トレーナーが離婚した…!!   作:村瀬隆也

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マチカネフクキタル編

 

 私は自信が持てなかった。

 

 自分で意思決定すると、必ず不幸に見舞われると思っていた。

 

 だから、シラオキ様に頼った。

 私の中のありがたい神様は、たくさん私を導いてくれた。

 

 シラオキ様の仰る通りにすればとても上手くいった。

 たまに、いや時々、いやそれなりに上手くいかないこともあったが、概ねそれで問題なかった。

 

 トレーナーもお告げの通りに見つけた。

 

 運命の人だという。

 逃してはいけないという。

 シラオキ様がそう仰るなら、と積極的に声をかけ、紆余曲折経て担当トレーナーになってもらった。

 

 結果的に、シラオキ様の言う通りだった。

 あなたは類まれなる指導能力で、私を勝利に導き続けた。

 私の願掛けやジンクスに呆れつつも否定せず付き合ってくれた。

 

 運命に絶望した時は、それを覆す自信と力をくれた。

 初めてシラオキ様より信頼出来る人を見つけた。

 あなただと思った。

 ぼんやりと、これからもずっと一緒に居たいと思い始めた。

 

 あなたが既婚者だということは、左手の指輪を見て知っていた。

 担当当初から知っていたはずだった。

 

 それでも、自分の感情に気が付いた時はショックだった。

 遠くからぼんやり見えていた壁だったのが、それに近づくに連れてその大きさと絶対性を思い知らされたようだった。

 

 だから自分の本当の気持ちはひた隠して、精一杯明るく無邪気に振る舞った。

 壁の内側には入れないけど、その付近は暖かく幸せだったから。

 

 仕方がないと思うしかなった。

 あなたの運命は私のトレーナー止まりで、その先はないのだと無理やり納得した。

 こんな優秀な人がトレーナーになってくれただけでも感謝しなければならないと。

 

 

 そう納得しようとしてたのに。

 ひどいですよこんなの。

 

 あなたが望まぬ相手と結婚していたなんて。

 

 そんなことを知ったら、諦めきれなくなる。

 既婚者だと思っていたのに、あなたのそれは愛のないものだなんて。

 堅牢だと思っていた壁が、実は押せば倒れるハリボテだったなんて。

 

 

 そんな運命、抗いたくなるじゃないですか。

 

 

 

     ────────────────────

 

 

 

 その事実を聞いたのは担当が始まってから随分後のことだった。

 トレーナーが既婚者だということは知っていたが、あまり家族の話を聞かないことを不思議に思っていた。

 プライベートと仕事を分けているだけだと思っていたが、それにしたって平日は夜遅くまで仕事をして休日はレース場に足繁く通っている。

 

 その日も、私の練習用シューズを買いに二人で出かけていた。

 なんの気無しに、ふと他意無く水を向けた。

 

 「そういえばトレーナーさん。いつもお出かけに付き合ってくれていますが、お家のことはいいんですか?」

 

 暗に、奥さんを放っておいて自分に時間を使ってばかりで大丈夫なのか?と聞いた。

 私の無邪気な問いに、トレーナーさんは苦笑していた。

 

 「あぁ、いいんだ。あまり家に居るほうが怒られてしまう」

 

 「…そうですかー。じゃあ心置きなく付き合ってもらいますからね!」

 

 「良いけどさ、またあんま余計なモン買わんでくれよ?」

 

 「ソンナァ!! ラッキーアイテムは必要なモノですよー!!」

 

 いつもの軽口を叩きながら店へと向かう。

 

 少し暗い雰囲気を見せたトレーナーさんを見て、聞いてはいけないことだと瞬時に判断し、すぐに話題を切り替えた。

 

 シューズを念入りに選定し、これだというものを見つけて購入した後、時間も頃合いだったので昼食をファミレスで取ることにした。

 時間的にはお昼を少し外れたくらいだったため、休日といえどすぐに席に案内された。

 

 お互いが注文した後、トレーナーさんの携帯に着信があった。

 番号を確認した彼は、一瞬顔をしかめるように歪ませた。

 

 「ごめんフク。ちょっと電話してくる。注文届いたら先に食べててくれ」

 

 「あ、はい。わかりました〜…」

 

 そう言って足早に店を出るトレーナーさん。

 誰からだろうという疑問は残ったが、多分あの顔を見るに良い話ではなさそうだと予想した。

 

 一人でボックス席に座っていると、その広いスペースが寂しさを加速させた。

 足を伸ばし、まだかまだかと待ちわびていると、先に料理が届いた。

 私のパスタとトレーナーさんのハンバーグ。同時に届いたが、トレーナーさんはまだ戻らなかった。

 しばらく、ハンバーグの鉄板が鳴らすパチパチという音と共にトレーナーさんの帰りを待っていたが、流石に冷めてしまうこともあり私はパスタに手を付けた。

 

 一人で食べるご飯は孤独感が増し、味は悪くないはずなのにあまり美味しいと感じられなかった。

 

 なるべくチビチビと食を進めていったが、トレーナーさんが戻ったのは食べ終わる直前になった。

 

 「ごめんフク待たせた!!」

 

 「もう! トレーナーさん遅いですよー!」

 

 「ごめんごめん! すぐ食べるからちょっと待ってて」

 

 もう冷めてきているハンバーグを急いで口にかきこむトレーナーさん。

 先ほどの電話が想定していたよりかなり長引いてしまったらしい。

 

 気になる。

 私を放ってまで対応した用事とは何だったのか。

 

 「…トレーナーさん。さっきの電話随分長引いてましたがお仕事ですか?」

 

 軽く問いかけてみた。

 仕事の電話ならしょうがない。そういう含みもあった。

 

 「あー…、いや、仕事…とは違うんだが……」

 

 トレーナーさんは少し気まずそうにしている。

 そのまま続きを待っていると、悩んだ末に「これはまだ決まったことじゃないから」と前置きを入れた。

 

 「来月の日曜に妻の実家のパーティに来いと言われてね」

 

 「パーティですか? それに来月というと、まさか……」

 

 「そう。ちょうどフクが出走する宝塚記念の日にやるんだと」

 

 えっ……と固まってしまった。

 レース場にトレーナーさんが来ないことを想像し、一瞬にして頭が真っ白になる。

 

 「あー待て待て! 今なんとか欠席できるように調整してるから! フクが出るってのに俺が行かないなんてありえないからな」

 

 トレーナーさんの言葉に一旦冷静になることが出来た。

 ただ、依然として不穏であることに変わりはない。

 トレーナーさんは最悪のケースについて続ける。

 

 「ただな……、妻の実家は大企業の経営者で力を持ってるから強引に事を運んでくる可能性も、ある。無論、そんなことにはならないように動くつもりだが……」

 

 そう語るトレーナーさんの顔色は暗い。

 その表情が事の深刻度を表していた。

 

 「この際だからついでに話すけどさ、俺と妻はいわゆる契約結婚という形でね」

 

 ケイヤク結婚? 聞き慣れない言葉に疑問符が浮かぶ。

 

 「実際に婚姻届を出して一緒の家に暮らしてはいるが、それは別に愛してるとかじゃなく、お互いの利益のために夫婦という形をとっているだけなんだ」

 

 「えぇッ!?」

 

 先ほどまでの雰囲気を吹き飛ばす衝撃の事実だった。

 大きな声が出てしまった私にトレーナーさんはシィーと静かにするよう言いながら更に続ける。

 

 「俺の実家もそれなりに裕福でさ、兄貴が跡を継いだから俺は自由にさせてもらってるんだけど、結婚相手だけはそうも行かないらしい」

 

 「昔から縁の合った家の娘と関係性を繋ぐための、実質的には政略結婚って感じかな。今時そんなって話だし、ウチはともかく相手方にとって跡を継がない次男にそれほどの価値があるとは思えないんだけどな」

 

 ハハッ、ともう慣れたと言わんばかりに話すトレーナーさん。

 彼はそう自嘲的に言うが私には分かる。

 

 今やウマ娘のレース、そしてそのライブは国民的なコンテンツだ。

 それに直接関わる中央のトレーナー。価値がないわけがない。

 

 「だから最低限お互いの家の顔は立てないといけない。面倒だけど、俺だけの問題じゃないからな…」

 

 「そんな、それじゃあ…」

 

 「あぁ、最悪俺はレース場に行けないかもしれない。最善は尽くすが」

 

 「…いえ、まぁそれはもう、そうなったら仕方ないと思うんですが……」

 

 ウソだ。仕方ないだなんて思っていない。

 

 「それより、それじゃあトレーナーさんは望まない相手と結婚したってことですか? それでトレーナーさんは良いんですか?」

 

 納得いかないのはそこだ。

 昔ならともかく、今時そんな話あんまりじゃないか。

 

 「……まぁ、そりゃあ自由にやりたいけどさ。元々結婚願望はなかったし、やりたかった仕事は変わらず出来るからな。形だけだからまぁ仕方がないと思ってるよ。今回みたいな面倒ごとさえなければ良いんだけどな」

 

 

 「しょうがない。"運命"なんだよ」

 

 

 トレーナーさんのその言葉に、私の中の何かがキレた。

 

 なんですかそれ。

 運命に抗えるって言ってくれたのはトレーナーさんじゃないですか。

 それなのにあなたは、自分のことは運命で片付けるんですか。

 許せません。

 

 形だけなら隣の席を空けてください。

 愛してもない女を、その席に座らせないでください。

 私ならそんな手間はかけさせませんよ。

 

 私なら。

 

 

 自分の胸に火が点った瞬間だった。

 別れて欲しいと明確に攻撃的な意志が芽生えた瞬間だった。

 

 初めてシラオキ様にお願いした。

 他人の破滅を。

 

 

 

 

     ────────────────────

 

 

 

 

 数日後、ある大企業についてのニュースが流れた。

 奇しくもそれは、この前聞いたトレーナーさんの奥さんの実家が経営している企業だった。

 

 内容はいくつかあったが、まとめると不適切会計が明るみになったとのことだった。

 毎年の巨額な損失を粉飾決算で隠し、無理なノルマを社員に課していたことで過労死の事実を隠していたことも発覚した。

 

 その衝撃的な内容に、私は困惑を隠せなかった。

 

 あまりにも私に都合が良すぎたから。

 

 私の意志が現実に反映されたかのようだった。

 だが同時に心配にもなった。

 これでトレーナーさんが更に忙しくなってしまったらどうしよう。

 

 だがそれ以上に、私はあることを期待してしまっていた。

 

 

 

 

 その日にトレーナー室へ行くと、既にトレーナーさんが居た。

 

 「おはようございます!」

 

 「おはようフク! 今日は早いな!」

 

 いつもより、少し元気に見えた。

 あんなニュースがあった後なのに、不思議だなと思っていると。

 

 「あぁ、そうだフク! 良いニュースと悪いニュースがあるんだがどっちから聞きたい?」

 

 「えぇー? これはまた急ですねぇ!? むむむ、どちらにするか……ここは一つ占いで……」

 

 水晶玉を用意する私。

 良いニュース…まさかと期待してしまう。

 

 むむむ、と占って見ると吉報有り!とだけ出た。

 ?となったが、それならばと

 

 「キマシタ! では良いニュースからで!」

 

 「お、良い方からか。よし、それじゃあ言うぞ〜」

 

 わざともったいぶるトレーナーに合わせて私もわざとらしくゴクリと息を呑む。

 

 「前に話したパーティがなくなったので宝塚記念に行けるようになった!」

 

 「おぉ〜! スバラシイ! いやぁ、良かった良かった! これはもう勝利も戴いたようなものでは……!?」

 

 「いや、そうはならんやろ! 油断するなよフク〜!」

 

 「も、もちろんわかってますよぅ!」

 

 ハハハ、と笑いながら軽いやりとりをする私たち。

 本当は別のことを期待していたのだが、今はこれで良いと思った。

 何はともあれ、いつもの日常が戻ってきたようで嬉しかった。

 

 しかしこうなると、悪いニュースというものが気になる。

 

 「それでトレーナーさん。悪いニュースというのは…? まさか! トレーナーを辞めてしまったり……とか……?」

 

 「いやそれは悪すぎるな。辞めん辞めん」

 

 「ホッ! 一安心です!」

 

 「まぁ、悪いニュースって言ってもフクには直接関係ないことなんだけどさ……」

 

 そう言いつつ、少し言いづらそうな雰囲気を出すトレーナーさん。

 辞めないし私に直接関係ないこと、と言われた時点でかなり安心していたのでのんきに待ち構えていた。

 すると、

 

 

 「実は、離婚しました! バツイチになっちゃった…」

 

 

 コミカルに告げたトレーナーさんとは対称的に、私は固まってしまった。

 どうやら、奥さんの会社が報道よりもかなり危ない状況で、トレーナーさんの実家を含む他の企業も関わりを回避するようになったそうだ。

 トレーナーさんもそれに伴って離婚するように実家から指示されたそうだ。

 

 

 恐ろしくなった。

 何故こんな幸運が、と。

 

 口角が上がってしまうのを誤魔化すように慌てて口を開く。

 

 「そ、そうだったんですか〜! そんなトレーナーさんに必要な幸運のお守りを……」

 

 そう言いながら体を反転してカバンをがさがさと漁る。

 漁るフリをしながら落ち着こうとする。

 

 これ以上は危なかった。

 喜んでいる姿をトレーナーさんに見られるところだった。

 

 少し冷静になれたところでトレーナーさんに渡すハンカチを取り出して振り返る。

 

 「ハイどうぞ! 幸運の黄色いハンカチです! これで福来たる!ってものですよ!」

 

 「何渡されるかと思ったらハンカチか、良かった…」

 

 「どういう意味ですかそれ〜! フンギャロフンギャロ~!!」

 

 「ハハッ 悪い悪い。ありがとうなフク」

 

 談笑しつつ空気が明るくなるのを感じる。

 上機嫌なトレーナーさんは更に続ける。

 

 「いやぁ、皮肉な話だが、離婚したことで結婚についてよく考えるようになったよ。やっぱり形だけの契約結婚ってのは良くないなぁ」

 

 ふむふむ、と顎に手を当ててそう語るトレーナー。

 

 「ほぉほぉ。それでは結婚願望が出てきたと?」

 

 「願望ってほどじゃないけどな。良い人居たらってぐらいには、かな?」

 

 「そうですか! それなら良いご縁がありますよきっと!」

 

 そう言いながら私は渡したハンカチを指差した。

 言われたトレーナーさんは少し不思議そうにしている。

 

 「コイツが福だけじゃなくてご縁も恵んでくれるのか? それは求め過ぎなんじゃないか〜?」

 

 軽く返すトレーナーさんに、私は人差し指をビシッと立てて返した。

 

 

 

 

 「いえいえ、そんなことありませんよ」

 

 

 「これであなたにフクキタル!ですよ」

 

 

 

 

 シラオキ様の言う通りでした。

 

 やっぱりあなたが私の運命の人だったんですね。

 

 元の運命は覆りました。

 

 今度の運命は、絶対に揺るがせませんよ。

 

 あなたには私がいますからね。

 

 これからじっっっっくり縁を結んでいきましょう。

 

 

 「ふふっ…ふふっ……♪」

 

 





 前回に引き続いてご精読頂きましてありがとうございます。

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