邂逅
あれはそう、呪術師に出戻って3年ほどした頃のことです。1級術師として任務でI県のとある山に発生した呪霊と戦闘を行っていた私は、その呪霊に対して違和感を感じていました。その呪霊は素早く、木々を利用して縦横無尽に動いていましたが、ある方向には絶対に向かって移動しようとしませんでした。最初は術式に関連した何らかの制約だと思いましたが、その呪霊の術式は水を操るもので方位に関係のあるものではありませんでした。また、その呪霊の様子からしても、その方向に移動できないのが歯痒いといったものではなく、その方向に進むのを恐れてるようでした。
呪霊を倒した私は、一度帳を出て監督役に経過を報告し、その方向の先を探索する旨を伝えました。先に進むにつれて、空気が薄く澄んでいったように感じたことを覚えています。そして、進んだ先には巨大な樹木とそこに腰かけている少年を見つけました。その少年が藤宮くんです。
――――七海一級術師からの聴取より抜粋
……少年…か?見たところ年齢は10代前半、恐らくは中学生。目を瞑って巨木に背中を預けている。一級の呪霊が避けていた方向にいたということは一級を上回る脅威を持つということか?あるいはこの場所がそうなのであって少年はただいるだけということか。どうする、話しかけるか?……。
「こんにちは。」
何かあっても即座に対応できる距離を保ち挨拶を行う。すると少年はゆっくりと瞼を持ち上げ、すこし困ったように微笑み、立ち上がって挨拶を返す。
「こんにちは、もしかして迷子ですか?」
「……いえ、違います。あなたこそ迷子なのでは。山奥に子供が一人でいるというのは感心できることではありませんが。」
「ふふっ、それはそうですね。でも大丈夫です。ここには昔からよく来ていますし、迷ったこともありません。それに私はこれでも結構強いので。心配ご無用です。」
「そうですか、失礼しました。お名前をうかがっても?」
「はい、私は
会話は十分に成り立ち、周囲にも本人以外からは呪力は感じられない。まず人間として見て間違いない。身体を流れる呪力から見るに呪力も自覚的に扱えている。……問題はない…か。
「私の名前は七海建人、呪術師です。呪術師という職業は知っていますか?」
「いえ、知りません。ただ察しはつきます。おそらくはこの非科学的な力を扱う人たちのことですよね。呪術という名称がついているのは初めて知りました。」
少年はそう言って、手のひらに呪力をボール状に集める。
「えぇ、概ねその認識で間違いありません。ということはあなたはその力についてある程度認識しているということですね。その件についてお話を伺いたいのですが、お時間を頂けますか。」
「えっとはい、夕方まででしたら大丈夫です。」
「ありがとうございます。それではまず共通認識から。呪力とは人間の感情から生み出されるエネルギーであり、利用することで超常現象であったり非科学的なことが起こせる。そしてそれを扱える人間はかなり希少である。ここまではいいですか?」
「この力が感情から生まれるっていうのは初めて知りましたが確かに納得できます。はい、大丈夫です。」
「では次に私の目的について。私はこの山に発生が確認された呪霊の討伐にやってきました。呪霊とは人々の負の感情から生まれる怪物のことで、呪力を伴わない攻撃では傷を負うことはなく、人に危害を加える。そのため、専門の呪霊討伐家が組まれます。それが呪術師です。ここまでに疑問は?」
「ありません。」
「では次に質問に移ります。あなたは呪力に関してどの程度の知識を持っていますか。また、あなた以外に呪力について知っている者はいますか?」
「このあたりで私の他にこの力を感じられる人はいません。なので知識に関しても手探りで殆ど知らないです。身体に流すと力が強くなる、人に依っては不思議な現象を起こせる、くらいですね。」
独学ということか。それにしては随分呪力の操作が熟達している。他に知識がある人がいないというのは嘘か?
「それでは次の質問を。私はこの山に発生した呪霊を先ほど討伐しました。狼に類似した四足歩行の獣型の呪霊です。あなたはあの呪霊の存在を知っていましたか?」
「いいえ、普段は毎日ここにくるので呪霊?という怪物が現れたらすぐに倒すんですけど、最近、中学校の修学旅行で3日間いなかったので、その四足歩行の呪霊というのは知らないです。」
「!普段から呪霊と戦っていたということですか。」
「えぇ、はい。月に何度かですね。」
「なるほど。いつからですか?」
「小学4年生くらいからですね。」
……資料にあったこの地域の呪霊発生がなくなった時期と一致する。ということは6年の間この地域の呪霊をこの少年が一人で倒していたということか。出現する呪霊は低級だけではなかった筈。事実、今回は一級の呪霊が出現した。これまでも何度か一級相当の呪霊が出現していた筈。それを小学生時代から、独学で。信じがたい。
「それは本当ですか?今回私が倒した呪霊は一級に区分されるもので、通常の区分けでは最上級に分類されるものです。これまでも同程度の呪霊が何度か出現した筈ですが、それを小学生が倒してきたというのは俄かには信じがたいです。他の人と協力したのでは?」
「いえ、私一人でやってきました。さっきも言いましたけど私結構強いので」
……一級は結構では済まされない領域の筈だ。
「なるほど、失礼しました。では次の質問です。術式というものは知っていますか。術式とは呪術師が持つ固有の能力です。術式に呪力を込めることで初めて呪術師は、火を熾す、引力を生み出す、呪霊や式神を操る、霊を降ろすなどの様々な超常現象を起こすことが可能になります。この術式は呪術師ならば誰でも持っているというわけではなく、呪力は扱えるが術式は持っていない、術式はあるが呪力を扱えないという人もいます。」
「はい、わかります。私も持ってます。どんな術式か言った方がいいですか?」
「それは結構。術式は強みであると同時に弱みを抱える場合もあります。基本的には黙っている方が良いです。」
「そうですか、では黙っておきますね」
「先ほど人に依っては様々な現象が起こせると言っていましたが、他に術式を持っている人を見かけたことがあるということですか?」
「いえ、他にこの力を扱う人を見たことはありません。ただ、この山で出てくる怪物…すいません呪霊がいろいろ使ってくるので。あとはこの力を持っている人間が世界で自分だけってことはないだろうっていう感覚ですね」
「なるほど」
術式を扱う呪霊。一級相当の呪霊が確かに出ていたということか。そしてそれを祓うことができるだけの能力も。証拠はないが、身体を自然に流れる呪力からだけでもかなりの実力は伺える。完全に放置しておくのは危険か?
「呪術師としての質問はとりあえず以上です。あなたから何か私たちに対して質問はありますか?」
「うーん、特に聞きたいことはないですけど。これからあなたはどうするんですか?」
「補助監督として待機してもらっている人員と合流して報告をおこないます」
「そうですか、それならこれでお別れですね」
「いえ、あなたに提案があります。」
「?なんです?」
「呪術師は万年人手不足、あなた程の能力を持つ人を一箇所に留めておくのは勿体ない。あなたも呪術師になりませんか。」
「えっ。僕がですか。知識もない人間が途中から入れるんですか?」
「ええ、この業界では素質のある人間をスカウトすることも珍しくはありません。私自身も一般出身です。また、知識に関しても問題はありません。呪術高等専門学校という教育機関があり、そこで知識も学ぶことができます。高等専門学校と名の付く通り国からも認可が下りている教育機関です」
「へー、そんなものがあるんですね。というか国は呪力について知ってるんですね」
「いえ、そういうわけではありません。少なくとも政治を行っている内閣などは呪力のことはしらないでしょう。ごく一部の人間のみが呪力について知っているのみです。そういった術師と社会との関係も高専では学びます」
「なるほど。高専ってことはその学校に通う必要があるんですよね」
「高専は呪術の教育機関であると同時に呪術師に対する任務の斡旋機関でもあります。すなわち成人した呪術師も高専に所属しています。したがって通常の高等学校に通いながら呪術師の任務を受けるということも可能です。しかし、任務はかなりの頻度で発生するので呪術師と学生を両立するのは困難です。その点、高専ではある程度柔軟な対応が可能です」
「うーん、地元の高校に進学予定だったんだけどなぁ。どうしよ」
「高専は全国に京都と東京の二校しかありませんから、呪術師になる場合は申し訳ありませんがその高校は諦めてもらうしかありません。ですが高専の卒業後であれば一通りの資格を取得することができ、高専が便宜を図ってくれます。先輩には大学に入るよりも早く医師免許を取得した人もいます」
「あ、そういう裏口的なものもあるんですね。結構至れり尽くせりですね」
「それだけ呪術師は過酷な仕事であるということでもあります。実際、任務の中で命を落とす人も珍しくはありません。なのであなたに呪術師となることを強制することはできません」
「うーん、うん。いいですよ、呪術師になります。特に将来の夢とかもないので」
「いいのですか、呪術師は暗い業界です。嫌なものを目にすることも数多くあります。もう少し考えたり、実際に高専を見てから判断することもできますよ」
「オープンスクールとかやってるんですか?」
「いえ、そういったものはありません。ただ、呪術界は陰惨とした業務や古い伝統に支配された体制であり、気持ちの良い業界ではありません。それを知らせずに勧誘するのはフェアではないので」
「まあ多分大丈夫です。私強いので」
「意思が固いようなら結構です。入校にも手続きがあるので後日また伺いたいと思います。ご家族にも説得が必要でしょう。住所を聞いてもよろしいですか」
「あぁ、はい。I県〇〇市□□町△-△△-△です。電話番号は〇〇〇-〇〇〇〇-○○○○です」
「ありがとうございます。これはあなたの携帯電話の番号ですか?」
「はい」
「人も待たせているのでこれで失礼します。後ほど連絡させていただきます」
「はい、さようなら」
…高専に戻ったら忙しくなりそうだ。現時点で一級相当の能力を持つ後ろ盾のない子供。御三家を始めとした呪術の名家の魔の手が伸びることは想像に難くない。五条さんに目をかけてもらうようにお願いするべきか。ともあれ先ずは報告を行わなければ。
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