いよいよアララギちゃんの正体が判明しますが、皆さんは彼女の正体を把握できておりましたか?
皆様、ごきげんよう。シルヴァーブレイズですわ。
本日は4月8日。桜舞う季節になりました……と同時に、新入生が入ってくる季節です。私のいる栗東寮でも、布団やら何やらが多数運び込まれ、卒業生が使っていた部屋の掃除を手伝う等、新入生の歓迎準備が急速に進められました。
新入生といえば、私が気にしている方が1人います。そう、秋華賞の時以来、何度となく私の走りを見に来てくださっているアララギさんです。あの方、送ってきた手紙に『合格しました!』って書いてましたから、どこかで会えるでしょう。
っと、入学式はおそらく午前10時くらい。つまり私からしてみれば授業中です。となれば、今はあまり気にしても仕方ありません。ひとまず昼休みを待ちましょう、会えるとしたら最速の機会はそこです。もしそこで会えなければ、午後からの新入生案内を待つ、ないしはさらにその後の鍛練見学を待つ、それでも見かけなければ明日以降……なに、焦ることはありません。待てば海路の日和あり。
昼休みには、確かに新入生らしい方を複数見かけましたが、アララギさんは見かけませんでした。まあ、あの群衆の中から見つけ出すなんて、大西洋の真ん中で1匹のカレイを釣り上げるようなものでしょうし、私も見つけられるとは思っておりません。
さてさて、午後からの予定ですが、私は新入生案内役の1人に任じられてしまいました。これはまた厄介ですね……新入生に取り囲まれてもみくちゃにされる未来しか見えません。何せ私はこの派手な大流星と
しかし、後進を育成し進むべき途を示すのも先達の務め。その重要な一歩と捉えて、ノブレス・オブリージュの精神を保ちましょう。
毎年、新入生の案内は体育館を出発して、学園内をぐるりと一周するような形で行われるとのことです。しかも、相当昔から決まった道順になっているとのこと。私も入学した時にスーパークリーク先輩の案内で学園内を回りましたが、なるほど決まっていたのですね。
シンボリルドルフ先輩の言によれば、この新入生の案内役は、対外的に知名度の高い学園所属の生徒が任じられるそうです。実際、私の他に案内役に任じられたのは、アウダーチさん、キタサンさん、スペシャルウィーク先輩、トウカイテイオー先輩、ナイスネイチャ先輩、ジェンティルドンナ先輩、スマートファルコン先輩、グラスワンダー先輩、ゼンノロブロイ先輩。錚々たる面子が揃っていますね。
体育館には、ずらりと揃った新入生400名。ここから1人あたり40名をぞろぞろと引き連れて案内することになる訳です。…体格に優れるジェンティル先輩ならともかく、新入生よりちょっと身長高いくらいの体格しかない私に、40名分の圧を抑えきれるかどうか…。
どの学級の生徒を案内するかは、直前のくじ引きによって決められます。くじ引きの結果、私の担当は5組になりました。いったいどんな学生がいることやら…。
新入生案内ツアーの説明と自己紹介のために壇上に上がってみると、新入生からの歓声の大きいこと……憧れの先輩を間近で見られるばかりか案内してもらえるとなれば、興奮するのも分からなくはありませんが…もうちょっと声量を抑えられないものかしら。
「5組の案内を担当いたします、シルヴァーブレイズと申します。よろしくお願い致しますわ」
挨拶だけでキャーキャーいう黄色い歓声が…耳がおかしくなりそうですわ。
出発の順番が来るまで待って、5組の案内を開始…しようとした刹那、誰かが体当たりせんばかりの勢いで新入生たちの中から飛び出してきました。
「ブレイズさんっ!」
……え?
聞き覚えのある声、そして捻れた木の枝の髪飾りに特徴的な流星…この娘はっ!
「え、アララギさん?」
「はい! この組なんですっ!
まさかブレイズさんに案内してもらえるなんて…!」
目が、目が眩しい…! ものすごくキラキラしていらっしゃる…!
「あ、あとレーシングネームはちゃんと授かりましたよ! 私の名前は…」
と言い掛けた時でした。
「ちょっと、ドラっちー! もー、バナナとブレイズさんのことになるとすぐこれなんだからー」
人混みから抜け出してきたのは、長い青毛を2つに分け、猫みたいな口をしたウマ娘の方。どうやらアララギさんとお友達のようですが…あの水兵帽、どこかで見たような…?
「ヴィーちゃんだって、ドバイとセレブなことになったら止まらないじゃん! おんなじだよ!」
そのウマ娘に言い返すアララギさん。
「そうかなー?
あ、ブレイズさん、シュヴァちがお世話になってます! シュヴァちによろしく言っといてくださいねー!」
シュヴァち? はて、この発音にも聞き覚えがありますね。
水兵帽とシュヴァち……シュヴァち…ああ。
「もしかして、シュヴァルグランさんの妹さん?」
「はいー♪
ヴィブロスだよ! よろしくー」
めちゃくちゃ軽いですわね、言動が…。
では、アララギさんの新たな名前を伺うとしましょうか。
「ヴィブロスさん、伝言は確かに承りましたわ。お姉様に必ずお伝え致します。
それで、アララギさんの新しいお名前は…」
「ああ、ごめんなさい、話が途切れちゃいました。
アララギ改め、ディアドラです! よろしくお願いします!」
「Deirdre ……素敵なお名前を授かりましたね」
多分、アイルランド島とグレートブリテン島で大いに走ってくださるでしょう。そういう確信がありますわ。というのも、このディアドラという名前の由来を、私は知っておりますので。
私が Christian だということは何度もお話しておりますが、宗教に神学問答というのがあるのです。それに関連して、…結果的には直接の関係は無かったと知ったのですが…神話も関係しているかもしれないと思って、ギリシア、北欧、インド、エジプトの世界四大神話全てと、日本、ローマ、ケルトの神話を読み漁りました。それらのうち、ケルト神話の中にディアドラという名の女性が登場していたのです。
愛した男性との仲を引き裂かれ、さらには自身の嫌う男に嫁がされた挙句に辱めを受け、それに反抗して自ら命を絶った悲運の女性、ディアドラ。しかし一方で、自決という選択をしてでも己の信念を貫いたとも言える、意志の強さを体現した方でもあります。
「トゥインクル・シリーズ」という、この実力至上主義の厳しい世界でも、ディアドラさんには己の名前の元となった女性のように強い信念を持って走っていただきたいものですね。
そしてケルト神話といえば、アイルランドや英国の方で伝えられている神話なので、アイルランド島やグレートブリテン島で大いに走ってくれそうだと思ったのです。
「それでは出発致しますわ。皆様、こちらへどうぞ!」
決まった順番に校内の各場所を案内するだけなのですが、如何せん新入生たちの圧力の強いことと言ったら! 案内中にも次々と質問が飛んできていますわ。それを裁きながら案内するのがここまで大変だとは…。
「アルバイトってできますか? ブレイズ先輩アルバイトしてるので、できるのかなって…」
「それは個別性の高い案件なので、私からは何とも申し上げかねますわ。それにつきましてはたづなさんに聞いていただきたいですね」
「勉強って大変ですか?」
「そうですわね、率直に申し上げて、どれも大変になりますよ。特に数学でしょうか。
大事なのは、できる限り授業中に理解することですよ」
「ブレイズ先輩は、その、授業中に全部理解するってことをやってるんですか?」
「そうあるように心がけておりますわ。どうしてもできなかった場合は、宿題をやる時に併せて復習。遅くてもその週のうちに復習の機会を設けていますよ。同じ週のうちなら、まだ多少は記憶が残っていることが多いですから、復習にはもってこいですよ」
そんな質疑応答をしながら、学園内の主要施設を回っていくのです。例えば体育館だと、
「すごい広い…!」
「バーベル何㎏挙げれるの?」
「プールもあるんですか?」
「ええ、体力を鍛えるのによく用いられますわ。特に中・長距離を走る方が、よく利用していますね」
「えっと、私泳ぐの苦手なんですけど、そういう時はどうすればいいんですか? 体力ってスタミナですよね?」
「そうですね、泳ぎが苦手でしたら『インターバルトレーニング』という方法がありますよ。実は私も泳ぎは得意と言えないので、よくやっています。
具体的な方法としては、例えば2分間全速力で走り、次の2分は速度を落として流す程度で走る。これを延々と繰り返すのです」
「そんな方法があるんですね…!」
「とはいえ、特に長距離を走る場合は、全身持久力が求められます。どうやっても、ある程度は泳がないといけないですわ」
「じゃあブレイズ先輩も泳いでるんですか?」
「もちろんですわ。少々苦手ではありますが、勝つためには贅沢は言っていられませんの」
正直なところ泳ぎは不得手なのですが、あの強敵たちに勝つにはやらねばなりませんの…。
「ここが、音楽系の練習室ですわ。一面鏡張りになっていますから、自分の身体の動きを自分1人で確認できるのが強みですね」
「ウイニングライブの練習室だ…!」
「実際の舞台みたいなのもあるんですか?」
「舞台なら中庭にありますわよ。その他、この部屋に特設の舞台を設置することもありますね」
「ウイニングライブって、歌もありますよね? 歌はどこで練習するんですか?」
「それは場合によって様々ですね。この部屋でやることもありますし、歌だけなら別の練習室もありますよ」
「ライブの練習ってやっぱりダンスですか?」
「いえ、むしろもっと地味なものが多いんです。例えば体幹を鍛えるための腹筋運動だったり、放送部や広報委員会がやっているような発声練習だったり。そういう地味な努力を積み重ねた先に、あの華やかな舞台があるのですよ。
少々厳しいことを申し上げるのはすみませんが…湖に優雅に浮かぶ白鳥は、目に見えない水面下で足を激しく動かしているものです。そういう、見えないところの努力を怠ったならば、大成はしない。そのことを、覚えておいてくださいまし」
こんな具合に各施設を案内していくのですが、この学園、広いから主要施設の案内だけでも半日は潰れますの…。
そして、この学園案内が終わったと思ったら、もう1件仕事が残っていました。それが分かったのは、放課後の鍛練が終わった時です。
「練習が終わって疲れているところにすまない。1つ大事な話があるんだ」
《シリウス》部室にて、帰ろうとしていた私たちを引き留め、trainer さんはこう切り出しました。
「今年の《新メンバー加入選抜試験》なんだが、例年通り併走テストと面接って形にしようと思う」
《新メンバー加入選抜試験》…ああ、《リギル》なんかがやっているあれですね。去年もやっていましたけれど、私とサニーさんはまだ身体の仕上がりが不十分だったこと、そして『クラシックレース』が控えていたこともあり、ほぼ関与していませんでした…今年は積極的な関与を求められるようですね。
「俺はこれまで、選抜試験では芝の中〜長距離のメンバーを中心に合格判定を出していた。それはマックイーンをはじめ、芝の中〜長距離が得意なメンバーが多かったことも影響している。
だが今年は、芝のマイル戦並びにダート戦で走れるメンバーがチームにいる。そこで、最低でも芝マイル帯1名、ダート1名を含む3名くらいを加入させたいと思う」
…ということは、これ、私やサニーさんにも、新入希望生の合否判定をやれってことでしょうか?
「まずサニー、今のところうちのチームで明確にダートを走れるのは君だけだ。そこで併走テストの際に、君も新入生に混じって走ってもらいたい」
なるほど、そうきましたか。
「走り方は、君の得意な『逃げ』で構わない。君の逃げ足についていけるような娘を取りたいと思う」
「はっ、はい!」
サニーさん、緊張してますわね。まあ、無理もないでしょう。こんなことは初めてでしょうし。
そしてこれ、私も走らされるのでは?
「そして芝マイルの併走テストだが、カルンウェナン、シルヴァーブレイズ、君たちにお願いしたい」
ほらやっぱり!
しかも、カルンウェナン先輩が得意なのは『先行』の走り。だとすれば、私の位置取りは後方脚質か。
「カルンウェナンは得意の『先行』で頼む」
「はい!」
「そしてブレイズ、君は後ろから新入生の走りを見てもらいたい。位置取りは、できれば『追込』にしてほしい」
「承知しましたわ」
まさか一番後ろとはね…。まあ、新入りの方を見るならばそうなりますか。それに私自身、「朝日杯フューチュリティステークス」では追込で走りましたし。
「ただ、1点確認したいのですが…」
「ん、何だ?」
「私を後ろに付けるとなると、新入生の方が私からの圧で冷静さを失い、掛かる可能性があります。その点は如何お考えでしょうか?」
「もちろん、それはきちんと加味して採点するよ」
「承知しました。では注文通り、後ろから走るということでいきます」
「あとすまん。ブレイズ、ダートも走ってもらっていいか?」
「えっ、そちらもですか?」
「サニーが前から見ているが、やはり後ろから新入生を見る目が欲しいんだ。そしてサニーを除けば、現状ダートを走れそうなのが君しかいないんだよ」
「承知しましたわ。ただそうなると、芝の中距離をどうするか、という問題が生じますが?」
「それはゴルシに頑張ってもらうよ。けど、もしかしたらブレイズにも走ってもらわないといけないかもしれない」
「承知、しましたわ…」
ひえぇ…一瞬意識が遠のきかけました。いったいどれだけ走ることになるんですの…。
「あと、採点項目については別にまとめてある。後日採点用紙を渡すよ。全項目採点してくれとは言わないから、何人か目についた娘をピックアップして、数個で良いから採点してくれると助かる」
ふむ、採点項目だけは定めてくださっているのですね。それだけはありがたいですわ。
おそらくですが、ディアドラさんが《シリウス》入部試験を受けに来るのは間違いない…彼女の走り、とくと見せてもらうとしましょうか。
◆◇◆◇
少し時が飛びまして、入学式から1週間後。
「ではこれより、チーム《シリウス》新規加入希望者に対する第一次選抜を実施する」
グラウンドに集められた私たち《シリウス》部員、そして加入希望者たちに対して、トレーナーさんの宣言が飛びました。
加入希望者は、新入生らしく緊張した表情を浮かべ、まだ新品に近いパリッとした体操服を着た小さい娘たちの他に、本格化を迎えた中等部2年生と思しき娘たちが大半。その中に、やはりディアドラさんもいました。聞いてみると、「私、どうも本格化がみんなより早かったみたいなんです。だから《シリウス》の入部試験受けられますし、ブレイズさんと一緒に走りたいって思ったんです!」だそうでして…どんな走りをするか、見せていただきますよ。
「今回の選抜は競走だ。レギュレーションは、芝の右1,600Mか、ダートの左1,600M、芝の右2,000M。これは、年末のジュニア級GⅠを見据えてのものだ」
ああ、私の走った「朝日杯フューチュリティステークス」とかを意識してるってことですね。
「まずは芝マイル、つまり芝の1,600Mから始めるよ。エントリーしていた人は、こっちに来てくれ。
それと、ウェナン、ブレイズ、頼んだよ」
「はい!」
「承知しましたわ」
こうして、選抜が始まったのですが…うーん、何と言いますか…パッとしない方が多いですね。末脚や加速力はまあ、元より鍛練が足りていないので仕方ないとしても、戦術的な考え方がまるで未熟というか、勘で動くみたいな様子も、あまり感じられません。皆さん前に行こうという意識が強すぎて、『急がば回れ』というような思考ができていませんね。……一部を除いて。
「そこっ! いただきまーすっ!」
一瞬隙間ができたのを見逃さず、無邪気な声を残して内から一気に捲っていった小柄な娘。確か、ストレイトガールさんでしたっけ…最後に直線での叩き合いを制して、見事に1着入線されました。
うーん、trainer さんが私たちとは別に採点してるはずですが、私の目から見るとめぼしい方はストレイトガールさん以外いませんね…。カルンウェナン先輩やサニーさんは、何人か良さそうな方を見繕ったようですが。
そしてディアドラさんはまだ走っていません。どうやら芝の中距離を選択したようです。そろそろ芝・中距離の競走になりますが…貴女の走り、見せていただきますよ。
「それじゃ、これより芝・右2,000Mの競走を開始する! 立候補者はこちらに来てくれ!」
Trainer さんの声かけで一斉に数人のウマ娘が立ち上がる…やはりディアドラさんも、その中にいました。
「ブレイズ、さっきと同じで後ろから頼む!」
「了解ですわ!」
さて、いよいよですね。私の脚もだいぶキツくなってきておりますが、最後のひと踏ん張りといきましょう。
立候補者はディアドラさん込みで6名ですから、8人入りの発バ機で十分。ディアドラさんは3番、私は7番からの発走です。立候補者の皆様、緊張してますわね。まあ、気持ちは分かりますが…そういう緊張に打ち勝つ、あるいは上手く利用することもまた、GⅠを走るような一流のウマ娘に求められる要素ですよ!
ガシャコン!
発バ機が開き、競走開始。私は「追込で」と指示を受けているので、わざと出遅れて走ります。
ふむ、脚質分布は…逃げ1、先行1、差し3、追込が私含めて2ってところでしょうか。ディアドラさんは…いた、中団やや後ろの内側。これ、前に針路を塞がれて大敗する危険がありますが、大丈夫でしょうか? 敢えてその針路を取ったのだとすれば、なかなかの勇気といわざるを得ません。
全体的な流れは…この感じならやや遅いですね、前半1,000Mが1分3秒くらいかしら? 後方脚質に不利になりますが、どうなることやら…。しかも、「ホープフルS」を想定しているということで、最終直線に登り坂がありますが、そこを乗り越えられるかしら。
向こう正面に入って、前半の時計は1,000Mを1分2秒後半で通過した模様、やはり遅い流れです。ディアドラさん、まだ中団後方の内側にいますが、どう仕掛けますか?
先頭の逃げる方が少しずつ速度を上げている…押し切るつもりか。おや、3角直前でディアドラさんが動いた。少し速度を落として後ろへ、そこから…外側に出た? 外から捲るつもり? そしてこの瞬間に、私の手に握っていたストップウォッチを忘れずに押しておく!
さあ残り3F、最後の攻防が始まる…! 先頭の方はまだ逃げていますが、先行の方がじりじりと詰めつつある。後ろは…あ!
「やああぁぁーっ!」
ディアドラさんが行った! 4角で遠心力とスリップストリームを使って一気に前に出た!
最終直線、ゴールがどんどん近付いてきて…前の2人がまだ粘っている。ディアドラさんも必死に追い上げていますが…これは微妙に届かないかしら。でも、後方勢の中ではおそらく最速級の末脚でしょう。
残り100、ここで先行の方が逃げの方を抜いた。ディアドラさんは…ああ、この距離では届かないですね。ギリギリ2着に飛び込めるかどうか…。
「やあぁぁぁ!」
でも彼女は諦めていない。私に似て小さな身体で、何としても追い抜こうとしている。その闘志や良し!
そしてゴールイン。ディアドラさんは、逃げの方とほぼ同時に入線しましたから、2着か3着かというところ。それで、私のストップウォッチで計測したディアドラさんの末脚は……え?
「上がり3F…35秒9!?」
まさか12秒/Fを切ってくるなんて……あの頃の私を思い出しますね。「選抜レース」の時に芝2,500に出走して上がり3F35.6秒、しかも最後方から大外一気。あの時の私の走りに似ています。
「皆、お疲れ様。今回負けてしまった娘はショックを受けているかもしれないけど、負けていても合格する可能性はあるから落ち込まないように」
夕焼けに赤く染まる空の下、集まった入部希望者たちにそう告げる trainer さん。
そうです。この選抜試験、競走に負けても合格する場合があるので、まだ諦めるのは早いのですわ。ただ、二次選抜として面接に合格しないといけないのですが。
「一次選抜の結果はLANEにて通達するから、このQRコードでフレンド登録するか、メールアドレスを教えてくれ」
さて、私も今日は念入りに脚をほぐしておかなければ。今日1日だけで走りすぎましたわ。
そして入部選抜試験って、試験本番をやった後の採点が最も大変だと思うのです。
あの後、trainer さんが《シリウス》部員に1人ずつ意見を聞いていまして、当然私も意見を求められました。
「ブレイズ、君としては誰か、気になった入部希望者はいたか?」
「そうですね、芝1,600と芝2,000で1人ずつ。芝1,600で気になったのは、およそ皆さんと同じ意見であるかと思いますが、ストレイトガールさんです。初めから注目していた訳ではなかったので、末脚は測定しておりませんが、それでもあれなら36秒台前半に食い込んでいるでしょう。それに、一瞬開いた隙間を見逃さずに突っ込む辺り、戦術勘も相応にあるかと思われます。
ただ、言動からすると彼女はやや天真爛漫なところがあるような気がしますね。あの突っ込みを狙ってやったのか、確認する必要があるかと思います」
まあ、あんな勝ち方をしたのですから、ストレイトガールさんは皆さん注目しておられるでしょう。
「なるほどな。芝2,000の方は?」
「ディアドラさんを強く推挙しておきます」
ディアドラさん、心ばかりの援護射撃・第二弾をさせていただきますね。
「ん? 強く…か。どうしてそう思うんだ?」
「彼女は2着か3着の入線でしたが、戦術的思考が明らかに頭1つ抜けていました。序盤から中盤は、遅い流れの中で中団内側に待機。3角辺りでわざと少し減速して周囲を先に行かせた後、大外に持ち出しました。そして、3・4角で遠心力などを利用しながら加速して一気に前に出たのです」
「2着か3着…ああ、あのちっちゃい娘か。確かに、あの身体であの勝ち方はなかなか強いと思うな。ハナ差で3着だったけど、後方勢としては最先着だったよ」
ギリギリ届きませんでしたか。それでも、あの前残り(序盤・中盤で逃げ・先行勢が
「それだけではありません。最初から気になっていたので、ディアドラさんの末脚を測定していたのですが…35秒9と出ました」
「なんだって!?」
あ、trainer さんの目が丸くなった。
「36秒切ったのか!」
「ええ。間違いなく、後方勢…いや、下手をするとこの世代の方の中でも最強格の末脚でしょう」
「マジか…」
少し考え込む trainer さん。そしてぽつりと言いました。
「なんか…あの時を思い出すな。2年前の春の『選抜レース』の君を」
同じことを考えたんですのね。
「私も同じことを考えていました。序盤から中盤は後方で待機、3角辺りで進出を開始して、そのまま大外一気…この内容は、あの時の私と同じ走りです。
今回は、序盤から中盤にかけての流れが遅く前残りになっていたので、ディアドラさんの末脚が届かなかったものと思われます。十分な強さを示したと、私は思いますわ。
以上の理由から、ディアドラさんを強く推挙しておきます」
「なるほど、君の話はよく分かった。是非とも参考にさせてもらうよ、ありがとう」
そこで何かを思い出したように、trainer さんが付け加えました。
「ああ、そうだ、ブレイズ」
「どうしました?」
「うちのチームのモットーを更新しようと思うんだが、何かアイディア無いか?」
ふむ…モットーですか。それでしたら、多分"あれ"が使えるでしょう…あの英国の名言が。
「それでしたら trainer さん、こんなのは如何でしょう?」
手近にあった裏紙にささっと手書きして渡しました。
「これは…英語か。何て意味なんだ?」
「この英文の訳は……」
◆◇◆◇
そして後日。
「全員注目。今年は、新たに3人が《シリウス》に入部してきた」
部室に集められた私たちを前にして、trainer さんはそのように告げました。その trainer さんと並んで立っているのは、やや緊張した面持ちの3人のウマ娘。そのうち1人が、ディアドラさんでした。良かったですわ、合格したんですね。
ディアドラさんにちょっと微笑みかけると、彼女も気付いてウインクを返してきました。
「それじゃ、自己紹介を頼む。名前と、将来の夢というか、このトゥインクル・シリーズで何をしたいかを、簡単で良いから話してくれ。一番左の君から順番に」
一番左、つまりディアドラさんからですね。
「はじめまして、ディアドラと言います! 私の夢は、シルヴァーブレイズ先輩のようにティアラ路線で活躍することです! そして、ゆくゆくは海外のレースに挑戦したいと思っています! よろしくお願いします!」
相変わらず目が眩しい…! トウカイテイオー先輩に接しているシンボリルドルフ先輩って、こんな気分なんでしょうか。
2人目は、額の部分に白い星を持ち、タイキシャトル先輩に似た色の前髪を2つに分けた、小柄なウマ娘。あれ、この方って確かストレイトガールさん?
「あたし、ストレイトガール! 夢は、タイキシャトル先輩みたいに短距離とマイルのGⅠを勝つこと! よろしくお願いしまーすっ!」
あの天真爛漫というか、まっすぐな感じのストレイトガールさんもまた、合格しておりました。
そして最後の1人は、橙色の頭髪(内側は白)という私に負けず劣らず目立つ頭髪をお持ちの方。髪色は全然違うのですが…何故でしょう、髪型がマックイーン先輩に似ている気がします。
…後で聞いたところによると、この方は
「タイセイレジェンド、よろしくお願いします。夢は…ええと、今は特に無くて。これから練習する中で見つけていければなって思ってます」
ちょっと言葉少ないですね…無口というより、寡黙な感じかしら。
ともかくこうして、《シリウス》は今年、3名の新入部員を迎えることとなったのでした。
私たちが彼女たちを上手く導けるかどうかに、彼女たちがどんな活躍をするかが掛かっています。教訓として何をどう伝えるか、よく考えなければ…。
「次に、《シリウス》の新しいモットーを発表する。今回のモットーは…これだ」
Trainer さんが指差した先、壁にかけられた紙に書かれていたのは…私の考えた案ではありませんか。
《Team Sirius expects that everyone will do all duty.》
「あれ、何て書いてるんですの?」
「考案者によると、意味は『チーム《シリウス》は、所属各員がその責務を全うすることを期待する』だそうだ」
「……なんだか、ちょっと変わった言い回しですね。表現のしかたが、日本語とは少し違う気がします」
鋭いですわね、マックイーン先輩。
あのモットーが何を元にして書かれたか、歴史に詳しい方はすぐにピンと来たことでしょう。
さて、これで私もそう簡単には負けられなくなった。もう不甲斐ない戦をする訳には行かない。次の競走…天皇賞・春は、何としても取りに行きますよ!
その前に、「春のファン大感謝祭」ですね。またオペラオー先輩が何やら企んだようで、そちらに参加することになったのですが……あの先輩、次は何をしようというのでしょうか?
以前からちらほら出現していたオリジナルウマ娘『アララギ』ですが、ついに【真名析出】と相成りました。
彼女の真名は『ディアドラ』。史実では父ハービンジャー、母ライツェント(母父スペシャルウィーク)の血統で生まれ、ヴィブロスの一歳年下にしてアーモンドアイの一歳年上の牝馬です。
主な勝ち鞍は秋華賞と、英GⅠナッソーステークス。その他にもアイルランド、バーレーン、ドバイ、香港等海外各地を転戦し、あの凱旋門賞も走っています。ドバイには、ヴィブロス、
ディアドラという名は、ケルト神話のアルスター伝説群に出てくるヒロインの名前から取られています。アイルランドではよくある女性名だそうです。それらを元に、アララギ改めディアドラのウマ娘キャラを設定していました。
髪飾り→左側にあるので牝馬。また、アルスター伝説群ではディアドラの墓からはイチイの木が生え、彼女の愛した男性の墓から生えたイチイの木と枝を絡ませて、引き離すことができなくなったという。この伝説を元に、捻れた枝の飾りという変わったアクセサリを設定した。
流星→実馬の額を見れば一発で分かる。
仮名「アララギ」→イチイの木の日本語名の1つ。
ヴィブロスからの呼び方「ドラっち」→ドバイや香港への遠征時、ヴィブロスとディアドラはかなり仲良くしており、ヴィブロスの海外好走の一因とされている。また、ウマ娘のヴィブロスも"海外を目指す友人"の存在に言及しており、「一緒に、ドバイでバナナパフェを食べるまでお預け」等と発言している。この友人こそディアドラであると推測される。
史実のディアドラ号は、調教助手をはじめ厩舎メンバーから「ドラ」「ドラちゃん」と呼ばれている。
バナナ好き→実はディアドラ号は、バナナに絡むエピソードが多い。ナッソーS優勝直後にバナナを食べている動画が厩舎Twitter(今でいうX)に上がっていた他、JRAのホームページにも、ディアドラ号がバナナを食べている写真が上がっていたとのこと。このことから、ビワハヤヒデほどではないにせよバナナ好きと設定。
また、《シリウス》の他の新入部員も、実はきっちり元ネタがあります。というか実名登場ですね。
ストレイトガール:2009年生まれ、つまりゴールドシップやジェンティルドンナ等と同じ12世代。血統は父フジキセキ、母ネヴァーピリオド、母父タイキシャトル。自己紹介時にタイキの名前を出したのはこれが元ネタ。父・母父を見ただけで分かる通り、短距離・マイルにめっぽう強かった。主な勝ち鞍はスプリンターズS、ヴィクトリアマイル(2連覇)等。
タイセイレジェンド:2007年生まれ、同期は12世代ほどじゃないにせよけっこう豪華である(アパパネ、ヴィクトワールピサ、エイシンフラッシュ、ローズキングダム、ルーラーシップ、カレンチャンetc)。血統は父キングカメハメハ、母シャープキック、母父メジロマックイーン。タイセイの髪型がマックイーンに似ていたり、マックイーン・ゴルシが「何故かほっとけなかった」「生き別れた伊勢エビのアニキ」とか言い出したのはこのせい。オレンジ色(インナーカラーは白)の頭髪は、実馬が付けていたメンコの色。芝・ダートどちらも走っている。主な勝ち鞍はJBCスプリント等。
そしてブレイズが考えたチームモットーの元ネタは、イギリスの英雄ホレーショ・ネルソン提督がトラファルガー海戦前に打たせた通信「英国は各員がその義務を尽くすことを期待する」です。すぐ分かった人も多いのではないでしょうか?
なに?余は各艦がその責務を全うすることを期待する?何のことですかね(棒読み)
UA9万4千目前、お気に入り600件突破、総合評価1,300ポイント超…ご愛読ありがとうございます!!
評価6をくださいましたmitsuru様、ありがとうございます!
また、新たにお気に入り登録してくださいました皆様、ありがとうございます!
それでは次回予告と参りましょう。今回の次回予告担当は…おや新顔!
「にゃっはっは、お主が筆者とやらかの!」
メタ発言禁止! ってか貴女誰よ?
「ワシはノーリーズン、我が名をお主も知っておろう?」
ノーリーズン? ああ、そういえばミラ子からちらっと聞いた気が…。
「次回は駿大祭じゃ! 何やらそれに合わせて『陣取り合戦』をやるとのことでの、ワシもいざ出陣と参るのじゃ! …世紀末覇王殿に招聘されての」
世紀末覇王? オペラオーか。待てよ、それじゃブレイズと同じチームに君が?
「おお、そうなるの。我が策の元に、勝利を掴み取って参るのじゃ!
次回『春一日、兵どもが鬨の声!』 更新をしかと待てぃ!」