海鳴の空は太陽が眩しく輝いている。
冬なので、それが心地よいぬくもりを感じさせてくれる。
八神家の帰路を辿る二人と一体の姿がある。
車椅子を押している桜井侑斗。
車椅子に乗り、押してもらっている八神はやて。
二人のボディーガード的存在のイマジン、デネブ。
全員、ジュースを飲み終えていた。
「立ち止まって話をするより、帰りながら話した方が話す側としてみれば気分的にええんよ」
はやては侑斗に振り向いて言う。
「もう、半年も前の事になるんやねぇ」
*
六月三日。八神家。
外は暗いが、室内も暗かった。
カラカラカラというタイヤの音が室内に響いていた。
はやてが車椅子を押しながら、目的地まで向かっているのである。
目的地は電話機の前で、電話機はある部分が点滅していた。
はやてはその部分を人差し指で押す。
『留守電メッセージ、一件です』
その後、留守電お決まりの音が流れる。
『もしもし、海鳴大学病院の石田です。明日は、はやてちゃんのお誕生日よね。明日の検査の後、お食事でもどうかなぁってお電話しました。明日は病院に来る前にでもお返事くれたら嬉しいな。よろしくね』
またお決まりの音が流れた。
『メッセージは以上です』
電話機はそれ以上は何もなかった。
はやては車椅子を押して、自室へと向かっていった。
自室に入ると、はやては必要最小限の照明を点灯させて読書をしていた。
この時間が、はやてにとっては至福の時だったりする。
寝転がって読むというのは体勢としては褒められる行為ではないのだが、叱る人間もいないのでやり続けている。
目覚まし時計の秒針が正確に音を刻む。
本の世界から一瞬だけ、はやては現実に戻って時刻を見る。
「あ、もう十二時」
午後十一時五十九分五十八秒。
五十九秒。
午前零時となった。
はやてはまたも、本の世界へ飛び込もうとした時だ。
背後から光が照らし始めた。
それは太陽のような眩しい光でもなく、照明のような人工的な光でもない。
紫色のどこか魅入られてしまいそうな光だ。
はやては光を放っている原因を見る。
鎖で十字に縛られた百科事典のような医学書のような本だ。
本は光を先程よりも強く放ち続ける。
部屋内がガタガタと揺れだす。
本が棚からひとりでに動き出して宙に浮かんでいた。
「ひっ!」
はやてはその異様な光景に大きく眼を開き、悲鳴を上げてしまう。
それでもはやてはその本から眼を離せなくなっていた。
鎖がガチャガチャガチャガチャと音を立てており、本の表紙は絶対にありえないものが浮かび上がっていた。
人間でいう血管のようなもの浮かび上がっているのだ。
しかも脈打っている。
その動きは激しくなり、鎖を引きちぎると本は自らのページを開きだす。
もちろん、はやては何もしていない。
『封印を解除します』
本は電子音声で一方的に告げた。
そして、ひとりでに閉じた。
本はゆっくりと下がっていく。
はやては全身が震えながらも、背を向けずにそのまま下がっていく。
『起動』
また電子音声で一方的に告げた。
「うわっ!?」
はやての胸元から光の玉のようなものが出現した。
その玉は宙に浮かび紫色の魔法陣を展開した。
はやてはあまりの眩しさに右手で眼をかばうようにして構えた。
光がある程度収まると、はやては構えを解いて前を見てみる。
光の玉は消え、そこには三人の女性と一人の男性がいた。
四人とも黒い服を纏って膝を折って、伏している。
本などで見る『部下が主に忠誠を誓うポーズ』だった。
(な、何なん!?この人等?)
はやてとしてもわけがわからない。本が光って自分の体から光の玉が出現して、消えたと思ったらこれなのだから。
「『闇の書』の起動。確認しました」
シグナムが顔を上げることなく告げた。
「我等『闇の書』の蒐集を行い、主を護る守護騎士にございます」
シャマルも顔を上げることなく告げた。
「夜天の主の元に集いし雲……」
ザフィーラ(人型)も顔を上げていない。
「ヴォルケンリッター。何なりと命令を」
最後にヴィータが他の三人と同じ姿勢で告げた。
だが、彼女等の言葉がはやての耳に届く事はないだろう。
何故ならはやてはというと、
眼を回して気を失っていたのだから。
ヴォルケンリッターの誰もが『主』であるはやての命令を待っていた。
ヴィータは閉じていた眼を開けて姿勢を崩して、はやての元へと歩み寄る。
(ねぇ。ちょっとちょっと)
ヴィータが念話の回線を開く。
(ヴィータちゃん。しっ!)
シャマルがしつけをする母親のような口調でたしなめる。
(でもさぁ……)
ヴィータは引き下がらない。
(黙っていろ。主の前で無礼は許されん)
シグナムがヴィータに注意する。
(無礼ってかさ。こいつ気絶してるように見えるんだけど……)
ヴィータは、はやてを覗き込んでそう判断した。
「うそっ!?」
シャマルが念話ではなく、口から声を出していた。
*
「お前。気を失っていたのか!?」
車椅子を押しながら、侑斗が驚きと呆れが混じった声を出す。
「しょうがないと思う。いきなり人が四人も現れたんじゃ……」
デネブは、はやてを弁護する。
「もぉ、侑斗さん。話の腰折ったらアカンよ。続きはまだあるんやから……」
はやては侑斗に叱ってからも続けた。
*
はやてが再び意識を取り戻すと、見慣れない天井が双眸の眼には映った。
それだけで自宅ではない事はすぐにわかる。
起き上がると、ちょうどよいタイミングで白衣を纏った顔見知りの女性---石田医師が病室に入ってきた。
「はやてちゃん、よかったわ。なんともなくて……」
石田医師はホッと胸を撫で下ろしている。
「え、ええと。すんません」
はやては苦笑いを浮かべながら返す。
石田医師も満足そうな表情から一変して、真面目な顔になってはやてに顔を近づける。
「で、誰なの?あの人達」
石田医師が指差す方向にはというと。
男性医師四人に囲まれているヴォルケンリッターだった。
(やっぱりおる……)
はやてとしては夢であってほしいと思ったが、現実に四人はいた。
シグナムとザフィーラは動じる様子はない。
ヴィータとシャマルは落ち着かないのか、そわそわしていた。
石田医師は厳しい目つきで四人を見る。
「どういう人達なの?春先とはいえまだ寒いのに、はやてちゃんに上着もかけずに運び込んで来て……。変な格好もしてるし、言ってる事はわけわかんないし、どうも怪しいわ」
石田医師は、はやての容態を思うと厳しい言葉を出してしまう。
(ど、どれも否定でけへんのが辛い~)
石田医師が口に出した事は、はやてが思っていた事に限りなく近い。
「え、ええと。何といいましょうか。その……」
何とかごまかしの言葉を捜すが、中々出てこない。
嘘を吐くのはよくないが、こればっかりは真相を打ち明けたとしても信じてくれる確率はゼロだ。
最悪の場合、四人はお縄についてしまうかもしれない。
それはよくない。何故かはわからないがよくないと思えた。
(ご命令をいただければ、お力になれますが……)
はやてに突然、シグナムが語りかけてきた。
もちろん口頭ではなく思念通話、いわゆる念話だ。
(いかがいたしましょう?)
「は、は?」
はやてはどういう原理なのかわからない。
耳に入るようにして声は聞こえるが、その声は自分にしか入っていないようだ。
その証拠に石田医師はじっとシグナム達を怪しげな視線を向けているだけで、シグナムの台詞には一切反応していない。
(思念通話です。心でご命令を念じていただければ……)
はやては大まかな原理を理解し、首を縦に振って笑みを浮かべる。
石田医師がそれを見ていないのは幸いといえば幸いだ。
(ほんなら命令というかお願いや。ちょっと、わたしに話し合わせてな)
シグナムが怪訝な表情をとっていた事を、はやては見ていなかった。
「はい」
シグナムは念話でなく、口で返事した。
「ええと、石田先生。実はあの人達、わたしの親戚で……」
はやてのごまかしが始まった。
「親戚!?」
石田医師は驚愕の表情を浮かべる。
(うわぁ、ありがちな設定や!)
はやてはごまかしの設定が結構キツイと思った。
「遠くの祖国から、わたしのお誕生日をお祝いに来てくれたんですよ。そんでビックリさせようと思って仮装までしてくれてたのに、わたしがそれにビックリしすぎてもうたというか、その……そんな感じで……なぁ?」
何とか知恵を振り絞ってみたが、ネタが尽きかけたことと良心との呵責とで声に勢いがなくなり、最後にはヴォルケンリッターに賭けることにした。
「そ、そうなんですよぉ」
シャマルが手と手を合わせて愛想笑いを浮かべて、はやての言葉に便乗する。
「その通りです」
シグナムも便乗してくれた。
「ふーむ」
石田医師は右手を顎に当てて、何かを思案するようなポーズを取っていた。
「ははははは……」
(何とか通じたけど、笑うしかないってこういう事なんやね)
八神はやてはこの時、本人の意思に関係なく『大人』になった。
*
「怪しい、か。石田先生が言うのも当然だよな」
「シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ、ごめん。否定できない」
侑斗とデネブは石田医師がヴォルケンリッターを怪しむのは仕方ないと揃って言う。
「はははは。もう、みんなにしてみればアレは顔から火が出るくらいの話の一つやね」
はやてもその事を思い出して、苦笑していた。
*
はやてとヴォルケンリッターは海鳴大学病院の廊下にいた。
精密検査を受けて問題ないと診断されたはやてには帰宅許可が出た。
シャマルが石田医師に頭を下げて、礼を言っている。
シグナム、ヴィータ、ザフィーラは事の成り行きを見る以外に、取る選択肢はなかった。
八神家に帰宅したはやては、まずヴォルケンリッターからの話を聞いていた。
ちなみに四人とも、出現した時と同じ様に片膝を床に着けて忠誠の姿勢を取っていたりする。
(話す時くらい、もうちょっと楽な姿勢でもええねんけど……)
話を聞きながらも、はやては違和感のようなものに身体全身を支配されていた。
(ここ、わたしん家よね?何でやろか?)
自分の住み慣れた家なのに、狭く感じた。
もう一度、四人を見る。
(ああ、そういうことなんやね)
これからこの四人と一緒に生活するからだろう。
両親が他界してからは一人で暮らしており、家が広く感じたことがあった。
人間は適応能力が高い動物なため、最初は戸惑うが次第に順応していくようになっている。
はやてを支配していた違和感は消え去っていた。
身体と心が順応しようとしているのだ。
「そうかぁ。この子が『闇の書』ってもんなんやね」
はやては両手で持っている百科事典もどき---『闇の書』を見ていた。
「はい」
シグナムが肯定した。
「物心ついたときには棚にあったんよ。綺麗な本やから大事にはしてたんやけど……」
はやては真実を言う。
購入した憶えもないし、誰かから貰った憶えもない。
本当に自分の側にあったのだ。
まるでそこにあることが当たり前のように。
車椅子を巧みに操りながら、道具箱の元に移動してある物を取り出す。
「覚醒の時と眠っている間に、『闇の書』の声を聞きませんでしたか?」
シャマルが顔を上げて、訊ねてきた。
「ああ、わたし魔法使いと違うから漠然とやったけど……。あ、あった!」
道具箱をあさりながら、はやてはシャマルの質問に答えると同時に目当ての物を見つけることが出来た。
「わかった事が一つあるぅ」
車椅子を操って姿勢を崩さない四人の許に寄る。
「『闇の書』の主として、守護騎士みんなの衣食住きっちり面倒見なあかんいうことや」
『闇の書』を両手に持って、はやては四人に宣言した。
「幸い住む所はあるし、料理は得意や。みんなのお洋服買うてくるからサイズ測らせてな」
はやてが捜していた物とはメジャーだった。
この時ヴォルケンリッターが顔を上げて眼を丸くしていたのだが、はやては測量する事に真剣だったので
見ていなかった。
*
八神家ではソファに座っているシグナムとシャマルが、はやてと出逢った時の事を思い出して苦笑していた。
ちなみにまだカーテンは閉じておらず、太陽の一筋の光が唯一の照明となっている。
「ふふっ。あの時は本当にビックリしたわよねぇ」
「まぁな」
シグナムはシャマルとは眼を合わせずに頷いていた。
『闇の書』の主は色々と見てきたが、自分達の出現と同時に気絶した主は初めてだった。
「それに、命令ではなく頼み事をしてきた主も初めてだったな」
「ええ。今までの『闇の書』のマスターだったら、どんな些細な事でも武力行使を命じてたわね」
シグナムの感想に、シャマルは頷きながら過去の主とはやてを比較した。
「はやてちゃんだからこそ、私達はこんな風に昔と今を比較できるのかしら?」
「そうかもしれんな。昔と今が違うからこそ、比較できるのだろう。同じならばその必要はないからな」
シャマルもシグナムも今を楽しみ、昔を疎んでいるようだ。
「……戻りたくないわね。もう」
「……そうだな。私も戻りたくはない。あの頃には得られなかったものがあるからな」
シャマルの言葉にシグナムは頷き、自身の中にあるものを手放す気はないという宣言をする。
「シグナム?」
シャマルは怪訝な表情をする。
「何だ?」
「貴女が得たものって何かしら?ぜひとも知りたいわねぇ」
シャマルの眼が輝いている。
しかし、シグナムにとってその輝きは脅威でしかない。
「た、大したことではない。気にするな」
シグナムはシャマルから視線をそらす。
「シグナムゥ」
シャマルがはやての声真似をしてシグナムの間合いに入り込み、上目遣いで見る。
「主の声真似をしたからといって言わんぞ。シャマル」
シグナムは今度は視線は逸らさないが頑として語ろうとはしない。
「ええ~シグナム。いつからそんな私達に秘密を持つ人になっちゃったのぉ」
「さぁな」
シャマルをあしらいながら、シグナムも同じ様な事を思っていたとはシャマルが知るはずもない。
お前こそいつからそんなに野次馬根性を持つようになったのだ、と。
侑斗、デネブ、はやては八神家の帰路の真っ只中だった。
現在、二人と一体はコンビニで第二の休憩を取っていた。
店内に入ったのは暖を取るためだ。
はやては壁にかかっている時計を見る。
「もうすぐ、お昼やね」
「冷蔵庫に食材は?ないならここで買うか?」
「なんぼかあると思うんよ。コンビニの食材は高いからアカンよ」
侑斗の言葉に、はやてはやんわりと断りを入れた。
「わかった」
家事云々に関しては侑斗は、はやての言葉の方が正しいと思っているので素直に従う。
「ありがとうございましたぁ」
店員の言葉を聞きながら、二人と一体はコンビニを出た。
「さてと、続きやね」
コンビニを出て距離にして五十メートルくらい離れてから、はやては再び語り始めた。
次回予告
第三十一話 「守護騎士、『プログラム』から『人間』となる」