大地を駆ける一筋の流れ星   作:Red October

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昨今、日本馬のレベルがどんどん上がっているように感じます。まさか、ついにBCクラシックを制覇してしまうとは……強いですね、フォーエバーヤング。
これはもしかすると、来年初頭あたりにダートウマ娘の大量発表とかあるかもしれない…

ちなみに私の方ですが、秋華賞と天皇賞・秋は複勝や三連複で馬券回収できたものの、菊花賞はスッテンテンでした。マイユニとショウヘイどっちも大敗とは…。
また、チャンミ・スプリントはグレードA決勝進出は果たしたものの、掲示板にすら載れぬ完敗。夏バンブーもおはマイルも持ってないのに戦える訳ないだろ畜生めぇ!と総統閣下ばりに叫んでみる。

さて、お待たせ致しました。クラシック級は今回で最後。次回から新章に入ります!



Act.058 有マ記念の後に:誓う捲土重来

 っ、はあ、はあ……くっ、はあ、また、勝てなかった…。さすがオルフェーヴル先輩、凄まじい末脚でした…。

 皆様ごきげんよう、シルヴァーブレイズですわ。今は有マ記念が終わったばかり…私はまたしても2着止まりでした。最大目標であったナリタブライアン先輩、テイエムオペラオー先輩はどちらも破ったと感じていますが、オルフェーヴル先輩に差し切られましたね…。着差はおそらく2馬身といったところ、文字通りの完敗です。

 あれだけ前半の流れを遅くしてこの結果か……となると、オルフェーヴル先輩と戦う時にはもっと遅い流れを作り出す必要があるということでしょう。あるいは、逆に開き直って…。

 そこまで考えた時、後ろから近付く強大な気配を感じ取りました。この覇気はおそらく…テイエムオペラオー先輩。

 

「シルヴァーブレイズ君、実に見事な走りだったよ!」

 

 やはり、予想通りの人物でした。

 

「オペラオー先輩、お疲れ様でした。やはり先輩はお強かった……覇王の二つ名は伊達ではないと思い知らされましたわ。正直、勝てるとは思っていませんでした」

「いや、ボクは確信していたよ! ボクを倒し得る魔弾の射手がいるとしたら、それはブレイズ君、君だろうとね!」

「ドトウ先輩がいるはずでは?」

「ドトウ君も実力はあるんだが、彼女はボクと同時に引退してしまうからね。ならば、ボクの後輩の中にそういう人がいるだろうと思ったんだ。そう、ブレイズ君、君だ。

君は、朝日杯FSや桜花賞を勝ったことでマイルレースでも通用する脚の速さを示した。そして、オークスやジャパンカップ、この有マを見るにスタミナもある。ボクの後に続くには十分だ!」

 

 いや、そもそもオペラオー先輩に続けるような方が出現すること自体、稀なのでは…? オペラオー先輩は古バになってから覚醒し、"覇王"と呼ばれるまでの凄まじい戦績(秋古馬三冠とか)を残しています。つまり…並ぶ者なんてそうそういない実力者。であれば、先輩に続く方なんてすぐに現れるかどうかは……と、言いたいところですが、その"後継者"の枠に私が入ってしまった、ということでしょう。

 

「それに、このボクに土を着けたのだから、そんな君がバ群に埋もれて良いはずがない! 頑張ってくれたまえよ……君が勝つほど、ボクの名声も上がるのだからね!」

「それはどういう意味でしょう?」

「秋シニア三冠のことさ。あれはボクの他にロブロイ君しか達成できていないからね。つまり、並み居る実力者たちに成し得なかった秋シニア三冠を達成したボクは、まさに最強ってことさ! 最強のGⅠウマ娘として、このボクの名は轟き続けるだろう!」

 

 ああ、なるほど。論法は分かりました。では、…やることなんて1つしかない。

 

「では、それを来年の今頃にはかき消してもよろしゅうございますか?」

「できるものならね!」

 

 言質取りましたよ? …泣きっ面をかかないでくださいましね?

 

「まあ、ボクとしては君のことは応援したいのさ。オペラオー劇場の助演主席は、そうそう務まるものではないからね。それを務められた君には、ボクも敬意を払っているんだよ」

 

 ……ふむ、何だかんだ言っても私に一定の評価をしていたと?

 

「では、そのご期待には全力でお応え致します。その結果として先輩の名声をかき消してしまっても構いませんね?」

「心構えはそれでやりたまえ! だがボクの名声はかき消せないよ!」

 

 うーむ、本当に大した自信ですね。やはり、1勝しただけでは挫けないか。

 ならば……秋古馬三冠、狙ってみるべきかもしれない。

 

「それではブレイズ君、機会があればまたどこかで戦おうじゃないか。あ、来年のオペラオー劇場の演目は忘れてはいまいね?」

「当然ですわ。始業式の日の昼休みに初演…でしょう?」

「やはり君は優秀だ、冬休み中にも稽古は忘れないでくれたまえよ!」

 

 そう言い残して、観衆の方へと去っていくオペラオー先輩。全く、私もとんでもない相手に見込まれたものですね。

 その先では優勝したオルフェーヴル先輩が群衆の歓呼に応えている。……今回は負けた、それは間違いありません。ならば捲土重来を誓うまで。帰ったら、書き初め代わりに「打倒暴君」と書いた長半紙を部屋の隅に貼り付けるとしましょう。

 我が名…死兆星(ブレイズ)の名に賭けて、1年かかろうとも復讐は果たしてみせる。

 

「お疲れ様でした、シルヴァーブレイズさん」

 

 と、今度はグラスワンダー先輩です。私に宣戦布告してきた先輩方のうち1人ですね。

 

「お疲れ様でした、先輩。やはりお強い……もう一度戦ったとしても勝てる気がしませんでしたわ」

「それは私の台詞ですね。半バ身差での3着だったんですから」

 

 そう仰いますが、これでも私、全力を尽くして……は、いませんね、よく考えてみると。だって、私はあの時"領域"に突入できていなかったのですから。

 つまり…"領域"を随意に使えるようになれば、グラス先輩を突き放してオルフェ先輩にも勝てていた可能性がある…? やはり"領域"の習得は必須か。

 

「ブレイズさんも知っていると思いますが、私たちは世間では『黄金世代』と呼ばれています」

 

 グラス先輩の声で思考の海から現実に引き戻されました。

 

「もちろん存じております。それだけ実力者が多い、ということですよね? 現にGⅠを勝った方が複数いらっしゃいますし」

「はい。ですが今回のレースで、後輩にも実力者が育っているということが、はっきり分かりました。私も、まだまだ鍛練しないといけない、ということですね♪」

 

 穏やかに微笑んでおられるグラス先輩ですが、勘弁してくださいませ…。これ以上強くなられたら、勝てる自信が……いえ、発想を変えましょう。

 先輩が強くなった分より、私がもっと強くなっておけば良い。

 

「ではブレイズさん、今回は改めて対戦ありがとうございました。機会があれば、また戦いましょう。

私はちょっと、スペちゃんを慰めてきますね」

 

 言われて気付いてみると、スペシャルウィーク先輩がなかなか落ち込んでらっしゃる…。掲示板に入ったかどうかは定かではありませんが、少なくとも私より遅れて入線したのは事実ですから、そりゃあ落ち込むこともあるでしょう。

 やはり競走、とりわけGⅠは、思うようには行かない。競走を含めてありとあらゆる闘争は、相手あってのものだと思い知らされます。また鍛え直しが必要ですわ……さて、あの怪物(オルフェーヴル)にどうやって勝とうかしら。

 

「くっ……ぜ、全然、届かなかった…」

 

 そんなところに、耳に入る小さな呟き。オボロイブニングさんです。

 

「イブニングさん、お疲れ様でした」

「……大敗だったんだけど……」

「それはあくまで結果論ですわ。先輩方を相手にしてどこまで自身の力が通じるか、ということを客観的に確認できたのですから、むしろ得だったのでは? 少なくとも、私はそう思っています」

 

 言うなれば模擬試験みたいなものでしょう。今の自身の実力で、行きたい高校や大学を受験して合格するかどうか、それが客観視できるのです。競走と同じではないでしょうか。

 

「それって、要はテストと同じってこと?」

「言うなれば、そういうことですわ」

「……すごいね、そこまで割り切って考えられるんだ…。私は、そんなにメンタル強くないかな…」

「負けて落ち込むのもまた、自然な反応ですよ。イブニングさんからはそうは見えないかもしれませんが、私も落ち込んでいるのです。勝てなかったんですから」

「掲示板入れてるなら十分でしょ…」

「せっかく走るなら、勝ちたいのですよ。応援者(ファン)の皆様も、私の勝利がお望みでしょうし」

「あ…それは確かにそうね」

 

 イブニングさんも大概実力は高いと思うんですけどね。GⅠに出走している時点で、かなり上澄みの方ですし。

 

「ひとまず、今回は私とイブニングさん、どちらも勝てなかったので、勝負は引き分けという形になるんじゃないでしょうか?」

「そうですね。私も、いつか貴女に先着したいですし」

「では第一回目の勝負は引き分けということで…。次こそは決着を付けましょう」

「そうですね。ね、キタサンさん?」

 

 言われて気付いてみると、いつの間にかキタサンさんが近寄ってきていました。

 

「イブニングさんの言うとおりだね! あたしも今回は全然ダメだった…ブレイズさんに抜かれてからはどんどん抜かれるばっかりで、多分10着くらいだと思う…。だから、次は勝ちますっ! ブレイズさんにも、イブニングさんにも!」

 

 こういう切り替えの早さと楽観性は、キタサンさんの美徳だと思うのです。

 

「よし、なら私もまた頑張ってみる。キタサンさん、ブレイズさん、次こそは私が勝ちますよ」

「イブニングさんも良い顔になりましたね。良いでしょう、また公式戦で戦いましょう。決着はその時に、ということで」

「はいっ!」

「オーケー、私もまた鍛え直します」

 

 …こういう時、宿敵(ライバル)の存在はありがたい。また頑張ろうという気持ちになる。

 今年はもう競走はありませんから、まずは年末年始の冬休みを利用して英気を養いましょう。そして、来年また全力で戦うまで。

 

 

 中山レース場の地下通路、やや薄暗いそこは幾つもの顔を持つ。ある時は戦場(ターフ)へ向かうウマ娘たちの闘志がぶつかり合うアツい空間と化し、ある時は優勝者の凱旋ロード。そしてある時は、奮戦虚しく夢破れた者たちの悲哀を冷たく受け止める。

 その地下通路を、ブーツの底を鳴らしながら歩いていたオルフェーヴル。それを待ち受けていた者があった。

 

「オルフェさん、優勝おめでとう」

「……ジェンティルか」

 

 壁にもたれ、オルフェーヴルの威光に怯む様子を欠片も見せないジェンティルドンナ。この辺りはさすが貴婦人と言うしかない。

 

「なかなか素晴らしい走りでした。…砕き甲斐がありますことで」

「あの時の轍は踏まん。中山(ここ)であろうとどこであろうと、次に貴様と戦った時には我が威光に跪かせてくれる」

 

 あの時、というのは以前のジャパンカップである。オルフェーヴルはジェンティルドンナに先着を許してしまったのだ。

 

「あらあら、それは結構なことですわ。

とはいえ、」

 

 不意に、ジェンティルドンナの声の響きが変わった。何かを忠告するようなシリアスな言い方に。

 

「私だけが貴方に敵すると思わない方がよろしくてよ」

「……何が言いたい」

「お気付きになっていたでしょう? 私と同じ、ティアラ路線の後輩の実力を」

 

 僅かに考える素振りを見せた後、オルフェーヴルは冷たい調子で言った。

 

「……ほんの些事だ。後輩など、貴様もろとも平伏するのみよ」

 

 言われたジェンティルドンナも、涼しい顔をしている。

 

「ふうん…まあ、それもそうですわね。あの娘は今日、貴方に敗れましたし。

ただ、あの娘には私も一目置いていますの。その点はお忘れ無きようにね。では、ごきげんよう」

 

 言いたいことはそれで終わりだったらしく、ジェンティルドンナは優雅な所作で身を翻した…と思いきや。

 

「せいぜいご注意召されよ……最後に見た景色が、死兆星の(びゃっ)(こう)とならぬように」

 

 立ち去り際に爆弾を投げ込むことを忘れなかった。

 

「………」

 

 少しの間、無言で佇んでいたオルフェーヴルだが、やがて先ほどと変わらぬ力強い足取りで控室へと向かい始める。彼女がいったい何を考えているか、その瞳から窺い知れる者は皆無だった…。

 

 一方、東京都府中市内 「パブ 流星の止まり木」。

 

「あああぁぁ……」

「嬢ちゃん、負けちまった…!」

「うーん、さすがはオルフェってとこか」

 

 2バ身差をつけられてのシルヴァーブレイズの敗北に、客たちが一斉に落ち込んだ。その様子を見たマスターも、沈痛な顔をしている。

 

(やはり手強いか。だが、嬢ちゃんの戦績も決して悪くない…)

 

 あれだけの数のGⅠウマ娘を相手にして、有マ記念という大舞台で2着である。勝ちこそ取れなかったが、戦績としては十分だ。

 

「えー皆様、ブレイズの嬢ちゃんはオルフェーヴルにこそ勝てませんでしたが、その他のウマ娘を向こうに回して勝っています。ならば、来年こそはきっと有マを勝ってくれると信じましょう。

ということで、今から残念賞タイムセールを行います! 奮ってご注文くださいませ!」

 

 商魂逞しいマスターである。

 本日はクリスマスということで、セールの内容は「クリスマスのご馳走」だ。対象メニューはミンスパイ、トライフル、クリスマスプディング、キャロットケーキと、ローストターキー+グレイビーソース、ローストビーフ、ヨークシャープディング、スタッフィングなどなど多岐に渡る。かなり気合を入れて用意していたものと見えた。

 

「おっしゃ食え食え! マスターの厚意だ、無駄にすんな!」

「酒あるか? お、あるな! じゃ、キャロットケーキとアイリッシュコーヒーのセット頼む!」

「ターキーあんのか! そんじゃ、ちっと早ぇがガッツリ食うか!」

「おいお前、家族いねぇのか…って、そういや独身だったな」

「それ言うなぁぁ! せっかくターキーと黒ビールで忘れようとしてんのに!」

「マスター、トライフルと紅茶のセットお願いしていい? ダージリンで!」

「承知致しました。順番にお出ししますので少々お待ちくださいませ!」

 

 本日も「流星の止まり木」は盛況である。

 

 また、府中市の別の一角では、

 

「ブレイズさん…また、負けちゃった……」

 

 TVの前でしょんぼりとするアララギ。彼女もブレイズ応援派である。

 だが、以前のジャパンカップを経て免疫ができていたらしい。ちょっと落ち込んだものの、アララギはすぐに立て直した。棚に置かれた蹄鉄…ジャパンカップの直後にシルヴァーブレイズに貰った、「絶対に諦めるな」と彫り込まれた記念品をちらっと見て。

 

「ううん、でもブレイズさんは言ってた、勝負はそう上手く行くもんじゃないって。そして、1年掛かっても勝つ、とも言ってた…なら、来年のブレイズさんを信じよう!

私も、頑張らないと…」

 

 アララギも来年の2月にはトレセン学園を受験する身である。

 トレセン学園は、ウマ娘たちの進路の第一選択にも上がるほど人気のある学校だ。特に府中市に所在する中央トレセン学園は、全国から脚利きの実力者が受験しに来る激戦区である。並大抵の努力では合格できない。

 少し頭を冷静にしようと、アララギはテーブルに置いてあった袋に手を伸ばした。中身は、サトノグループ系列のパン屋が発売した「銀星アップルパイ」である。ただ、残念ながらこれはいわば"簡略版"である。

 "完全版"はトレセン学園に合格してから…と、アララギは決めていた。

 

「ブレイズさん…待っててください。私も、そっちに行きます…!」

 

 静かに呟き、アララギはアップルパイを齧った。

 

 

 一方、関西地方某所。

 

「ブレイズ…」

 

 ショウワ・エラ・アトモスフィア漂うアパートの一室、古ぼけたTVの前で静かに呟いたのは、シルヴァーブレイズの母シルバーアクセサリである。TVには掲示板が大映しにされており、「確定」の赤い文字が光っていた。

 

「勝てなかったけれど…あの有マ記念で2着はすごいわ。私は重賞出走さえできなかったのだから……よく頑張ったわね」

 

 目尻に浮かんだ涙をそっと拭うと、シルバーアクセサリはスーパーで買ってきたチョコケーキの袋を開けた。このケーキもまた、シルヴァーブレイズが手がけたものである。ジェンティルドンナの厳しい監修を経て、「廉価ながら高級感のある、しかし甘すぎないイギリス風チョコケーキ」として完成、ジェンティルドンナ実家の系列のベーカリーから発売されていた。

 

「無敗トリプルティアラに、ジャパンカップも有マ記念も2着……すごいわ。これだけの成績を挙げたのだし、そろそろ一度、帰ってらっしゃいな」

 

 口にしたチョコケーキは評判通り甘く…そして、ほんのちょっぴりほろ苦かった。

 

◆◇◆◇

 

 皆様、ごきげんよう。シルヴァーブレイズですわ。

 今日は12月27日。学園は明日から冬休みに入る…つまり今日が2学期の終業式で、team training はまだしも、講義はありません。その代わりに宿題は山ほど出されましたので、勉強は(自習になりますが)たっぷりとできますが。

 生徒の帰郷も始まっており、食堂で見かける顔ぶれも櫛の歯が欠けたように少しずつ数が減っています。年末年始は実家で過ごしたい方が多いんですね。かくいう私も今年は実家に帰るつもりです。そろそろ帰ってこい、と母に言われているのもありますし。

 

「それじゃ、今年1年お疲れ様でした! かんぱーい!」

「かんぱーい!」

「乾杯ですわ」

 

 今は3時のお茶の時間です。お相手は我が同室のリナルドモントバンさんにサニーさん、アウダーチさん、そしてサトノクラウンさんとサトノダイヤモンドさん、キタサンブラックさん。

 

「うん、やっぱりブレイズさんの淹れた紅茶は美味しいわね! サトノ家のメイドが淹れたものにも負けてないわ!」

「クラウンさん、それは過大評価というものでは?」

「私も、ブレイズさんの紅茶は美味しいと思いますよ?」

「ダイヤさんまで?」

「あたしは、紅茶はよく分からないけれど、美味しいと思うよ!」

「キタサンさんは純粋ですわね…」

 

 今回は、クラウンさんとダイヤさんが持ってきてくださった茶葉を使っておりますが、また高価そうな…というか、缶に「FAUCHON」とか「Ridgeways」って書いてある辺り、平然と高級品出してますよね?

 

「うーん、ブレイズさんに勧められてから私も紅茶の淹れ方を変えてみたんですが、やはりティーバッグでは限界があるのかな…。香りとコクが全然違います」

 

 残念そうに呟くアウダーチさん。

 

「これもしばらくは飲めないんですね…」

「言っても1週間前後ではありませんか。もしかしてアウダーチさん、依存症みたいになってません?」

「そんなことはない、と言いたいですが否定しきれません」

「いや、そこは違うと即答してほしかったのですが」

 

 物質依存症はなかなか厄介ですわよ……。

 

「ブレイズちゃん、紅茶も料理も美味しいからねー」

 

 そう言いながら茶菓子をつまむサニーさん。

 今回は、ちょっと奮発して完全編成の full course を用意しました。といっても、果物+甘味+ sandwiches and scones の三段重ねです。

 

「それなー。ブレイズのサンドイッチにはホント助かってる、夜の軽食にちょうどいいんだよねー」

 

 スモークチーズとサーモンを合わせたものを頬張っているモントバンさん。この我が同室生は、しばしば夜の軽食に私の作った sandwiches を求めてくるんですよね…。

 

「ブレイズさんのアップルパイ、実はサトノ家でもティータイムのお茶菓子になってますよ? 執事やメイドにも、なかなか本格的な英国式アップルパイだって好評なんです♪」

「ちょっとダイヤさん、それ初耳なんですが…? なんでこんな素人作品がそんなところに顔を出してるんですの?」

「あれのどこが"素人作品"なのよ? ブレイズさん、それは過小評価のしすぎね。貴女のアップルパイは一流の品よ、このサトノクラウンが断言するわ」

「そんな、クラウンさんまで…」

 

 なんでこんな高評価受けてるんでしょうか…?

 

「あと、確かこのチョコケーキってブレイズさん試作なのよね? ジェンティルドンナ先輩の実家の系列のベーカリーから仕入れたんだけど」

「ええ、その通りです。あの先輩、要求水準が高いの何のって……ここまで落とし込むのが大変でしたわ」

「あー、言われてみれば…これ、イギリス風チョコケーキって触れ込みだけど、イギリスのケーキってハイカロリーで重たいのが多いわね。この濃厚なチョコレートの味を確保しながら、限界までカロリー抑えて、しかもちょっと高級そうなのに廉価に抑えるって、よくやったわね」

「本当に疲れましたわ……」

「ブレイズちゃん、遠い目してるよ…?」

「そんだけ苦労したんじゃねーの? あたし、部屋でブレイズがうんうん唸ってるの見たことあるよ、机いっぱいにレシピぶちまけてあーでもないこーでもないと悩んでた」

「私も見覚えがありますね。寮の厨房借りてチョコケーキ作って、これじゃまだ濃いとぼやいてましたね」

「あと、チョコケーキの試作あたしたちに分けてくれたよね! 味の感想聞いてまた悩んで」

「なんで皆さんそんなにはっきり覚えてらっしゃるんですか……」

 

 あれ、なかなか地獄だったんです…。本当に、ジェンティル先輩の要求が厳しい…!

 

「それだけ頑張ったからこそ、発売と同時に完売連発したんじゃない? ブレイズには結構なインセンティブ入ったでしょ」

「それはそうですが、苦労の割に合ってない気がします…なかなか神経削られたんですのよ?」

「ジェンティル先輩としても、確実に売れる物を欲したんじゃないですか? クラちゃんもビジネス手掛ける時によく意識してるし」

「ダイヤはそういうのよく見てるから、分かっちゃうわね」

「まー、難しいこと言ってないでとりあえず食べなよー。美味しいよ」

「…ん、確かに美味しいですね。チョコレートが濃いのに全然しつこくない…ブラウニーみたいです」

「しかも大きいよね! 多分だけど直径20㎝はあるんじゃない?」

「これで1個300円ちょっとってすごいよね!」

 

 妥協を全く許してもらえず、必死で要求に喰らいついてどうにか達成したものなので、それを軽いように言われるのはどうかと思いますが……まあ、喜んでもらえたなら全て良しですわ。

 

「これ食べてると、レースの苦い記憶も忘れそうになるねー…」

 

 サニーさんのこの一言がきっかけで、今年の競走のことに話題が変わりました。

 

「サニーさん、条件戦で苦労されてましたわね。最終的にGⅢも勝てたんですから、頑張った甲斐があったのでは?」

「それはそうだけど、隣でブレイズちゃんがGⅠ連勝してるし、先輩方もオープンクラスには上がってるんだから、その中で1人だけ条件戦クラスってすごいプレッシャーだよ!?」

「まあ、仰りたいことは分かりますわ」

 

 私で言うなら、ジェンティル先輩とオルフェーヴル先輩に挟まれているようなものでしょう。胃が休まる気がしませんね。

 ちなみに、サニーさんの戦績は13戦5勝。GⅢ「みやこステークス」を(ハナ差でしたが)制した辺り、実力はなかなか確かです。本人の素質もあると思いますが、やはり trainer さんや先輩方のご指導の賜物と考えるべきでしょう。

 

「そのブレイズとルームメートになったあたしも大変なんだけどなー」

「モントバンさんはもうちょっと努力してくださいませ。定期考査も競走もさんざん苦労されてるじゃありませんか」

「……ぐう正論すぎて何も言えねー……」

 

 銀星アップルパイを持ったまま潰れるモントバンさん。ちなみに彼女も条件戦をやっと脱したところで、重賞どころかOP勝利もまだ、戦績は10戦3勝というものです。

 

「この集まりだけでGⅠウマ娘が3人もいますからね」

「それアウダーチちゃんもでしょ?」

「マイルレースばかりなので、皆さんのように長くは走れないんですが…」

「いや、マイルCS勝ったんだから十分だと思うわよ?」

「クラウンさん、ありがとうございます」

 

 アウダーチさんがNHKとマイルCSで2勝、キタサンさんが去年のホープフルSと菊花賞で2勝。で、私は…

 

「一番ヤバいのブレイズだよな」

「間違いないわね。無敗トリプルティアラ込みで11戦9勝11戦連続連対ってとんでもないわよ」

「これだけ勝ってたら、クラシック級URA賞受賞も間違いないかと思います」

「この前の有マ記念、クラシック級で出走したメンバーのうちあたしが11着、オボロイブニングさんが18着なのに、ブレイズさん2着に突っ込んでるもんね…」

 

 そうなのです。ようやくGⅠでの対決となったオボロイブニングさんですが、三冠とは全く異なる雰囲気に完全に呑まれたのか、掛かってしまったらしく、馬群から3馬身離されての最下位入線といいとこ無しの大敗に終わっているのです。あの方、私の目から見てもなかなか良い末脚をお持ちなので、この一敗を以て見損なうことはありませんが…彼女は少々、精神面の鍛え直しが必要かもしれませんね。

 キタサンさんも同様に、私に抜かれたのを皮切りに次々と後続に抜かれてしまい、結果は11着。もうちょっと健闘していただきたかったものです……来年に期待、ということでしょう。

 

「しかも、相手はオペラオー先輩にブライアン先輩、グラス先輩、スペ先輩…」

「考えるだけで眩暈がしそう…」

「何で皆さんそんなに引くんですか!?」

「いや、そりゃこんなバケモン目の前にいたら引くっしょ」

「……ひ、否定できませんわ…」

 

 言われて考えると、我ながら凄まじい戦績ですね…。

 

「みんなは来年どうすんのさ? 今の路線のまま突っ走るわけ?」

 

 そうか、モントバンさんの言う通り、来年のこともそろそろ考えておかないと…。来年といえば、「ジャパンカップ」の時にイラストリアス様に言われた「ロイヤルミーティング」招待の件、どうしましょうか。

 

「あたしはテイオーさんと同じように、シニア王道路線かな! トレーナーさんとの交渉次第だけど」

 

 真っ先に答えたのがキタサンさん。

 

「いや、沖野さんはウマ娘の希望を第一にする方ですから、ほぼ通るでしょうに」

「それはそうなんだけど、一応ね? そういうブレイズさんは?」

「正直なところ、私も王道路線になりそうなんですよね…」

 

 私の距離適性・馬場適性を考えると、それが最もあり得そうな途なのです。ただ、天皇賞・春を勝ったなら、英国遠征が視野に入ってきます。

 イラストリアス様から招待されたのは、「ロイヤルミーティング」の目玉競走の1つ、「ロイヤルアスコットゴールドカップ」。あれは4,000メートルを超えるというとんでもない長距離走ですから、3,200を勝てなければ挑戦しても結果が目に見えているでしょう。

 

「あたしももしかしたら王道路線になるかも。今はまだ実績足りてないからGⅠ走れないけどさー」

 

 これで王道路線組は3人。尤も、モントバンさんはGⅠに出られるようになるまでにいま少しかかりそうですが。

 

「アウダーチちゃんは? またマイル路線?」

「そうですね、1,800以上は厳しそうですから芝のマイル路線で確定でしょう。とりあえずの狙いは安田記念とマイルCS。あとはヴィクトリアマイルとか…もしかしたら短距離という可能性もあります」

 

 まあ、こちらもこちらでこんなもの、というところでしょう。

 

「サニーさんも路線は変わらず…で、早ければ来年早々GⅠ、と」

「え、サニーさんもGⅠデビューするの?」

「うん…早かったらフェブラリーSだって。どうしよう、GⅠなんて緊張しかしないんだけど…」

「それだけサニーさんの実力が高いってことですよ。

胸を張って堂々として、そしていつも通りの走りをすれば良いのです。勝てればそれで良し。負ければ何が不味かったか振り返って、次の勝利に繋げることが大事です。明日のために今日の屈辱に耐える、それもまた必要なことですよ」

 

 私がお気に入りにしているとあるSF作品から、台詞を拝借しました。

 

「いつも思うんだけど、なんでブレイズちゃんそんな自信あるの? 全然緊張してないよね…心臓に毛でも生えてるの?」

「そんなことは全くありませんわ。緊張はしていますよ。ただ、それ以上に自分の実力を試す機会を得られたことに感謝し、どんな敵と戦えるかと思うと楽しみになるのです」

「「「………」」」

 

 …あれ? 何故か皆さん後ろに身体を引いてらっしゃる…?

 

「ブレイズさん? その…なんかものすごく怖い笑顔をしていますよ?」

「え?」

 

 アウダーチさんからやんわりと注意されました。

 

「あー…その強敵をどうやって打ち倒そうかと考えると、余計にわくわくするんですの」

「バトルジャンキーじゃん…」

 

 さらに引くモントバンさん。いや、戦場に立つ者ってそういうものなのでは?

 

「ブレイズちゃん、さらっと怖いこと言うんだよね…」

「ええ、私もちょっと驚きました」

 

 サニーさんにまで引かれて…うぐぅ。

 

「あ、ダイヤちゃんはどうする? 来年クラシック級だけど」

 

 そう、実はサトノダイヤモンドさんは「トゥインクル・シリーズ」への参加が私たちより少し遅く、来年三冠を走るのです。

 

「ダイヤは三冠路線を目指します。そろそろGⅠを取れれば良いのですが…」

「ダイヤの素質と実力なら、皐月賞、ダービー、菊花賞のどれかは取れるわよ」

 

 うーむ、私の目から見ても、サトノダイヤモンドさんはなかなか素質のある長距離走者なんですよね。将来的に、どこかで戦うことになるのかしら。

 

「クラウンさんはどうされるのです?」

「私はね、海外遠征するつもりよ。目標は6月のクイーン・エリザベス2世カップ!」

「海外ですか。名前からすると英国の競走でしょうか?」

「いえ、香港よ。楽しみね!」

 

 言われてみれば、遠征先なら香港とか中東(ドバイ)、豪州という線もありましたね。私は欧州の方をよく見ていましたが…。

 海外か…行くならやはり英国ですね。

 

「みんな、いろいろ目標あるんだなー…あたしも何かやってみるかなー…」

「言質取りましたよモントバンさん? 有言実行でお願いしますね」

「げっ…しまったブレイズに言質取られた…」

「せめて高等部に上がれるように頑張りなさいな」

「そうだった! 高等部進級試験受からなきゃヤバいじゃん!」

 

 お忘れかもしれませんが、トレセン学園にも高等部進級試験があります。自動的に上がれるとは限りませんよ…?

 

「ブレイズ…助けて…」

「もちろん支援はしますが、最終的にはモントバンさんの努力次第ですよ? そこのところはお忘れ無きように」

「うう…頑張る…」

 

 是非とも有言実行していただきたいものですね。

 授業が無いと、というか楽しい会話をしていると、時間ってあっという間に過ぎ去るものですね……気付いた時には夕飯前になっていたのでした。

 

◆◇◆◇

 

 翌12月28日。「パブ 流星の止まり木」での今年最後のお勤め。

 今から勤務開始なのですが…私は今、猛烈に怒っております。かつてここまでブチギレたことがあったかしら、というくらいに。

 

「おう嬢ちゃん、着替えてきた…か…?」

「Master さん? …詳しく、説明してくださいますこと? 今私は、冷静さを失いかけていますの」

 

 その全ての原因は、これです。私が後ろ手に引きずっている……

 

「な、何のことだ?」

「とぼけても無駄ですわ。…この、私そっくりの案山子(かかし)はいったい何なんですの?」

 

 勝負服を着せられた、私そっくりの案山子。ご丁寧にも身長や体型まで私に瓜二つ。着替えた後、店に補充分の茶葉を持っていこうとして倉庫に入った時に見つけたものです。棚と壁の間の隙間に、布を被せて置いてあったのを見るに、私に見つかったら不味いと判断して隠していたのは間違いないでしょう。

 ここまで似ているとなると、私の体格に関する情報の漏洩を疑わざるを得ません。呉服屋辺りから漏れたのかしら。

 

「やっべ!」

 

 私が引きずってきた案山子を見てさっと顔色を変える master さんと、

 

「げっ、ブレイズ大明神!」

「見つかっちゃったか…! 思ったより早かった…!」

「ああああ…お許しくださいブレイズ様…!」

 

 何故か騒ぎ出すお客さんたち。

 …まさか、こいつら全員グルか!

 

「詳細な説明を求めますわ。吐きなさい、正直に」

「…バレちまったもんはしょうがないか……」

 

 肩を落とした master さんを問い詰めて口を割らせたところ、ざっと以下のような内容を聞き出せました。

 

・私の無敗トリプルティアラ達成を記念して発売された勝負服の模造品、それを購入したこと。ここまではまだ良い。

・何故か、この酒場の主人と客の間で、私そっくりの人形を作ろうという話が出てしまい、商店街の店主たちがそれぞれ分担して人形を作り上げてしまったこと。

・呉服屋からの情報提供で私の体格そっくりに作られてしまい、さらに理髪店の店主や文房具屋の店主の働きにより、ここまで完成度の高い案山子ができたこと。

・以上の全てが、私の許可を得ることなく勝手に行われたこと。

 

 断じて許しがたし!

 

「いったい何をやっているのですか貴方たちは!!!」

「「「「「すみませんでしたあ!!!」」」」」

 

 腕組みをしたまま怒鳴った私に、土下座する勢いで頭を下げる master さんとお客さんたち。たぶん、私の顔は何というか…あの、能で使うお面で、頭の両側に角が生えたもの…そう、般若か真蛇。あんな顔になっていたでしょう。

 全く、いったい何をやっているのですかこの人たちは! 私の生き写しと言われても過言ではない完成度の案山子を作るなど…! そしてそれを止めなかった master さんも大概です!

 私はどちらかといえば寛大な方だと自認していますし、掲示板などでの他者評価でも『ファンとの距離が近いし、ファンに優しい』などと言われていますが、その寛大さを以てしてもこれは許容範囲外です!

 

「肖像権とかそんなの考えなかったんですの!?」

「…まあ、頭に(よぎ)りはしたというか…」

「ならなんでそこで止めないんですか!」

「悪ノリというか、何というか…」

「インスピレーションに任せてやっちまった! 後悔はしてねぇ!」

「自慢げに言うことじゃありません!」

「まあまあ嬢ちゃん、その辺にして…」

「反省の色が見えないんですが!」

「ヒエッ…お許しを……」

 

 30分くらい説教して、どうやら下手人どもが全員反省したようなので、落とし所をつけることにします。これ以上反省会してもキリがありませんし。

 

「…その案山子ですが、店内での常設を含めた一般公開は厳禁とします。競走を応援する時だけ店内に出すとかにして、内輪でのみお使いなさい。

今すぐ解体しろと言わないのがせめてもの温情ですわ! 良いですね!」

「「はい!」」

「返事が小さい!!」

「「「「「はい!!」」」」」

 

 あんな代物を作るなんて……本来なら即刻解体しろと命じるところですが、芸術作品めいた完成度に免じて即時解体だけは許して差し上げます。

 

「あと、このやり取りは録音しております。もし契約を破って一般公開しているのが見つかれば、この案山子を問答無用で解体させますからそのつもりで。良いですね?」

「「「「「はい!!」」」」」

 

 ただし、釘を刺すことは忘れずに。

 初っ端からこんな不祥事があった訳ですが、本日の売り上げ自体はなかなか好調でした。

 

「マスター、こっちに"銀星"を1切れ! あ、セットの紅茶はダージリンで頼む!」

「承知致しました、少々お待ちくださいませ」

「初めて来たんですけど、この店のおすすめってアップルパイなんですか?」

「お、一見さんかい? この店じゃ"銀星"って呼ばれるアップルパイが一番人気だよ。

シルヴァーブレイズさんは知ってるかい?」

「それはもちろん、今年の無敗トリプルティアラウマ娘ですよね?」

「そう、こいつはその娘が作ったアップルパイなんだ。本格的なイギリス式アップルパイで、これがめっぽう旨い。こいつを知ったら、他のアップルパイなんて食べられなくなるよ!」

「そうですか、教えてくださってありがとうございます。それではマスターさん、アップルパイをホールでお願いします」

「承知しました。嬢ちゃん」

「はい、ご注文の"銀星アップルパイ"でございます」

「え…? え、ちょっと待ってシルヴァーブレイズさん!? 本物!?」

「如何にも。今はこの店でアルバイト中ですわ。

すみませんが、記念撮影その他は少し後にしてくださいませ、ただいまバタバタなのです」

「えっ、はい! ありがとうございます!」

 

 こんなところにも応援者(ファン)の方が。

 

「さむー、冷えちまった…マスター、サンドイッチと熱々のアールグレイのセット頼めるか? シナモンスティック付けてくれ…おやっ、今日はブレイズの嬢ちゃん来てんのか!」

「こんにちは、お久しぶりですね。今年最後のお勤めになりますし、今日は"銀星"も紅茶も腕によりをかけますよ」

「おっしゃ、ラッキー! 今日は紅茶が美味いぞこりゃ!

あ、そうだ。マスター、ここってパブだけど歌手付けることって可能か?」

「歌手ですか? …もしや、ブレイズの嬢ちゃんのリサイタルを御所望で?」

「おうよ、嬢ちゃんウイニングライブやってるし、聖歌隊員もやってんだろ? たまには生で聴きたい」

「贅沢な注文してきますわね…どうします、master さん」

「初の試みになりそうだな…よし、やってみよう。業務に支障が出ないよう、時間区切って歌ってみるかな」

「曲目は?」

「リクエスト受けるのが良いと思うけど…嬢ちゃん自信はあるか?」

「まあ、それなりに」

「よしやろう!」

 

 ということで、また1つとんでもない業務が追加されてしまったのでした。来客には楽しんでいただけたようですが。

 ちなみにアルバイトが終わった後で、master さんからいきなり10万円も渡されました。

 

「あの、これは…?」

「リサイタルという臨時業務に対する報酬が3万円。残りは、今年1年お世話になりましたって形の…まあボーナスみたいなもんだ。

嬢ちゃんも里帰りすんだろ? それで親御さんに何か旨いもんでも食わせてやりな」

「……そういうことなら、ありがたく頂戴致します。今年はお世話になりました」

「おう、こちらこそな。来年もよろしく頼むぜ」

 

 この master さん、人が良いのは美点なのですが……あの案山子だけは許すまじ。

 

◆◇◆◇

 

 12月29日。もう年末も目と鼻の先。

 明日には東京を離れ、一度故郷へと帰る身。我が同室のリナルドモントバンさんや、サニーさん、アウダーチさんも冬休みは実家で過ごすとのことで帰省しておりまして、今日ばかりは私も1人ぼっちです。

 暇潰しに冬休みの宿題をしてばかりいても仕方ない…ということで、久方ぶりに星空観察と洒落込むことにしました。冬は空気が乾燥して澄んでいますから、都市部でも星がわりと綺麗に見えるのです。

 学園を離れてちょっと遠くにある公園まで出てきてみると、やはり星が綺麗に見える…。軽い夕食代わりにと持ってきた、手作り"ベーコンレタスサンド"も、いつもより美味しく感じます。味変もできますし、持ってきて良かった、粉胡椒の瓶。

 軽食を摂った後は、高台の展望台に登るのではなく、敢えてその側の草地に寝転ぶという選択をして夜空を見上げることにしました。ずっと上を向いていると、首が痛くなりますし。

 やはり星は良い…何も考えずに星空を見上げていると、心が洗われる気がします。

 そして、新たな決意も湧いてくる。あの空に浮かぶ星のごとくに無数にいる競走ウマ娘、その中で勝ち続けて身を立て、一等星のように輝くことで偉大な祖先に並び立とう、という意志が。

 その夢を果たすには、戦って打倒すべき敵が最低でも2人いる。ジェンティルドンナとオルフェーヴル。あれほどの実力者を如何にして打ち倒すか……そもそも努力したとて手が届くのかどうか。それでも、やる以外の選択肢はありません。

 それに、あれくらい強大な敵がいてこそ、勝負も燃えるというもの。横綱相撲ばかりでは、逆に退屈でしかありません。目標とするにはちょうど良い相手でしょう。どうやって倒すか、少し楽しみですわね。

 

「……?」

 

 ん? 何か、聞こえたような…?

 寝転んだまま、ピンと耳をそばだてる。妙な物音らしきものは聞こえず、気配も特に感じない……気のせいでしょうか?

 

《……ョウ…》

 

 何か聞こえた、やっぱり気のせいじゃない!

 それを知覚すると同時に、首筋が粟立ち、本能が警戒警報を鳴らし始めるのを感じる……ゆっくりと上体を起こし、周囲の様子を伺う。前…異常無し。右…異常無し。左…異常無し。

 そして後ろを振り返った瞬間、私の視界に飛び込んできたのは、闇の中からこちらに向けて突っ込んでくる一対の紅い光でした!

 

「!」

 

 何らの対処行動を取る暇も無く、飛びかかってきた何かに押し倒されてしまいました…人間のようですが、奴め、私の首を狙っている!

 

「くっ!」

 

 とっさに相手の両手を私の両手で防ぎ止めたものの、両手を塞がれたこの状況では大腿に仕込んだ暗器を使うことも不可能。

 下敷きにされたこの状況では明らかにジリ貧。しかもどうやら、相手は私の喉元に牙を突き立てようとしているらしい。

 もはや残された時間は無い。拘束を振り解くにも動かせる物は……あぁ、1つだけあるじゃないですか。

 これをやってしまうとどれだけの傷を負うか分かりませんが…今は、これに賭けるしかない!

 

(チョウ)(ダイ)…あなたの全てを!」

「舐め、るなぁっ!!」

 

 戝が口を開いた瞬間、上体を勢いよく跳ね起こすと同時に相手の顔面に思い切り頭突きを喰らわせました!

 がん、という鈍い衝突音と共に、脳天から喉元まで結構な痛みが駆け抜ける…頭が少しクラクラしますが、それを無視して悲鳴を上げる相手の腕を振り解き、空いた両手で相手を振り落として、最後に相手の腹部を全力で蹴り飛ばして脱出に成功。あとは…三十六計逃げるに如かず!

 

Hard a-starboard(取り舵いっぱい), Course one-eight-zero(針路180度)Full steam ahead(全速前進)!」

「ふふふ、あははハハはハハハははっ!

あなたのその銀色を、喰らってしまいたぁぁぁぁぁい!」

 

 くっ、相手が追いかけてくる…思ったより速い! さっき腹部を蹴飛ばしたばかりだというのに、一向に痛痒を感じていない様子なのが恐ろしい。私、あれでも手加減無しに蹴りを入れたのですが…。

 学園や寮までの距離を考えると、寮の玄関を開ける前に捕まることは明白です。

 どうするか……考えろ私! 相手との距離を測ると共に、袋小路に入らないよう周囲をよく見ろ、頭を回せ!

 そもそもこの襲撃者、何者なんでしょう。さっき公園で揉み合った時にちらっと見た限り、あろうことかトレセン学園の制服を着ていました…まさか学園の生徒? それとも、生徒に扮した変質者?

 ちらっと振り返ると、相手は背丈はおそらく私より少し高いくらい……成人女性としては小さい。学園の制服に硬い靴(ローファー)で、逃げる私をすごい速度で追ってくる…ヒトとは全く考えられない、ウマ娘か。よく見るとウマ娘の耳らしいものも見える。それ以上に気になるのは、紅い狂光を放つ相手の両眼と、その上…頭髪の辺りに見える白い布。まるで結婚式の被り物(ベール)のように、頭髪全体を覆うように広がっている。

 というかこの相手、記憶の片隅に引っかかるものがある。つまり…私はこの相手をどこかで見たことがある。

 直接会った覚えはない…となると学園内で遠目にちらっと見かけたか、または映像もしくは写真で見たことがある。どこで見た? 思い出せ!

 ……思い出したっ! あれは、中等部1年生の時に受けた、学園の歴史の授業!

 

『皐月賞、日本ダービー、菊花賞は"トリプルクラウン"や"三冠"と呼ばれ、クラシックレースの中心と位置付けられています。また、桜花賞、オークス、秋華賞は"トリプルティアラ"と呼ばれ、こちらも三冠路線と対を成してクラシックレースの頂点とされています』

 

 脳裏に蘇るのは、歴史担当の女性教師の声。そして、説明と共に黒板に貼られた、ウマ娘を写した数枚の写真。

 

『そして、この3つのGⅠを全て獲得したウマ娘は"三冠ウマ娘"と呼ばれ、大きな名誉称号となっています。

例えばクラウン路線では、最近オルフェーヴルが三冠を果たしています。また、現生徒会長のシンボリルドルフは、この三冠を無敗で成し遂げたウマ娘として、皆さんもよく知っていることでしょう。

ティアラ路線では、今のところ無敗三冠は達成されていませんが、三冠ウマ娘は3人存在しています。最初に達成したのがメジロラモーヌで、2人めが……』

 

 そうだ、写真で見た。この襲撃者は…2人目の triple tiara の覇者、スティルインラブ先輩!!

 いったいどうしてこの先輩が? というか、普段の先輩の様子とはまるで違う気がする…さては乖離性同一性障害というものか。いや、今はそれは置いておきましょう。

 相手の正体が分かった今、やるべきことが見えた。スティル先輩の競走記録はちらっと見たことがありますが、公式戦での最長競走距離は「オークス」の2,400。しかも、「秋華賞」以降の競走記録は1,800から2,200のものばかり。つまり…長距離を走れる体力(スタミナ)は無い。ならば、長距離走に強い私の方が有利です。

 そして、たとえ多重人格であろうと肉体の筋量や体力(スタミナ)の総量そのものは変えられない。走り続ければ必ず限界が来る。

 よって持久走に持ち込むか、あるいは速度を上げて相手の脚を消耗させ、体力の差を活かして戦うのみ! そして、相手を振り切る、乃至は相手を陥落させた上で、相手の体力が回復する前に寮の自室に逃げ込むが勝ち! いざとなれば暗器の使用も解禁します!

 奴の体力が尽きるのが先か、私の命が奪われるのが先か…負けない、生き残ってみせる!

 両足に力を込め、さらに速度を上げる。あっという間に公園を抜け出し…向かう先は多摩川河川敷方面! あそこなら結構な距離を走れるし、学園に戻るにしても道が分かりやすい。それに近くの住宅街に逃げ込んで、路地を活かして相手を振り切る戦法も使える。さらに人目を避けることもできる…尤もこれは諸刃の剣なのですが、虎穴に入らずんば虎子を得ず、危険を冒さずして希望は掴めない。ならば敢えて冒す価値はあるでしょう。

 そこまで思考を定めながら、赤信号が灯る寸前の横断歩道を高速で突っ切り…いけない、相手は信号無視して追ってくる。ですが逆に言えば、視野が狭くなって細かい所に注意が向いていない可能性がある。それもまた勝機!

 5馬身後ろに追跡者を引き連れたまま、どうにか河川敷に到着。ここからは信号機や自動車などの煩わしい存在はほぼいなくなる……私にとっても敵にとっても、全力で走れる環境が整う。ここならば、仕掛けてくる可能性が高い!

 

「アハはハハハははハハッ! 逃がさない…!!」

 

 やはり、相手が速度を上げてきた! ここでやる気か。よろしい、やれると思うならやってみるが良い!

 危険を承知で敢えて速度を落とす。相手との距離が3馬身、2馬身と縮まる…しかし1馬身より近寄らせはしない。再加速して相手の魔手をぎりぎりで振り切る! そしてここからは相手の体力が尽きるまで突っ走るのみ、下手なことは考えずに全力疾走!!

 もう少しで手が届きそうだけど届かない…その状況を作ることで、ただでさえ失われている相手の冷静さをさらに削り、脚を失わせていくのです。

 そして…切り札は我が手にあり。バトンというわけではありませんが、逃げ出す時に手に持ったままになった小瓶、この中身が重要です。

 

 走り続けることしばし、相手の息が荒くなっているのが分かる…ちらっと見ると、まだ私に追随してはいますが、少しずつ頭が上がってきていますね。体力が無くなってきた時に見られる兆候です。ならば…勝負はここで決める!

 手に持った瓶の蓋を開け、腕の振りに合わせて中身を空中に散布する。自分でこれを吸ってしまわないよう注意しながら。

 私の背中に迫っていたスティル先輩が、瓶からあふれ出た粉の漂う空間に突っ込んで…中身に気付いたようで手で払いのけようとしていますが、遅い!

 

「は、はくしょんっ!!」

 

 掛かった!

 瓶の中身はそう、あの粉胡椒です。競走ウマ娘の肺活量ってすごいですから、粉末胡椒はあっさり呼吸器に飛び込んでしまい、くしゃみを誘発するのです。ついでに鼻水と涙も誘発できますから、目潰しにはかなり有効なのです。そして粉胡椒の粒は小さいですから、七味唐辛子よりも防がれる可能性が低い。

 これで相手の脚を止め、視界と注意を奪って……その隙を衝いて一気に落とす! くしゃみで完全に脚を止めてしまったスティル先輩に、素早く反転して急接近。狙うはただ一点、さっき蹴りを入れた時の damage がまだ残っている可能性がある腹部…に近い急所、鳩尾。走ってきた勢いを乗せた一撃で仕留める。少々申し訳ないとは思いますが、御容赦を!

 ずどん、と握り拳が鳩尾にめり込む音。それが、戦いの終わりを告げる合図でした。

 

「ふう…」

 

 地面に崩れ落ちて完全に沈黙したスティル先輩、その身体に触れて反応が無いのを確認し、意識が落ちたことを確かめて…戦闘終了、何とか生き残れました。さて、この大荷物をどうやって持って帰るか……スティル先輩、私と同じ寮ですから今のうちに運ばないと面倒なんですよね。

 スティル先輩を抱き抱え、生存競走で疲れた脚を引き摺るようにして寮へと連れて帰ることにしました。すると寮の近くまで帰ってきたところで、意外な援軍に遭遇。

 

「奇遇だね……こんなところで"ランデブー"なんて……。ううん、"コリジョン"かな……?」

「これはネオユニヴァース先輩、こんばんは」

「スティルインラブ……"連星"だね。見つけてくれて、ありがとう……」

「連星…? ああ、そういえば…ユニヴァース先輩、スティル先輩と同室でしたね」

「アファーマティブ。"フライト"してくるね……」

 

 そう言うや、あっさり私からスティル先輩を受け取って寮に入っていくユニヴァース先輩。ありがたい、手間が省けました。

 さて…私も早めに寝ておかなければ。明日は早そうですし。全く、年の最後にとんだ「生存競走」でした。




ということで、クラシック級の年末でした。
振り返ってみると、シルヴァーブレイズは今年だけでも凄まじい活躍を見せています。今年だけで7戦して5勝、しかもまだ連対を外していませんから、去年(ジュニア級)の4戦4勝と合わせて11戦連続連対。そして史上初となる無敗トリプルティアラの達成。……これだけやれば、どう考えてもクラシック級URA賞受賞は間違いないでしょう。
そしてブレイズによる無敗トリプルティアラと、ゴルシによる宝塚記念二連覇、2つの「史上初」を成し遂げた《シリウス》の西郷トレーナーは、年間最優秀トレーナー賞を受賞できるでしょう。

今年のレースはもう終わり。しかし、彼女たちは既に来年のレースに思いを馳せています。特にサトノクラウンから海外遠征の話が出たことで、ブレイズはイラストリアスからの『ロイヤルミーティング』への招待を思い出しています。彼女がイギリスへ遠征する日は、果たしてくるのでしょうか。
また、「ブレイズ大明神」の存在がバレてしまったことで謝罪に追い込まれた「流星の止まり木」のマスターと常連客の皆さん。それは怒られても仕方ないレベルでやり過ぎでしょう…ブレイズそっくりの等身大人形を作るなんて。
そして、ついにスティルインラブの"内なる紅"にまで目をつけられるシルヴァーブレイズ。ブレイズはあの獣から逃げ切れるのか。そもそも、ブレイズとスティルがレースで戦う刻は来るのでしょうか。


評価9をくださいましたすこなの様
評価10をくださいました百合好き天魔王様
ありがとうございます!!
また、お気に入り登録してくださいました皆様、ありがとうございます! ついでに評価をポチッと押していただいたり、感想を書いて下さったりすると、執筆のモチベに繋がります。
それでは次回予告です。今回は…担当できるのはやっぱり主人公しかいないでしょう!

「今年1年、大変でしたわ…」

ブレイズ、お疲れ様。史上初の快挙達成、おめでとう!

「ありがとうございます。ですが、まだ足りませんわ。私の目標は『偉大な祖先に並び立つこと』であり、それを果たすにはまだ多くの勝利が必要です。来年も、勝利のため、そして私を応援してくださる方々のために、走り続けるつもりです」

無理だけはしないようにな?

「そうですわね、無事是名バは金言です」

来年はどうする気だ? とりあえず春シニア三冠か?

「ええ、そうなるでしょう。それに、イラストリアス様からの招待に応じるなら、最低でもその前に天皇賞・春を勝たねばならないでしょうし。
ただ、その前に果たすべき用事が複数あります。高等部進級試験に、聖歌隊のコンクール…予定は盛りだくさんですわ。
ということで、次回『1月は行く、駆け足で』 投稿はしばしお待ちいただけますと幸いです」
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