私は普通のウマ娘。
だから、他のすごいウマ娘たちより努力しないといけなかった。
結果が及ばないことも多かった。
その時は、自分の努力がまだ足りないと思って更に練習量を増やした。
そんな中、トレーナーに出会った。
私の努力を認めてくれて、私にしかない強みを教えてくれた。
私のトレーナーはすごい人だ。
普通のウマ娘の私を並み居る強豪がいる中、GIの舞台で勝たせてくれた。
あの時のウイニングライブは今でも鮮明に思い出せる。
とても、満ち足りた瞬間だった。
今までの息苦しい気持ちが一気に弾けたようだった。
諦めなくて良かった。腐らなくて良かった。
こんなに幸せな気持ちにさせてくれたトレーナーには感謝してもし切れないと思ってる。
トレーナーも、私と同じように幸せになって欲しいと思ってる。
でも、心配はいらないと思ってた。
彼にはもう家庭があったから。
好きな人と結婚出来てるトレーナーはきっと幸せだと思ってた。
トレーナーが毎日楽しく過ごせているならそれが私にとっても嬉しい事。
だから、この胸のチクリとした痛みには知らない振りをした。
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ある日、いつもの時間より少し早くトレーナー室を訪れた。
トレーニングの時間まではあと30分ほど余裕があったが、トレーナーならきっともうトレーナー室にいると思った扉を開いた。
「おはようございます! 今日もいちにち〜……あれ?」
トレーナーはまだ来ていなかった。
あの真面目なトレーナーがめずらしいな〜、と思いながら手持ち無沙汰になった私は軽く掃除をして時間を潰すことにした。
トレーニングの時間まであと5分になったがトレーナーはまだ来ない。
もしかしてお寝坊さんかな? そういう日もあるよね〜、だなんて軽く考えていたら、ドタドタと騒がしい足音が部屋の外から聞こえだした。
「ご、ごめん遅くなった! 待たせちゃったね」
「いえいえ〜、全然! そもそもまだ時間前ですぞ」
私の言葉にトレーナーは目に見えてほっと一安心している。
ただ、それ以上に気になった。
トレーナーが少し憔悴しているように見えたから。
それに、慌てて来たからだとしてもシャツやズボンの皺がかなり際立って見えた。
「トレーナー、今日なんかお疲れじゃないです?」
「え? あぁ、ちょっと家のことでゴタゴタしててね。それで遅くなっちゃったんだ」
そうなんだ、と返しつつも気がかりは消えなかった。
家のこと…。
奥さんと何かあったのかな…。と心配になる。
「まぁ、とにかく! 早速グラウンド行こうか!」
切り替えたとばかりに声を張ったトレーナーに私も続く。
トレーナーに元気がないなら私の元気を分けてあげたい。
だから、いつものをする。
「あい! それじゃあ、今日もいちにち〜」
「「えい、えい、むん!」」
いひひ〜、とお互い笑った。
気合を入れる時の掛け声。
私の口癖だったものは、今や二人のものになっていた。
少し元気を出してくれたトレーナーと、その日もトレーニングに明け暮れた。
それから数日の間、トレーナー室に来る彼の姿は日に日に憔悴加減を増していった。心なしか体もやつれたように感じる。
いつも、"大丈夫だよ"とばかり繰り返すトレーナーだったが、ついに私の限界が訪れた。
「……さぁタンホイザ…。今日も一日頑張っていこうか……」
「ダメです! トレーナー、今日はもうお休みにしましょう」
「…え? …いやいや、メニューがあるしそういうわけにも……。僕なら大丈夫だから……」
「トレーナーがそんなだと、トレーニングにしゅーちゅーできません! 良いからここ座って座って!」
分からず屋さんのトレーナーをソファへ座らせる。
そしてその隣に私も座る。
「はい、横になって〜」
「うぇ!? いや、横にって……」
「いいからいいから〜」
なんとか抵抗する姿勢を見せるトレーナーだったが、肩を掴んでウマ娘の力を使って強引に横にする。
そして、そのまま頭を私の膝の上へ置いた。
スカート越しにトレーナーの後頭部を感じて、少しだけ緊張する。
「トレーナーにも事情があるだろうし、詳しくは聞きません。言わなくて良いから今は休んでもらいます!」
「タンホイザ…。気持ちは嬉しいけどやりすぎだよ…」
「全然やりすぎじゃないですよ〜。今のトレーナーは正直見てられません! しっかり休んでください!」
「わ、わかったよ…。じゃあちょっとだけ失礼するね…」
私の咎めるような言い方に観念したようにトレーナーは目を閉じた。
ふと、小さい頃お母さんにしてもらった事を思い出し、優しく頭を撫でてみた。
一瞬、彼の体が小さくビクリとしたが、次第に体の緊張はほぐれていき、そのまま安らかな寝息へと変わった。
あっさりと寝てしまったことに驚いたが、彼の疲れ切った顔を見て納得してしまう。
(本当にもうギリギリだったんだね。お疲れ様トレーナー。今はゆっくり休んでいいからね)
すぅすぅと気を休めているトレーナーの顔を飽きるまで眺め、その日は彼が起きるまでずっとそのまま過ごすこととなった。
夕方になってようやく起きたトレーナーは、頭上の私と目が合ってフリーズした。
直後、思い出したようにガバッと起き上がる。
「今何時!? もうこんな時間!? ってことはあれからずっと……。 えぇ!?」
事態を把握していく毎に混乱を深めていく様子のトレーナー。それが少し見ていて面白かった。
「あはは〜、おはようトレーナー。グッスリだったね〜」
「おはようタンホイザ……って、そうだごめん! ずっとあのままで大変だったでしょ? 起こしてくれても良かったのに…」
そう言って済まなそうにするトレーナーだったが、すぐに思い改める。
「いや、違うな…。ありがとうタンホイザ。キミのおかげで久しぶりにゆっくり眠れたよ」
「それは何よりです。よかったよかった〜」
「ふわぁ……。スッキリした…。最近不眠症だったのに気付いたら寝てたなぁ。タンホイザが居てくれたから安心出来たのかな?」
トレーナーがふむふむという感じで自己分析する。
"私のおかげ"と言ってくれて、とても嬉しかった。
トレーナーの力になれたことが嬉しかった。
その日はもう遅いこともあって解散となった。
私は少し安心していた。
これでトレーナーのお家のことも解決するといいな、と楽観的に考えていた。
だからその翌日に、顔を腫らして体の色んな所にケガを負ったトレーナーを見て愕然とした。
「えっ……トレーナー…なんで……」
「あ〜…ちょっと転んで……。って言いたいけど、言い訳出来ないよねやっぱ…」
ハハハ…と力なく笑うトレーナーに私は詰め寄る。
「流石に、もう何があったか聞かせてもらいますよ!」
苦笑したままのトレーナーをソファに座らせる。
隣に私も腰掛けて居直った。
「それで、何があったんですか? このおマチさんに遠慮なく相談してみてください」
言葉はなるべく重たくならないように注意して、だけど真剣に聞いてみた。
同時に、トレーナーの手を取った。
自分より大きなその手は、少し痩せたのか皮が余っているのがわかる。
この短期間でどれだけ心労を募らせればこうなるのか。
想像したら少し怖くなった。
「……随分心配かけちゃったね。…せっかくだし聞いてもらおうかな……」
あまり生徒に言うのはどうかと思うんだけどね…。とトレーナーは自虐的な笑みを漏らす。
「前に、家のことでゴタゴタがあるって言ったの覚えてるかな」
首肯のみで応え、続きを促す。
「その時から妻とちょっと揉めててさ。それが今回爆発したって感じかな」
そう言ってトレーナーはひと呼吸置く。続きを私は黙って待った。
トレーナーは口調は驚くほど重たい。
「事の始まりは、妻が同窓会に出たことからなんだ」
「結婚当初から専業主婦を希望していた彼女が、突然働きに出たいと言い出した」
「僕が稼いで彼女が家のことをする、彼女が決めたことだったが、急に考えを変えたと言ってね」
「急だな、とは思った。けど強く反対する理由もないから了承したんだ」
「どこで働くの?って聞いたが友達のところ、とだけ返ってきた」
「その時は僕も深く考えず追求せず、頑張ってねとだけ答えた」
「二人とも働くことになったから仕事のある日の家事を分担するように提案した。これまで休日をそうしてきたように、平日も二人でやれば良いと思った」
「その時に妻は了承したけど、結局その約束は守られなかった」
悲嘆に暮れるようにそう呟くトレーナーに、私は声をかけることなく黙って聞くことにした。
「妻の帰りは日に日に遅くなり、家事もしてくれなくなった。僕に任せきりになり、日を跨いで帰宅することも増えた。流石に口を出すことにした」
「彼女は『仕事で疲れてるんだからしょうがないでしょ!』と怒った。でもそれはお互い様だから協力しようと言ったじゃないかと僕は言った」
「それに帰りも遅すぎるので、どんな仕事をしているのかと聞いたら『一々うるさい!』と怒鳴られた。僕の知ってる彼女の姿はもうそこになかった」
「その日は落ち着いて話せないと判断し、また今度話そうと言って終わった。その日から寝られない夜が続いた。既に嫌な予感はしていた」
これまでのことを順々に想起しつつ語るトレーナー。
最初に様子がおかしかったのはこの日かな、と半ば確信した。
「帰宅時間を改めることもせず、話もしてくれない彼女に痺れを切らした僕はプロに調査をお願いすることにした」
「それから数日の間も妻の態度は変わらなかった。そしてとうとう興信所からの調査結果が告げられたんだ」
「クロだった。彼女は友達の会社で働くと言って、連日同窓会で再開した男と会っていた」
「証拠の写真と一緒に問い詰めた。そしたら…」
パンッ!!
『妻のこと疑うなんて信じられない!! いくら夫婦でもプライバシーの侵害よ!! 訴えてやるから!!!』
「って平手打ちされて言われたよ…。その後も暴れるもんだから鎮めるのに必死でね。でも、もう関係の修復は不可能だって悟った」
「だからもう……離婚することにしたんだ…」
ツゥーと涙を流すトレーナー。
あんな人じゃなかったんだけどな…という呟きには、もう私には計り知れない感情が織り交ぜられているように感じられた。
思わず、掴んでいた手をぎゅっと握りしめた。
そんなことになっていたなんて…。
私は、ただトレーナーには元気で幸せにいて欲しかったのに。
私の恩人であるトレーナーには笑って過ごして欲しかった。
それなのに、今目の前にいるトレーナーは激しい悲しみに暮れている。
どうにかしたいと思った。
どうにかしなきゃと思った。
私が。
「トレーナー……」
彼の両肩を取って、自分の方へ引き寄せた。
彼の頭を胸のところに持っていき、ぎゅうと抱きしめる。
「大変だったね。トレーナーは悪くないよ」
耳元で優しく囁く。
右手で頭を撫でる。ゆっくりと。繰り返す。
やがて、情緒の決壊したトレーナーとしばらくそのままでいた。
彼が落ち着くまでずっと、ゆっくりと優しく撫でて、心音を聞かせて落ち着かせた。
そのままどれくらいの時間が経ったか分からない。
でも、とても長く濃密な時間をトレーナーが全ての感情を吐き出すまでずっと付き添った。
落ち着いたトレーナーと離れた時、彼は顔から火が出そうなほど恥ずかしそうにしていた。
「ハハハ……。いやぁ、大人なのに恥ずかしいところ見せちゃったな」
泣き腫らした顔でくしゃっと笑ったトレーナーは、見た目に反して清々しい顔つきだった。
スッキリしたという雰囲気になって、私も嬉しかった。
「いえいえ、大人だって泣きたい時はあるものです! それより元気、出ましたか?」
「…うん、おかげさまで。ありがとう」
そうやって二人で笑いあってると、
ぐぅ〜
と言う音が部屋に響いた。
お互いサッとお腹に手を当てる。
空気が一気に弛緩していくのが分かり、私達は更に笑いあった。
「トレーナー、お腹空いたならウチに寄っていきませんか?」
「ウチ? あ、そっか定食屋か。いいね!」
「決定〜! よーし、今日は腕によりをかけちゃうぞ〜!」
「タンホイザが作ってくれるの? 楽しみだなぁ」
本当に期待してくれているのが雰囲気で伝わった。
むん!と気合が入る。
それからは他愛もない話を交えながら二人で帰路に着いた。
トレーナーが私の両親に軽く挨拶を済ませた後、私は言った通り気合を入れて料理を作った。
二人分をどんと用意して、一緒にいただきますと合図した。
彼は、本当に美味しそうに食べてくれた。
目に涙を軽く浮かべて。本当に幸せそうに。
そんな様子を見ていると、私もすごく幸せな気分になった。
これが、私の求めているものだったと自覚した。
これからも、この気持ちが欲しいと願った。
二人で食事を進めていくと、最後にコロッケが一つ余った。
「はんぶんこ、しましょうか♪」
これからの幸せも苦労も。
前回に引き続いてご精読頂きましてありがとうございます。
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投稿ペースはやはり3日置きぐらいになりそうです。
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