皆様、ごきげんよう。シルヴァーブレイズですわ。
聖蹄祭が終わって2日が経つこの日、私はいつもの放課後の鍛練…を兼ねて、雑誌出版社からの取材と記者会見に参加することになりました。というのも、「無敗トリプルティアラを取ったウマ娘のトレーニングを見たい」という打診があったのと、公式的には「秋華賞」後の予定を発表していなかったためです。取材を受けるついでに、正式に決まった予定をお披露目しようという訳ですわ。
やはり、記者会見にはまだ苦手意識が残っている…ですが、多少は慣れてきました。こういうことをやっていると、
それに、世間の反応を見てみると、どうも私や《シリウス》に関する事柄は需要が高いようなのです。学園に直接関係のない一般の方には良い
であれば、私もGⅠウマ娘の末席に身を置く者として、
「よし、それじゃ今日もトレーニングやっていくぞ!
あ、それと、今日も取材陣が来ているが、あまり気にしないでくれ。休憩時間とかの許す範囲でなら、記者からの質問に答えたりするのは構わない。俺たちはいつも通りにやるだけで良い。じゃ、やっていこう!」
取材陣がいようと、やることは変わらない。
「うーん、筋トレにタイヤ引き、ショットガンタッチ…トレーニングの鉄板メニューですね。オリジナリティあるかと思ってたんですけど…」
「いや、よく見ると他のチームより負荷が一段多い。ほら、あそこ…ショットガンタッチやってるけど、足に何か巻いてるだろ」
「え…あれってアンクルウェイトですか? 嘘でしょ、それで負荷増やしてるんですか!?」
「ああ、しかも走る回数が多い。流石だよ」
サニーウェザーさんがやってるショットガンタッチですね。
サニーさん、いつも以上に真剣に取り組んでらっしゃる…無理もありません。もうすぐ彼女の重賞初挑戦、みやこステークス(GⅢ、11月5日15時40分発走予定 京都11R ダート1,800)です。今日は、いわば「追い切り」なのです。
「で、あれは…何やってるんでしょう?」
「指でスイカ割りだと!? ……あーゴルシか。いつものことだ」
「いつもの!?」
相変わらずですわね、ゴールドシップ先輩。
というかそれって、ジェンティルドンナ先輩がやってることでは…? あの先輩に何か焚き付けられでもしましたかね。
ちなみに、私がやってることはというと、
「ブレイズさん、あと1本! ファイトですわー!」
「っ、はい…!」
これで…坂路4本目ッ! ミホノブルボン先輩に教わった特訓です!
「そういえばここのチームはサブトレーナーいましたね。だから異なる内容も同時にやれる…って、待って、坂路もう3本走ってなかった!?」
「嘘だろ!? これがシルヴァーブレイズのやり方か…」
そして銘々の基礎鍛練が済んだら、休憩時刻までは併走が多くなります。
「やっぱり速いな…!」
「これが、所属ウマ娘全員をオープン昇格させてるトレーナーのやり方か…すごいな」
取材陣からの呟きが、秋風に乗って聞こえてきます。
実を言うと、所属しているウマ娘を全員オープン昇格させている、という事実は、トレーナーとして相当な実力があることの証なんです。考えてもみてください、ウマ娘がこの世に何人いるとお思いですか? さらに、そこから重賞を勝てるウマ娘が何人いるのでしょう?
ウマ娘の母数から、GⅠウマ娘、重賞ウマ娘……と人数を数えていくと、どうやってもピラミッドのような構造になるのです。最も人数が多いのは「未勝利ウマ娘」、次いで「条件戦ウマ娘」ですね。
そういうことを考えると、実はオープンクラスに昇格すること自体がなかなか困難なのです。それを、担当ウマ娘全員オープンクラス昇格済となると、トレーナーの腕前は相当のものだということになるんですの。
「よーし、一旦休憩するぞー!」
これが、鶴の一声なのです! 直前に抜け出して、食堂から作り置きを回収してきた甲斐がありましたわ。
「今日のお茶菓子なにー?」
「今日はブレイズさんの力作で、アップルパイとサンドイッチのセットですわ! 紅茶はメジロ家御用達の一品ですわよ!」
「やった! 大当たりじゃん!」
「頑張って良かったー!」
拳をグッと握りしめるアップツリー先輩と、純粋に喜んでいるカルンウェナン先輩。
「ベーコンレタスチーズあんのか? 地平線に向かってスタミナ全開で駆け出そーぜ!」
「残念ながらその逆、原点回帰で卵ですわ。まあ、超新星爆発を起こすための力の源だと思ってくださいまし」
ゴールドシップ先輩にツッコミを入れながら、敷物を敷いて籠を開き、お茶菓子を順番に渡していきます。紅茶はマックイーン先輩にお任せしますわ。
今日の sandwich の中身は、1つが卵ときゅうりとにんじんとりんご(ポテトサラダに発想を得て作ってみました)、1つが缶詰の果物を使ったものです。それと、いつもの「銀星アップルパイ」簡略版。
「え……ティータイム?」
「休憩と水分補給は、どこのチームでもやってることだが……このチームには軽食もあるのか」
「なんか、すごく充実してない?」
「こ、これは…もしや、噂に聞く銀星アップルパイか!? そんなの日常的に食べれるのか…!」
「先輩、もしかして羨ましいとか思ってます?」
「ねーわ!」
取材陣の方、うるさいですわよ…。
「サニーさん、貴女にはこちらを」
「ありがと! あれ、なんか皆と種類が違う?」
「いわゆる『ホットサンド』にしてみました。サバ缶詰とキャベツの cheese 和えですわ。
ただでさえ追い切りで強い負荷がかかっているのですから、身体作りのためにたんぱく質は必須。加えて、汗と共にカルシウムが流れてしまいますので、鯖缶を骨ごと食べてカルシウムを回復なさい。ビタミンDも入っていますからカルシウム吸収効率も良いですし」
「ありがとう…すっごい考えてくれて」
「困った時はお互い様、でしょう? せっかく温め直してきたんですから、冷める前に食べてしまいなさいな」
「うん! じゃ、いただきます!」
「すごいな…チームメンバー全員分のサンドイッチか」
「しかも、レースを控えてる人だけメニュー作り分けるとか、女子力の塊っすね…」
「フルーツサンド美味しそう…」
そんな中で、記者の1人が trainer さんに訊ねています。
「すみません、今ウマ娘さんたちに取材してもよろしいでしょうか?」
「休憩中でしたら、ウマ娘の許可を取れれば構いませんよ。あまりしつこすぎない程度にお願いしますね…特にシルヴァーブレイズには」
「ありがとうございます!」
おっと、これは少々煩くなるかもしれない…ですが、ちょうど良いですね。今後の予定を公表してしまいましょうか。
「シルヴァーブレイズさん、取材よろしいでしょうか?」
「今のうちでしたら、可能な限りお答えいたしますわ。軽食を摂りながら、というはしたない格好でよろしければ、ですが」
「ありがとうございます!」
私に群がる取材陣の多いこと…10人くらいが一斉に私のところに来ているじゃありませんか。どれだけ取材人気高いのやら…。
「今のトレーニング見ていましたが、いつもこんなに激しい物をやっているのですか?」
「そうですね、日によりますけれどこのくらいの強度になっていることもありますわ。尤も、重量上げ等に関しては、ジェンティルドンナ先輩のような信じがたいほどの強度にまでは至っておりませんが」
あの先輩がおかしすぎるんです、色々と…。
「坂路ダッシュ4本といえば、ミホノブルボンがやっていたトレーニングとして知られておりますが、それを導入したのですか?」
「ええ。他人の鍛練方法を真似するなんて、古今東西どなたもやっていることでしょう?」
「確かにそうですね」
当然のことながら、良いものは模倣され広がっていくものです。
「シルヴァーブレイズさんも、自身のやっているトレーニング手法がどなたかに真似されると思っていますか?」
「それは当然です。私は秘匿主義者ではありませんし」
何ならとっくに真似されてますからね? 私が自主練としてやっていた「1ハロンシャトルラン」。あれ、だいぶ前に…「NHKマイルカップ」の前にアウダーチさんに真似されてますからね?
「優れた物、良い物は模倣され、人によって継承されていくもの。そうではありませんか?」
「そうですね。過去の優れたトレーニング技法は、トレーナー養成課程で使われる教科書にも載っていますし」
「そうですわ。だから私も、今後の『トゥインクル・シリーズ』の繁栄の礎となるのなら、私などの経験や技法、喜んでお伝えいたします」
これが私の偽らざる本心です。
「ここまで強度の高いトレーニングをしているとなると、次のレースで強力なライバルと戦うことになるのでしょうか?」
「ええ。せっかくですから、ここで次走の予定とかも発表しましょう。Trainer さんからも許可を取ってありますし」
休憩時間もそろそろ終わりでしょうし、ここで公表しましょう。
「私の次の競走は……ジャパンカップ、そして有マ記念ですわ。これが今年の予定です」
「ジャパンカップですか! すると、あのジェンティルドンナと戦うことになる、と?」
「ええ、既に本人から宣戦布告されております。私も存じておりますが、相手はとんでもない実力者ですわ…体格的にも、私が敵う相手ではないと思えます。故に、私の全てを賭けて戦うつもりです。
もちろん、敵はジェンティルドンナ先輩だけではないでしょう。何せ日本国内だけでなく、世界中から脚利きが集まる訳ですから。
しかし私も、一廉のウマ娘として最善を尽くす所存です。Fan の皆様には、引き続き応援していただけると幸いですわ」
「よーし、休憩終わりにするぞー!」
「お聞きの通り、interview はここまで…まだ質問がある方もいらっしゃるでしょうが、それはまた後ほどということで」
そして、もう少し併走した後、全員揃って「1ハロンシャトルラン」です。それも、芝、
「こ、これは1ハロンシャトルラン!? かつて噂には聞いたが…」
「1回『月刊トゥインクル』に載ってたっすね。これが実物っすか…いざ見てみるとものすごくハードっすね」
「1往復だけで400メートル、8往復しただけで春天と同じ距離ですね。それを、芝、ダート、ウッドチップのコースでやるって、単純に10㎞近くは走ってますよ!?」
「いやー…こんなハードな練習してたら、そりゃああれだけの競走実績残せるわな」
たまに記者さんたちの呟きが聞こえる…。
まあ確かに、私としてもここの練習はかなりきついと思います。鍛練のきつさでは《リギル》となかなか良い勝負してると思いますよ、本当に。
ふー、全て終わり…。なかなかきつかったですわ、「クールダウン」はしっかりやっておかなければ。
「クールダウンしたら、片付けて部室に戻ってミーティングして今日は終わりにするぞ!」
「うあー……ブレイズちゃん、それ効く…」
「キタサンブラックさんに、マッサージ術を習っておいて良かったですわ」
サニーさん、あと少しで本番な訳ですが…頑張ってくださいませ、陰ながら応援していますわ。
◆◇◆◇
あれから4日後、「パブ 流星の止まり木」にて。
「それでは…サニーさんの重賞初制覇を祝して、乾杯!」
「「「かんぱーい!」」」
私の特製「銀星アップルパイ」を前に、私の音頭と共に満面の笑みでぶどうジュースのグラスを掲げるサニーさん。それに同調しているのは、trainer さんとマックイーン先輩、ゴールドシップ先輩、ライスシャワー先輩、そしてアウダーチさんです。
音頭でお察しの通り、昨日の「みやこステークス」でサニーさんはハナ差のギリギリでしたが優勝。で、こうなっているというわけです。祝勝会という物ですわ。
なお、私は「アルバイト」の最中なので、あの宴席には参加できません。店舗の従業員として、お祝いの食べ物や飲み物を提供するだけですわ。
「ブレイズさんのアップルパイ、美味しいですわね! というか、いつものチーム練習の休憩で食べる物が霞んで見えますわ…」
「本格英国式アップルパイ、流石ですね…」
しれっとサニーさんに準じた物を注文して食べているマックイーン先輩とアウダーチさん。
「ブレイズちゃん、今度アップルパイの作り方、教えてもらってもいーい…? ライスもよく作るんだけど、ブレイズちゃんのと味が違くて…」
「承知致しました。ただ、守秘義務に抵触しない範囲での情報提供になりますが、よろしいですか?」
「うん! ありがとうブレイズちゃん!」
「いえいえ、お気になさらず。ライス先輩」
たまにありますね、「銀星アップルパイ」の料理手順の公開申請…。
「流石だな嬢ちゃん。当店一番人気のメニューは伊達じゃないな」
「Master さん、褒めても何も出ませんわよ」
「嬢ちゃん、こっちにも『銀星』2枚頼む!」
「ドリンクはローズヒップとディンブラね。あ、ディンブラにレモン付けて!」
「承知致しました、少々お待ちくださいませ」
貸切とかしてないので、今日は一般のお客様もいらっしゃるのです。
「お待たせ致しました」
「おう、ありがとな嬢ちゃん!」
「『銀星アップルパイ』を知ったら、もう他のアップルパイ食べれなくなるのよね」
「そんな、私などの作ったこんな代物が、ですか…?」
「知らんのか嬢ちゃん? たまにこの店の情報、食事雑誌なんかにも載ってるぜ?」
「それは寡聞にして存じませんでした…」
「まあそんな訳で、ブレイズちゃんはこれからも美味しいアップルパイを焼いてくれたら良いよ!」
「ありがとうございます。私も懸命に努めさせていただきますね」
お客様への応対を済ませ、調理場に戻ろうとしたその時でした!
「!」
ぴくり、と反応する私の両耳。
このチリチリとした気配……店の外から? 誰かが、来る?
急いで制服(クラシカルスタイルのメイド服ですわ)の内懐に手を突っ込み、タロットカードを1枚引っ張り出してみると、逆位置で「ソードの8」。意味は…予想外の
この来訪者に関係があるとするならば、来訪者の正体は、もしや…!
私がタロットカードをしまい込んで apple pie の焼き上がりを確認するのと、扉の鐘が来客を告げるのとが同時でした。
「いらっしゃいませ…!?」
途中から絶句する感じになる master さんの声。ついでに客席の方もざわついています。つまりは、皆様にとって予想外の来訪者。
そしてこの圧倒的な雰囲気は…間違いない、あの先輩ですね!
「お待ちしておりました、ジェンティルドンナ先輩」
「あら、振り返りもせずによくぞ察せますこと。ごきげんよう、約束通りにやって参りましたわ」
案の定でした…あの方、聖蹄祭の時に「次は店に食べに来る」って仰ってましたから、そろそろ来るだろうと思っていたのです。
「私の注文は、もう分かっているわよね?」
「はい。ですが、付け合わせの紅茶については如何なさいますか? こちらが menu でございます」
ちなみに今、当店「流星の止まり木」は"実りの秋"を祝して「フルーツキャンペーン」を実施中です。紅茶も食事も、果物を使ったものを前面に押し出しているのですわ。紅茶は"フルーツティー"がメインで、食べ物はフルーツサンドからトライフル、イートン・メスなどの甘味類が勢揃いしておりますよ。もちろん、3時の紅茶の付け合わせにも果物をたっぷり使っております。
「そうね…では、ディンブラでホットアップルティーを。ああ、りんごはこれをお使いなさい」
突然、真っ赤なりんごを取り出して渡してくるジェンティルドンナ先輩。
「これは?」
「ウインバリアシオンさんはご存知かしら?」
「お名前だけは存じております」
「シオンさんの実家のりんごが、なかなか気に入っていますの。色、艶は見ての通り、蜜も十分に入っておりますわ。それに味だけでなく、香りも芳醇で…一流に相応しい品。あの自称王とその姉君もお気に入りのようでしたわ。
このりんご、貴女なら十二分に活かしてくださるわね?」
とことんまで腕を試してくる…流石は自他共に厳しいジェンティルドンナ先輩。ならば私も、その舌を唸らせるべく全力を尽くすのみ。
「承りました。少々お待ちくださいませ」
よし、やってやるとしましょうか。
「嬢ちゃん、やれるか?」
Master さんへの返事は、ただ1つ。
「お任せを」
「分かった。アップルパイのトッピングはやるから、嬢ちゃんはそのりんごを切って紅茶を淹れてくれ」
「承知しましたわ」
さーて…メジロ家、サトノ家、果ては
お湯を pot に入れて温めながら、新しいお湯が沸くのを待つ間にりんごを切ってしまいます。しかし今回はあのジェンティルドンナ先輩の注文、いつもより綺麗に切らねばなりません。
静かに深呼吸してから、右手に持ったりんごを静かに空中へと投げ上げ、直後に両手に包丁を掴んで、
スパパパン!!
…手応えあり。
まな板に落下したりんごが8つに分かれ、その断面を見ると…ふむ、確かに蜜が豊富に入っている。失礼ながら味見をさせていただいて……ふむ、これは良いですね。この感じなら、蒸らし時間を少し長めに取って香りを充実させるべきか。となると、完全に沸騰するその直前でお湯の火を止め、なるべく高い位置からお湯を注ぐことが必要になる…。
お湯の沸騰具合を横目に見ながら、pot の温もりを確認してお湯を捨て、切ったりんごの一部と茶葉を入れて待機。小さな泡が大きな泡に変わり始め、お湯が完全に沸騰する直前を捉えて…ここです! 火を止め、なるべく高い位置からお湯を pot に注ぎ込む!
茶葉が少々大きいことを考えても、蒸らし時間はおそらく5分くらいが良いでしょう。あと、cup の方も余ったお湯で温めて…そうだ、cinnamon stick も用意しておきましょう。
茶葉の方は……おお、pot の中で茶葉が浮いたり沈んだりを繰り返している。よし、これは成功と見て良いでしょう。香り高くなりそうです。
少し待って、蒸らし時間あと1分……ちらっと master さんを見ると、apple pie に custard cream を添えている…これならぴたりと合わせられそうです。
あと30秒… cup を温めていたお湯を捨て、切ったりんごと cinnamon stick を入れて…準備完了! そしてちょうど良い時間ですね。
Pot の蓋を取って香りを嗅いでみると…ん、これは良いですね! 満足の行くだろう出来栄えです。ただ、ちょっと多いので2杯に分けることになりますね。
そしてここで、master さんの方も準備ができたようです。お互いに、相手のやることが分かってきている証ですわね。
「お待たせ致しました。『銀星アップルパイ』と紅茶でございます。もし何かご入用でしたら、遠慮なくお声がけくださいませ」
「どうもありがとう。では失礼していただきますわ」
まず紅茶の香りから確かめにかかるジェンティルドンナ先輩。そして一口…その一挙手一投足に、一流たるの優雅さが滲み出ていますね。私も見習わなければ。
「ブレイズちゃん、紅茶のお代わり貰える?」
「あ、俺はバタービール1つ」
「承りました、少々お待ちを」
おっと、
サニーさんの打ち上げ会からの注文に応え、さらに新しく入店してきたお客様方の注文に応えた時でした。
「シルヴァーブレイズさん」
「はい?」
来ましたね。講評の時間、というところか。
というか、いつの間にか全て召し上がってらっしゃる…食べるのが早い。
「上々ね。これからも研鑽なさい」
「え……あ、ありがとうございます…」
まさか、こんな高評価が飛んでくるとは思いませんでした…。何かしら指摘されるだろうとは思っていたのですが、減点無しとは予想外でした。
「あと、このアップルパイなんだけれど…これは一流に相応しい品と判断しますわ。ウインバリアシオンさんの実家のりんごをお渡ししますから、今度はそのりんごで作ってみてもらえるかしら。
もし私の舌に適うものであれば…レシピの提供をお願いしたい。私の実家の系列にあるパン屋で、商品として売り出したいのよ」
なんと…!? というか、この「銀星アップルパイ」ってどれだけ人気なんですか?
ちょっと前にも、サトノクラウンさんから「銀星アップルパイ」の作り方を教えて欲しい、サトノグループ系列のパン屋で売りに出してみる…って商談があったばかりですし、……心当たりがあるとしたら、あの聖蹄祭ですね。あの時に無自覚に販促してしまったかしら。
「それとシルヴァーブレイズさん、貴女の腕を見込んで、ちょっと味濃いめのチョコレートケーキの試作もお願いしたいわね。イギリスのチョコケーキは濃いものが多いと聞きますので、日本人の好みに合わせて少し味を薄めて…そうね、学校の級友に渡せる程度の値段でちょっと高級感のある物にしたら良いかしら。来年のバレンタイン商戦に間に合わせるため、1ヶ月程度で試作をお願いするわ」
……なんでしれっと商談してるんですの!?
いえ、こうなった以上手を抜くことは許されない。今は二枚舌は要らない、英国淑女として全力を尽くすのみ。
「承知致しました。ただ、りんごと chocolate の調達の方はよろしくお願いします」
「ええ。あと、当然のことだけれど、これだけで手一杯なんて言わないわよね? トレーニングにも手を抜くことは許されませんわよ」
「承知しております。先輩ほどの実力者ならば、私など鎧袖一触でしょう…当日まで一切手は抜きませんよ」
「くす、良い心掛けね。では、ジャパンカップを楽しみにしているわ…ごちそうさまでした」
「毎度ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
……本当は来てほしくないんですけどね…。何せあの先輩、纏う雰囲気というものが圧倒的すぎて、こっちが潰されそうになるのです…。
「新聞は読んでたが…嬢ちゃんマジでやるのか?」
「相手はあのジェンティルドンナよ。それでもやるの? そして勝てるの?」
「とんだ実力者にケンカ売ったなマジで! 勝てんのかよ?」
ジェンティルドンナ先輩が退店した途端に、一斉に質問してくる master さんとお客さんたち。
「ご存知の通りです。走りますよ、ジャパンカップ。
そして、私の主敵はただ2人。英国からの挑戦者イラストリアスさんと、ジェンティルドンナ先輩だけです!」
最近ジャパンカップ関連の特集がTVでも雑誌でも多くて、知る必要のなかったことまで知ってしまいました。特に、海外のウマ娘に関する諸情報。まあ、「敵を知り己を知れば百戦危うからず」と言いますから、どのみち情報収集はしていたでしょうし、構いませんわ。
良い機会ですから、ここで宣戦布告しておきましょう。
「でっかく出たな嬢ちゃん!」
「それで、勝てんのか?」
「現段階で私から言えることは1つだけですわ。……勝算の無い戦はやりませんよ」
「つまり、勝つと思ってるってことか…」
「どんな相手だろうと、頑張りなさい。この店のマスターも客も、みんな貴女を応援してるんだから!」
「そうだぜ! ひとつクラシック級最強の実力を見せてやんな!」
「応援ありがとうございます。戦の勝ち負けはやってみなければ分かりませんが、負けるつもりで勝負はしませんわ。勝利を掴み取るべく、そして皆様の"希望の願い星"となるべく、全力を尽くします!」
先輩にも堂々と宣戦を布告し、これほどの大見得を切った手前、無様な負けは絶対に許されない。私に期待する方々のためにも、勝利を掴み取ってみせる…!
「そのために、trainer さん、ご指導ご鞭撻よろしくお願い致します」
「あ、ああ! 相手はシニア級の、そして世界の強豪だ。それでも…勝ちに行こう!」
「ええ。それと、ライス先輩」
「どうしたの? ブレイズちゃん」
「すみませんが、ナカヤマフェスタ先輩の部屋をご存知ありませんか? お届けしたいものがありまして」
「フェスタさん? 知ってるけど…ライスが届けてきてもいいよ? ブレイズちゃん栗東寮でしょ?」
「お心遣い、ありがとうございます。ただ、代理人を通じてではなく私自身が直接届けることに意味のある物なので……部屋番号と部屋の位置、特に外から見た時の位置が分かれば幸いですわ」
「おーおー、アイツの部屋に不法侵入すんのか? ならアタシの帽子ん中のかりんとうも届けてくれね?」
「それはご自分でなさればよろしいのでは?」
あと、ジェンティルドンナ先輩には宣戦布告しましたが、ナカヤマフェスタ先輩にもやっておかないと。あの方、確か今回のジャパンカップを最後に「トゥインクル・シリーズ」を引退されるそうですし。
ということで、必要な準備は変装道具と「ピッキングツール」ですね。「アルバイト」が終わったら、夕食時間のどさくさに紛れて決行するとしましょうか。
その日の夜、美浦寮にて。
(引退レースの相手が恐ろしいほど豪華になってきやがった…。今確定しているだけでも、エルコンドルパサー、ウオッカ、ヴィルシーナ、ジェンティルドンナ。そしてシルヴァーブレイズ……すごいメンバーだ、これならアツいレースが楽しめそうだ!)
そんなことを考えながら、夕食と入浴を済ませて寮の自室へと戻ってきたナカヤマフェスタは、自分の机に置かれた異質な物に気付いた。
「何だこりゃ」
黄色い花の咲いた枝か茎…の押し花を入れたしおりを添えられた、白い手袋である。
「シリウスか? だが、アイツこんな真似しねぇで直接言ってくるよな…。
誰かからの宣戦布告なのは間違いないか」
白い手袋が何を意味するかは、ナカヤマフェスタも知っている。
決闘を申し込む時に白い手袋を投げるのはもはや常識である。つまりこれは、誰かからの宣戦布告と見て間違いない。だが、いったい誰からの宣戦布告なのか。
(それはそうと、この花は何だ? 私は花にはあんま詳しくないんだがな……)
しおりに挟まれた押し花を、ためつすがめつするナカヤマフェスタ。
花はそんなに大きくなく、ざっと2㎝くらいの径である。よく見ると、花びらには黒い斑点や黒線が無数にあった。
……ナカヤマフェスタは知らなかったが、この黄色い花はその名をオトギリソウと言った。その花言葉は「敵意」である。まさしく宣戦布告にぴったりの意味であろう。
手袋としおりに手紙が添えられているのに気付き、ナカヤマフェスタはそれを広げてみた。そこにはこう書いてあった。
『立冬の候、ナカヤマフェスタ先輩にはますますご健勝のこととお慶び申し上げます。
さて、些か気が逸ったかとは存じますが、小生はこの度本書を以て貴殿に対し宣戦布告を申し上げます。来る11月29日 15時30分、東京レース場にてお待ちしております。2,400Mの彼方の栄冠を賭けて、勝負と参りましょう。
なお、本競走にはエルコンドルパサー、ウオッカ、ジェンティルドンナをはじめ強大な実力者が日本・世界各地から集います。先輩の求める「アツい競走」ができるかと愚考します。
誰かの願い星、あるいは死兆星』
つまり、完全なる果たし状か挑戦状だった訳である。そして差出人は察するまでもなく、死兆星と書いてシルヴァーブレイズと読む、であった。
「クックック…」
ナカヤマフェスタの口元に笑みが浮かぶ。
「ハッハッハッハッハ! 言ってくれるじゃねえかアイツ……良いぜ、その勝負ノった。こりゃあサイコウにアツいレースになりそうだな!」
かくて宣戦布告は受理されたのである。
宣戦布告す、ということで、対ジェンティルドンナは予想されていたでしょうが、ナカヤマフェスタにも宣戦布告するとは予想できなかったのではないでしょうか。一応、前回の次回予告担当をフェスタにしていましたから、多少の伏線にはなっていたと思いますが。
…今更ながら、拙作の次回予告は次回に出てくるウマ娘の方にやってもらっています(一部例外あり)。なので、次回予告を見ればある程度はヒントになります。
いつもご愛読いただき、本当にありがとうございます。ついでにお気に入り登録&評価していただけると幸いです。
さて、問題の次回予告ですが…すみません、次回はメディア回です。ということで予告担当はうp主ですね。
たまにある雑誌とかTV、あるいはスレ。そういう回になります。次回『各媒体より③ ─秋前半GI一斉振り返り、そしてジャパンカップへ!─』