平穏な似た世界への転生。と思ったら何か違った   作:zaq2

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なんとなく思いたので……


ラ・コメルシアル

 社会人として働いていれば、面倒事は自然と増える。

 

 書類。

 電話。

 メール。

 打ち合わせ。

 見積修正。

 納期調整。

 etc...

 

 それらを片付けて、ようやく一日が終わる。

 

 ……はずだった。

 

「音無さん、ちょっと新規先お願いできる?」

「はい」

 

 返事はした。

 これでも社会人なので。

 

 心の中では、メンドクサイと思った。とてもとても思った。

 

 だが、顔には出さない、これでも一端の営業職であるからだ。

 

 頼まれた訪問先は、総合システムを取り扱う株式会社。

 名前がそのままの「総合システム株式会社」という捻りもなにもない。

 まぁ、そういうのが解りやすくてよいのかもしれない。

 

 中規模の企業で、設備管理やらシステム保守やら、何やらいろいろとやっている会社らしい。

 そこへ向かう為に、会社で取り扱っている商材資料と見積書と名刺入れを鞄に入れ、社用車の鍵を受け取った。

 

 

  *   *   *

 

 

 訪問先の総合システム株式会社の本社ビルは、思ったより普通だった。

 

 五階建てほどの建物。

 来客用駐車場。

 受付。

 ガラス張りの入口。

 

 外から見る限り、何の変哲もない会社である。

 受付で名乗ると、すぐに担当者が現れた。

 細身の男性で、スーツはきっちりしており、髪も整っていた。

 

 ただ、歩き方が妙に静かだなぁとは思った。

 

「総合システム株式会社の御神です。本日はお越しいただき、ありがとうございます」

「お世話になっております。音無です。本日はよろしくお願いいたします」

 

 当たり障りのない日常会話をまぜながら、御神さんに案内されて会議室へ向かう。

 そうして御神さんが扉を閉め「かちゃり」と音がした。

 

 外の音が、少し遠くなる。

 その瞬間、御神さんの雰囲気が変わった。

 

 営業用の笑みが消える。

 背筋が伸びる。

 目の奥が、妙に鋭くなる。

 

「……では、改めて」

 

 御神さんは、妙に厳かな声で言った。

 

「ドーモ、サイレント=サン。ミ・ミックです」

 

 

 

 あー……

 

 今度はサツ=バツな世界なん?

 

 

   *   *   *

 

 

 知っている。

 

 その挨拶。

 その妙な区切り。

 そのサン付け。

 その空気。

 

 だが、知っている顔をしてはいけない。

 

 こういうものは、知っていると認めた瞬間に関係者になる。

 関係者になると、たぶん面倒事になる。とてもめんどうな面倒事になる。

 

 それに私は営業で来た。

 ニンジャめいた何かと命のやり取りをしに来たわけではない。断じてない。

 

 なので。

 

「……はい?」

 

 私は、できるだけ何も分かっていない顔で首を傾げた。

 

 そして、すぐさま名刺入れを取り出す。

 そう、"社会人の武器"である「名刺」である。

 

「お世話になっております。株式会社――営業部の音無響子です。本日はお時間をいただき、ありがとうございます」

 

 相手も訝し気な表情をしながらも、名刺を出してきた。

 

 御神ミック。

 総合システム株式会社。

 営業企画部、主任。

 

 なるほど。

 御神さん。

 お名前がミックさん。

 

「御神様ですね。本日はよろしくお願いいたします」

「ミ・ミックだ」

「はい。御神ミック様ですね」

「ヌゥゥゥゥン……」

 

 唸られた。

 

 何故だろう。

 名刺通りに呼んだだけなのだが。

 

 私は営業スマイルを維持した。

 そう、"社会人の防具"である「営業スマイル」を維持する。

 

「それでは、今回のご提案についてご説明いたします」

 

 そうして、営業としてのトークをはじめれば、御神ミックさんは資料を見ている。

 見ているのだが、同時に私も見ている。

 

 足元。

 手元。

 肩。

 視線。

 呼吸。

 

 見られている場所が、商談相手のそれではない。

 これは普通の商談であるはずなのに……

 

「サイレント=サン」

「はい、音無です」

「なぜアイサツを返さぬ」

「先ほど名刺交換はさせていただきましたが」

「違う。イクサのアイサツだ」

「いくさ……?」

 

 弊社は戦争関連の商材は取り扱っておりません。

 

 そう言いそうになった。

 危ない危ない……。

 

「御神様。まずは現行運用の課題について確認させていただきたいのですが」

「ミ・ミックだ」

「はい。御神ミック様」

「ヌゥゥゥゥン!!」

 

 だから何なんだよ……

 

 いや、口には出さない。

 そう営業職なので。スマイル、スマイル……

 

 結局、その商談は一時間ほど続いた。

 

 御神ミックさんは何度も唸り、何度も私をサイレント=サンと呼び、時々こちらの姿勢や呼吸について何かを呟いた。

 

 私は全て営業トーク&スマイルで総流しだ。

 

「本件、持ち帰り検討とする」

「承知しました。では、後日改めてご連絡いたします」

「夜を待て」

「はい?」

「いや、何でもない」

 

 絶対に何でもなくないだろ、それ。

 だが、聞かない、聞いたら負けだ。確実にかかわる道にすすむ選択しだ。

 なので、回避に専念するだけである。

 

 そうして、やっと社用車に戻った瞬間、大きく息を吐く。

 

「疲れたあぁぁぁ」

 

 商談をしたというより、何か別の儀式に付き合わされたような疲れ方である。

 仕事を終えた頃には、もう夜だった。

 

 こういう時にやるべきこと……そう、アレだ。

 

 その為に帰宅してはスーツを脱ぎ、レンチン食を軽く食べる。

 そして、ガレージへ向っては、壁に掛けてあるライディンウェアという正装へと着替える。

 

 そこに相棒がいる。

 CBRがいる。

 今日も美しい。

 今日も走ろう。

 

 そもそも走らないとやってられるか。

 

 エンジンをかけては音が響く。

 それだけで、少しだけ呼吸が楽になる。

 そうして、バイザーを落としては相棒と共に、夜の道へ走り出した。

 

   *   *   *

 

 夜の道は良い。

 

 考えるべきは、路面。

 風。

 車間。

 カーブ。

 相棒の反応。

 

 昼間の営業の事も、上司への報告も、見積修正も、全部後ろに流れていく。

 郊外の人気の少ない道を抜け、いつもの自販機のある駐車スペースに辿り着いた。

 

 相棒を停める。

 自販機で無糖のブラックコーヒーを買う。

 

 缶を開け、一口飲む。

 

 静かだった。

 静かすぎた。

 デジャヴを感じる……

 

 ……またか?また、まほーしょーじょとかいう奴か?

 

 そう思った瞬間、街灯の影が揺れた。

 影のような何かが、アスファルトから剥がれるように立ち上がる。

 

 スーツ姿。

 細身の体。

 今日の昼に出会った御神ミックさんだった。

 

(……こっちが来たよ、来てほしくなかったなぁ)

 

「ドーモ、サイレント=サン。ミ・ミックです」

「……御神さん、こんな時間に何をしてるんですか」

「ミ・ミックだ」

「はい。御神ミックさん」

「ミ・ミックだ!!ヌゥゥゥゥン……」

 

 このやり取りを知ってはいるけれど知らない。

 こういうものは、関わったら負けだ。大損コクこと請け合いだからだ。

 

「昼の貴様は、見事なカモフラージュであった」

「仕事ですけど」

「営業職に擬態し、名刺交換にて間合いを制し、提案資料で認識を逸らす。ヌゥゥゥゥン……恐るべきジツ」

「仕事ですけど!」

「ハイクを詠め」

「俳句ですか?」

 

 また、知ってる単語が来る。

 だが、知らない、知らないんだよ!

 

「申し訳ありません。弊社では俳句関連のサービスは扱っておりません」

「カイシャクしてくれる」

「いえ、結構です!」

 

 次の瞬間、御神ミックさんの姿が消えた。

 いや、消えたように見えた。

 

 気配はある。

 

 空気。

 重心。

 足元。

 

 ジーサンに嫌というほど叩き込まれた感覚が、勝手に体を動かす。

 

 右。

 

 私は半歩ずれた。

 頬の横を、何か黒いものが通り過ぎては金属音が鳴り響く。

 

 手裏剣?

 

 いや、何で手裏剣?

 現代社会ですよ?

 

「ヌゥゥゥゥン! スリケンを避けるか、サスガ、サイレント=サン!」

「危ないでしょうが!」

 

 私は手に持っていた缶コーヒーを投げた。

 カーンという良い音が響く。

 

「グワーッ!?」

 

 額に当たったらしい。

 

 私はその隙に、相棒から少し距離をとる。

 まずは、戦闘に相棒を巻き込まないためである。

 私はともかく、CBRは壊れたら修理代がかかる、それはもう洒落にならないからだ。

 

 御神ミックさんが額を押さえながら起き上がる。

 

 そして、私ではなく、相棒を見た。

 

「ウム、退路を断つ。イクサの基本」

「……今、どこを見ました?」

「その鉄馬だ」

「鉄馬じゃないです。私の相棒()()()です!」

 

 相手が動いた。

 狙いは、私ではなく、相棒の方へと!それは、駄目だ!

 

「オツカレサマ・デシターーー!!」

 

 御神ミックさんが変な叫びながら突っ込んでくる。

 

 何その掛け声!

 

 意味は分からなくもないが、その手に持つ刃物の軌道は見える。

 

 私はKARATEで、その間合いへ踏み込んみ拳を握る。

 これを顎に入れれば、たぶん終わる。

 

 終わる……?

 

 ヤバッ。

 

 相手人間だった。御神ミックさんは、たぶん人間だ。きっと、たぶん、そうメイビー

 少なくとも、戸籍とか保険証がありそうな相手ではある。

 

 ここでグーパンはまずい。

 

 治療費、慰謝料、救急、警察、会社への説明、取引先トラブル。

 社会人として、後々がとてもメンドクサイ。

 

 私は寸前で拳を開いた。

 

 グーから、平手へ。

 

 殴るのではなく、払う。

 壊すのではなく、止めるために……

 

 ぱぁん、と乾いた音が響いた。

 

 御神ミックさんの体が、冗談みたいに横へすっ飛んでいった。

 

「あ……」

 

 私は少し青ざめた。

 

 平手にしたんですけど。

 ちゃんと平手にしたんですけど?

 爺なら気合が入ったわ!とかいいながら追撃くるレベル程度なんですけど……

 

 というか、倒れた相手は、かろうじてこちらに顔を向けた。

 よかった、死んでない、いや、これもヤバいけどさ……

 

「殺意が……ない……」

「はい?」

「殺意なき一撃で、この威力……。ヌゥゥゥゥン……やはり、サイレントのKARATE……」

「いや、グーはまずいかなって思っただけで……」

「グー……?」

「平手にしました」

「それは……手加減……?」

「え?ええ、まぁ、そのつもりで……はい」

 

 何故か、御神ミックさんが絶望したような顔をしていた。

 

 ……解せぬ。

 

 私はちゃんと手加減したぞ?

 ジーサンにも言われてるんだぞ?

 人は壊すな。後始末が面倒だから。

 

 まったくもって、その通りである。

 

 私は御神ミックさんの手元から刃物を離し、少し遠くへ蹴った。

 

「とりあえず、刃物は危ないのでやめましょう」

「サイレント=サン……貴様は……」

「音無です」

「サイレント=サ……」

「音無です」

 

 それだけ言って、なんか気を失ったようだ。

 

 にしても、話がまったく通じない。

 今日ずっと通じない。

 

 それよりもだ、私は相棒の状況を確認する。

 

 傷はない。

 ミラーも無事。

 カウルも無事。

 ライトも無事。

 

 よかった。

 いままで良くない事ばかり起きてたから、今回はセーフ!

 それだけで、今日は勝ちである。

 

 御神ミックさんの方を見る。

 呼吸してる。骨は……折れていない。きっと、たぶん、めいびー。

 

 救急車を呼ぶべきか迷ったが、呼んだら呼んだで説明がとても面倒になる。

 そもそも刃物を持って襲ってきたのは向こうである。

 救急がくるなら警察もくるし、さらにめんどくさいことになるのが予想できた。

 それに営業先の担当者である。

 

 つまり、どれらにせよ面倒であることには……

 

 

「ふぅ……よしっ!!」

 

 私は深く考えるのをやめた。

 私は投げた空き缶を拾い、ゴミ箱に入れた。

 

 そして相棒に跨る。

 エンジンをかける。

 

 夜の静けさの中に、相棒の音が戻る。

 やはり、この音が一番落ち着く。

 

 今日はもう帰ろう。

 帰って、シャワーを浴びて、寝よう。そうしよう。

 

 そして明日、上司にどう報告するか考えようというか、報告できるのか?

 そもそも夜分に襲われたって事になるんだよな……?

 

 うっわ、考えたくねぇ……

 

 私は夜道へと走り出す。

 風を受けながら、ふと思う。

 

 あの会社、契約取れるのだろうか。

 

 それだけが、少し心配である。




補足
営業先
・御神ミック
 総合システム株式会社、営業企画部主任。
 本人曰く、ミ・ミック。
 響子からは、名前が少し珍しい営業先の人として認識されている。

・ミ・ミック
 御神ミックの名乗り。擬態するミミックから
 擬態のジツ、カモフラージュ・ジツを使うらしい?らしい。
 本人としては、一般社会に紛れ込む達人のつもりだが、響子からは普通に営業先の担当者でしかない。

・カモフラージュ・ジツ
 ミ・ミックのジツ。
 会社員、営業担当、会議室、名刺、社内空気などに紛れることができるらしい。
 響子は、そもそもジツだと思っていない。

・サイレント=サン
 ミ・ミックが響子を呼ぶ時の名前。
 音無なので、間違ってはいない…な?程度の認識。
 なお、響子は前世のサブカルチャー知識で何となく察しているが、関わると面倒なので知らないふりをしている。


〇本人
・ラ・コメルシアル
 意味:営業職の女性。
 本名:音無響子。
 新規営業先に行っただけなのに、なぜか夜に襲われた。
 本人としては、契約が取れるかどうかと、上司への報告をどうするか板挟みに悩まされる方が問題である。

・社会人の武器と防具
 名刺と笑顔はとても大事。イイネ?

・KARATE
 カラテ。
 人間?相手のため、今回はグーから平手に変更された。
 なお、それでも普通に危険。
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