ジェンティルドンナ、ウオッカ、エルコンドルパサー、ナカヤマフェスタ、その他海外勢・有力ウマ娘。これらの強敵を相手に、シルヴァーブレイズはどう戦うのか、そして勝敗の行方や如何に。
シルヴァーブレイズですわ! 只今私は
「はああぁぁぁぁっ!!」
周囲に誰も見当たらないこと、そしてさっき逃げる方々をまとめてぶち抜いたことからして、現在の私の順位は1位。あとはこの状態を保ったまま「だんだら坂」を登り切り、2 furlongs を走り抜けて入線するだけ!
しかしそれが楽な仕事じゃないんです!
「フンッ!!!」
ズザァッ、と刀で切り裂くかのような音。あれを脚だけで引き起こしているのが信じられない……そんな轟音と、圧倒的な雰囲気が背後から迫ってくる。もはや距離は3バ身もあるかどうか。
このままでは、
しかし、足音がどんどん迫ってくる…振り切れない! やはりこの先輩、あの登り坂でも加速力が全く衰えないようです。ここまでで消耗させたはずだと思ったのですが…っ!
間違いなく、ジェンティルドンナ先輩は過去最強の敵ですわ!
「はあぁぁぁっ!」
しかし、私も負ける訳に行かない。《シリウス》の皆様、アララギさん、「流星の止まり木」の客と master さん、その他応援してくださる方々のために!
残りはざっと300M。でも、もう1バ身も離れてない! これでは、抜かれる…!
「ふ、たわいもありませんわね」
私の左側からの声…並びかけてきたジェンティルドンナ先輩のものです。これでは、負ける…!
負ける…? この私が…?
駄目、駄目です! 負けられない。"願い星"の名に賭けて!
「行け、ブレイズ!」
「ブレイズちゃん行けー!」
「ブレイズさん、ファイトですわー!」
「行けー!」
…これは《シリウス》の皆さんの声援ですね!
「ブレイズさんがんばれー!」
このちょっと幼い感じはアララギさん!
そうだ、私が勝てば皆さんが喜んでくれる。だから、負ける訳にいきません!
「大地を駆ける、
その瞬間でした…"あの現象"が再び発現したのです。周囲の音がほとんど聞こえなくなり、景色が止まったように見えるあの現象が。確か、"領域"とか言いましたっけ。
これならば…!
「逃しませんことよ」
と思いきや、やはりジェンティルドンナ先輩も"領域"を使ってくる…!
こうなれば、後は根性の勝負です。絶対に、先頭は譲らない!
「くうっ、まだまだぁっ…!」
スタミナの残りが厳しくなっているのを自覚しつつも、エルコンドルパサーは己を奮い立たせた。
「ここからが、見せ場デェェェス!!」
だんだら坂を駆け上がる。逃げていたウマ娘たちのスタミナが切れ、垂れてくるのを避けながら、前方の3人…ジェンティルドンナ、シルヴァーブレイズ、イラストリアスの背中を追いかける。しかし、日本の高速バ場に対応しきれていないイラストリアスはともかく、残り2人との距離が縮まる様子がない。それどころか、
「うおおおおおっ!!」
後ろから追い上げてきたウオッカに抜かれる。さらにその後ろから、じわりとしたい寄る影が1つあった。
「くく、くはははっ! 私のラストランにこれほどの奴らが揃うなんて、まさにサイアクで最高じゃねえか!
こんなチャンスを逃す訳が無ぇ…芯まで真っ黒に焦げ付くくらいヒリつき合おうぜ!」
"死中求活"……"領域"を発動したナカヤマフェスタである。
彼女の"領域"は、人気が低い(=あまり期待されていない)ほど強烈な効果を発揮する。加えて今回は、ナカヤマフェスタの戦績から比較すると到底勝ち目のなさそうな相手…フェスタから見れば「焦げ付くほどヒリつける相手」がずらりと揃っている。勝ち目のない相手を、伸るか反るかの一発勝負で倒す…フェスタの好きな展開である。そのため余計にイレ込んでいた。
「さあ…開帳だぁ!!」
今ここに賽は投げられた。
スタンドの群衆が上げる大歓声の中、
『さあ4コーナー立ち上がって先頭はシルヴァーブレイズ、後ろからイラストリアス、ジェンティルドンナが突っ込んでくる! ヴィルシーナにステートオブアートは苦しいか! その後ろウオッカが隙間を縫って上がってくる、エルコンドルパサーも来ているぞ!!』
「行け、ブレイズ!」
「ブレイズちゃん、行けーっ!」
真っ先に声を上げたのは、《シリウス》の西郷トレーナーとサニーウェザーだった。
「ブレイズさん、ファイトですわー!」
「行けー!」
それを皮切りに、《シリウス》の他のメンバーも必死でシルヴァーブレイズを応援する。
「ああぁ、お姉ちゃん…!」
「ブレイズさんがんばれー!」
東京レース場のスタンドでは、ヴィブロスが悲痛な声を上げる隣でアララギが声を張り上げる。
「シャッターチャンス…!」
クロノジェネシスは、愛用のバズーカカメラを構えて連写している。そのピントは、ジェンティルドンナに合わせられていた。
そしてバズーカカメラを持った者がもう1人。
「どうアダチ?」
「やはりすごい…大外から行くのは距離ロスの発生とスタミナの消耗で不利になる。しかも今回は結構なハイペースだから余計にスタミナが厳しいはず。なのにそれを全く感じさせない、遠心力をフル活用した加速、そしてあの綺麗なフォーム、いっそ芸術的です」
相原トレーナーの質問に早口で喋りながらシャッターを切りまくるアウダーチ。ただし、彼女の
「私も多少はスタミナ鍛えるべきですね」
「ハイペース展開はあり得るしね。でもジェンティル来てるよ!」
「ですね! おそらくマッチレースになるでしょう。ブレイズさん、そのド根性を見せてもらいますよ!」
カメラという照準器を覗くアウダーチの目は、決定的瞬間を逃すまいとする狙撃手のようである。…連写しているので、やっていることは機関銃手の真似だが。
「やっぱりブレイズさん速いなぁ…!」
「そうだね、でもジェンティル先輩が迫ってるよ!」
ラインクラフトとシーザリオが、固唾を飲んで行方を見守る。
「やべぇ、ジェンティル来てるぞ!」
「くそ、速ぇ! なんだあの加速、4バ身差はあっただろ!?」
「まだ諦める時じゃない! 頑張れ嬢ちゃん!」
「パブ 流星の止まり木」では、客たちが必死でシルヴァーブレイズを応援している。凄まじい超加速で迫るジェンティルドンナに愕然とし、さらにその後ろから追ってくるイラストリアスとウオッカ、そしてナカヤマフェスタに脅威を感じつつも、とにかくブレイズに勝って欲しいとそれだけを願っていた。そしてそれはマスターも例外ではなかった。
「頑張れよ、嬢ちゃん…!」
無意識のうちに、マスターの両手はシルヴァーブレイズのぱかプチを握りしめていた。
「ブレイズ…頑張って…!」
関西地方某所、ショウワ・エラ・アトモスフィア漂うアパートの一室では、シルヴァーブレイズの母・シルバーアクセサリが、組み合わせた両手をきつく握りしめ、食い入るようにTVを見詰めている。その画面には、一気に加速して喰らいつくジェンティルドンナと、逃げ切りを図るシルヴァーブレイズの姿が映し出されていた。
『残り400を切って、ジェンティルドンナ、あっという間に距離を詰める! さらにウオッカが突っ込んでくる、ナカヤマフェスタも上がってきた! しかしシルヴァーブレイズ粘る! 無敗の白銀女王は伊達じゃない!』
TVやスマホ等のメディア機器の画面の中、あるいは人々の目の前で、シルヴァーブレイズが必死の形相で走る。しかし、その内側にジェンティルドンナが食い込んでくる。後ろからはウオッカやナカヤマフェスタも来ているが、まだ3バ身はある、そうそう追いつかれはしないだろう。
残り300メートル。ジェンティルドンナがついにシルヴァーブレイズに並んだ。そのまま追い抜かれる…と思った、その時。
「あ…!」
西郷トレーナーが小さく声を上げる。ガラスのような透明な壁にヒビが入り、割れるような感覚があったのだ。
その途端、シルヴァーブレイズがさらにギアを上げた。同時にその身体が白い光に包まれ…ターフを駆ける一条の流星となる。メジロマックイーンやゴールドシップ等の一部のウマ娘にも、その光が見えていた。
"
だがその直後、異質な雰囲気が混じったかと思うと、白い彗星に並んで巨大な紅い炎の花が咲いた。
"
ジェンティルドンナもまた、"領域"を繰り出してきたのであった。両者とも一歩も譲らない。残り200、150とどんどんゴールが近付いていく。
『残り200! ジェンティルドンナとシルヴァーブレイズ一騎打ち! 後ろからウオッカ、ナカヤマフェスタ、エルコンドルパサーも突っ込んでくるが3番手までか!
先頭は完全にマッチレース! ティアラの頂上決戦だ!
去年のリベンジ果たすかジェンティルドンナ! 無敗を貫き伝説なるかシルヴァーブレイズ! 東京が、日本が、世界が見守っています!』
2人とも横並びである。どっちが前なのか、スタンドからも分からない。
「行けー!」
その台詞は、誰もの口から発せられた。東京レース場スタンド、トレセン学園寮、「パブ 流星の止まり木」その他商店街のあちこち、そして関西某所を含む日本全国にて。その台詞を発した者が応援したい対象は、誰だったのか。
後続を全く寄せ付けないまま、ティアラ路線が生んだ2人の英傑はゴールラインへと飛び込んでいった。
『内か外か、ジェンティル、ブレイズ、2人並んでゴールインッ!!
勝ち時計は2分20秒8、圧倒的レコード! フォークインの2分22秒2を完全に書き換えてしまいました!! 3着ウオッカ! エルコンドルパサー、ナカヤマフェスタ4着争い!!』
「写真」の青文字が点滅する掲示板の下で、競走を終えたウマ娘たちは全員ヘロヘロになっていた。特に逃げ・先行勢は息切れがひどく、膝に両手を突いているどころかターフに崩れ落ちた者もいる。真っ先にゴールインした2人も例外ではなく、ジェンティルドンナは肩で息をしており、シルヴァーブレイズに至っては今にもターフに崩れ落ちそうな格好で喘いでいる。
海外勢で最先着したのは英国からの挑戦者イラストリアスで、掲示板にギリギリ入れなかった。しかし、慣れない日本の高速バ場で、ハイペースのレースを走ってこの順位なのだから、なかなか健闘した方であろう。
ゴールインから1分ほど経って、掲示板に4着と5着の結果は表示された(4着11番ナカヤマフェスタ、アタマ差5着10番エルコンドルパサー)が、1着と2着はまだ決まらないようだ。3着と2着の着差が「1 1/4」と出たが、「写真」の文字が点滅したままである。
「どうだ!?」
それは、全員の総意であった。具体的には、東京レース場スタンドに詰めかけた群衆や、「パブ 流星の止まり木」に残っている客たち(店を空けすぎる訳に行かないので何人か帰った)、その他TV、PC、スマホ、街頭ヴィジョンその他でレースを見守る人々。そして、渦中の中心にいる2人のウマ娘。
3分経過し、4分過ぎても掲示板には結果が出ない。5分経とうかという頃に、やっと評定が出た。「確定」の赤文字と共に表示された結果は……
1着、7番。2着、ハナ差で13番。
歓喜、あるいは悲哀の悲鳴の
『出ましたっ!
勝ったのはジェンティルドンナっ! ジェンティルドンナが激闘を制しました!! 昨年の雪辱を見事果たしたジェンティルドンナ!
シルヴァーブレイズは2着! 無敗の伝説についに終止符が打たれました!!』
っ、そんな……負けた?
目を擦ってから見上げても、掲示板に映し出された結果は変わらない。
この私が、負けた……。
「………」
胸の奥の方から、熱いものが込み上げてくる。
実を言うと、負ける覚悟そのものはできていました。あのシンザンや"絶対皇帝"シンボリルドルフとて、生涯無敗ではいられなかった。あの傑物たちでも敗れることがあったのに、どうして私が例外でいられるでしょうか。
問題は、着差がハナ差だったこと。ハナ差ということはつまり……勝てた可能性は十分にあった、ということ。
全力を尽くした末に1バ身差くらいつけられての敗北なら、自身の準備不足、もしくは競走中の判断力が足らんかった、ということで片付けられるでしょう。しかしハナ差での敗北となると、今の私の実力でもあれだけの猛者を倒し得る可能性があったということです。となると、本当に私はこの
「………」
知らず知らずのうちに握り拳に力がこもり、目頭がじんわりと熱くなってきます。自分が泣きかけている、というのがはっきり分かります。
しかし、モスクワは涙を信じないもの。淑女たる者、公衆の面前で泣くことは許されません。
私のやるべきことは、まず敗北を受け入れること。そして……捲土重来を誓うことです。泣いている暇があるならやり返す策を考えろ、という話ですわ。
少し頭を左右に振って涙を振り払った時、微かな足音とそれに不釣り合いなほど圧倒的な雰囲気が近付いてきました。
「シルヴァーブレイズさん」
「ジェンティルドンナ先輩。優勝、おめでとうございます」
「ええ、ありがとう」
あれだけ激しく競り合ったばかりだというのに、いつもの優雅さを一切崩さないジェンティル先輩。これが本物の一流ということでしょうか。
…ん? しかしよく見ると、まだ汗が引ききっていない……先輩がここまで額に汗したことってあったかしら。いつも汗1つかかずにけろりとしている気しかしませんが…。
「さてブレイズさん。競走前に私が言ったことを覚えているかしら」
「競走前の話、と申しますとどれでしょうか?」
「純金か金めっきか見定めて差し上げます、と言ったでしょう」
ああ、あれですか。敗北した以上、評定結果なんて分かりきっておりますが。
「あのことですね。先輩の実力の前では私など金メッキ」
「純金ですわ」
「に過ぎな……え?」
……え?
「認めますわ。シルヴァーブレイズさん、貴女は紛れもない純金です」
……え?
「豆鉄砲で撃たれた鳩みたいな顔をなさらないで。これからちゃんと根拠を説明します」
え? 純金?
どこをどう見たらそうなるんですの? 私は敗者だというのに。
「あの着差」
ジェンティル先輩が示したのは、掲示板に表示された「ハナ差」の文字でした。
「実際にはどのくらいの着差だったとお思いかしら」
確かハナ差って20㎝くらいでしたよね。
「6 inches くらいはあったのではないですか?」
6インチ≒15㎝です。
「2㎝でしてよ」
「…はい?」
「2㎝差。審議委員から聞き出しましたから、間違いありませんわ」
な……着差、たった1 inch に満たず? …尚更敗北感が込み上げてきました。そんなの、「戦場の摩擦」で十分ひっくり返る差じゃありませんか。
「着差2㎝ということは、貴女は誰よりもこの私を追い詰めた。それも、ヴィルシーナさんや
その一点だけを見ても、貴女が純金たると認めるに十分ですわ。故に私は、貴女をメッキなどではない、本物の金だと認めるのです」
…次は負けない。
「誇りなさい、ブレイズさん。この私をここまで追い詰め、本物だと認められたことを」
「……そんなもの、誇れる訳がないでしょう。私が誇る時が来るとしたら、それは…」
必ず貴方を倒す!
「1 inch の着差で貴方を倒した時ですわ、ジェンティル先輩。
この苦杯の味は覚えておきます。そして、良薬は口に苦しと申しますれば…この苦杯を糧に、次回は貴方を屈服させてご覧に入れます!」
「くす。その心意気や良し。
今回のレースは予想以上に楽しめましたわ。次もまた、楽しいレースになることを期待しています。それでは、ごきげんよう」
Winner’s circle へと去っていくジェンティル先輩の背中を見送ってから、ふと気付いて右手に視線を落とすと、握りしめた指の間から血が流れている…ここまで悔しかったのか。
観客席に背を向け、掲示板を見上げるふりをして指先に着いた血を舐める…苦い。鉄の味という以上に苦いです。これが、敗北の味というものか。
さぁて…これで儀式は済んだ。敗北を受け入れる、という儀式が。
もはややることは1つしかない。臥薪嘗胆……全身全霊を以てあの鬼夫人を打ち倒す算段を練るのみ!
「よお、最後に空振ってフォーカードがスリーカードになっちまったな」
「フェスタ先輩、お疲れ様でした」
決意を新たにしたところに、今度はナカヤマフェスタ先輩です。
「礼を言うぜ、ブレイズ」
「え? 何に対するお礼ですか?」
「そりゃあ、こんだけ燃えるレースができたことだ。ジェンティル、ウオッカ、エル、メノ、バリアシオン、そしてアンタ。いずれ劣らぬ実力者ばかりだ。ヒリつくにゃ十分過ぎるぜ。
それに、何だかんだエルに一矢報いられたしな」
そう言って、フェスタ先輩は陽の傾き始めた秋空を見上げました。
「トゥインクル・シリーズ最後のレースで、こんだけヒリつけたんだ。これで心置きなくドリームトロフィーリーグに行ける」
「フェスタ先輩は、そちらへの移籍を…?」
「ああ、GⅠ勝ってたら招待されるんだ。いつかはルドルフやオグリと戦うかもしれん…さぞやヒリつけるアツいレースになりそうだ」
そして、どこからか取り出した飴を咥えながらこちらを見詰めてくるフェスタ先輩。
「アンタも来るかい? アンタなら、余裕で招待状届くだろ」
「そうですわね…」
ちょっと未来のことすぎますね。
「少々検討させていただきます。すぐには決めきれませんわ」
「だろうな、アンタはまだクラシック級だし。
まあ、決まったら言ってくれ、待ってるぜ」
「承知致しました」
「んじゃあな。私はこれからウイニングライブと引退式の準備だ」
『ドリームトロフィーリーグ』か…考えてもいませんでしたわね。学園卒業後に参戦するのもありかしら。
去っていくナカヤマフェスタ先輩を見送った直後、私の袖が引っ張られる感覚が。
【シルヴァーブレイズ様】
【これはイラストリアス様、お疲れ様でした。どうされましたか?】
…ん? 何だか、競走前に比べてこちらを見るイラストリアス様の目が変わったような…? 具体的には、こちらに対して若干の畏怖がこもっているような気がします。呼び方も敬称付きになってますし。
【競走前の無礼を謝罪します。失礼なことを申し上げてすみませんでした】
【いえ、こちらこそ大人気ない振る舞いの数々をお詫び申し上げます。貴女は間違いなく、英国を代表するに相応しいお方です。その貴女に対する非礼の数々は、いわば英国の顔を汚すに等しいもの。改めて申し訳ございませんでした】
淑女たる者、必要以上に相手の体面を汚すことをしてはなりません。
【では、これでおあいこということで…?】
【ええ、手打ちにさせていただきとう存じますわ】
【承知しました。私も英国代表として来た者、相応の度量はあるつもりです。これ以上はお互いに不問としましょう】
やはりこの方、貴族なのでは…?
【それはそうとブレイズ様、お渡ししたいものがあるのですけれど】
【渡したい物? 私にですか?】
【ええ。後で、私の控室まで来てくださいますこと?】
【承知致しました。ウイニングライブの前には必ず伺いましょう】
一体何を渡そうというのでしょうか。
一度イラストリアス様と分かれ、控室に戻ってみると、《シリウス》の皆様が既に待ち構えていました。
「ただいま戻りましたわ」
「お疲れ様、ブレイズ。今回はその…ちょっと惜しかったな」
どこかためらいがちに声をかけてくる trainer さん。もしや、私が敗れたことを気にしていらっしゃるのでしょうか。
「相手が悪うございましたわ…」
「ひとまず、いつものように脚を見せてほしい。それと…マックイーン、消毒薬と絆創膏を。ブレイズの右手が大変だ」
「ブレイズさん!? ちょっと、爪の立てすぎではありませんの!?」
「わあぁぁぁ血! 血出てる! 大丈夫ブレイズちゃん!?」
「私は大丈夫です。今はどうにか現実を受け入れましたから。しかし、自分でも気付きませんでしたが、私はよほど悔しかったようですね」
「ハナ差負けじゃあ無理もないかな…ブレイズは負けず嫌いなとこあるし、それでなくてもウマ娘って誰しも勝ちたいもんじゃん?」
「私はむしろ、あのジェンティルドンナ相手にハナ差に持ち込んだのがすごいと思うんですが…」
「ジェラート1,860個食ってパワー付けるしかないんじゃねーか? トレヴィーノの泉にコイン投げても、三女神様が聞いてくれるわけねーだろ」
「ゴールドシップ先輩、それはお腹を壊すだけですわ」
「ジェラート…!」
「そしてマックイーン先輩は甘味に反応しないでくださいまし。それとも、完食する代わりに遠泳2万マイルがお望みですか?」
「ブレイズさん!? それは言わないでくださいませっ!」
「1,860個も食べて体重に影響しないとお思いですか?」
「ううぅ…! ブレイズさんがいじめてきますわ…!」
「いや、そこはブレイズが正しいと思うんだけど」
「と、トレーナーさんまで…!」
集中砲火を受けるマックイーン先輩も珍しい…のでしょうか…?
その後は winning live の振り付けの振り返りに精を出す一方、休憩を兼ねてイラストリアス様の控室を訪問させていただきました。ちらっとお付き人らしい方の姿が見えたことからして、貴族で間違いないようです…でなければ付き人なんて、そうそう来ないでしょう。
【お待たせ致しました、これを】
イラストリアス様が渡してきたのは、小さな紙切れでした。開いてみると、そこに書かれていたのはちょっとした規則に従って書かれた英語と数字。
私にも何となく分かりました。
【これは…住所ですか?】
【そう、私の住所です。メールや通話アプリなど便利なものも増えていますが、私としては敬意を払いたい相手には手紙を出したいのですよ】
なるほど… pen pal というわけですか。まあ確かに、日本の通話アプリが英国で使えるとも限りませんし、これが最も確実なのでしょう。
【それから…早ければ半年後ですね】
【半年後? 何かあるのですか?】
半年後? 何かありましたっけ。
【今回のレース、走りを見せてもらって確信したのです。貴女なら、我が国最高峰のレースに出る資格があると。
外国人が出走するには関係者の推薦状が必要ですが、それは私が書いて差し上げます。5月初旬くらいまでにお手紙をいただければ、と存じます】
【私を、何に招待しようというのですか?】
この質問に、イラストリアスさんはにっこり微笑んで答えました。
【我が国が誇る伝統と格式あるウマ娘レースの祭典…ロイヤルミーティングですわ!】
…っ!?
ロイヤルミーティングってまさか、王室開催のあれですか!? 英国のみならず世界中の競走ウマ娘関係者たちや社交界の一大行事と目される、あの栄誉ある競走に、私を…!?
【貴女は特にスタミナには自信のある、ステイヤータイプとお見受けします。是非ともアスコットの地で、芝の19ハロン210ヤードを舞台に雌雄を決しましょう!】
1週間に渡って行われる「ロイヤルアスコット開催」といえど、そんな長距離の競走はたった1つしかない。
【芝19ハロン210ヤード…世界最長GⅠと有名な、アスコットゴールドカップですね?】
【そうです。貴女となら、最高のレースができる気がするのです。
そちらのトレーナーさんとの都合もあるでしょうけれど、私としては是非とも貴女に来て欲しい。色良いお返事を期待します】
うーん、これは何とも凄まじい催し物に招待されましたね。
とりあえず、天皇賞・春を走ってから判断しましょうか。あれに勝てなければ、4,000M競走の勝ち目なんてないでしょうし。
【流石に安請け合いは致しかねますわ。トレーナーさんとも相談して、少々考えさせていただきとう存じます。
それに、我が国にも3,200Mの競走が1つありまして、最低でもそれに勝てなければ4,000Mなんてとてもとても…。
そういうわけで、現段階では確約は致しかねますが、渡英の算段を立てられるよう尽力致します】
【分かりました。貴女とアスコットレース場で戦う日を、楽しみにしております】
やれやれ、これはまたとんだ難問ですわね。
私としても、イラストリアス様と戦うのは楽しかったのですが、流石に海外遠征となるともっと実力を付けてからにしないといけないでしょう。それに、誘いのあった Royal Ascot Gold Cup は長距離走の最高峰ですから、少なくとも日本においては誰にも負けないような実力を持っておかねばなりません。日本代表として参加する訳ですから。
まずは trainer さんにこの話をすることにしましょう。それと……できれば日本国内に敵無しという状態にしてから参加するのが望ましいでしょう。特に、洋芝で著明な成績を残された方を相手にして勝っておきたい。
今の打倒目標はナリタブライアン先輩とテイエムオペラオー先輩ですが、将来的にはジェンティルドンナ先輩が最大目標になるでしょう。あと、オルフェーヴル先輩を挙げておくべきでしょうか。
さて…また鍛え直しですわ!
ということでジャパンカップが決着。審議の末、軍配が上がったのはジェンティルドンナでした。
ハナ差2着に惜敗し、何とか現実を飲み込んでるブレイズ…臥薪嘗胆、捲土重来を誓うようですが、無茶をやり過ぎないことを祈るばかりです。
あと、ブレイズにしれっとディクテイターが2人も乗り移っていたのに気付きましたでしょうか? 具体的には、金髪に青い肌の下品な男は不要だと仰る方と、ニコ動なんかで一時弄られた何かにお怒りの方。
ハナ差負けてしまいましたが、ライバルたちには印象を残せたようです。ジェンティルドンナからはライバルと認められ、ナカヤマフェスタからはドリームトロフィーリーグで戦おうとのお誘い。そしてなんと、6月に行われるイギリスの一大イベントに招待したいと言われてしまいました。
イギリスのロイヤルミーティングといえば、ちょっと前にサトノレーヴが惜しくも2着に敗れたクイーンエリザベス2世ジュビリーステークスもありました。あの地でもしブレイズが走ることになれば、果たしてどんなことになるか…。
それでは次回予告にいきましょう。今回の担当はどちら様…って、貴女は!
【ーーーー】
待て待て待て、英語なのは分かるけど何て言ってるのか分からん!! マイネームイズイラストリアス、ってのは分かるけど!
「すみません、お嬢様が失礼致しました。改めて、私から通訳いたします」
お世話係の方ですか、通訳ありがたや。
「英国に帰る前に是非やって欲しい、とシルヴァーブレイズ様から頼まれたとのことです。
あのジャパンカップは、どうやらあちこちで話題になったようですよ。最終直線での攻防戦の激しさや、シルヴァーブレイズ様が初めて負けたこと等が、その要因みたいですね」
まあ確かに…ブレイズが負けるのは正直、想像しにくかったですね。
「ということで、次回はトレセン学園を中心に世間の様子を見ていくようですよ。
次回『冬の賑わいに注ぐ燃料』 投稿は少々お待ちください、とのことです」
ありがとうございました!
「ところで、私から個人的に伺いたいことがあるのですが」
はい、何でしょうか?
「シルヴァーブレイズさんって、何者なのですか?」
…へ? 何者、とは?
「そのままの意味ですよ。ひとまず、これを見ていただけませんか」
これは書物? イギリスの歴史書みたいですが…って、これはっ!?
「これで私の質問の意図はご理解いただけましたか?」
いや分かりました、分かりましたけど! お答えできるかは別問題で…!