※丸山彩のキャラがしゅわしゅわどりーみんしてます
校舎の呼び鈴が鳴る。夕日に当てられたクラスの中は、赤焼け色に染まっている。その中でたった1人、机に伏している少女はいびきをかきながら、悉く惰眠を貪っていた。
「…丸山さん、丸山さん!」
「んぁ…」
ぼやけた視界に入るは夕陽に当てられ光る清涼なアイスグリーンの髪。顔を上げると友人の氷川紗夜が呆れた顔で立っていた。
「…あ、紗夜ちゃんおはよー」
「…もう授業も終わって夕方ですよ」
「え、うっそ!?あ、ホントだ綺麗な夕日!」
「全く、いい加減帰りの連絡中に寝る癖をやめなさい。先生も困ってましたよ」
「ごめんなしゃーい」
反省の色皆無で繰り出されるてへぺろ顔で紗夜のこめかみに血管が浮き出る。しかしこんなしょうもないことで怒りを噴出したところで体力の無駄なことは明白。感情を抜くように静かにため息を吐く。
「次寝てるところを見つけたら問答無用で叱責しに行きますからね」
「先生が喋ってる途中でも行くってことだね!紗夜ちゃんチャレンジャー!じゃあ明日仲良く説教されようぜ!」
「説教は今ここでした方が良いですか…?」
「スミマセン…」
ーーー
「夕陽が綺麗だー」
「そうですね」
「反対側は暗いなー」
「日がないですからね」
「まるで怒った紗夜ちゃんみたいだー」
「そうd、どう言う意味ですかそれ」
「ほら、あの雲の形とかさ、丁度夕陽が当たって吊り上がったおめめに…イタタタ!!?」
紗夜は両の拳で彩の頭部を挟み込んだ。当然彩には激しい鈍痛が響く。
「うげげ…、目がチカチカする…」
「変に挑発するからです。これからは発言に心がけてください」
「もー!ちょっとした冗談だったのに!」
「例え冗談でも距離の取り方一つで人間関係は崩壊するもの。親しき仲にも礼儀あり。丸山さん、貴女は普段から悪ノリが過ぎます。もっと落ち着きや自身を節制する事を覚えるべきです」
「もー、紗夜ちゃんて変に細かいこと考えるよねー」
「…思春期の学生なんて大抵そんなものなのでは?」
「いーや、紗夜ちゃんにはハジケ度が足りないね!あり体に言えば青春してない!青!紗夜ちゃんは青しか無いの!春が足りない!」
「なんですかそれ。変な価値観を押し付けないでください」
「青春って私と紗夜ちゃんみたいじゃない!?ほら、青とピンクで!」
「話聞いてください」
呆れたように紗夜はため息をつく。
こんな他愛もあるような無いような会話をして紗夜に余計な疲労が溜まっていく。2人のいつもの光景だった。
「とにかく!紗夜ちゃんは人生楽しめてないってコト!というわけで今日はいつもの公民館に行こう!」
「…まぁ、構いませんが。あまり遅くは残れませんよ」
「分かってるって!今日こそ紗夜ちゃんにハッピーを叩き込んでやるぜ!じゃ、ちょっと待ってて。許可とってくるから!」
「はぁ…」
2人は時折時間の空いた日に地域公共の施設を使って遊ぶことがある。とは言っても、殆どは紗夜のギターの練習に費やされるのだが。
しかし2人にとっては数少ない何にも縛られない時間であることには違いなかった。
「快ッ諾!よっし行こうすぐ行こう!」
「ちょっと丸山さんあまり腕を引っ張らないで…!そもそも貴女は落ち着きがなさすぎる…!」
ーーー
オッス!オラ通りすがりの転生者だ!覚えておけ!
最期の記憶が雨の中登山してたら急に目の前がスーパーフラッシュしたところで終わってるから、多分雷に打たれて死んだぞ!やっべー!死因の中でもスーパーレアなんじゃ無いかな!?なんか特典とかあるかな!?あったら欲しいです!無かったけど!
そんなわけで丸山家長女丸山彩として再び生を受けたのだが、前世と特別何か変わるわけでもなく、フツーに生きて、フツーに今日まで過ごしてきた。
そんなこんなで15年!紗夜ちゃんという心の友もできて、不足ない日常をコマ送り中である。
ただ、この紗夜ちゃんがねー、中々癖が強くて。ビバ・思春期コンプレックス中って感じ。妹がいるらしいんだけど、その子にやることすること全部真似された挙句に自分よりも上達早くて上手いからってことで怒髪天なんだよね。そこで私は紗夜ちゃんのメンタルケアを買って出たのだ!友達だから悩んでる時に寄り添うのは当然なのだ!
しかしまぁ、当の紗夜ちゃんがとんでもなく頑固!昭和の髭親父じゃ無いんだからさ、もっと柔軟に考えるべきだ!
「そう、紗夜ちゃんは頭が堅すぎる。まるでジャガイモのようだよ。マッシュポテトにするべきだよ」
「誰がジャガイモですか。…そんなの、変えようと思って変えられるものじゃ無いですよ」
「その為に私がいるのよ!私がバッチリ調理して見事なポテトにしてあげる!」
「その後は?」
「私が食べる!」
「はいはい、後でポテト買いに行きましょうね」
「はーい」
あれ?なんか丸め込まれた?ま、いっか。ポテトポテトー。
「あと前から言ってますがセッション中に話しかけないでください。集中できないので」
「いーじゃん別に。暇なのよー」
「…ギターを弾きながらそんな下らないことをペラペラ喋るのは貴女くらいですよ」
失礼な!
ちなみに紗夜ちゃんはべらぼうにギターが上手い。ぜ、前世の私よりお上手なのでは…?うごご…人生二周目でようやく勝てる技量の差とはこれ如何に…。私もそれなりにギターには自信あったのになぁ。
紗夜ちゃんは天性の努力家だ。何事も妥協を許さずに取り組む姿勢は正直私には無理っす。コツコツと積み重ねてそれがわかりやすく結果に出る。私の知る限り、このタイプの人間は考えるよりずっと少ない。理由は色々。三日坊主になったり、積み重ねるものを間違ったり、そもそも結果に辿り着く手段を知らなかったり。でも紗夜ちゃんはその過程を持ち前の用意周到さとこれまでの経験で全てカバーできる。何かを上達する人で紗夜ちゃん以上に優秀な人物は私は知らないね!
けどそれのせいで色々溜め込んじゃうんだよねぇ。おまけに頭も堅くなる。だからガスを定期的に抜かないと大爆発しちゃう。イメージガス爆発かな?全体攻撃的な。
「全く本当に、丸山さんといると頭がおかしくなりそうだわ」
「それで良いのよー、うりうり〜」
「ちょっと頬を突かないで!というかどこから取り出したんですかそんな玩具!変に器用な真似はやめてください!」
「ほらほらー、そんな堅い顔で演奏するんじゃなくてさぁ、もっと笑顔になろうよ」
「い、いやっ!音楽は厳粛なものなの!」
「そんなこと言っちゃって、体は正直じゃん。口角が上がっちゃってるヨォ」
「うぅーっ!丸山さんっていつもそうですよね!私を乱すようなことばっかり!もう知りません!!」
おっと、紗夜ちゃんが爆発してしまった。失態失態。やりすぎちゃった。
「ごめんごめん。お詫びに新曲聞かせてあげるから、機嫌直してよ」
「……」
「あれ?もしかして聞かない?勿体無いなー。昨日出来立てホヤホヤなのになー。聞かないならボツにするしかないなー」
「……聞きます」
「よしきた!」
ーーー
私、氷川紗夜には変わった友人がいる。
彼女はいつも無駄なくらい元気いっぱいで、騒がしい。日頃からその有り余る元気を振り撒いていて、まるで一際輝く一等星のよう。まぁ、振り撒きすぎて逆に周囲から少しだけ距離を置かれている感じもするが。
そんな彼女と私は悪く無い交友関係を築いている。初対面の時には考えられなかったことだ。曰く彼女は楽しいことが好きで、どんな事も全力楽しむがモットーなのだとか。あの前向きなところは私も見習わなければならない。
彼女は音楽が上手い。
こと音楽において、総合的に見れば私が知る中で誰よりも上手い。できる幅も広い。歌ができて、ギターが弾けて、ドラムが叩けて、ピアノが弾ける。他にも知らないだけで色々できると思う。だからか私は丸山さんから妹の日菜と同じものを感じてしまう。…だが不思議と嫌悪感はなかった。なぜなのかはよくわからない。丸山さんの演奏から努力の色を感じ取ったからか、人柄で許してしまったからなのか、それともただ他人だからなのか。けれど、1番はきっと私が丸山さんの音に、姿に私が惚れてしまったからだと思う。
私の前で自作した曲を楽しそうに弾き語る丸山さんを見て私は改めてそう思った。明るく軽い曲調の歌。演奏技術も、歌も、高水準にまとまっている。だがそれ以上に、心底楽しそうな笑顔を浮かべて歌う彼女が、その瞳に映る一等星から、目が離せない。
これだ。
そう、これなのだ。
丸山彩の真骨頂。彼女の真に恐ろしいところは歌が上手いところでも、幅広い楽器を扱えるところでも無い。この圧倒的な存在感。ある種のカリスマとも言える不可視のパワー。まるで惹きつけられるかのようなそのエネルギーが放たれる姿は、私の網膜に、脳に、いとも簡単に焼きついた。
ギターの残響音が沈み、演奏が終わる。それでさえ、名残惜しさを感じた。
「どうだった!?」
「…ええ、素晴らしい演奏だったわ。終わるのが惜しいくらいに」
「えへへ、やった!」
本当に嬉しそうに喜ぶ丸山さん。
ああ、本当に良かった。私はきっと音だけでなく、丸山さん自身にも惹かれている。
なぜ丸山さんがこうして私を練習に付き合ってくれたり、曲を聴かせたりするのか、それはまだはっきりと分からない。だが丸山さんと会う前の私はいろんなものに追い詰められていた。責任に、劣等感に、妹に。けれど彼女との時間だけはそれを全部忘れられた。花咲川女子学園風紀委員でも、天才に怯え隠れる姉でもない、ただの氷川紗夜に戻れた気がした。私にとってこの時間は数少ない心から安息できる場所になっていたのだ。
「よーし!じゃあ帰ったら動画上げるから絶対見てね!」
「ええ、楽しみにしてるわ」
丸山さんは動画投稿活動をしている。『書いて歌った曲をぶん投げるだけの垢』などと本人は言っていたが、それにしては随分と人気だ。まぁ、あの技量なら妥当であるが。
曰く、いろんな楽器を使えるようになったのも曲に必要だから練習したからだそうな。この燃料無限のエンジンのようなモチベーションもまた彼女の大きな武器の一つだろう。
「そういえば紗夜ちゃんももうすぐライブだったよね」
「そうね、二週間後よ」
「今度チケット頂戴!」
「そう言うと思って持ってきたわよ。はい」
「おー!ありがとー!絶対見に行くからね!」
私はRoseliaというバンドユニットに所属している。
結成して間もないが、プロを目指しているだけあってガールズバンドの中でも特にストイックなグループだと思う。メンバー一人一人の技量も高く、ボーカルやピアノに関してはプロに匹敵するレベルだと思っている。…そんな2人を比較対象にできる丸山さんは正直異常と言わざるを得ないが。
そんなことを考えながら、受け取った代金を財布に仕舞う。
「…そろそろ帰りましょう。日も沈んだわ」
「承り!」
そう言って片付けを始める。
…実のところ、私は丸山さんに対して一つだけわからないことがある。いや、普段の発言や行動原理とかも意味不明ではあるが、私が思っていることはそんな根っこの無い事ではなく、何かしらの事情がありそうな事だ。
「ポッテト、ポッテト〜♪」
「丸山さん」
「ん?なにー?」
「いつも言ってますが、丸山さんは、その、音楽に携わることはしないんですか?ライブ活動とか…」
「えー、それなら動画投稿してるじゃん」
「いえ、そう言うのではなく、もっと実践的なものです。例えば人前で演奏するとか、アイドル活動をしてみるとか…」
人を惹きつける才能を持つ丸山さんにとってアイドルはまさに天職と言えるだろう。
「アイドル〜?無い無い!大体私アイドル苦手だし。…ってこの話前にもしたような気がするよ」
「…そうでしたね。すみません、変なことを聞きました」
「全然いいよ。昔もそんなことよく言われたし。──それに!私はこうやって紗夜ちゃんと一緒に演奏できるだけでも十分満足だしね」
そう言って丸山さんはいつもと違う優しい笑みをこちらに向けた。
「………ええ、ありがとう」
そんな彼女を見て、思わず私も笑みが溢れてしまった。
ああ、私は今安心してしまっている。自然と強張ってしまった身体から安堵と一緒に力が抜けていくのを感じる。
私は怖い。世界に丸山彩が見つかってしまうことが。
あんなことを聞いたくせに、私は彼女の魅力が世間に知られていることをこの上なく恐れている。まだ彼女が動画投稿者としてもそこそこにとどまっているのは歌だけだからだ。仮に歌っている姿そのままでネットに上げてでもしまえば、彼女の人気は爆発的に上がるだろう。再生数や登録者も比較にならないほど伸びるはずだ。そうなれば当然丸山さんの視線は私だけではなく、他の不特定多数の人間にも向けられる。
想像するだけで耐え難かった。
丸山さんが世間に目を向ければ私もその不特定多数の誰かになってしまうような気がしてならなかった。だから少なくとも学校では丸山さんが音楽ができると言うことを知っているのは私だけだ。
動画投稿の方も正直やめさせたいけど、そこまでして丸山さんの趣味を取りたく無い。それに万が一嫌われでもすれば私はきっと生きる気力を無くしてしまう。それぐらいには私は彼女に傾倒してしまっている自覚があった。
「よし、片付け終わり!じゃあ早速ポテト買いに行こう!」
「分かりましたから、そう急かさないでください」
私は、一生私だけにその姿を見せてほしいと思っている。その音を聴かせてほしいと思っている。
これがどれほど醜い感情なのかなんて理解している。どこまで行っても一方通行なのは知っている。
「ねぇ、紗夜ちゃん」
「なにかしら」
「また遊ぼうね!」
「…ええ、勿論よ」
だがそれでもどうしても、私は丸山彩が欲しいのだ。
丸山彩(転生):宝くじ当選並の豪運で死亡した転生した一般人!人生楽しく生きるのがモットー!紗夜ちゃんのメンタルケアをファンブルしてしまっていることに気がついていない。貴女の友人さん、とんでもないモンスターになってますよ!
【挿絵表示】
氷川紗夜:転生彩ちゃんに目を焼かれた挙句、性癖を破壊されてしまった人。現在姉妹氷河期真っ最中。実はポテトの話題が出てきた時内心ウッキウキだった。
この後のプロットZERO!無いよぉ!プロット無いよぉ!!
修羅場になるかもしれないし、ならないかもしれない。
好評なら続く可能性が無きにしも非ず。