大地を駆ける一筋の流れ星   作:Red October

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またやってきてしまいました、聖蹄祭。
ただ、今回は少々描き方を変えていきますよ。



Act.049 第3回 聖蹄祭と大流星

 どうも、初めましての方は初めまして。

 俺の名は西(さい)(ごう) (ひで)(あき)、職業はウマ娘トレーナー。トレセン学園でトレーナー業をやっている。率いているチームは《シリウス》だ。

 世間じゃあ俺のことを「天才」とか言ってる人もいるけど、俺は決して天才でも何でもないんだ……俺はただ、ウマ娘の希望を叶えられるように頑張ってるだけ。そして、運良く素質あるウマ娘をチームに入れられただけだ。

 俺にとっての師匠だった先代《シリウス》トレーナーと、当時エースだったオグリキャップの2人が同時に引退し、それによって《シリウス》は解散の危機に陥った。その危機から救ってくれた功労者にして、今はトゥインクル・シリーズを引退して《シリウス》サブトレーナーをしているメジロマックイーン。

 そのメジロマックイーンも認めたステイヤーにして、ミホノブルボンの無敗三冠を阻止した実力者、"小さな頑張り屋"ライスシャワー。

 まだ若い俺を「ダービートレーナー」にしてくれた、ダービーを勝つという夢を追い求めたウマ娘、ウイニングチケット。ライスとチケゾーはどちらも引退してしまったが、時々うちのチームの部室に顔を出しに来る。

 それから、今の《シリウス》の主力。クラシック二冠に加えて有マ・宝塚というグランプリを手にし、しかも宝塚記念に関しては史上初の二連覇を達成したゴールドシップ。

 そして、これまた史上初となる無敗トリプルティアラを果たした、《シリウス》の次代の主力、シルヴァーブレイズ。

 どの娘も俺にはもったいないくらい才能に溢れた子だ。そして、そんな娘たちをチームに入れられたのは運が良かったとしか言いようがない。特に、ゴールドシップは何を思ったか唐突にチーム加入を宣言したし、入学式当日にそのゴールドシップに拉致されてきたのがシルヴァーブレイズだ。

 普通、トレーナーは何かしらの形でウマ娘の走りを見てからチームにスカウトすることが多い。しかし、俺はゴールドシップもシルヴァーブレイズも、加入前に走りを見ていない。それなのに、2人とも素晴らしい成績を残している……本当に運が良かった。

 

 おっと、自分語りはこの辺にしよう。

 今日は聖蹄祭…秋のファン大感謝祭がある。この日ばかりはトレーニングもお休みだ。

 トレセン学園では年に2回、春と秋にファン大感謝祭がある。そのうち、秋のファン大感謝祭となる聖蹄祭では、文化系の出し物が多い。カフェや出店、ファン参加型の交流イベントなんかだな。チーム単位やクラス単位での催し物が多い。

 うちのチームは、今年は出し物をやっていない。皆にもイベントを楽しんでほしいと思ったんだ。ただ、個人個人で出店に参加したりするのは自由にやらせている。

 

「おっ、やってるな」

 

 目の先に広がる光景を見てそう呟く。そこには、

 

「へいらっしゃい! シリウス特製、宇宙一のゴルシちゃん焼きそばだよー! 食わねー奴はダートに埋めるッ!」

 

 割烹着を着たゴールドシップが、鉄板の上で焼きそばを焼きながら声を張り上げていた。両手に持ったヘラを器用に振り回し、ジャッジャッジャッと具材と麺をかき混ぜながらソースを絡めていく。食欲中枢を容赦なく刺激するソースの匂いのおかげか、結構な人数が並んでいる。

 というか、地味に脅していないか?

 

「おっ、トレーナーじゃねーか! ヘイッ、焼きそば100人前買ってかね?」

 

 なんて思っていたら、ゴールドシップに見つかった。

 いやさすがに100人分はお腹に入らないよ、と苦笑いしながら、注文のため列に並ぶ。10分ほどで順番が来たので、ソース味1人分を注文する。代金は…400円か、ちょっと高いけど、まあそんなもんかな。

 

「売れてるか?」

「そりゃーもちろん! このゴルシちゃんの店が一番…って言いてーんだけどな」

 

 おや? 人気の店があるのか?

 

「なーんか強力なライバルがいるみてーなんだ。ウチに来た客が何人か、アップルパイが旨いって言ってたぜ」

 

 アップルパイ? どこで売ってるんだろう。

 

「どこで売ってんのかは知らねー。ヒマなら

ちょっと探してきてくんね? このゴールドシップ様が、挑戦状を叩きつけてやるぜ!」

 

 まあ、これから昼食がてら一通り廻ろうと思ってたし、ちょうど良いタイミングかな。

 オーケーを出したら、ゴールドシップがニヤッと笑った。

 

「ありがとよ!

おしっ、トレーナーにはオマケしといてやる! お待ち、ヤサイオニクマシマシ・ゴルシちゃんスペシャル焼きそばだ!」

 

 ゴールドシップから焼きそばのパックを受け取る。野菜と肉がたくさん盛り付けられた、デラックスな物だ。蓋を開け、ソースの濃厚な匂い嗅いだ後、一口。

 

「~~~~ッ!」

 

 口いっぱいに広がった辛みに、悶絶することになった……。これ何か入ってるだろ!

 

「いっけね! ジョーダンに渡す分と間違えた!」

 

 悶絶している俺に気付いたゴールドシップが、慌てて飛んできた。

 ゴールドシップの説明によると、どうやら鷹の爪とディアボロが大量に入っていたらしい。辛かったのはそのせいだろう。

 なんとか立て直して、焼きそばを作り直してもらった後、人混みの中を歩きながら、あちこちの出店を物色していく。フランクフルト、焼きおにぎり、ポップコーン……いろいろ食べたけど、肝心のアップルパイは影も形も見当たらない。どこにあるんだろう?

 と思っていたら、校舎の入り口脇に立てられた看板が目についた。一面に貼られたお店の宣伝ポスターの中に、気になるお店を発見。

 

『Tales of Break  お茶菓子香るカフェテリア』

 

 そうか、お茶とお菓子か。アップルパイはお茶菓子になってる可能性もあるのか…これは気付かなかった。

 食後のデザートにちょうど良いな。よし、行ってみよう。

 校舎の階段を上がると、その途中にもお店のポスターがある。目的の出店はどうやら2階にあるようだ。

 いつもなら家庭科室として使われている部屋。そこが、カフェテリア「Tales of Break」になっていた。どこかで聞いたような響きの店名だなぁ…。

 

「さてさて、何を出しているのかな」

 

 呟きながら、窓に貼られたメニュー表を見上げると、非常に綺麗な字で「お品書き」と書かれている。半紙に墨で書かれているあたり、日本文化に明るいグラスワンダーが書いたもののようだ。

 飲み物と菓子のセットで一律300円。そこそこリーズナブルだな、昼食のために凹んだ財布には優しい。あと、お茶菓子は物によってはテイクアウトもできるようだ。

 

『お飲物

・アグネスタキオンもおすすめ! 紅茶

・マンハッタンカフェ監修 コーヒー

・グラスワンダーお手製 抹茶

・お子様はこちらをどうぞ ジュース(りんご、みかん)』

 

 へー、なかなか渋いラインナップだな。それで、お茶菓子は…と。

 

『お菓子

・グラスワンダーお手製 和菓子

・ミホノブルボン謹製 チョコケーキ

・エイシンフラッシュ手作り シュペクラティウス(ジンジャービスケット)

・銀星だけど金色 アップルパイ

・こんなのもあります ポテトチップス』

 

 あった。きっとこのアップルパイだ。

 というか、銀星って、もしかして……。

 メニューには、アップルパイのすぐ横に「大人気!」と赤い字で書かれている。字体が崩れているから、誰かが急いで書いたようだ。

 開けっ放しになった教室のドアから、中を覗いてみる。結構な人数が入っており、みんな思い思いにお菓子やお茶を楽しんでいた。

 

「いらっしゃいませ!」

 

 カウンターから声をかけてきたのは…おや、サニーウェザーじゃないか!

 

「サニー? ここの店にいたのか」

「はい! ブレイズちゃんと一緒にやりたいなって…」

「なるほどな。ブレイズは?」

「あそこにいますよ」

 

 サニーウェザーが指差した先には、確かに見知った髪色が見える。三角巾でまとめていたが、途中から銀色に変化した茶色の頭髪は、間違いなくシルヴァーブレイズだ。

 学園の制服の上からエプロンを付けているシルヴァーブレイズは、皮を剥いたりんごを手に乗せて、それをひょいと真上に放り投げた。次の瞬間、彼女の両手が調理台の上の果物ナイフを素早く掴み、そして!

 

スパパパッ!

 

 目にも止まらぬ早業で2本のナイフを振るい、彼女は空中でりんごを8等分した。綺麗に切られたりんごが、バラバラッとまな板の上に落ちる。それを見ていたお客さんたちは、「おおーっ!」と声を上げて感心している。その驚きが冷めないうちに、ブレイズはまな板の上でスライサーもびっくりの高速切りを披露し始める。

 いや、マジであの一瞬でどうやって切ったんだ!?

 

「あれすごいですよねー。どうやったらあんな器用なことができるんだろう?」

 

 キラキラと目を輝かせるサニーウェザー。

 いやホントに…前にも見たことあるけど、どうやったらあんなことができるんだ?

 

「あ、ごめんなさい、忘れてました!

トレーナーさん、ご注文をどうぞ!」

 

 サニーに言われてやっと思い出した。そうそう、アップルパイを調べに来たんだった。

 

「えーと、じゃあ……紅茶とアップルパイのセットにしようかな」

 

 紅茶はタキオンのおすすめだと書いてあったが、まさか変な薬品が入っている…なんてことはないだろう。

 ……ないよね?

 

「ありがとうございます、300円です!」

 

 財布から100円玉を3枚出してサニーに渡す。空いている席を勧められたので、座って待つことにしよう。

 待つ間にお店の中を見渡してみると、なかなか綺麗に飾り付けられている。そして、どうやら紅茶は「午前ティー」のようだ。これならまず大丈夫だな、「タキオンのおすすめ」って書いてあったから身構えていたけど。

 で、お茶菓子はポテトチップス以外は手作りらしい。シルヴァーブレイズはオーブンの様子を確認しながら、あの曲芸じみたりんごカットを披露している。よく見るとカットだけでなく、りんごの皮剥きもとても速い。ウマ娘には料理ができる者とそうでない者がいるが、シルヴァーブレイズは前者らしい。

 その隣ではミホノブルボンがケーキにチョコクリームを塗っているし、エイシンフラッシュが生地用の小麦粉を計量している。1グラムの誤差も許さず丁寧に作るのが彼女のポリシーだと聞くが、どうやらそれは本当のようだ。電子てんびんが働きっぱなしである。

 部屋の別の一角には畳が床に置かれ、グラスワンダーがお客さんに対して茶と菓子を出している。おそらく抹茶や和菓子を頼んだ人は、畳に案内されるのだろう。

 

「お待たせしました、紅茶とアップルパイのセットです! 紅茶のトッピングはお好みでお願いします!」

 

 サニーウェザーが注文の品を持ってきてくれたので、ありがとうと礼を言っておく。紙コップに入った紅茶と、紙皿に乗せられたアップルパイという、シンプルな組み合わせだ。

 が、その紙皿の上のアップルパイが素晴らしい出来映えだ。今回は簡略版らしく長方形のアップルパイな上に、表面の流星はパウダーシュガーで描いただけのものだが…金網を思わせる独特の模様がちゃんと付けられており、パイの断面からは金色のりんご…本物のりんごにりんごジャムも合わせて入れているらしい…が溢れんばかりに見えている。ウマスタかウマチューブにでもアップロードすれば、結構な数の"ウマいね!"が取れるだろう。

 甘酸っぱい匂いとりんごの金色、そしてきつね色にこんがり焼き上げられたパイ生地は、食欲中枢にとって即効性の猛毒だ。嗅覚と視覚を通じて、早く食べろと訴えかけてくる。これは冷める前に食べた方が良いだろう。

 

「いただきます」

 

 呟いて、パイと一緒に渡されたプラスチックのスプーンを手に取り、パイの先端を切り取る。スプーンを入れる時に微かな抵抗があったが、それは生地のサクッとした感じによるものだろう。試しに一口食べてみる。

 口にした瞬間、思わずほうと息が出た。なるほど、評判になる訳だ。これは旨い。

 パイは表面の生地はサクッとしているが、中はりんごの水分でしっとりしている。その歯応えがまず堪らない。

 生地の細やかな抵抗を破って歯を入れると、生地の中からどっと甘い物が溢れ出てくる。その甘さが良い。もともとのりんごの甘さに加えて、どうやらカスタードクリームでも入っているらしく、マイルドな、それでいてしつこくない甘さに仕上げられている。その中にほんのりと酸味が混じっているのは、おそらく調理台に置かれたレモン汁のボトルが原因だろう。甘さと酸味が、最高のハーモニーを口の中で奏でてくれる。紅茶との相性も完璧だ。

 シルヴァーブレイズはレース前でも、よく自分で紅茶を淹れている。だからこそ、紅茶に合う茶菓子を自作しているのだろう。

 

 気が付けば、皿の上のアップルパイはいつの間にやら姿を消していた。後に残ったのは、空っぽになった紙皿と口内を満たすりんごの残り香だけ。

 

「お気に召しましたか、トレーナーさん?」

 

 そこへ、シルヴァーブレイズが歩み寄ってきた。「パイが焼き上がるまでは暇なんですの」とは本人談。

 美味しかったよ、と伝えると、彼女はにっこりと笑ってみせた。

 

「お気に召したようで何よりですわ」

「ブレイズ、ずいぶんと器用なんだな」

「いいえ、お茶菓子の探求に余念がないだけです」

 

 それでも、その探求心だけであのレベルのパイを焼けるのはすごいと思う。何なら一流パン屋でも通用しそうなレベルだったし。

 周りの席からは、カシャカシャというシャッター音が時折聞こえる。そちらを見ると、大抵の人はアップルパイを頼んでいるようだ。どうやらアップルパイが綺麗なので、それに引かれて写真を撮っているようだ。

 このアップルパイ、どうやって作っているんだろう。

 

「どう、と申されましても、普通に英国流の作り方を真似しているだけですわ。あっ、でもカスタードクリームは生では使えないので、りんごと共に生地の中に入れる形を取っておりますの。本当なら、完成したパイにかけて食べる物なのですが…」

 

 なるほど、やっぱりカスタードクリームか。

 そこへ、「すごーい! きれい!」「ウマスタ映え間違いなしだね!」「ボーノ! 美味しい!」という声が聞こえる。あの声はマヤノトップガンとカレンチャンにヒシアケボノか。

 ちらっと見ると、思った通りの3人組だった。スマホを弄っているから、写真か動画か、さっそくウマスタにでも上げようとしているらしい。

 

「ああいう考え方はいまいち理解しかねますわ…」

 

 と、ブレイズが声をひそめて呟くように言う。

 ん? 何がだ?

 

「いえ、ああやって写真や動画を撮影して、それを不特定多数に見せびらかす精神が、よく分かりませんの」

 

 ああ、ブレイズはなかなか古典的な考え方をしているからなぁ……最近のSNS価値観には対応しにくいのか。言われてみれば、ブレイズはチーム《シリウス》のウマッター公式アカウントや、ウマチューブの一部チャンネルにレギュラー出演してこそいるが、自分でSNSのアカウントを運営するってことはしてないな。

 というか、ブレイズも似たようなことをしている気がするんだけど……。

 

「? どういうことですか?」

 

 ほら、勝負服を着る時に、勝ったレースのロゴバッジを付けたサッシュを、これ見よがしに着けているじゃないか。多分あれと同じようなものじゃないかな?

 

「なるほど、つまり自分にとって価値のある物を、自慢の品として他者に見せつけている、ということですか。それなら納得できますね」

 

 この辺の理解力は凄まじいんだよな、ブレイズは…。レース知識やレースコース解説の講義でも、難しい内容もあっさり飲み込んでしまう。その理解の早さが、ブレイズの強さに一役買っているんだろうなぁ。

 その時、ガラガラと音を立てて教室のドアが開けられた。と同時に、来店していたお客さんたちが一斉にざわついた。何だ?

 

「失礼、こちらにいましたか。ごきげんよう、シルヴァーブレイズさん」

(!?)

 

 俺は思わず目を疑った。シルヴァーブレイズも目を見開いている。

 俺たちの前に立ったのは…ジェンティルドンナだった。な、なんで彼女がブレイズを指名したんだ!?

 

「まずは過日の秋華賞の優勝、そして無敗トリプルティアラの達成おめでとう、シルヴァーブレイズさん。あの走りは私も現地で見ましたわ。無敗トリプルティアラを取るに相応しい、一際力強い走りでした」

「お褒めいただき、恐縮でございます」

 

 偉大なティアラ路線の先輩に敬意を表してか、いつにない畏まった口調のブレイズ。

 というか、ジェンティルが素直に他人を褒めるのは珍しいな…? 彼女は実力至上主義者で、自身に対してだけでなく他者に対しても冷徹に感じられるほど厳しいという。その彼女がシルヴァーブレイズを褒めているとなると……それだけ実力のある者として認めた、ということか?

 

「そんな貴女を、是非とも素敵なパーティーにお誘いしようと思ったんですの」

「素敵な…?」

「パーティー?」

 

 ブレイズと俺の声がいい具合に繋がって1つの文章になった。

 

「ええ。と言いましても、私の言う『素敵なパーティー』がどのようなものか、あなた方はもうお分かりでしょう?」

 

 ジェンティルドンナは不敵な笑みを浮かべたままだ。

 なんとなく分かった。ジェンティルドンナは何よりも実力のあるウマ娘とレースし、そして捩じ伏せることを好む。そんな彼女がやりたがることといえば……

 

「決戦の地は何処になりますか。思い当たる候補はありますけれど」

 

 ジェンティルの言わんとするところを察したらしく、ブレイズの声が少し固くなっている。

 

「では、貴女の思う戦場を挙げてごらんなさい」

 

 やっぱりそうだ。これはレースのお誘いだ。

 ジェンティルドンナは確かにトリプルティアラを達成しているが、無敗トリプルティアラではない。自身でも取れなかった無敗トリプルティアラを取ったシルヴァーブレイズ、その実力を試そうとしているのだろう。

 そしてシルヴァーブレイズは、ほぼ即答した。

 

「11月後半。東京競バ場、芝2,400」

 

 つまり…ジャパンカップだ。

 シルヴァーブレイズの答えを聞いて、ジェンティルドンナの笑みがますます深くなった。

 

「くす…さすが、聡明を以て鳴るシルヴァーブレイズさんね。その通り、ジャパンカップよ」

 

 そして両手を広げて高らかに宣言する。

 

「貴女は素晴らしい金色の輝きを示した。それは間違いありません。

その金色が純金なのか、それとも金メッキか。私が見定めて差し上げます」

 

 これは…レースのお誘いどころではない。明確な宣戦布告だ。

 俺がそれを理解するのと同時に、教室中が一斉に色めきたった。

 

「おいマジか!」

「宣戦布告キター!」

「ジェンティルがブレイズに決闘申し込んだぞ…!」

「さあ、ブレイズはどうする!?」

 

 スマホを向けている人もいるから、SNSにアップされて拡散されるのは時間の問題だ。

 周囲の熱気が急に高まっていくのが感じられる。

 

「どうします、トレーナーさん」

 

 シルヴァーブレイズがちらりと俺の方を見てくる。だけど、答えなんて1つしかない。ウマ娘の意志を尊重するだけだ。

 それを伝えると、ブレイズはこくりと頷いてジェンティルに向き直った。その目に強い光が宿っている。

 

「お誘いいただき、ありがとう存じます。そのご招待、謹んでお受けいたします」

 

 おおっ、と教室にいた人たちがどよめいた。

 

「う、受けたあぁぁっ!」

「宣戦布告を受け取ったぞ! ジェンティルとブレイズが、ジャパンカップに出るぞ!」

「や、ヤバい、今からワクワクしてきた!」

「こりゃアツいぜ……ティアラ組の頂上決戦だ!」

「ジェンティルドンナvsシルヴァーブレイズか…どっちが勝つんだ!? 読みきれん!」

 

 喧騒の中、ジェンティルはにっこりと微笑んだ。

 

「その答えを待っていましたわ。当日を楽しみにしておりますよ」

 

 踵を返しかけるその背中に、シルヴァーブレイズが急に待ったをかけた。

 

「先輩、すみませんが一言よろしいでしょうか」

「あら、何か?」

「先ほど、私の実力が本物か偽物か見定める、という発言がありましたが、それに関して一言よろしいですか?」

「構わないわ、遠慮なく仰って」

 

 その瞬間、ブレイズの瞳が怪しい光を放った。

 

「遠慮なく…ですか。それでは失礼して…」

 

 一度目を閉じて深呼吸をする。そして目を開けた時、ブレイズの顔にはジェンティルのそれにも負けない不敵な笑みが浮かんでいた。しかも糸切り歯を剥き出しにしかけている。

 誰かが、笑顔とは本来攻撃的な行為であると言っていたが、まさにその通りだと思った。そしてブレイズの口から出てきた言葉は、宣戦布告に対する明確なまでの敵意に彩られていた。

 

「……汝、死兆星の輝きを見よ。以上です」

 

 流石に俺も自分の耳を疑った。

 死兆星は、見えた者にはその年のうちに死が訪れるとされる星だ。ブレイズの発言の中での「死」とはもちろん、レースでの敗北だろう。ということはつまり…ブレイズはこう言ったのだ。「私は貴女に勝ちます」と! それも、ウマ娘界でも屈指の実力者たるジェンティルドンナに!

 周囲の群衆がさらに熱狂的になる。

 

「おおっとこれは!」

「ジェンティルを煽る奴は初めて見たぜ!」

「シルヴァーブレイズ、勝利宣言しやがった! やるなあいつ!」

「あのジェンティルドンナに勝利宣言とか、どんな度胸してんの!?」

 

 周囲の熱狂とは対照的に、ジェンティルドンナは眉1つ動かさない。

 

「ほほほ、大きく出ましたわね。あの自称王にも匹敵するかしら。無様な負け姿を晒さないようにね。

ああそれと、アップルパイと紅茶のセットをいただけるかしら」

 

 瞬時にしてブレイズが接客モードに戻る。

 

「承りました。サニーさん、紅茶の準備とお会計をお願いしますわ」

「あ、うん!」

 

 雰囲気に呑まれていたサニーウェザーが、慌てて我に帰る。

 毎度思うが、シルヴァーブレイズの強みの1つはその思い切りの良さ…言い換えれば勝負度胸だと思う。並のウマ娘なら、ジェンティルドンナの圧力に当てられれば怯んでしまうんだが…ブレイズは最初こそ怯んだものの、勝利宣言をした時には立ち直っていた。こういうメンタル面の強さが、シルヴァーブレイズの実力の一端を担っていると思う。

 

「お待たせ致しました、こちらをどうぞ」

「どうも。では、お席をお借りしていただきますわ」

 

 教室中の注目を物ともせず、ジェンティルドンナは空いている席に座るとアップルパイを食べ始める。

 

「ふむ……シルヴァーブレイズさん」

「はい?」

 

 りんごの高速切りを披露していたブレイズが、あっという間にアップルパイを完食したジェンティルドンナの方を振り返る。

 

「珠玉の逸品と見受けますわ。りんごの香りが豊かで、生地とりんごの甘さのバランスが取れている。それに、レモン汁の酸味が良いアクセントになっていますわ。

屋台の設備で作った、いわば簡略版でこの味なら、店舗で作った完全版はさぞや美味と見える…次は店舗まで食しに参りますので、腕をお磨きなさいませ」

「お褒めの言葉に感謝を」

 

 ブレイズが制服のスカートをつまみ、カーテシーを決める。

 

「それでは、楽しみにしておりますわ。色々とね」

 

 ジェンティルドンナが退店するのと入れ替わるように、両親に連れられた小さなウマ娘が入ってきた。シルヴァーブレイズを見つけるや、すぐに駆け寄っていく。

 

「ブレイズさん!」

「あら? もしかして、アララギさん?」

「うん! おいしいアップルパイがあるって聞いてきてみたんです!」

 

 何だか見覚えがあると思ったら…秋華賞のウィナーズインタビューの時にブレイズに声をかけてた、あの小さい娘か!

 

「ごめんなさい、少しお待ちくださいね。アップルパイが焦げるかもしれない……よし、これで良いでしょう」

 

 焼いていたアップルパイをオーブンから取り出し、素早く次のアップルパイを入れると、ブレイズはしゃがんでアララギに視線の高さを合わせた。

 

「学園の雰囲気を少し掴めたかと思いますが、どうですか?」

「はい! やっぱり入学したいなって思ったんです! だから、もっと勉強も走りも頑張ります!」

「良い心掛けですわ。貴女がこの学園に入学し、チームメートあるいはライバルとして、共に走れることを願っています。頑張ってくださいませ」

「うんっ!」

 

 目をキラキラさせてブレイズと向き合うアララギ。

 ブレイズは、競走ウマ娘たちの中でもファンとの距離がかなり近い方だとされている。よほど予定が押していたりしない限り、握手やサインには快く応じ、写真撮影となるとポーズの注文を聞いて忠実に応じるので、ファンからの人気はかなり高い。ファン1人1人と真摯に向き合うこの姿勢が、ブレイズの人気の一因なんだろう。

 

「おーい、アップルパイ買ってきたぞ」

「お父さんありがとう! じゃあブレイズさん、アップルパイいただきます!」

「ええ、どうぞごゆっくり」

 

 なんともほっこりした景色を見たな…。

 と思った瞬間、急に教室の戸口が騒々しくなった。どうしたんだ!?

 

「宇宙一の焼きそばに張り合ってくるアップルパイってのは、どれだー!」

 

 ものすごく聞き覚えがあるフレーズが出てきたな……。

 

「ここか! って、あん? ブレイズじゃねーか」

「あら、これはゴールドシップ先輩」

 

 やはりというか、ゴールドシップが乗り込んできた。

 

「どうしました?」

「どーしたもこーしたもねーよ! オメーんとこのアップルパイ、大分流行ってるじゃねーか! 宇宙一のこのゴールドシップ様の焼きそばと張り合おうったって、そうは行かねーぜ!」

「張り合うも何も、勝負を仕掛けた覚えがないのですが…」

 

 あっ、これは何だかヤバそうな…。

 

「勝負だぁ? それならちょうど良い、今から売り上げ勝負といこうじゃねーか!」

「……ほう? つまりは宣戦布告ということですね?」

 

 あっ…(察し)。

 

「英国人は、売られた喧嘩は買う性分ですの。その勝負、お受けしましょう」

 

 既にブレイズの目が据わってる……これは駄目だ、ウマ娘の闘争本能と勝利欲求が完全に刺激されてしまってる。

 

「知ってっか? 銀は2着、金は1着の色なんだぜ。金の名を持つこのアタシの焼きそばに、勝てると思うなよ?」

「銀星なれど金色、それがこのアップルパイの冠名。金の名を持つものとして、負けはしませんわ。

それと、銀色が2着の色だなんて、どなたが決めましたの?」

 

 不毛な勝負を始めた2人を背に、そっと店を抜け出したのだった……。

 

 

 その後も出店や出し物を回って楽しんでたんだが…マックイーン、俺は見逃さなかったからな? 君が山盛りのポップコーンとワッフルとベビーカステラを抱えたまま、ブレイズ印の銀星アップルパイを幸せそうに頬張っているのを! こりゃあスタミナトレーニングの時にブレイズたちと一緒に泳がせる必要があるかもな…。

 だいぶ陽が傾いて終わりの時間が近付いてきている。屋台街には多数の出店が軒を連ねているんだが、その中に気になるお店を発見した。屋号は「表はあっても占い」。

 これは確か…マチカネフクキタルの店だったか。店の内容としてはキワモノみたいな感じだと思うんだが…妙に行列ができている。どうしたんだ? ちょっと興味が湧いた、少し並んでみよう。

 それに…俺の心の中では、ジェンティルドンナの宣戦布告とシルヴァーブレイズの挑発が未だにぐるぐると渦を巻いている。かなり衝撃的だったからな……ちょっと占ってみるのも良いかもしれん。料金も100円とリーズナブルだし。

 少し待った後、いよいよ自分の番が来る。店といっても、濃い青色のカーテンを下ろして日光を遮断した、紫色のテントだ。よく見ると、何やら急いで書いたらしい貼り紙がある。

 

『今ならなんと占い師が2人! 水晶玉とカード、あなたの運命を示すのはどっち?』

 

 カード? 占いでカードというと、タロットカードとかオラクルカードか?

 

「いらっしゃいませぇ!」

 

 順番が来てテントに入ると、出迎えてくれたのはメイショウドトウだ。巫女服を着ている。

 

「お、お客様の運勢を示すのはあちら、カードになりますぅ!」

 

 テントの中は間仕切りで2つの席に分けられており、片方は巫女服姿のマチカネフクキタルが水晶玉で占いをしていた。もう片方、空いている側にはベールを被った制服姿のウマ娘が座っている。顔はよく見えないが、ベールの下から葦毛のロングヘアが見えていた。

 着席すると、占い師役のウマ娘が話し出す。

 

「ぬし、よくぞ参られた。わらわはフェイトシーカーと申す者。得意技はタロット占いじゃ」

 

 ちょっと古風な喋り方をするウマ娘だなぁ…。というか、多分偽名だろうなこれ。「運命(フェイト)探索者(シーカー)」って意味だし。

 

「タロットで占うには、まずはタロットに尋ねる『質問』を明確にする必要があるのじゃが…ふむ」

 

 ベールの向こうから、どこか意志の強そうな茶色の瞳がじっと見詰めてくる。

 

「…ぬし、何か悩んでおるな? それも、最近抱いたばかりの、深刻そうな悩みと見えーる」

 

 なんで分かったんだ!? 俺はまだ一言も喋ってないのに。

 

「何故分かったのか、と思うておるな? なに、読心術なんて高尚なものではない。ほんの少しの想像力と観察力の問題じゃ。

それに、よほどの冷やかしでもない限り、こういう店を訪ねてくるのは悩みを持った者ばかりでの」

 

 つまりこのウマ娘、俺の表情の小さな変化とかから察したってことか……なかなかすごいな。

 

「1人で悩んでも解決しそうにない悩みは、他人に相談してみるのも1つの手じゃ。ひょんなことから解決の糸口が見つかることもある。

ほれ、騙されたと思うて言うてみなされ」

 

 妙な説得力がある。その勢いに乗せられて喋ってしまった。

 担当ウマ娘が、学園でも屈指の先輩実力者の宣戦布告を受け、さらに相手を挑発したこと。

 それが無謀な挑戦に思えること。

 そして、自身のトレーナーとしてのスタンスと未熟さが、こんな無謀な決断を招いてしまったのではないか、と……。

 

「ふむ、なるほどの。ぬしのことはわらわのようなウマ娘でも知っておる。若くしてダービーをはじめ数々のGⅠを勝つウマ娘を複数輩出し、『天才』と呼ばれておるな。一方で、己の未熟さ…言い換えれば経験の少なさも自覚しておる。

弘法にも筆の誤りということわざがある。人間誰しも失敗はするものじゃ。じゃが、ぬしは己の失敗によって担当ウマ娘の人生を大きく左右してしまわぬかと、そう心配しておるのじゃな。そしてそこから、トレーナーとしての己の姿勢が本当に正しいのかどうか、疑問を感じておるということじゃな」

 

 このフェイトシーカー、かなり理解が良い。高等部の生徒だろうか?

 

「では…さっそく占ってしんぜよう」

 

 フェイトシーカーがテーブルの上に裏返しのタロットカードをぶちまけ、時計回りに掻き回し始める。

 

「ぬしがタロットに尋ねたい質問を突き詰めると……ぬしは、ウマ娘の意志を尊重する形で指導をしておる。その姿勢は果たして正しいのかを知りたい…つまりは、このままの姿勢で突き進むと未来はどうなるか、ということでよろしいかの?」

「はい、お願いします」

「うむ。もう少し札を混ぜる故、少々待たれよ」

 

 しばらくして、フェイトシーカーがカードを混ぜていた手を止めた。トランプのカードを集めるように1つの山を作ると、それを3つの束にして順番を入れ替え、1つの山に戻す。それから、上から順に6枚取って横に置いた。

 

「この6枚は、言わば捨て札じゃ。7枚目から読み解くことになる。

ぬしの悩みの種類からすると、スプレッドは『ケルト十字』が良かろう」

 

 十字架を描くように6枚のカードが置かれ、その右側にさらに4枚が縦に並べられた。

 

「この、十字の真ん中にあるのが『現在』を示す札。その横が『近い過去』と『近い未来』で……」

 

 軽く札の位置と意味が説明される。

 

「では、参るぞ!」

 

 軽く緊張する中、10枚のカードが次々とひっくり返された。

 

「ふむふむ……これは何とも分かりやすい結果じゃの」

 

 フェイトシーカーの方から苦笑の気配が漂った。占いの結果は以下の画像の通りである。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「どうやって読めば良いんですか?」

「ふむ、良いかの、ケルト十字スプレッドの場合は、"現在"と"キーカード"の札が肝になる。これは……"現在"が『ソードの6』で正位置。そして"キーカード"は『皇帝(エンペラー)』じゃな」

「正位置というのは?」

「札の向きじゃよ。逆さまになっていれば"逆位置"になり、意味合いが変わってくる。

それで札の意味じゃが、まず正位置の『ソードの6』は、ぬしの意識が変わり始めていることを示唆しておる。言わば意識改革はまだ始まったばかり。それが良い方向に行くか悪い方向に行くかは、ぬし次第じゃ。

その下にある『皇帝』は、圧倒的な統率力で力と成功をものにしている様を意味する。それも、運などではなくぬし自身の実力に裏打ちされた成功じゃ。実力は確かじゃから、新しいことにも臆せず挑戦するが良い、ただし過信は禁物じゃぞ」

 

 よく考えてみると、俺は今までの成功を運が良いからだと思っていた。運良く素質あるウマ娘をスカウトできたからだ…と。

 でもよく考えると、こうしたウマ娘たちをチームに入れる決断をしたのは俺だし、ライスシャワーをミホノブルボンやメジロマックイーンと戦わせる決断をしたのも俺だ。つまり…こういう決断をするくらいには、俺にも実力がついてきているんだろうか?

 

「そして…タロットで使う札には、『大アルカナ』と『小アルカナ』の2種類がある。鍵になるのは『大アルカナ』の方じゃ。

この結果を見るに、『大アルカナ』だけでほとんど答えが出ておる。出ているのは『皇帝』『(タワー)』『運命の車輪(ホイール・オブ・フォーチュン)』。"最終結果"の札が正位置の『運命の車輪』になっておる辺り…ぬしの姿勢は正しい、このまま進めという意じゃ」

「!!」

 

 俺の姿勢は合ってたのか…!

 

「ぬし、かつてはずいぶん苦労しておったようじゃな。"過去"は逆位置で『ワンドの10』と分かりやすい札が出ておる。札の意味は、重圧に押し潰されそうになっていた……じゃな。

師匠からチームを引き継ぎ、しかもエースのオグリキャップも引退。おまけに一斉に担当が退部して、残ったのは名門メジロ家のお嬢様。…ぬしの背負った重責は尋常のものではなかったろう」

 

 確かにな。だが、この未来は…。

 

「"未来"のところ、カップが倒れて男性が落ち込んでませんか? 失敗して落ち込んでいるのでは?」

「うむ、じゃがその男は、後ろにある残り2つの杯に気付いていないようじゃ。要するに、将来失敗して落ち込むことはあろうが、損害はそれほど大きなものではない。悲観的にならずに冷静に現状を分析すれば、まだ希望が残っておるはずじゃ」

 

 なるほど、説得力がある。

 

「"顕在的なこと"の札は…逆位置で『ワンドの4』。一定の成果があるにも関わらず、満足感を得られておらん。限界や停滞感を覚えておるのではないかの?」

「はい、停滞感はありますね」

「ふむ、じゃが"潜在的なこと"は、正位置で『ペンタクルのキング』じゃ。着実な道を選び、堅実に成功へたどり着く……ぬしのやってきたことそのものではないか? ぬし、ウマ娘の希望を尊重するのじゃろ。メジロマックイーン、ライスシャワー、ウイニングチケット…いずれも堅実に実力を付けさせ、希望を叶えてきたのではないか?」

 

 言われてみればそうじゃないか。俺は、ウマ娘の希望を叶えるために努力してきたはずだ。

 

「これで十字は全て読みましたね…その横の、縦一列に並んだカードはどういう意味ですか?」

「うむ、一番下から行こう。一番下は"客観的に見た状況"で、これは第三者からぬしがどう見られているかを意味する。札は逆位置で『カップの9』…ということは、ぬしは自分の行いや結果に満足しておるが、他人にはそれがエゴに見えている可能性がある、という意味じゃ。まあ古今東西どこでもある話よの。出る杭は打たれる、成功者は僻まれるものじゃ」

 

 心当たりは……あるなぁ…。俺は一部の先輩や同期からやっかまれてるみたいだし。

 まあ、担当ウマ娘を勝たせてから僻みを言えって話なんだが。

 

「それから、その上の札…"周囲の人物"の札は正位置の『塔』。これが意味するのは、つまり『突然の変化』。ぬしの周囲にいる誰かが、予期せぬ事態を引き起こし、それによってぬしが大きな衝撃を受けることを意味する」

 

 確かに、予期せぬことが起きたな…ジェンティルドンナの宣戦布告に挑発で応じるなんて。

 と、フェイトシーカーがいきなり顔を上げ、ベールの奥から俺をまっすぐ見据えた。

 

「ここでぬしに問う。この"周囲の人物"…つまり、予期せぬ出来事を起こしたぬしの周囲の人物は、シルヴァーブレイズではないかの?」

「!!?」

 

 思わず椅子から飛び上がりかけた…なんでそんなピンポイントで分かったんだ!? 俺、何も言ってないぞ!?

 

「そんなに難しいことではない。よく見なされ、この『塔』の絵柄…落雷が直撃して炎が出ておる。炎は英語で blaze というが、この単語にはも1つ意味があっての、それが『大流星』なのじゃ。な、シルヴァーブレイズそのものであろ?」

「………」

 

 こじつけかもしれないが…すごいな。こんな絵1枚だけでここまで読めるのか。

 

「この絵柄を見ると、塔が燃えて人が真っ逆さまに落ちているから、不吉なことが起こるとして悲観する者も多い。が、この札は正位置で出ておるから、世界観が変化し、現状を打破して良い結果を招く形になるやもしれぬ、という意味になる。

あとから振り返れば大きな分岐点に見えるはずじゃ、突然の珍事や変化はこれを受容なされ。さっきも言ったが、慌てず冷静に行動するのが肝心じゃぞ」

 

 なるほど、そういう意味か。精神面の変化が出るってことだな。

 

「さて、あと2枚じゃな。上から2番目の札、これは"希望や恐れ"を意味する札になる。自分が持っている希望や恐れを表す札じゃ。それが正位置の『ソードの8』か。となると、一時的に落胆することはあっても、割り切ることで新たな可能性に向かって歩み出せる、ということになる。世の中『貯蓄十両、儲け百両、見切り千両、無欲万両』じゃ、見切りを付けるのは大事なことよ。ぬし、何だかんだで何とかなると思っとるじゃろ? それでええ。最後の札もそのように告げておる。

最後、一番上の札は"最終結果"。それが正位置の『運命の車輪』じゃから、ぬしはとんとん拍子に幸運を実感するじゃろう。流れに身を任せるが良い…つまり、このままの姿勢で当たれということじゃ」

 

 よし、これで自信が持てたぞ!

 

「それから…もし胃薬でも欲しくなったなら、漢方薬をお勧めしよう。あと、もしかすると地球儀が幸運の鍵になるやもしれぬな。

占いは以上じゃ、納得できたかの?」

 

 よく分かった。帰りにどこかで地球儀を買って、部室に置こうかな。

 席を立ってテントを出ようとした時、フェイトシーカーから声が飛んできた。

 

「あー、ぬし、ちょいと待て。1つ忘れるところじゃ」

(何だ?)

 

 振り返った俺の目に飛び込んできたのは、信じがたい光景だった。

 フェイトシーカーが俺の方を見ていた。ベールを半分外して。

 ところが、なんとベールと葦毛のアデランスが一体化していたらしく、その下から白い流星を持つ鹿毛の髪が現れている。そして、俺に向かってニヤつく口の上には、緑と青の光を湛えた瞳があった。

 

「トレーナーさんのお考え、しっかりと拝聴しましたわ。いやはや、なかなか面白うございました」

 

 何ということだろう。フェイトシーカーを名乗る占い師の格好をしたまま、ベールの下から俺をニヤニヤと見返しているのは、シルヴァーブレイズその人ではないか。ベール付きの葦毛のアデランスとカラーコンタクトレンズで変装していたらしい。

 心底驚いた。こんなところでいったい何をやっているんだ!?

 

「トレーナーさん、ちょっと声を抑えてください。ウマ娘というのはとても耳が良い種族なのですよ。それに私の知名度を考えてくださいませ。私がここにいると知られれば1個師団が攻め込んでくるでしょう」

 

 大声を上げかけた俺の機先を制するように、右手の人差し指を立てて「静かに」というジェスチャーをしながら、シルヴァーブレイズはささやき声で言った。

 

「実は、模擬店の方がお役御免になってしまいまして。アップルパイが大人気になることは想像していましたから、事前に焼いた分だけで100ダース。さらに状況を見て急いで同数以上を焼いたはずだったのですが…羊の刻を迎えぬ先に全て売り切れてしまうとは思いませんでしたの。正直言って、人気を侮っておりましたわ」

 

 どうやら追加で買ったアップルパイの材料すらも使い尽くしてしまい、完全に売り切れになってしまったようだ。

 そういえば、2時頃には「テイルズオブブレイク」は全商品をほぼ売り尽くして店仕舞いの準備をしていたな、と思い出す。

 

「ということで、この占い屋を手伝っておりましたの。フクキタル先輩、思った以上の人出でお客様をだいぶ待たせておりまして。私を臨時に雇ったことで、何とか回せておりますわ」

 

 そうだったのか……。

 

「ああ、トレーナーさんの運勢につきましては、忖度無しに厳正に占って差し上げました。ですので、占いの信憑性については何も心配は要りませんわ。正真正銘、タロット占いの真髄を注ぎ込んでおります」

 

 それはありがたいんだが……どうしてジェンティルドンナをあんな風に挑発したんだ!?

 

「ジェンティルドンナ先輩の実力は私も重々承知しております。しかし…実力と感情は別の枠組みとして考えねばなりません。

先輩の態度…あれは強者の余裕というより、慢心に片脚を突っ込んでいると思ったのです。故に、その横っ面を張り倒したくなったのですわ。ただそれだけです」

 

 何だそりゃあぁぁ!?

 

「この度は占いのご利用、ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」

 

 そう言って、シルヴァーブレイズはいたずらっぽい笑みを浮かべたのだった。




今回の主人公は西郷トレーナーの立場からの描写でした。
ネタバラシされるまでに、フェイトシーカーがシルヴァーブレイズだと気付けた方はいるのだろうか。Act.044 にて、ブレイズがタロット占いをやっているとはちらりと言及されていましたが、本当にやってのけた訳です。
あと、ブレイズがネタバラシするシーンはもちろん、とある作品のオマージュです。分かる人はすぐ分かったでしょう。

西郷トレーナー、実は「八大競走」全制覇まであと1勝に迫っています。
アプリの用語辞典によると、「八大競走」とは桜花賞、皐月賞、オークス、日本ダービー、菊花賞、春と秋の天皇賞、有マ記念のことです。この8つの競走は、トゥインクル・シリーズが現在の形に整備される前から、ウマ娘たちにとって最高位の競技レースとしてその地位を確立しており、担当ウマ娘たちがこの8つの競走全てを制することはトレーナーにとって最上級の栄誉とされています。
ではここで、西郷トレーナーの担当の実績を見てみましょう。

桜花賞:シルヴァーブレイズ
皐月賞:ゴールドシップ
オークス:シルヴァーブレイズ
日本ダービー:ウイニングチケット
菊花賞:メジロマックイーン、ライスシャワー、ゴールドシップ
天皇賞・春:メジロマックイーン、ライスシャワー
有マ記念:ゴールドシップ

あとは秋の天皇賞だけです。……マックイーンの斜行失格が無かったら、シルヴァーブレイズのオークス勝利と同時に全制覇できてましたね。


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では次回予告と参りましょう。今回の担当は……おや?

「私、だそうだ。久しぶりだな」

ナカヤマフェスタか! 久しぶりだな。またブレイズをダシに賭け事してないだろうな?

「おいおい、随分と信用が無いじゃねえか。ま、たまにはブレイズの流星に願掛けするのも良いかもな。だってアイツは願い星にして死兆星なんだろ? 叶えば天国、外せば地獄でピッタリじゃねえか」

結局やってるんじゃねーかよ!

「うp主さんよ、アンタだって他人のこと言えねえだろ? 知ってるぜ、皐月賞はどうにかクロワデュノール2着でバ券回収、チャンミ春天はグレードBグループながら決勝優勝できたけど、桜花賞のエリカエクスプレスは惨敗してただろうが」

おいメタ発言やめぃ!

「ま、今はそれは置いとくぜ。私も次のジャパンカップでトゥインクル・シリーズを引退するんだ。最後に一花咲かせるに相応しい舞台が欲しいと思ってたが…聞いたぜ、ジェンティルとブレイズがジャパンカップに出るんだな? ククク、アツいレースができそうじゃねえか、楽しみにしてるぜ。
次回『大流星、宣戦布告す』 更新はこのベビーカステラでも食いながら待ってな」

ありがたい、いただきます……っおい、これロシアンルーレットだろ! ワサビ入ってんじゃねーか!!
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