありがとうございます。杖を突いているので骨折だと思われているかもしれませんが、医師からはただの筋疲労だと診断を受けています。診断書もきちんと頂いております。何であればここで公開しても構いません」

「レースへの復帰はいつ頃になるでしょうか!?」

「現時点では復帰は不可能です。ですが、秋戦線には復帰するつもりです。遅くとも秋華賞には間に合わせます」

「夏合宿はどうするおつもりですか?」

「そこにつきましては trainer さんと要相談ですね。私としては参加したいと思っておりますが」

 

 とここで、見覚えのある顔から質問の手が挙がりました。

 

「月刊トゥインクルの乙名史です。ブレイズさんはこれまで幾多のライバルと戦ってこられましたが、ティアラ路線を走った感想を教えてください!」

 

 そういえば、この記者会見の趣旨は「これまでの競走の振り返り」だったかしら。

 

「そうですね…一言で申し上げるならば、絶対に侮れない、です。

私の印象に残っている方だけでも、スリーキングダムズさんにスイープトウショウさんは非常に手強いと感じました。私は中団から差す戦法を好んで使いますから、スリーキングダムズさんには逃げ切られる危険がありますし、スイープトウショウさんも油断すれば抜かれる危険を感じていました。このお二人は特に油断ならない相手だと、私としては思っています。

その2人を省いたとしても、競走の世界では何が起こるか分かりません。思わぬ伏兵が待ち構えている可能性だってあるのです。そういったことを考慮して、『絶対に侮れない』と申し上げたのです」

 

 ちょっと一息入れて、言葉を続けます。

 

「ですが、そうした全ての敵を倒し勝ち上がってこそ、一流というべきものでしょう。

それに、敵はこれだけではありません。秋華賞が終われば、その先には更に手強い敵ばかりが待ち構えているでしょう。三冠路線のドゥラメンテさんやキタサンブラックさん、あるいはジェンティルドンナ先輩のような先輩方、ことによると海外勢……そうした強敵と対峙し、打ち勝っていかねばなりません。その覚悟で、私はこれからも己を磨いていきたいと思います」

 

 これが偽らざる私の本心です。

 まだ私の旅路は、道半ばにも達していない。まだ見ぬ強敵はいくらでもいる。それらを相手取り、打ち勝たねば、偉大な祖先に並び立つことなどできない。

 

「なるほど…そういえば、シルヴァーブレイズさんは何のためにこのトゥインクル・シリーズを走っているのですか?」

 

 これは別の記者からの質問です。

 

「偉大な祖先に並び立つためです。私の祖先は優秀な長距離走者でした。その祖先に並び立つためには、GⅠ競走を中心に大きな競走で勝たねばなりません。今はまだ、その前段階というべきでしょう」

「長距離走者ですか? それならば、菊花賞や日本ダービーを含む三冠路線の方が適性が高いと思いますが…?」

「ふむ、そこについては否定はしません。しかし、長距離を走るためには体力だけでは足りません。筋力が必要な場面もあるのです、例えば馬場状態が悪化している時とか。そういう場合に備えてある程度の筋力を確保すべく、trainer さんと相談の上で筋力を求められる比較的短い距離の競走を走ることにしたのです。

あとは、母上の夢がオークスを走ることだったからですね。母が叶えられなかった夢を娘が叶えるのもまた、親孝行の1つというべきでしょう」

 

 ま、答えとしてはこんなものでしょうかね。

 

「それでは最後に、ファンの皆様に一言お願いします!」

「承知しました。

皆様、ここまで私を応援してくださり、ありがとうございます。私が無敗でGⅠを3勝できたのも、皆様の応援あってこそです。

今は私は走りにくい状態になっておりますが、骨折等の怪我があった訳ではありません。そこはご安心ください。そして……夏の間に調子を整え、秋戦線には必ず舞い戻ります。それまでどうかお待ちくださいますよう、お願い申し上げます」

「以上、シルヴァーブレイズさんでした、ありがとうございました!」

 

 教室を出てやっと、緊張の時間、終了。やれやれ疲れました……。

 

「お疲れ様、ブレイズ」

「いえ、trainer さんこそ、いつもありがとうございます」

 

 近々慰労を兼ねて、また trainer さんをお茶会に誘うとしましょう。お茶の好みは Darjeeling ですから、それに合ったお茶菓子で疲労回復に良いものを……かといって毎度のごとく apple pie というのも芸がない……そうだ、lemon cake でも焼いてみましょうか。

 

 

 記者会見が終わって3日後の朝。

 

「おほーっ、アタシが1番じゃねーか! やっぱ何事も1番だな!

面白くなってきたぜぇーっ!」

 

 朝っぱらからやたら興奮しているゴールドシップ先輩。その原因は、彼女の前の机に置かれた雑誌ですわ。

 雑誌の名は「月刊トゥインクル」。日本では「ウマ娘関連のニュースを得たければ、『日刊ウマ娘』と『月刊トゥインクル』を買っておけ」と言われるほどの、有名どころの大衆誌です。

 今ゴールドシップ先輩が開いている頁には、今度行われる「宝塚記念」の事前人気投票の結果が示されています。それによれば、1位に選出されたのはゴールドシップ先輩だったようですね。あの豪快な追込は、人々の心を捉えやすいのでしょう。

 それに、宝塚記念が行われるのは阪神レース場。ゴールドシップ先輩は、このレース場にて既に複数の勝ち星を上げており、実績は十分と判断されたことも手伝っているのでしょう。

 ちなみに今号には、「春のクラシック戦線の振り返りーー有力選手と共に」とかいう題目で、クラシック戦線を走った高位人気のウマ娘たちの取材内容が書かれています。つまり私が先日受けた記者会見の内容も、入っているというわけですわ。

 と、雑誌を覗き込んだサニーウェザーさんが、声を上げました。

 

「え? ……これ、ブレイズちゃんも選ばれてるよ?」

「え?」

 

 サニーさんが指差す場所を見れば、なんと5位のところに私の名前が!

 

「ええと……『ファン投票5位にランクインしたのは、今をときめくクラシック級ウマ娘の1人シルヴァーブレイズ。非常に目立つ髪色と勝負服が特徴で、神とファンへの感謝を忘れない心を持つ、見目麗しいウマ娘の1人である。メイクデビュー後重賞には1戦も出場しないまま、いきなり朝日杯FSを制したため、当初はその実力をフロック扱いされたこともあった。しかし、無敗でダブルティアラを果たしたその実力は本物であり、2冠達成したドゥラメンテと並んでクラシック級投票数はぶっちぎり1位、シニア級入り交じる本投票でも5位に食い込んできた。

残念ながらオークス後の消耗が著しいため、大事をとって今回は出走を見送ったものの、出走していれば優勝争いに食い込む有力バとなっていたことは間違いない。今後の活躍にますます期待が高まるウマ娘である』……って、すごいよブレイズちゃん!」

 

 雑誌に書かれていた文章を読んだサニーさんも、興奮し始めました。

 私も少々驚いております……まさかファン投票5位に選出されるとは。それも、実力・経験ともに十分なシニア級の皆様を差し置いて!

 

「それだけ期待されている、ってことでしょうか……」

 

 やれやれ、これは何としてでもこの忌々しい筋肉痛を治す必要がありますね。仕方ない、タキオン先輩の薬で身体が発光するのもある程度許容しましょうか。あの先輩の調合する薬は、副作用こそロクでもないもの(身体発光など)が多いですが、薬効は確かなものですし。




ブレイズの台詞に出てきた「guinea pig」とは、英語圏における表現の1つです。意味は「モルモット」。つまりそういうことです。


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さて、今回はブレイズが次回予告担当と聞いてるが…ん? 妙に部屋が暗い、というか真っ暗じゃねえか?

ビカッ!(突然の懐中電灯の点灯音)
「お待ちしてましたわ」(光の中に浮かび上がる、シルヴァーブレイズの怖い顔)

ぎゃあああああ!!
ビビったぁ、クオリティ低いお化け屋敷に良くあるドッキリ仕掛けてくるんじゃねーよ!

「最上の反応ありがとうございました」

んなコメントされても全く嬉しくねえわ!

「さて、何故私がこんなことをしたか、ですが……今は夏ですね。夏といえば海? スイカ? 祭り? 花火? そんなものではないでしょう。こういう代物の季節ですわ…!
次回『夏といえば海でも祭りでもなく怖い物である。』 お楽しみに……ふふふふふ…」

《現在までのシルヴァーブレイズの戦績》
新馬戦(メイクデビュー) 京都芝2,000 1着
1勝クラス条件戦 東京芝1,600 1着
2勝クラス条件戦 札幌芝2,600「阿寒湖特別」 1着
G1 朝日杯フューチュリティステークス 阪神芝1,600 1着
OP アネモネステークス 中山芝1,600 1着
G1 桜花賞 阪神芝1,600 1着
G1 オークス 東京芝2,400 1着


《追記:シルヴァーブレイズのキャラストーリー第5話「Have a tea time.」》
シルヴァーブレイズとトレーナー契約を結び、本格的なトレーニングを開始してから1ヶ月。
シルヴァーブレイズは相変わらずのひたむきさで、めきめきと実力を伸ばしている。
スピードトレーニング、坂路ダッシュ、戦術研究、どれにも手を抜かず真剣に取り組んでいる。
どうも水泳だけは相当に苦手なようだが、それでも彼女は頑張って取り組んでいた。
だが、1つ気になる点があった。それは……

(場面転換、食堂にて)
「神よ、日々の糧をお与えくださり、感謝します。Amen.」

クリスチャンらしく、食前に祈りを捧げるシルヴァーブレイズ。これがいつものルーティンなのだが……

『今日もまた少ないな……』

そう、運動量の割に食事量が少ないのだ。周囲の他のウマ娘たちと比較しても、明らかに少なめである。
運動量の多いウマ娘は、基本的にヒトより大食いであることが多い。流石に某葦毛の怪物(オグリキャップ)は例外だが。
しかし、シルヴァーブレイズが食べる量は成人男性1人分に満たない程度なのである。

「ご心配をおかけしてすみません。まあ、摂取するenergyの量を調整しているのも理由の1つなのですが……。」
『調整?』
「はい。あ、そういえば明確にはお伝えしていませんでしたね。
実は私、間食がわりと多いんです。そのためどうしても食事量が少なくなるのですわ。」

理由は分かったが、間食とはいったいどういうことだろうか。尋ねてみると……

「Tea Timeです。この一言だけで、全て説明できますわ。」
『……お茶か?』
「はい。英国人よろしく、紅茶と一緒にscornやsandwichなどを軽く摘まんでいますの。」

言われてみれば、シルヴァーブレイズは食事時でも紅茶を飲んでいるところしか見たことがない。
それに……

(以下回想)
(トレーニング直前の部室で)「あら、trainerさん。失礼、練習前の栄養補給中ですの。」(紅茶を片手にサンドイッチをパクついている)
(回想終了)

こんな場面を何度も見てきた。
もしかして、このティータイムがシルヴァーブレイズにとって重要な意味を持つのではないか。そう思った。
すると、そんな考えを見透かしたのか、シルヴァーブレイズはこんな提案をしてきた。

「気になるのでしたら、trainerさん、今度お茶をご馳走しましょうか?」
『えっ、良いのか?』
「構いませんわ、お茶の席は社交場の1つ。どなたでも大歓迎ですの。
……紳士淑女らしいtable mannerがあれば、の話ですけれども。
と言いましてもそんなに堅苦しいことはありませんわ、普段の食事中に当たり前にやっていることができれば十分ですの。」
『それじゃあ、お呼ばれしようかな』
「承知しました。それではtrainerさんのご都合がよろしい日時を教えてくださいませ、予定をそちらに合わせましょう。
あ、それと、あまり食したくない食べ物や、飲みたい紅茶の希望がありましたら教えてくださいまし。
紅茶が苦手でしたら、coffeeとか…マッチャ? でも構いませんよ。」

あっという間に話が進んでいく。お茶会が何だか楽しみになってきた。

(時計の針1周)

あの日から3日後。
トレーニング前に少し時間を使ってお茶にしようということになった。
いつもより少し早めに部室に行ってみたが、なんとシルヴァーブレイズは既にお茶の準備をほぼ終えていた。

「こんにちは、trainerさん。お待ちしておりました。
どうぞ、こちらへおかけくださいませ。」

案内されるがままテーブルにつく。テーブルの上には2段のティースタンドが置かれ、食べ物が載せられていた。

「本来の作法であれば3段が一般的ですが、今回は簡略化しておりますの。
あと、こまごました作法もあるのですが、思いきって一切を省略しました。」

視線に気付いたシルヴァーブレイズが、紅茶を淹れながら解説してくれる。
スタンドに載せられていたのは、下段がサンドイッチとスコーン、上段はフルーツとパイらしきものだ。
そしてスタンドの周囲に、ジャムと何かのクリームが置いてある。

「上段にあるこれはapple pieです。私の自信作ですわ。」
『これ、全部手作りなのか!?』
「はい。淑女たるもの、ちょっとした料理ができるのは当然ですわ。」

どう見ても「ちょっと」どころではないクオリティだ……!

「さ、trainerさん。お茶をどうぞ、welcome drinkですわ。
今回は紅茶の代表格、Darjeelingをご用意しました。まずは何も入れずに飲むのが良いですわ。」

言われるがまま飲んでみて、驚いた。市販の紅茶とは味が全く違う……!

『お、美味しい!』
「ふふっ、それはようございました。
紅茶を淹れる時に大事なのは、茶葉の種類ではありません。お湯の温度、お湯と茶葉の量、それに蒸らし時間ですの。
この3つに気を付ければ、市販品からでも一流の味を引き出せますわ。」

実際、今回彼女が使っている茶葉は明らかに市販品だ。それでここまでの味を引き出せるのかと、驚いてしまう。

「さあ、tea foodsの方もお楽しみくださいませ。最初はsandwichをお勧めします。」

そう言って、優雅な所作で紅茶のカップを傾けるシルヴァーブレイズ。
サンドイッチにはツナと卵、それにレタスとトマトときゅうりが挟んであった。栄養に注意している様子が窺える。

『美味しい!』
「お気に召したようで何よりですわ。
では少しこちらをご覧ください、scornの食べ方をご説明します。」

シルヴァーブレイズは下段の皿からスコーンを1つ取った。

「食具を使わず、素手で縦に割るのがmannerですわ。そして、このjamとclotted cream(クロテッドクリーム)をこんな具合に塗って……」

慣れた様子でさらさらと塗っていき、一口で半分ほど食べてしまう。

「こうやって一口か二口で食べるのが、上品に見えるコツですの。」

色々と教えてもらいながらスコーンを食べた後、アップルパイに手を伸ばす。
するとシルヴァーブレイズが2杯目の紅茶を淹れてくれた。「今度は砂糖とcreamたっぷりでどうぞ」とのことである。
カスタードクリームが塗られたアップルパイは、りんごの甘味がよく引き出されていた。
レモン汁らしいわずかな酸味が入っているのも、良いアクセントだ。
一流のパン屋に出しても通用するんじゃないか、と思えるほどである。
最後に残った苺を食べ、ティータイムは終わった。

『美味しかったよ、ありがとう』
「お粗末様でした。ちなみに、お茶の時間は1日に5回はやっておりますので、またいつでもお声をおかけくださいませ。」
『ご、5回!?』
「はい。朝食前、10時休み、昼休み、3時休み…という名の放課後の鍛錬前、そして夕食後で5回ですわ。
朝食前と夕食後は、さすがにお茶菓子はないのですけれども。」

シルヴァーブレイズの食生活の一端が分かったのだった……。
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