トレーナーが離婚した…!!   作:村瀬隆也

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タマモクロス編

 

 

 大歓声の中、地下バ道に向かった。

 そこに来てようやく、我慢出来なくなったとばかりにトレーナーが声を張り上げた。

 

 「やったなタマ! これで天皇賞春秋連覇だ!」

 

 「おぅ! やったったで! これが白い稲妻の実力や!」

 

 「あぁ! 素晴らしい走りだった! 特にもう最後の末脚が……」

 

 まるでウチんとこのチビたちみたいにはしゃぐトレーナー。

 それを見てウチまで釣られて興奮する。

 

 トレーナーはもう興奮しきって褒め言葉が止まらない。それに対してウチもニヤニヤが止まらない。

 この掛け合い、この居心地の良さ。

 この幸せな時間が何よりも好きだった。

 

 「これはもうタマの敵はいないかもなぁ」

 

 「いやいやいや! それは言い過ぎ……ちゃうかもなぁ! ハッハッハー!」

 

 「あぁ! もうウチのタマモクロスが最強のウマ娘だ!」

 

 「…せやなぁ!」

 

 ウチのタマモクロス。

 そう言われた瞬間、一瞬ドキッとしてしまった。

 

 そう、いつの間にかウチはこのトレーナーに心惹かれてしまっていた。

 体が小さくあまり強くなかったウチを根気強く面倒見てくれた。体作りから始めた結果、ウチが焦れて強く当たってしまったこともあった。

 それでも見放さず、決して諦めず、ウチの強さを疑わずにここまで導いてくれた。

 ウチの事情も汲んでくれて、ウチの大事にしてるもんを尊重してくれた。

 

 これが良くない感情なのは分かってる。理屈では。

 なんせトレーナーの左手薬指には売約済みの印が付けられとる。

 

 ウチのトレーナーになる前から勝負は決まっていた。

 家族を裏切るような真似をこのトレーナーがするわけない。

 ウチのこともあるなら尚更。可能性はない。

 

 だからせめて、今この瞬間だけは浸らせて欲しい。もしもの世界線のような幸せな時間を。

 

 

 

     ────────────────────

 

 

 ある日、いつものようにトレーナー室へ入ると様子がおかしかった。

 トレーナーが机に突っ伏して何か呻き声のようなものを漏らしている。

 

 扉の音で気付いたトレーナーは即座に顔を上げたが、その様はひどいものだった。

 

 「やぁタマ…。今日もトレーニング頑張っていこうか……!」

 

 「いやちょいちょい! 何があったんやトレーナー! ヘロヘロやないか!」

 

 「…いやぁ、昨日ちょっと夜更かししちゃってね…。ごめんごめん」

 

 それだけでそんな有様になるだろうか。

 隈だらけで眼は虚ろ、顔色も悪いときてる。

 よく注視すれば、泣き腫らしたように見えた。

 

 「……アンタがそれだけでそんな調子崩すかいな。もう一回聞くで、何があったんや?」

 

 調子を抑えて、改めて真剣に問いただす。

 

 「…ぅ……タマ、実は……」

 

 今にも泣きそうなトレーナーはポツポツと話し始めた。

 

 奥さんと離婚することになったと。

 

 トレーナーの友人から、奥さんが若い男と二人でホテルから出たのを見て思わず写真に収めたそうだ。

 それを元に問い詰めたところ、観念して全て白状した。

 相手は大企業の社長令息で、お金持ち。トレーナーと結婚したのも金目当てだったのだと。

 中央トレーナーも高収入といえど、相手の男とは収入が天地の差であることを目の当たりにして、トレーナーへの気持ちが冷めてしまったらしい。

 

 それを聞いて、ウチは怒りが抑えられなくなった。

 

 「なんやそれ!! 人のヨメにあんま言いたくないけど最低やんけ!! 結局カネかい!」

 

 ついつい声を荒げてしまう。

 貧乏ながらもウチとチビたちを育ててくれた自分の両親を想起する。

 貧乏だって楽しくやっていける。そりゃあお金は大事やが、人の想いを踏みにじっていい訳やない。

 そもそもトレーナーはヨメに何不自由ない暮らしをさせてたはずや。

 

 「タマ…ありがとう! そんな風に言ってくれて嬉しいよ…!」

 

 「ったりまえや! ウチの相方ナメられて黙ってられるか! そんな女別れて正解やわ!」

 

 「…最初はそんな人じゃなかったんだけどなぁ……」

 

 過去に想いを馳せたトレーナーは中空を仰ぎ見る。

 後悔か、諦観か、寂寥感か。あるいは全部か。

 心が抜けて抜け殻にでもなりそうだった。

 

 だから

 

 「おっしゃトレーナー! 今日はウチに来ぃや! 陰気な気分吹っ飛ぶくらいもてなしたるわ! チビたちも喜ぶしな〜」

 

 

 これまでは遠慮して踏み込めなかった境地に足を踏み入れた。

 

 

 「そう言ってくれるのは嬉しいが、突然伺ったら迷惑じゃないか?」

 

 「アンタはまたそんな気ぃ遣て……。今日くらい自分のことだけ考えぇや」

 

 「そっか……。うん、そうだな! じゃあ今日トレーニング終わりにお邪魔します」

 

 よっしゃ! とガッツポーズを取りたかった。

 流石に胸の内に留めたが。

 

 

 それから事前のメニュー通りにトレーニングを終えた。

 帰り支度をして、トレーナーと一緒に学園を出る。

 

 「ほな、いこか」

 

 「ん? あれ、タマの家そっちだっけ?」

 

 「帰りにスーパー寄ろう思てな、こっちの方が安いんや」

 

 「流石だなタマは。頼もしい」

 

 「せやろせやろ? もっと褒めてもええんやで?」

 

 「タマちゃん流石! かっこいい!」

 

 「ちゃん付けすな!」

 

 そんななんでもないやりとりをしながらスーパーへ向かう。

 今までもシューズの買い替え等でトレーナーと二人で出かけることはあったが、今回は特別に思えた。

 上手く言えないが、見えない壁が取り払われたようだった。

 

 昼間の時よりはいくらか快調したトレーナーと和やかに歩いていると。

 

 

 出会ってしまった。

 

 トレーナーの調子を狂わせた原因に。

 

 

 

 「○○、なんでアンタがここに…。担当の娘まで連れて、早速デート? 離婚したかったのはむしろそっちってこと?」

 

 トレーナーは目を見開いて硬直していた。

 様々な感情が入り乱れて、言葉を紡げないようでいた。

 そんな彼を見て、目の前の女は続ける。

 

 「また何も言わないつもり? 男のクセに情けない…。そうやって全部自分の中にしまい込むところ…大嫌いだったわ」

 

 黙ったままのトレーナーに女は歯に衣着せず追撃した。

 

 傷心してるのはお前が原因やろがッ!とまくし立てたかったが、堪えた。

 これは二人の問題で、ウチが口出すのはおこがましいと思ったからというのはあるが、

 

 一つ確信があった。

 このままなら、この女は言ってはならないことを言う。

 それを期待してしまったから。

 

 

 「ま、アンタみたいなお子ちゃまには同じ子どもがちょうどいいか。GIバかなんだか知らないけれど、貧乏人らしく灰かぶりな見た目で──」

 

 

 「黙れ」

 

 

 聞いたこともないようなどす黒い声が隣から聞こえた。

 急速に場が冷え切ったようにさえ錯覚する。

 底冷えするような空気が場を支配する。

 

 先程まで黙して硬直していたトレーナーはそこには居らず、怒気を宿した瞳が女を貫いていた。

 

 

 「お前の本音は分かった。もう喋らなくていい。それ以上、私のタマモクロスを愚弄するな」

 

 

 いつもの穏やかで柔い態度はなく、声こそ荒らげないものの明確な怒りを迸らせていた。

 トレーナーのこんなに怒った姿を見るのは初めてだった。

 

 目の前の女が驚愕に顔を歪めている。

 予想外だったのだろう。

 

 夫婦でも見たことのない怒り…。

 それが、その発露の原因が自分であり、矛先が"元"妻である事実に喜色を隠せない。

 

 口をパクパクとさせたままの女をよそに、トレーナーは申し訳なさそうな顔をしてこちらを向いた。

 

 「タマ、嫌な思いさせてごめんね。早くスーパー行こう」

 

 そう言いながら、こちらに手を差し出した。

 

 自分が選ばれたような気分になった。

 その手をとった時、心が暖かくなった。

 

 トレーナーに連れられて、女の横を通り過ぎる時。

 

 

 (アンタにこの男は贅沢すぎるわ)

 (悪いけど、ウチはアンタみたいにこの男は逃さへんで)

 

 

 

 「今日はタコパやでトレーナー♪ ウチの家族と一緒に仲良うやろな♪」 

 

  

 

 

 

 




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