海鳴の空は晴れ晴れとしており、雪は路面に多少残っているがこの天候ならば本日中にほぼ溶けるかもしれない。
先日は帰宅して早々に熟睡していた野上良太郎は現在、海鳴市にある時計店に足を運んでいた。
体調は七割方といったところで日常に動くには問題なくらいだ。
確認のために財布を開く。
財布の中身をスッカラカンにする覚悟でここに来たと言ってもいい。
ちなみに良太郎の財布に入っている金は、オーナーからの軍資金ではなく『翠屋』で働いたバイト代である。
自分の世界に持って帰っても仕方がないのでこの場で使い切ろうと考えていた。
「うーん」
ショーケースに飾られている腕時計や懐中時計を見て良太郎は悩んでいた。
以前、懐中時計を買った時もこうして悩んだものだ。
「お客さん。どういう品をお探しで?」
店主が訊ねてきた。
「女の子にあげたいんですけど、腕時計と懐中時計だったらどっちが喜ぶと思います?」
「その女の子はどのくらいの子なんですか?」
「小学生です」
「近頃の小学生は携帯電話の時計機能に頼りっきりで腕時計を巻いててもオシャレ感覚で使わなかったりしますからねぇ」
「はぁ」
店主の事情を聞きながら、良太郎は相槌を打つ。
「まぁ懐中時計の方がいいかもしれませんねぇ。携帯電話の普及や腕時計などで印象薄いですけどその分持ってたら差別化できますしね」
「元々が目立つ子なんですけど、目立つ事はあんまり好きじゃないんですよ」
「ああ、よくいますよねぇ。目立つ容姿をしながら目立つ事が苦手な人って……」
話が脱線し始めている事に店主が気付く。
「あ、すいませんねぇ。それでどちらにします?」
腕時計か懐中時計か、どちらにしても悩む。
フェイト・テスタロッサはどちらを受け取っても喜ぶだろう。
(そういやあの時の懐中時計はあやふやな状態だったからきちんと渡せなかったんだ……)
良太郎は以前に懐中時計を購入した事がある。
しかし、桜井侑斗(未来)のゼロノスカードの影響で誰のためにその懐中時計を購入しようとしたのかという部分を忘れてしまっていたのだ。
その事は今でも良太郎には『悔い』となっていた。
「懐中時計で文字が入っている物ってあります?」
「それならいいのがありますよ」
良太郎の要望に店主は笑みを浮かべてショーケースに入っている懐中時計の一つを取り出した。
ハンターケース型の懐中時計で全身が銀色となっており、上蓋を開くとカチコチと秒針が動いていた。
蓋の内側に文字が刻まれていた。
日本語ではなく英語であり、
A thought connects the time.
と刻まれていた。
「想いが時を繋げる、か。いい言葉ですね」
良太郎は上蓋を閉じる。
「気に入っていただけましたか?」
「はい。これにします」
「毎度」
良太郎は懐中時計をプレゼント包みにしてもらい、財布から金を出す。
代金は奇跡が起こっているとしかいいようがないくらいで、良太郎のバイト代ちょうどだった。
時計店を出ると、制服を少し着崩した高校生と中学生くらいの男女が十人待ち構えていた。
男が六人、女が四人という構成になっている。
「……はあ」
良太郎はため息を吐いてしまう。
大方自分が時計店に入っている所を見て、懐が温かいとでも思ったのだろう。
いわゆるカツアゲ集団だ。
(何かいい事があると必ず悪い事がすぐに起こるような気がする……)
バイクの免許を一発で取得した時もそうだ。
取得後、帰宅途中にカツアゲに襲われかけた事がある。といっても全員返り討ちにしてしまったが。
「あのぉ、言っておくけどお金はないよ」
良太郎は真実を打ち明けるが、カツアゲ少年少女隊は聞く耳を持ってくれないようだ。
「嘘言っちゃだめだって、お兄さん」
「懐中時計買う金あるんだからさ、持ってるんでしょ?」
「お願ぁい。私達にアイをちょうだぁい」
聞くだけでも何て手前勝手な理由だと言いたくなってしまう。
「ま、くれないってなら力づくでいただいちゃうけどねぇ!」
カツアゲ中学生が右拳を振りかぶってからストレートを放つ。
パァンという音が鳴り響いた。
「え?」
「持ってないって言ってるのに」
良太郎が彼の右拳を弾いたのだ。
今度は左右の拳をひたすら連打する。
右を引っ込めると同時に左を放つ。左を引っ込めると同時に右を放つ。
上段、中段と分けて放つ。
だが良太郎はそれらすべてを右手で捌いていた。
表情は必死ではなく箸を持ってご飯を食べるのが当たり前のように、それが出来て当たり前というような表情を浮かべていた。
対して攻め手を繰り出しているカツアゲ中学生は必死の形相になっていた。
応援しているカツアゲ少年少女隊も事態の異様さに気付き始めていた。
「はあ……はあはあはあ……」
カツアゲ中学生はバテたのか息を乱して休憩を取り始める。
「あのぉ、やめにしない?君がそれだけ頑張ってるところ悪いんだけどお金は持ってないんだ」
良太郎は攻めれるチャンスを放棄し、この場から撤退するようにカツアゲ少年少女隊にも告げる。
それがカツアゲ少年少女隊の逆鱗に触れる事になるとも知らずに。
クリスマス会の準備を粗方終えていたアリサ・バニングスと月村すずかは散歩がてら海鳴市街地を歩いていた。
「クリスマス海の準備も出来たし、お散歩がてら歩いてきたけどやっぱり人多いわねぇ」
「そうだねぇ。ってアリサちゃん。あれ」
「ん?どうしたの。すずか……。あ……」
すずかが指差しアリサが向かいの歩道で見たものはカツアゲ少年少女隊に絡まれている良太郎だった。
しかし、良太郎がお金を出そうとはしない。
カツアゲ中学生が良太郎に向かって、殴りかかろうとする。
「「ひっ!」」
二人は自分が殴られるような感覚に襲われ、両目を閉じて身を縮こませる。
だが、現実には二人の予想を外す結果になっていた。
良太郎が拳を弾いていたのだ。
「殴られてない?すずか、良太郎さん。殴られてないわよ!」
「う、うん。でもどうしてなのかな……」
すずかの疑問の回答とでもいうべく、カツアゲ中学生が左右の拳を繰り出すが良太郎はそれらをすべて右手で弾いていたのだ。
その後景はまるで路上でボクシングのミット打ち練習をしているようにも見えた。
「何アレ……」
「わ、わかんないわよ……。凄いって事しか……」
すずかとアリサは眼を大きく開きながらも現実を受け入れた。
『殴り合い』、『蹴飛ばし合い』という概念の『戦い』に無縁な二人にもハッキリとわかることがあった。
あのカツアゲ少年少女隊では良太郎には勝てないという事を。
アリサは以前に高町なのはとモモタロスが言っていた事を思い出した。
「誰よりも強い」とモモタロスは言った。
「とても運が悪い」となのはは言った。
カツアゲに遭っているとならば『運が悪い』といえるだろう。
そんな相手を全く問題にしていない素振りからすれば『強い』というのは納得できるが、『誰よりも』という部分の意味合いが弱すぎる。
何を基準にして『誰よりも』といえるのだろう。
(やっぱりわかんない!)
理屈でない事を考えるのはアリサにとって正直苦手分野になる。
(あれがフェイトの好きな人……)
フェイト・テスタロッサが信頼し、好意を抱いている相手にはこのような一面もあるのだとアリサは思うことにした。
二人は良太郎対カツアゲ少年少女隊の結末を見届ける事にした。
何となくだが、なのは、フェイト、八神はやてが隠している事を知る際に受け入れる覚悟を得られるような気がしたのだ。
(身体の調子はよくなってるけど……)
良太郎はカツアゲ少年少女隊が放っている殺気を真正面から受け止めながらも、体調の心配をしていた。
彼等が殺気を放つという事は自分が彼等の自尊心を傷つけた事になるのだ。
このままだと通行人の邪魔になる事は違いない。
早急に片付けなければならないことだけは理解していた。
「もう一度だけ聞くけど僕からお金を取る事、諦めない?」
「うるせぇ!」
休憩を取っていたカツアゲ中学生が右拳を振り上げて殴りかかってくるがそれより速く良太郎が右拳を繰り出して彼の顔面に放ち、そのまま地面に叩きつけるようにする。
「ぼっ!」
カツアゲ中学生は路面に背中を強く叩きつけられ、動かなくなった。
その光景を見てカツアゲ少年少女隊は動揺を隠さず、そしてそのうちのカツアゲ高校生が学生服のポケットに手を突っ込んだ。
「なっ!?」
ポケットの中に突っ込んだ手を出そうとするが、良太郎が間合いを詰めて彼の手を握っていた。
「ごめんね」
何について謝罪したのかはわからないが、良太郎は言った直後に右足を素早く振り上げてカツアゲ高校生の股間に狙いをつけて蹴り上げる。
「#$%&*!!」
カツアゲ高校生は蹴られた股間を手で押さえながら声にならない呻き声を上げながら地に伏した。
仲間内を二人やられて、頭に血が上ると同時に恐怖が彼等を巣食い始めた。
暴力の世界に生きているからこそわかる。
自分達ではどう背伸びしてもこの男には勝てないと。
「まだ諦めない?」
良太郎は最後の警告をする。
この警告を破ったらどうなるか彼等は安易に想像できた。
カツアゲ少年少女隊は倒れている二人を担ぎ上げてそそくさと立ち去っていった。
*
なのはとフェイトは、はやてが入院している海鳴大学病院へと赴いていた。
昨日の事をどのようにして病院関係者に説明したのかも気になっていた。
「転送魔法で外へ飛ばされていました」などと言った日には間違いなく精神科へと連れて行かれるだろう。
病院前入口には桜井侑斗、デネブ、ザフィーラ(獣型)がいた。
「「おはようございます」」
なのはとフェイトは一人と一体と一匹に挨拶をする。
「おう」
「おはよう」
侑斗とデネブはそれぞれの口調で返し、ザフィーラは姿が姿なので声を出すわけにはいかず首を縦に振るしかなかった。
侑斗の先導でなのはとフェイトは、はやての病室へと向かっていた。
「あの、身体は大丈夫なんですか?」
なのはが侑斗の容態を訊く。
「俺はネガタロスと戦う前にお前達と一緒にシャマルの回復を受けてたろ?だから野上ほどダメージは引きずってないんだよ」
「そうなんですか」
「野上はどうしてる?」
なのはが納得し、侑斗がフェイトに良太郎の容態を訊ねる。
「昨日は帰ったらすぐに寝てました。今日は回復したのか買い物に行くって言ってました」
「買い物?」
良太郎の外出理由を聞いて、侑斗は怪訝な表情を浮かべる。
「どうかしたんですか?」
「いや、お前達も野上やモモタロス達と付き合いがあるんだったら知ってると思うが、俺達未来の時間から来た人間が過去の時間の物を持って帰ったりするのは原則として認められていないんだ」
「良太郎は以前に来た時も過去
ここ
で買ったチェス一式も持って帰らずに、わたしにくれたことがあったんですよ」
フェイトの言うとおり良太郎は以前にチェス一式を過去
ここ
で購入し、帰る際にはフェイトに譲っている。
そこまで気にしている良太郎がそのようなポカをやらかすとは思えない。
「となると、ここで買った物をここの住人に渡すつもりなんだろうな」
フェイトの意見を聞きながら侑斗は推測した。
やがてはやてが入院している病室前に立つ。
ノックをする。
「八神。客だ」
「「おはようございます」」
三人が病室に入ると、はやてが外出の準備をしていた。
シグナムが靴や身なりなどを整え、シャマルが車椅子を持ち、ヴィータがストールを持っていた。
「ああ、おはよう。なのはちゃん、フェイトちゃん」
「あれ?」
「どうしたの?退院?」
はやてがシグナムに車椅子に乗せてもらう。
「あー、残念。もう少しは入院患者さんなんよ」
口調や声の調子が入院患者っぽくないとなのはとフェイトは思ってしまう。
「そうなんだ」
「まぁすっかり元気やし、すずかちゃん達のお見舞いはお断りしたよ。クリスマス会直行や!」
「そう」
はやてが快復へと向かっているのだと知りフェイトは笑みを浮かべて納得する。
「昨日は色々あったけど最初から最後までほんまありがとう」
「ううん。それにわたし達だけの力じゃないし……」
「最後は良太郎達に丸投げしちゃったけどね……」
はやての感謝はありがたいが本当の解決の立役者はここにはいない者達なので、なのはとフェイトは自分達が解決したとはあまり思っていない。
なのはは、はやてが掛けているペンダントに目がいく。
「それリィンフォース?」
「うん。あの子は眠ってもうたけどこれからもずっと一緒やから。新しいデバイスもこの子の中に入れるようにしようと思って」
はやての発言になのはとフェイトは目を丸くした。
彼女は『デバイス』と言ったのだ。
それだけで彼女が今後も『魔法』の世界に関わろうとしている事が察する事が出来た。
「はやて。魔導師続けるの?」
「うん。あの子がくれた力やから。それに今回の事でわたしとシグナム達は管理局から保護観察受ける事になったし」
「「え?」」
それは初耳だった。
フェイトにしてもクロノ・ハラオウンからはそのような事は聞かされていない。
聞いていれば異議を唱えていたであろう。
「そうなの?」
なのはとしてみれば心境はどうなのか訊ねてみる。
「まーな」
ヴィータは明後日の方向に目線を向けて腕を組んで面倒臭そうに言う。
「管理局任務への従事、というかたちでの罪の償いも含んでいます」
シャマルが事実を受け入れているため、正直に告げる。
「クロノ執務官がそう取り計らってくれた」
シグナムも腰に手を当て、その処遇を受け入れていた。
「任期は結構長いんですが、はやてちゃんと離れずにいる多分唯一の方法だって」
シャマルがあやふやな期限を告げて締めた。
「そうなんですか」
なのはもフェイトもそれがよいか悪いかは正直判断しかねるところだった。
「ハラオウンだからそんな寛大な処置で済ませられたんだと思うぞ。あいつ以外が担当してたらもっと悲惨な目に遭ってるかもしれないな」
壁にもたれて腕を組んで静観していた侑斗が口を開いた。
『闇の書』で人生を狂わされた人間は一ケタでは済まないだろう。
被害者たちの心中を鑑みれば今回の処遇は寛大すぎるほど寛大だ。
「加害者に甘すぎる」なんてクレームが出てもおかしくはないだろう。
「事の真相を知っている俺達だから納得してるんだ。知らない奴が聞けば間違いなくキレるだろうな。それに管理局の従事ってなってるけど言ってしまえば滅私奉公だし、風当たりが冷たい事もあるってのは覚悟した方がいいぞ?」
侑斗がはやてと守護騎士に杞憂かもしれないが、諫言しておいた。
「わかってるて侑斗さん。あと、わたしは嘱託扱いやからなのはちゃん達の後輩やね」
はやては「これからもよろしく」という意味も含めて笑みを二人に向けた。
病室を出てすぐに、はやて、侑斗、シグナム、シャマルは石田医師に小言を言われていた。
「昨夜とかってやっぱり大変だった?」
「ムダンガイハクって事になってたから侑斗とシグナムとシャマルがメチャクチャ怒られてた……」
なのはとしては一番気になるところをヴィータが解説してくれた。
「怖い先生なんだ。でもそれだけはやてを想ってるんだよね」
「ああ。だからいい先生だ」
フェイトの言葉に繋がるようにしてヴィータが言った。
石田医師との話が終わると、シグナムはフェイトを見ていた。
フェイトもそれを感じたのか、表情を険しくしていた。
「おまたせー」
「ううん」
はやてが侘び、なのはは「気にしていない」と答え侑斗がはやての車椅子を押しながらシャマル、ヴィータと談話をしながら出口へと歩いていく。
シャマルは気になるのか、ちらりと窺う。
フェイトはシグナムを見上げる形となっており、シグナムは見下ろす形で互いの眼と眼が合っていた。
「テスタロッサ」
「はい。シグナム」
二人を中心に空気が歪み始める、つまり戦闘が始まってもおかしくない雰囲気になりつつあった。
「預けた勝負。いずれ決着をつけるとしよう」
「はい。正々堂々、これから何度でも」
フェイトの言葉にシグナムは眼を丸くしたが、それが何を意味するのかを理解すると笑みを浮かべながら側に寄って彼女の頭を撫でた。
「あと頼みがある。野上に伝えてくれ。次で我々の戦いに終止符を打とう、と」
「はい!」
窺っていたシャマルは満足し、笑みを浮かべていた。
*
ハラオウン家へと帰宅すると、アルフ(人型)がいた。
「アルフさん。一人?」
「ああ。リンディとクロノは本局でエイミィはアースラで事後処理に行ってるからねぇ。あ、そうだ。コレ、フェイトからアンタに」
リビングに入ってすぐの良太郎にアルフは一通の手紙を渡した。
「フェイトちゃんから?」
「中身はアンタ以外見ちゃダメってことだから開けてないよ」
アルフの言葉を耳に入れながら、手紙の封を開けて中身を取り出す。
『あの場所で待ってる』
短くそう書いているだけだった。
(あの場所……)
良太郎はすぐに脳を働かせて、フェイトがどこにいるのかを推測を始める。
(フェイトちゃんは海鳴にいる月日は前の事を踏まえてもそんなに長くない。それに前の時と今回を合わせても、フェイトちゃんが行ける範囲は限られる)
手を顎に当て、『あの場所』を割り出す事に専念する。
時間をかけてもいいとは思えなかった。
自分の考えが外れればフェイトはずっと一人で待ちぼうけを食らう事になる。
そんな事は絶対にさせてはならない。
(『あの場所』が僕とフェイトちゃんが共通して知っている場所になると考えると、数は限られてくる。それに場所の名前を言わないで抽象的な言い方をしているって事は僕とフェイトちゃんにとって何か特別の意味がある場所なんだ)
そうなると翠屋と聖祥学園は真っ先にボツになる。
特にそれといったイベント事をした憶えがないからだ。
次にアースラ、デンライナー、時空管理局本局もボツだ。
フェイトが『あの場所』と形容するほど印象深いものでもない。
「印象深い場所……。あそこだ!」
良太郎は俯き加減だった顔を上げてリビングを出る。
「アルフさん!僕ちょっと……」
「わかってるって行ってきなよ」
アルフは事情を察しているのか手を振って送り出してくれた。
良太郎が推測して結論付けた場所というのは、高層ビルの屋上だった。
「来てくれたんだ。良太郎」
フェイトが長い髪をなびかせながら嬉しそうにこちらを見ていた。
「ここかなって思ったんだ。何たってここは……」
「わたし達が初めて出会って戦った場所、だからね」
良太郎が言おうとした事をフェイトが先に言った。
「うん。そうだったね」
良太郎は周囲を見回しながら感慨深く答える。
「あのね良太郎。わたし……良太郎に伝えたい事があるんだ……」
「うん」
フェイトの言葉を良太郎は頷いて聞いている。
急かすような事はしなかった。
これはフェイトにとって重大なことだと感じたからだ。
(良太郎が来てくれた。それだけでも嬉しい。けどやっぱり良太郎に伝えなきゃ……。あ、違った。伝えたいんだ)
フェイトは自分が出したあんな抽象的な内容の手紙でこの高層ビルに訪れてくれた事がたまらなく嬉しかった。
今までならそれだけで満足していた。しかし、今は違う。それだけではもう満足しない。
伝えたい。
伝えたい。今の自分の気持ちを。
良太郎が『好き』だと自覚してから、イメージトレーニングをこなすこと数百回。
『好き』という言葉を口に出した数は数千回。
それでも満足ではなく、足りないと思うほどだった。
(大丈夫。言える。わたしは言える)
自己暗示までかける。
良太郎は黙って待っている。急かしたりはしない。
(ど、どうしよう……。練習したのに言える気がしない……)
良太郎と眼を合わせるだけでそうなってしまった。
(そ、そうだ。色々と話ながらタイミングを狙って言えばいんだ!)
フェイトは即座に立てたプランを実行する事にした。
「えとね、良太郎。わたし、執務官を目指そうと思うんだ」
未来の目標から切り出したフェイト。
「執務官って確かクロノが就いてる役職だよね。検察官兼弁護士みたいなものだよね?」
「うん」
良太郎の解釈は間違っていないのでフェイトは首を縦に振る。
「法律関連になるとハードルはかなり高いよ。やれる?」
良太郎は司法試験の難易度感覚でそのように言う。
だがそれは間違っていないと思う。
法律は使い方次第で『救い』にも『滅び』にもなるからだ。
「うん!諦めない限り絶対にやれるよ!」
「うん。それがわかってるなら大丈夫だよ」
良太郎はフェイトの返答に満足しているので笑顔だ。
「あとね。わたし、リンディさんの養子になることにしたんだ」
今度は家庭内事情についての報告だ。
「考えに考えた結果なんだね。その事をリンディさんには?」
「今日に言うつもりなんだ」
「そっか。ならコレを今から渡しても問題にはならないね」
良太郎はジャケットのポケットから綺麗に包装されている小さな箱を取り出して、フェイトに渡した。
「これは?」
渡されたフェイトは何なのか訊ねる。
「開けてみたらわかるよ」
良太郎に言われるままにフェイトは箱を開ける。
「わぁ」
中に入っているのは銀色の懐中時計だった。
飾りっ気がないので派手好きには好まないがシンプル派には好まれるだろう。
フェイトは派手好きではないので、好ましいデザインだった。
「これ、もらっていいの?」
「もちろん。そのために買ったんだし」
半年前のチェス一式とは値段が違いすぎる。
そのため、もらうことに恐縮してしまう。
「でもどうして?」
フェイトがそのように訊ねてくるのも無理はない。
「私事になるんだけどね。以前僕に新しい家族が出来るから『新しい時間を刻む』って想いで懐中時計を買ったことがあるんだ」
フェイトは黙って聞く。
良太郎の表情は真面目なものでいまだに『悔い』になっているのだと安易に推測できた。
「でもね。僕はその家族の事を忘れてしまってたんだよ」
「それってゼロノスのカードで?」
フェイトは良太郎の言っている意味が理解し、その原因を口に出す。
良太郎は首肯した。
「どんな理由にしろ渡しそびれてしまった事は事実だからね。結局その懐中時計は持ち主不在のまま僕が手に持ってるまんまなんだよ」
新しい家族の事は今は誰なのかわかっており一度は渡してみたのだが断られ、現在も自宅の自室に置かれている。
「だからかな。今回フェイトちゃんがリンディさん達と家族になるって聞いたときに渡すならコレしかないって思ったんだ。僕のしこりをなくすためっていうのもあるけどね」
良太郎は鼻の頭を人差し指で掻きながら苦笑いを浮かべる。
フェイトは上蓋を開けて懐中時計を見る。
そしてまた蓋を閉じる。
カチンと蓋を閉じる音がフェイトに覚悟を決めさせた。
ドクンドクンとフェイトの胸が鳴る。
顔を上げて良太郎を見る。
体温が上昇しているのが感じられた。
(む、無理だよ。もう耐えられない……)
フェイトはこの場から逃げ出したかった。
だがこれは自分から仕掛けたものだ。
途中後退なんてあまりにみっともなさすぎるし、ここで逃げたら二度と良太郎と向き合えない。
だから逃げない。
「良太郎……」
「ん?なにどうしたの?」
「少ししゃがんでくれないかな」
フェイトは静かにだが拒否権を与えない口調で言う。
良太郎は従うようにして、膝を曲げてフェイトと目線が同じになるようにしゃがむ。
今自分は顔を赤くしているのだと自覚している。
それを見られることが恥ずかしい事だという事も理解している。
でも決めたのだから。
誰かに唆されたわけではなく、自分の意思で決めたのだから。
フェイトの顔が良太郎の右耳に近づく。
「良太郎ありがとう。あと……」
フェイトは感謝の言葉を述べる。
「大好き」
告げてから唇を良太郎の右頬に押し当てる。
時間にして恐らく一瞬の出来事といえた。
「え?」
良太郎はフェイトの言った事、そしてした行為を瞬時に理解する事は出来なかった。
右頬に当たった柔らかいもの。
右手を右頬に添えて、眼をパチパチとする。
自分の目の前には顔を真っ赤にして俯いているフェイトがいる。
「あの……フェイトちゃん?」
フェイトは顔を上げる。
「良太郎。好きだよ。大好き!」
顔を赤くしながらもフェイトはもう一度告げてから、非常階段に向かって走っていった。
良太郎は曲げていた膝を伸ばして、立ち上がる。
(告白されたんだよね……)
友人同士の『好き』なら顔を赤くしてまで言うことではない。
(おまけにキスまで……)
右頬に触れた柔らかい感触は唇だ。
先程の事を思い出し、良太郎は顔を赤くしてバタンとあお向けになってしまった。
あまりの事態に気持ちがついていけなくなり、気絶してしまったのだ。
次回予告
第六十四話 「繋がりの兆し」