いよいよ、クラシックレース最後の一冠。桜ならぬ梅の季節に秋華が満開、秋華賞です!
皆様、ごきげんよう。シルヴァーブレイズですわ。
本日の日付は10月8日 日曜日。私は現在、京都競バ場に来ております。
この一行だけで、私が何をしようとしているか、もうお分かりの方もいらっしゃると思います。そうです、今日は……GⅠ競走「秋華賞」の日です!
ついにこの日が来ました…。先日のTVの生放送であれだけの啖呵を切った手前、敗北は許されません。
それに、事前に雑誌や新聞で見た記事には、どれにも同じ内容が書いてありました。支持率8割を超えて、私が一番人気に支持されている、と…。これはつまり、世間の方々の多くが私に期待している、ということですよね? 私が勝って、史上初の tiara route の無敗三冠が達成される瞬間を見たいと、そういうことですね?
ならば皆様の期待に応える他ありません。何故なら、私の名はシルヴァーブレイズ、白銀色の大流星。流星は消える前に願い事を3回唱えるとそれが叶うとされる、願い星なのですから!
今や私は既に選手控室にて勝負服に着替えております。鏡で確認して…よし、どこも異常無し! というところで、ちょうど控室の扉が叩かれました。
「ブレイズ、入って良いか?」
「どうぞ」
声をかけてきたのは trainer さんです。いつもの"おさらい"+αの時間ですね。
「緊張してるか?」
「緊張? それはまあ、相応にはしておりますよ。何せ今回は、史上初の記録が達成されるかどうかということで、私に世間の注目が集まっているのですから」
これは事実なので仕方ないでしょう。実際ここの競バ場にも、「夢、託されてーー
「ふむ、君の意見は分かった。ただ、俺から見ればいつもと同じ感じしかしないな。いつも通りの適度な緊張感って感じだ…君は本当に精神力が強いな。その落ち着きは、レース中の掛かりを予防し、レース中でもコース取りの最適解を見つけ出すのに威力を発揮する。そのことを忘れないでくれ」
「心得ておりますわ」
流石に15回を超える
「さて、いつも通りおさらいと行こう」
始まりましたわね。
「まず、今日のコースの特徴は?」
「3rd corner に登り坂と下り坂があることですね。その高低差は約3.5M。距離およそ180Mで3.5Mを登るので、中山や阪神ほどではありませんが傾斜はそれなりに急です。注意が必要ですね。
また、これに付随して、末脚勝負が始まりやすいところに下り坂があるので、遠心力で外側に引っ張られやすく、仕掛け所故の勇み足が多く、かつ予想以上に速度が出て体力を削られやすい状態です。これも要注意ですね。それ以外は平坦なので、体力管理が勝負の鍵になる、ってところでしょう」
淀の坂って高低差4.3Mじゃないのか、という方もいらっしゃいますが、それは外回りの場合です。秋華賞は内回りになりますから、高低差は3.5Mですの。
「あと、昨日台風が来たせいでバ場発表が稍重になっています。しかしこれはあくまで外ラチ側の話でしょう。このところ競走が多く行われていますから、内側…特に内ラチ沿いはさらに重いバ場になっていることを想定するべきかと思います」
「よし、大事なポイントを押さえられているな、流石だ。
次に、注意すべき相手は?」
答えなど1つしかありません。
「全員ですね」
「ん、全員?」
「その反応…もしや、スリーキングダムズさんとスイープトウショウさんに注意すれば良いとお考えでしたか? それは甘いと思います。
こんな言い方をしてやや傲慢に思えるかもしれませんが、英雄や偉人を殺すのはいつだって、取るに足りない凡人です。歴史上いくらでも先例がありますわ、坂本龍馬だってそうだったでしょう。ブエナビスタ先輩だって、8番人気だったナカヤマフェスタ先輩に負けましたし。
ということで、全員が要警戒相手です」
今回ばかりは、敵が多すぎます。…が、それもいつものこと。全て蹴散らして勝ち取るまで。
「なるほど…分かった、確かに君の言う通りだな。
では戦術としてはどうすべきと考える?」
「そうですね…私が前目につけた場合と後ろに位置した場合で、前半の戦術が変化します。前目につけた時はスリーキングダムズさんに注意の重心を置き、体力の消耗に注意しながら追随する形になります。逆に後ろにいる時は、スイープトウショウさんの動きに注意しながら走ることになるでしょう。
仕掛ける場所は 3rd corner の手前から、あのゴールドシップ先輩の走りを仕掛けて外から順に抜いていき、最後の1Fくらいでスリーキングダムズさんを捉える、という感じで考えています」
すらすらと話していますが、実はこれ、trainer さんからの助言無しで私が独力で考えたものなのです。
「うん…よし、今回は初めて君に戦術を全て考えてもらったけど、よく考えられている。ただ、後ろから行く場合は特に、他の出走ウマ娘によって大外までブロックされる可能性があるが、そこはどうだ?」
「その場合は内ラチ沿いを突っ切るだけですわ、そのために秘密の特訓で足首の柔軟性を高めてきたのですから。それに皆様重いバ場は嫌がるでしょう」
「OKだ。
君自身言っていたが、今回のレースは世間の注目度が違う。無敗トリプルティアラという史上初の快挙がかかった一戦だ。
君にとっても、これほど注目された状況で走るのは初めてだと思う。緊張するのも無理はない。だが、これだけは忘れないでほしい……落ち着き、周りをよく見ながら走れ。俺からのアドバイスは以上だ」
「委細、承知しましたわ。それでは、行ってまいります!」
ちょうど係員の方が呼びに来ましたので、控室を出て paddock へと向かいます。これから始まる大勝負に、胸が高鳴るのがはっきりと分かります。
さて、今回は paddock での performance をどうするか、既に考えてあります。先に、係員の方にお話を通しておかなければ。
「すみません、paddock へ出た時に、ちょっとお願いしたいことがあるのですが」
「はい、何ですか?」
「Microphone を貸していただけますこと? あと、それを放送に繋いでくださいまし」
「は、はあ……分かりました」
何やらきょとんとした顔をされましたが、まあ、理解していただけたようですわ。注文通りに貸してもらえました。
Paddock に出てみると、やはりと言うべきか私は1番人気に推されておりました。日本のウマ娘史上まだ一度も果たされていない無敗三冠の達成なるか、注目度が高いのでしょう。
集まってくださった観客の皆様に、私は microphone を手にして口を開きました。これこそが、今回やりたかった performance ですの。
「観客の皆様、そして画面越しに応援してくださる皆様、ごきげんよう。本日はお忙しい中ご覧いただきまして、ありがとうございます。
既に皆様ご存知のことと思いますが、私シルヴァーブレイズはこの度、無敗三冠の栄誉を賭けて秋華賞に挑みます。皆様のご期待につきましては、深く理解しています」
ここまで話すと、観客の方々から大きな歓声と拍手が沸き起こりました。光栄ですわ。
しかし、伝えたいことはそれとは別ですの。
「しかし、負けるつもりで勝負はいたしませんが、戦の勝ち負けはやってみなければ分かりません。そこで、皆様に1つお願いがございます」
皆様の視線が一身に集まっているのを強く感じますが、これだけは何としても伝えねばなりません。……過ちと悲しみを繰り返さぬためにも。
「少し話題を変えましょう。私が所属する team には、かつてライスシャワー先輩が籍を置いておられました。この名前には、聞き覚えのある方が多いでしょう。そう、ミホノブルボン先輩の無敗三冠やメジロマックイーン先輩の天皇賞(春)三連覇を阻止された方です。
私にとっては尊敬する先輩であり、同時に競い合いたかった優秀な長距離走者です」
一度言葉を切り、皆様が私の話を聞いてくださっているか確認しながら、言葉を続けます。
「ライスシャワー先輩がミホノブルボン先輩の無敗三冠を阻止した菊花賞……私は現場に居合わせた訳ではありませんので、詳細は見ておりません。ですが、その時の winning live がどんなものだったかは、詳しく伺っています。
それを踏まえまして、一言お願い申し上げます。もし私が無敗三冠を阻止されたら、その時は、私の無敗三冠を阻止する大戦果を上げた方を、心から讃えてくださいまし。
あの菊花賞の時、ライスシャワー先輩は勝ちながらに地獄を見ることになりました。ミホノブルボン先輩という強力な相手を打ち破りながら、それを讃えられることもなかったのです。これは非常に悲しいことであると、私は思っております。
いかなる事情があれど、勝者は等しく讃えられるべきものと、私は考えております。故に、もし私が敗れても、私を破るという偉業を達成した方を、全力で讃えて差し上げてください。それが、私からのお願いです」
そう、これだけは、何があっても、絶対に言っておきたかったのです。
あの過ちは、二度と繰り返してはならない。私は、そう思っておりますの。
「そろそろ行かねばなりません。最後になりますが、勝った方が誰であれその方を心から讃えてくださるよう、重ねてよろしくお願い申し上げます。
もし、勝った方を誹謗するようなことがあれば……いえ、そうならないように、私から一言だけ申し上げておきます。この言葉を格言として、心に刻んでおいてください」
一拍だけ置いて息を吸います。
かなり厳しい言葉であることは承知しています。おそらく、また多数の敵を作ることになるでしょう。
……それでも構わない。炎上したって知るもんか、無理を道理で叩き潰す。
あの悲劇だけは、絶対に繰り返してはならない!
「祝福の心を忘れた者に……観戦者たるの資格は無い!!」
自然と私の、そして周囲の表情に険しさが混じるのが分かります。
それでもなお、この一言だけは言っておかねばならなかったでしょう。今後こんな状況に直面するかもしれない誰かのために。
「Thank you for listening.」
それだけ言い終えると、私は本バ場に繋がる地下バ道へと歩きだしました。
流星は確かに、「消える前に3回願い事を唱えると、それが叶う」等と良いように言われますが、一方で「流星を見たら3回唾を吐かなければ不幸になる」「流星は誰かの命が消えようとしている証」というように、不吉なものとしても扱われます。勝者を讃える心を忘れた者には、私は恐怖と絶望をもたらす死兆星となりましょう。
あの言葉の通り、祝福の心を忘れた者に観戦者たるの資格無し、ですわ。
「おうおう、ずいぶんと啖呵切るじゃねーか」
本バ場へ通じる地下道で、《シリウス》の皆さん(ライスシャワー先輩もいます)が待っていてくださいました。私の顔を見るなり、ゴールドシップ先輩が口火を切りましたが……あれは言って当然のことでしょう。
「啖呵? いいえ、あれは勝負の前の当然の注意として申し上げたまでですわ。ライスシャワー先輩の悲劇を、繰り返したくはありませんので」
「ライス泣いてたぜ、ブレイズが良いこと言ってくれたって」
「そんな、泣くほどのことではないでしょうに…。あれくらい言って当然ですわ、側から聞いても当時はそのくらいひどい対応だったんですから」
勝ったのに祝福どころか非難轟々なんて、私がライスシャワー先輩の立場だったらあの観衆全員に呪いをかけてやるところですわ。手前勝手な理由で勝者を貶すなんて非道の極み、断じて許し難し。潔く腹を切れ、って言ってやるところです。
「ブレイズちゃん、ありがとう。あの時を思い出すのは辛かったけど、ライス、元気を貰えたよ」
「礼を言われるほどのことはしておりませんよ、先輩。理に適った、当然のことを言ったまでです」
「それを素直に口にできるのが、すごいのですよ。並の度胸や勇気ではあんなこと言えませんし、普通の人が勇気を振り絞って言ったところで黙殺されて終わりでしょう。圧倒的な実力を示しているブレイズさんが言ったからこそ、みんな受け入れたのです。
ブレイズさんは見ていなかったでしょうけれど、あの後パドックやスタンドでは、誰が勝っても祝福しようってムードになってましたわよ」
マックイーン先輩…それは確かに正しいですわ。無自覚ながら、私はそういう状況を作り出していたのですね。
「まあ、そういうわけで仮に君が負けたとしても、ライスの時のようにはならないだろう。緊張しすぎない程度に頑張ってきなさい」
「はい。では皆様、私はそろそろ」
「頑張って、ブレイズちゃん!」
「ブレイズさん、ファイトですわ!」
「応援してるからねー!」
「いっちょ、派手にぶっかましてきなー!」
「勝ったら黄金のたこ焼き奢ってやんぜ!」
ゴールドシップ先輩、冗談でも Devil Fish の名前を出すのはやめてくださいまし…。
それはそれとして、いろいろな意味で負ける訳にはいきません。どうやって筋力をつけるか悩んでいたところに、とある先輩から「鉄球を使った鍛練」を指導していただきましたし、その実力を試す時ですわね。あの先輩、見ていらっしゃるのかしら。
「ブレイズ」
《シリウス》の皆様と別れて本馬場へと向かっていると、後ろから声をかけてくる方が1人。この声はスリーキングダムズさんですわね。
「あら、スリーキングダムズさん。どうかしまして?」
「いや、いよいよ対決の時でしょう? だから挨拶に来たの」
そう言って、私の隣に並んだスリーキングダムズさんは、にっこり微笑んでこう言い出しました。
「これがトリプルティアラの最終戦……今日は、お互い良いレースにしましょう!」
私も笑みを浮かべて返事します。
「ええ。お手柔らかにお願いしますね」
……口頭ではこう言っていますが、真意は異なります。本当はこう言い合っているのですわ。
『今度こそあんたを玉座から引きずりおろして叩き潰したげるから、覚悟しなさい』
『こっちの台詞だ、三冠女王の威光にひざまずかせてやる』
……正直なところはこんなもんですの……。
「ちょっと待ちなさい! 勝つのはアンタたちどっちでもないわ! 勝つのはこの、天才魔法少女スイーピーなんだから覚悟しなさいよね!!」
そして雰囲気をぶち壊しにするキンキン声が1つ。
「スイープさん、お待ちしておりました。貴女が夏の間に特訓してきたという魔法、拝見させていただきますよ」
牽制がてらに挨拶すると、スイープさんは胸を張って言い返してきました。
「ふんっ、アタシの魔法をよぉく見て、恐れ入るが良いわ!」
ここでちょうど本馬場に着きました。群衆の上げる大歓声が遠慮なく耳に飛び込んできます。
「皆さん戦意十分のようですね。昨日の台風の影響がまだ残っていますが、この秋空は決戦に相応しいと思います」
台風一過という表現がぴったりの青空を見上げ、スリーキングダムズさんがそう言いました。全くもって同感ですわ。
「お互い、全力を尽くすとしましょう。正々堂々と決着をつけてやる」
「すっごい魔法を見せてあげるわ!」
「ふふっ、威勢のよろしいことで。それでは、参りましょうか」
母上、《シリウス》の皆様、そして私を応援してくださる方々へ。どうかご照覧あれ。競走に絶対は無いと言いますが、この一戦、必ずや我が物としてみせる!
シルヴァーブレイズを見送った後、《シリウス》一同が目指すのは京都レース場のスタンド。その一隅に、ナカヤマフェスタとステイゴールドのペアが席を占めていた。
双眼鏡を本バ場に向けたまま、ナカヤマフェスタが独り言のように話す。
「ブレイズは……お、いたいた。このプレッシャーの中でも、緊張した様子はなさそうだな。
アンタは何か感じるかい?」
売店で購入した京都ラーメンをすすりながら、ステイゴールドが応じる。
「凄まじいもんだな…他のウマ娘たちも夏の間に鍛えてるはずなんだが、やはりブレイズのオーラだけ突出している。レースの流れ次第だが、無敗トリプルティアラ拐ってっちまいそうだ」
ちなみにナカヤマフェスタも京都レース場グルメを抱えている。赤味噌のスープの中に牛すじやコンニャクがゴロゴロし、その上から卵を落とした、どて煮ならぬ「どて玉」だ。
その時、2人の後ろから声がかけられた。
「おや、アネゴ。こんなところにいたのですね」
2人が振り返った先には、チェーン付きのフチ無し眼鏡をかけた小柄なウマ娘が立っていた。
「お、ジャーニーじゃねえか!」
ステイゴールドの言う通り、声をかけてきたのはドリームジャーニーである。
「今日はオルの奴はいねぇのか?」
「はい。オルは所用がありまして」
「で、ジャーニー、アンタは何しに来たんだ」
ナカヤマフェスタのこの質問は、確認のために聞いたものである。この遠征支援委員長の考えることなど、1つしか考えられない。
「このレースの優勝最有力候補、シルヴァーブレイズさんを見に来たんですよ。どれほどの実力かと思いまして」
「やっぱりか。まあ見てな、アイツはただの競走ウマ娘じゃない」
「そうですね。もしかすると今後、オルと戦うかもしれない。故に今のうちに偵察しておく必要があるでしょう。ちょうどあの人もいましたし」
「あの人?」
首を傾げたステイゴールドに、ドリームジャーニーは僅かに笑って答えた。
「オルのライバルですよ。ジャパンカップでオルを破ったあの人です」
一方、スタンドの別の席にはラインクラフトとシーザリオのコンビが待機していた。
「クラフト、今回応援するのは…」
「うん、やっぱりシルヴァーブレイズ先輩だよ! 無敗でトリプルティアラなんて、これまで誰も果たしてないんだから!
それに、ブレイズ先輩は神戸新聞杯で三冠路線のウマ娘たちに勝って、強いウマ娘は強いんだって証明してる。そのブレイズ先輩なら、無敗トリプルティアラ取ってくれると思うんだ!」
「クラフトも相変わらずだね。でも私も今回は、シルヴァーブレイズ先輩に注目してるよ」
と、その時、全く別の方向から声がかけられた。
「あら、もしかして貴女たちもティアラ路線志望かしら? では、私も同席させてくださる?」
その方向を見た瞬間、2人は揃ってひっくり返りそうになった。そこに立っていたのは、ティアラ路線の大先輩だったのである。
黒と金の耳カバーに、左耳根本に付けられた大きな赤いハート型の飾り。左右に分けた長髪で作られたドーナツヘア。シーザリオと並ぶ身長に肉厚の身体、そして童顔に浮かぶ不敵な笑み。
ドリームジャーニーの言う「オルのライバル」、現在に至るも数少ないティアラ三冠ウマ娘。ジェンティルドンナである。
「うわぁっ!? じ、ジェンティルドンナ先輩!?」
ラインクラフト自慢の雷形の頭髪と尾が、ぴーんと跳ね上がる。
「先輩も、シルヴァーブレイズ先輩を見に来られたのですか?」
シーザリオは比較的冷静に対応できた。
「ええ、私でも果たせなかった無敗トリプルティアラを、果たして取れるかどうか、気になりましてよ。それに、あの人に鉄球トレーニングを仕込みましたから、その鍛練の効果は如何ほどかと思って」
どうやらジェンティルドンナ、いつの間にやらシルヴァーブレイズに鉄球トレーニングを指導したらしい。
ピンと来た方も多いと思うが、そう、前話にてシルヴァーブレイズが自主練としてやっていた、「鉄球に紐を結び付けて、それを足首の力だけで上げ下げする」「鉄球を足先にぶら下げたまま片足立ちで耐久訓練」といったメニューは、実はジェンティルドンナ指導である。ついでに鉄球を握り潰すような握力トレーニングも指導しているが、流石に砲丸をビー玉サイズにまで圧縮することはブレイズには困難すぎた。現在もなお奮闘努力中である…が、3ミリ凹んだかどうかも怪しい。
「それに、ブレイズさんは"敢えて負担を増やす"という、他の人から見れば酔狂な真似をしている」
「酔狂…ですか?」
シーザリオが首を傾げた。
「そうよ。時に、ラインクラフトさん、だったかしら」
「は、はいっ!?」
ラインクラフト、完全に恐縮しきりである。
「そう緊張なさらずに。今日は何月何日かしら?」
「えっと、10月8日です!」
「では、ブレイズさんの前走は何月何日?」
「9月27日です……あっ」
ラインクラフトが何かに気付いた。もちろんシーザリオも。
「連闘じゃないですか…?」
「そう、中1週に近いけど連闘している。それも、秋華賞トライアルより負荷が大きくなる菊花賞トライアルを走った後で。
これを酔狂と言わずに何と言うのかしら。くす…面白い方ね、ブレイズさんは」
そこでファンファーレが鳴り始める。
かくてラインクラフトとシーザリオは、ジェンティルドンナと並んで観戦することになった。
ジェンティルドンナが秋華賞を見に来ている…その姿は、ギャラリーの面々にとっては驚きの光景であると同時に納得させられるものであった。彼女は常に強敵との戦いを求めている。ヴィルシーナしかり、オルフェーヴルしかり、ゴールドシップしかり。だからおそらく、その"強敵"のラインナップにシルヴァーブレイズが入るかどうか、見定めようとしているのだろう…そんな憶測を立てる者もいた。
その一例が、この2人である。
「うわー、ジェンティルドンナいるじゃん…。さっきちらっとドリームジャーニーもいたような気がするし、みんなそんなにブレイズに注目してんの?」
「あれだけ有力な先輩からも注目されるなんて、さすがは
チーム《エレクトラ》の
「まあでも確かに…ブレイズほどの実力者なら、注目するのも無理ないね。特にジェンティルドンナは、今後シニア路線で戦う可能性が高い訳だし」
シルヴァーブレイズが得意としているのは比較的距離の長いレースだ。そして、芝2,000〜2,400はジェンティルドンナの主戦場である。
相原トレーナーの分析通り、激突することになる可能性は高いと言える。
「さて、貴女は今日はどんな戦略で行きますか? 先行押し切り? それとも差し?
いずれにしろ、しっかりとデータを取らせていただきますよ」
眼鏡の奥で、アウダーチの赤銅色の瞳がキラリと光った。
その頃、東京・府中の片隅にて。
「いらっしゃいませ…ああ、貴方ですか」
「ぜえ、はあ、間に合ったか!?」
「まだファンファーレ鳴ってませんよ」
「やれやれ、助かった! 間一髪だったな」
トレセン学園近くの商店街の裏通りに店を構える「パブ 流星の止まり木」。カウンターにシルヴァーブレイズのぱかプチ(勝負服仕様・大型サイズ)を飾ろうとしていたマスターが、店に慌てて駆け込んできた客に応対していた。
駆け込んできたのは、商店街の園芸店の店主である。なんでそんな人物がこんなところに来たかというと、
「よう、お前か! 遅いじゃねえか!」
「
マスター、今日のおすすめ紅茶を1つ頼めるか? 走ったんで喉が渇いちまった」
「承知しました。本日はアールグレイですが、それでよろしいですか?」
「頼むわ!」
「承知しました、少々お待ちください」
パブの中には既に15、6人もの客が集まっていたが、妙な共通点があった。全員、赤いジャケットか黒い帽子を身に付けているのである。人数としては黒帽子の方が多い。
無論だが、ここに集まっている人々は全員シルヴァーブレイズ推しである。赤いジャケットも黒い帽子も、シルヴァーブレイズの勝負服の一部だ。
「お待たせ致しました、アールグレイです」
「おう、サンキューな!」
「いよいよか…ブレイズの嬢ちゃん勝てるかね?」
「あたしらも含めて、世間の注目が集まってるからね。多分だけど、結構なプレッシャーを感じているはずだよ」
「ああ、どこへ行ったってティアラ路線の話題ばっかりだ。特に嬢ちゃんは、わざわざ神戸新聞杯を走って三冠路線の連中を薙ぎ倒したからな…ティアラの連中の中でも実力は頭一つは抜きん出てるって評価だ。連闘が心配されてるが、この秋華賞でも大本命に推されてる」
「んな中で戦えんのか? 俺なら完全にブルっちまうよ」
「私も、これだけ見られてたらちょっと…」
集まったブレイズのファンたちには、かなりのプレッシャーが感じられるようだ。
「新聞の予想屋も、レース展開を読みあぐねてるな。ハイペース予想とスローペース予想、どっちもある感じだ。キングダムズは逃げ、スイープは後ろで確定として、ブレイズがどこに位置取るかが分かれ目だな」
「だがよ、ブレイズの嬢ちゃんはこれまでのレースから考えると後ろに控えがちだ。となるとスローペースになるんじゃねえか?」
「もしそうなら厳しいぜ。何せ今日はバ場が重いんだ、差せるかね?」
不安そうな客もいる。
シルヴァーブレイズから寄贈されたGⅠ記念蹄鉄3個(朝日杯FS、桜花賞、オークス)をぱかプチの横に置き、リモコンでTVの音量を上げながら、マスターも口を挟む。
「私たちにできることは、ブレイズの嬢ちゃんが勝つと信じて応援すること。それだけではありませんか?」
「そうだな、マスター。信じるしかねぇ」
「それにどなたかが仰ってましたが、昨日の台風のおかげでバ場発表は稍重です。ブレイズの嬢ちゃんは重いバ場を得意としていますから、決して悪い条件ではありません。しかも、いつだって冷静なブレイズの嬢ちゃんのことです、ちょっとやそっとでは緊張しますまい」
「やれやれ、マスターはブレイズのことをよく見てんな」
「全くだ。っと、始まるぞ!!」
TV画面の中で係員が旗を振り上げたのだ。そしてGⅠ特有のファンファーレの生演奏が始まる。
「頑張れよ、ブレイズ…!」
誰かの呟きは、店内にいる全員の気持ちを代弁していた。
所属チーム | |||||
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| 4 | 8 | ||||
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| 7 | 14 | ||||
| 7 | 15 | ||||
| 8 | 16 | ||||
| 8 | 17 | ||||
| 8 | 18 | ||||
あっちこっちで注目が集まっていますね。そしていつの間にやらシルヴァーブレイズに鉄球を布教しているジェンティルドンナでした。
さて次回、秋華賞の発走です。勝負の行方や如何に!?
評価9をくださいました板めもの様、ありがとうございます!!
また、新たにお気に入り登録してくださいました皆様、ありがとうございます! お気に入り400件超、UA5万を達成できたのも、皆様のおかげでございます。
今回の次回予告担当は…どう考えても君しかいないわな、ブレイズ。
「当然でしょう。私がやらずして誰がやると?
次回はもちろん秋華賞の発走ですわ。ですが、決着まで描けますかどうか」
ん、どういうことだ?
「描くべき人物が多いことは、察しがつくでしょう? 走っている選手たち、その応援のため京都レース場に詰めかけた人々、あるいは遠く東京から見守っている人々。全部描こうとすれば、結構な量になりますわ。なので文字数が大変なことになりそうですの」
メタい、メタいって!
「何のことです? 予測可能回避不可能な可能性を申し上げたまでのことですわ。
次回『淀の坂、その先の"領域"』 更新はしばしお待ちいただけますと幸いです」
は!? おいちょっと待て、そのタイトルはまさか…!