なーんか見覚えのある階層守護者みたいな店員が出てきたり、なーんか某有名店みたいなメニューが出てきたりします。
あと、ここのアインズ様は昔「脱サラして珈琲店を開いてみたい」という夢を持っていました。
「
——それも魔導国の。
絶死はルビクキューを回す手を止めた。それなりに気になる話題だったからだ。
「先日、“占星千里”が新しくオープンした店を遠見で見つけたので、絶死様にもお伝えしておこうと思いまして」
絶死と違い“隊長”は漆黒聖典の中でもまぁまぁ慕われている。他の隊員から正式な報告書にはない情報が回ってくるのもそういう理由からだ。
というか——
「あの子、コーヒー好きだったの?」
「ご存知ありませんでしたか」
(ええ、これっぽっちも)
自分でも交友関係は狭いうえ深くもないと自覚しているが。——というか、まともに顔を会わせたのも絶死が鼻っ柱をへし折った隊員ばかりなので、同僚の知らない一面に驚くのも今に始まったことではない。
「彼女、洒落た喫茶店を巡るのが趣味だそうですよ。聞けば『レビュー』というもので店の所感や講評も書いているとか」
そっちはもっと知らない。部屋にこもって占いばかりしていると思っていたが、案外おしゃれな趣味をもっている。
「あとはそうですね。休日に占星千里が出かけると、なぜか“無限魔力”も部屋からいなくなるそうです」
「へぇ」
それも初耳だ。けれども女性の
女子会、というのだったか。相手には打ってつけだ。
「絶死様も行ってみたくなりましたか、件の
「そうね。あなたも来る?」
奢ってあげるわよ、と言い添える。まぁ答えは分かりきっていたが。
「はは、絶死様に奢っていただくなど、恐れ多いにもほどがありますよ。私はまたの機会にさせてもらいます」
「それは残念。なら、また今度ね」
隊長は他の隊員より本心を隠すのがうまい。が、漆黒聖典の中で絶死が一番よく話す相手がこれなのだから、他は期待できそうもない。
とりあえず今日は予定も任務もない。なら今からでも——
●
大通りの目立つ場所に木の看板が立っている。細部にわたって装飾彫りが施されているのは職人が自身の腕を宣伝する手法に似ている。
入国を担当していたナーガは「あ、あそこへ行くのか。まぁ止めはしないが」と懇切丁寧に道順を教えてくれた。本人は間違っても近づきたくないような顔をしていたが、看板を見上げて絶死はそのわけを理解した。
『珈琲処 アインズ珈琲』
(アインズって、あの魔導王の?)
王の名前を店名にするなんて——しかもよりにもよって魔導王の名を——大胆にもほどがある。アンデッドの王は余程寛大なのか、はたまた国営の珈琲店なのか。
だが、国経店にしてはこぢんまりとしている。冒険者を引退した店主が経営していそうな店だ。
けれども絶死としてはこの雰囲気も嫌いではない。日頃から聖殿の豪勢な部屋にこもっていると、たまにこう木の香りがする所に来てみたくもなる。
扉を開けると、からんからん、とドアベルが鳴った。
(ふーん、思ってたより広いのね。それに)
きれいだった。落ち着きのある美、なんて表現が頭に浮かぶ。
床から天井の梁にいたるまで、店内は磨きあげられ、窓からの陽光にきらりと光っている。それでいて真新しい木にはできない、年季を感じさせる木の心地のよさがある。
絶死は店内を眺めながら——といっても田舎から出てきた娘のように思われないよう注意して——窓際の席に腰掛ける。
小さめのボックス席。テーブルには手作りらしいメニューと、金のベルが置かれている。
(なるほど、これで呼ぶのね)
——ちりん、ちりーん
ベルを鳴らすと、間もなくしてウェイトレスがやってきた。
こじんまりした店とは少し違う、どこかの貴族令嬢がお忍びで働きにきているような、と例えればいいか。
「ようこそいらっしゃいました。ご注文をお伺いするでありんす」
蝋人形のように色の白いウェイトレスがメモを取り出す。頭のリボンがポケットになっているとは。魔導国はファッションも先進的なのか。
「ハチミツたっぷり珈琲、ひとつ。アイスで」
「はちみつ……、たっぷり……、こーひー……、アイス……でありんすね。こちらミルクなしをオススメしているでありんす。いいかがしますか」
(へえ、そうなの)
ちらりとメニューに描かれたスケッチに目を戻す。
ハチミツたっぷり珈琲
見かけは隣にあるブラックコーヒーと同じ……いや、黒さならその下にあるエスプレッソというのも同じだ。こちらはなぜかカップが小さい。
風花聖典の諜報では、ひと口では到底飲み干せないほど苦味があるらしい。六色聖典の中でも噂になっているが、自分の舌で確かめたという話は未だ聞かない。
珈琲処に来ておいていうことでもないが、実は絶死も苦いものはダメな口だ。しかし人類の守り手、と呼ばれている身のうえ安易に告白もできない。
「どうするでありんすか」
「そうね……。ちなみにだけど、あなたは飲めるの?」
ミルクなしで、と付け加える。
「当然でありんす。これでもわらわは大人のレディでありんすから」
どやっと音のしそうな顔で言われた。
見かけだけなら自分と同じ14歳ほどなのに胸に手を添えた姿は確かに大人びて見えた。無理をして背伸びしている感じは否めないが。
「あなたが大丈夫なら、おすすめのミルクなしでいただこうかしら」
「かしこまりんした。少々お待ちを。——〈
ハチミツのアイス、ミルクなしでありんす、とウェイトレスはメモを見ながら魔法を飛ばす。なるほど、なかなかに画期的なオーダーだ。
カウンターの奥へ戻るウェイトレスの足音に混じって、……ぱりっ、……ぽりっ、とまるで蜂の巣でもつぶすような小気味よい音がする。
不思議と不快ではない。むしろ、これはこれで聞いていて心地がいい。
座ったソファーの背に面した窓からは午後の陽が差している。それもあってか店の中は魔法でもかけたようにゆったりとしていた。
穏やかで、緩やかな時間が流れている。そんな気がして絶死はやや自虐的に微笑んでしまう。
これなら読みかけの本を持ってくればよかった。それかルビクキュー。ここなら新しい揃え方に挑戦するのにもぴったりだろう。
そんなことを思いながら、絶死はコーヒーを待った。
●
「くふぅ、お待たせしましたぁ、ハチミツたっぷりコーヒーのアイスです。どうぞ」
今度のウェイトレスは妄想癖の激しそうな女だった。
「……ふふ、わたくしの淹れたコーヒーを毎日飲みたいだなんて。あぁ、至高の御方がそんな……これはもう愛の告白ですね、くふっ、くふふふ」
脳内で新婚生活でもしていそうなにやけ顔だ。それでも手元はしっかりとしており、こぼすことなく容器がテーブルに置かれる。
銀でできた、小さな樽ようなコップ。雲って見えるのは小さな水滴が付着しているからだ。触れると取っ手が冷たい。
(コップごと冷やしてるのね、こり性な店主)
そういえば店主の顔はまだ見ていなかった。ちょうどそこに店主のことなら、ほくろの数まで知り尽くしていそうな女がいるのだし、尋ねてみようと思ったが。
「ねえ、ちょっといいかし——」
「はぁい、こちらサービスの豆菓子です。くふっ、これからは毎日わたくしがあの方に豆菓子をお出しする役目に……くふふふ。あぁ、あぁ、燃えてきたわぁ」
ダメそうだ。2秒で絶死は諦めた。
こちらの心境も知りもしないウエイトレスは火照った頬に両手をあてて、身をくねらせながら厨房へ戻っていった。きれいにくびれたその腰からは人のものではない漆黒の翼が生えている。
異形種、だったのか。
魔導国が多様な種族を受け入れているというのは本当らしい。恐らくあのウェイトレスも悪魔系の種族——
(…………)
少しだけ顔も知らない店主の安否が心配になった。
だがまぁ恋は弱肉強食というし、絶死も他人の恋愛事情に口出しする気はない。お幸せにね、と思っていると。
——からん、と音がした。
浮いた氷が沈み、コップに刺さったストローがわずかに傾く。
今日はこっちがメインだった。
(忘れてて、ごめんなさいね)
ストローでコーヒーをかき混ぜる。からん、からん、と氷が銀の容器に触れて、優しい音がする。
どのくらい混ぜればいいのか、正直なところ絶死は分からなかった。口をつけた途端に見た目通りに苦い味が舌に広がったら。
そんなことを考えてストローを止めた。
(興味があって来たのに、それはないわね)
飲食やファッション、特に興味のあるものに糸目は付けないようにしている。なのに自分の気持ちにブレーキをかけていたのでは意味がない。
むしろ苦かったなら、どれほど苦いか確かめさせてもらおうじゃないか。それくらい強気でいっていい。
「いただきます」
言って絶死はストローに口を付けた。
……。
…………。
……甘い。
砂糖もミルクも入っていなさそうな見た目に反し、口の中に広がった味は優しい甘味を含んでいた。幼い頃、ナズルおばちゃんがご褒美にくれた飴と同じ味がする。
ひんやりとしていて、それで甘い。コーヒーの香りはしっかりするのに嫌な苦みはない。
(ああ、だからストローで)
再びかき混ぜて絶死は気づいた。
ハチミツはとろっとしている。冷えたコーヒーに混ぜれば沈んでしまう。普通にカップに口を付ければ、それはただの苦いコーヒーだ。
意外と自分は子供舌なのかもしれない。
(でも、別にいいかしら。そのくらい)
強ければ、どれだけ不細工で性格がねじくれててもいい。少なくとも絶死はそう思っている。なら、たまには人類の守り手と呼ばれているらしい自分にも、その条件を当てはめてみてもいいだろう。
再びストローに口を付ける。
また、甘い味が口の中に広がった。
●
じゅるじゅるじゅる、とやや品のない音がする。美味しかったコーヒーは大きいサイズを頼んだはずなのに、あっという間になくなってしまった。
(……もうなくなっちゃったの?)
少しは張り合いを見せてくれてもいいのに、と絶死は気付けばメニューに目をやっていた。ページの端にコーヒーのサイズが載っている。
サイズ
・レギュラー
・たっぷり
・ガルガンチュア
今日頼んだのは、たっぷりサイズだ。次に来た時はガルガンチュアにしてみてもいいかもしれない。
スケッチはないが、名前からして大きいのは確かだ。どんなものが出てくるのか想像を掻き立てられる。金額は……うん、これくらいなら懐は痛まない。
そう思いながら絶死は席を立って会計に向かう。伝票は一品だけだが、不思議と満足できていた。
「ありがとうございます。お会計はこちらに」
眼鏡をかけたオールバックの男が手で示した先には貯金箱のような小箱がある。ただし口は上と下にそれぞれ1つずつ。
『投入口』と書かれた上の口に絶死が上から銀貨を入れると、ちゃりんちゃりんと『お釣り』とある下の口から銅貨が出てきた。
「へえ、おもしろいわね、この子」
「お褒めに預かり光栄です。こちら、当店が独自開発した自動会計用のマジックアイテムです。名前をチャリンチャリンくんと」
「そう」
名付けのセンスは別にして、なかなか便利なアイテムもあったものだ。関心していると男が口を開いた。
「ところでお客様、当店は今日初めてご来店に」
「ええ、そうよ」
そうですか、と男は意味深に微笑む。そして——
「——では『またのご来店をお待ちしております』」
男はきらりと眼鏡を光らせた。
ただ、それだけだった。
何かが起きたわけではないし、絶死自身も何かしたわけではない。
だというのに、男は不思議そうな顔をする。「おや、これは……」と絶死を見て眼鏡を押し上げる。そこに含まれた意味は分からないが。
「また来るわ」
気にせず絶死は微笑みを返す。いつもの感情を隠す時の仮面としての顔だが、今日に限っては完璧に嘘偽りというわけでもない。
「ありがとうございます。またのご来店、心よりお待ちしております」
うやうやしく礼をする眼鏡の男に、絶死は手を振って店を出る。
からんからん、とドアベルが鳴った。
風が気持ちいい午後、傾きかけた陽の下を絶死は歩く。
次は何を頼もうか。気が付くと、いつの間にかそのことばかり考えていた。
こんな感じで短話で書いていきたいと思います。
ちなみにオールバック眼鏡の『 』のセリフは支配の呪言です。
Lv40以下のお客さんはこれでリピーターになりますが、絶死ちゃん(Lv88)には本当にただの挨拶でしかないんですよね。
次回は3/29(水)に更新予定です。