「もしもし、七海です。はい、こんにちは颯くん。訪問の件なのですが明後日の13時に伺わせていただいても大丈夫でしょうか。えぇ、はい。入学手続きの書類と保護者への説明ですね。一般人からの入学志望を弾くために普通の方法では申請できないようになっているので。ご両親にもよろしくお伝えください。はぁ、なるほど。でしたらもう少し期日を置いた方が良いでしょうか。そうですか。では明後日の午後1時にご自宅に伺わせていただきます。ご両親にもよろしくお願いします」
日差しがじりじりと窓からリビングを照らしている。二人の男がテーブル越しに椅子に腰かけ各々時間を潰していた。
一人は年若い少年。日本人として平凡ともいえる黒髪黒目でありながら、しかし不思議な雰囲気を漂わせていた。今にも霞となって消えてしまいそうな儚げでありながらも、同時に遥かな過去から遥かな未来まで永遠に存在し続けるであろうという神秘性も感じさせられる。
一人は気の弱そうな顔をした中年。少年と同様の黒髪黒目でありながら、少年とは違い平々凡々な雰囲気を持つ男であった。特筆すべきことも特にない、いたって普通の容姿の男だった。
少年はスマートフォンで何か作業を、中年は本を読み、静かな時間が流れていた。インターフォンが鳴り、中年はびくりと身体を震わせた。どうやら緊張しているようだった。
「七海さんが来たね。出迎えてくるよ」
少年はそう言うと、椅子から立ち上がり玄関へ向かって歩き出した。少年は玄関で二言三言ほど訪問者と会話し、家の中に招き入れた。訪問者はリビングに入り中年を見かけると挨拶をきりだした。
「どうも、こんにちは。呪術高等専門学校から参りました、七海建人と申します。本日は藤宮颯さんの入学に関するお話があって参りました。よろしくお願いします」
七海が挨拶をすると、中年男性は慌てて返事を返す。
「こ、こちらこそよろしくお願いします。私は颯の父親の藤宮
「さて、早速ですが本題に入らせていただきます。颯さんに呪術高専に入学していただきたいです。呪術高専については颯さんからある程度話を聞いていると伺っています。入学に際して円滑な対応のためにも保護者の同意が必要なため、本日はお話に参りました」
「は、はい」
七海は持ってきていた鞄からファイルにを取り出すと、ファイルに挟まれていた書類をテーブルに並べた。
「颯さんの入学に同意していただけるのでしたら、こちらの書類に記入していただき高専まで郵送していただきます。そうすれば、正式に颯さんが高専に所属することになります。そして、中学校を卒業すると自動的に高専に入学することになります。ここまでで何か質問はありますか」
「あ、あの。私は、颯にはあまり危険な目にはあってはほしくありません。颯が望むなら、とも思いましたが、やはり命を失う可能性がある道には進ませたくありません」
「……、親としては当然の心境であると思います」
「颯が不思議な力を持っていてその力で怪物を退治していた、というのを恥ずかしながら私は先日颯に告白されるまで知りませんでした。そんな親失格な人間ですが、それでも私は颯を男手ひとつで育ててきました。颯には傷ついてほしくはないと思います。本日はお引き取りを!」
そう激昂気味に拒絶すると遊馬は書類をファイルに戻し、それを七海に押し返す。普段は穏やかな気性なのだろう、遊馬の隣で座って二人の会話を傍観していた颯は目を見開いていた。
「お待ちください。少し話をさせてください。颯さんとも無関係ではない、呪術界についての話です」
遊馬は怒鳴った手前、気まずいのか少しうつむく。
「……どうぞ」
「ありがとうございます。颯さんから聞いたでしょうが、呪術界というのは万年人手不足の業界です。それは、呪術というものの性質として一般市民に知られるのは望ましくないということに依ります。呪霊、怪物は、恐怖、怒り、悲しみ、そういった人間の負の感情が具現化したものであります。もし市民に呪術というものが存在すると知られた場合、呪術は社会に混乱を招きます。混乱の中で負の感情はより醸成され、呪霊はますます力を増すことになるでしょう。それを避けるために呪術は秘匿されています。少数の人間が特別な力を持つというのが、社会を構成するうえで不都合であるということもありますが。また、呪術の素養がある人間はあまり多くはありません。颯さんほど呪霊と戦える人間はとても希少であり、彼がいればより多くの人間を呪霊の被害から助けることができます」
遊馬は理屈では納得しても感情では納得できないのか、絞り出すように反論する。
「でもそれは、颯が戦わなけれならない理由ではないはずです。この子は優秀です。運動も勉強も人一倍できます。消防士や警察、弁護士になってもたくさんの人を助けられるはずです」
「そしてもう一つ、高専に入らなくとも命の危機の可能性はあるということです」
消防士や警察官になっても命を落とす可能性はあるし、普段の生活の中でも命の危険はあると言いたいのか、と遊馬は考える。
「それは詭弁です!それこそ颯が戦う理由にはなりえないじゃないですか。どうせ命の危機があるなら、呪術師とやらも消防士も一緒。なら後ろ暗い呪術師じゃない方がいいじゃないですか」
遊馬は箍が外れたように捲し立てる。
「いえ、そういうことではありません。呪術師にならずとも呪霊と相対することはあるということです」
「あっ」
「今までも颯さんはあの山で呪霊と戦ってきました。それは確かに私たちの不手際です。もっと人材が充実していれば、颯さんが戦わずにすんでいたかもしれません。しかし、実際にはそうではない。残念ながら、今後もそうでしょう。颯さんが将来、普通の職業についたとしても、呪霊と戦うことになる可能性は十分にあります。呪霊は見られていると気づくと襲ってくる傾向にあります。呪霊が見える颯さんは呪霊に襲われる可能性は一般人よりも遥かに高いでしょう」
遊馬に反論できることはない。
「颯さんは今のままでも十分に強い。恐らくは殆どの呪霊は返り討ちにできるでしょう。しかし、颯さんよりも強い呪霊が襲ってきた場合はその限りではない。呪霊に殺された人間の末路は悲惨です。まともな死体が帰ってくれば御の字でしょう」
その未来を想像し、遊馬は臍を嚙む。
「高専に入れば、その可能性はぐっと下がります。颯さんは呪術を今は独学で扱っています。その練度は独学としてみれば驚愕するべき水準にあります。しかし、それでも拙いところはあります。呪霊に対する知識も足りていません。高専ではそれに対して十分なサポートが可能です。また、卒業後ならば呪術師を辞めて普通の会社に勤めることも可能です。どうでしょうか。颯さんの入学に同意していただけないでしょうか」
「……。七海さん、先ほど円滑な対応のために保護者の同意が必要だと仰いましたよね」
「はい」
「では、私の同意がなければ颯は高専に入学できないのですか?」
「…いえ、そういうわけではありません。口座や所在の手続きは煩雑になるだけで、颯さん単独でも入学は可能です」
「……、ではどうしてこんな説明をしたのですか。見知らぬ男に怒鳴られてまで説明する必要はありましたか。15年育てても気づけなかったのです、黙って颯を入学させることもできたんじゃないですか」
七海は言葉を選ぶべきか逡巡して
「それでは不誠実だと思ったからです。私もまた一般から呪術師になりました。颯さんと同じようにです。そして同期にもう一人、一般の出から高専に入学した級友がいました。そして二人で向かった任務でその級友を喪いました。当時の自分たちは今の颯さんと比べても弱かったからです。そして彼の遺族に会った際、私には遺族に対して謝ることしかできませんでした。彼は家族に対して呪術のこと遠ざけており、呪術師が命を落とすこともある職業だと遺族は認識していませんでした。突然のことに彼の遺族は茫然としていたのを今でも覚えています。せめて、心構えだけでもできるように。そう考えて、今回の訪問を行いました」
七海は努めて業務的に心情を吐露した。
「それはその、辛いことを話させてしまいすいませんでした」
「いえ結構。呪術師の世界ではありふれた話です」
七海はそう言って、ファイルをまた遊馬の方へと差し出す。
「もう一度お聞きします。颯さんの高専入学に同意していただけないでしょうか」
「……、はい。あなたには負けました。颯が望むなら、高専への入学を認めます」
「ありがとうございます」
七海はそう言って、頭を下げた。
「いいの。やったぁ」
それまで黙って静観していた颯は、一触即発寸前だった場の空気が緩んだのを確認して声を上げた。
「あぁ、ただし勉強もしっかりするように。呪術にかまけて勉強をしないというのはいけないからね」
「うん、わかってる。大丈夫」
七海は自分が邪魔になると考え、撤退の準備を行う。
「それでは本日はこれで帰らせていただきます。本日はありがとうございました」
「ほんとによかったの。命を落とすかもしれない職業なんでしょう」
一度は了承したものの、親としてはやはりできればやめてほしいという気持ちは残っている。やっぱり止めるというのならば、頭を下げてでも止めさせるつもりだ。
「うん、いいんだよ。それにほら、呪術高専って学費ないし、呪術師には給料がでるらしいよ。やってることは防衛大学と一緒だよ。内容が少し危険ってだけで」
中学校卒業まではあと1年もない。あの七海という人が持ってきた資料によれば、学生は寮に住んで学校に通うらしい。そうなれば、颯はこの家を出ていくことになる。妻に先立たれてから広く感じるようになったこの家は、さらに広くなりそうだ。少し寂しい気持ちもあるし、親離れにしても早すぎるんじゃないかとも思ってしまう。これは親バカというやつだろうか。この子は昔から手のかからない子供で、あまり構って欲しそうにすることもなかった。ならいっそ開き直って、たくさん構い倒してしまおうか。
「そうだね、じゃあ今日は進学先決定のお祝いしよっか。何が食べたい?」
「うーん、海老かな」
「それじゃあ、買い物にいこっか。エビフライとエビチリとあとなんだろ」
「海老ばっかりじゃなくてもいいよ。お父さんが好きなものも食べようよ。心配させちゃったみたいだし」
「ほんとだよ。それに呪術?についても秘密にされてたのはショックだったなぁ」
「それについてはごめんなさいだね。気味悪がられるかと思ってたから」
「そんなわけないよぉ。颯は楓さんと僕との子供だからね。もし悪魔だったとしても大切にするよ」
そうして二人は車に乗り込み、買い物に出かける。離れ離れになるとしても心は離れないと信じて。
書いてから気づいたけど、主人公の独白とか一切ありませんでしたね。オリ主ものとしては論外では。
オリ主の家族は父のみです。母親は病気で他界しています。
身長は160㎝程度、中肉中背、黒髪黒目で容姿は中性的な感じですね。
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