境界の桜   作:阿頼耶

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第1話

 まぁ、割と幸せな人生だったんじゃないかと思うんだ。

 

 『前の世界』じゃ不摂生が祟って30半ばで死んだけど…こうして創作の世界に生まれ変わるなんてベタだけど実際にはそうそう無いだろう体験もできた。与えられたこの眼も正直最初は慣れなくて、気持ち悪くて吐きまくってたけど『見方』が分かってからはそんなに苦じゃなかったし。

 

 後悔が無いって訳じゃないけど、それも些細なことばっかりだ。例えばこれから会うはずだった人に会ってみたかった、とか。死んでしまったあの人を救ってみたかった、とか。でも逆に考えてみれば描写されてなかった状態の人たちを見れた。あの人を救うっていうのも…多分『桜』がヒーローを目指し続けてたらその過程できっと救うだろう。

 

 他の俗っぽい後悔はこの際きっぱりと捨てることにした。『この子』の為なら(ちょっと後ろ髪は引かれるけど)すべて捨てられる。

 

 それに、いい加減異物は消えるべきだ。

 

 目覚めたら俺の力も宿ってるはずだ。こればっかりは分からないが、多分大丈夫だろう。

 

 ここまで長々と話してしまったが…何が言いたいかと言うとだ。これから先、精一杯生きてくれ。幸せになることを願ってる。じゃあな!

 

 

 

 私はきっと、罰を受けるべきだ。

 

 

 

 白と線が、見えた。

 

 それが天井だと理解するのに少し時間がかかる。少しだけ冴えた頭でここはどこなんだろうと考える。こんなやたらめったらに線を引きまくったかのような模様が入った天井の場所なんて碌に思いつかない。

 

 そうして首を横に向けて、ゾッとした。

 

 視界に入るもの全てに引かれてる線。カーテンにも、机にも、扉にも、窓にも、そして人にも。

 

 線。線。線。

 

 そこまで見て、ようやく気付いた。これは、死だ。

 

 看護師が血相を変えて駆け寄ってくる。偶然近くに居たのか、呼ばれたのか、複数の白衣を着た医者も駆け寄ってきて、私の手を押さえ込もうとする。邪魔だ。この眼を潰せない。でも、その手を振り払うこともできない。その線に触れてしまうのが怖い。それを殺してしまうのが怖い。『彼』はずっとこんな世界を見ていたのか。

 

 ……そう言えば、『彼』が言っていた。この眼はたとえ眼を潰したとしても見え続けるものだと。試しに、眼を瞑ってみる。

 

 線が、見えた。

 

 

 

 しばらくして、校長先生が来た。雄英高校の校長。そんな人が入院したくらいで見舞いに来るとはかなり意外だった。だけど、思い当たることはある。それは大事な体育祭があと少しと言う時期にヴィランに殴られて入院したこと。もしかしたら、というか確実に体育祭に出られないだろう。見舞いの果物を受け取りながら、取り留めもない思考を続ける。そんな時に話しかけられたものだから少し驚いてしまった。

 

「すまない、驚かせてしまったね?」

 

「いえ、大丈夫です」

 

「じゃあ、初めにキミはどこまで現状を把握しているかな?」

 

「えっと、この前指名手配されたばかりのヴィランに殴り飛ばされて、入院することになった、くらいです」

 

 校長先生はそれまで浮かべていた微笑みを消して、真剣な表情になった。

 

「……いいかい、今から言うことを落ち着いて聞いてほしい。キミは約2年間ほど昏睡していた」

 

 時が止まった。少なくとも、私の中では。校長先生は話を続けてるようだけど、それが全く聞き取れない。私にはついさっきの出来事のようにしか思えない…けど、確かに2年も経ってるならこの身体の衰えも怪我がすっかり治ってることも辻褄が合う。それに、校長先生はよく冗談を言うけどこんな冗談は言わないだろう。

 

「………………そこでだ、キミに提案がある」

 

 ハッと意思が戻る。

 

「もう一度1年生として入学しないかい?」

 

「1年生として、ですか?」

 

「キミの同級生だった子達は今はもう3年生だ。そのまま復帰させるのは難しい。それにキミが事故にあったのは入学してすぐと言っていい時期だからね」

 

 昨日まで顔を合わせていた友人がもう遥か遠くに行ってしまったような気がして、痛みを感じないはずの胸が少し痛む。

 

「そう、ですね。分かりました。もう一度1年生としてお願いします」

 

「幸い、今は2月中旬だ。4月まで時間はあるからリハビリなども十分にできるだろう。あぁ、最後に一つ、キミの新しい担任が近くに訪れるから詳しい説明はその時に聞いてくれ」

 

「はい。………あの、ありがとうございます」

 

 病室から出ようとしていた校長先生は振り返って微笑みながら、お安い御用さ、と言った。

 

 

 

 私はまだ同級生に会う勇気が出なかったり、眼を切り替えることができるようになったり、個性でリハビリの効果を高めてもらっていたとしても驚きの速度で筋力が戻ってきたりした。事件に巻き込まれる前の私とほぼ同じ状態の今、病院のベットが少し窮屈にさえ感じる。

 

 体力が有り余っていて、少しもどかしいような気持ちになってきた時にその先生は来た。

 

 髪はボサボサ、無精髭が生えてて黒づくめの格好を見た時には正直言って不審者かと思ってしまった。話してみたら少し厳しいところはあるものの、ちゃんとした先生だった。

 

 先生を見送って、私は思考の海に沈む。

 

 私の中から消えた、『識』。物心ついた頃からずっと一緒だった彼。事故にあった後、私の記憶が正しければ彼は私の代わりに消えてしまった。彼は私の代わりなんて一言も言ってなかったけど…私には分かる。16年来の付き合いなのだ。

 

 だからこそ余計に自分が憎い。私の不注意で、彼を殺してしまった。私のせいで。今すぐこの喉を切り裂いてしまいたい。心の臓を引き摺り出してしまいたい。

 

 でも、それでも、私には死を選ぶことはできない。だって彼が精一杯生きてくれ、と。幸せになってくれ、と。そう言っていたから。私は彼の為に精一杯生きなければならない。私は彼の為に幸せにならなければいけない。

 

 私は彼の祝福/呪いを芯に、この世界/地獄を生きていく。

 

 その結論に辿り着いて、私の取るべき行動はすぐに分かった。

 

 

 

 ついに退院の日。私のすべきことをする。

 

 長い髪はそのままストレートにして頭の左側の髪をリボンでまとめる。よく分からないが彼が言うにはこれぞ桜って感じの髪型らしい。

 

 声は少しだけ低めに、口調は彼のように。子供の時は彼の声色や口調の真似をしては彼に言葉遣いを直されていた。でももうそれを直してくれる人はいない。

 

 看護師さんに無理を言ってネットで買った服を受け取ってもらった。親も親戚もいないので服を持ってきてくれる人がいなかったのだ。一応保護者代わりは居るけど、あまり迷惑はかけたくなかった。

 

 青の着物の上から赤のジャンパーを羽織る。どう考えても合わないはずなのに、何故かしっくりくる。きっと彼が聞かせてくれた物語の主人公と同じ服装だからだ。彼は並行世界の自分とも言える存在の話だと言っていたが、そんなことをどうやって知ったのだろうか?彼には結構謎がある。

 

 これが、今日から新しく生きていく浅儀 桜だ。

 

 まずは保護者代わりの人達に会いに行かなければ。

 

 

 

「長い間入院して、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

 

 対面にいる私の保護者代わりの方達に謝罪する。私が入院してた間の家の管理などもしてくれていたらしいのだ。どんな反応が返ってくるのか、少し怖い。

 

「………はぁ、今日という今日は言わせてもらうけどね、アンタ大人びすぎ!少しは私たちに迷惑をかけようって気持ちがないわけ!?ヴィランに襲われて入院したかと思ったら見舞いは断るわ退院の準備もすでに済ましてるわ!こっちを頼りなさいっての!」

 

 返ってきた反応が少し違くて、驚く。多少なりとも怒られるかな、と思っていたのに。

 

「ま、まぁまぁ落ち着け、凛。退院したばっかりで真っ先に謝罪っていうのは俺もどうかと思うけど、そんな怒鳴るなって。それに頼るとかって結構難しいんだぞ?」

 

「えぇそうでしょうね!この子は良くも悪くもアンタに懐いてたから似たのかもしれないわね!ていうかシロウはこの前だって私が近くに居たのに自分1人でなんとかしようとヴィランに突っ込んでたわよね!」

 

「うわ飛び火した!?いや、それはほら、俺1人でなんとか出来そうだったし実際なんとかできたわけで…」

 

「だからそういうのをやめなさいって言ってるの!」

 

 2年進んだこの世界で、前と変わらずぎゃあぎゃあと仲睦まじく喧嘩する2人をぽかんと見ていたら、つい笑ってしまった。

 

 ハッとして口を押さえるが2人はじっとこちらを見ていた。そして2人が目を合わせて、もう一度こっちを向いて私の頭を撫でる。

 

「それで良いのよ。桜は子供らしく、笑ってなさい。それに今は謝るべき場面じゃないわ。このバカにも口酸っぱくして言ってるけど、こういう時はありがとう、よ」

 

「そうだぞ、俺が言えた義理じゃないけどな」

 

「それは本当にね」

 

「スミマセン…」

 

 衛宮夫妻のいつも通りのコントを見て、また笑ってしまう。その後はこれからどうするのかを話して、家に帰った。夕食をご馳走すると言われたけど、まだ復帰のための準備があると言って断った。

 

 あの家の暖かい空気に浸っていると、決意が揺らぎそうになってしまう。私はこんなところで折れてはいけない。それに、準備をしなくちゃいけないっていうのも嘘じゃない。いくつか確認しなきゃいけないこともある。

 

 でも、今の私にはこの選択がターニングポイントに思えて仕方がなかった。例えば、天国の道か、地獄の道か。なら例えもう一つの選択が天国だとわかってたとしても、私はこの選択をしただろう。

 

 識は私の幸せを願った。でも識を殺した私は幸せになるべきじゃない。それなら、私の一生を使って識を演じて、識として幸せになる。識が幸せになってくれるならそれが私にとっての幸せだから、何も間違ってない。

 

 周りの人には二重人格って知ってる人もいたから、私自身を出さなきゃいけない時もあるだろうけどそれは最小限にしよう。できるだけ長く識で居なくちゃ。

 

 

 

 それから、復帰するまであっという間に時間が過ぎた。まぁ、ここまで来てまだ前の同級生に会う勇気が出てないのだが。買い直した制服に袖を通して、軽く化粧する。ご飯、味噌汁、しゃけ、漬け物という定番といった感じの朝食を食べて少し早めに家を出る。余裕を持って行動するのが社会人として当たり前だ、と識が言っていた。

 

 通学中の風景があまりにも変わらなさすぎて2年近くも昏睡してたなんて嘘だったんじゃないかと思えてくる。でも、その度に前までは感じられていたもう1人が居なくなってることと、死が見えるこの眼が現実を突きつけてくる。

 

 やめよう。これからまた新たな生活が待っているのだ。ウジウジしながらスタートを切るのは良くないだろう。

 

 そうして気持ちを切り替えたところで、雄英の校舎が見えてくる。いつも通りに入って、いつも通りにクラスへ入る。でもそこにいつものみんなはいない。いつもの私もいない。一抹の不安がよぎるが、それを無視して教室へ入る。

 

「おはよう」

 

 識のように声を出すことを忘れずに、挨拶をする。教室にはまだ1人しか来ていないようだった。

 

「おはよう!俺は私立聡明中学出身、飯田天哉だ!」

 

「オレは浅儀桜だ。よろしくな」

 

「浅儀クンだな!よろしく頼む!」

 

 真面目な子なんだろうか。出身中学から含めて自己紹介をしてくれた。少しから回ってる気がするけど。

 

 自分の席に座り、ポケットに手を入れて背もたれに体を預ける。決して、飯田くんが暑苦しいと思ったり、不良っぽくしておけば距離をとってくれるかなとか思った訳ではない。思った訳ではないったらないのだ。

 

 そうして眼を瞑って考え事をしていると、いつのまにかほとんどの生徒が揃ってちらほらと会話していた。それを見て、少し疎外感を感じるが話しかけるなオーラを放っていたのだから仕方がない。交友関係は広げたほうがいいかと思うが、今の私は識だ。彼がするだろう行動から離れた行動はあまりすべきではない。

 

 それに、もう歓談の時間は終わりらしい。さっきまで怒鳴り声がしていたが、寝袋に入った状態の先生が睨みを効かせて鎮めていた。

 

「はい、静かになるまで8秒かかりました。君たちは合理性に欠くね」

 

 寝袋を脱ぎながら淡々と話す。

 

「担任の相澤消太だ。よろしくね。早速だがこれ着てグラウンドに出ろ」

 

 その手には体操服が握られていた。

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