大地を駆ける一筋の流れ星   作:Red October

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お待たせ致しました。
可能なら、夏の間にクラシック級を終わらせて、次のステージへと突入したい…!



Act.055 冬の賑わいに注ぐ燃料

 11月29日 午後3時38分、東京レース場スタンド。

 ターフビジョン脇の掲示板に点滅していた「写真」の青文字が「確定」の赤文字に変わると同時に、スタンド一帯に様々な声が響く。

 

『出ましたっ!

勝ったのはジェンティルドンナっ! ジェンティルドンナが激闘を制しました!! 昨年の雪辱を見事果たしたジェンティルドンナ!

シルヴァーブレイズは2着! 無敗の伝説についに終止符が打たれました!!』

 

「うおおお流石はジェンティルだ! あの叩き合いを制するとは…!」

「やっぱりジェンティル様格好いい…!」

「惜しかったなぁシルヴァーブレイズ…今度も勝てるかと思ったけどなあ…」

「ブレイズも大分健闘したよねー、あのジェンティルドンナ相手にハナ差だもん」

「ちょっと相手が悪すぎたかな。あのジェンティルだし」

 

 壮絶な叩き合いを制して勝利を掴み取ったジェンティルドンナを讃える声や、シルヴァーブレイズの健闘に感心する声が多い。そんな中で、

 

「お姉ちゃん……」

 

 水兵帽を阿弥陀に被った青っぽい鹿毛のツインテールのウマ娘が、悲しそうな顔で耳をぺたんと倒している。その隣でシュヴァルグランも同じような顔をしていた。

 2人の姉…ヴィルシーナは、残念ながら着外敗戦してしまい、掲示板にすら乗れなかった。序盤から中盤にかけての逃げ勢の位置取り争いで消耗し、末脚を残せなかったのが原因である。4コーナーでシルヴァーブレイズに抜かれてからはずるずると順位を下げるばかりで、最終的に13着入線であった。

 

「そんな…ブレイズさぁん…」

 

 妹を挟んでシュヴァルグランの反対側の席では、両側頭部の三つ編みと額の流星と捩れあった2本の木の枝の髪飾りが特徴的なウマ娘…アララギが泣いている。彼女の応援していたシルヴァーブレイズが、最後の最後に差し切られて負けてしまったからだった。推しが目の前で負けたというのは、悔しいものである。両親が慰めようとしていたが、そう簡単に収まりそうもなかった。

 

「う…うう……ううぅっ…!」

 

 その近くではバズーカカメラを持った小柄な黒っぽい葦毛のウマ娘の子も泣いているが、この涙の理由はアララギとは異なる。

 

「ジェンティルドンナの突っ込みは想定通りだった…。けどまさか、シルヴァーブレイズがあそこまで粘るなんて…!

そしてティアラ路線出身者によるトップ3独占……ティアラ路線組の実力を示し、三冠路線組にも劣らないと証明してみせた……! 歴史が変わる、そんな瞬間だったかも…!」

 

 やはりというか、歴史的瞬間に立ち会ったことによる感動であった。

 

「うそ…ブレイズ先輩が、負けた…?」

「うーん…むしろ、あのジェンティルドンナ先輩にハナ差しか離れてないことの方がすごいかも…」

 

 ラインクラフトとシーザリオも、ショックを受けたような顔で掲示板を見詰めている。

 

「ジェンティル先輩、すごいパワーだもんね…。あのパワーなら、登り坂でも平気で登っていきそう…」

「それに、加速にも使えるからね。パワーが強い分、加速も鋭い。そんな規格外のパワーを持つジェンティル先輩を相手にして、あそこまで粘ったブレイズ先輩もすごいと思う…」

 

 ティアラ路線組にもこれだけの実力者がいる、という証明にはなっただろう。

 

「クラフト、次は私たちの番だよ。ブレイズ先輩もジェンティル先輩も、ティアラ路線組の実力を示したんだし」

「そうだね! ティアラ路線組でジャパンカップのトップ3を占めるなんて、すごいよ!

よーし、帰ってトレーニングだ!」

 

 やる気を燃やすラインクラフトであった。

 

「アダチ、ブレイズ負けたけど…?」

「何も問題ありません。確かに敗北自体は衝撃的ですが、相手がジェンティルドンナでしたからね。無理からぬこともあるでしょう。

むしろあのジェンティルドンナにハナ差まで粘って、おまけにレコードタイム叩き出したんですから、ブレイズさんのバケモノっぷりの裏付けが取れただけです」

 

 シルヴァーブレイズの無敗途絶という状況に、相原千夏トレーナーがショックを受けている。その一方、担当ウマ娘のアウダーチは顔色ひとつ変えずに撮影した写真を確認していた。

 

「うーん、ピントを少し絞りすぎましたかね。でも、脚の動きはしっかり収まっているから、まあ良しとしましょう。

これでまた、ブレイズさんの解析ができる…それを取り入れれば、私はまた強くなれる。全てはいつの日か、公式戦でブレイズさんに勝つために…!」

 

 情報収集には貪欲なアウダーチなのであった。

 

 

 同時刻、東京都府中市 トレセン学園近辺の商店街裏通りに位置する「パブ 流星の止まり木」。

 5分前まで大いに賑わっていた店内は、今や葬儀を思わせる沈黙に支配されていた。そんな沈黙を破るように響いているのは、TVから流れる実況音声だけである。

 

『死力を尽くした消耗戦、軍配が上がったのは7番ジェンティルドンナでした! 昨年はテイエムオペラオーの前にクビ差敗れましたが、今年は見事リベンジを成し遂げました!』

『そうですね。しかし、ティアラ路線の後輩も間違いなく実力者でした。あのジェンティルドンナをして、最後にハナ差差し切られるまで先頭を譲らなかったのですから。これまで無敗を貫いたシルヴァーブレイズもまた、相当な実力者であることは間違いありません。

また、3着にウオッカが入ったことで、今年のジャパンカップはティアラ路線出身者がトップスリーを総舐めするという異例の事態になりました。従来、ティアラ路線出身者は三冠路線出身者より弱いとされてきましたが、この結果を前にしてはもうそんなことは言えませんね』

『ええ、これが今のティアラ路線出身者の実力だ、と言わんばかりのレースになりました! 三冠路線とティアラ路線、双方のウマ娘たちが互いに切磋琢磨してトゥインクル・シリーズをさらに盛り上げてくれることを願うばかりです!』

 

 画面には、実況音声をBGMに掲示板が大写しになっている。

 1着、7番。2着、ハナ差で13番。勝ち時計は2分20秒8で、「レコード」の赤い文字が光っている。

 

「嬢ちゃんが…負けた…か…」

 

 店に来ていた客の誰かがぽつりと言った。それをきっかけにしたように、店内に喧騒が戻ってくる。

 

「ハナ差負け…めちゃくちゃ悔しいぜ…」

「ちょっとショックね…ブレイズの嬢ちゃんが負けるなんて…」

「いや、むしろ嬢ちゃんを褒めるところじゃないか? 相手はあのジェンティルドンナ、それをハナ差まで追い詰めたんだぞ? しかも、ウオッカとかの名だたる実力者を寄せ付けもしてない」

「ああ、結果は少々残念かもしれんが…嬢ちゃんよくやったもんだ…」

 

 客の中には涙を流している者もいる。

 客たちとて、いつかシルヴァーブレイズが負ける日が来るかもしれない、ということは頭では理解していた。だが、こんなに早くその日が来るとは思っていなかったのだ。相手が相手だったとはいえ、である。

 そんな客たちを横目に見ながら、マスターも悩んでいた。

 

(せっかく仕入れて作ったこれ、どうしようかね…)

 

 シルヴァーブレイズの勝利を当て込んで多量の食材を買い込み、いつものように"勝利記念タイムセール"で料理としてばら撒くつもりだったのが、当てが外れた訳である。2着に敗れた以上、"勝利記念"なんて銘打てるものではない。

 そんなマスターの意識は、客からの質問で現実に引き戻された。

 

「なあマスター、どうすんだ。どうせまた色々作ったんだろ? 匂いでなんとなく分かる」

「そうですね…どうしましょうか」

「んなもん、やることぁ1つだろ。負けちまったんだ、"残念賞セール"にして食っちまおうぜ」

「確かにね、ってかそれしか無くない?」

「こうなりゃヤケだ! 酒と一緒に悔しさも飲み込んじまわぁ!」

「っ…分かりました。ではこれより、タイムセールに入ります!」

 

 腹を括るマスターであった。

 

「ブレイズ……頑張ったね…。お疲れ様」

 

 そして関西地方某所では、シルヴァーブレイズの母・シルバーアクセサリが、TVに映る我が子の姿を見て涙していた。

 

 

 本日のメインレースたる「ジャパンカップ」が終わった東京レース場だが、見物客の中には帰ろうとしない者も多い。これは、まだ第12Rが残っているのもそうだが、ウイニングライブの開催を待っているからである。まあウイニングライブは全レース終わってからでないと開催できない(センター(1着バ)が決まらないから)ので、仕方ない。

 そうなると暇潰しに何かする必要がある訳である。幸いにして東京レース場は、小さい子供から大人まで楽しめる施設が一通り揃えられているし、飲食店も多数入っているし、レースを走る現役のウマ娘と交流できるスペースも設けられているから、レース場内だけでも暇潰しに困ることはそうそう無い。

 そしてレースともなれば、当然のように傷心するファンが出る。当たり前だ、勝てるのは原則1人だけであるから、負けたウマ娘を応援していたファンは凹むことになる。そういう傷心した者の時間の過ごし方は、…まあ何となく想像できるだろう。黄昏れる者も多いわけで。

 アララギも御多分に漏れずそうなっていた。両親もなかなか声をかけづらい、何とも言えない憂いに満ちたオーラを放っている。そのオーラを纏ったまま彼女がやってきたのは、ローズガーデンだった。

 ローズガーデン。名前の通りバラが多数植えられている一角で、東京レース場正門を入ってすぐ左手にある。噴水やベンチ等もあり、寛ぐには良い場所である。尤も今は12月に差し掛かるところであるため、バラの花は一輪も咲いていないのだが。

 

 アララギも小学校最終学年とはいえまだ子供である。

 子供、特に女の子の好きな物といえば甘い物であることが多い。そして、子供の心根はだいたい素直なものだ。

 結果、何が起きたかというと、

 

「アップルパイ美味しい! お姉ちゃんありがとう!」

「どういたしまして」

 

 一瞬アララギを見失った両親が見つけた時には、彼女はローズガーデンの一角にいた小柄なウマ娘に、アップルパイを一切れ分けてもらって喜んでいた。

 その小柄なウマ娘であるが、トレセン学園の制服を着ている。明るい茶色の鹿毛を肩の下まで伸ばし、髪と同じ色の瞳の丸目に愛嬌のある顔立ちをしている。背丈は低く、下手をするとアララギより低いかもしれないことから推して、中等部低学年と思われた。

 

「何やら落ち込んでいたみたいですが、大丈夫ですか?」

「うん! まあ、応援してた人がジャパンカップで負けちゃったから悲しかったけど…」

 

 話しかけた時は"どしたん話聞こか?"みたいな軽いノリだったのかもしれない。

 

「そういえば何か言ってましたね。そんなに悲しかったんですか?」

「うん。だって、レコードタイムを出すくらい頑張ったのに、最後に差し切られてハナ差負けになっちゃったんだもん…」

 

 最後の方で声の様子が落ち込んできている辺り、やはりショックだったらしい。

 

「ハナ差負けってことは、貴女の応援していたウマ娘っていうのはシルヴァーブレイズさん?」

「うん、お姉ちゃんも知ってるでしょ?」

「それはもう。無敗でトリプルティアラを成し遂げるなんて、とても強いことの証ですし」

「だよね! 最後の直線でばびゅーんって飛び込んできて、そのまま一気にぶっちぎっちゃうのカッコいいよ!」

 

 アララギ愛用の鞄には、シルヴァーブレイズのぱかプチ(それも、ティアラ3冠の優勝レイをかけた無敗トリプルティアラ達成記念バージョン。つまり最新型)がぶら下がっている。クレーンゲームで頑張って取ってきたものだ。

 

「そうだ、お姉ちゃんもトレセン学園に通ってるんでしょ? シルヴァーブレイズさんに伝言とかってできない?」

「伝言ですか? 彼女とは学年が違いますから、会えるかは分かりませんが…私で良ければ承りましょう」

 

 この時、アララギの両親は気付いた。この小柄なウマ娘、妙な表情をしている。どこかむずがゆそうな…まるで、何かを言いたいけど言えずにいるような顔だ。

 アララギは気付いていないらしい。

 

「ありがとう! えっとね、ブレイズさんにこう伝えてほしいの。『今回はハナ差で勝てなくて、すごく残念に思います。でも、次のレースは勝つと信じてるので頑張ってください』って」

 

 勢い込んで言うアララギに、小柄なウマ娘は困ったように笑いながら、おずおずと口を開いた。

 

「…その、伝言の内容は分かりました。

でも、わざわざ伝言する必要はありません。だって、…もう直接言ってしまっているのですから」

「え?」

「「ん?」」

 

 アララギと両親が首を傾げると同時に、小柄なウマ娘は両目に手を掛けた。そして、

 

「ごめんなさい、アララギさん。せっかく応援してくださったのに、勝てませんでした」

 

 言いながら、両目に着けていた茶色のカラコンを外したのである。その下から現れたのは色違いの瞳だった。

 右目は、勢い盛んに茂る植物を思わせる深い緑色。

 左目は、夏の晴れた海にも似た濃い青色。

 ウマ娘の数多しといえども、そんな色違いの目を持つウマ娘を、アララギも両親も1人しか知らなかった。

 

「私の力の無さを痛感するところです」

 

 何ということだろう。3人の目の前に座り、悲しそうに耳をへにゃりとさせているのは、あの大流星こそ見えないものの正真正銘のシルヴァーブレイズではないか。右手の掌に貼られた絆創膏が何とも痛々しい。

 

「え…え? うそ、ブレイズさん?」

「如何にも、私がシルヴァーブレイズです。ああ、あの流星を塗り潰しているのはお許しを。こうでもしないと下手に出歩けなくて…変装しないとまともに出歩けないなんて、どうにも窮屈になったものです」

 

 その途端、アララギが瞳を潤ませたかと思うと、いきなりブレイズの胸に飛び込んだ。

 

「ブレイズさん…信じてたのに、負けちゃうなんて……うわあぁぁぁん…! ブレイズさんが負けるとこなんて…見たくなかった…!」

 

 シルヴァーブレイズは何も言わずに、アララギを静かに抱き寄せている。下を向いているので見えづらいが、両親がよく見るとシルヴァーブレイズは下唇を噛んでおり、眉間には縦皺が寄り、そして目尻に光るものが宿っていた。それはアララギを含むファンの期待に応えられなかった悔しさか、それとも不甲斐ない自身に対する怒りか。

 プレスリリースされている写真や映像では全く見られない、感情を剥き出しにしたシルヴァーブレイズである。いつも冷静でファンたちに微笑みながら礼儀正しく対応しているブレイズの姿しか見ていない両親からすると、彼女もこんな顔をするのか、という感じがある。

 

「アララギさん」

 

 しばらくアララギを泣かせた後、シルヴァーブレイズは静かに声をかけた。泣き腫らして両目を充血させたアララギが顔を上げる。

 

「現実というものは、非常に残酷なものなのです。結果こそ全てなのですわ。

私は今回は負けました。それは事実です。私自身も受け止めています。

世の中、無敗で居続けられるウマ娘なんてそうそういませんわ。かの"絶対皇帝"シンボリルドルフも、"神にも等しい実力者"シンザンも、"暴君"オルフェーヴルも、そして今回私に勝ったジェンティルドンナだって、無敗ではありません。そう考えると、私もいつかは負けるものと覚悟していました」

 

 アララギの目を見詰め、シルヴァーブレイズは真摯に語りかける。彼女の制服の胸にはアララギの涙と鼻水で大きなシミができていたが、気にする様子は無い。

 

「そういう訳で、泣かないでくださいませ、アララギさん。私のために涙して下さることは、ありがたいことです。私に勝ってほしい、という願いの裏返しなのですから。貴女の想いはしっかりと受け止めました。

私とて、手をこまねくつもりはありません。相手は手強いですが、たとえ1年かかっても復讐を果たしますわ。だからアララギさん、貴女も頑張ってくださいませ。トレセン学園の入学試験は、決して易しいものではありませんよ」

「っ……うん。次は負けないでね、ブレイズさん」

「戦争に勝ち負けがつきものである以上、そこのところは保証は致しかねますが……勝利を掴み取るべく、奮闘努力致します」

 

 そこで何かを思いついたらしく、シルヴァーブレイズは急に右手を制服のポケットに突っ込んだ。

 

「そうだ、アララギさん。こんなもので申し訳ないとは思いますが、貴女に差し上げますわ」

 

 差し出したのは、小さなガラスケースである。中には蹄鉄が1つ入っていた。

 

「蹄鉄…?」

「蹄鉄って時には幸運を呼び込むお守りとされますから、これから受験戦争を戦う貴女にはぴったりかなと思いまして。

その蹄鉄は、ついさっきまで私の右の靴に着けてあったものです。つまり、これを着けて私はジャパンカップを走った、ということですわ」

 

 アララギが両目を真ん丸にした。

 

「え、ええっ!? そ、そんなのくれるの…!?」

 

 ウマ娘が使った蹄鉄というのは、物によってはとんでもない価値を付けられることがある。お守りや飾りとして使われることもある蹄鉄であるが、それを誰それ(主にGⅠウマ娘)が使った物だと言われると、急にありがたがって欲しがる者が出るのである。

 まあ、芸能人が使った物だとかを高値で欲しがる一般人と全く同じである。

 

「私は構いませんわ。それにほら、側面をご覧なさい」

 

 蹄鉄の側面には文字が彫ってあった。「Never never never never give up!」と書かれており、後尾に日付と「Silver Blaze」と署名がある。

 

「決して諦めるな、と書いていますわ。これ以上お守りに相応しい言葉もまたとないでしょう。

私も、あのジェンティルドンナに勝つという目標を諦めません。だからアララギさん、貴女も諦めずに頑張ってくださいませ」

「うん! 約束だよ!」

 

 左手で蹄鉄を受け取りながら、しれっと右手の小指を突き出すアララギ。

 

「神に誓いますわ」

 

 夕焼け空の下、"指切り(げん)(まん)"が交わされた。

 ちなみにその直後、シルヴァーブレイズはアララギの両親にも特別にサインと握手を贈る羽目になった。アララギの父親が出したメモ帳のページに、「正式な色紙でなくて申し訳ございませんが」と言いながら。

 

◆◇◆◇

 

 皆様、ごきげんよう。シルヴァーブレイズですわ。

 12月という忙しい季節になりました…期末試験、競走、そして Christmas 等々、予定が目白押しになっています。その全てを完璧にこなすというのは、なかなか骨の折れる作業ですわ。

 ついでに言うと、あの「ジャパンカップ」以降、世間の私を見る目が少し変わった気がします。何というか、「君でも負けることがあるのか」みたいな。

 そういう視線には、当たり前でしょう、とツッコんでやりたいですわ。私をそんな、化け物でも見るような目で見ないでくださいませ。私とて1人のウマ娘、それも体格的には恵まれない方です。敗北は当然あり得ますわ。

 

 さて、私は今何をしているかと申しますと、書道です。グラスワンダー先輩のご指導の元、墨を擦って長半紙に文字を書こうとしている訳です。まあ、ちょっと早い書き初めみたいなものですわ。

 トレセン学園には和室もありまして、そこでご指導いただいております。ですが……正座だけはどうやっても少々慣れませんわね…。ですが、静かなところで心を落ち着けるのも良いものです。

 

「そこはもうちょっと払いましょう。書道の字の基本は、止め・跳ね・払いですよ。払う時は、手から少しずつ力を抜いて、毛筆をそっと離していきましょう」

「はい…!」

 

 やはり、毛筆と万年筆では持った時の感覚が少々違う…! 私は応援者からの手紙(ファンレター)に返信する時は万年筆を使っているのですが、毛筆はその…筆先の感覚が柔らかいから、筆圧を変えていかないと…!

 

「私もよく、他の子たちに書道を教えているんですけれど、シルヴァーブレイズさんはどちらかといえば書道には慣れていないですよね。それでこの文字は、画数が多いですから書くのは大変だと思いますが、それでもやりますか?」

「もちろんです…! これしきの苦難、乗り越えられねばあれほどの実力者に勝つなんて不可能ですわ…!」

「もしかして、ジェンティルドンナさんに勝とうとしていますか?」

「そうです。あの方に勝つとなると、並大抵の努力じゃ無理でしょう。先輩にもそういうの、心当たりがございますよね?」

「そうですね。スペちゃん、エル、セイちゃん、キングちゃん、あるいはマルゼンさん。……いずれ劣らぬ実力者ばかりで、私も頑張ろうと思えますね♪」

「それと全く同じですの…! ですから、まずは決意表明としてこれを…!」

 

 画数が多い漢字なので、いかんせん書くのも一苦労なのです…!

 

「少しずつ上手くなってきてますよ、流石に飲み込みが早いですね」

「ありがとうございます。でもまだまだ…!」

 

 大変ですが、やり遂げてみせますわ…!

 膝の痺れに耐えながらも、何とか1枚書き上げられました。書き上げた文字は、『臥薪嘗胆』です。画数多いでしょう?

 

「あと、もう1枚…!」

「あら、まだ何か書きますか?」

「はい。5文字になるのですが…」

「でしたら、1文字はこのくらいの大きさにして…」

 

 ということで書き上げたのは……『打倒鬼夫人』です。なかなか大変でしたが、何とかできましたわ。

 あとは、書き上げた2枚を部屋に貼り付けるだけ。

 

「お時間いただきありがとうございました」

「いえいえ、こちらこそ。ブレイズさんの姿勢を見ていると、私ももっと頑張ろうと思えました。

そういえば、ブレイズさんも出るんですよね? 有マ記念」

「はい、皆様の応援のおかげさまをもちまして、多数の支持をいただきましたもので」

 

 昨日発表されたばかりの「有マ記念ファン投票」ですが、なんと私の名前が30万近い得票を受けて3位に挙がっていたのです。こんなに支持していただけるなんて、光栄の至りですわ。少なくとも、不甲斐ない戦だけはやらかさないようにしなければ…と、気が引き締まります。

 

「それでは、中山の舞台でブレイズさんとも戦わせていただきますね。私も有マ記念に出走する予定なので」

「それはそれは…。"不死鳥"の誉れ高きグラスワンダー先輩と戦えるとは光栄です。当日はよろしくお願い致します」

「ふふっ、当日が楽しみですね」

 

 これはまた手強い。現在確定しているだけでも、"覇王"テイエムオペラオー先輩に"怪物"ナリタブライアン先輩、"暴君"オルフェーヴル先輩。そこに加えて"不死鳥"まで参戦ですか。……良いでしょう。相手にとって不足無し。

 特にテイエムオペラオー先輩とナリタブライアン先輩は元より打倒すべき目標(ターゲット)ですし、何としても勝ちたいですね。グラスワンダー先輩も油断できない相手ですし、私も頑張るとしましょう。

 

 

 シルヴァーブレイズが書道にて決意表明していたその頃、学園のトレーニングジムにて。

 

「………何、アレ…」

「あんなの絶対持ち上げられないよ…」

「さ、流石だよねー…」

 

 ひそひそと話し合うウマ娘たち。彼女たちの視線の先にいるのは、重量挙げをしているジェンティルドンナである。が、彼女のバーベルには総計6トンに達する錘が付けられており、それを片腕で上げ下げしているという恐ろしいことになっている。

 

「……400。ふむ、少々足りないかしら」

 

 一旦バーベルを置きながら、ジェンティルドンナは思い返していた。あの時…ジャパンカップの府中で、自身が見たものを。

 

 あの最終直線、ジェンティルドンナはコース内側から仕掛けた。デュオスヴェルがスタミナ切れで失速したのを見計らい、ヴィルシーナとステートオブアートの間を割って前へと飛び出す。

 

「くうっ…あああああぁぁ……!」

 

 後方から、ヴィルシーナの悲痛な声が聞こえた。それを振り切るように、ジェンティルドンナは両脚に力を込め、ターフを深く切り裂いて加速する。

 前方にいるのはシルヴァーブレイズのみ。距離は4バ身前後。登り坂はあるが、このくらいならどうということもない。

 果たしてジェンティルは、あっさりとブレイズに追い付いた。そのまま追い抜きにかかる。

 

(ふ、たわいもない)

 

 しかし、追い抜こうとしたその瞬間だった。

 ガラスにヒビが入るような感覚があった。それが"領域(ゾーン)"に突入する時に発生する感覚であることは、ジェンティルドンナも知っている。しかし、その気配は明らかに隣から生じていた。

 

(もしかして)

 

 ジェンティルドンナがその方向に目を向けた、その瞬間。

 

「大地を駆ける、シルヴァー・ブレイズとなれ!!」

 

 これまでにない…それこそ、オルフェーヴルと戦った時にも引けを取らない凄まじい気配が、シルヴァーブレイズから放たれた。それと同時に、白銀の光に包まれた彼女がとんでもない加速でジェンティルを振り切ろうとする。

 

(おやりになる…では私も)

 

 すかさず、ジェンティルドンナも"領域"……"(かく)(かく)(せん)(れい)"を発動した。彼女は鍛練によって、"領域"を随意に発動させることができる。この辺りはシルヴァーブレイズとジェンティルドンナの習熟度の差である。

 これで追い付き追い越せる…と思いきや、抜けない。思わずジェンティルドンナは目を見張ってしまった。

 

(これは……!)

 

 思った以上に、シルヴァーブレイズには力がある。それも、自身に並び得るだろう"力"が。

 

(くす…久しぶりね、全力を掛けるに相応しい相手と戦うのは!)

 

 そこからはもう手加減無しだった。

 "赫赫洗礼"と"白銀彗星"。ジェンティルドンナとシルヴァーブレイズ。

 両者とも考えることはただ1つ、「相手より先にゴールする」だけであった。そして、ジェンティルドンナにとっては何物にも代えがたい、楽しい時間であった。

 しかしそれも長続きするはずがなく、気付いた時には2人ともゴールインしていたのである。

 

「っ……はあ、はあ……」

 

 足を止めて初めて、ジェンティルドンナは自身が激しく消耗していることに気付いた。これまでのレースでは見たことがないほど、息が上がっている。

 

「………」

 

 ちらりとシルヴァーブレイズを見ると、彼女はジェンティル以上に消耗していた。ターフに膝をついてしまいそうなほど前のめりになり、陸に上がった魚同然に喘いでいる。死力を尽くして戦った者特有の動きだ。

 勝っただろう、という確信は何となくあった。しかし、それが紙一重で手にしたものだということも、ジェンティルドンナはよく分かっていた。そこで、審議が完了して結果が表示されると同時、彼女は審議委員に実際の着差を問い合わせた。その後ブレイズに声をかけたという訳である。

 

「ブレイズさん、あの小さな体格ではどう考えても筋量差で私には不利。にも関わらずあそこまで粘ってきた。

そしてあの瞳…」

 

 1インチの着差であなたを倒す、と宣言したシルヴァーブレイズの瞳である。

 

「あの瞳は、勝利への渇望で溢れていた。あれならば、もしかすると私に勝ち得るかもしれない。

…くす。私もここで立ち止まってはいられませんわね」

 

 呟くと、ジェンティルドンナはバーベルに錘を2個追加した。のだが、その錘はあろうことか重量2トンである。根性トレーニングのタイヤ引きで使う巨大タイヤにも劣らぬ同じ重量、それを2個つけて片腕だけで持ち上げているのだ。恐るべき筋力である。

 

 

 

 そして、日本から遥か西に離れた地・グレートブリテン及び北アイルランド連合王国。

 先日の「ジャパンカップ」以来、実はイギリスでは1つのニュースが話題をさらっている。自国の代表として出走したイラストリアスが負けてしまったこともそうだが、それ以上に「ジャパンカップ」出走メンバーのうち1人が話題になっていた。

 

「何だこれ!? なぜ彼女がこんなところで…!?」

「世に言う、生まれ変わりというものだろうか?」

「アマゾン号にでも乗ってたんじゃないのか」

「HAHAHAって言ってる場合か!」

 

 イギリス人たちが見ているのは、自国メディア(新聞とか雑誌とか)に掲載された写真である。それにはイラストリアスではなく、先頭で凄まじい鍔迫り合いをするジェンティルドンナとシルヴァーブレイズの姿が写っており……背の低い方に赤丸が付けられている。そして、記事見出しにはこう書かれていた。

 

『Who is She?___A Blazing Star or A Silver Ghost?』

 

 ちなみに、その記事の横には帰国したイラストリアスのインタビュー記事も載っている。その中で、彼女はこう述べていた。

 

『It’s so hard to believe, I…, I did see a Silver Ghost at Tokyo Racetrack.』

 

 そう、話題になっていたのはシルヴァーブレイズである。しかも、英国各地で話題をさらっていた。

 イラストリアスがあんなことをインタビューで言ったせいもあるが……その見た目で話題になってしまっていた。こんな状態でブレイズがロイヤルアスコットミーティングにでも行こうものなら、大変なことになるのは想像に難くない。実際、イラストリアスはインタビューの続きで『あれほどの実力者なら、我が国最高峰のレースウィークに招待することもできるかもしれない。私にやってくれと言われたら、私は喜んで推薦状を書き、銀色の大流星(blaze)を持つ少女をロイヤルミーティングに招待するだろう』と述べている。

 シルヴァーブレイズが「ghost」と表現された理由は、いったい何なのだろうか? それを知る者は、現時点で日本にはいなかった。




東京レース場は、東京競馬場をベースにしていますが、現実の競馬場とは若干異なっています。乗馬スペースはウマ娘との交流スペースになってますし。

あと、イギリス人たちの会話に出てきた「アマゾン号」ですが、これは西暦1872年の怪事件で有名になった帆船です。
え、知らない? では、この名前ならピンと来るでしょうか……「メアリー・セレスト号」。
そんな船の名前を出し、その上でイラストリアスをして「信じがたいことだが、私は東京レース場で"銀色の幽霊"を見た」と言わせる辺り、何かただならぬ事情があるようですね…


総合評価が1,100ポイントに達しかけてる…皆様、いつもご愛読ありがとうございます!
では、この辺りで次回予告をば。今回は誰が担当し…

「はーっはっはっは!! やっとボクの出番だね!!」

来るの早い! そしてこの言い回しでどなたか分かりましたよね!

「ああ、このボク! テイエムオペラオーさ!
今年の有マ記念でボクもトゥインクル・シリーズを引退することになる。その前にブレイズ君との対決が実現できて良かったよ! ボクも一度はブレイズ君と戦ってみたかったし、サクソン人を迎え撃つアーサー王のように激しい戦いが期待できそうだ! 実に楽しみじゃないか!
次回『ファンの期待を背に、いざ中山へ』 トゥーランドット姫の命令が撤回されるまで寝ずに待っててくれたまえ!」

ちょっと待って、それ下手すると死者出るんじゃない!? ヤバい、頑張って描いて待機時間もうちょっと短くなるようにする!
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