私と我と俺のお仕事。   作:CoCoチキ

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百二十話 悪夢の終わり

 

 【 トラベラー視点 】

 

 最後の職員が死んでから、またこの会社が静かになった。俺はその光景をただただ見ているだけだった。

 

 「どれだけ助けようと手を伸ばしても、動くことも出来ない俺じゃあ何もできない」

 

 それならばいっそ、目を閉じてしまおう、そうすれば何も見なくても済む。責めるような目も、絶望して死んでいく彼らの顔も、狂ったような笑顔も、全部見なければ良いんだ。

 

 「目を逸らすことが出来ないなら……?」

 

 そう思って目を閉じようとしたら、目の前に大きな黒ウサギが出てきた。

 

 「……なんのようだ?俺に引導でも渡しに来たか?世界の異物である俺に」

 

 抵抗する気力すら無い俺は投げやりに声を掛けて反応を窺う。黒ウサギは俺のことをジッと見つめた後に、ついてこいと言わんばかりに後ろを向いて歩き始める。

 

 「…残念ながら俺はここに縫い付けられてるから歩くことすらできないっての」

 

 俺は無視して目を瞑ろうとすると、俺を突き刺す釘に誰かの手が触れる。流石にイラついて睨め付けると、目の前には俺が最初に死なせてしまったアンソニーがいた。

 

 「……っは?」

 「久しぶりだね。管理人、私を覚えてるかい?キミに初めてALEHP装備を貰ったアンソニーさ」

 

 彼女は旧友にあったと言うような気安い態度で俺に声を掛けてくる。

 

 「な、んで」

 「なんでも何もないさ!キミが大変だって聞いて急いで飛んできたんだからね!全く、ジョシュアやオノリオも何をやってるのさ、管理人をこんなところで一人っきりさせるなんて」

 

 なんでそんな風に会話が出来るんだ?俺にはそんな顔を向けられる資格なんてないのに。

 

 「アンソニー……お前は俺が憎いか?」

 「どうして?」

 「え、だって、俺は」

 「はぁ〜リンの言ってることは本当だったか〜」

 

 リン?どうしてここでリンが出てくるんだ。

 

 「ま、ぶっちゃけると私はいま管理人と同じ世界にいます」

 「はいぃ!?」

 

 本当にぶっちゃけた発言に対して俺は驚き、身じろぎをする。釘がガチャガチャいう音も気にならないほどの衝撃だった。

 

 「ここで蹲ってる管理人を助けて〜って頼まれてやってきました。まぁ夢の中だけどね」

 

 空いた口が塞がらないとはまさにこのことだ。なんてことない風にアンソニーが言うが、本当に驚いた。

 

 「な・の・で!私以外にも説得出来る人たちを連れてきました〜」

 

 アンソニーの後ろの方に目を向けると、見知った顔がイタズラが成功した子供のような笑顔を浮かべて立っていた。

 

 「まぁ、まずは私からだね。管理人…さっき恨んでるかって聞いてたけど私は別に恨んじゃいないんのさ、それは他のみんなだって同じさ、けど管理人のことだし直接言わないと気付けないよね!私からこれぐらいにしとくよ」

 

 釘を抜いてアンソニーが離れていく。そして入れ違うようにオデリがやってきた。

 

 「痛そうですね管理人、大丈夫ですか?」

 「…別に痛くはない、ただ、刺さってる異物感はあるかな」

 「じゃあ僕に任せてください!こんな釘の一つや二つ『笑顔』を振り回すよりも簡単ですよ!」

 

 どうしてここにいるのか、とかなんでそんな風に話すことが出来るのか、とか今更聞いても同じことしか返ってこないんだろうな。

 

 「管理人、あの時はあんな言葉を言ってしまい、すみませんでした」

 「いや、実際にあれは俺のせいだし」

 「いえ!あんなのは精神異常者が勝手に言葉を言ってただけなので!」

 「おい自分のことを遠回しにディスってないか?」

 

 自虐ネタを入れてくるな反応に困るだろ。

 

 「ですので管理人は気にすることなく!」

 

 大きな釘を抜いて、手を振りながら離れていく。

 

 「えっと、この間振りですね!管理人!」

 「…リン」

 「私からは特に言うことはありません!強いて言うなら今はL社に就職するために頑張って抽選を待ってます!一緒に働けるのを楽しみに待ってますね!」

 

 軽快な笑顔を浮かべて釘を抜き、離れていく。

 

 「えっと、管理人!僕です」

 「マリネル?…えっと、あの痛い発言は?」

 「流石にこんな空気の中であの発言をする度胸は僕にないです。はい」

 「あ、そうなの」

 

 今、目の前にいるマリネルは魔弾装備のマリネルだったけど、なんとなく、俺と職場で働いているマリネルと同じだと分かった。

 

 「僕は管理人の中に残っていた記憶の残滓ですけど。それでも貴女といる僕が別人という訳ではありません、なので言わせてもらうとですね。貴女にそんな暗い表情は似合いません、いつものように、サラッと行ってサクッと帰ってきてくださいよ。待っていますから」

 

 慈しむような顔で釘を抜き、離れていく。

 

 「管理人!!!!」

 「うるっさ!」

 

 メイソンが血で濡れるのにも関わらず俺に抱きついてくるメイソン。相変わらずの大声で思わず同じように声を上げてしまう。

 

 「私が言うことはこれだけです!!!!一緒にピクニックしましょう!!!!」

 

 勢いよく釘を抜いて勢いよく離れていく。

 

 「よぉ、後輩、いや、管理人」

 「あ〜〜なんか怒ってるか?」

 「ハッハッハ!人に心配掛けさせておいて怒ってないとでも思ってるのか?」

 「で〜すよね〜」

 

 頭に怒りマークが浮かんでいそうな笑顔のジョシュアが近づいてくる。

 

 「ま、そんだけ軽口が叩けるんなら平気だろ。さっさと帰ってこい、俺からはそれだけだ」

 

 まるで子供を見るような呆れた笑みで釘を抜いて、離れていく。

 

 「管理人!頭は大丈夫か!?」

 「お前喧嘩売ってんのかエヴァンジェリン」

 「間違えた!パニックになっていないか!管理人!」

 「なってなかったらこんなことになってないっての」

 

 近づくなり早々に失礼なことを言うエヴァンジェリンにツッコミをする。

 

 「ダ・カーポで斬るか!」

 「それでなんとかなるかアホ」

 「じゃあ釘を抜いていくしかないな!」

 

 釘を抜いてそこらの床に突き刺すと、離れていく。

 

 「…管理人」

 「……マル先輩…いや、マルクト」

 「あはは、そっちの方では先輩と言われてるんですね私は、ちょっと恥ずかしいかも」

 「名探偵マルクトとかなんとか色々と元気のいい人だよマル先輩は」

 

 セフィラだった頃のマルクトが気恥ずかしいそうにして声を掛けてくる。

 

 「なんの慰めにもならないかも知れませんが、管理人は管理人に出来ることをしました」

 「そう…マルクトはいまどんな仕事をしてるの?」

 「えっとそうですね〜…ちょっと資料に関する仕事を少々」

 

 ん?なんで濁すんだ?

 

 「とととにかく!この釘は私が貰っていきます!私が刺した釘ならその責任は私が持ちます!」

 

 誤魔化すように話題を変えて、慌てるように釘を抜いて離れていく。

 

 「はぁ、相変わらずネクタイが曲がっていますね。管理人」

 「こんだけ釘に刺されてるんだからしょうがなくない?」

 

 出会い頭に服装のダメ出しをイェソドからもらった。

 

 「……私はこう言うことは得意ではありません、ですので魔法の言葉を教えて差し上げます」

 「プハ!イェソドからそんな言葉が聞けるなんてどうしたの?」

 「……私も変わった、それだけの話です」

 

 イェソドは釘を抜いてから俺に向き直る。

 

 「それはそれ、これはこれです…管理人、過去はどう足掻いても変えようがありません、ですが、未来ならば変えることが出来ます」

 

 あの時よりも柔らかくなった表情でそう言い残し離れていく。

 

 「よぉ、管理人……あ〜酒飲むか?」

 「ネツァク!!」

 「分かってるって、そう怒るなよイェソド」

 

 気まずそうにネツァクが酒瓶を傍に置いて座る。

 

 「あ〜……あの時は悪かった、管理人が、一生懸命やってるのに対してあんな言葉をぶつけて」

 「いや、あれはもう少し工夫すれば」

 「どうにもならなかったなあれは」

 

 そんなはっきり言わんでも。

 

 「だからまぁ、頑張れよ、応援してる」

 

 肩をポンと叩いてから釘を抜き、離れていく

 

 「えっと、初めまして…なのかな?」

 「まぁ、こうやって顔を合わせるのは」

 

 えへへと気の抜けるような笑顔を浮かべるホド。

 

 「…管理人は優しすぎると思うの」

 「急になに?優しいって、他にも言ってる人いるけどないでしょ」

 「ううん!絶対に優しい!だから今でも私たちを気にかけてるんでしょ?」

 

 優しいのは関係ないけど図星なので黙ってしまう。

 

 「私たちは元気にやってるから、管理人は管理人のために生きても良いんだよ。ずっと縛られてる必要はないの」

 

 優しい手つきで釘を抜いて、微笑みながら離れていく。

 

 「何よ、辛気臭い顔してるわね!」

 「ティファレト、もうちょっと素直になろうよ」

 「わ、分かってるわよ!」

 

 ティファレトたちが近づいてそれぞれが釘に触れる。

 

 「えっと、あんたは頑張ったと思うわ。だからシャキッとしなさい!」

 「管理人は最善を尽くしてくれた。だから少しは休んでも罰は当たらないよ」

 「…頭を撫でないでくれるか?」

 

 片方は不慣れな手つきで、もう片方は慣れた手つきで頭を撫でる。

 

 「その割に嬉しそうね?」

 「どっちも素直じゃないなぁ」

 「「一緒にしないでくれる!?」」

 

 同じようにハモって、気まずくなったのか釘を抜いたらすぐに離れていった。

 

 「じゃあ僕もそろそろ行くね、元気でね管理人」

 

 一瞬だけ小さいはずのティファレトたちが、成長しているように見えた。

 

 「…まだ立つ意思はあるな?」

 「姐御、もうちょい手心を加えていただけると」

 

 特段変わった様子のないゲブラーの姐御がニヤリと笑い近づいてくる。

 

 「立てるならば立て!お前には、背中を任せられる友が、隣に並び立つ戦友がいるだろう!こんなところで膝を折るな!」

 

 釘を思いっきり引き抜き、激励をして離れていく。

 

 「あはは、やぁ、元気してる?」

 「う〜ん、生きてると言う意味でならばまぁ元気してる」

 

 気まずそうに笑みを浮かべてケセドがやってくる。

 

 「正直、管理人は忘れてると思ってたんだ。けど実際は違って、ずっと俺の、俺たちの言葉で苦しんでた」

 「苦しんで……まぁ、苦しんではいるか」

 

 俺が出来るだけ軽く返すとケセドの顔が少し歪んだ。

 

 「ごめんよ。お前もあの地獄の被害者だってのにな。お詫びって訳じゃないけど、今度会えたら美味いコーヒー淹れるよ」

 「それは楽しみかも」

 

 ケセドがスルリと釘を抜いて、離れていく。

 

 「管理人…」

 「ホクマー」

 

 静かにホクマーが近づいて俺と目線を合わせる。

 

 「私は語るべき言葉を持ってはいません」

 「あんたは普通のことを時間が戻ること知ってたもんな」

 「はい、ですが語らせてもらうのならば、貴女のその優しさ、この都市では生き辛いでしょうが、貴女の魅力でもあります。ですので貴女は貴女の思うように生きれば良いでしょう」

 

 釘を抜いて淡々とそういう言葉には温かみがあり、そのまま離れていった。

 

 「管理人……いや、今は小さき小鳥と呼ばれていたか」

 「ビナー様」

 

 ビナー様はいつもの様子で変わらず声を掛けてくる。

 

 「小さき小鳥よ、貴様はその翼であの会社から羽ばたいたではないか、今更何を恐怖する必要性がある?」

 「それは……」

 「再び恐怖に向き合い、鳥籠から飛び立つが良い、貴様にここは窮屈が過ぎる」

 

 相変わらず何を考えているのか分からない彼女は、釘を抜いて離れていく。

 

 「どうかな?キミを恨んでる人、誰かいたかな?」

 「いや、でも全員が全員恨んでないわけじゃあ」

 「頑固だねキミ!?もう!みんな恨んでないってば!思い込み激しすぎ!」

 

 まぁ、元々コミュ症だったんで。

 

 「正直に言えば本当は私がキミをカッコよく助けたかったんだけどね。その役割は今回譲ってあげるよ」

 

 譲る?一体誰に?

 

 「みっっっつけた!!」

 「身体を共有していたお陰で用意に入り込むことが出来たわ」

 

 肩で息をしているレリックと、手足が鱗で覆われているアビスが突然現れた。

 

 「はぁい!キミたちが管理人の……なんだろ、別人格かい?」

 「そういう貴女は?」

 「私はアンソニー!管理人の職員さ、私のことは別に今はいいとして、ほら、最後の釘はキミたちが抜いて」

 

 二人はアンソニーに言われて俺を見ると、レリックは悲しそうに、アビスは怒ったような表情を浮かべて近づいてくる。

 

 「トラリン、私さ、キミと一緒に長く生きてきてさ本当にお姉ちゃんみたいに思ってるんだ。そんな家族みたいなキミが、居なくなるなんて考えたくないよ。だからお願い…一緒に帰ろ?」

 

 釘に手を掛けているレリックは、拒絶されるのを怖がっているのかして震えている。

 

 「トラベラー…我は小難しい説得などはしないぞ。ただ我らの手を取りここから離れる。それだけだ!断らせなどはせんぞ。無理矢理にでも引き摺り出してくれる!」

 

 アビスが手に取っている釘からは、ギリギリと音がなって今にも折れそうな音を立てる。

 

 「……そうだよな、俺にはもう“トラベラー”としての生活があるんだもんな」

 「そうだよ!だからここで見てるよりもさ、一緒に頑張ろう!私たちはいつも三人だったでしょ!」

 「ようやく理解したかこの戯けものめ、そうと決まればさっさと帰るぞ」

 

 二人は釘を抜いて、俺の足が動くようになる。気付けば心臓に空いた穴は無くなって、鼓動が聴こえてくる。

 

 「管理人!また会おう!」

 

 出口に向かって足を進める中、アンソニーが手を振りそう言う。だからは俺もこう返そう

 

 −−−また会おうなってね

 

 

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